黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第五話

 

 木場隊の帰還は奇しくも通常の遠征部隊と重なることとなった。

 基地の中央、外部から(ゲート)の存在を隠すため防壁で囲まれたそこに、二つの重音がこだまして遠征艇が着艇する。

 その内の一機、開かれたハッチから降りてきた太刀川隊の隊長・太刀川慶が、隣に鎮座する遠征艇を見て疑問を口にした。

 

「あれ、なんでもう一機あるんだ?」

「別口の遠征か……。おそらく木場のものだろう」

「げ、あの人か」

 

 同じく降りてきた風間隊の隊長・風間蒼也がそう推察すると、太刀川は顔をしかめた。

 直属ではないものの風間は城戸派では筆頭の隊員であり、遠征の内容は知らずとも大河の存在を認識している。太刀川も大河の訓練相手になった経験があり、その時のことを思い出して眉根を寄せたのだろう。

 

 ……アレはひどかった。当時を思い出して太刀川の顔はさらに渋いものに変わっていった。

 初のS級隊員と戦えると聞いて開発室に飛び込んだのが運の尽き。

 仮想空間で街ごと消し飛ばされるわ切り裂かれるわ噛み千切られるわで、太刀川は軽くトラウマになってしまっている。いくら斬りつけてもびくともしない(シールド)や、のちに知った強化戦闘体の耐久性なども含めて、戦闘狂の彼をしていまでも戦いたくないと言わしめる出来事であった。

 むしろ、あれは戦闘ではない、と太刀川は振り返る。

 あの男のトリガーはもはや虐殺だとか殲滅などといった用途のための、人に向けるべきものではない『決戦兵器』だ。さすがの太刀川も一方的過ぎる訓練相手になるのは気が滅入って、かつての開発室から逃走したのだった。

 嫌な顔をして遠征艇を眺めつづけているとハッチが開き、風間が推測したとおりの人物が降りてくるのが見えた。黒地に白の虎模様があしらわれた隊服をはためかせ、ゆっくりと近づいてくる。

 

「お、太刀川じゃん。おひさ~」

「木場さん。木場さんも遠征行ってたのか?」

「そうそ。楽しかったぜー」

 

 後頭部で手を組んだ大河が笑いながら歩く後ろには、木場隊が()(てい)を為す唯一の要因である妹のミサキ。

 

「木場妹もか。二人で遠征? 大変そうだな」

「こんちわ太刀川さん。まあ、慣れましたよ。あんなんでも兄貴ですから」

 

 茶色のツインテールを揺らしたミサキが大河に似たつり目気味の眼差しを向けて答える。

 遠征の内容を示唆するようなことも言えないので当たり障りのないことしか返せない。そのせいでどこか冷たい対応になったが、太刀川は気にする素振りもなく木場兄妹について歩いた。

 このまま遠征部隊の隊長たちは会議室へ赴き、城戸へ報告にあがるのだ。目的地が同じ風間と船酔いの冬島隊隊長代理の当真勇もその後ろに連れ立っている。

 

 名実ともにボーダー最精鋭の隊員たちはただ歩くだけで、整備班や誘導員たちに道を譲らせる不思議な迫力を湛えていた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 会議室では城戸司令の他に鬼怒田本吉、根付栄蔵、唐沢克己といった城戸派の幹部が、そして三輪隊から隊長の三輪と狙撃手(スナイパー)の奈良坂透が席を連ねていた。

 遠征部隊を出迎えるなら城戸と鬼怒田の二人がいれば事足りるはずだ。しかしここにいるからには何かしらの用があるのだろう。

 彼らの意図に気付きながらも、まずは報告をと風間が布に包まれた遠征成果を机に広げた。

 

「これが今回の遠征の成果です。お納めください、城戸司令」

「御苦労」

 

 並べられた四つの未知のトリガーに城戸が泰然と頷く。そして視線を横に移動させると、促されたことを察した大河も同じように遠征戦果(ヽヽ)を机に乗せた。

 

「こっちが俺らのやつね」

 

 乱雑に包まれたそれを開くと、トリガーホルダーがじゃらじゃらと音を立てて崩れた。山のように重なり合う近界技術(ネイバークラフト)の塊は、両の指よりも数が多い。

 

「うおっ、すげ」

「素晴らしい! 未知の世界のトリガーがこれほどとは! これでボーダーのトリガー技術はさらなる進化を遂げるぞ」

 

 太刀川が短く感嘆すると同時に、鬼怒田も喜びの声をあげる。

 揉み手で笑う鬼怒田へ向け、得意げな顔をしていた大河を肘でつついて太刀川はこっそりと尋ねた。

 

「こんだけの数、どうやって集めたんだ?」

「あー? んーまあ、俺らは今回長かったからな。たしか半年くらいかけたし、こんなもんだろ」

 

 まさか片っ端から殺して奪ったと言うわけにもいかず、適当に濁した大河を太刀川は訝し気に見つめる。その意識を逸らすかのように城戸が口を開いた。

 

「無事の帰還何よりだ、ボーダー最精鋭部隊よ」

 

 厳かな声音に全員が居住まいを正して向き直る。

 会議室を見渡した城戸は深く息を吸い、再び言葉を紡いでいく。

 

「帰還早々で悪いが、おまえたちには新しい任務がある。――現在玉狛支部にある、(ブラック)トリガーの確保だ」

「黒トリガー……」

「玉狛?」

「三輪隊、説明を」

 

 反応した風間と太刀川に頷いてみせた城戸は、向かって右に列席している三輪隊に目配せをした。それを受けた三輪が促し、黒トリガー接触の報告書を持った奈良坂が立ち上がる。

 

「十二月十四日午前、追跡調査により近界民(ネイバー)を発見。交戦したところ黒トリガーの発動を確認。その能力は『相手の攻撃を学習し自分のものにする』、と思われる。

 その後、玉狛支部の迅隊員が介入、彼がその近界民と面識があったことにより一時停戦。迅隊員の手引きにより近界民は玉狛支部に入隊した模様。

 ――そして、現在に至ります」

 

 淡々とした口調の報告であったが、その内容に当真が驚嘆の声をあげた。

 

「近界民がボーダーに入隊!? なんだそりゃ!」

「へえ、近界民が……」

 

 隣では大河が残忍な笑みを浮かべている。

 ――面白いじゃねーか。

 彼はさんざん近界(ネイバーフッド)で暴れ回ってきたくせに、新しい獲物を見つけて猛獣のように舌なめずりをしたのだった。

 

「玉狛なら有り得るだろう。元々玉狛の技術者(エンジニア)は近界民だ。今回の問題はそいつがただの近界民ではなく、黒トリガー持ちだということだな」

 

 風間の言葉に城戸が頷く。

 

「そうだ。玉狛に黒トリガーが二つとなれば、ボーダー内のパワーバランスが崩れる。だがそれは許されない。おまえたちにはなんとしても黒トリガーを確保してもらう」

 

 黒トリガーは通常のトリガーとは桁違いの性能を誇る。元々は本部と玉狛で一つずつ保有しており、しかし隊員の数、そして規格外のS級である大河によって城戸派が大きく優勢だったのだ。

 そこへ新たな黒トリガーが参入するとなると、そのバランスは拮抗、もしくは逆転してしまう可能性がある。

 戦闘能力だけで言えば、本部の黒トリガー使いの天羽と特別な専用トリガーを持つ大河が並べば圧倒的かもしれない。しかし大河は同じ天秤に乗ることはできないのである。

 大河の持つトリオン能力とトリガーがどれだけ強大であっても、あくまでそれは通常(ノーマル)トリガーの延長線上のもの。武装の多様性や緊急脱出(ベイルアウト)の有無など有利な点はいくつかあるが、それでも黒トリガーの特殊性は他とは一線を画す。

 

(くだん)の近界民はいまも三輪隊の米屋、古寺の両隊員が見張っている。近界民の行動パターンは三輪隊から聞くといいだろう。日時などを含む作戦指揮はおまえが執れ、太刀川」

「了解です」

 

 命令を下された太刀川が頷き、部屋を後にする。これから遠征部隊と三輪隊総出で作戦会議をするためだ。

 それに続いてぞろぞろと去っていく隊員たちだったが、ボーダー幹部の一人、メディア対策室長である根付が大河を呼び止めた。

 

「木場くん、ちょっと」

「はい?」

 

 振り向いた大河から視線を切って、根付が城戸に向き直る。

 

「城戸司令、木場くんを放棄地帯とはいえ地上(ヽヽ)で戦闘させるのはまずいのでは? もし流れ弾でも飛んで市街地に被害が及んだら……」

 

 彼が心配したのは大河の戦闘の余波が街へ及ぶことであった。

 根付も大河の戦闘能力は把握しており、仮想空間で市街地が吹き飛んだ時は顔を青ざめさせたものだ。市民からボーダーへ対しての信頼を重要視する彼にとっては、この懸念は当然のことと言えよう。

 たしかに不用意に解き放てるものではないか、としばし額の傷に触れつつ黙考する城戸。

 にわかに無音になった会議室で、大河は城戸の答えを待たずに口を開いた。

 

「たぶん大丈夫っすよ。向こう(ヽヽヽ)で上手くやる方法を見つけたんで」

「何、本当か!?」

 

 その言葉にいち早く反応したのは根付ではなく鬼怒田だった。大河のトリガーを自らチューニングした彼にとっては、あの異常出力をどう制御するかに苦心していたこともあり、その方法とやらに非常に興味を引かれたらしい。

 

 大河はその膨大なトリオンの量と強力すぎる出力もあって、トリオンコントロールというものが大の苦手である。

 射手(シューター)用トリガーはトリオンキューブのサイズも異常であったが、それ以上に分割だとか威力の調整だとか、そういった調節する類の能力が皆無なため、彼の射撃用の武装は銃手(ガンナー)用のものを魔改造することになっていた。

 

 その弱点を克服していたとあれば、大河の運用もまた変わってくる。期待の眼差しを受けた大河は苦笑いして頬を掻いた。

 

「俺自身がじゃなくて、全部ミサキ任せなんですけどね」

「んん? おまえの妹が?」

「はい。まあ、やたらめったら街を破壊するとかはないはずです…………たぶん」

 

 ぼそっと付け足した言葉尻はきっちりと根付に拾われていたらしく、彼は慌てたように大河を制止した。

 

「たぶんじゃ困るよ木場くん! もし市民に被害でもあったら、信頼を回復させるのにどれだけの費用と時間がかかるか……!」

「えー……」

「いや『えー』じゃなくてだね!? き、城戸司令……」

 

 縋るような目で見つめられた城戸はひとつ嘆息して大河に視線をやる。

 

「近接戦闘は問題ないな?」

「そっちは大丈夫です。鬼怒田さんお手製のはしっかりできてるんで」

「ならばいい。射撃用トリガーは地上で市街地への方角に向けることと、水平状態での使用を禁ずる。それならば問題はあるまい」

「了解っす。あ、鬼怒田さん、作戦決まったら開発室行くんでそこで調整お願いしていいっすか?」

「わかった、あとで向かう」

 

 今度こそ退室していった大河を見送って、根付は額の冷や汗を拭う。

 アレの戦闘は下手をすると天羽の黒トリガーよりも性質(たち)が悪い。むしろ自分で制御――してくれるかどうかはさておき――できるぶんだけ天羽のほうがマシとさえ思える。

 心の中で頼みますよ、と大河や城戸や、果ては神にさえ祈ってハンカチをポケットにしまい込むのであった。

 

 

 

 

 




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