黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第四十八話

 

 

 

 アフトクラトルの従属国が攻めてくるとわかってから二日目の夜。

 大河は防衛任務の待機場所である詰所にいた。緊急防衛対策会議の日からも極秘裏の内に警戒態勢は敷かれていたが、二つの国が侵攻してくるタイミングとしては今日がもっとも可能性が高いと予知されている。

 大河と同じく待機中のメンバーには太刀川や迅、小南といった彼にとっても顔見知りの面々が揃っていた。

 というのも、迅がこっそり城戸や忍田に口添えをしていたのだ。大河を抑える人員が必要になるかもしれない、と。

 

 迅は大河の顔を見た際に、あまりにも危険すぎる未来を視てしまった。

 どう危険なのか、視た本人にもわからないくらいにめちゃくちゃな未来だった。言葉に表しにくかったのだが、無理矢理に一言でまとめるのなら「本部基地がなくなっていた」である。

 何が起きるのか? 大河の爆発だ。文字通りの。

 かつてレプリカを持ち去られたときの怒りとはレベルの桁が違う、まさに噴火のような感情を大河が発する未来。どうしてそんなことになるのか迅にはまだ予想もできなかったが、ともかくとしていざというとき、実力で大河を押さえ込むことができる――かもしれない――メンバーを一緒に行動させているのである。小南も太刀川もあまりいい顔はしなかったが。

 

 迅としては、大河を防衛任務から外してもらうという選択肢もあった。

 これからやってくる近界民から何かしらの影響を受けて爆弾と化すのだから、原因となるそれらから離しておけばなんとかなる可能性がなくもないと考えて。

 がしかし、それはそれとして危ない未来が視えてしまった。

 敵がきた時点で大河は、戦場より遠く離れた地点から強引に介入しようとするだろう。そうなるとおそらくあらゆる手段を用いての行動となる。止める者が誰もいない、暴走列車のような状態で。その際には戦闘の秘匿など考慮されないに違いない。

 ならば遠くで手の着けられない怒りを撒き散らされるより、近くで落ち着かせられる可能性に賭けたほうが無難。迅はそう結論づけた。

 幸い大河自身は()の話を聞くくらいの常識を持っている、と以前知ることができた。同時に任務の裏をかくあくどさも持ち合わせているが、この先の未来で近界民にどんな影響を受けるのであろうとも、落ち着けと声をかけてやれる人間がいるだけでだいぶマシだろう。と、思いたい。

 

「――――!」

 

 迅が憂鬱な未来にため息をつきたくなるのをどうにか堪えているところに、嫌な予知(よかん)が彼の第六感をこれでもかと刺激した。逃げ出したくなる心に鞭打って席を立つ。

 

「ああ……来た来た、敵さんが来ましたよっと」

「お、やっとか」

「待ちくたびれたな」

 

 太刀川と大河が手に持っていたトランプを投げ捨てて立ち上がると、それまで負けっぱなしだった小南はぎりぎりと歯噛みしてからそれに続いた。サイドエフェクト持ち二人と勘だけで生きているような男、そんなのを相手にババ抜きをしては、勘が強いといっても常識人の内に入る小南では分が悪かったらしい。

 

「でもあたしたちの出番はまだ先なんでしょ?」

 

 そう小南が言うように、彼らの出撃はもう少し先だ。具体的に言うと迅が先駆けとなって敵を視認してから本格的な始動を始めることになっている。

 これは先の予知に関係しているのもあるが、もともとの作戦上でもそうなっていた。迅の予知を得てから動いたほうが確実。それはA級部隊も幹部たちも同様の認識をもっている。

 

「おう。んじゃちょっと行ってくるから、みんなはいつでも出られるようにだけしといて」

 

 早くしろよー、と呑気に敵を待っている太刀川、そして言葉には出さずとも身体を動かしたくてうずうずしている小南に、迅は内部通話でこっそりと念押しした。

 

《木場さんのこと、くれぐれも頼んだよ》

《あんま自信ねーな……》

《期待されすぎても困るわね》

《いやホントに頼むからね》

 

 ひとり生身で首の骨を鳴らし、臨戦態勢になりつつある大河――基地内でのトリガー起動は禁止されている――を見やり、改めて迅は予知が近づいていることを感じ取る。

 ――まずいことになるかもしれない。

 

 

 

* * *

 

 

 

 ガロプラ、ロドクルーンの連合部隊は予想通りボーダー本部基地をまっすぐに目指してきた。

 それなりに広範囲に散りつつも、南側方面から一直線に向かってくる。

 屋上からは狙撃部隊がトリオン兵を削り、地上部隊は銃手(ガンナー)用トリガーによる横撃と攻撃手(アタッカー)による各個撃破でそれをサポート。面状に迫ってくる敵軍を押し返すことは難しいが、いまのところ最重要で守らなければならない正面大扉は死守できている。

 しかし――

 

《敵の反応が基地外壁に接触!》

「――なんだと?」

 

 総司令部から沢村の通信が飛んできて、屋上からライフルを放っていた木崎がスコープを真下に向けた。

 押されてはいる。だがまだ接近を許した覚えはない。

 現に基地外縁部に敵の姿は見えなかった。しかし沢村の通信により現状がいかに差し迫っているかを痛感する。

 

《これは……地下通路から!?》

「地下――しまった!」

 

 本部基地南側はかつてアフトクラトルの黒トリガー使いと激戦を繰り広げた場所である。

 大河の爆撃により一時地面が融解し、いまも基地の敷地より巨大なクレーターが残されている。その広すぎるクレーターが敵が隠れながら基地に近づくための隠れ蓑になってしまっているのだ。そして、抉られた地面から地下通路への侵入を許してしまったらしい。

 ボーダーが使用するレーダーは高低差を感知しない。狙撃などの弾道計算程度なら可能だが、それも手動によるもの。遠距離攻撃をしかけてきているわけでもない敵性反応に対しては、現場の隊員か監視カメラから送られてくる映像がなければ成立し得ないのである。

 そして敵は地下に潜り、隊員の目をかいくぐってしまった。監視カメラは……設置していたものも、設置すべき場所も、まるごと大河が吹き飛ばしてしまっている。

 地下通路から続く入口もトリオン製であるが、正面扉と同じく外壁のような分厚さをもっていない。すなわち壁抜けのトリガーを用いれば容易に侵入が可能となる。

 

「迅、地下通路から敵が侵入(はい)ってくるぞ!」

《OK、いま向かってる!》

 

 木崎が取り急ぎ通信を飛ばすと、これも予知していたのか迅がすぐさま返してきた。

 目の前のトリオン兵団は数こそ多いが性能はさほどでもない。おそらく地下に潜ったやつらこそが本命の可能性が高い。そして人型である可能性も。

 

《こっちは任せて、レイジさんたちはトリオン兵をよろしく頼むよ! 地上が押し込まれてもまずいことになる》

「わかってる、上は任せておけ」

 

 侵入者を迅に任せ、再び狙撃でトリオン兵を撃ち貫いていく。

 沢村が迅と敵近界民の接触を果たした旨を通達したが、それきり迅から木崎への通信が行われることはなかった。

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 標的を確認。動きを予知()んで風刃による一斉斬撃――

 撃つ前から防がれると知ってなお迅は攻撃を敢行した。一瞬でも動きを止めて、敵の姿をしっかりと確認する必要があったのだ。

 あるいは、八つ当たり染みた感情が混ざっていたのかもしれない。何かがうまく転がって、近界民たちをここで仕留めることができればと。

 そして

 

「ああ、やばいなぁ……」

 

 ひとり呟く。

 敵を見て、敵の狙いを視て迅は片手で顔を覆った。

 ――そういうことか。

 ああまずい。実にまずい。

 迅は単独ではあったが、その呟きは司令部の忍田にも届いていた。

 

《迅、どうした? 敵はどうなった》

「ああ、忍田さん。敵の狙いは……いや、その前に」

 

 敵の目的を報告するよりも先に。何よりも優先して。

 迅は太刀川と小南の名前を呼んだ。

 

「太刀川さん、小南。まだそこに木場さんいるよね?」

《ああ、いるけど》

《どしたの?》

「とりあえず暴走しないように押さえといて」

《え、なんでよ》

 

 短く聞き返されるが理由を話している時間はない。そもそもこの逡巡がもっとも危険な未来に近づく一歩に他ならないのだ。

 ひと際大きく息を吸って、迅は敵の目的を司令部に伝えた。

 

「敵の狙いは……遠征艇だ」

 

 ああどうか、どうか怒ることなく聞いてくれ。

 そんな迅の願いはたった一文字の重音程にかき消された。

 

《………………は?》

 

 

 

* * *

 

 

 

 みしりと拳が悲鳴をあげた。

 瞳孔は限界まで引き絞られ、瞼は見開かれ。呆けているような口からは残忍な形をした牙が覗き、それが怒りの熱によるものか急速に乾いていくのが見えた。

 

「………………は?」

 

 地獄の底から絞り出されたような声に、押さえておけと言われた太刀川も小南も動けずにいた。

 己は戦闘体、相手は生身。

 けれども近づいたら死ぬ。殺される、と二人の本能が警鐘を鳴らしたのだ。

 

《木場さん、頼むから落ち着いてくれ! 格納庫にはもう風間さんも鋼も向かってる! 太刀川さんと小南が追いつけば絶対に大丈夫だから!》

 

 通信用のスピーカーからわめく迅の声も聞こえない。

 大河の頭には近界民が遠征艇を壊しにきたという事実だけが響いていた。

 

 ……遠征艇を、壊す。

 近界とこちらの世界を繋ぐ唯一の(ふね)を。

 専用に造られ、木場兄妹の第二の家とも言える(ふね)を。

 苦楽を共にした、大河の第三の家族とも言って過言ではない(ふね)を。

 ――それを、

 

「こ、わ、す、だあ…………?」

 

 そんな行為を許せるか。

 そんな考えを許せるか。

 そしてそれを、黙って見ていることができるのか。

 否。否、否、否! 愚問である。

 

「こ、……ろすぅうウウ!!!」

 

 ――殺す。殺して殺して殺して殺す!

 両手で髪を掻きむしり、純粋かつ濃厚な殺意を撒き散らして大河は絶叫した。

 太刀川も小南も、忍田でさえも一歩退いてそれを見る。人からこれだけの感情が噴き出ているのを、彼らはこれまでに見たことがなかった。熱く滾る激情が炎のようにゆらめいているのに、大河以外の人間は悪寒に震えて言葉も出ない。

 もしこれを怒りと称するならば、彼はこれまで一度も怒ったことなどなかったのだろう。

 もしこれを憎悪と称するならば、彼はこれまで一度も人を憎んだことなどなかったのだろう。

 それほどまでに大河の殺意は色濃く、あらゆる負の感情を孕んだ不気味さで爆発したのであった。

 

「お、おい木場、どこに行く!?」

 

 おもむろに歩き始めた大河を、どうにか正気を取り戻した忍田が押し留めようとする。

 しかし大河はその行為をぎょろりとした気味の悪い眼球運動によってのみで押し返した。

 

「あ? 決まってんだろ、近界民ブッ殺しに行くんだよ」

「だがおまえの配置は地上迎撃だ、基地内でのトリガー使用は……」

「関係ねえ、俺の(モン)に手ェ出したやつは殺す!!」

 

 凶獣が吼える。

 命令違反。独断行動。大河の行為を責める言葉はいくつも浮かぶが、それをしてどうなるかは忍田にもわかった。

 どうにもならない。この男は止めようとする者は何人だろうと力でもって排除するだろう。

 大河を押し留めて遠征艇を無事に守り切ることができればよし。しかし傷のひとつでも付けられれば、それこそどうなるかわからない。

 さしもの忍田もどうしたものか考えあぐねていたとき、総司令部からの通信が届いた。

 

《木場》

「――! なんすか城戸さん」

 

 ボーダー本部最高司令官。虎に首輪をかけた男。

 城戸正宗の一言でようやく大河に欠けらほどの思考力が戻ってくる。

 

《おまえの基地内での戦闘は許可していない》

「ンなこたあ、わかってんですよ……! でもそれで遠征艇が破壊されたときにゃ、俺はどうなるか自分でもわかんねえ」

《…………》

 

 かろうじて残った恩義と忠誠心が人の言葉を紡ぐ。

 しかしそれでもこの衝動は抑えがたかった。会話が成り立とうとも、その結果が意にそぐわなければたやすく首輪は弾け飛ぶだろう。

 それを察したのか、城戸は珍しく通信に乗るほどのため息をついてから、命令を下したのだった。

 

《……いいだろう。おまえに侵入した近界民の追撃を任せる》

「……了解」

「城戸司令!!」

 

 城戸の許可に対し喜ぶでもなく頷く大河と、信じられないとばかりに叫ぶ忍田。

 それもそうだろう。この男を、とくにいまの状態の大河を基地内に解き放つなんてどうかしている。トリガーのひとつでも暴発すればそれだけで基地は崩壊する。たとえそこが地下深くの格納庫であったとしても。

 しかし城戸は忍田の心配をよそに、大河に新たな首輪をかけた。

 

《いま近界民を追跡している隊員は全て地上の迎撃に向かわせる。

 ……木場、条件はひとつだ。戦闘は地下で行え。そこで起きたことはすべておまえの責任によるものとする》

 

 つまり、この戦闘における被害――遠征艇の安否は大河の責任として処理する。

 守り切れればよし。破壊されたのなら、それは自分の力不足によるもの。怒りの矛先は己にしか向けられない。無論、自らの暴走で損壊させたとしても同様である。

 そうすれば少なくとも無理はしないだろうと城戸は見たのだった。

 もちろんこれは賭けでもある。大河が遠征艇を守り切れなければ公開遠征計画はほぼ頓挫する。アフトクラトルは遠く離れ、隊員を取り戻すと大言壮語を放ったボーダーに対する風当たりも強まることは想像にたやすい。

 けれども、仮に遠征艇を破壊されてしまったとしても、ボーダー自体が消滅するよりはずっとマシだ。いまの大河はそれほどまでに危険な爆弾と化しているのだ。首輪はかけてもガスを抜かねば、この凶悪な虎はいずれ破裂する。

 

「あァ……わかりましたよ」

 

 すべてを理解して、大河は詰所をあとにした。

 重苦しい空気の源泉がいなくなったことで、残されたメンバーの身体がようやく動くようになる。

 

「はぁ……。太刀川、小南。おまえたちも地上の迎撃部隊と合流してくれ」

「いいんですか、あれ、ほっといても?」

「もともと木場は城戸司令直属の隊員だからな。城戸司令の命令ならば私に止めることはできん」

「ま、権限があっても止めらんなかったわね、あれは……」

 

 どっと疲れが押し寄せたことを隠し切れない忍田を二人が慮る。

 しかし忍田はそんな健気な部下たちを戦場に送り出してから、おもむろに通信を繋げた。

 

「迅、おまえも大変だったな。一人でなんでも抱え込まなくていいんだぞ」

 

 繋げた先は迅だ。

 この未来を視ていたであろう迅が相応に苦悩していたことは容易に想像できた。未来視のサイドエフェクトで得た情報は、本人以外に共有することが難しい。いくつものルートが存在する未来(それ)に対して、予防線を張ることしか(ヽヽ)できない迅の心労を思えば、忍田の苦労などあってないようなものだ。

 太刀川と小南に助力を請うていようと、結局未来視とは孤独に立ち向かうことしかできない。ボーダーの行く末までを勘定に入れなければならない苦悩を慮った忍田に、迅はやや返答に困った。

 

《あ~、あはは……。いや、ありがとうございます》

「ああ。しかし地上が押し込まれても、結果は同じだろう。もう少し働いてもらうぞ」

《ええ、もちろんです》

 

 しばし間を置いてから、迅がふと思い出したように付け加える。

 

《城戸さんの判断はよかったと思いますよ。遠征艇も、木場さんも大丈夫だと思います》

「そうか……。少しは肩の荷が下りたな」

《……ですね》

 

 迅はあえてすべてを語らない。

 遠征艇も、大河自身もきっと無事に戦闘を終えるだろう。

 ただし、それ以外のことは――

 迅はやはり口をつぐむ。結局、あの猛獣を止めることはできないのだ。その結果として血に飢えた牙にかかるのがボーダーでないだけマシと思うしかない。

 視たくもない未来を言いたくもない言葉にすることはない。迅は黙って自分の任務に集中することに決めた。

 

 

 




 



いつも読んでいただきありがとうございます。
ガロプラ編は少々薄味かもしれません。
一気に転がしていく所存ではありますが…。
一話一話が短めなので今日から四日、毎日投稿するつもりです。

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