黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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従属国来襲編
第四十七話


 

 

 最終的に強制自爆させられた大河は戻ってくるなり五体投地で妹に謝り、ミサキはその背中に座って残りわずかとなっていたお菓子に舌鼓を打ったのだった。

 三輪隊は次からここを訪れるときは両手いっぱいの甘いお土産を持参してこようと固く誓いつつ、黙ってその様子をうかがう。

 ひとしきり甘味を腹に収めたミサキは何度か座布団(たいが)に座り直してから「あ、そうだ」と声をあげた。

 

「今日夕方から緊急防衛対策会議だって鬼怒田さんが言ってたわ。ゴミクズ兄貴と三輪にも連絡来てんじゃない?」

「ご、ゴミはちょっと言いすぐぃッ!」

「黙ってろ」

「はい……」

 

 現在進行形で憤怒に滾っていそうなミサキではあったが、実のところ怒りの感情はもう残っていない。

 これは彼女の持つサイドエフェクトの――彼女自身は厄介だと思っている――影響である。

 謝った人物が本気で謝罪しているかどうか、ミサキには手に取るように読み取れる。そして相手が付き合いの長い大河であれば完璧な精度で発動するこのサイドエフェクトは、本人が望む望まないに関わらずよけいな情報まで拾い上げてしまうのだ。

 ――大河は、ミサキに対してかなり後ろ暗い後悔を胸中に抱いている。

 極秘とされた遠征に出立するためにオペレーターを必要とした彼は、当時十四歳であったミサキを引っ張ってきた。殺しを主な手段とする危険な遠征に、である。

 言葉や態度に表すことはないが、近界民殺しを許可されて浮ついていたときには考えもしなかった後悔が大河の胸にいつも淡く燻っている。だから彼は、ミサキに何をされようと本気で怒ることはけっしてない。クソと呼ばれようとゴミと呼ばれようと、文句は言っても無意識のうちに許容してしまう。

 そういう本人も気づかない仄暗い感情すら読み取ってしまう『思考追跡(トレース)』は、本気の謝罪にめっぽう弱いのだ。有無を言わさず私刑に処さねば感情の槌の振り下ろしどころを見失ってしまう程度には。

 実の兄妹に気を遣われるなんて、面倒だし、こそばゆい。互いにそう思っているからこそ言及せず、やりたいようにやる。そのすれ違いの範疇であればラリアットの一発も飛ぼう。これは木場兄妹に必要なコミュニケーションなのだから。

 

「…………」

 

 ともあれ、文字通り尻に敷かれた大河は端末の確認などしようがないので、連絡の有無は三輪に確かめてもらうことにした。しかしそれも黙ってろと通告されたので視線だけでだ。

 

「ああ、たしかに来てますね。防衛任務中の加古隊以外のA級部隊隊長とS級が招集されてます」

 

 隊員用端末を確認した三輪がそう答えると、さすがに会話も必要になっただろうと判断したミサキが発言を許可する、とばかりに大河の頭を(はた)いた。

 

「緊急ってことはやっぱエネドラが言ってたやつらが来るんだろうな」

「でしょうね」

 

 なんとも格好のつかない姿のままであるが、三輪は大河の醜態を見ないフリで通して答えた。

 カニモドキに転生した元近界民との協力はいまのところうまくいっている。腹の探り合いのない協力体制を敷いた結果、軽い聞き取り調査の際にエネドラは情報を吐いた。

 アフトクラトルの従属国、ガロプラとロドクルーンが攻めてくる。アフトクラトルの遠征部隊隊長ハイレインは堅実にそうするだろう、と。要は玄界(ミデン)に足止めをかけるために手下をけしかけてくるということであり、最初からそのために手下を招集してもいたらしい。

 そしてエネドラはあまり近界の国に詳しくないのが珠に瑕であるが、それでも必要最低限の情報は提供された。

 曰く、ガロプラは少数精鋭の雑魚。ロドクルーンは量産型トリオン兵で押してくる雑魚、らしい。精鋭の雑魚とは矛盾しすぎているが、エネドラはアフトクラトルの侵攻を打ち払った玄界であればどうとでもなるレベルの国力だと言い切った。大河であれば国ごと消せるだろう、とも。

 

 しかし、そもそもの話だがエネドラの情報を得る以前からボーダーはその二国と接触を果たしている。

 大規模侵攻、第二次攻撃の際に街を襲った人型とトリオン兵の大群。それぞれがガロプラ、ロドクルーンの遠征部隊によるものである。映像を確認したエネドラによれば間違いないそうだ。

 大河も記録を見せてもらったが、概ねエネドラの言葉に間違いはないと判断した。ロドクルーンのトリオン兵団はともかく、A級上位部隊と相対して引き気味ではあったものの撤退まで戦い抜いたガロプラはそれなりにできる(ヽヽヽ)連中と見受けられた。

 されど己であれば殲滅するのに――街中でさえなければ――大した労力はかからないとも思えたので、精鋭の雑魚という点にも同意することができたのであった。

 

「んじゃ開発室寄ってエネドラ連れてきてからいこうぜ」

「わかりました」

 

 大河のセリフに三輪も同意して立ち上がる。

 エネドラは当初、トリオン供給器と接続されなければ人格を保つこともできなかったのだが、いまは大河の取り計らいによって携行用充填機(トリオンバッテリー)を用い、ある程度の自由が与えられている。

 開発室最奥、ほぼ大河の調整にのみ使われるスペースにおいては移動も許可されており、軽い要望であれば寺島などに言いつければ応えられる。そうして聞き取り調査以外の大抵の時間は映画を観たりだとか割と不自由なく過ごしているのである。

 

 部屋の中をカサコソ動き回る黒いラッドというのはなかなかにシュールというか、見る者によってはホラー的印象を受けるのだが、もともと大河関連については近づきたがらない職員も多く、狂気のマッドサイエンティストのような茂森が常駐しているのもあって、いまではその部屋は完全なるアンタッチャブルな空間と化していた。

 

 そこからエネドラを出すことは禁止されていて、半ば世話係扱いされている茂森や寺島にも軽々に許可が下りるものではない。

 しかし大河は別だ。実際に屈服、懐柔に成功した彼にはエネドラに対するあらゆる権限が与えられている。もちろん脱走されたなんて事態になれば、かなりのペナルティも与えられることになるのだが、大河の性格やサイドエフェクトを考慮すればそんな事態はほぼありえないと言っていい。

 

 ともかくとして、エネドラが貴重な情報源であることには変わりなく、会議に連れていけばそれなりには役に立つとみた大河は自ら殺した元近界民の居住区に赴くことにしたのだった。

 

 

 

* * *

 

 

 

『あぁん? オレサマは忙しいんだよ。情報はやったんだしハナシアイなんぞ勝手にやってろよ』

「秀次、なんかバスケとかしたくね?」

「いいですね、会議前にちょっと身体を解したいと思ってたところなんです」

『待て、わかった。ついていこうじゃねーか』

 

 そんな会話を交わして、エネドラは会議参加を了承した。

 「バスケ」とかいうものがどんなものかエネドラにはわかりあぐねたが、「サッカー」と同じかそれ以上の拷問であると推測したらしい。

 そうして快く(ヽヽ)参加を決定したエネドラを肩に乗せて、大河は会議室の扉を開いたのであった。

 

「ういーす」

「失礼します」

 

 大河と三輪が肩を並べて入室したそこは、アフトクラトルの襲撃が予想されたときに使われた会議室よりもずっと狭い部屋であったが、出席者の人数はその当時よりも多い。幹部は城戸と忍田だけだが、司令部総括オペレーターの沢村やA級部隊隊長たち、そしてB級部隊の隊長だがかつての功績から信頼の厚い東が席を連ねている。

 おそらく緊急と名付けるだけあって時間が惜しいため、会議の決定をそのまま現場の人員に伝えたいのだろう。

 

「来たか。あとは風間と迅だけ……木場、エネドラを連れてきたのか」

「ええまあ、役に立つかと思いまして」

 

 会議用モニターの前に立っていた忍田が二人を迎え入れ、その肩に乗っているエネドラを見咎める。

 

「それはそうだが、ボーダーの機密に関する話が出るかもしれないし、捕虜に聞かせるのはまずいだろう」

「別にいいと思いますけどね。仮に裏切ったらもう一回殺すだけですし」

 

 極めて重要な警告にあっけらかんと返す大河。

 その頭の横ではエネドラがそんな器官もないだろうにぞわりと身震いしていた。

 

『心配しなくとも逃げたりしねぇし余所にしゃべったりもしねぇよ。もし仮に生き返ったとしても裏切らねぇし裏切れねぇ。生身で「さっかー」なんぞされたらたまったもんじゃねぇからな』

「サッカー?」

 

 国民的スポーツがどう関係しているのだ、と忍田は頭を傾げたが、その答えが返されることはなかった。

 

「エネドラの扱いに関しては木場に任せている。緊急なのは事実であるし、直に話を聞けるのは役に立つだろう」

 

 城戸が静かにそう述べると忍田も納得して引き下がった。

 たしかに情報をもたらしたエネドラにノータイムでの質問ができるのはいいことだ。加えて、先ほどはああ言ったが今回に関しては近界民に隠したいボーダーの機密といえば迅の予知くらいのもの。それも話の仕方によっては簡単に隠し通せるものである。

 デメリットよりメリットのほうが大きい。防衛重視の忍田はそうしてエネドラの参加に頷いた。

 それと同時に風間と迅が会議室に現れて、いよいよボーダー緊急防衛対策会議が開始された。

 

「では始めよう。エネドラから得た情報によりアフトクラトルの従属国である二つの国が攻めてくるかもしれないということがわかった。……本人もいることだしさっそく聞かせてもらいたい。このガロプラ、ロドクルーンの二国が攻めてくるというのは確かなのか?」

 

モニターに映る近界の軌道配置図は刻々と近づいてくる国を示しており、その三つのうち二つがいま挙げた国名を記している。

 

『ああ』

 

 忍田の問いに、エネドラは迷うことなく即答した。

 

『オレらが侵攻を始める前からそいつらを呼び寄せてたし、オレが死んだあとの二回目の攻撃にも使ってた。そこのアゴヒゲとか黒髪のガキどもは実際に接触しただろ。今回はたぶん国から補給を受けて前と同じかちょい増しくらいの戦力で攻めてくるだろうよ』

「なぜ言い切れる?」

 

 再度の問いにもエネドラはノータイムで答える。

 

『ハイレインの野郎ならそうするってだけだ。あいつは常に最悪を考えて動く根暗野郎だからな。ま、要は足止めだ』

「……」

 

 ちらりと忍田が迅を見る。エネドラの言葉が真実かどうか、予知で測れるか聞きたいらしい。

 それを察した迅はこくりと頷いた。

 

「本当だと思いますよ。敵の狙いは足止めってところも」

 

 街の人間に死んだり攫われたりする未来は視えない。それをぼかして伝えると忍田は再びエネドラに尋ねた。

 

「ガロプラとロドクルーンはどういう手段で我々の足止めを行うつもりだ?」

『そんなもん知らねぇよ。オレがその国について知ってるのはさわり(ヽヽヽ)だけだ。ガロプラは少数精鋭の雑魚、ロドクルーンはトリオン兵頼みの雑魚、ってな。どんなことをしてくるかはわかんねぇし、そもそもハイレインにとっちゃ玄界の意識がそいつらに向いてくれりゃなんでもいいだろうしな』

「なるほどな……」

 

 戦力や手段に関してはわからずとも、とにかくとして攻めてくることはほぼ確定とみていいだろう。

 あとはこちら側の問題。どう防衛するかの話になるのだが、その前に。

 

「では、この二国がこちらを離れるまで特別警戒体制を敷いていくことになるが、その前に城戸司令よりこの件に関してひとつ指示がある」

 

 忍田により場を整えられた城戸が口を開く。

 ――この件は可能な限り対外秘とする。

 いまだ大規模侵攻の爪痕が残る市民に動揺を与えるわけにはいかない。この短期間に二度も襲撃されたとなればボーダーへの風当たりも強くなる。それは公開遠征に少なからず支障が出る可能性もあるということだ。

 すなわち、襲撃があったことさえ気づかれることなく敵を撃退したい。

 ボーダー内部にも情報統制を行い、任務への参加もB級以上から必要最低限の人員に声をかけていくことになる。

 

 そこまで聞いて、大河は「また面倒なことになりそうだ」と天井を仰いだ。

 市民どころか大部分の隊員にも気づかせないとなると、ハイドラは間違いなく禁止だろう。そこに現れるのが大量のトリオン兵だというのだから、その面倒くささもやる前からわかるというもの。

 とはいえ遠征計画に支障が出るかもしれないとなれば従うしかないのだが。

 遠征とは大河がボーダーに所属する唯一の意義と言っても過言ではない。それを邪魔しようというのなら、たとえ千のトリオン兵だろうが手ずから千切ってやるのもやぶさかではないのだ。気分はさながら草むしりといったところだろうか。

 

「敵の目的が足止めだとすると、どういった攻撃をしてくるか予想が難しいですね」

 

 大河の思考を横切って風間がそう述べると、忍田も難しい顔をして頷いた。

 

「ああ。足止めというだけなら市街地への攻撃・市民の拉致もそうとも言えるが、その可能性は低いようだし……」

 

 もう一度ちらりと迅を見やる。

 しかし口を開いたのは大河であった。

 

「まあフツーに考えて基地に何かしてくるんでしょ。俺も逃げるときはだいたいそうするし」

 

 すでに忍田には極秘遠征のことは知られている。ゆえにその内容も断片的であれば話しても構わない。ここにいる面々もハッキリと口に出さなければ余計な詮索はしないだろう。そう判断して大河は意見を述べた。

 

「理想としては軍司令部を潰す。まあ本当に理想を言えば……や、それはおいといて、頭さえ潰せば手足は動かないんで。相手もそれなりにこっちの戦力は知ってるんだろうし、遠征部隊……少数でやれることっつったらその程度だと思いますよ」

 

 近界民ならそうするだろう。そう言い切る。

 

「……ふむ。ではまず狙ってくるのは基地潜入ということか?」

「どうかな……。俺だったら外から基地ごと吹っ飛ばすだけし、やり方は想像つかないっすね」

 

 城戸の問いには曖昧に答えたが、代わりにエネドラがその考えに賛成を示した。

 

『オレも潜入はアリだと思うぜ。おまえらがどうして市街地に攻撃がねぇって言いきれんのかは知らねぇが、このアホみたいな硬さの基地を外から落とすにゃあの雑魚どもには荷が重すぎる』

「なるほど。ならば敵の攻撃に対してもっとも警戒すべきは基地侵入ということになるが、その場合は迎撃とトラップで防ぐ形になるか。冬島、おまえの意見を聞かせてくれ」

 

 忍田が促し、壁に背を預けていた冬島が所見を述べる。

 

「基地の迎撃装置は派手だし使えないとして、接地タイプのトラップトリガーを敷き詰めておけば動きを鈍らせることはできると思いますよ。とくに耐久力の薄い入口の大扉あたりは重点的に配備したほうがいいでしょうね。

 ただ、前回アフトクラトルの連中は壁抜けのトリガーを持ってたんで、全方位を警戒するとなると設置数が多すぎて手が回らないかもしれないです」

 

 そのうちの一言にエネドラが反応した。

 

『壁抜けだぁ? オレらはそんなもん持ってなかったぞ。たぶんガロプラかロドクルーンの連中の持ち物だな』

 

 トリオン体をキューブ化する黒トリガー『卵の冠(アレクトール)』、空間を繋げる黒トリガー『窓の影(スピラスキア)』、そして何物であろうと切り刻むアフトクラトルの国宝『星の杖(オルガノン)』。それらがあればこそこそと潜入などする必要のないアフトクラトルの戦力はそういった小道具類を持ってきてはいなかった。

 そも、潜入するのなら『泥の王(ボルボロス)』と『窓の影(スピラスキア)』だけで事足りる。本来であればそういった類の運用をされるはずのトリガーであったはずなのだが、――本人はそう望んでいたとしても――不幸なことにエネドラは戦闘要員として送られてきた。その結果として虎の牙にかかることになってしまったのである。

 それはさておき、エネドラのその言葉によって今回攻めてくる相手が潜入という手段を用いてくる可能性がかなり濃厚に浮き上がってきた。忍田が総括して防衛手段について詰めていく。

 

「では主な体制としては本部基地防衛をメインに、念のため市街地戦も予備に想定して組んでいくことにしよう。

 天羽や嵐山、太刀川たちはそれぞれこれらの国の近界民と戦ってみた隊員として意見を出してほしい」

 

 

 

――――――

――――

――

 

 

 

 近界(ネイバーフッド)玄界(ミデン)近域。

 闇夜の中空(ちゅうくう)において玄界の輝きに追いやられるように、僅かな影のみを残して存在を主張している遠征艇の中。そこでガロプラの精鋭たちは顔を突き合わせていた。

 

「今回の任務に際しての、俺の決定を伝える」

 

 野太い声でそう言い放ったのは、この遠征部隊の隊長であるガトリン。がっしりとした体格に丸太のような腕を組んで部下たちに視線を巡らせる。

 その先にいるのは副隊長のコスケロ。以下、実動部隊のウェン・ソー、ラタリコフ、レギンデッツ。そしてサポート役のヨミ。

 みな若くして遠征部隊に選ばれた精鋭だ。祖国(ガロプラ)がアフトクラトルに支配されてからというもの、国の力も兵力もいままでの水準を下回るふがいなさを見せていたが、彼らには充分な力があるとガトリンは認めていた。

 自分たちが結局アフトクラトルに都合よく使い潰される役回りだろうとも、任務はこなさなければならない。そのために自らの目と耳と足で見つけ出した逸材たちなのだ。

 

「アフトからの指令内容は玄界の足止め。やり方はこっちに一任されている。今回はロドクと合同任務ということだが、向こうとの協議の結果、玄界の基地に攻撃することにした」

「基地へ、ですか?」

「そうだ」

 

 納得していない雰囲気の部下たちに、ガトリンは言い聞かせるように続ける。

 

「俺たちより前に呼ばれた遠征部隊はアフトにより玄界の市街地への攻撃を許可された。……というより命令されたわけだが、結果は前に言った通りだ。

 アフト、ロドク、そして我々ガロプラの三国を合わせた戦力をぶつけても、玄界はそれを退けるだけの戦力を持っている。これを我が国に向けられるわけにはいかない」

 

 三国合同による玄界侵攻。とくにアフトクラトルの戦力は多大なるものであった。

 一国を落としかねないトリオン兵の軍団と、複数の黒トリガー使いを擁する遠征部隊。それらと戦い、あまつさえ黒トリガー使いを一人殺害、もう一人の強化トリガー使いを捕虜にしてしまえるほどの力を、玄界は有している。

 アフトクラトルはそれなりに『雛鳥』を攫えたらしかったが、引き換えに多大な打撃を。ガロプラとロドクルーンはトリオン兵のすべてを失ってなお戦果はゼロ。軽視するには強大に過ぎる相手である。

 

「しかし、基地への攻撃も敵対行為としては充分ではありませんか?」

 

 民間人を攫おうと、基地へ攻撃しようと、報復されるのならば同じことではないのか。

 コスケロのもっともな問いに、ガトリンは重々しく頷く。

 

「だから追ってこれないようにする。具体的には玄界の遠征艇の破壊、これを最優先目標としてな。この作戦の立案理由の言い方を変えるなら、民間人に手を出す余裕がないと言ったところか」

 

 アフトクラトルがよこした玄界の情勢と基地の内部情報。それによれば実動部隊の数はそれほど多くなく、また遠征艇も数を揃えているわけではないらしい。そこで少数での任務となれば、その遠征艇の破壊がもっとも有効かつ難易度が低い。

 それでも持ち得るすべての戦力を注ぎ込まねばかなわぬ難事であろう。民間人は狙わないのではなく「狙えない」。この結論にはロドクルーンも頷いたのである。

 部下たちも納得したらしく、ガロプラの大まかな作戦は形を取り始めていった。

 

「ヨミ」

「はい。アフトの情報と、実際に交戦した前遠征部隊のデータを合わせると、玄界の実動部隊はおよそ100人程度。精鋭は30人ほどで、彼らは我々(ガロプラ)とも互角に渡り合える実力を持っている模様です。

 また、玄界が有する黒トリガーは3本。そしてアフトが『虎』と呼称していた強力な戦力が一人」

 

 モニターに情報を出力していくヨミに、レギンデッツが「は?」と間の抜けた声をもらした。

 

「『虎』ってなんだ? あの虎か?」

 

 がおー、と両手で爪を尖らせる彼に、ヨミは感情の読めない瞳で続ける。

 

「わからない。ただアフトは超々高トリオン能力者とだけ」

「超々高トリオン、ねぇ……」

 

 鼻を鳴らすレギンデッツに、コスケロがたしなめるように話しかけた。

 

「たしかに眉唾ではあるけど、油断はできないよレギー。玄界は実際にアフトを撃退してるんだから」

「そりゃそうなんだろうけどよ……」

 

 国でも聞いたことのない単語に、レギンデッツはその『虎』とやらの存在がにわかに信じられなかった。

 「優秀なトリオン能力者」だとか、「他に類を見ないトリオンの持ち主」だとか、そういった類の人間ならば見たことがある。自分も平均以上は持っているし、ここにいるガトリンやコスケロだってかなり優秀な部類に入るのだから。

 だが、「超々高トリオン能力者」とは生まれてこの方聞いたことがなかった。そしてそれを言ったのが優秀な人材を多数抱えているアフトクラトルであることがもっと信じられなかったのだ。

 少数ながらも精鋭揃いのガロプラと比べてすら優秀な者が多いアフトクラトル。そこにおいても超が二つ付く高トリオン能力者とは。そんな馬鹿げたものが本当に存在するのだろうか。

 

「送られてきた玄界の基地の外壁や防衛機能のデータを見ても、豊富なトリオンを潤沢に使っていることがわかっている。もしかしたらその『虎』がいてこそのものかもしれん」

 

 ガトリンの推測にラタリコフが同意する。

 

「ですね。逆に言えば『虎』をどうにかすれば玄界の戦力はかなり削れるのではありませんか?」

 

 できればそれだけでも捕らえて連れ帰ることができれば。

 そう言外に匂わせたが、ガトリンが頷くことはなかった。

 

「無理だな。アフトの連中が黒トリガー四つをもってしても不可能だったことを、我々ができるとは思えん」

「そうですか……」

 

 もしそんな存在を連れ帰ることができたら、アフトクラトルの支配からの脱出さえかなうかもしれない。そんな淡い期待を抱いたラタリコフであったが、現実は非情であった。

 力が足りない。仮に力を蓄えようとしても、アフトクラトルに吸収されてしまう。

 星々の中でも有力な国に従属しているというのは、その威名に守られているという事実でもある。しかしながら他国に管理(ヽヽ)されていることに不快感を覚えないわけではない。できるならアフトの支配から脱したいというのがガロプラの本音なのだ。

 

「話を戻すぞ」

 

 逸れ始めた会議内容を、ガトリンが一言で軌道修正する。

 

「玄界に着いたら実地調査で前情報との照らし合わせ。その後ロドクルーンとタイミングを合わせて攻撃を開始する。トリオン兵の一部は回してもらえることになっているから、コスケロ、レギー、ヨミで玄界の気を引いている間に俺とラタ、ウェンで基地への侵入を試みる」

「了解」

「オーケー、隊長」

「アフトの捕虜から我々の情報が洩れていることを前提に動く。ウェンのトリガーでトリオン兵に偽装するが、常に奇襲は警戒しておけよ」

「了解です」

「よし。では玄界に到着するまでの間、作戦の細部を詰めていこう」

 

 音もない星の海の夜。静かに戦いのときが近づいていく。

 

 

 




 


黄金の虎を読んでくださっている皆様方、いつもありがとうございます。
誤字報告も助かっております。
いろいろ試行錯誤しているつもりですが、ギャグ調は苦手分野なのかもしれません。

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