黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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独自設定がいっぱいです。

 


第四十五話

 

 

 

 エネドラの尋問からはさまざまなことが判明した。

 アフトクラトルが攻めてきた理由。

 なぜ雨取千佳に固執したのか。

 そしてヒュースが置いていかれたわけ。

 ボーダー側が推論していたのも合わせて、それらの言は嘘をついているようには見えなかった。母国であるアフトクラトルの内情までをも軽口のように答えていくエネドラの言葉を空閑がすべて本当だと知らせると、鬼怒田は訝しさを隠そうともせずに問いただした。

 この黒いラッドは挙句の果てにアフトクラトルまで案内してやってもいいとさえのたまったのだ。たとえ本当であっても信用はできそうにない。

 

「貴様、何が狙いだ? いったい何を企んでいる?」

『あぁ? 聞きたいこと聞いたらそれかよ。このオレ様が協力してやるっつってんのによ』

「もう一人の捕虜があれだけ忠義を立てとるというのに、あまりに協力的すぎると言っておる」

『ハッ! あんな犬っころと一緒にすんなよ。だいたいハイレインの連中は最初っから俺を捨てていく気だったんだろーが』

 

 大河が出会ったミラという女近界民のセリフ。

 ――エネドラは、私が手を下すまでもなかったようね――

 当時すでにこと切れていたエネドラは情報としてそれを伝えられている。しかしそれだけで祖国を裏切るというのは少々短絡的と言わざるを得ない。しいて言うなら、近界民らしくない(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)

 近界民というのは生まれた国に執着を持つことが多い。もちろん捕らえられた場合はその国の兵士として利用されることもままあるが、それは打算や取引の上で成り立つことであり、捕縛から即祖国を裏切るという行為はほとんど見られないのだ。

 たとえ仲間に裏切られていたと知っても、エネドラはアフトクラトルに生まれ、アフトクラトルで育った。そして黒トリガーを任されていることからしてもそれなりの立場にいると思われる。そんな存在が簡単に国を見捨てるとは考えにくい。現にヒュースはあれだけわかりやすく裏切られていても頑なに口を閉ざしている。

 

『俺は俺を裏切ったやつを許さねえ。そんだけだ』

「嘘はついてないね。手伝うのも、復讐したいってのも。ただ、何か隠してる感じはある」

 

 空閑がそう述べると、顎に手をやった大河がマイクに向かって問いを投げた。

 

「ふーん。……アフトクラトルより大事なものがアフトクラトルにある、ってか?」

『……!』

 

 核心を突かれたのかエネドラが言葉を詰まらせる。

 これまで淀みなく返答してきたエネドラは、視線(コア)を背けるでもなくじとりと大河を睨み、しかし黙り込んだままだ。

 

「はっは、答えたくないってか。ぽんきちさん、こいつの今日の聞き取り、ここまでにしてもらってもいいっすか?」

「あん? ……まあ、かまわんが」

 

 くつくつと喉を鳴らす大河を不審に思った鬼怒田であったが、エネドラがもたらした情報をまとめるための時間が必要なこともあってその提案を許諾した。

 尋問を終えた空閑や三雲、菊地原を帰るのを見届けてから、三輪が何があったのかと問いかける。

 

「どうかしたんですか、大河さん?」

「ああ、まあ……な」

 

 大河はさも神妙に濁してから寺島のほうに顔を向けた。

 

「雷蔵、こいつを仮想空間に連れてくことってできるか?」

「ん? できるけど」

「じゃあ頼むわ。俺専用の訓練モードのやつな」

「はいはい」

 

 やおら面倒くさそうに立ち上がった寺島は注文に応えるべく部屋を後にする。

 そして彼の大きな身体を避けたミサキは大河の考えていることを読み取って呆れかえっていた。

 

「……前時代的」

「いいじゃねーかよ、別に」

 

 三輪だけが、彼らが何を言っているのかさっぱりわかっていない。

 再三問いかけると、大河は牙をちらつかせる凶悪な笑みを浮かべた。

 

「あいつだってヒュースと同じだ。答えたくないことは死んでも答えたくないんだろ」

 

 ま、もう死んでるけどな、と付け加えてから続きを述べる。

 

「そういうのを聞きだしたいんなら、相応に仲良く(ヽヽヽ)ならなきゃなあ」

「仲、良く……?」

「ヒュースは無理っぽそうだが、エネドラならいけそうだ」

 

 またも喉を鳴らして、大河は握りこぶしを見せつけた。

 

「男の友情っつったら、殴り合いだろ?」

 

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 

『おい! ちょ、やめ――へぶっ!』

 

『ふざけんなこの猿! おい、おい! ぶがっ!?』

 

『ごぁっ!? クソ、てめぇ……あ、待て、あああああ!?』

 

 がつんごつんと硬質な音が仮想フィールドに響き渡っている。

 鉄を打つような重く鈍い音。それと同時にエネドラの悲鳴もこだまする。

 音声だけ聞けば拷問をしているように思えるが、その実――――

 

「へい秀次、パス行くぞ!」

「はい大河さん!」

『やめろっつってんどぐぁ!?』

「よっしゃ、決めろ!」

「くたばれ、近界民(ネイバー)!!」

『ぎゃあああああ!?』

 

 その実、ただの拷問である。

 大河たちは仮想フィールドに入ってから手近な学校の校庭に陣取って、そこでサッカーをしていた。

 ボールはもちろん、エネドラである。

 

 大河がエネドラに取り入るために選んだ手段は暴力による屈服であったのだが、トリオン兵と化したいまのエネドラにそういうものが意味を為さないのは自明の理。

 そこで大河はまずエネドラの心を折ることにした。

 猿と呼んで見下す連中に手も足もでない状況をこれでもかと味わわせる。

 屈辱と無力感。暴力を除けば、人間の心を折るにはそれが一番手っ取り早い。

 

「ふー。たまには訓練じゃない運動ってのもいいもんだな」

「ええ、そうですね」

 

 大河が近界民と仲良くなるなどとのたまい、仮想フィールドに入ってすぐ「サッカーしようぜ!」なんて世迷いごとを言い出したときにはさすがの三輪も目を丸くしたものだが、しばらく付き合っているうちに彼もこの行為の意味を感じ取って手伝うことに終始した。

 いま言ったように訓練じゃない運動が楽しかったのもある。近界民を足蹴にするのが気持ちよかったのは……多少なりともあったかもしれない。

 ともあれ、二人の狙い通りエネドラのプライドはずたずたになっていることだろう。いまも脚のほとんどが折れた状態の身体を、だらりと地に伏せさせたまま屈辱に悶えている。

 

『クソがぁ……猿どもが……調子に乗りやがってぇ……!』

 

 人型であったなら地面を殴りつけているのが容易に想像つくほど怒りと恥辱に塗れた様子のラッド。さらに大河が容赦なく踏みつける。

 

「おーう、エネドラ。もう降参かあ?」

『ざっけんなクソ猿! オレサマにこんなことしやがって、てめぇどうなるかわかってんだろうな!?』

「はっ、どうなるってんだ? ラッドの分際で。くははっ!」

『……! ……ぐ、く、ぐぅぅ……!』

 

 ぐりぐりと靴の裏をこすり付けてから、大河はいやらしい笑みを浮かべてエネドラのそばにしゃがみ込んだ。

 なだめるような、慰めるような、それでいてしかし陰湿な声音で囁きかける。

 

「なあエネドラよう。実のところ俺は、おまえとは仲良くできると思ってんだぜ?」

 

 とはいえこの状況でそんな言葉を投げられたところで、エネドラにとっては侮辱でしかないだろう。

 コアを上に向けたラッドは自由の効かない脚を振り回して当然のように怒りを露わにした。

 

『あァ!? いまさらご機嫌取りってか!? ふざけんじゃねぇぞ! てめぇら玄界(ミデン)に協力してやるのもやめだ! 二度と話しかけんな!』

「『泥の王(ボルボロス)』」

『――!』

 

 ひどく激昂したエネドラが、大河のその一言で動きを止める。

 

「おまえが俺たちに協力するのはそれを取り返したいからなんだろ」

『…………』

「沈黙は肯定とみなすぜ」

『っぜぇな……だったらなんだってんだよ』

 

 エネドラがボーダーに協力する理由。アフトクラトルを裏切ってでも成し遂げたいこと。

 それを(ブラック)トリガーの奪還とみた大河の推測は正しかったようであった。エネドラは怒りを若干弱めて大河の言葉を待つ姿勢を見せる。

 

「どうやって取り戻すつもりだ? もうおまえは自由に歩き回ることすらできないってのに」

『るせぇ、手段なんてどうだっていい。オレはアレを、知りもしねぇやつが我が物顔で振り回すのが気に食わねぇだけだ』

「へえ……」

 

 エネドラの様子を注意深く観察する大河。

 強化嗅覚もいまだけは役に立たない。心情を読み取るには仕草や声音で判断するほかにないからだ。

 だがサッカーと称して行った精神的拷問。『泥の王(ボルボロス)』という核心。これだけあれば「話」をするのに充分だと大河はほくそ笑む。

 

「なんだ、恩人か何かなのか、あれは」

『……関係ねぇだろ』

「関係はねえさ。でも協力はできる」

『あ?』

「俺たちが無事アフトクラトルに着いて……もし『泥の王(ボルボロス)』を手に入れられたなら。俺の権限でそれをおまえの物にしてやってもいい」

『…………』

 

 スポーツの名を騙った拷問の前には、己のトリガーの強さも見せつけてある。

 街を吹き飛ばす大砲、すべてを切り刻む爪。エネドラ本人をも苦しめたそれらがその実、当時の戦闘では本当の力を十分の一ほども出していないことを。アフトクラトル相手に、単体で互角以上に戦えるということを。

 獲得した黒トリガーの行く末をどうこうする権利が大河にあるのかどうかを、エネドラは知らない。しかしこれほどの力を持つ者が言うのなら、そんな横暴な話にも信憑性が生まれてくるというものだ。

 

『じゃあこっちからも聞かせてもらうぜ。なぜ協力する? 黒トリガーを手に入れて使いもしないってのは正気の沙汰じゃねぇぞ。……オレが言えた義理でもねぇが』

 

 くつくつと喉を鳴らして、大河はあえて本音を語り始めた。

 

「おまえとは気が合いそうだって思ったからさ。なあエネドラ、おまえはどうだ?」

『答えになってねぇよ。それに玄界の猿にそんなこと言われても嬉しくもなんともねぇ』

 

 舌打ちせんばかりに不満を露わにするエネドラに、大河はまた笑みを浮かべる。

 

「それもな。猿、っての? 俺も近界民なんか未開の地に棲んでる害獣くらいにしか思ってねえ。ただの狩りの対象であって、それ以外に価値なんぞねえってな」

 

 人の形をした、人でない何か。

 人を攫い、人間に(あだ)為す生命体。

 大河の認識において、近界民とはそういうもの。他の動物よりもトリオン能力に秀で、狩ることでそれを得られる益獣であり害獣。

 

『…………』

 

 あと雑魚市民とかな、と付け加える大河。

 弱い人間が住んでいるせいで全力が出せない。大河にとって市民とは守るべき存在ではなく、単なる足枷程度にしか思っていない。

 理由は異なるのだろうがそういう点から大河は己とエネドラに近しいものを感じた。

 

「でもおまえはもう死んだ。近界民じゃあなくなった。まあ人間でもなくなったが、そっちは重要じゃねえ」

『オレにとっちゃ重要だ! だいたいおまえが殺したんだろうが』

「まあ聞けよ。俺は、おまえっつー人格(ヽヽ)とは仲良くやれると思ってる。これは本当だ。だからよ、取引なんて腹の探り合いじゃなく、100%の協力関係を組みたいんだよ」

 

 先ほど言ったように近界民とは害獣に過ぎない。それを狩れるからこそボーダーとはもてはやされる。その力となるトリオンを重要視する。大河はそう信じている。

 人の形をした害獣。しかもトリオン器官をも有している。己が抱えるどす黒い野望を叶えるのにこれほど適した存在はない。

 だが害獣は害獣だ。たとえ言葉を解そうとも取引なぞするに値しない。有用性を示せば利用くらいはしてやってもいい。そんな認識。

 そしてエネドラは死んだ。(おれ)が殺した。だから組む価値がある。

 しいていうなら――死んだ近界民だけがいい近界民、といったところか。

 エネドラはそんな大河をじっと見つめ、やがてひとつ舌打ちをもらした。

 

『チッ、さっきあんだけボコしてくれやがったくせに生意気なことをほざきやがる』

「おまえが自分をまだ近界民だなんて希望(ヽヽ)を持ってたら、話も聞かなかっただろ。死んで生まれ変わったおまえなら、人間として(ヽヽヽヽヽ)対等に話がしたいってことだ」

 

 さあどうだ、と弧を描く口を閉じた大河の横で、三輪はその成り行きを黙って見つめていた。

 大河はエネドラを人間として扱いたがっている様子である。おそらくはレプリカの代わりにでもしたいのだろう。レプリカのような存在を、もっと自分よりのものとして。

 しかし三輪としては、エネドラのことを害獣を通り越して虫程度にしか思っていなかった。

 近界民とは敵。殲滅すべき悪。だがすでに死んだエネドラに対して思うことはあまり多くない。ただ、虫に生まれ変わるとは因果応報もあったものだなとだけ感じていた。

 

『…………』

 

 そしてエネドラは。

 粉々に踏み砕かれたプライドの代わりに、新たな精神構造を組み立てつつあった。それこそが大河の思惑であると頭の端で気付きながらも。

 たしかに己は死んだ。「近界民」とかいう呼称だか蔑称はさておいて、人間ではなくなった。ふつうに考えてアフトクラトルへの忠誠などなかったことにしてもいいし、元よりそんなものは持ち合わせてはいない。

 だが――『泥の王(ボルボロス)』。

 あれだけはなんとしてでも取り戻したいと思っている。そして目の前の猿――いや、虎はそれを叶えると言い、叶えるだけの力も持っている。

 どうするべきか――――

 

『『泥の王(ボルボロス)』は……』

 

 エネドラのとった選択は、

 

『あれは、うちの前当主だったものだ。十年かそんくらい前に戦争で黒トリガーになった』

 

 すべてを(つまび)らかにすることだった。

 それすなわち、100%の協力の約束。

 

『アフトクラトルは四つの家が回してるっつったよな? 忌々しいがハイレインがそのうちの一つで、前当主が死ぬまではうちは二つ下の(くらい)の家だった。

 二つ下っつったらほとんどパシリも同然だ。当主が死ねば同位くらいの家に吸収されて名も無くなる。オレはそれが許せなかった。だから無理くりにでも黒トリガーの適性を得るために当時未完成だった最初から黒い角(ヽヽヽヽヽヽヽ)を埋め込んだんだ。当主を受け継いだのが若造でも、黒トリガー保持者になれば発言力は多少上がるからな』

 

 エネドラは自らを嘲笑うように続ける。

 

『その結果がこのザマだ。角のせいで性格は激変、それは別に気にしちゃいねぇが記憶も曖昧になってきやがる。なんのために黒トリガーを手にしたのかさえも。

 ……前当主はオレの祖父だった男だ。だったはずだ。名前もおぼろげで、そうだったんだろうって感覚だがな。

 だがおぼろげだろうと、『泥の王(ボルボロス)』を他のやつが使うことだけは許せねぇ。あれは、オレの……、……はっ、やっぱ思い出せねぇ。そりゃ脳みそも欠けらしか残ってねぇし、角に入ってんのはただのデータだからな、もう思い出すことはできないんだろうさ。

 ただ、『泥の王(ボルボロス)』をいいように使われるのが許せねぇってのだけが、オレに残った唯一の意思で、目的だ』

 

 両前脚を器用に使って肩をすくめるような動作をしたカニモドキ。

 しかしそこに宿る意思はたしかにエネドラで、人間のもの。

 了解したと膝を叩いた大河はエネドラを抱えて立ち上がり、寺島に通信を繋げて仮想空間をあとにするのだった。

 

 

 

 


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