黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第四十二話

 

 

 しばらくして拷問、いや実験が終了し、ようやく三輪の出番が回ってきた。

 この「しばらく」というのが一週間であったことを除けば、三輪も大河も心身ともに万全の状態で訓練を開始することができたであろうが、二人とも何も言わずに神妙な顔で向き合っている。

 そも、三輪はこの訓練開始がもともと頼まれた日時のとおりなので遅くなったとかそういう文句は一切ないのだが、当の依頼人である大河がいまにも死にそうな顔をしているのにはいささか以上の憐憫の情を向けざるを得なかった。

 

『それじゃ、実戦形式、始めるよー』

「おう……」

「はい……」

 

 大河の声音も重いが、三輪の気もまた重い。

 兄貴分の役に立てるならどんなことでもしようと奮い立ったはいいが、目の前で繰り広げられた地獄のような実験の矛先が、今度は自分に向けられようとしているのだからその暗澹たる思いも理解できよう。

 大河は大河で、電撃地獄が完全にトラウマになってしまっている。彼はなぜこんなトリガーを欲しがったのか半ば見失いかけていた。もし過去に戻れていたら自分をぶん殴ってでも止めさせていたことだろう。

 ともあれ強化戦闘体がもともと持つ耐久性に加え、突貫工事ではあったものの重要な器官や伝達回路には耐電性を持たせることができたので、もう高出力の放電を行っても自爆する心配はない。とくにトリガー暴発は大河自身の精神的問題云々より『ジャガーノート』の強制発動が危険視されたため、茂森が最優先で戦闘体の保護機能を実装してくれたのだった。

 

『んじゃ虎爪を起動して、接続してみて』

「ん。……いくぞ、秀次」

「いつでも大丈夫です」

 

 ミサキの命で見た目にはいつもと変わらない虎爪を起動し、振りかぶる大河。

 そして受け太刀の構えで弧月をかざす三輪。

 トリガーを起動しただけで火花が散るようなことももうない。あの耐電実験はどれだけの電流までなら問題なく動けるかを調べるものであり、この新型トリガーは常時放電し続けるわけではないからだ。もっと早くに戦闘体の改造が済んでいれば、地獄を味わう必要もなかったのだが……そこはもう、大河は何も考えないことにしている。

 それに加え、攻撃がヒットする瞬間にのみ放電すれば新トリガーが高出力を叩きだそうと、万が一にも自爆する恐れがないとされている。一瞬であれば『光輝の針(スコーニィ)』の直撃さえ耐えきったのだから、そこは折り紙付きだ。

 このトリガーの主眼は大河が局所での戦闘ができない事実を覆すためのもの。この実験が成功すれば虎爪を最小サイズに留めたままでも、相手に触れれば即打倒が可能となる。

 大河のこれまでの戦闘履歴から見ても、ハイドラの火力を知った敵は総じて接近戦に持ち込む傾向にあった。無論、通常の虎爪だけでも撃破撃退は可能なのだが、無用な破壊をもたらさず、そして容易な捕獲手段の確立は大河にとって戦術の幅を広げる大きな一手なのである。

 

「せえ、のっ」

 

 手のひらが一回り大きくなった程度のサイズで叩きつけられる虎爪。防御された場合を想定して本気でぶつけたわけではないが、それでも三輪の身体と弧月は軋みをあげる。

 と同時に閃光と破裂音が発生して、特殊機構の発動を見る者に知らせた。

 

「ぐっ……!」

 

 三輪の戦闘体に流れ込んだ電気が数秒の間その動きを封じさせる。痛覚の設定はいつもより弱めにしてあるが、それでも身体中に広がる痺れと、思うように動かせない不快感は拭いきれない。運が悪いとその痛覚設定すらめちゃくちゃにされて激痛を味わう可能性すらある。

 

「けっこう効きますね、これ。防御不可の近接攻撃と思えばかなり有効だと思います」

 

 実際に体感した三輪がそう感想を述べる。

 あのハイドラをかいくぐってようやく対峙した相手がこんなものを振りかざしてきたら、それだけで戦意喪失しそうなものだ。高威力、かつ受け太刀すら許されない絶対的な足止め機能。続く第二撃にはなすすべなく屠られてしまうだろう。

 

「うーん……」

『んー……』

 

 しかし木場兄妹の反応はいまいちであった。

 二人してどこか納得のいかないような音を鼻からもらしている。

 

「どうしました?」

「いや……なんか思ってたのと違うっつーかさ」

『そーねえ。攻撃に付加効果がつくのは悪いことじゃないんだけどさ』

 

 これだけの性能を得てまだ納得しないのか、と三輪は戦慄するような思いで大河を見た。

 しかし本人はがしがしと頭をかいて、人差指を立ててから言葉を探す。

 

「あー、ほら、防御不可っつってももともと俺の攻撃防げるやつのほうが珍しいじゃん」

「……あ」

 

 そういえば、と三輪も思い当たる。

 いまのは手加減していたからこそ弧月で受けることができたが、本気を出せば弧月どころか三輪をアスファルトごと粉々にするなど大河にとって赤子の手をひねるよりも容易い。そういう意味では電撃による防御不可効果は過剰……というより無意味である。

 

「防いだやつってだいたい防御用とかそういうトリガー使ってくるんだよ。あのジイサンもだけど、手に持たないタイプの」

「なるほど……」

 

 強度の違いはあるがボーダーにおけるシールドも同じようなものだ。手に持たない盾、すなわち感電しない防御方法。それを加味すると電撃による足止め効果などあってもなくても、物理的に爪を叩き込んだほうが手っ取り早く、確実だ。

 たとえ「床や壁に無用な破壊をもたらさない攻撃」という利点があろうとも、緊急時にはやはり確実な撃破のほうが優先される。さすがに基地ごと吹き飛ぶような火砲は厳禁だが。

 

「ていうかそもそも想像してたのと違うんだよなあ、これ。俺が思ってたのはアクティナのあれみたいに電気を放出して攻撃するみたいなさあ」

 

 脳裏に浮かぶのは半壊させた国で敵が使っていたあのトリガー。あれほどの性能とまではいかずとも、似たようなものに仕上がるのではと期待していただけにこの落差は大きかった。

 鬼怒田に新トリガーの草案を頼んだときに、たしかにそのように伝えたのだが、と大河は首を傾げた。

 

『上手く伝わってなかったか、もしくは"まだできない"か、かねー』

 

 思案するような声で、ミサキはさらに続ける。

 

『まあたぶん前者じゃない? バカ兄貴の説明じゃ鬼怒田さんの頭脳でも理解できなかったんでしょ』

「おい」

 

 あまりの言い草にさしもの大河もつっこみを入れている傍らで、三輪も顎に手をやって考え込んでいる。

 

「あの話に聞いたアクティナのトリガーですよね。鬼怒田開発室長はあれを優先的に解析している節があったので、まだできないというのも不自然な気がしますが……」

「秀次、おまえまで俺をバカ呼ばわりするのか……」

「あ、いえ、そういう意味ではなく……」

 

 胡乱な目を向けられた三輪は慌ててそれを否定する。

 アクティナの話を聞いた当時から鬼怒田は『光輝の針(スコーニィ)』の解析に力を入れていた。開発室に瞬いていた閃光、すなわち発電についてはそのとき既に可能であったはず。ならば似たような構成をしたトリガーの開発くらい、あの人物なら簡単にできるのでは。

 そう伝えてみると、大河も同意したように腕を組んで頷いた。

 

「そーだなー」

『とりあえず鬼怒田さん……は忙しそうだしシゲさんに聞いてみるかな』

「おー、頼むわ」

 

 忙しい度合で言えばチーフエンジニアである時点で茂森も大差ないとは思われるものの、この新トリガー開発にもっとも注力してくれる人材となると鬼怒田よりも茂森に軍配が上がるだろう。鬼怒田は城戸派の筆頭といえど、開発室長という立場から"近界民を効率的に殺すトリガー"よりも"広く普及させるためのトリガー"に力を入れざるを得ないのである。

 内線で開発室に繋げたミサキは、説明の全てを任せるためにスピーカーと仮想空間を接続して茂森の声を二人に伝えた。

 

『実験は順調みたいだねぇ。でも大河くんが言うようなトリガーはちょっと難しいかな。

 純粋な電気に空中で指向性を持たせるのは難しいんだ。たとえばほら、雷の実験とかでも落ちる場所はまちまちだろう? 狙った場所に落とせるのは、そこにしか落ちない状況を作ってあるときだけなんだ。よくマネキンを二体並べてどっちに落ちるか、なんて実験をしているだろう。だいたいランダムでどっちにも落ちるってやつ』

「ふんふん……」

『『光輝の針(スコーニィ)』の雷がまっすぐ飛んでいくのは、これにトリオンが混ぜられているからなわけだけど、きみも知っているようにこれを再現しようとすると外部装置が必要になる。でもトリオンでできていないそれをきみの戦闘体に組み込んだとしても、ハイドラを撃った衝撃で破損するだろうし、発射には長い針が必要になる。つまり、虎爪の邪魔になってしまうわけだ』

「なるほどなあ」

 

 つらつらと語られる説明に頷く大河。

 やろうと思えば可能。だが実現には他のトリガーをほぼ全て捨てなければならない。攻撃も移動もままならないところまでいってようやく実用に耐えるものができあがる。それでは意味がない。

 大河は放電すれば勝手に中距離攻撃になると考えていたが、思えば『光輝の針(スコーニィ)』の雷もある程度直進してからターゲットに向かって方向転換していた。そうしなければ発射した本人さえも危険に晒されるからだろうと初めて見たときは推察していたが、それに加えてトリオンを混ぜたとしても一瞬のうちに着弾してしまうその速度に、細かな狙いなどが設定できないのであろう。

 

「ちっ。あてが外れたな……」

 

 大河が残念そうに呟くと、茂森が励ますように付け加えた。

 

『思っていたのとは違ったようだけど、それでも使い道はあるさ。きみが苦手な局所戦闘にも有効なのは事実だし、このまえの大規模侵攻で試してた電撃手榴弾も実用に耐えうるものになる。なにより発電機構自体は戦闘体に組み込まれているから……つまり素手ですら敵のトリガー使いを打倒することも可能というわけだ。

 ああ、それは元からそうなのもあるんだけれど、超火力の武器を捨てていきなり徒手空拳になるとなれば、相手は油断もするだろうしね。もしそうでなくとも揺さぶることは可能だろう?』

「まあ……考えようによっちゃ、そうかもしんないすね」

『はっきり言って、私たち開発室の技術の粋はその戦闘体にこそある。もし大河くんが十全にそれを使いこなせるようになればそれだけで脅威さ。きみが加減さえできていれば、新しいトリガーなんて必要なかったじゃないか』

「そりゃそうだ」

 

 けらけらと大河が笑うと、茂森は通話先でにこやかになったのがわかる声音で締めくくった。

 

『何はともあれ訓練さ。私としては実戦を期待したいところだけどねぇ』

「そりゃ俺もっすよ」

『その新型トリガーはとりあえず完成扱いで上に伝えておくよ。城戸司令にも、大河くんの公開遠征への参加を強く推しておくから』

「あざーっす」

『うん。じゃ、がんばってね』

 

 ぶつりと音がして、それきり音声が聞こえなくなる。

 仮想空間に残された二人にミサキが声をかけた。

 

『んじゃまあそのトリガーは一応完成ってことで。あとの慣らし(ヽヽヽ)は自分でやってねー。あたしはご飯食べてくるから』

「おーう、おつかれ。サンキューな」

「お疲れさまでした」

 

 一言、「ん」と伝えたミサキの音声もまた途切れ、仮想空間に大河と三輪の二人きりとなった。

 さてどうするかと手を頭の後ろで組んだ大河に、三輪が少しだけ申し訳なさそうに話しかける。

 

「大河さん、もう少し訓練を続けてくれませんか?」

「ん? いいけど、どうした?」

「あの……俺も、俺も次の遠征に参加したいんです」

 

 できれば木場隊と合同のチームで、と付け加える三輪。

 先ほど茂森は遠征への参加を推すと言っていたが、おそらく大河の遠征参加はもはや決まっているようなものだろう。戦闘能力が考慮されているのではなく、遠征艇の問題でそうとしか考えられない。

 攫われたC級隊員の数は58名。これは通常のA級部隊が使う遠征艇をどれだけ改造しようとも賄いきれない人数だ。乗せるだけならまだしも、推進力を得るだけのトリオンも、どれほど続くかわからない航海をするだけの食料も積み込まねばならないのだから。

 現実的に考えて、一隻の(ふね)を改造するより、二隻両方を使って遠征したほうがコストもかからない。そして大河専用の遠征艇は大河の莫大なトリオンありきの性能をしている。むしろこちらはトリオン消費を考慮しないで済むため、貨物室を増やせばいいだけなので改造コストは安くすむはずだ。

 木場隊は遠征に参加する。ならば三輪は、是が非でもそれに同行したい。そう思っていた。

 

「もちろん城戸司令にも直訴しますが、選抜試験で受かればそれに越したことはありませんから」

「ああ、次はおまえの戦闘訓練に付き合えってことか」

「はい。お願いしても、いいでしょうか?」

 

 不安げに見上げてくる三輪の視線を受け止めた大河は、からからと笑ってそれを承諾した。

 

「ああいいぜ。でも部隊で選ばれたいんなら連携訓練とか必要なんじゃねえのか?」

「うちの隊員は作戦を伝えればそれを実行できるだけの練度があるので、あとは個人の力量を……と思ってましたが、よければ何回かうちの連中を呼んでもいいですか?」

「構わねえよ。別に俺も俺のトリガーにも秘匿義務は課されてねえしな。実験も終わったし、選考日までだいたい暇してるしよ」

 

 秘密なのは過去の遠征の内容だけ。そう伝えると三輪はぱっと顔を輝かせた。

 

「ありがとうございます!」

 

 この後も二人は戦闘訓練を続けた。

 しかし三輪は忘れていた。大河のトリガーはふだん、ミサキによって威力が抑えられていることを。そしてそれを存分に振り回していい場所での戦闘がどんなものになるのかということを。

 しばらくして戻ってきたミサキが目にしたのは、焼け野原に成り果てた仮想空間と、へばって地に伏す三輪、そして困ったように頭をかく大河の姿であった。

 

 

 


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