黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第四十一話

 

 

「さあできたぞ! 新型トリガー、試作一号だ」

「んじゃさっそく試すとしますか。兄貴、仮想空間入ってー」

「おう……」

 

 茂森が作戦室を訪れてから約二時間。待ちわびた改造トリガーの産声にしかし、そこにはまるで死刑宣告でも受けたかのような返答をする大河がいた。

 三輪は不思議そうに首をかしげつつも、ようやく自分の出番が来たかと気合を入れなおす。

 

「約束は一週間後でしたけど、様子を見にきた甲斐がありましたね」

「あー……。秀次、今日は帰っても大丈夫だぞ?」

「えっ?」

 

 三輪の役目は実験台。これは大河が直々に頼んだことであり、試作とはいえトリガーが完成したのならばその勤めを存分に果たそうとしているのに、当の大河は肩を落としてそれを押し留めようとした。

 

「どういうことですか?」

「今日はたぶん役に立たねえと思うし」

 

 大河から頼んできたというのにこの物言い。さすがの三輪もむっとして不満げに返す。

 

「それは……たしかに大河さんが相手では力が足りてないかもしれませんが……」

「いや逆、逆」

「え?」

 

 手のひらを振って三輪の言葉を打ち消した大河は、どう伝えたものかと頭をひねった。

 

「役に立たねえのは俺だ。なんつーかな、俺のトリガーの試作品は、最初はいつもだいたい使いものにならねえんだよ」

 

 そのセリフを補足するようにミサキが口を挟む。ただし、悪戯めいた声音を混ぜて。

 

「まあ一番難しいのが調整部分だからねー。でもせっかくだし見ていけば? 面白いもんが見れるかもよ」

 

 ハイドラに始まり、大河のトリガーは――というよりトリオンは――出力調整が難しい。とはいえまったく利かないわけでもないのだが、発動を本人のみに任せるとそれと似たようなものであると言っても過言ではない。

 通常のトリガーでは受け止めることすら不可能な超出力。そのため専用トリガーはあえて出力上限値を設けないことでとりあえずの暴発を防いでいる。がしかし、()にはめないことで逆に調整(コントロール)が難しくなっており、結果としてこれまで行ってきたすべての実験において大河のトリガーは毎回、起動と同時に本人を損壊させるありさまであった。

 今回もまた……、と含み笑いを浮かべるミサキ。三輪がそれを見たとき、いったい何を思うのかと悪戯めいた気持ちでいるらしい。

 

「おいミサキ」

「ほら、とっとと仮想空間入れっての」

 

 くすくす笑いながら促す妹に、恨めしそうな視線をやりつつ大河はトリガーを起動して仮想空間へと転送されていった。慌てて三輪もそれに続き、ふだん使う仮想訓練フィールドよりもずっと広大なスペースがとられた空間へと転送される。

 一瞬の視界のホワイトアウトののち、三輪たちが足を着けたのはふだん目にする三門市の警戒区域であった。

 ここは大河専用に造られた実験用仮想空間であり、規模からして消耗が激しいので起動及び展開にも彼のトリオンが使われている。かなり広域なのは、そうでもしなければ大河のトリガーの射程や効果範囲がわからないためである。

 フィールドとしては三門市を模しているが、山を越えその先の地平線までも続いている。これは過去にハイドラの有効射程を調べた際の最大距離を現在の設定としたものだ。その距離約四十キロメートル。およそ戦艦の主砲と同等レベルの射程である。

 

『そんじゃー兄貴、まずは起動してみて』

「はいはいっと……」

 

 そんな広大に過ぎるマップの中央、見えないスピーカーから聞こえてくるミサキの指示に従って、大河が無名の新トリガーを起動する。

 見た目は変わらず、しかし戦闘体内部に微弱な振動と唸るような音が発生した。それを確認してからさらにミサキの言葉が続いていった。

 

『三輪もいるし一から説明するよ。今回の試作トリガーは体内から電気を発して相手の動きを止めるって代物で、兄貴の戦闘体にトリオン製の発電機を組み込んで虎爪と接続・放電する仕組みなのよ。あんまり変換効率は良くないんだけど、そこは兄貴のアホみたいなトリオン量があればどうとでもなるからそれは置いといて』

「嫌な予感しかしねえ……」

 

 説明を聞くごとに顔色が悪くなる大河。顔色はもはや青を通り越して土気色になり始めている。

 

『んで問題は相手の動きを止めるレベルの電気を纏うと兄貴自身も感電するのよね。それなんだけど……』

 

 三輪は何度か頷いてから、どこからとなく声が聞こえてくる空を仰いだ。

 

「あの、それって」

『強化戦闘体なら大丈夫でしょってことでそこは気合で耐えてね』

 

 唐突に放たれた根性論。技術も何もないその発言に大河のみならず三輪でさえも「なんだそれは」と言いたくなった。

 たしかに強化戦闘体は耐久力に優れている。それは外傷に対するものも、内部に対するものも同様だ。

 電撃を受けようとも特殊な濃縮トリオンは電気抵抗率が高く、虎爪を起動している際は足の爪を地面に突き立てていることもあって大抵の場合はなんらダメージも発生せずに電気は抜けていく。

 ただし、それにも限界はある。そして先ほどミサキが言ったように、一番難しいのが調整部分なのである。

 しかしミサキは外部から調整されない限り本人にさえ取り扱いが難しいそれを、

 

『三輪はちょっと離れといて。そんじゃあとりあえず最大出力からやってみよっか』

 

 あえてフルスロットルで発動させた。

 

「待て、おい待てミサぎぃやあああああああああああ!!?」

「大河さーん!!?」

 

 不穏すぎるミサキの言葉にかけたストップは無視され、大河の身体を閃光が覆った。

 耳をつんざく空気の破裂音があたりにこだまして、その源の大河周辺にはプラズマが発生し、数秒で地面が融解し始める。そしてそれらを押しのけるような絶叫。見ているだけで恐怖に襲われる光景であった。

 放電はわずか五秒ほどで止められたが、それだけで大河は立っていることもできずに(くずお)れる。溶解した地面といまも紫電を撒き散らす大河のそばに近寄れない三輪は慌てて、しかし距離をとったまま声をかけた。

 

「だ、大丈夫ですか!?」

「ぉご……おあぁ……」

 

 見るも無残に――といっても外傷はない――倒れ伏す大河をよそに、技術者(エンジニア)組は意気揚々と意見を交わしあう。

 

『さすがに無謀すぎたかなー。ふつーに計測機器振り切ったわ。あとやっぱ兄貴のせいで勝手に出力上がっちゃったし』

『うーん発電効率の悪さを逆手にとった調整しやすいトリガーのはずなんだけどねぇ』

『ガチ感電するとエラーで外部調整もぶっちぎるなあ。あとでコード書き変えとかなきゃ。ジェネレーター吹っ飛びそうだし……。まあ威力は申し分ないみたいね』

『強化戦闘体であれじゃあ、ノーマルだと一発で機能不全に持ち込めるんだろうけどねぇ』

『こっちまで動けないんじゃしょうがないよね。一応トリガーの最大出力としては抑えめになる仕様だったけど……んじゃまあ次は50%くらいにしてみるか』

『えーとどれどれ……初回と比較して次は強めの雷の二倍くらいか。強化戦闘体なら動けるくらいにはなるかな?』

『おっけー。スイッチオン』

「んぎゃああああああああああああ!?!!?」

 

 さきほどと大して変わりない結果に、三輪は思わず顔を背けてしまった。

 たしかに雷が落ちた程度では戦闘体に傷はつかない。それどころかその二倍と思しき電流だとて大河の身に外傷は見当たらなかった。

 ただこれは雷と違って持続的に電流が迸るのが問題なのである。

 戦闘体に対し電気による攻撃が有効なのは、ラービットが繰り出したこともあって周知の事実。くらえば内部にエラーを発生させて動きを止めることが可能となる。とくにアクティナが使っていた『トリオンと電気の混合エネルギー』となれば戦闘体に破壊をもたらし、より効率的に敵の伝達系を狙うことすらできるようになるのだ。

 しかし単なる電気のみでもある程度の疑似的なダメージを与えられ、そしてさらにそれを持続させるとまた別の意味の攻撃となる。

 伝達系に使われているのは電気的信号。そこに電流を流し続けた場合、あらゆるエラーが起きる可能性が生まれる。

 

『もうちょい弱めにしてみるか』

 

 たとえば、各種感覚設定のオンオフ。

 

「あがぁああっががが!?」

『まだだめかー。もすこし下げて――』

 

 たとえば、戦闘体制御の誤作動。

 

「んぎっ! おおおあああっ!?」

『あっ、やば』

 

 たとえば――

 

「へぶっ――」

「ちょ――!?」

 

 トリガーの強制発動、などである。たとえそれが最後の切り札の自爆であろうとも。

 

 

 

* * *

 

 

 

 これはひどい、と三輪は思わざるを得なかった。

 

「くそっ! こんなことだろうと思ったんだちくしょう!」

 

 憧れていた兄貴分はようやく動くようになった身体で地面を叩き――かなり巨大なクレーターができあがった――、

 

『うーんやっぱり戦闘体に耐電性を持たせないと効率が悪いようだね』

 

 狂気に侵された技術者はコンソールの数値だけを見つめ、

 

『んーでも出力50%くらいなら動けそうって思ってるみたいだよ。少しだけ』

 

 兄貴分の妹君はサイドエフェクトで小石程度の強がりを拾い上げてしまっていた。

 

『へえ、さすが大河くんだね!』

『ヒュー! さっすが兄貴ぃ!』

「待て、待ってください……」

 

 完全に心折られた大河を、三輪は不憫そうに見つめる。

 いつも強く、頼もしかった大河のこんな姿は初めてだった。そして見たくなかった。

 いまならわかる。茂森の登場を恐れた大河の気持ちが。

 やつは、やつらは鬼だ。対近界民(ネイバー)のためならなんだってするのだ。自分とはまた違う意味で。

 三輪は近界民を滅するためにならどんな訓練も辞さないが、茂森は近界民を滅するためならどんな犠牲をもいとわないのだ。次いで、兄の我がままに振り回される妹の鬱憤晴らし。ここは、地獄である。

 三輪は痛感した。ボーダー内で技術者に逆らうことは、地獄の鬼に逆らうも同義である、と。

 ボーダー隊員でありたいのなら、城戸司令に逆らってはいけない。しかし、人間でありたいのなら、技術者に逆らってはいけないのだ……。

 

「やめろ秀次、そんな目で俺を見るんじゃおおおおおおおお!!?」

「…………」

 

 ついには何も言わず、もはや黙祷すら捧げそうな三輪に大河は手を伸ばしかけ、やはり電撃にそれを止められた。

 ボーダーでできた初めての弟分に、僅かな強がりさえも見せることのできない大河は考えることをやめたのだった。

 

『がんばれ大河くん! これが完成すればまたたくさん近界民を殺せるんだ!』

『新しい武器が欲しいって言ったの兄貴だしぃ。こんなの初期の実験に比べればなんてことないよね』

『あー、あれも大変だったよねえ。ハイドラの試作一号なんて、撃ったらもれなく大河くんも消し飛んでたし』

『いっちばん初めはあたし知らないけど、破裂しない戦闘体をつくるとこからだったんだっけ? めんどくさい兄貴で申し訳なくなっちゃうわね』

『いやいや、大河くんこそ私の希望だからね。近界民を殺し尽くす日が来るまで、協力は惜しまないよ』

『だってさ。よかったね兄貴』

 

 大河は勝手なことを述べ立てる技術者たちに文句も言わず――言う前に潰される――、ただ耐えようにも言語機能が勝手に絶叫する喉を放棄して、終わらない無間地獄の終わりをひたすら待ち続けた。

 余談だが無間地獄とは地獄の最下層に位置し、真っ逆さまに落ちたとしても二千年かかるという。この試作トリガー実験における体感時間がそれに匹敵したかどうかは、大河のみが知ることだった。

 

『ほら早く立って』

「……」

 

 蒸し返すようだが、これは実験である。

 つまり倒れ伏したまま電流に晒されるだけではなんの益体もない。どの程度の電流であれば動けるかを知るためのものなのだ。大河にはそれを調べるために立ち上がる必要がある。

 精神はすでにずたぼろの大河であるが、身体自体にはとくに問題もない、とされている。

 電気による攻撃には戦闘体・伝達系へのダメージはあっても、そこから生身にはなんの影響も及ぼさない。耐えがたい激痛を味わおうともそれは戦闘体が受けた痛みという感覚を生身へ送信しているだけで、実際には感電もしないし後遺症が残るわけではないのである。

 逆に言えば伝達脳から生身への情報送信には電気的な信号が使われていないのが地獄が続く原因ともとれるかもしれないが。

 

『次は出力30%くらいでいこっか』

「ぅぃ……」

 

 とはいえ、精神が肉体に異常をきたす原因になりうるのもまた事実。これがもし実験でなく意味のないただの拷問であったならば、さすがの大河も立ち上がることすらできなかったかもしれない。主に妹の裏切りのせいで。

 過酷な実験内容だが、監督がミサキだけであったならばおそらくここまでの苦痛を味わうことはなかったはずだ。もっと大河の意見が尊重されれば下限からゆっくり電流を上げる手法になっていたと思われる。

 しかしそこに茂森が加わると大抵の場合こういう地獄が生まれるのだ。

 あの男は大河と違い、いかに近界民を苦しめて殺すかも計算に入れたがる。それは結果として、近界民に与える苦痛を大河も余すことなく受けさせられるということだ。そしてミサキは悪乗りする。

 

 歯ぎしりして拷問に耐える大河。

 大丈夫、耐えられる――

 この実験が自ら覚悟して始めたもの――予想外に唐突だったが――であり、この先に楽しみがあると知ってこそそう思えた。そして先ほど茂森たちが言ったようにボーダー入隊初期はもっとひどい状況であったのも相まって、大河の胸には幾ばくかの余裕が生まれつつあった。

 だからミサキの容赦のない実験続行も当然のことだ。そのはずだ。そうでなければやってられない。

 これは試練なのだ。これを乗り越えられればまた近界民を殺せる。そのためならなんだってやるとボーダーに入ったときに決めたのだから。

 

「でもやっぱちょっと休憩――」

『ほいスタート』

「ああああああああああああ!!!」

 

 ……力を得るというのは、つらく、難しく、――ときに、虚しい。

 

 

 

* * *

 

 




 



あんまり科学的知識に詳しくないのでトリガーの詳細は曖昧にしてあります。
ただ『蝶の楯(ランビリス)』のようにトリオンに磁極を持たせることは可能であることが確定しているので、それを使った広義的な人力発電というくらいの設定です。
本物のコイルを使っていたアクティナとはまったく別とだけ。

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