黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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黒トリガー争奪戦編
第四話


 

 

 時は現在。

 現ボーダー設立からおよそ四年半の月日が流れたいま、城戸は司令室で執務をこなしながら遠征部隊の帰りを待っていた。

 先日連絡のあったA級上位三部隊(チーム)……ではなく、先ほどいきなり到着予定だけを送りつけてきた特殊部隊、S級木場隊(ヽヽヽ)の帰還である。

 

 大河は本部司令直属隊員となり開発された専用トリガーの訓練を一年ほどこなしたころ、突如として駄々をこねだした。早く近界民(ネイバー)殺させろ、と。

 いつか叶えてやるとは言ったものの、あまりに早い限界の訪れに城戸は頭を痛めた。実際、人型近界民がそうそう乗り込んでくるようなことはなく、(ゲート)を通じて現れるのはトリオン兵ばかり。大河にはそんな不満が蓄積していたらしい。

 

 そしてついに城戸が踏み切ったのが、ごく少数による極秘裏の遠征計画。

 題して『極めて能動的なトリガー技術獲得のための遠征』。要約すると「殺してでもトリガー奪い取りにいく遠征」である。

 超々トリオン能力を持つ大河を近界(ネイバーフッド)へ放つというのは、如何な近界民嫌いな城戸司令といえども簡単には承諾できない危険な賭けでもある。

 なんせ捕獲でもされればあの能力がそのまま脅威となってこちらに降りかかるかもしれないのだから。それでも首を縦に振ったのにはいくつかの要因があった。

 

 まず第一に大河が城戸に忠実な姿勢をとっていたことが挙げられる。

 己を認めてくれた初めての人間ということもあって、大河は城戸に忠誠を誓っている。簡単には裏切らないと確信できる従順な虎はその牙を主の敵のみに向け、城戸も大河を信頼に値すると思い始めていた。

 

 二つ目に、大河の戦闘能力はこちらの世界(ヽヽヽヽヽヽ)では満足に(ふる)えないのもあった。

 ひとつ例を挙げるなら大河専用に造られた射撃用トリガー『ハイドラ』。これは両肩に砲塔を構える大出力のトリオン(カノン)であるのだが、これまた彼専用の仮想空間でこれが火を吹いた結果、水平に撃つと正面およそ数キロにわたって瓦礫の山が生まれてしまうこととなった。左肩のメテオラ装填の砲に至っては市街地が消し飛ぶ威力である。

 防衛任務でこんなものを撃ち放ってはトリオン兵よりも甚大な被害を振り撒いてしまうとして、大河はあまり戦闘に出されることがなくなってしまったのだった。これもまた駄々をこねた理由に含まれているのかもしれない。

 

 そして最後に、ボーダー本部のトリオン貯蓄がこれ以上追いつかないのがある。

 彼の膨大なトリオン量は本部基地運営のためのトリオンタンクを瞬く間に埋め、なおかつ余るというまさしく規格外の保有量を誇っていたのだ。新たなトリガーを開発するにも、防衛措置を徹底するにも余りありすぎるそのエネルギーは、彼に大きな暇を与えてしまった。

 レギュレーションの違う装備ではランク戦にも出られず、防衛任務にも使えない過剰戦力は日々を無為に過ごし、ついに爆発してしまったのである。

 

 そんなおりに知られてしまった近界(ネイバーフッド)遠征のこと。

 城戸は秘密にしていたことでぶつくさ文句を言われ、それからずっと張りつかれて駄々をこねられ続けていた。あまりのしつこさに城戸は様々な条件を課することで、ようやく極秘裏にGOサインを出したのだった。

 

 条件は遠征における禁止事項や想定される危険に対する回避法の徹底。

 そしてとにもかくにもまずは許可を出した日から一年間は訓練を続けること。

 これには同じくS級となった迅悠一や天羽月彦、そして本部未認可のトリガーを使っている玉狛支部の隊員が相手にあてがわれ、彼らにはそれはもう嫌な顔をされたという。若干、城戸司令の私情が混じっている気がしなくもないが、それは置いておこう。

 

 この一年という月日は、大河用に新たに遠征艇を建造する期間でもあった。

 通常、数部隊(チーム)合同で乗り込む遠征艇はタンクに燃料としてトリオンを貯蓄し、それがなくなれば乗員からも補給を行う。しかし大河がいればそんなものは必要ない。

 本部基地すら運営できる彼がいる限りトリオン切れなどとは縁が遠く、そのぶん多機能・高性能な遠征艇を建造してできるだけ危険を少なくする目論見だった。……出来上がったのが凶悪な戦闘兵器になってしまったというのは城戸派でも司令と鬼怒田、及びその直属の部下しか知らないことである。

 

 そしてこの極秘遠征のオペレーターを探すのも大きな課題だった。というのもオペレーターには城戸派の隊員が少なく、特に情報規制の厳しいこの遠征に登用できるほど信用のおける人間がいなかったのが悩みの種となったのだ。

 そんな時に大河が引っ張ってきたのが、その年にボーダーに入隊し女子には珍しくも技術者(エンジニア)として活躍していた彼の実の妹、木場ミサキであった。

 

 大河に及ばずも――というより誰も及ばないが――高いトリオン能力を持ちながら、それを開発部のテストにのみ使っていた彼女は、兄が引っ張っていった先の司令室で遠征の話を聞いて一も二もなく頷いた。

 兄の異常性をも飲み込んで「家族が死ぬなら近界民殺す方がマシ」とはっきりと言ってのける彼女は、やはり大河の妹なのだな、と城戸を納得させた。

 彼女にオペレーターの経験はなかったが、サポートする対象は大河一人。オペレーション能力はそこまで重要視されない。そして複雑な機構を持つ遠征艇を扱うには、技術者(エンジニア)としての知識の方が役に立つ。

 

 こうして一年を特殊な訓練に費やした木場兄妹(きょうだい)は、S級木場隊として近界へ送り込まれることとなった。

 殺戮を任務に含む危険な旅は、近界民からこちらの世界への目を欺くために通常より遠方、かつ長期に渡る長旅だ。

 だが半年ほどかけて一度戻ってきた時には、愉悦に満ちた大河の表情とともに、両手に余るほどの近界技術(ネイバークラフト)を携えて鬼怒田を大いに喜ばせる結果となった。

 戦果を挙げてしまえば止める理由も弱まり、手に入れた技術を惜しみなく注ぎこまれた最凶の"牙"はまた暗黒の海へ潜っていく。彼らは特務部隊として、城戸派の内々で飼われる虎の子となったのだった。

 

 

 そんな彼らがもうすぐ帰ってくる。

 玉狛が新たな(ブラック)トリガーを擁するという大事件に、城戸派一党は遠征部隊の帰還を待ってそれを手に入れる算段であった。そこへ飛んできた木場隊の帰還予定報告。

 A級上位三部隊に合流させれば、相手がいかな黒トリガーの使い手だろうと問題にはならない。

 城戸がそう確信した時、司令室のインターフォンが鳴って訪問者の顔がモニターに映った。

 A級七位の三輪隊隊長、三輪秀次。己が呼び出した人員であると確認して、城戸はドアのスイッチに触れた。

 

「入りたまえ」

「……失礼します」

 

 促すと、一礼をして足を踏み出してくる。

 年齢に見合わぬ慇懃な礼をして入ってきた彼は、大河と同じく城戸直属の隊員である。

 近界民を殺したがっているのも同様だが、理由は別だ。三輪は家族を殺されたことからくる純粋な憎悪で近界民を排除しようと日々研鑽を積んでいる。近界民排斥主義を掲げる城戸派とはとかく相性がよく、重要な任務に就けさせることも珍しくない。

 今回も、玉狛の黒トリガーを発見・交戦したのは城戸派では三輪隊が初であり、その説明を帰ってきた遠征組にしてもらう予定だ。

 

(ブラック)トリガー使いについての報告書は確認した。遠征部隊が戻ってきた際、実際に交戦した三輪隊には直接説明してもらいたいのだが、構わないかね?」

「はい、もちろんです」

「それと、黒トリガーの確保は重要な任務なため遠征に出ている上位三部隊に加え、もう一名、追加の人員を補充することになった」

「一名、ですか? 我々の派閥からとなると、二宮さんあたりでしょうか」

 

 三輪が僅かに首を傾げる。

 城戸派はボーダー内でもっとも人数の多い派閥ではあるが、その中でも実力者となるとそれなりに数が絞られる。A級レベルの戦闘力を有し、かつトップスリーの部隊を除くと、三輪の想像がつく限り個人では少し前にB級に降格された二宮隊の隊長くらいしか思いつかない。

 しかし城戸がゆるゆると頭を振るのを見て、三輪は思考を放棄して答えを待った。

 

「きみにはもう教えてもいいだろう。本部司令直属部隊は三輪隊だけでなく、他にもう一部隊存在しているのだ。もうすぐ近界遠征から帰ってくると連絡があった」

「……! そうだったんですか」

「ああ、S級隊員の木場大河。一応、きみとは同期にあたる」

「木場、大河……」

 

 三輪は記憶を掘り起こしてみても、その名前に思い当たるものはなかった。

 それも当然のことかもしれない。なんせ大河は入隊式もランク戦も参加できなかったのだから。そのまま極秘の遠征に出立した大河の存在は、城戸派上層部の他には訓練に付き合った一部の隊員など、ごく僅かな人間しか知り得ない。

 

「S級というと、その隊員も黒トリガー使いなのですか?」

「いや。彼は少々特殊(ヽヽ)なため、通常のトリガーを使えないことからS級隊員となった」

 

 トリガーを使えない? 不思議そうにそうこぼすと、城戸が説明を付け加える。

 

「彼のトリオン能力に通常のトリガーが耐えきれないのだ。専用に改造した武装も強力すぎて一般隊員と足並みを揃えることができない」

「……なるほど」

 

 そんなことがありえるのか。三輪の中で別の疑問が浮かんだが、城戸司令が嘘や冗談などを好まないことを知っている彼はとりあえず言葉のまま飲み込むことにした。

 

「たしかに、そんな存在がいれば遠征も楽になりますね」

 

 基地から離れる遠征においては、トリオン能力が高い者はたしかに心強い味方となるだろう。

 件の隊員はトップ部隊(チーム)と一緒に遠征に出たのかと認識した三輪は、なんとはなしにそう言い、しかしまたも城戸の頭が左右に振られたことに驚いた。

 

「木場隊は単独で遠征に出ている」

「単独で……!?」

「木場隊員の存在自体はことさらに秘匿されてはいない。しかしこの遠征内容は極秘事項だ。知ればきみにも守秘義務が課せられることになるが……」

 

 意味深な言葉に三輪は無言で頷く。

 城戸がこうして言葉尻を濁したのはおそらく、自分に何か伝えたいことがあるのだろうと察したのだ。同じ直属隊員としてそれなりに信用を得たのだ、というのも感じ取り三輪は城戸派の最深部へ足を踏み入れることを決意した。

 

「通常の遠征の目的は、きみも知っているな?」

「はい。近界の調査とともに、交渉・取引によって未知のトリガーを手に入れることだと聞かされています」

 

 前置きされたその質問に、三輪は無意識だろうが眉間にしわを寄せて答える。近界民を強く憎む彼にとっては、そんな相手と取引をすることすら腹に据えかねるらしい。

 だが続いた城戸の言葉に彼は再度驚愕の表情を浮かべることとなった。

 

「木場隊は『奪う』ことを主眼においた特殊な遠征部隊だ。手段の中には、近界民の殺害も含まれる」

「な……っ!?」

 

 しばらく開いた口を塞ぐことができなくなる。それほどまでにこの事実は三輪の心を震撼させた。

 近界民を殺しに行く遠征。そんなものが存在していたとは。

 三輪は話に聞く木場大河という人物を想像して、早く会ってみたいと強く思った。その脳裏に浮かんだイメージがとてつもなく凶悪な絵面だったのは言うまでもない。

 

「木場は、もしかしたらきみとは話が合うかもしれないな」

「そう、ですね」

 

 曖昧に頷いて、三輪は来たる遠征部隊の帰還を待ち望む。

 いまだけは玉狛の黒トリガー使いよりもそちらに意識が向いてしまう。

 話がしたい。いったいどんな思いで遠征に赴き、その先で何をしてきたのか。詳しく聞いてみたい。

 玉狛の件が片付いたら対話の場を設けてみよう。そう決めて、三輪は城戸に断りをいれてから報告書の精査を始めた。任務を早く、スムーズに終わらせるために。

 

 

 

 


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