黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第三十七話

 

 

 

 

 狙撃訓練場に押し入った大河は、胸のうちで渦巻いていた怒りの炎が急速に静まっていくのを感じて思わず笑いそうになった。怒りより優先される本能が鎌首をもたげたのだ。

 なぜならそこにいたのは「獲物」だったから。

 呆然とこちらを見る三人の近界民(ネイバー)はあの老兵のような"敵"ではなく、殺せる、殺したい、殺してもいい、獲物だった。

 ゆえにこそ彼は怒りを偽装した。本来であれば慎重に運用される己の立場を強引に誤魔化すのと同時、近界民たちにわざと隙をさらすことで逃げるという選択肢をとらせないために。

 

 まず潰すべきは空間転移能力をもつあの女。

 非道なまでに冷徹な彼の戦闘思考は、アフトクラトルを追い込むべく瞬時にめぐりめぐって、第一手として厄介な移動手段を有する女に狙いを定めた。小賢しい転移をさせなければ近界民の三人程度、いかようにも料理することができる。

 無論、油断などしない。相手は(ブラック)トリガーだ。

 けれども撤退させなければ確実に仕留められると確信していた。ボーダー側の損害など気にもしていなかったが、広範囲破壊兵器たるハイドラを使わずとも近界民たちのトリオンが尽きるまで嬲り倒せばいずれ決着はつく。そしてそのまま偽りの怒りでもって抉ってしまえばいい。邪魔をするやつらは……まあ、怒りのあまり制御できない爪が振り回されるなんてこともあるかもしれない。

 

「ああクソ、うざってえなもう」

 

 ……結論から言って、大河の企みはうまくいかなかった。

 アフトクラトルの首魁である男のトリガーを解除させ、その右腕を輪切りにすることはできたが、それだけだ。

 撤退の要であるワープ女を狙っていることが看破され、生身でさえそれを守り抜くという執念を見せた首魁に、大河の虎爪は腕の一本しか切り刻むことが叶わなかった。

 三輪の残存トリオンが少ないことも見破られて、新型トリオン兵と射撃トリガーをもつ大柄な男が自身に集中し始め、それに対応している間にリーダー格には逃げられてしまった。

 

 だが、まだ終わっていない。腕の一本などで満足してやれるはずもない。

 レプリカも譲れないが、それとは別に強敵と戦いながらその匂いにずっとそそられていたのだ。

 大河は、獰猛な虎は、狂おしいほど飢えに飢えていた。

 

「っっっがあアアッッ!!!!」

 

 串刺しにしてトリガーを強制解除させた大男が転送口に飛び込む直前、圧縮した空気を解放させる巨大咆哮で大音圧を叩き込む。

 常人には耐えられるはずもない爆裂音声(おんじょう)。十数歩ほどの間合いからでも鼓膜は破れ、脳が揺すられ、重篤な障害すら残りかねない危険な空砲(ヽヽ)

 

「か――――」

 

 生身でまともにくらった近界民は即座に意識を消失させ、糸が切れたように(くずお)れる。そして転げ走ったその勢いのままワープ女の目前で床に投げ出された。

 

「ランバネイン!?」

 

 やつを待ち構えていた紅髪の近界民が悲痛な叫びをあげる。

 残るはこの女だけ。こいつを落とせば終いだ。そのあとにはお楽しみが待っている。

 捕縛命令? 知ったことではない。なぜならこの身は(いか)っているのだから。

 そう、怒り狂っている。「命令も忘れるほどに」。それに襲ってきた近界民の処遇など抹殺に決まっている。交渉なんかせずとも、奪われたものは全員殺してから取り返せばいい。

 

『……!』

「邪魔、だっ!」

 

 音響攻撃など効果があるはずもないラービットが大河の行く手を遮る。

 虎爪を閃かせて一撃のもとに切り裂くも、さらに二体が突進してきて彼は舌を打った。あの空間転移は人の真下にも穴を開けられる。大男が意識を失っていようが、逃げるだけならワープ女の一存ですぐさま姿を消してしまう。

 

「あ、ああ……」

 

 幸いにもワープ女は気が動転しているようで、つけ入る隙をさらけ出していた。

 

「秀次ィ!!」

 

 大河が弟分の名を叫ぶ。三輪もトリオンは残りわずかだが、無抵抗の近界民を仕留める程度であればなんら問題はないはずだ。

 呼ばれた三輪が弧月を腰だめに構え、遠距離斬撃を可能とするオプショントリガーの発動予備動作をとった。

 近界民の再度侵攻にあたり、空いていたトリガーチップに詰め込んだ弧月の専用オプション。大河と共闘するなら広い間合いの攻撃方法が必要になるとの判断は、先の強敵との戦いも合わせて正解だったと言えよう。

 

「旋空――」

 

 三輪が攻撃態勢に入ると同時に、大河の叫びによって近界民も危機を悟ったらしい。残った左手の上に黒い何かが浮かび上がり、空間転移の黒トリガーが音もなく起動する。

 

「――弧月!!」

「『窓の影(スピラスキア)』!!」

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

 剣閃が(はし)る。こちらに目掛けて迸ってくる。

 自分を狙うか、ランバネインを殺すつもりか。どちらであるかはミラにはわからなかったが、窓を二つ開けるだけの余裕もなかった。

 だから、これは賭けだった。自分かランバネイン、守れるのは片方だけ。

 

「――っ!」

 

 そして彼女は勝った。いや、五分といったところだろうか。

 優先したのはランバネイン。倒れ伏した彼の真下に大窓を開いて強制的に離脱させた。

 鋭く伸びた光刃はランバネインの背中を浅く切り裂いていったが、あとで文句を言われても謝る気はなかった。敵陣のど真ん中で伏臥(ふくが)していたのだ、真っ二つにならなかっただけマシと思ってもらうしかない。

 そしてランバネインの無事を確保してから、自らもそこへ飛び込んだ。何発かの狙撃弾が迫りくるなか、ほんの僅かな距離を、永劫の時間に囚われたような錯覚を味わいながら駆け抜けた。そうしてどうにか生きて二人とも遠征艇に戻ることができたのだ。

 

「……はあっ、はあ、ああ……」

「ミラ嬢!」

 

 安堵の息と一緒に胃の内容物まで戻しそうになって、ミラは遠征艇の床に膝を突いた。駆け寄ってきたヴィザに背中を撫でられ、緊迫した状況から解放された喜びを叫ぶ心臓を、どうにか落ち着かせる。

 トリガーを起動した状態でこれほどまでに死を間近に感じたのは初めての経験だった。死神の鎌が首筋に当てられ、いまにも振り抜かれそうな圧迫感。震えそうになる身体を残った左腕で抱きしめて、ミラはまだ戦いは終わっていないと心に鞭を入れる。

 

「ヴィザ翁……隊長は、」

「ハイレイン殿には応急処置として止血だけ終えました。出血が多いですがおそらく命に別状はないでしょう。いまは意識を失っておられます」

「そう、では――」

「ランバネイン殿の手当ても私が承りましょう。あなたは、あなたの仕事をなさってください」

 

 まずは現状の確認から。

 問われたヴィザはすらすらと答える。しかし矢継早に告げられる言葉に頷けども、ミラはどこか違和感を覚えた。この老人はいつもゆったりと構えていて、このような事態にも焦らず立ちまわってくれるのには何も変なところは感じないのだが……。

 

「ヴィザ翁、あなた……」

 

 もしかして、と視線を向けるミラにヴィザは柔和な微笑みをたたえたまま己の状態を明かした。

 

「いやはや、先ほどの轟音で少し耳がやられましてな。申し訳ありませんが通信による補助はできそうにありません」

 

 あの虎の咆哮は彼にもダメージを与えてしまったようだった。『窓の影(スピラスキア)』の窓を通じてさえこの威力、ハイレインも心配だがランバネインの容体が気にかかる。

 だが立ち止まるわけにはいかない。ミラにはまだやることがあった。玄界へ向けた第二次攻撃の作戦行動は未だ完了していないのだ。

 

「そう……ですか。わかりました。私は、ヒュースのところへ、向かいます」

 

 耳が聞こえないヴィザのためにゆっくりと区切りながら行動を伝える。いずれトリオン体が再構築できれば通常会話もできるようになるだろうが、いまはそれを待っていられる状況でもない。

 

「承知致しました。どうかお気をつけて」

「……はい」

 

 言葉短かに頷いて、また『窓の影(スピラスキア)』を起動する。座標はヒュースのマーカーへ。

 向かう先にもまた玄界の兵がいるであろうことはわかっていたけれども、あの化け物がいないだけミラの心労は少ないものであった。……たとえ、非情な決断を下すことになるとしても。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 トリガーを解除され、追い詰められたヒュースはしかし決意を新たにしていた。国のため、君主のために臨んだ玄界遠征。戦闘では敗北を喫しようと、手ぶらで帰るわけにはいかないのだ。

 

「レプリカ? レプリカっ、どうしたんだ」

「どうした、修?」

「それが……」

 

 敵は五人。うち二人の精鋭は伝達系を破損しているらしく動きに少し違和感がある。『金の雛鳥』と眼鏡の少年は妙に焦った様子で、通信用トリガーだろうか豆粒のようなものにしきりに声をかけていた。そしてとどめを刺してくれた忌々しい少女兵は戦争慣れしていないのか、こちらを包囲するでもなく遠巻きに見つめてくるのみ。

 

(どうにかしてこの状況を打破しなければ)

 

 ヒュースは落ち着いて現状を顧みる。

 絶体絶命の状態であるのには間違いないが、脱する機会は必ずあるはずだ。

 ミラのマーカーはしっかりと腕に巻いてある。しかし遠からず己は捕縛されるだろう。ミラの迎えが来るまでにこの場を切り抜ける必要があった。窓が開いても逃げることができない、なんてことだけは避けなければ。

 残る装備はイヤリング型の多機能トリガーに簡易トリオンナイフ、そしてガロプラから徴収した壁抜けのトリガー。

 そこから導き出される起死回生の一手といえば、

 

(包囲を抜け、非戦闘員を人質にとる、か)

 

 そう結論づけた。

 トリオンナイフはトリオン体にもダメージを与えられるとはいえ、さすがに戦闘員を相手にするのは無謀すぎる。玄界の砦にも戦闘以外で何かしらの任を負う人員がいるはずだ。そいつを囮にし、脱出……その際できれば『泥の王(ボルボロス)』と人質を交換したい。

 

「レイジさん、こいつどうするの?」

「捕まえる。捕虜にしてC級解放の交渉をするって話だからな」

「…………」

 

 剣呑な雰囲気を発する玄界の兵からゆっくりと後ずさる。まずはタイミングを見計らわなければ。ただ走って逃げたとて、トリオン体の瞬発力には敵わない。

 

 ――――ッッ!!!

 

 そこへ、爆発的な音が響いてきて砦が揺さぶられた。獣が吼え猛るような不気味な旋律に誰もが瞠目して気を散らす。

 降ってわいた幸運に、ヒュースは即座に行動に移った。

 

「あっ、こいつ! 待ちなさい!」

 

 誰が待つか。心のうちで嘲りながら逃走経路を描き出す。

 まず射線を切るべく角を曲がり、おそらく罠が仕掛けてあるだろう通路を避けるために手近な壁をトリガーでくり抜く。

 あとは運だ。ミラが来るのが先か、捕まるのが先か。それまでに非戦闘員を人質に取れれば比較的安全に脱出できる可能性が高まる。

 

「止まれ!」

 

 紫色の隊服を着た少女と眼鏡の少年が追い縋ってきて曲がり角から姿を現す。射撃トリガーを向けられたがしかし、躊躇しているのかすぐさま撃ってくるようなことはなかった。

 

「撃つなら撃てばいい。オレは投降などしない」

「この……!」

 

 くり抜いた壁を乗り越えて睨みつける。閉じ始める穴が玄界の兵たちの姿を小さくしていく。

 悔し気な表情を浮かべた彼らの背後から、精鋭部隊のリーダーらしき男の声が響いた。

 

「弾トリガーは安全処理が施してある、やつを止めろ!」

「!」

 

 即座に反応したのは少女のほうだった。構えた拳銃から弾丸が放たれ、閉じかけた穴を通過してヒュースに直撃する。

 

「っぐ、ぉお!」

 

 しかしヒュースは耐えた。人を気絶させるに充分な衝撃を与えたそれを、確たる意志をもって耐え抜いた。

 主君への忠誠が、鋼の如き彼の精神力がそれを可能とさせた。

 敵は迂闊にも弾に安全処理が施してあると言った。死なないとわかっているのなら、覚悟さえあれば意識を保つこともできるはず。そうして歯を食いしばって、彼は敵の手から逃れることができたのだった。

 

 完全に閉じた壁に手をついて、肩で息をしながら調子を確かめる。

 痛みはあるが、身体は動く。五体満足にして意気軒昂。さあ、やるべきことをやり抜こう。

 

「敵の反応は……向こうか」

 

 イヤリング型の多機能トリガーでレーダーを起動し、外の動きを確認する。壁が閉じたあと、この部屋の扉に向かって通路を移動しているようだ。こちらもすぐに動き出さなければ。

 

(少し先に動かない反応がある)

 

 いくつかの壁をすり抜けたヒュースはレーダー上に映し出される「移動しないマーカー」に狙いを定めた。トリオン反応は一つ分。この状況で戦闘員が何もせず動かないというわけもあるまい。おそらくは目当ての非戦闘員。トリオン体で、移動しない者、となればどこかの部隊に属する通信兵か何かだろうか。

 

「…………!」

 

 目標までの壁を全て突破し、そこにいた人員を認めたヒュースは己の予想があっていたことを確信した。

 

「なっ、おまえは……!?」

「華、下がって!」

 

 二人の少年と一人の少女。

 コンソールに向かっていた少女のほうからトリオン反応がある。次いで残る二人はヒュースにも見覚えがあった。彼らは先ほど蹴散らした部隊の隊員だ。

 なるほどここから通信を送っているのか。そして脱出装置が働くと部隊それぞれに割り当てられた部屋へ送還される。

 よくできたシステムだ、とヒュースは内心で独りごちた。その感心をおくびにも出さないで簡易トリオンナイフを展開、見せつけるように振りかざす。

 

「抵抗するな。下手に動くと殺してしまいかねない」

「ふざけんな、くそっ!」

 

 白刃を突きつけられた玄界の部隊が後ずさる。

 

「そこの女、こっちへ来い」

 

 じりじりと追い詰めながら、ヒュースが二人の男に守られる形でいた通信兵を呼びつけた。

 人質にするなら力が弱い者。これは鉄則だ。傍から見て悪鬼の如き所業であっても、いまは戦争中で、ここは戦場。たとえ力なき少女であろうと、そこに立ったからには一人の兵なのである。

 びくりと肩を跳ねさせた少女はしかし、気丈にも前へ出ようとした。

 

「だめだ、華!」

「華さん!」

 

 残された二人が叫ぶ。

 情けない、とは言うまい。ヒュースは歩み出た少女の考えを見透かしていた。

 彼女はトリオン体だ。おそらく隙を見てナイフを奪う算段なのだろう。

 

「――っ!」

「ふん」

 

 案の定跳びかかってきた少女を軽くいなして床に叩きつける。そして間髪入れずにその胸にナイフを突き立てた。いくらトリオン体といえど明らかに戦闘慣れしていない無手の女。軍事演習で幾度となく組み手を行ってきたヒュースの敵ではない。

 

「あ……」

 

 煙が爆発的に立ち昇ってトリガーが強制解除される。通信兵には脱出機能がついていないのか、それとも脱出先がここ(ヽヽ)だからか、眼鏡をかけた少女はついに恐怖を瞳に映して戦慄いた。

 

「くっそがあっ!」

 

 果敢にも一人の男が殴りかかってくる。

 なんなく腕を捻り上げて、その首にナイフを当てた。多少狙いとはズレたが、人質が手に入ればこの際かまわない。

 直後、ヒュースを追ってきたのだろう先ほど彼を追い詰めた玄界の部隊がドアを蹴破るようにして現れた。

 すかさず人質を盾にして見せつける。

 

「動くな!」

「なっ、あんた……!」

 

 斧を携えた少女が目をつり上げた。しかしどうともできないだろう。この人質がトリオン体であればもろともに真っ二つにできただろうが、今は二人とも生身の状態だ。よもや考えなしに躍りかかってくることはあるまい。

 

「全員トリガーを解除しろ。さもなくばこいつを殺す」

「ぐあっ!」

 

 捻り上げた腕をきつく締めて本気を強調する。

 玄界の兵たちは焦れたようにヒュースを取り囲んできた。彼らには攻撃をしてくる気配はなかった、けれどもトリガーを解除する様子もない。

 ――さすがに簡単には頷かないか。

 ヒュースも焦れながら、冷静に見定める。玄界の兵はあまり戦争慣れしていない者も多かったが、『泥の王(ボルボロス)』や『金の雛鳥』を護衛していた部隊はかなりの精鋭だった。彼らはもしかすると、一人の兵と黒トリガー、そして『金の雛鳥』を秤にかけてこちらを取り押さえにかかるかもしれない。

 油断せずにじっと睨みつけていると、一人がぼそりと呟く。

 

「トリガー、解除(オフ)

「葉子!?」

 

 人質の男が驚愕してその少女の名を呼んだ。そういえば、こいつと同じ部隊の隊員だったか。ヒュースがひっそり納得していると、生身に戻った少女は両手を固く握りしめて肩を震わせた。

 

 

 

「みんな、あいつの言うとおりにして。お願い……します」

 

 己の部隊員を人質に取られた香取は無力感に苛まれながらもトリガーを解除した。

 いま喉元に刃を突きつけられている若村は打算的にチームを編成した隊員だ。兄の友人であり、染井にばかり気をかけて、自分には文句ばかりたれる気に食わない男。

 けれども見殺しになどできるはずがなかった。ようやく自分の幼稚さに気づけたのに。やっとこれから(ヽヽヽヽ)が始まるというのに。

 

 若村が殺されれば、きっと彼女は立ち直ることができなくなるだろう。

 香取は隊長として、仲間として彼を救わなければならなかった。それができなければボーダーに入った意味がなくなってしまう。ほとんど見失いかけていた存在意義が、今度こそ霧散する。

 

「香取……」

 

 足をひきずっていた木崎が神妙に呟く。

 戦闘体が破壊されるまでには至らなかったが、彼の伝達系はズタズタだ。左手足の回路はほぼ断裂、ここへ駆けつけるにも時間がかかってしまった。

 おそらく小南も似たような状態のはず。そんな体たらくでは飛びかかって近界民を無力化するのも難しいと言わざるを得ない。対人戦闘に慣れていない三雲や雨取にも荷が重いだろう。

 そして、香取も。自分のところの隊員が人質に取られている状況で、仲間が死ぬかもしれない行動を起こせるはずがなかった。隊長とはいえ十六の少女なのだ。

 

 ――忘れるな。こいつらを倒せば勝ちってわけじゃない。

 

 自らの言葉が重くのしかかる。下手に動くことはできないが、いまの状態でトリガーを解除するのもまずい。どうにか突破口を見つけなければ。

 

「……トリガー、解除(オフ)

「千佳!」

 

 三雲の隣にいた雨取が一人、静かに換装を解いた。

 彼女は他人を気遣うことができる少女だ。仲間を人質にされている香取の懇願には応えるしかないと、潤んだ瞳が如実に表していた。その意を汲むように、三雲も嘆息とともにトリガーを解除する。

 

「…………」

 

 ああ、しかたない。そう木崎が自らを納得させる。香取隊と接点がほとんどなかろうとも、彼らは仲間である。その命と引き換えにできるものなど何もないのだ。

 ひとつため息を落として、木崎がトリガー解除の意思をたしかにする。もし後輩たちに危害が及びかけたら、身を挺してでも守るつもりだった。

 しかしトリガーを解除するその直前に耳障りな音がして、異次元からの扉が開いた。

 

「……!」

 

 空間移動の黒トリガー。追い詰められた近界民を、仲間が迎えに来たのか。

 ここへきて新たな敵。

 全員が身を固くし瞠目するなかで、紅い髪の女が漆黒の穴より姿を現す。

 

「ミラ……!?」

 

 満身創痍の身体を引きずりながら。

 いまにもトリガーが強制解除されそうなさまに、仲間の近界民も驚愕に目を見開いた。

 木崎たちも突然の登場とは違う意味で驚きに包まれる。このワープ使いがいたのは狙撃訓練場だったはずだ。そこでいったい何が起きたのだ?

 

「――ヒュース」

 

 ミラと呼ばれた女性が冷たい視線で、仲間のはずの近界民を睨みつけた。

 

 

 




 



祝ワートリ18巻発売。
これで生駒隊と王子隊が動かしやすくなる。たぶんもう出てきませんけど。

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