黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第三十三話

 

* * *

 

 

 

 玄界(ミデン)の砦内部を駆けるアフトクラトルの若き精鋭、ヒュース。

 彼の第一目標は『泥の王(ボルボロス)』の奪還だ。隊長ハイレインは『金の雛鳥』『黄金の虎』の捕獲も視野に入れると言っていたが、その中でいまもっとも狙いやすいのがトリガー反応を追える『泥の王(ボルボロス)』。

 ヒュース個人に思うところはあってもこの命令に否やはない。単独で敵陣の中枢を駆けるのは危険を伴うが、主兵力を遠ざけ、さらに隊長自らも戦力を引きつけている現状を顧みれば一人送り込まれたことにも文句は言えないだろう。

 

 慎重に、しかし迅速に目的地へ向かう。帰り(ヽヽ)のことは考えなくていい。腕につけた発信機があればミラの(ブラック)トリガーで脱出できる。

 『蝶の楯(ランビリス)』を先行させ、曲がり角で鏡張りのように展開し先の様子をうかがう。敵影なし、一気に駆け抜ける。

 

「……障壁か」

 

 角を曲がった先で通路が塞がれていくのが見えた。浮かび上がった『清掃中(???)』という文字はヒュースには理解できなかったが、どうせ立ち入り禁止のような警告文だろうと彼は気にせず近づき、ガロプラから徴収したトリガーで障壁をくり抜いた。

 

「!」

 

 穴をくぐり抜ける直前、待ち構えていたようにトラップが作動する。床からせり上がったのは小型の射撃砲台。慌てずに放たれた弾丸を反射して破壊し、さらに駆ける。

 ……敵の気配。

 さすがに追手がいないはずもないか――『蝶の楯(ランビリス)』を身に纏ってヒュースは迎撃に意識をおいた。

 

(これは……曲がる弾丸?)

 

 向かう先から現れたのは、兵ではなく弾丸であった。先日の戦闘時に黒髪の男が使っていたものと同類のトリガー。いや――

 

「くっ……!?」

 

 防ごうとした直前、弾とは思えない挙動で周囲を取り囲み全方位からぶつかってくる。あの男が使っていた時は曲がるとはいっても単純な動きしかしなかったが、これは。

 衝撃に揺すられながらも踏みとどまる。

 まるで生きているかのような弾丸の群れは、『蝶の楯(ランビリス)』を纏っていたのが功を奏してどうにか無傷でやり過ごすことができた。

 光弾の軌跡が消えゆく角の先から、二人の女性兵士がこちらをうかがっているのが見える。追手はこの二人……だけではない。後ろからも敵の気配が感じられる。

 

近界民(ネイバー)捕捉、戦闘を開始する!」

 

 白い手袋をつけた三人組の部隊が背後から接近しつつ声高に宣言した。

 挟撃か。砦内部でなら派手な戦闘はできまいと期待していたが、それは侵入の際に裏切られている。たとえ炸裂するタイプの射撃トリガーであってもここの壁はそう簡単に崩れそうにない。狭い通路は『蝶の楯(ランビリス)』の得意とする局所戦に持ち込めるが……。

 

「チッ……」

 

 致し方ない、とヒュースは臨戦態勢をとった。

 時間は惜しいが追手を撒くには砦の構造情報が足りない。ここで素早く無力化するほうが賢明だと考えたらしい。

 

「『蝶の楯(ランビリス)』!」

 

 彼の身体を黒い欠けらが取巻いていく。そのひとつひとつが武器であり、(たて)。磁力をまとう独立した破片たちは熟練の兵でも精密な操作が難しい異色のトリガーだが、トリガー(ホーン)の恩恵により身体の一部と化した現在ではどんな相手だろうと後れを取ることはない。

 アフトクラトルが誇る最新鋭トリガーの力を、いまこそヒュースは発揮させた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 ボーダー本部上層階の一室。ここは――『何もない部屋』。

 本来であれば大会議室、その三号であった部屋だ。いまは緊急事態の名分のもと急遽改装され、椅子や机などが片付けられてまっ平らな状態になっている。

 

「…………」

 

 その最奥で雨取千佳は居心地が悪そうに立ち尽くしていた。

 彼女は敵の優先目標の一つであることが確定している。それゆえこうして厳重に保護されているのである。

 改装という名の魔改造を受けた部屋はさまざまなトラップが仕掛けられ、護衛にボーダー最強部隊の玉狛第一が付き添う強固な防護態勢。雨取と同時に敵の(ブラック)トリガーもここで彼らが警護することになっている。

 敵の狙いのうち二つをまとめて置くことで襲撃予測を立てやすくし、その最後の砦として最強部隊が詰めているのだ。手厚い保護を受けている雨取は、なんだか申し訳ない気持ちでいっぱいになってしまうのだった。

 

 とはいえ本来であればこんな緊張状態が続くはずではなかった。

 本部基地の外壁はいかなる手段を用いても破壊が困難な代物であり、たとえ黒トリガー使いが三人いようとも迎撃を受けながら侵入するのは難しい、はずだった。

 予想外なまでの増援戦力。そして短時間での侵入。

 基地のすぐ近くでは大規模な戦闘が行われており、内部でもC級が攻撃に晒され危機に瀕しているという。

 自分だけ安全な場所にいる罪悪感からか、雨取の胸の内にもやもやしたものがわいてくる。

 

「千佳、大丈夫か?」

「う、うん……。ありがとう、修くん」

 

 雨取の浮かない表情に気付いた三雲が彼女の肩に手を置いた。

 彼はこの緊急措置が決まった際、上層部に無理を言って参加させてもらっていた。はっきり言って三雲の存在はなんの助力にもならず、むしろ足手まといになりかねないのだが、木崎たち玉狛第一と護衛対象である雨取が頷いたため許可された。心が荒みがちな戦闘状態がいつまで続くかわからない以上、精神安定剤としての人員も必要だろうという名目だ。

 

「宇佐美、戦況はどうなってる?」

 

 部屋の中央で腕を組んだまま微動だにしない木崎が問うと、その耳にオペレーターに就いている宇佐美が返答を送る。

 

《狙撃訓練場が押さえられちゃって対応に苦慮してるみたい。残ったB級は中位以下がほとんどだし……。外も遊真くんたちが頑張ってるけど、敵の黒トリガーが強くて苦戦中かな。

 単独で基地をうろついてる近界民は"走れる部隊"の王子・香取・那須隊が追ってるよ。王子隊と那須隊が挟んで交戦中》

「交戦場所は?」

《基地中層、西側の通路だね》

「……ここと狙撃訓練場の間か」

 

 木崎が眉間にしわを寄せる。やはりボーダーのトリガーのように、アフトクラトルも彼らの所有物であった黒トリガーを探知しているようだ。位置的に真っ直ぐここを目指しているのがうかがえる。

 

「狙撃訓練場……!」

 

 通信を聞いていた雨取の顔色が一層悪くなった。あの訓練場には彼女の友人である夏目もいるのだ。心配で気が気でなくなるのも当然といえる。

 

「あの――」

 

 ここは大丈夫だから、そっちに。

 最強戦力を自分のために遊ばせているのがいたたまれなくなった雨取はそんなセリフを告げるべく声を上げかけたが、それが口をついて出る前にとてつもない衝撃が基地全体を大きく揺らがした。

 

「っ!?」

「わあっ!?」

「千佳!」

 

 巨漢の木崎すら一瞬浮いて体勢を崩すほどの衝撃。転びかけた雨取が悲鳴をあげ、三雲に抱き止められてなんとか壁に激突せずにすんだ。

 

「……なんすか、今の」

 

 窓の外を覗きながら烏丸が問うと、宇佐美の雑音混じりの声が返ってくる。

 

《……外で何かあったみたい。たぶんあの木場って人の攻撃だと思う》

「あのバカ、基地を吹っ飛ばす気じゃないでしょうね」

「……やりかねないのが怖いな」

 

 かのS級隊員の訓練相手になった経験を持つ小南と木崎は揃って額に手をやった。

 いまは多少制御できると聞いたあの異常出力を誇る武装群、しかしその気になれば強固なはずのこの基地すら消し飛ばせるであろうことは彼らも経験から知っている。それだけの敵がいることにも驚いたが、もっとも危険なのはおそらくあの男だろうと彼らは考えていた。

 

「レプリカ、空閑たちは大丈夫か?」

『ああ、いまのところは。だが敵の強さは尋常ではないようだ。タイガや(ジン)がいても確実に勝てるとは断言できない』

「そんなに……!?」

 

 三雲がレプリカの分裂体による状況報告に声を詰まらせる。彼にとって空閑や迅の戦闘力は絶対的なものである。そこへさらにあの木場大河が加わっているとなれば勝利は確実なものだと信じていたのに、外は予想外の苦戦を強いられているという。

 

《あー……マズいかも》

「どうした」

 

 宇佐美のまごついた言葉に木崎が反応する。

 

《今の衝撃のせいで王子隊と那須隊が突破されたみたい。香取隊がフォローに入ってるけど、ちょっと分が悪いかも》

「なんだと?」

 

 詳しく聞くと、どうやら王子・那須隊の隊員たちは先の大地震のような振動で体勢を崩したところに攻撃を受けたらしかった。

 単独で潜入している近界民は磁力を扱うトリガー使い、たしかやつは浮遊すら可能な特殊能力を持っていたはず。その優位を一瞬の攻防に活かしたのか。B級上位を含む二部隊をこうも簡単に蹴散らすとは。

 ここへきてさらなる戦力低下。狙撃訓練場に向かった部隊をさらに細分化して近界民の追撃にあたらせなければならないかもしれない。

 

「木崎さんっ!」

「なんだ、雨取」

 

 ついにいてもたってもいられなくなった雨取は最強部隊の隊長にすがりついた。

 

「あの……お願いします、狙撃訓練場の応援に向かってください!」

「……それは」

 

 身長差の激しい少女を、木崎は困ったような表情で見下ろした。

 彼も雨取が何を不安に思っているのかくらい理解できている。以前狙撃手(スナイパー)にC級の友達ができたと、玉狛での訓練時にも楽し気に語っていた。しかし現状からみて玉狛第一がここの防衛を離れるわけにはいかない。いまも敵の兵がこちらへ向かっているならなおさらだ。

 

 どう返したものかと返答に悩んでいると、思ってもいない人物から援護射撃が飛んできた。

 

「いいんじゃないすか、向かっても」

「京介」

 

 烏丸がいつもの読めない表情を崩して微笑を浮かべた。

 

「敵を倒せば勝ちってわけじゃない、でしょう?」

「おまえ……」

 

 つい最近、自分で口にしたのと似たセリフに片眉を上げる。

 木崎がちらりと視線を向けた先で小南が顔を背けた。昨日の戦闘で烏丸の家を守るために人型との戦闘から離脱したことを話していたらしい。

 

「ようは千佳と黒トリガーを敵に渡さなきゃいいんでしょ。あたしたちだけこんなとこで暇を潰してるなんてありえないんだけど!」

「……はあ」

 

 向けられた視線に逆ギレするように小南が叫ぶ。

 彼女の言い分もわかる、わかるが……。木崎は眉間を揉みながら考えをまとめた。

 玉狛第一として他の援護に向かう。それもアリだろう。ほとんどのA級が基地外で戦闘している現状、内部に残った部隊でもっとも有力なのは自分たちだ。これは純然たる事実。驕りでもなんでもなく。

 その場合は雨取と三雲をここに置いていくことになるが……。

 これが木崎にとって一番大きな懸念材料だった。

 特例措置につき現在雨取は正隊員用トリガーを起動しており、万が一の場合にも緊急脱出(ベイルアウト)が可能になっている。敵が現れたとしてもこの部屋に仕掛けられたトラップと合わせて、逃げる隙くらいはあるだろう。

 だが敵にはワープできる黒トリガーがある。もし今単独で動いている近界民がここへ至り、そして発信機か何かで狙撃訓練場にいるキューブ化の能力を持つ近界民を送り込んでくると、万が一が現実になってしまう可能性が僅かながら生まれてしまう。

 では、連れていくのか? これもまた同じ理由でNOだ。雨取はキューブ化の近界民に対してできるだけ近づけたくない。向こうから来るかこちらから行くかの違いだけだ。

 となると――

 

「全員で出向いて、いまこっちに向かってるやつを速攻で倒したら千佳たちと別行動、これがベストかしら?」

「……そうだな」

 

 得意げに胸を張った小南に同意する。罠を張り巡らせた部屋を放棄するのは痛いが、もっとも安全策といえるのがそれだ。

 木崎は自身がさまざまな懸案や妥協を束ねて出した結論に、ほぼ直観ノータイムで辿り着いた小南に苦笑した。彼女はもともと地頭がいいほうなのに、こういうことに関しては計算よりも勘で動くタイプだ。しかもそれがだいたい正しいから敵わない。

 

 ともあれ、決まったなら迅速に行動するのがベスト。描き出した作戦を全員に伝えて動き出す。

 

「まずは香取隊の援護に行くぞ。宇佐美」

《あいあいさー。香取隊の染井ちゃんにはもう伝えてあるから、合流地点までの最短距離をマップに出すよ》

「せまい通路での戦闘になる。カバーがしやすいぶん突出も難しい。小南は絶対に当てられると確信できたとき以外は前に出るなよ」

「了解」

「俺と京介で燻り出す。いいな?」

「了解っす」

 

 玉狛第一が揃って部屋を出て、宇佐美に示されたルートを駆けだした。その最後尾に三雲と雨取がおっかなびっくりついてくる。

 

「ありがとうございます、木崎さん……!」

 

 小さな弟子の感謝に、木崎は振り返りもせずに答える。

 

「気にするな。いまの状況で玉狛第一(おれたち)を温存しているのがもったいないのも事実だしな。……修、おまえは雨取を守れ。今度こそ、だ」

「……はい!」

 

 頼もしい最強戦力に付随した最弱の三雲は、しかし決死の覚悟を笑みに滲ませて頷いた。幼馴染を守る。油断も驕りもせずに今度こそ守りきる。それが彼に課せられた至上命題だ。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 ボーダー基地本部上層、北西方面通路。

 近界民追撃の任に当たっている香取隊が小規模ながらも激戦を繰り広げている。

 

「ああもう、なんなのよコイツのトリガーは!」

 

 反射されるアステロイドを控え、跳ね返っても軌道が逸れるハウンドをメインに乱射しつつ香取葉子が忌々しげに吠えたてた。

 敵のトリガーは磁力を扱う変幻自在の武器であり盾。なかなか隙を見せない相手に焦れて吐き捨てたのだった。

 

「葉子、あんまり前に出んなって!」

《わたしたちだけで無理に倒す必要はないわ。いま玉狛がこっちに向かってきてる》

 

 同部隊のメンバー若村麓郎とオペレーターの染井華の言葉に引きずられるように、舌打ちをしながら少しずつ距離をとっていく。

 近接主体の三浦雄太はすでに落とされてしまった。あのトリガーを相手に剣で勝負を挑むのは分が悪い。ひと欠けらでも身体に撃ちこまれると機動力が著しく下がってしまうのだ。磁力に引き寄せられたかと思えば反発力に弾かれて体勢を崩される。実に厄介極まりない。

 

「……っ、この!」

 

 香取が放たれる磁力片をスコーピオンで叩き落して歯噛みする。

 こんなはずではなかったのに――敵の侵入を受けて追撃の任を与えられたまではよかった。いや、正直に言えば王子隊と那須隊が突破されたと聞いたときは鼻で笑いさえした。いつも上位に食い込む王子隊や、ボーダー外にも人気を得ている那須隊のことを彼女はあまり快く思っていなかったのだ。

 けれどもいまは逆に「何やられてんのよ」という気持ちが湧いてくる。さすがに自分勝手とは自覚しながらも。

 最初はとっとと敵を撃破して、先日の侵攻時の遅れを取り戻すつもりだった。近界民を撃破したとなればそれなりの戦功を与えられ、その事実があれば落ち目だった香取隊にもスポットが当たるはずだったのだ。だからこそ先行していた二部隊が落とされたときは目を細めた。戦果を独り占めできると確信して。

 

「下がれって言ってんだろ!」

「うっさい、アタシに命令すんなっ!!」

 

 前に出がちな香取が若村に肩を掴まれ、それを振り払う。

 何もかもがうまくいかない苛立ち。そこには彼女自身も気づいていない思いが内包されていた。

 家をぺしゃんこにして、平穏な時を奪った因縁の相手。親友の家族を奪った大罪人。近界民は敵だ。ゆえに倒さねばならない――この手で。

 香取はそのためにボーダーに入った。彼女の親友はそこまで復讐に執心しているわけでもなかったし、長い訓練とランク戦の影に埋もれがちだったが、本来の目的はそれだったのだ。

 いま初めて人型の近界民を見て香取は思い出し始めていた。その復讐心を。これは『戦争』であると。たとえ気に入らない味方であろうと協力してでもねじ伏せなければならない相手であったのだ、と。

 まだ彼女は気づいていない。いや気づきたくない。絶好の機会を自らの浅ましい考えで無駄にしてしまったなどと認めたくなかった。

 

「このっ……! バカ野郎!」

「ちょ、なにす――!?」

 

 ハウンドを乱射していた左腕を引っ張られ、文句を言いかけた香取の目の前で若村の胴体が弾け飛んだ。

 首をめぐらせた先には腕を砲身に変形させた近界民。敵は球状にガードしていた裏で強力な射撃を狙っていたらしい。

 

「ぐ……!」

「ろ、麓郎……!」

 

 若村が緊急脱出(ベイルアウト)を発動させて姿を消す。残されたのは、ひとり。

 途端に恐怖心が芽生えてくる。ふだん強気な言動をしていても、彼女はまだ高校一年生の少女なのである。ランク戦であれば落とされた三浦や若村に文句を言う場面でも、いまは任務下にある。しかも単なる防衛任務ではなく人型を相手にする重要な場面。いままでに経験したことのない『本番』だ。取り返しのつかないことをしでかしてしまったような焦燥感が香取の心を焦がし始める。

 

《葉子!》

「華……! アタシ……!」

 

 親友の声にも平常心は取り戻せず、迫る敵近界民から身を守ることすらままならない。

 

《走って、早く!》

「う、うん……!」

 

 言われるがまま、香取は走り出した。

 

《その角を右に――目標地点まで八十……いや、これは》

「なっ、なに、なんなの!?」

 

 不安を煽るような親友の言葉に香取は取り乱し始め、しかし通路の先に見えたその存在にようやく理解した。

 

《伏せて!》

「伏せろ!」

 

 染井と同じセリフを吐いたのは見ただけで安心感を覚える巨躯の木崎レイジ。その手に持ったガトリングガンが回転を始め、一秒もしないうちに馬鹿げた密度の弾幕が形成された。

 香取を追って現れた近界民が舌打ちをして跳び退る。曲がり角に身を潜め、こちらをうかがっているようだ。

 

「エスクード」

 

 そんな近界民と香取の間に分厚い壁が生まれた。同時にガトリングガンが鳴りを潜めて、彼女はやっと立ち上がることができた。このトリガーは――

 

「か、烏丸くん!」

「頑張ったな、香取」

 

 不安から解放された香取が玉狛第一……いや烏丸に駆け寄る。彼女にとって烏丸は憧れの存在であった。ほとんど見た目からくる純粋なのか不純なのかよくわからない動機であるが。

 

「よく持ちこたえたわね」

「小南……センパイ」

「なんであたしにはイヤそうな顔すんのよっ!」

 

 続けて声をかけてきた小南に眉根を寄せる。彼女のことも一応は憧れの部類に入っている。半分以上が一方的なライバル視なので素直には認めたくなかったが。

 しかしその実力は香取も認めざるを得ない。名だたる攻撃手(アタッカー)の名が並ぶランキングで、上位五名のうち女性隊員は小南だけだ。一時期攻撃手(アタッカー)一本に絞っていた香取もそれを知っている。そこに名を刻むことの難しさも。

 ともあれいまはその強さが頼もしいことに違いはない。

 

「その、みんなやられちゃって、アタシ……」

「わかってる。だから来たんだ」

 

 しょぼくれた香取の肩に木崎が手を置いた。大きな手の力強さに香取の怯えが取り払われていく。

 

「このままエスクードを盾に俺と京介で敵を炙り出す、小南は――」

 

 ハウンドを装填した突撃銃(アサルトライフル)を手に指示を出す木崎。

 そんな彼に警告が飛んだ。

 

《レイジさんっ!》

「っ、レイガスト――(シールド)モード!!」

 

 咄嗟に銃を投げ捨て、代わりに起動させた二つのレイガストを眼前に構える。

 その直後にそれは来た。強固なエスクードのど真ん中を貫き、黒い槍状の敵トリガー片が木崎をレイガストごと吹き飛ばす。

 

「この、威力は……!?」

 

 即座に身を起こした木崎はひびの入った盾を、多少のトリオン消費に目をつぶって再生成した。この目を瞠る威力、常に最大の防御力を発揮させねば一発で持っていかれる可能性がある。

 

 烏丸もいつでも対応できるよう警戒を続けながら香取に声をかけた。

 

「香取、修たちを頼む」

「オサム……?」

 

 振り返った彼女の前に二人の隊員が申し訳なさそうに立っている。C級隊員である雨取のことを彼女は知らない。が、三雲のことは噂程度に聞いていた。烏丸が新たな弟子をとった、と。

 胡乱気な視線に晒されて、三雲と雨取が冷や汗とともに会釈する。

 

「す、すみません、よろしくお願いします」

「はあ……まぁいいけど。どっちみちアタシもお荷物なことに変わりないし」

 

 香取もボーダー最強部隊に混じってこの局所戦に挑めるほど豪気ではない。むしろ任されたのが護衛であってホッとしたほどだ。それが烏丸の弟子なのが少し気に食わなかったが。

 

 

 

 

(防がれたか……)

 

 バチバチと青白い閃光を放つ砲身を解除して、ヒュースはいまの戦況を飲み込み始めていた。

 敵の増援は先の侵攻時にも相手取った部隊。これまでの追撃部隊とは格が違う精鋭らしい。実際に戦った彼が比するところ、敵の中でも随一の部隊であると思われた。しかし、

 

(この前のようにはいかんぞ……!)

 

 漲るトリオンと確たる意志をもって拳を握り込む。

 長きに渡る偵察を終え、玄界に侵攻したアフトクラトルの遠征部隊。彼らはその戦力の大部分をトリオン兵に依存していた。小国であればそのまま陥落させられるほどの大軍団、あとは軽くあしらって敵を引きつければそれだけで済むはずだったのだ。

 ゆえに、あの時はトリオンのほとんどを失った状態で戦っていた。千にすら至る数のトリオン兵をたった六人で孵化させたのだから、その消耗も当然のことと言えよう。

 いまはその枷はない。豊富なトリオンの全てをこの戦いに使い切ることができる。

 加えて、ヒュースはこの攻城戦自体が短期決戦であると考えていた。万全の体勢で待ち構えた敵の砦に長く居座るなど悪手。迅速に目的を達成し、即座に脱出するのが最善手だ。それがゆえの全身全霊、全力全開である。

 そしてその目的は目の前にある。眼前の敵兵から『泥の王(ボルボロス)』の反応があるのをヒュースは確認していた。次いで、『金の雛鳥』が最後尾で震えているのも。

 まさに鴨が葱を背負ってきたようなもの。

 あの厄介な障壁(バリケード)トリガーも、トリオン消費を気にしなければ穿ち崩せる。先日この部隊はなかなかの戦いぶりを見せてくれたが今日はそうはいかない。今度こそ叩き潰してみせよう。

 

 覚悟を新たにヒュースが複雑なトリガーを精密に操作していく。狙いは全員であるが、もっとも落としたいのはあの大男。おそらくはやつが部隊の要だ。こいつを最初に落とせば残りはなんとでもなる。

 

「くらえ!!」

 

 破片を集めて作り上げた車輪を、強烈な磁場形成による反発力で弾き飛ばす。さらに通路に敷き詰めた欠けらでもって加速、加速、加速――!

 

「エスクード、――っ!」

 

 敵兵が生み出した新たな障壁を真一文字に切り裂き、けたたましい轟音をあげて車輪は通路の突き辺りまでを一直線に薙ぎ払った。

 

 敵は……まだ生きている。

 

「存外しぶといな」

 

 嘲るように呟くが、別段見下しているわけではない。むしろ一筋縄ではいかないとヒュースは改めて認識していた。

 あの障壁トリガーは車輪を防ぐためではなく、自分の視界を奪う目的で起動させられたのだ。『蝶の楯(ランビリス)』の操作性は距離の他に目視による制限がある。敵はそこを突いて必殺の一撃をかいくぐったらしい。

 

 やはり簡単には決められない。が、こちらもなりふり構っていられない。

 玄界とて自国に侵攻してきたアフトクラトルを疎ましく思っているだろうが、ヒュースにも必死になるだけの理由があった。

 己が主君のため、彼は冷酷なまでに牙を剥く。

 

「『蝶の楯(ランビリス)』!」

 

 身命を賭して。

 

 

 


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