黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第三十話

 

 

 

 

 鳥が襲い来る。人型近界民(ネイバー)の放った謎の生物弾がC級隊員の群れを強襲する。

 落とし穴を避けることに成功したB級隊員も必死に反撃しているが、広範囲に散ったひよっ子たちを守りきる術はなかった。

 その群れの最後尾で逃げ惑っていた少年についに一羽の鳥が追いつき――

 

「と、トリガー解除(オフ)!」

 

 生身に戻った背中で、鳥型の弾を無効化した。

 

「――何?」

 

 騒然となった狙撃訓練場の中に、人型近界民がこぼした困惑の声が混ざり込む。

 庇護対象たるC級隊員たちにも敵の使うトリガーの能力は知らされていた。トリオンをキューブにする常識はずれの能力。戦闘体で受ければ致命的なそれは、どうしても避けきれない時には換装を解けばいい。

 もちろんずっと生身でいるのは危険過ぎるため、できるだけ早く戦闘体に再換装する必要があるのだが、同じトリガーを起動するには少しばかりのクールタイムのようなものがある。

 再起動までの僅かな間でも生身で逃げ切らないといけなくなるこの手段はあまり推奨されてはいなかった。けれども今まさに捕獲されようとした少年が早々に奥の手を使ってしまっても、誰も責めることはできないだろう。脅威が迫ったとき、最後に自分を救うのは己の判断なのだから。

 

 

 

 

(『卵の冠(アレクトール)』の能力が『雛鳥』にも伝わっていたか)

 

 冷静に判断を下したハイレインは、冷徹な手段に及んだ。

 換装を解いた生身の『雛鳥』にトリオン体の瞬発力で瞬く間に肉薄し、その首筋に一発の手刀を叩き込んだのだ。

 

「――ガッ!?」

「ミラ」

「はい」

 

 ぐたりと力を失った『雛鳥』の身体を無造作に放る。しかし彼が床に叩きつけられることはなく、ミラによって遠征艇の貨物室に繋げられた窓をくぐって姿を消した。

 

「う、うわあああ!?」

「いやああああ!」

 

 それを見た『雛鳥』の群れはさらなる恐慌状態に陥った。

 キューブ化ならまだしも、リアルな収穫(ヽヽ)の現場を見たことで恐怖が膨れ上がったらしい。暴力を振るわれることへの忌避感からか、換装を解くこともせず散り散りに逃げていく。

 好機だ。この混乱に乗ずればかなりの収穫が見込める。無論『金の雛鳥』を探すことが重要であるものの、戦利品が多いことに越したことはない。

 そう判断したハイレインが手のひらの上で浮遊する『卵の冠(アレクトール)』からさらに生物弾を生み出そうとした時、視界の端に一人逃げる様子を見せない少女がいることに気が付いた。

 

 

 

 

 

(何よ、なんなのよコレ~……!)

 

 脅威が目の前に迫った夏目は動転の最中にあった。

 近界民が襲ってきたと思ったら正隊員があっという間にどこかへ放り出され、残されたのは僅かなB級隊員と無力なC級隊員(じぶんたち)のみ。頼りにしていたはずの先輩方は盾にすらなってはくれなかった。

 

「やば、やばい……」

 

 足が動かない。新型トリオン兵に掴まれた時は雨取のことを思っていたがゆえ恐怖心は抑え込まれていたのに、今になって捕獲されるという恐怖が全身を駆け巡っていた。人型近界民はこちらに気付いて鳥型の弾を差し向けようとしている。

 ――まずい。まずいまずいまずい……!

 こんな時どうすればいいのか、夏目にはさっぱりと思い当たらない。

 ボーダーで受けた訓練にはこんな異常事態に対応するものなんてなかった。もしかしたら正隊員になればあるのかもしれないが、その身はやはりC級。基礎の基礎しか学んではいない。

 

(恨むぞ先輩方~……!)

 

 夏目の脳裏に狙撃訓練を教えてくれた正隊員の顔が浮かぶ。

 ロン毛で落ち着いた雰囲気の東先輩、チカ子に土下座返しした佐鳥先輩、いつも訓練一位のナラサカ先輩。

 彼らが教えてくれたのはなんだったか。

 狙撃銃の種類。狙撃手の心構え。スコープの覗き方。

 

(あーもう! そんなこと思い出してる場合じゃ――)

 

 夏目の頭の中を走馬燈のように過る訓練の日々。そこに引っかかるものを覚えて彼女は両手で頭を(はた)いた。

 

「何、なんだっけ、思い出せあたし……! ――――あっ」

 

 そして思い出した。

 敵の撃ち方ではない。訓練の内容でもない。基礎にすら至らないその記憶。

 

「――操作盤(コンパネ)!」

 

 弾かれたように走り出した夏目は狙撃訓練場の端に設置されたコントロールパネルへ一目散に向かっていった。

 そう、ここは狙撃訓練場。十フロアぶち抜き全長三六〇メートルの巨大な演習場(ヽヽヽ)。広大な訓練室にはさまざまな戦場の地形を再現できるシステムが組み込まれている。

 幸いその操作盤近くから侵入してきた近界民たちはC級を追って中央付近まで移動している。ひよこの大軍に目を奪われた敵の隙を縫うように走り、壁に激突するような勢いでついに駆け抜けることに成功した。

 

「なんでもいいから隠れられるものに……!」

 

 後ろで猛威をふるう鳥に気を取られながらも、必死に手を動かしてコントロールパネルを操作していく。必要なのは"障害物"。

 市街地……。頻繁に使用されるこれも悪くはない、が、やはり足りない。狙撃用に造られたそれは少ない建物しか作り出さないのだ。他には何かないか。

 ……海岸。ダメだ、遮蔽物なんかない。……荒野。ダメだ、岩程度じゃ間に合わない。

 

「――これだ!」

 

 するすると流れるスクロール画面の一つに、滅多に使われない戦場の名が映し出された。

 見つけた。敵から隠れ逃れられる戦場。これなら時間も稼げるはず。

 設定を変更、ボタンを押し込み、演習場のモデルを決定する。

 

地形(フィールド)変更、戦場(モデル)――――」

 

 長大な狙撃訓練場は、その姿を瞬時に変えた。

 

「――――『密林(ジャングル)』!!」

 

 夏目の大声に応えるように突如として木々が生い茂る。幅の広い葉が幾重にも重なり、湿った土の匂いすら感じられるほどのリアルな密林がそこに出現した。

 狙撃の基本はどんな戦場でも変わらない。だからこそ突飛な地形も登録されている。

 さまざまな状況でも焦らず狙撃を行うために三門市では絶対にあり得ない戦場が組み込まれた演習システムは、この時に限っては技術者(エンジニア)にも思いもよらなかっただろう起死回生の一手となったのだった。

 

「よし、これなら!」

 

 迫った鳥弾から逃れ、夏目はその茂みに飛び込んでいく。追いすがってきた弾もトリオンでできた木々に邪魔をされキューブとなってボトボトと落下する。そして初撃モード(ヽヽヽヽヽ)に設定されたフィールドは、破損した部位を即座に修復してまた葉を茂らせた。

 ――やった、やった……!

 上手くいった。夏目は密林の中を駆け抜けながら興奮した面持ちを隠せず露わにする。

 これならあの厄介な生物弾も追ってはこれまい。目を瞠る破壊力の大砲だろうと瞬時に再構成される樹木に邪魔をされて本領を発揮できないはず。

 そして何より。

 

「お返しだ、コノヤローッ!」

 

 取り出したるは狙撃銃、アイビス。

 この訓練場はC級でも使われる彼女たちの庭。滅多に使用されない密林だろうと、どうすべきかは訓練内容に含まれている。

 ――どんな戦場だろうとやることは変わらない。ボーダーの狙撃トリガーはよく出来ている。ちゃんと狙えば、狙ったところにちゃんと当たる――

 かつての講習内容を思い出しつつ構えた狙撃銃のスコープを覗き込み、訓練通り(ヽヽヽヽ)に狙いを定めた。

 

「っしゃ、いける!」

 

 マントと生物弾に防がれたものの、夏目の放った弾丸は人型近界民に直撃した。葉っぱを貫き、木々の隙間を通すように撃った弾は習った通り的に当たったのだ。

 ――ありがとうございます、先輩方!

 先ほどとは打って変わって、頼もしい記憶の中の先輩たちに感謝の念を送る。

 時間稼ぎは充分。いやそれ以上。ここで手こずらせてやれば他が生きる。雨取と一緒に習った戦略の一端を、夏目は初めて噛みしめたのだった。

 

 

 

 

 

(ここは、訓練場か)

 

 突如として姿を変えた巨大な部屋(ヽヽ)を見て、ハイレインは敵の手を称賛した。

 なるほどトリオンでできた密林は『卵の冠(アレクトール)』を無効化し、修復される木々は『雷の羽(ケリードーン)』すらも遮断する。

 そして飛来した狙撃を弾きながら、内心で舌を巻いた。

 ここは彼らの庭。アフトクラトルにはない密林はただの壁にしか見えないが、向こうにとっては慣れ親しんだ訓練場だ。針の穴に通すような狙撃も可能だろう。『雛鳥』といえど、その中には知将の卵が混ざっていたらしい。

 

 これは時間がかかるな。そう判断して新たな命令を下す。

 

「ミラ、あの操作盤を解析しろ。ヒュースは上階へ向かい『泥の王(ボルボロス)』の奪還を、ランバネインは通路の確保だ。俺はミラの防御に回る」

「了解」

「任された!」

 

 通路をくり抜くトリガーで上階へ向かうヒュース。分厚い外壁には小さな穴しか開かなかったが、内部の薄い壁であれば人が通れる程度の大きさにまでこじ開けられる。

 ランバネインは敵兵の影が見えた狭い通路にこれでもかと『雷の羽(ケリードーン)』を叩き込み始めた。この訓練場には通路が四つ……射撃スペースが二層に分かれそこに出入り口が二つある。ミラの大窓を常時開きランバネインに二つ押さえさせ、あとの二つには残ったラービットでも詰め込んでおけばいい。

 操作盤に近寄ったミラを狙撃から守るためにハイレインも寄り添い、どれだけの時間がかかるか彼女に尋ねた。

 

「どうだ?」

「玄界の技術が組み込まれていて、解析には少々かかるかと」

 

 トリガー技術と組み合わされた玄界の技術は独特な発展を遂げ、仕組みを解析するだけでかなりの時間を要するらしい。トリオンに依らない玄界の『機械仕掛け』。平時であればじっくりと研究してみたいものだが、今はそれどころではない。

 頷いたハイレインはランバネインにも問いを投げた。

 

「どれだけ持たせられそうだ」

「トリオンも気力も満ちている。やれと言われた分はきっちりこなすさ。ただ後ろからちょっかいをかけられるのが鬱陶しい。狙撃を止めてくれ」

「承知した」

 

 ランバネインの要求に短く答えて、蜂型の生物弾を弟の背後に纏わせる。トリオンの弾丸を防ぐだけなら数で壁を作るだけで充分だろう。

 

「間もなく敵の増援も来るはずだ。持ちこたえろ」

「了解した!」

 

 玄界にも空間移動のトリガーが存在しているのは確認済みだ。だがここのトリオン反応は潰したため、訓練場に戦力を送るにはランバネインの撃破が必須。狭い通路では激しい弾幕を越えることは難しく、トリオン消費を除けば足止めにいい条件が揃っている。

 

「…………」

 

 ミラの小窓で遠征艇のモニターを確認させてもらう。

 こちらに時間がかかる代わりに、外で敵を引きつけているヴィザの下には続々と敵が集結しているようだ。ヴィザと猟犬、玄界がその双方に主力を差し向けた状態ならば時間を稼ぐには上々か。

 兵を送られるヴィザには相応の負担がかかるものの、アレもまた単体で国を落とす化け物。他の三領主にさえ格段の信頼が置かれた老練の(つわもの)だ。

 

「ヴィザ、そちらはどうだ」

《ええ、次から次へと兵が群がってきております。ですがご安心を……全力を以て排除してみせましょう》

「ああ、任せた」

 

 『星の杖(オルガノン)』は超広範囲の円状斬撃トリガー。壁の硬い玄界の砦内部ではその力を充分に発揮できない。

 だが屋外で敵を引きつけるにはなんの問題もない。むしろ全力を出したヴィザならば敵の戦力を削ぎ落していってくれるはずだ。たとえその中に(ブラック)トリガー使いや『黄金の虎』が紛れていたとしても。

 

「今のところは順調か……」

 

 『黄金の虎』はヴィザが。『金の雛鳥』はまだ発見できていないが、『泥の王(ボルボロス)』は探知できている。

 勝利条件はどれかひとつでもいい。

 ここがいざ突破されたとなれば『雛鳥』の捕獲を捨ててヒュースに合流すれば攪乱にもなるだろう。ハイレインは密林に潜む『雛鳥』の可愛らしい牙を叩き落としながら静かに唇をゆがめた。

 

 

 

 

 

 

《よくやった! きみはたしか、C級の》

「夏目出穂っす!」

 

 密林に潜んだ夏目の耳に聞き覚えのある声が届く。訓練でも世話になった東春秋の声だ。

 

《ここ隠れる場所もなかったしイコさんらどっか落っこちていってまうし、助かりましたわ》

「えと……」

 

 こちらは覚えのない関西弁。返事につまるとゆっくりとした口調で自己紹介された。

 

《B級生駒隊の隠岐孝二や。よろしく頼んますわ》

「う、うっす!」

 

 あまり記憶に残っていない隊員だったが、どうやら狙撃手(スナイパー)の先輩らしい。

 

《ここへの空間転移(ワープ)はもう無効化されているらしいな。他の部隊は正面突破するしかないみたいだ》

《下手に(つつ)かんと隠れときます?》

《いや、赤い髪の女がコントロールパネルを解析している。どれだけかかるかわからないが放置はできない》

「じゃあ、それを邪魔するんっすか?」

 

 差し出がましいとは思いつつも、夏目も彼らの作戦会議に参加した。

 C級隊員である彼女にはオペレーターなどついているはずもなく、東らが通信を切ったあと再度繋げる手段がない。その不安から口を出してしまったようだ。

 この状況を生み出してくれた夏目を無下にすることはせずに、東がまるで教師のような口調になる。

 

《狙撃訓練場への戦力追加を抑えているのは赤い髪の女のトリガーと、大男が持つ大火力のトリガーだ。上階の通路はトリオン兵が抑えていて、突破はしやすそうでもここからじゃ射線が通らない。

 狙える範囲の近界民のどちらにも防御のためのキューブ化させる弾がついているが、本体は女の方に近い》

「てことは」

《大男の方を狙うんっすね!》

「わっ!?」

 

 突如紛れた少年の大きな通信音声に夏目の両肩が跳ね上がる。

 

《小荒井、あんまりでかい声で作戦をもらすな。向こうに聞こえたらどうすんだよ》

《わりーわりー》

 

 諫める声も少年のもの。この二人の声は夏目にもうっすらと聞き覚えがあった。狙撃訓練が終わった際、東を迎えに来た東隊の二人――たしか小荒井と奥寺だったか。

 苦笑交じりになった東が締めくくる。

 

《俺たちがすべきは現状の打破。それに必要なのが通路の確保だ。外と連携して突入経路をひとつに絞り一気に叩く。

 狙いは小荒井が言ったように大男のほう。やつを落とせば基地内部の残存部隊でも残りの黒トリガーを抑えることができるはずだ》

《了解!》

《了解です!》

《C級にも手伝ってもらうぞ。人見、狙撃手(スナイパー)用トリガーを持っている隊員をリストアップしていつでも通信を繋げられるようにしておいてくれ》

《わっかりましたー》

 

 東の指示にオペレーターの人見摩子が応答する。続けて他の隊員にも指示を出して作戦を盤石のものにしていった。

 

《小荒井、奥寺、南沢の攻撃手(アタッカー)組は人型や新型トリオン兵がこっちに向かってきた場合の援護を任せる。いいな?》

《うっす!》

《任せといてください!》

《了解っす!》

 

 攻撃手たちの元気にあふれた返答が夏目のやる気をも奮い立たせる。

 さすが正隊員たちだ。彼らに従って作戦を実行すれば何も不安はないと思わせてくれる。

 

《さあ、反撃だ!》

 

 

 




 


 

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