黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第二十九話

 

 

 

 基地から見て南側に出撃した合同迎撃部隊は、会敵に向けそれぞれが得意とするフォーメーションを展開してしかし、敵を視認する間もなく進撃を許す次第となった。

 

「連続ワープってオイ、なんでもありか」

 

 大河が忌々しそうに吐き捨てる。

 敵の移動手段は瞬間移動(テレポート)に近いもの。しかも(ブラック)トリガーたるそれにはボーダーが使うテレポーターのようなインターバルがないらしく、黒い球体と化した近界民(ネイバー)の一団は防衛ラインを嘲笑うかのように通過していってしまったのだ。

 黒トリガーが有するそういった不条理さには今さら驚くようなことはなくとも、厄介であることに変わりない。

 

「ああ、ヤッバい……! ()めるんだ、基地に入られる!」

 

 焦った声音で周囲の隊員に指示を飛ばしたのは迅だ。

 かろうじて見えた近界民の姿。五人中二人の顔を見た迅は基地侵入を予知してはいたが、それがどんな手段によるものか、はたまたどれだけの時間がかかるかは経過がわかりにくい夜というのも相まって確定させることができていなかった。

 しかし今、敵勢力の全員を確認した彼は想定よりもずっと早く侵入を許してしまうことを察知したのだ。

 

「止めろ、って言われてもな」

 

 大河は走り出しながら気だるそうに呟いた。この距離から瞬時に攻撃を加えることができる武装はハイドラであるのだが、よもや基地に向けて撃ち放つわけにもいくまい。下手に貫通でもさせたらその先にいるのは非戦闘員。

 非常時につきC級や職員も訓練用、あるいは護身用トリガーを起動させるよう通達くらいされているはずであっても、万が一ということもあり得る。

 グラスホッパーか強化戦闘体の膂力で一人突出すれば間に合うかもしれない。それでも黒トリガーを三つ擁する敵陣営の真っただ中に斬り込むほど彼は無謀ではなかった。

 

「奈良坂、古寺! 屋上の狙撃手(スナイパー)全員で下を狙え!」

 

 大河に追随していた三輪が(おの)が部隊の隊員たちに通信を送った。

 屋上の各方面を警戒していた狙撃班も今は南側に集中している。三輪隊の二人、影浦隊の絵馬ユズル、荒船隊の全員が揃っているはずだ。

 

《奈良坂了解。狙撃手(スナイパー)、攻撃を開始する》

 

 全員に向けた返信とともに針のような鋭い銃撃が近界民たちに降り注いだ。

 硬質な音が響き、敵の黒い傘状のシールドらしきものがそれを弾く。報告に上がっていた磁力を扱うトリガーか。渡された情報にはアステロイドを反射するとあった盾も、狙撃の弾となると弾き返すまでにはいかないようだ。

 防御に徹した隙に合同部隊の全員でかかればあるいは侵入を邪魔できるかもしれないが――

 

「――っと、敵の攻撃が来るぞ」

 

 大河の警告に地上部隊の全員が足を止めた。

 (みな)が視線を送る先で近界民の一人が腕を巨大な砲塔に変えてこちらに狙いを定めている。

 

「高火力の射撃トリガーだったっけか」

 

 思い返すようにこぼすと同時、銃型トリガーのものよりずっと大きな弾丸が高速かつ連続で撃ち放たれた。

 

「くそっ……!」

「これはさすがに近寄れないね」

 

 焦れた迅も身を穿つ威力の弾を避けないわけにはいかず、横へ大きく跳んで回避行動をとる。それに追従するように移動した空閑も口を尖らせて遠くの敵を睨みつけていた。

 

「チッ……。俺が突っ込む、遠距離攻撃できるやつは全員で――」

 

 多少危険でも突撃する役が必要か。援護を要請しようとした大河が言いきる前に、迅の大声がそれを遮った。

 

「木場さん下がって!!」

「っ!」

 

 鼻腔を刺す冷たい空気に紛れた、既知の嗅覚情報を感じ取って跳び退る。ワープ女の黒トリガーの匂い。線のように伸びてきたそれが集中して出入口(ヽヽヽ)を開いたのだ。

 しかしそこから出てきたのは知らない匂い――いや、実際には嗅いだことはあった。ラッドに充填されていたトリオンのうち、老人らしきものと評したそれ。

 大河が跳んだ直後、寸前まで立っていた場所が一瞬にして見えない何かに切り刻まれた。

 話に聞く、広範囲に渡り強力な斬撃を放つ黒トリガーのようだ。基本的にトリオン製のブレードは淡く光を放っている――もちろん変更することも可能ではある――のだが、それが際立つ夜においても目に映らぬ剣速とは恐れ入る。

 

「やれやれ、老骨には些か荷が重い精鋭たちですな……」

 

 暗闇の中、さらに黒い次元の狭間から皮肉そうな声とともに一人の老兵が姿を現した。

 柔和な面持ちの近界民を見た空閑が眉をひそめる。

 

「このジイさんは……」

 

 この老人は先日の第一次アフトクラトル急襲時に空閑が相手取った近界民だ。強力な黒トリガーの能力と、それを余すことなく発揮させる練達の剣士。

 前回戦った時は途中で撤退していったため決着はついていないものの、はっきり言って分が悪いレベルの使い手だった。

 

「毎度毎度、アフトクラトルは足止め(ヽヽヽ)が贅沢だね」

 

 己の戦闘能力にそれなりの自信を持つ空閑も認めざるを得なかった。

 この老兵を無視して他の近界民に攻撃を加えるなど不可能。そのうえ敵が侵入するまでに撃破するというのも難しい。こちらが複数の上級部隊を擁していてもそれは変わらない。

 周辺に現れたモールモッドにも気を配りながら、空閑は臨戦態勢をとった。

 

「…………」

 

 そのほど近くで大河は鼻をひくつかせていた。

 ――妙な匂いだ。

 厳密には匂いではなく、気配。一方的とはいえ死闘を繰り返してきた大河の戦闘経験が警鐘を鳴らしている。この老人は"危険"。それがトリガーの能力によるものか、別の要因であるかはまだわからないが厄介であることはたしかなようだった。

 

 まあいい。なんにせよ叩き潰せばいいことに変わりはない。

 虎爪を起動させた大河は肉食獣のように獰猛な唸り声をあげて戦いに集中し始めた。

 

 

 

 

* * *

 

 

 

 

 ミラの能力によって瞬く間に敵の城塞に取りついたハイレインたちは立ちはだかる敵兵の気配を敏感に感じ取っていた。

 とはいえ敵が待ち構えているのは当然。こちらも相応の準備はしてきている。

 降り注ぐ狙撃をヒュースに防御させ、先ほど通り抜けた(ヽヽヽヽヽ)更地を追い縋ってくる敵兵に対しランバネインの火力を差し向けて押しやり、スペースを確保したところへヴィザを送り込む。

 

「ヴィザ、遠慮は要らん。斬れるだけ斬れ」

《承知致しました》

 

 開けた敵陣のど真ん中に降り立ったヴィザが国宝『星の杖(オルガノン)』を解放する。さすがにその能力は知られていたようで距離を取られたが構わない。ヴィザの本気(ヽヽ)はそんな簡単に敵を逃しはしないのだ。

 さらに残ったトリオン兵をばら撒き、それを援護させる。

 

「こちらも侵入するぞ。ミラ」

「はい」

 

 ミラが懐から取り出したのは小さな装置。これはガロプラから徴収した潜入用トリガーである。トリオンに穴をあけ、防壁もすり抜ける小賢しい道具。

 無論アフトクラトルも作ろうと思えば作れるが、そもそも潜入を必要としない国力を持つ彼らはそういった類のトリガーを用意していなかった。ガロプラが所持していたのは嬉しい誤算だ。

 トリオンでできた防壁を無効化する、といってもこの要塞のトリオン密度は尋常でなく人が通れるような穴は開けられないらしい。しかしミラがいればその程度は障害にすらならない。アフトクラトルは中が見えさえすればすり抜けられる。

 

「大窓を開きます」

「よし。行くぞ」

 

 僅かな隙間から砦内部を視認したミラが大窓で繋げる。その向こうにも敵兵はいるだろう。が、やはり問題はない。こちらは黒トリガーなのだから。

 傲慢にも思えるが事実である。ハイレインは閉じゆく窓の先に細く眇めた視線を送りつけた。

 一見したところ外の兵はかなりの精鋭部隊と見受けられる。先日己を抑えた臙脂色の部隊にヒュースと単騎で渡り合った男、そしてヴィザとやりあったという黒トリガーの使い手。

 市街地に放った『猟犬』に玄界(ミデン)が主兵力の多くを送ったのは確認済みだ。『黄金の虎』を含め他もそれなりの実力者と思われる部隊をここに配置していたということは、内部の防衛はそれ以下。黒トリガーを二つ擁する自分たちならば如何様にもできるはず。

 

「ほう、これは……」

 

 ミラの大窓をくぐった先。そこを見渡したハイレインは思わず口の()(うわ)()くのを止めることができなかった。

 

「ひっ、人型近界民!?」

「なんでここに!」

 

 まさかの雛鳥の()

 先の攻撃で逃げ惑い戦力に数えられていなかった雛鳥たちは要塞で保護され続けていたらしい。現れた自分たちに慄き動揺する彼らを見て、これは僥倖とハイレインはほくそ笑んだのだった。

 

 

 

 

―――――――――

 

 

 

 

「人型近界民が侵入! 一階、狙撃訓練場です!」

「なんじゃと!? どうやって入った!」

「トリオン(へき)に穴を開けるトリガーを所持していた模様……!」

「いけない、これはいけませんよ! あそこにはC級隊員たちが!」

 

 敵の侵入を受けて一瞬にしててんやわんやになるボーダー本部作戦室。莫大なトリオンをつぎ込んだ防壁はどんな手段であれ破壊には時間がかかるはず。それをいとも容易く突破されたなど、寝耳に水も甚だしい。

 迅の予知により侵入はされると事前に知ってはいたが、それにどれだけの時間がかかるかは不明であり、主戦力を差し向ければ止めることも可能だと計算していたのだ。

 

「落ち着け、基地内部にも部隊は配置している」

 

 城戸が静かに取り成すも、根付の焦燥は消えない。

 

「しかし敵は黒トリガーの近界民ですよ! 生半可な戦力では……!」

 

 そう、敵は黒トリガー。互角に渡り合えるA級部隊は既に出払っている。基地内部に残った戦力で抑えることができても、隊員が攫われる危険性は無視できない。

 

「だが放置することもできない、か。冬島、狙撃訓練場に生駒隊、弓場隊、それと鈴鳴第一、東隊を送ってくれ」

「了解」

 

 B級一位二位に続く上位部隊である生駒・弓場隊、次いで攻撃手ランク四位の村上鋼擁する鈴鳴第一、そして指揮能力が高い東春秋率いる東隊。彼らであれば黒トリガー相手であろうと充分抗戦できるはず。

 忍田が命じると、冬島が機器を操作してワープを起動させた。

 基地内部を示すレーダーにマーカーが増え、赤い点の人型近界民と真っ白にさえ見えるC級隊員たちの群れの間に部隊が新たに配置される。

 ――が。

 

「なっ!?」

「どうした!」

 

 沢村の驚愕の声に忍田が問う。

 彼女は見たものを信じられないように、震える声で現状を報告した。

 

「生駒隊の生駒、水上隊員、弓場隊の全隊員、鈴鳴第一の来馬、別役隊員が基地南部の戦闘中区域に……そこで緊急脱出(ベイルアウト)を発動させました」

「なんだと!?」

 

 さしもの忍田も声を荒げて叫んだ。一瞬にして三部隊が壊滅などにわかには信じがたい。侵入した黒トリガーがどれだけ強大であってもそんなことが起こるはずが――

 

「どういう……南部だと?」

 

 焦った忍田が気を取り直し、狙撃訓練場(ヽヽヽヽヽ)に送り込んだはずの部隊が緊急脱出(ベイルアウト)した地点を問いただした。

 

「……はい。おそらく敵のワープ能力で強制転移されたのち、外の黒トリガー使いに攻撃されたと思われます」

「なんちゅう反則技じゃ!」

 

 鬼怒田の怒りももっともだ。忍田は歯噛みして敵の戦略を脳裏に描いた。

 敵は攻城戦において強行のような勢いでもって突撃してきたが、それでもギリギリまでこちらを視ていた(ヽヽヽヽ)のだ。

 ボーダー側が転送(ワープ)技術を有していることを知った彼らは侵入した先でトリオン反応を検知し、現れた隊員たちに驚くことなく対処してみせた。おそらく前もって転移場所に()を開けておき、落とし穴に落とすように再転移させて外の強力な黒トリガー使いに斬らせた。突如として空中に放り出された隊員は為すすべもなく切り刻まれたに違いない。

 無事だったのは東と、グラスホッパーを装備していた隊員だけのようだ。外に放り出された中で生き残ったのは鈴鳴第一の村上のみ。咄嗟にスラスターを起動させたのか。

 

「くっ! 二階は……」

 

 十フロアぶち抜きで造られた狙撃訓練場は射撃スペースが二階層に分かれている。一階は押さえられても、まだ――

 

「あぁ、ダメです。スイッチボックスの反応が消えました」

 

 そんな忍田の希望は冬島の言葉に光を見失ってしまった。

 

「何? 冬島、どういうことだ」

「ちょいと待ってくださいね。くそ、いったい何が……」

 

 がしがしと頭を掻いた冬島が機器を叩いて原因を調べる。

 狙撃訓練場に設置された監視カメラの映像を確認すると、床にいくつかのトリオンキューブが転がっていた。どうやら設置しておいたワープポイントをキューブ化の能力で床ごと剥がされた(ヽヽヽヽヽ)らしい。

 技ありというべきか強引な力押しと称するべきか。どちらにせよ腹立たしいほどの特異能力。

 奥歯を噛みしめた忍田は再度指示を出し直した。

 

「追撃部隊は狙撃訓練場の通路前に送り込め、敵のワープトリガーは察知が難しいが足元に注意し、三人、少なくとも二人一組でフォローし合うよう徹底させろ!」

 

 後手に回ってしまうが致し方ない。生き残った隊員だけではC級の護衛は難しい、今はせめて敵の意識を散らさねば……。

 

 

 

 

――――――

――――

――

 




 





さようなら弓場隊。そしてちゃっかり生き残る東さん。
これが原作で顔出しできないキャラと有能さを見せつけるキャラの違いか。

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