黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第二十四話

 

 

 

 二人目が来たと喜んだら、あっという間に消え失せて匂いも辿れなくなった。

 黒トリガーを飲み込んだ大河は違和感の残る腹をさすりつつ、一人はブチ殺せたし今は満足しておくかと気を取り直して通信を繋げた。隊員用端末を通じ、今もどこかで戦っている三輪の下へと。

 

「よう、調子はどうだ?」

《大河さん。こちらはC級の援護ばかりでこれといった戦果はありません》

「そうか、そりゃ残念だな。こっちは一匹始末したぞ」

《……! さすがですね。俺もC級を本部へ受け渡したら前線へ出られると思います》

「ああ、頑張れよ。敵にワープできる能力のトリガー使いがいるから気をつけとけ。()に情報回しておくからよ」

《了解しました、確認しておきます。ではまた後で》

 

 三輪との通信を切ると、すぐさま別の声が大河の耳に響いた。

 

《ちょっとクソ兄貴。本部からめちゃくちゃ連絡来てんだけど》

「あ? どした」

《どしたじゃないよ! もー、いいから繋げるよ》

 

 ミサキが声を荒げて通信先を切り替えると、妹のより大きい怒声が大河に突き刺さる。

 

《木場! なぜ殺した!》

「うおっ、なんだ忍田サンか。なぜってそりゃ敵だからに決まってるでしょ」

《そうではない! 捕虜として扱えば交渉が……この戦闘も終わらせられたかもしれないのに、どうして――》

「あっはは、甘いコト言いますね。近界民(ネイバー)との戦いはンな生っちょろいもんじゃないでしょ。敵の(ブラック)トリガーも手に入ったし、あとは殲滅すればいいだけの話っすよ」

《黒トリガーを……!? しかし》

 

 なおも食い下がる忍田。だが彼とてわかっている。

 今は戦争中(ヽヽヽ)、そこでの人命ほど儚いものはない。何より攻めてきたのはアフトクラトルなのだ。たとえ向こうの遠征部隊の全員を殺害しようともボーダーが罪に問われることはないし、国自体は報復に来るかもしれないが文句を言われる筋合いもない。

 

 忍田が危惧したのは、大河がこの行為を近界(ネイバーフッド)でどれだけ繰り返してきたのか、という点である。

 

 木場隊オペレーター・ミサキにより映像情報は遮断され、しかし文書データで報告された事実(ヽヽ)

 「敵近界民撃破、捕縛を試みるも抵抗激しくこれを殺害」……こんな報告をいったい誰が信じるというのか。本部作戦室に交戦開始の旨が届いてから十数分、黒トリガー使いをこれほど容易く撃破したことは素直に驚嘆すれども、殺害に至るまでがいくらなんでも早すぎる。もはやトリガーを解除させてから即座に殺したとしか思えない。

 無力化した相手を全く躊躇もせずに切り刻む。その慣れた手際は、極秘とされた遠征で何をしてきたかを如実に表していた。

 

《木場、おまえはいったい――》

「あー……」

 

 忍田が引き下がらないとみて大河が勝手に通信を切ろうとしたところ、そこに割り込んできた冷たい声によって糾弾は抑え込まれた。

 

《その話は後だ》

《……城戸さん……!》

《敵の軍勢は進撃の速度を上げ、警戒区域から大きく逸脱し始めている。これ以上の被害は見過ごすわけにはいかない》

《……わかっています》

 

 理路整然とした城戸の言葉に、忍田が歯噛みしつつも頷く様子が伝わってくる。続けざま、大河にも命令が飛んできた。

 

《木場、おまえを市街地まで追撃させることはできない。一旦基地まで戻れ。屋上に臨時トリオン供給器がある。そこで基地トリオンの充填を終えてから南部のC級退避を援護しろ》

「あーい。木場了解」

 

 命令を承諾して大河は歩き出した。

 元々は新型トリオン兵ラービットを破壊することが命令(オーダー)だったのだが、東部方面で粗方始末を終えたところに風間隊の人型接触報告が上がり、援護という名目で彼らを追い散らして近界民を撃破した。

 トリオン兵の群れは基地から見て西と北西部は天羽が完全に殲滅したらしく、東部も新型を多数排除したため進撃は抑えられている。

 残るは南部、南西部。こちらはトリオン兵団の規模と行動の変化により多数が警戒区域を抜け、市街地にまで及んでいるようだ。情報によれば人型近界民もいるらしい。

 

「ミサキ、頼むわ」

《はーいはい。ちょっと待ってね、弾道(ヽヽ)計算が……》

 

 開けた場所に出た大河は足を止めて妹に移動手段を要請する。

 ミサキが『外部調整』を行い、しばらくすると巨大なグラスホッパーが展開された。太陽の国で使った時より幾分か小さいが、それでも一般隊員からしてみれば異様な大きさである。

 

「弾呼ばわりかよ……」

《実際そんな感じじゃん》

「まあいいけど。サンキュー」

 

 無造作にそれに飛び乗ると、大河の姿が掻き消えて本部基地上空まで跳ね飛ばされる。今回は外壁に直撃させるわけにもいかないので緻密な飛距離の計算が必要だったようだ。

 

「お、ドンピシャ」

《ったりまえでしょ》

「ナイスミサキ、っと」

 

 ふふんと得意げに鼻を鳴らすミサキを適当な感謝の言葉で称えながら大河が着地する。弾呼ばわりはされたが今度は着弾ではない。

 

「えーっと供給器ってのはこれか?」

《それそれ》

『トリガー臨時接続』

 

 基地屋上に突き出た巨大なコンセントのような供給索を大河が持ちあげると、機械音声が流れて戦闘体と接続された旨が告げられる。

 それと同時に本部作戦室から通信が届いた。鬼怒田の声だ。

 

《木場、残存トリオンはどれくらいある?》

「さあ? 今も昔も、メーターが変わったことがないんで」

 

 強化戦闘体の視界の端に映るトリオン残量。他の隊員であれば視覚化されたメーターが表示されるのだが、大河のものを反映させるとエラーが起きる上に、きちんと表示されたとしてもおそらく視界が埋め尽くされるためだいたい『∞』で表記されている。

 近界(ネイバーフッド)でどれだけ暴れようとこれが変わったことのない大河のトリオン能力は、今でさえ計測不能の規格外である。

 

《……、相変わらずだな。まあいいわい、迎撃砲台のチャージさえできれば構わん。数分で終わらせる、少し待っとれ》

「あいあい」

 

 鬼怒田のため息とともに供給が開始された。

 大河のトリオンがぎゅんぎゅんと吸い上げられていく。しかしやはりメーターは表示を変えない。今まさに一般隊員がどれだけ集まろうと叶わない量を、たった一人で供給しているのに、である。

 さすがにこの短時間でタンクを満たすことはできない――というより注ぐ量が膨大すぎて供給器が破損する――ため、一時的なチャージではあるが、広範囲に散ったトリオン兵を追撃するための砲台を稼働させるには充分だ。

 

《よし、完了した。市街地へ侵攻したトリオン兵は砲台と合流したB級でなんとかする。おまえは本部基地へ向かうC級の援護だったな、気張れよ》

「了解っす、ぽんきちさん」

《その名で呼ぶんじゃない!》

 

 通信を叩き切られた大河は苦笑しつつ基地外壁、南部地区方面のへりに足をかけた。

 

「さーて、C級(ひよこ)どもはどこだ?」

《本当は地下通路から来るはずだったみたいだけど、敵にワープ使いとキューブ化させる黒トリガーがいるから地上経路で退避してくるみたいだよ》

 

 現在南部側のC級隊員は玉狛支部の隊員に援護されてこちらに向かっている。どうやらその中に敵の狙いがあるようで、人型近界民が執拗に襲撃を繰り返しているらしい。

 

「ああ、あの女か。一本道で回り込まれちゃおしまいだもんな」

 

 妹からの情報を聞いた大河は鼻を鳴らして先の黒トリガー使いの能力を思い返す。

 地下通路はどれも最短ルートを通る一本道。そのようなところで自在にワープできる敵から逃げることなど不可能に近いだろう。

 加えて、その通路はトリオンではなく一般的なコンクリートでできたもの、大河にそんな場所で援護ができるはずもない。もろともに生き埋めになるだけだ。

 

《あとなんかミクモって隊員を援護しろって通達されてる。これあの玉狛の黒トリガー使いと一緒にいたやつだよね?》

「三雲だあ……?」

 

 大河の脳裏に迅の言葉が過る。

 ――メガネくんを助けないと木場さん、かなり悔しがることになるって、おれのサイドエフェクトが言ってるよ。

 何に対して後悔するのか。未だにそれははっきりしていない。そして「助ける」というワードも曖昧だ。例えば単純に敵から守るだけなら、仮に大河が三雲を串刺しにして緊急脱出(ベイルアウト)させても助けたことにはなるだろう。

 

「……まあ、いいか」

 

 小難しいことを考えるのはやめて、大河は眼下の警戒区域を見渡した。本部の広域レーダーによればそろそろ退避中のC級の姿が見える頃合いだ。

 と、外壁から睥睨していると大河がいた近くに突然音もなく人影が現れた。

 

「あれ、あんたは……」

「あ?」

 

 地に手を付いた状態で現れたリーゼントのボーダー隊員が大河の方を見て眉を上げる。

 大河にも見覚えがある男だ。空閑の黒トリガーを奪取する際に合同でチームを組んだA級隊員。狙撃手(スナイパー)の当真勇である。

 続けて三輪隊の奈良坂透、古寺章平が同じようにして現れた。

 

「……木場さん?」

「おお、秀次の隊の」

 

 三輪を通じてある程度は面識のあった奈良坂たちに片手を上げると、三輪隊狙撃手の二人が律儀にお辞儀をして返す。

 

「三輪隊はもうお()りは終わったのか?」

「はい。三輪と陽介はまた退避中のC級の救援に向かう手はずになっています」

「んでおまえらもここから援護ってわけか」

「そういうことですね」

 

 南西地区での仕事を終えた三輪隊は人型近界民を抑え、B級は合同でトリオン兵団を排除しに向かうらしい。

 世間話のようにその報告を聞いていると彼らのいる基地の外壁が重苦しい音を立てて開き、そこに並んでいた洞穴のような空洞から巨大な弾頭が現れた。

 

「これは……」

 

 古寺が眼鏡を支えながら覗き込む。

 これは攻性トリオンを充填した長距離弾道の噴進爆弾だ。端的に言えばミサイルである。

 広範囲に散ったトリオン兵はこれでピンポイントに撃破していく。迎撃砲台や地面から飛び出す槍衾のトラップで進行を防ぎ、上空からミサイルで仕留める。それが緊急時の備えとなっている。

 ミサイル型の防衛機構は以前からも存在していたがトリオンの消費が激しいため、本格的な運用はこれが初めてだ。この兵器は大河の莫大なトリオン量を活かすために新たに量産されたもの。充填されたトリオンも、ほぼ彼のトリオン器官からきている。

 

「いよいよもって戦争じみてきましたね」

 

 ぼそりとそんな感想をもらした古寺に、大河は笑って否定を返した。

 

「いや最初っから戦争だろうよ」

 

 近界民との戦争。公的には四年半前から始まった、未だ続く(ヽヽヽヽ)人類の生存競争。

 負ければ奪われる。家族、友人……それらが織り成す平穏な時間が。

 勝てば守れる。(おの)が守ろうとした全てを、今度こそ。

 

「……そうですね」

 

 ごくりと唾を飲み込んだ古寺。己が戦っている意味を思い直して緊張がぶり返してきたらしい。

 そんな彼に今度はスコープを覗き込んだ奈良坂が声をかけた。

 

「章平、位置に着け。そろそろ三輪たちが見えてくるころだ」

「は、はい!」

 

 スナイパー組が狙撃の姿勢に入ったのと同時、ミサイルがトリオンの噴煙を上げて射出されていく。飛行型のトリオン兵やその下の軍勢に着弾した弾頭は派手に炸裂してその役割を果たした。

 

「おーお、この分ならトリオン兵もすぐ一掃されそうだな」

 

 南西地区は最も――市民ではなくC級の――避難が遅れている区域であるが、警戒区域を抜けたトリオン兵はそこまで多くない。突破というよりはイレギュラー(ゲート)で送り込まれたものが多く、まばらに散って手間がかかっても、強力な新型も含めA級とB級合同部隊が破壊して回っているようで今のところは防衛も順調と思われる。

 

「あとは……」

《ん、来たよ》

 

 ミサキの通信を受け、レーダーを確認する。

 映し出されているのはいくつかの丸い点と、それを追う三角の点。丸がボーダー隊員で、三角が敵性反応だ。

 

 その方向を見ると爆発と粉塵が巻き起こっていた。援護している隊員の誰かがメテオラを放って強引に狙撃の射線を通したらしい。

 風に流される煤煙の中から、何やら鳥のようなものに囲まれた人型近界民が現れる。そして、それを阻もうとする三輪隊の臙脂色も。

 

「秀次も頑張ってるみたいだな」

 

 屋上のスナイパー組が援護射撃を開始すると、初撃を受けた近界民が追っていた足を止めて防御に徹し始めた。新たに生み出された魚型をした弾がその身体を取り巻き隠していく。

 

《サカナを避けて当てるゲームか、いいねぇ》

 

 遠くで狙撃銃を構えていた当真が楽しそうに通信でこぼす。割と大河の近くで構えていた古寺が咎めるように声を荒げた。彼はどうにも真面目な気質なようだ。

 

「遊びじゃないですよ、当真さん!」

《ものの例えだってーの。ま、俺らにかかりゃ楽勝だぜ》

 

 当真が気安く、しかし凄みを感じさせる声音で言う。

 

《なあ奈良坂?》

「当然だ」

 

 一言で答えた奈良坂は微動だにしない身体をそのままに、引き金を絞る指だけをゆっくりと動かしていく。

 

「あの程度、防御のうちに入らない」

 

 直後、射撃音。

 放たれた弾丸は真っ直ぐに魚の群れに向かい――その僅かな隙間を抜けて近界民の身体に穴を開けた。

 

「うーお、すっげえな」

 

 思わず大河が嘆息する。額に手をかざして眼下を睥睨したまま、その戦果を確認して。

 ここまで精密な射撃は見たことがない。というより、一切合財を吹き飛ばすことしかできない大河には逆立ちしても真似できない芸当だ。ミサキの照準補正を鑑みても、これだけの繊細さはどうあっても再現できそうにない。

 

「さて、それじゃ俺も……っと?」

 

 そろそろ戦場に飛び込もうかと大河が身を乗り出した瞬間、風に乗って知っている匂いが彼の鼻に届けられた。

 ――さっきの女の匂いだ。

 顔を上げるとどういう仕組みか、手のひらに浮かぶ黒い塊以外何も持たない紅い髪の女が基地上空を浮遊していた。こちらを見下ろし、どうにも苦い表情を顔に張り付けている。

 

「ワープ使い!?」

 

 古寺が慌てたように銃を構えたが、その狙いの先の女は顔を歪めたまま浮遊し続け、特に行動を起こさない。

 

「……なんのつもりだ?」

 

 奈良坂も不審気にそちらを見やる。突如現れた黒トリガー使い。何をするでもない様子だが、放置しておくのも都合が悪い。

 妙な睨み合いの間が広がっていく。

 

 

 

 上官に狙撃手の排撃を命じられたミラだったが、敵の砦の屋上に『黄金の虎』の姿を確認して歯噛みしていた。

 ラービットを差し向けて制圧するつもりだったのに、そこにいたのはその強力なはずのトリオン兵を紙屑のように握りつぶす危険な敵。自身でも手に負えない相手の出現に彼女は手をこまねいていたのだった。

 

「隊長、狙撃手の近くに『黄金の虎』がいます。ラービットでは時間稼ぎもできないかと」

《なんだと?》

「どうやって追いついたか不明ですが……」

 

 エネドラを送り込んだのは敵の砦からかなり離れた位置だったはず。己の黒トリガーでも使わない限り『黄金の虎』は駒として浮いていたはずなのに、どうして。

 そんな疑問が浮かぶが、現実にやつはここにいる。いかにしてこの短時間で砦に出現したのかは不明でも、今ここであの男をどうにかせねば狙撃手を追い散らすこともままならない。

 

「いかが致しましょう?」

《……、『黄金の虎』を遠くへ飛ばせるか?》

「実行してみます」

 

 答えながら、ミラは難しいだろうと心の中で自答していた。『泥の王(ボルボロス)』を回収しに向かった際も僅かながら戦闘に及んだが、あの男は初見のはずの影の針を如何様にしてか察知して躱していた。

 どんな原理か。わからないまでも飛ばせる(ヽヽヽヽ)ほどの隙を見せるとは考えにくい。しかも成功したところで得られる時間は僅かなものだろう。

 されどやらねばならぬ。今はその僅かな時間が惜しい。そういう旨の上官命令。何よりここまでいいようにやられて黙っていられるはずもない。

 

「…………」

 

 まずは針で追い込む。逃げた先の足元に大窓を広げてどこか遠くへ。

 単純かつ最速。それを狙っての攻撃だったが、虎の足元に開いた大穴は何も飲み込むことなく間抜けにも口を晒すのみに至った。

 

(いったいどうやって感知しているの?)

 

 ミラが苛立ちながらも冷静に思考をめぐらせる。

 隠密展開に関しては『窓の影(スピラスキア)』は『泥の王(ボルボロス)』よりも上を往く。多少の前触れ・音はあるものの、それは展開とほぼ同時に発生する僅かな予兆に過ぎない。ましてや足元に開いた大窓は音がした時点で敵を飲み込む落とし穴となるのだ。回避など許すはずもないのに。

 

「……くっ」

 

 『黄金の虎』が肩の大砲から信じられないほどのエネルギーを込めた砲弾を飛ばしてくる。

 ミラはどうにか小窓を開けて跳ね返した。あわよくば自滅を、と真っ直ぐに跳ね返したが、あろうことか虎は爪で弾いてこちらを睨み続けていた。

 

 ――これなら砦に向けて跳ね返した方が……。いや、狙撃手に向ければよかったか。

 後悔してももう遅い。さすがに何も考えずに二射目を撃ってくるほど敵も馬鹿ではないようで、大砲は空を向いて沈黙してしまっている。

 ならば狙撃手自体を、とその足元にまた大窓を開けたが、『虎』の警告を受けたのか瞬時に跳び退って回避されてしまった。

 ……ダメだ、これ以上は時間を無駄にするだけ。

 

「申し訳ありません、無力化は難しいと思われます」

《そうか……、わかった。いったん戻ってきてくれ》

「了解致しました……」

 

 落胆したような隊長の声にミラの心がざわつく。

 彼女はその黒トリガーの能力から後衛に回されがちだが、本人自身も味方の援護や任務を遂行することを誉れと捉えており、特に国や属する派閥にとって重要な任務であるこの玄界(ミデン)遠征には渾身の思いであたっていた。

 ……なのに。

 

(『黄金の虎』……!)

 

 アレが出てきてから何もかもが上手くいっていない。戦闘の補佐どころか、子どもの使いのような回収作業さえ。

 しかしどうすることもできない。歯噛みしつつ、ミラは再び隊長のそばへと戻っていった。

 

 

 

「あ? また消えちまったな」

 

 姿が消えたワープ女のいたあたりを見回した大河は、拍子抜けしたようにため息をついた。

 二度も会ったのに逃してしまった。こんなことは近界(ネイバーフッド)でもあまりなかったことだ。……が、だいたいそういう時の相手は決まって黒トリガー使いであったため、特に引きずることもなく素直に諦めた。

 

「また面倒な能力のトリガーだな、ありゃ」

 

 鼻を鳴らして言い捨てる。だがだいたい把握できた。

 彼があのワープのような黒トリガーの攻撃を避けられたのは、いつも通りサイドエフェクトで匂いを感知したからだ。あのトリガーは入口(ヽヽ)を開く際、決めた座標にトリオンを集中して次元の壁をこじ開ける、という能力を持っているらしい。

 座標が固定される前は細い線のようなトリオンが伸び、それは薄すぎてだいたいの位置しかわからないが大まかでも事前にわかってしまえば避けることは容易い。そうして針のような攻撃も避けることができたのである。

 

「はあ、まあこっちから行けばいいか」

 

 今度こそ人型近界民をブチ殺しに。

 そう思って基地外壁のへりに足を乗せた大河だったが、スコープから顔を離した奈良坂に呼び止められた。

 

「木場さん、待ってください」

「……今度はなんだ」

 

 胡乱気に視線をやると、奈良坂はイーグレットの先で眼下の戦場を指しながら敵の作戦についての所感を述べた。

 

「おそらくさっきの女は狙撃を邪魔しに来たのだと思われます。実際、木場さんがいなければ俺たちは対抗できなかった。ですので……」

「このままここにいろってか」

 

 大河がげんなりとした顔を向けると、奈良坂はしたりと頷く。

 

()も戦力は整っています。このタイミングでの狙撃は有効です。できれば木場さんにはここの護衛をお願いしたい」

「……しかたねえか。秀次も頑張ってっし、横からかっさらうのも悪いしな」

 

 そう言って、大河は頭の後ろで手を組んだ。

 せっかくの弟分の晴れ舞台だ、おいしいところだけを取るのも野暮というものだろう。

 そうして大河は戦場に飛び込むことを諦めた。しかし、ただ見ているだけというのもつまらない。慣れない援護射撃でもしてやるか、と再びハイドラを起動させた。

 

「晴れ舞台は派手なほどいい、ってな」

 

 悪辣な笑みを浮かべ、鳥と魚が毬のように集まっている近界民へ向けて火砲を差し向ける。

 

 

 

 

 


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