黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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警告:グロテスクなシーンがあります。

……今さらか。
 


第二十三話

 

 

 

 アフトクラトルの遠征艇内部。

 遠征部隊の一員、自らも(ブラック)トリガーの担い手でありながら、サポートに特化した能力から必要がない限り外へ出ない女性隊員――ミラが、先ほど送り出した戦闘員エネドラの敗北をモニターで観測した。

 

「ハイレイン隊長、エネドラが敗北しました。相手は『黄金の虎』です。いかが致しますか?」

《そうか、早いな(ヽヽヽ)……》

 

 自陣営の敗北ながら粛々と事実を報告すると、隊長から呆れたような声が返ってくる。

 それもそのはず、エネドラを転送したのは本当につい先ほどだ。黒トリガーを与えられながらそのような失態、いくら傲慢なあの男とてどれだけ笑われても文句を言えないだろう。

 しかし恐るべきは『黄金の虎』か。いかに油断の過ぎるエネドラであろうとも扱う『泥の王(ボルボロス)』の能力は本物だ。こうも簡単に撃破されてしまうとはミラとしても驚かざるを得なかった。

 やはり隊長(ハイレイン)の指示は正しかった。今、彼は『雛鳥』の捕獲に自ら赴いているが、珍しく腰を上げるのが早かったその選択もおそらく正解だったに違いない。

 

《まあいい、回収は任せる》

「了解致しました」

 

 そのハイレインに命じられ、トリガーを起動させたミラが空間を繋げる()を開く。

 黒トリガー『窓の影(スピラスキア)』。本来高度な機材や装置を必要とする(ゲート)、それに似た空間移動を自在に操るこのトリガーは、自軍の配置を即座に変更することで戦局を操作し味方のサポート・敵の攪乱など、様々な用途に使える特異な能力を持つ。

 

 今もまたエネドラが無力化されたため回収に向かうのだ。だがミラは彼自身を救けにいくわけではない。玄界(ミデン)の兵に敗北したエネドラの、『泥の王(ボルボロス)』のみを回収するのである。

 担い手は……ここで始末する。これはすでに遠征計画の内に紛れ込ませていた任務。

 もともと決まっていたことに加え、玄界への航行中も収まることのなかった暴言、『黄金の虎』は無視しろとの命令を跳ねのける独断。もはやその存在は彼女たちにとっても手に余る。

 

 エネドラの腕に着けられた発信機へ座標を合わせ、戦闘が終わったばかりのそこへ空間を繋げる。ミラは目的を果たすために攻撃用のトリオンをトリガーに集中させつつ()を覗き……そして驚愕に目を見開いた。

 

「――――っはははは、ひゃはははははははは!!!」

 

 響き渡る哄笑。立ち込める血の臭気。

 

「……これは」

 

 広がりつつある窓の外で、エネドラの心臓を持った玄界の兵――上官ハイレインが危険視していた『黄金の虎』が狂ったように笑い転げていた。

 アフトクラトルの()精鋭は壁に背中を預け、光を失った瞳を苦痛に歪めたままこと切れている。

 そのさまは、元より自らエネドラを処理するはずだったミラですら一瞬思考停止してしまうほど異様な光景であった。

 

「ははは、はー……――あ?」

 

 狂気に侵された『虎』の目がぎょろりとこちらに向いて、ミラは思わず後ずさりそうになった脚を強引に踏みとどまらせた。

 

「……エネドラは……、私が手を下すまでもなかったようね」

「あァ? ……お仲間さんか。安心しろ、すぐに会えるさ」

 

 凶悪な笑みで牙をちらつかせた男が手に持っていたエネドラの心臓を握りつぶす。飛び散る鮮血と肉片。そして吐き気を催す臓物の臭い。

 ミラはびくりと跳ねた己の身体を叱咤した。

 ――落ち着きなさい、戦いに来たわけじゃないのよ。『泥の王(ボルボロス)』を……。

 心の中で言い聞かせるように呟く。黒トリガー使いになってから久しく感じなかった恐怖を無理やりに押し込めて、ミラはエネドラの亡骸に視線を這わせた。

 しかし見当たらない。回収すべき黒トリガーがその身には確認できなかった。

 

「探し物はこれかよ」

「っ、それは」

 

 視線で何か探していることに気付かれたのか、『黄金の虎』が鼻を鳴らして心臓を握りつぶしたのとは逆の手を開く。そこには回収を命じられた『泥の王(ボルボロス)』がウネウネと不定形な身をくねらせていた。

 

「……それを返してもらえるかしら?」

 

 努めて冷静に、冷酷に言い放つと、何故か不思議そうな表情で返答される。

 

「なんで?」

「…………」

 

 ミラはその煽るような声色に、怒鳴りつけてやりたい気持ちをぐっと堪えた。

 たしかに黒トリガーを手に入れられたというのは大きな戦果になるだろう。それ一つで戦況が変わるほどの能力を持つ黒トリガーは、トリガー技術(テクノロジー)を持つならばどんな国であっても喉から手が出るほど欲しい存在だ。それはここ玄界でも同様のはず。

 しかし、大国からそれを奪うというのがどういう意味を持っているのか、目の前の男はきちんと理解できているのだろうか。

 

「私たちは『アフトクラトル』。星々の中でも上位に位置する私たちの国から黒トリガーを奪うとどうなるか、貴方でもわかるでしょう?」

 

 そう、十本以上の黒トリガーを擁するアフトクラトルでもその存在は貴重かつ重要な戦力だ。それを奪うとなれば、間違いなく報復が行われる。今回のように『雛鳥』を狩るのではなく、殲滅を目的とした侵攻が行われるのだ。

 少し考えればわかること。如何に玄界の要塞が強固だとしても、暗黒の海に浮かぶ星の中で最大級の国家であるアフトクラトルの敵ではない。……ないはずだ。

 自らを奮い立たせるように手を握り込んだミラの前でしかし、血に濡れた男はさも嬉しそうに口を裂いた。

 

「くっはは、また来てくれるのか? ――楽しそうじゃねーか」

「なっ――!?」

 

 ミラが凝然と目を見開く。

 言葉通り楽し気に笑った男は『泥の王(ボルボロス)』を摘み上げると、なんとそのまま口に放り込んで嚥下してしまったのだ。自国が殲滅されるかもしれないと知り、その引き金をなんのためらいもなく引いた男は不敵な眼差しでミラを見据えた。

 

「さあ、取り返してみろよ『アフトクラトル』。もっと遊ぼうぜ」

「……くっ」

 

 焦りに唇を引き絞らせたミラは『窓の影(スピラスキア)』にトリオンを集中させ、このトリガー唯一の攻撃手段である影の針を敵の背後に差し向けた。

 窓の能力に付随したこれはあまり威力のあるものではないが、首を一刺しすればあっけなく終わる。ほとんど音もない針は暗殺の如く敵を葬るのである。

 

「おっと。おまえも黒トリガーなんだな……くはっ」

 

 しかし首を反らされるだけで難なく避けられ、その凶悪な笑みをやめさせることはできなかった。両手が輝き、血に(まみ)れた爪が陰惨な鋭利さを誇張する。

 

「やっぱいいな、黒トリガー使いはよ。こいつはなかなか楽しませてくれたぜ? ――ははっ、ははははっ! おまえはどうだ、女ァ!!」

 

 メキメキと嫌な音を立てて肥大化した爪が襲い来る。『黄金の虎』は目を逸らしたくなるようなおぞましい表情で牙を剥き、よもや遠征艇にまで侵入するのではと思わんばかりの突進で向かってきた。

 

「――ッ!」

 

 窓を緊急遮断。瞬時に無音になって、自身の激しい心音だけが鼓膜を震わせる。

 

「……はあっ、はあっ……」

 

 いや、震えているのは全身か。アフトクラトルにおいても冷酷無比と恐れられるミラは、今だけはその総身を恐怖に慄かせていた。

 ――なんだったの、アレは。アレが、兵士ですって? あんな、化け物みたいなモノが。

 あんな人間を兵士として囲うなんて玄界はどうかしている。あれならまだエネドラの方が可愛げがあったというものだ。

 もはや悪鬼にしか見えなかったあの男は、ミラの中にあった"玄界のイメージ"を塗り替えるに充分すぎた。それほどまでに彼女に恐怖を刻み込んだのだった。

 

 視線を流して見たモニターでは他の玄界の兵たちが今もアフトクラトルのトリオン兵を駆逐している様子が映し出されている。だが、組織や故郷のために戦っているという理由があるだけ彼らが随分と健全な人間(ヽヽ)に思えた。

 『黄金の虎』は違う。あれは完全に「殺したいから殺す」という類の狂った(けだもの)だ。所属も何も関係ないからこそあんな簡単に『泥の王(ボルボロス)』を奪い、飲み込んだのだ。

 

「……っ」

 

 まだ動悸が収まらない。久しく味わった恐怖の感情はミラの心を激しくかき乱し続けている。

 そんな精神状態でもトリガー(ホーン)に支えられたトリオンコントロール技術は狂獣から逃れることを許した。ほとんど恐怖心(ほんのう)から咄嗟にとった回避行動は、寸でのところで凶爪から彼女を救ったのだ。

 ミラは肩で息をしながら、上官に報告するために遠征艇のコンソールに向き合った。

 

「……ハイレイン隊長、申し訳ありません。『泥の王(ボルボロス)』の回収に失敗しました。今は『黄金の虎』の()にあります」

《……どういう意味だ?》

「トリオン体に『泥の王(ボルボロス)』を飲み込まれました。回収するには『黄金の虎』の撃破が必要になります」

《……、……まずいな》

 

 通信先のハイレインが歯噛みしている様子が伝わってくる。

 先ほどミラは「黒トリガーを奪えばどうなるか」という話をしたが、実際のところ今現在彼女たちの国は『神選び』にごたついており、報復に回す戦力も時間的な余裕もないのである。

 むしろ逆に黒トリガーの一角を失った自分たちの派閥、この遠征部隊の隊長ハイレインを当主とするベルティストン家の力が大きく弱まってしまい、ここで『雛鳥』を手に入れてもその意味がなくなってしまう事態さえ考えられる。

 

《……くそっ》

「いかが致しますか……?」

 

 いつも冷静沈着な隊長が言葉汚く吐き捨てるのを聞き、ミラも不安に駆られて声が細くなる。

 

《……『金の雛鳥』の捕獲は重要性を増した。ラービット以外のトリオン兵は市民の捕獲命令を撤回し、進撃に注力させろ》

「了解、命令を変更します」

《終わり次第おまえもこちらへ向かえ》

「かしこまりました。すぐに向かいます」

 

 やはり出来る上官はありがたい。確固とした声音はようやくミラに落ち着きを取り戻させた。これで泣き言でも喚かれていたら彼女も恐慌状態に陥っていたことだろう。

 震えの収まった指で操作パネルを操り、市街地へ侵攻させているトリオン兵の行動プログラムを変更していく。

 あわよくば『雛鳥』以外も攫う手はずだったが、今はそれよりも戦闘員の目を向けることの方が重要になったのだ。より広範囲で破壊活動を行わせれば、より多くの戦力を散らすことができる。その間に隊長と己で手ずから『雛鳥』を摘み取っていけばいい。

 

「変更完了、そちらへ向かい――――、っ」

《どうした、ミラ?》

 

 行動プログラムを変更した矢先、またも不測の事態が起こったことを観測したミラが言葉を詰まらせる。

 

「ランバネインも敗北した模様。回収致しますか?」

《……ああ、そちらを優先しろ》

「了解致しました」

 

 黒トリガーではないが多大な火力を持つ『雷の羽(ケリードーン)』を操るアフトクラトルの遠征メンバー、ランバネインも敗北を喫したらしい。一刻も早く『金の雛鳥』を確保しなければならないが、放置するわけにもいかない。

 トリガー技術も明け渡すことはできないがそれよりも。

 ランバネインはハイレインの実の弟。これ以上ベルティストン家の力を落とすわけにはいかないのだ。

 

 ……どうしてこうも上手くいかないのか。

 何日もかけて玄界を調査した際には持ち得る戦力で充分作戦を遂行できるはずだった。多少トリオン兵の損害が大きかろうと捕らえる戦果がそれを上回るはずだったのに。

 しかし実際はどうだ。僅かながら『雛鳥』は確保することができたが、黒トリガーを奪われ、戦力は今も確実に削られていっている。

 さらに敵の砦も強固な上に迎撃能力が高く、陽動すら上手くいっていない。

 

 悔しさに歯噛みしつつ、ミラはランバネインの下へと窓を繋げるのだった。

 

 

 

 




 




私はワートリキャラの中でもミラが特に好きです。次いでみかみか。
・・・どう見ても髪型です本当にありがとうございました。

弱ったミラとか絶対可愛いですよね。
 

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