黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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* * *



「ラービットが……」
「おいおい『まともに戦える』どころじゃないぞこれは」
「……(ブラック)トリガーか?」
「判別できません。トリオン出力係数不明、計測機器がエラーを起こしています」
「砦の反対側で暴れてる方は黒トリガーみたいだがなぁ」
「いやはや、これは……玄界の進歩も目覚ましい、ということですかな」
「ケッ、ただ馬鹿力なだけだろが」
「こいつを手に入れられれば言うことはないが……どうする兄、いや隊長どの」
「無理に大物を狙う必要はない。ひとまずこれは無視していいだろう」
「我々も出撃致しますか、ハイレイン隊長」
「もう少し待て、このまま今の作戦を続行する。――ミラ」
「はい、次の段階へ進みます」



* * *
 


第二十一話

 

 

 

 爆撃型トリオン兵の情報はすでに本部も知るところである。対策には充分な措置をとってあり、現に二体の爆撃型が出現した際はものの見事に撃ち落とすことに成功していた。

 しかし敵は物量作戦に切り替えたらしく、新たに追加された特攻兵団はその数を四倍にも増やして向かってきた。

 

「第二波爆撃型トリオン兵接近! 数、八!」

「砲台全門撃ちまくれ! 貯蓄トリオンは気にせんでいい!」

 

 鬼怒田の怒号に答えるかの如く、基地外壁に搭載された迎撃砲台が唸りを上げる。

 規則正しく並べられたそれらから隊員の扱う銃型のものより強力なトリオン塊が連続して撃ち放たれ、上空から迫りくる『イルガー』を穴だらけにしていく。

 

「三体撃墜、残り五体です!」

「……これが遊真くんの言っていた自爆モードか」

「ええい厄介な! 一体ずつ集中して落としていけ!」

 

 その弾幕は果てしなく濃いものではあったものの、弱点である頭部を閉じ、背中に生やした装置でトリオン密度を上げたイルガーは一体を落とすのにも時間がかかるようだ。火力を集中させ、端から落としていったが二体ぶんの巨大な影が基地へと覆いかぶさってくる。

 

「全員衝撃に備えろ!」

 

 忍田の警告に全員が机に張りつくようにして身体を強張らせる。次の瞬間、その身が浮き上がるほどの衝撃が本部作戦室を駆け抜けていった。

 

「装甲強化は充分しておいた、もうひび(ヽヽ)すら入れさせんわい」

「後続は!?」

「新たに出現したトリオン兵……か、数、十五!」

「十五だとぉ!?」

 

 本部オペレーターの沢村が動揺を消し切れない声で報告すると、得意げな顔をしていた鬼怒田もその数に悲鳴のような声を張り上げた。

 作戦指揮をとる忍田は冷静に敵の脅威を推し量り、迎撃のための確認を行う。

 

「装甲の耐久度は!」

「耐久自体は問題ない、あと何発叩き込まれようが崩れやせん。だが衝撃自体は消し切れん! あれだけの数を受けるとなるとキューブ化された隊員の解析に支障が出るかもしれんぞ!」

「それは……まずいな……!」

 

 さすがの忍田にも焦りが生まれる。

 基地内部が全てトリオンでできているならば何も問題はない。しかし現実には精密機械であるコンピューターなど、衝撃に弱い機材がいくつもある。特に開発室に手配されている解析用の機器はまだ設置すらままなっていない。

 このままではまずい。本部基地が健在だろうと機能が果たせなければ意味がなくなってしまう。

 先の八体を迎撃して二体が抜けてきた。後続の十五体もの特攻部隊ではおよそ十発近くも自爆を許してしまうことになる。

 

「木場に繋げ」

 

 焦燥に包まれたオペレーションルームに、城戸の厳かな声が響いた。心を落ち着かせるような低音の命令に、沢村がキーボードを叩き木場隊のオペレーター・ミサキを介して通信を繋げる。

 

「聞こえるか」

《……――いはい、こちら木場》

「本部が敵の強襲を受けている。時間がないため答えだけでいい、そこから撃ち落とせるか?」

《あー……いけます》

「では実行しろ。()は二つまで外してかまわん」

《了解》

 

 短い承諾の言葉を最後に途切れた通信を、忍田が頼もしく思うと同時に訝しくも感じる。

 ――『枷』とはいったいなんのことだ?

 しかしそれを問う前にとてつもない衝撃が映像として捉えられ、モニターが一時ホワイトアウトして沢村が悲鳴を上げた。

 

「こ、高エネルギー反応! これは……!?」

「爆撃型はどうなった?」

「モニター不調、少々……、っ! ぜ、全滅。敵トリオン兵、全滅しています!」

「よしよくやった木場!」

 

 沢村の報告に鬼怒田が歓喜して両腕を振り上げる。

 ホワイトアウトから回復した外部を映し出すモニターの中では、沢村の言葉通り迫っていたはずのトリオン兵の群れが完全に一掃されていた。

 忍田もほっと胸を撫で下ろすも、かの特S級隊員の危険度を改めて認識しなおす。

 木場隊の反応はレーダーによればかなり離れていたはずだ。そこからあの堅固なトリオン兵の群れを正確に、連続で撃ち落とせる威力の砲撃。味方である内は頼もしいことこの上ないが、生憎と彼は城戸派でも司令直属の筆頭隊員。

 いつかの黒トリガー強奪作戦が強行された時のように、敵に回った場合のリスクを思うと安穏としてはいられない。そして何より――

 

 ――これ(ヽヽ)を、近界(ネイバーフッド)に送り込んだのか。

 

 いくら単身での遠征とはいっても、ただの『調査』にこれほどまでの武力を持たせる意味などないはずだ。やはりあの極秘とされている遠征は、想像できるうちでももっとも最悪なことが行われているのかもしれない。

 

 この大規模侵攻における重要な対抗戦力として、司令直属隊員・木場大河の戦闘能力は派閥の異なる忍田へも詳細に開示されていた。無論、危険人物として以前からその能力を探ってもいたが。

 幸い大河自体の存在はそこまで秘匿されてはおらず、彼に与えられた新規開発トリガーの性能も忍田は把握していた。

 ……否、把握していたつもりだった。

 今行われたこれは。過去に自身で調べ上げ、そして開戦前に渡された書類上のスペックからは到底予測し得ない破壊力であった。

 

 莫大なトリオン能力と、それを存分に使い潰すトリガー。明かされた情報でもキロ単位の射程と規格外の威力に驚いたというのに、それでもまだ()があるというのか。

 忍田は机の上で悠然と手を組んでいる城戸を見上げ、しかしすぐに切り替えてモニターの方に振り返った。

 今は戦闘中。余計なことに気を取られている暇はない。

 通信状況も回復して、嵐山隊の隊長と言葉を交わしつつ忍田は己の職務に再度集中し始めた。

 

 

 

* * *

 

 

 

 時はほんの少し遡り。

 

《では実行しろ。枷は二つまで外してかまわん》

「了解」

 

 短く答えた大河の視線の彼方にはイルガーの群れ。あれを撃ち落とせとの飼い主(ヽヽヽ)からの命令だ。

 この距離ではゴマ粒のようにしか見えないが、強化戦闘体とミサキの支援があればさほど問題ではない。それに、彼を縛る『枷』はいま解き放たれようとしている。

 

「枷二つまで、ね」

《"こっち"で外しちゃうのかー。まぁいいや、急ぐから場所取りだけしといて》

 

 専用回線に切り替えたミサキの明瞭な声に頷く。

 

「あいよ」

 

 イルガーの群れを捕捉でき、かつ比較的広い交差点の真ん中に陣取った大河は、黄色く輝く両手両足の爪を巨大化させアスファルトに深く突き立てた。

 

制限(リミッター)解除、第一・第二、同時解放》

「急げよー、こっちはもう準備万端だぞ」

《うっさいバカ兄貴。だいたいあたしの仕事じゃんか》

「はっはっは、頼むぞ優秀な妹よ」

《チッ……》

 

 舌打ちを返され、しかし軽く笑い飛ばして大河が目標にピントを合わせる。

 憎まれ口を叩きながらも『思考追跡』により視覚支援がすでに行われている。ゴマ粒のようだったイルガーが群れの全体を映し出されるほどに拡大され、照準線(レティクル)が大河の視界に映り込む。

 だがそれを操作するのは大河自身ではない。

 

《ハイドラ仰角固定、照準敵トリオン兵。おら、撃ち出せクソ兄貴》

「了解」

 

 細かな操作は全てミサキに任せてある。大河はその莫大なトリオンを注ぎ込むことだけに専心すればいい。ハイドラから聞こえる獰猛な唸り声のような作動音が、キンキンと耳に刺さる高音に変わっていく。

 

「くらえやクジラども!」

 

 ――――!!

 

 右肩の砲塔からこれまでにない威力で撃ち出された弾頭はその余波だけで交差点をへこませ、弾道直下の家屋を破砕するのとほぼ同時に本部基地上空へと到達。今まさに自爆特攻を敢行する直前だったイルガーに突き刺さる。

 泳ぐように先陣を切っていたトリオン兵のうち一匹が完全に消滅し、近くにいた二匹はかすっただけで半身を吹き飛ばされた。

 間断なく放たれた二発目の咆哮も地面を陥没させ、衝撃波が大気を震わせる。

 音速どころか光速にさえ至りそうな弾速の長距離砲撃は目標を誤らず撃ち抜いていき、その全てを粉微塵にして周辺に降り注がせていった。

 

「っつ~……、聴覚切るの忘れてた……」

《ばーか、バカ。兄貴が気付いてなかったらあたしも気付かないっつーの》

「はいはい俺が悪いですー」

 

 下された命令を遂行して、砂埃を払いながら立ち上がった大河はくらくらする頭を叩いてなんとか気を取り直した。耳を聾するどころではないあの衝撃は撃った本人にすらダメージを与えてしまうのである。

 ミサキの思考追跡も「何をしたがっているのか」はわかっても、「何が必要か」は己で考えなければならない。そういったサポートも彼女の仕事ではあるものの、イルガーの突撃までにという時間との勝負、細かなことは放置していたのだった。

 

「出力元に戻しておいてな」

《わかってるわよ》

 

 戦闘体の全身に光帯が浮かび上がり、消える。再び枷が施された。

 もう目には見えないが、大河のトリオン体には強力な制限拘束がなされている。

 

 元より規格外の破壊力を生み出す大河のトリガーであるが、それゆえ玄界(ミデン)での扱いは慎重にならざるを得ない。たとえ近接武器だろうと考えなしに発動すると街を危険に晒すため、ふだんは常時制限をかけられているのである。……あれでも。

 その状態での砲撃では自爆直前のイルガーに間に合わなかったとみえ、城戸の命により一時的に拘束が外されたのだ。

 

 それまでの戦闘体構築システムを根本から見直し、大河専用に新たに開発された特殊な強化戦闘体――通称『フェンリル』。

 

 大河の異常出力を受け止め、破裂しないよう密度を高めたこれは膂力・耐久力に優れ、並の攻撃ではまともに傷も付けられず、さらには素手でトリオン兵を引き千切るほどのパワーを発揮する。

 しかしこの強化戦闘体は高い能力と比例して使用者との間に深刻なギャップをもたらしてしまうのである。

 制御するのに高度で繊細な技術を必要とする人型の兵器(ヽヽ)。だが、トリオンコントロールと同じくがさつで大雑把な大河はそういった手加減のようなものが苦手であり、結局さらにコストをかけて先の『拘束具』が実装されたのだ。

 

 第一段階は『革の鎖』。戦闘体の表層に見えない帯を何重にも巻き付けるようにして、その破滅的な出力を強制的に封じている。

 この状態でも通常考えられないほどの運動性能を誇っているが、大河が何気なく動かしている一挙手一投足にも莫大なトリオンが消費されているのである。

 ちなみに大河の意思で外せるのはここまでだ。近界においては、という条件付きで必要に応じて任意で解除することが許可されている。

 

 第二段階の『筋の鎖』は武装に回されるトリオン量に対する限定拘束である。

 武装を発動する際、供給機関から武器トリガーに注ぎ込まれるトリオンのおよそ六割を『ジャガーノート』の起爆剤として分かち、貯蓄する。そうしてやっと爪や大砲を武器として(ヽヽヽヽヽ)成立させているのだ。

 こちらはミサキや上層部の許可がなければ外すことができない。これを外せば仮想訓練室で市街地を丸ごと吹き飛ばした威力が現実のものとなるため、よほどのことがなければ解放してはならないことになっている。

 主に近界の国を完全に殲滅する際などに解除されるが、大河の加減次第ではミサキの外部調整すら弾く場合もあるため対人戦闘においては滅多に外されることはない。

 

 単体ですでに半端ではないトリオンを必要とする戦闘体とその武装に、同等のコストをかけて制御させる。開発初期は一度起動したが最後、どうやっても破壊を振り撒く制御不能の破壊兵器のような存在であったが、地上への被害を気にしなくていい近界ではその性能を遺憾なく発揮できる。

 そうして多大な犠牲の果てに奪ってきたトリガー技術の粋を詰め込まれ、今では制御できるがゆえ(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)、より凶悪な戦闘能力を獲得しているのである。

 

 莫大なトリオン量に飽かせても構築に七日。もしこれを一般隊員に生成させようとすれば半年以上はかかる「神を飲み込む」という名にふさわしい化け物の器と、それを縛る鎖だ。

 

「よーし、仕事の続きだ。……人型はまだか?」

《まだだね》

「…………」

 

 ぐきぐきと首――『フェンリル』には骨に相当する部位が内蔵されている――を鳴らし、大河がため息をつく。

 ウサギの親玉はまだ現れないらしい。レプリカの情報により敵国は『アフトクラトル』とほぼ確定しているが、角を生やした強化トリガー使いとやらは未だに遠征艇に引きこもったままだ。

 

「うーん、ビビらせすぎたか?」

《まぁ、駒として浮かせようとはしてるかもね》

 

 かつての遠征でもよくあったこと。人的被害を抑えるためにトリオン兵をメインに送り続けてくる防衛体制。しかしその場合、敵にとっては止めるべき戦力が大河のみであるため結局はトリガー使いも戦場に出ざるを得ない状況に陥ることになる。

 しかして今はこちらの本拠地(ホーム)。アフトクラトルの狙いは隊員の捕獲らしいので、大局から見れば大河を撃破しなくとも向こうの作戦は成り立つのである。あまりの規格外さに避けられている可能性も考えられた。

 

「しゃーねえ、邪魔しまくって巣穴から出てくるのを待つか」

《ん。警戒区域外のは除外しておいたから、キリキリ働いてね》

「はいはい、了解了解」

 

 いかに威力を抑えても甚大な被害をもたらす大河は、トリガー起動状態において城戸司令の命令なしに市街地に近づくことすら許されていない。かつて玉狛を強襲したのはそれだけの特例であったのだ。

 願わくば、人型近界民が襲来する際にはこちら側でありますように。そう祈りつつ大河はまた戦場を駆けていった。

 単純作業は苦となるが、メインまでの前菜だと思えばまだやる気も出るだろう。

 

 標的を捕捉。破壊。

 

 標的を捕捉。破壊。

 

 アフトクラトルの主力たる新型トリオン兵が無情なまでに壊されていく。

 大砲が吼えれば粉々に、爪が閃けば微塵になって(くずお)れる。

 しばらくのあいだ無心で東部地区ごとラービットを粉砕していると、ミサキの小さな呟きが大河の耳に届いた。

 

《……来た》

 

 周辺に確認できた内の最後の一匹にトドメを刺そうとしていた身体の動きをぴたりと止める。

 

《人型だよ。基地南西部に二体、南部に一体》

「こっちには?」

 

 隠し切れない喜悦が混じった声音の問いに、ミサキはやや嘆息しながらも答えた。

 

《……東部の端にも一体。けっこう離れてるかな。風間隊が応戦してる》

「んー、さてどうすっかな」

 

 ようやく姿を見せた人型近界民(ネイバー)。しかしすでに他の部隊が対応しているらしい。いやどちらかといえばボーダー隊員がいるところを狙って人型が現れたのだろう。なんと羨ましいことに。

 未だ大河の任務はラービットの撃破。ほとんど終えているとはいえ離れた獲物を横から奪うには相応の理由(ヽヽ)が必要だ。

 

「……お?」

 

 しばし悩んでいると、遠くの方で光の柱が空に立ち昇ったのが見えた。あれは緊急脱出(ベイルアウト)の輝き。誰が落ちたのか尋ねると、ミサキが淡々と事実のみを報告する。

 

《風間さんが落ちたみたい。相手は(ブラック)トリガーらしいよ》

「へえ、そいつあ……」

 

 風間が落とされた。A級三位の、そして攻撃手(アタッカー)ランク二位の実力者が。

 しかし大河が興味を持ったのは敵の強さに対してではない。

 近界民。黒トリガー。その組み合わせは、ずっと待っていた存在。もはやそれを放置してウサギ狩りなどしていられる心境ではなかった。

 ではどうするか。風間が落ちたとて己の任務は変わらない。その黒トリガー使いがこちらに狙いを定めれば応戦は許されるだろうが……。

 ふとトドメを刺していなかったラービットに視線をやる。ギギ、と身体を軋ませた半壊状態のトリオン兵を見て、大河は悪辣な笑みを浮かべた。

 

 

 

 




 


 



やり過ぎ感あふれる強化戦闘体設定。後々必要になるので許してほしい。

硬い・重い・なのに早い!これを壊せた黒トリガーはかなり強い設定でした。死んだけど。

 

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