黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第二十話

 

 

 

 空を覆う(ゲート)の数々。

 市街地の人々にかつての大規模侵攻を思い起こさせ、しかし過去のそれを遥かに上回る悪夢の門の数に誰もが戦慄を露わにする。

 

(ゲート)発生、(ゲート)発生。大規模な(ゲート)の発生が確認されました』

『警戒区域付近の皆様は直ちに避難してください』

 

 響き渡る警報とサイレン。そしてそれをかき消すかのような巨大で重苦しい侵攻の音。

 (ゲート)誘導装置はこの事態にもしっかりと役割を果たしてくれていたが、ここまで届いてくる地響きが近界民(ネイバー)の進撃の激しさを物語っている。

 にわかに混乱が始まる最中(さなか)、大河は隣に立っている三輪へ視線もやらずに話しかけた。

 

「残念だがオススメの焼肉とやらはお預けみたいだな」

「そうですね。終わった後でまた来ましょう」

 

 三輪はこの事態にも動揺を見せずに答えた。

 今日は「近界民をブチ殺すために精をつけよう」という名目で三輪が大河を誘い、お勧めの焼肉店へ向かう途中だった。そこで不意に鳴り響いた警報。驚きはしたが近く起こると予知されてもいたため焦ることはなかった。

 けれども昼食を取れずじまいだったのには腹も立つ。が、その怒りもまた近界民にぶつけてやればいい。暴れ回り、腹を空かせてから食べる焼肉もきっと美味いことだろう。

 必ず勝利の美酒として味わってやる、と三輪が壮烈な笑みを浮かべた。

 

「よし、行くか」

「はい!」

 

 逃げ惑う市民の流れに逆らって歩き出す。

 余計な混乱を招かないようにその場でのトリガー起動を控えて警戒区域へ向かう。そういう理由から生身の移動であるが、特に大河は市街地でのトリガーの起動を固く禁じられていた。

 武器を発動せずとも戦闘体自体が異様な破壊力を誇る彼は、ただぶつかっただけで一般人に危害を加えかねない。ついでに民家の屋根を蹴ろうものならもれなく破損、よくてヒビ。いかな非常時とはいえその存在ははっきり言って近界民より性質が悪い。

 

「おーお、もう始まってんな」

「そのようですね」

 

 遠くで迎撃装置の砲撃音などが響き、すでに戦闘が始まっている様子がうかがえた。防衛任務に就いていた部隊ももうトリオン兵の討伐を始めているだろう。

 たしか諏訪隊や来馬隊、東隊などが警戒区域を巡回していたか、と三輪は戦況を脳裏に描いた。さらにいえば今は防衛シフトが入れ替わる時間帯。基地にも数部隊が控えていると思われる。

 彼らが進撃を抑えている間に非番の部隊が間に合えば被害も最小限に抑えられるはずだ。大河と三輪のポケットに入っている隊員用端末も、出撃を急かすように緊急呼び出しのコールをひっきりなしに鳴り響かせている。

 

「ここは基地から東っ側だったか。おまえの配置は?」

「三輪隊は南西地区です。ですが『風刃』も渡されているので本部の指示で変わるかもしれません」

「そか。俺も指示待ちだ」

 

 歩きながら担当地区を確認する。

 特殊な戦力である大河と黒トリガーを扱う三輪はそれぞれ「臨機応変に対処するための備え」としての役割を与えられていた。『風刃』が必要になるまでは三輪は自分の部隊員と任務に就き、大河は最初から本部の駒として運用される。

 おそらく迅や天羽も似たような仕事を与えられているだろう。

 

道は作ってやる(ヽヽヽヽヽヽヽ)、暴れてこい」

「ありがとうございます」

 

 人混みを抜けた二人がトリガーを起動し、その姿が隊服の戦闘体へと換装された。

 今回に限ってはボーダー隊員や市民に混乱を与えないようにするため、大河にもエンブレムが付与されることになっていた。S級、唯一の部隊(ヽヽ)である木場隊のエンブレム。大河の肩に虎模様のサーベルタイガーが牙を剥いている。

 

【挿絵表示】

 

 警戒区域に到着した大河がハイドラを起動させ、レーダーで他の部隊が存在していないことを確認してからその火砲を解き放った。轟音が響き、近界民の進撃を上回るほどの地鳴りが辺りにこだまする。

 

「これでよし。人型近界民がどこに出ても、恨みっこなしだぜ」

「わかってます。ではまた後で」

「おう」

 

 障害物が全て消え去った一本道(ヽヽヽ)を三輪が駆けていく。

 市街地へ向けることを禁じられているハイドラだが、市街地から本部基地のほうに向けていれば放ってもいいだろう。そう解釈した大河が放棄地帯の民家を薙ぎ払って道を作ったのだ。

 あまりの衝撃に市民が遠くで悲鳴を上げていても大河は全く気にも留めていない。しかし三輪を見送ってから届いた通信にはやはり咎めるような声色が滲んでいた。

 

《今のは木場か?》

「あーはい、そうですよ忍田サン」

《放棄地帯とはいえ人の家だ。あまり無茶はするな》

「はいはい。んで、俺はどうすればいいんですか?」

《……、各地に強力な新型トリオン兵が出現している。木場にはそれの対処をしてもらいたい》

 

 悪びれない態度の大河に通信の向こうで忍田が何とも言えない顔をしている様子が伝わってくる。が、すぐさま切り替えて指示を出してきた。

 どうせ言っても聞かないとわかっていたのに加えて、同じS級の天羽も戦場のどこかで似たようなことをしているのだろう。

 

《木場隊はそのまま東部地区を担当してくれ》

「他のトリオン兵は無視しても?」

《おまえの武装はたしかに数を殲滅するのに向いているが、地上で扱うには不向きだ。東部ではもういくつかの部隊も展開している。他のトリオン兵は他の部隊に任せていい。一応手の届く範囲で破壊しつつ、新型を各個撃破していってくれ》

「木場了解。ミサキ、聞こえたな?」

《はいよ~。もらった位置情報送るね》

 

 通信先を切り替え妹につなげると、基本的に基地から出ない彼女はすでに作戦室で準備をしていたらしく即座にレーダーに情報が追加されていった。無数の赤い点、そしてボーダー隊員の反応が映し出される。

 よく出来た妹に笑みを深めつつ大河が地を蹴って、まずは近場の一体目、その新型とやらに向かって走り出した。

 

「新型ってのはどんなやつだ?」

《接触した東さんの報告によると、サイズは三メートル強、人に近い形態(フォルム)で二足歩行。小さいけど戦闘能力が高く、隊員を捕らえようとする動きがある……だって》

「捕獲用トリオン兵か」

《あ、追加の情報来た。レプリカ特別顧問(ヽヽヽヽ)によると、アフトクラトルで開発された『ラービット』ってトリオン兵みたい。トリガー使いを捕獲するためのトリオン兵だって》

「はー、レプリカぱねえな」

 

 トリオン兵自体のことではなくレプリカの保有情報量に驚きながら大きく跳躍すると、レーダーに映っていた通り、その新型トリオン兵『ラービット』らしきものが暴れているのが視界に入った。ショットガンを構えた金髪の男が掴まれ、今にも捕獲されようとしている。

 

「――おらよっと!」

「うぉおっ!?」

 

 助走で民家の屋根を抉りながら繰り出した蹴りがラービットに突き刺さる。さらに大河は足の爪を肥大化させて掴み、その巨体を無理やり押さえつけた。

 荒々しくも助けられたくわえ煙草の男が、転げ落ちた先で驚愕に顎を落とす。

 

「お、おまえどこの隊のやつだ?」

「S級の木場隊だ。ちっと離れてろ」

 

 己の存在はボーダー内でもあまり知られていないと認識している大河は端的に答えつつ、今ももがき暴れているラービットをじっと観察している。

 地に着けた片足の爪も地面に食いこませて新型を強引に縫い付けていると、くわえ煙草の男、諏訪洸太郎から注意が飛んだ。

 

「おい気をつけろ! その新型、電撃も使うぞ!」

「へーえ、電撃ね」

 

 警告されると同時、ラービットの背中に棘が生えて閃光が迸る――が、既にサイドエフェクトで看破していた大河は驚くことなく、また掴んでいる爪を緩めるようなこともしなかった。

 これはトリオンと混ぜられた電気ではない。ならば恐るるに足りず。

 もう焦げたような匂いは経験済みだ。この程度(ヽヽヽヽ)であれば問題にすらならない。

 

「堅さはまあまあ。力も、まあ他の雑魚に比べりゃ大したもんか」

 

 両手ごと抑え込まれたラービットがアスファルトを砕いて足をばたつかせるも、食い込む爪から逃れることができない。むしろ身動(みじろ)ぎする度に装甲の表面に入った亀裂が大きくなっていく。

 大河は確認しているのだ。新型とやらがどんな性能をしているのか、どの程度の脅威となり得るのか。トリオン兵の情報の抜き方(ヽヽヽヽヽヽ)はもう知っている。どんな匂いがしたら、どのような性能を持っているのかだいたい把握できる。

 そしてそれは今、終わった。

 

「はいごくろーさん。死ね」

 

 果てしなく無造作にラービットが握りつぶされる。上半身を砕かれながら輪切りにされたトリオン兵は無残なまでの死に様を晒して沈黙した。

 

「…………」

 

 あまりのあっけなさに先ほどまで苦戦していた諏訪隊は全員が呆けてそのさまを見つめていた。

 アステロイドを弾き、弧月のブレードでも切っ先が僅かにしか食い込まない強靭な装甲。それを紙屑のようにぐしゃぐしゃにした男が使っている武器はなんなのだ。同じトリガーとは思えない。

 そんな疑問が浮かんだ彼らを無視して大河は本部作戦室へ通信を繋げた。

 

「あー、本部ー。今ラービットとやらを破壊した。詳細情報を送る」

《こちら本部、了解した。新型だがバムスターなど大型トリオン兵の中から出現するようだ。サイドエフェクトで感知できればそれらも撃破しつつ任務を続けてくれ》

「なるほど、木場了解っと。ミサキ、できてるか?」

《だいじょうぶ。各部位の装甲強度、運動性能とそれに伴う戦闘能力、あとは電撃ね。嗅覚情報もだいたい把握してまとめたのを送ったよ》

「サンキュー。じゃ、次行くか」

「あ、おい!?」

 

 報告を終えた大河は諏訪隊を放置して飛び去った。

 あの新型は一般隊員なら倒すのにそこそこ苦労するレベルだろう。そう認識した彼は新型排除の命令に従ってそれを壊して回るつもりだ。

 しかしただ命令されたからではない。一般的な戦闘用トリオン兵モールモッドと比較して、何十倍ものコストがかけられていることがうかがえるラービットは明らかに向こうの主力。大量に破壊すれば、近界民(ネイバー)側も痺れを切らして人型がやってくるだろうと判断したのである。

 

「ウサギ狩りか。早く来ないと全滅しちまうぞ、飼い主さんよ」

《付近で東隊がまだ新型と交戦中》

「あいよっ」

 

 レーダーにマークされたポイントに向けさらに跳躍。

 眼下に距離を取ろうとする東隊の二人と、追撃しようとするラービットの姿が捉えられた。

 

「捕捉!」

 

 たった一言放った大河の言葉に『思考追跡』で何重もの先回りをしていたミサキが即座に応える。

 

最低火力(ヽヽヽヽ)

 

 ハイドラ起動。照準補正。付近の隊員に配慮して威力は最低に調整。

 ――準備は万端だ。

 

「ナーイスミサキ、お――っらあ!」

 

 妹の完璧な仕事に支えられ、獰猛に笑った大河が上空からウサギに襲い掛かった。

 降り注ぐ破壊の嵐。威力を殺すために弾速と射程寄りに調律(チューニング)された砲弾はしかし、超高圧で圧縮されたトリオンが炸裂してラービットの装甲を粉砕していく。果てしない弾速に反応もできなかったのかガードもできずに弱点である頭部が吹き飛ぶと、撃たれた勢いのまま民家に突っ込んで動作を停止した。

 

「木場か。助かったよ」

「うっす東さん」

 

 ロングヘアの男が片手を上げて礼を言う。

 大河は東隊の隊長・東春秋とは三輪を通じて既に知り合っていた。軽く手を上げ返して現状を報告しあう。

 

「東ッ側のこれ(ヽヽ)の排除は俺がやりますんで」

 

 その言葉を吐いた男と、ズタボロになったラービットを交互に見る東。

 大河のことは知っていてもその戦闘能力までは知らない東であったが、今は深くは聞かずに努めて短く応答した。

 

「そうか。俺たちはこれから付近のB級と合流して南部地区に向かう。こいつは隊員を"キューブ化"して捕らえる能力があるらしい。既に何人かやられてる、おまえも気をつけろよ」

「了解っす」

 

 まあ、人型が来るまでだが。大河は心の中でそう付け加えてまたその場を後にした。

 跳躍し、捕捉、破壊。

 地下に張り巡らされた通路を避けつつ、まるで流れ作業のように何回か繰り返していると、やや雑音の混じった通信が大河の耳に届けられた。

 

《兄――、本部が強襲――てる》

「あ?」

 

 彼方にそびえるボーダー本部基地。その上空に巨大な影が迫っていた。

 

 

 

 




 



ようやっと戦闘まで漕ぎつけた。

そういえば焼肉寿寿苑の住所が鈴鳴なんですけど、鈴鳴支部って玉狛支部と近い+来馬隊の現着が南西だったことからしてそっちの方角にありそうなんですよね。
今回三輪が行こうとしてたのは最近発掘した違う店ということでひとつ。

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