黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第十九話

 

 

 

 

 会議が終わり、迅悠一は三輪を探してボーダー本部基地を歩き回っていた。

 城戸にも話を通したがサイドエフェクトで視た未来の情報に、三輪に風刃を持たせることによって助かる命があるということが判明したのだ。

 もちろん可能性の話である。しかし風刃を他の誰かに持たせるよりも有効らしきことも推測でき、迅はその(ブラック)トリガーを受け渡すために三輪を探しているのであった。

 

「お、ここにいたのか」

 

 やっと見つけた目的の少年は、屋上で最近仲がよくなったらしき特S級隊員とともに何やら話し込んでいた。三輪と同じ司令直属隊員でもある男の腕には見たこともない鳥型ロボットのような物体。

 はてと首を傾げる迅の存在に気付いた三輪が振り返って声をかけた。

 

「なんの用だ、迅」

「もう『さん』付けもしてくれないのね……。ところでそれ何?」

「おまえには関係ない」

 

 つれない三輪の態度を体現するかのように、鷹の形に似たそれは翼を羽ばたかせて大空へ舞い上がっていってしまった。しかしその動きを見る限り、どうにもトリオン兵の一種であると推測できた。

 近界民(ネイバー)嫌いの三輪はトリオン兵も同じように憎んでいる。そんな彼が見慣れぬ形とはいえトリオン兵に興味を持つのが意外で、迅は少し気になったのであった。

 ともあれ、用事はそのことではない。気を取り直して三輪に向かい合い、

 

「まぁいいや。実はおまえに頼みたいことが――」

「断る」

「早っ。話だけでも聞いてくれよ」

 

 言葉に被せる早さで却下された迅は苦笑しつつ勝手に続きを述べ立てた。

 

「実はさ、今回の大規模侵攻のどこかで、うちのメガネくんがピンチになる。その時に助けてやってほしいんだ」

 

 視えてしまった未来。最悪の場合彼が死亡する可能性すら感じ取った迅は、玉狛の後輩のために今度こそ陰ながら(ヽヽヽヽ)支援しようと決意した。

 たとえそれに必要なのが自分を嫌っていることがわかり切っている少年・三輪だとしても、頭を下げることもやぶさかではないらしい。

 

「三雲が……? ふん、あんたなり玉狛の連中なりに助けさせればいいだろう」

「もちろんそのつもりだよ。でもそれだけじゃ足りないんだ。んで、その時に近くにいるのがおまえの部隊っぽいんだよね」

 

 何かから逃げる三雲たちと、それを援護する玉狛第一の面々。だが木崎をはじめとする実力者はやられるのか足止めをするのか欠けていき、最終的に烏丸京介だけが三雲のそばに残る未来。

 烏丸だけでは脅威から逃れられない。……高確率で。

 どうするかと悩んだ結果、赤く染まった未来に三輪隊の臙脂色を混ぜることでようやくパレット(その先)が明るくなる、と迅のサイドエフェクトは答えを出した。

 

「なあ、頼むよ秀次」

「…………」

 

 頭を下げる迅に、三輪が怪訝な表情を見せる。暗躍が趣味の男だとしても、こうも必死になるとは三輪にとっても少々意外であった。

 

 迅がここまで三雲の安否を気にしているのは、もちろん玉狛の後輩だからという理由が一番大きい。しかしただそれだけではなかった。

 三雲の死はその先の未来を大きく揺り動かす。特に同じチームメイトである空閑と雨取の、健全で楽しそうな前途に亀裂を入れてしまうのだ。

 幼馴染を喪った少女は酷く落ち込み歩みを止め、制御を失った少年は闇雲にその背中を押す。結果起きるのは、迅ですら読み切れない不確かな未来の奔流。

 その内のひとつは、躍起になった彼らが復讐に燃え、いずこかへと姿を消す負の連鎖だった。

 おそらくは、密航。隊長を喪った三雲隊が遠征選抜に受かるはずもなく、他の部隊(チーム)とは組む気のない彼らが選ぶ最悪の未来。

 そんなものが見えてしまっては、放置することなどできやしない。

 

「あと、木場さんもさ」

 

 三輪から色よい返事がもらえなくとも、まだ話の()はある。三輪が城戸司令以外で唯一素直に言うことを聞く人物、大河を巻き込んで、迅は望む未来へのレールを敷き詰める。

 

「木場さんはたぶん、どこからでも間に合う(ヽヽヽヽヽヽヽヽヽ)。おれは知らないけど、なんかそういう移動手段みたいなのがあるんじゃない?」

 

 迅が掬い上げた未来のイメージの中にはもちろん大河の姿があった。が、少々異様でもあった。

 様々な場所で繰り広げられると思しき戦闘、そのどこであっても「存在する可能性がある」のだ。数キロは離れた地区であろうと戦闘に参加できる神出鬼没さ。つまり長距離を高速で移動できる手段があるのだろうと迅は推測した。

 

「あ?」

 

 ついでのように話に交ぜられた大河は素っ頓狂な声を上げた。

 どこからでも間に合う移動手段とは、おそらくグラスホッパーのことだろう。あれは迅との訓練時には使用していなかった。近界(ネイバーフッド)遠征の最中にミサキが試しに操作してみた結果可能となったコンビネーションだ。

 けれども近界民との戦闘に間に合うのは嬉しい予測でも、三雲のことは大して興味がない。大河はジト目で迅を睨みつけた。

 

「三雲ってのはもう正隊員なんだろ? 緊急脱出(ベイルアウト)があんのに死ぬとか、よっぽどの死にたがりか運が悪いかのどっちかだ。んなやつの面倒なんて見てられっかよ。人は死ぬときゃあっさり死ぬ。諦めろ」

 

 ばっさりと切り捨てられて、迅は頬を掻いてため息をついた。だが、話はここからだ。

 

「うーん、溢れる野生感……。でも、メガネくんを助けないと木場さん、かなり悔しがることになるって、おれのサイドエフェクトが言ってるよ」

 

 これも視えた未来。大河が三雲に対してなんの興味も持っていないことからして、あのメガネ少年に関する別の何かがこの男の逆鱗に触れると予想される。迅にも直接的な原因はわからないが、かなり(いか)っている大河の姿が視えたのだ。

 

「なに……?」

 

 三雲を助けないと後悔する? ありえそうにない言葉を反芻してみても、やはり想像すらできなかった。

 果たしてそんな場面があるのだろうか。迅の『未来視』のサイドエフェクトとはいえ、大きく外れることだってままある。他人の感覚(ヽヽ)をあまり信用しない大河は頭の隅に置いておく程度に留めた。

 

 不確かながらも大河を丸め込んだと見た迅は次の()を取り出して三輪に渡した。

 

「そんでさ、メガネくんを助けてもらう代わりと言っちゃなんだけど、これ受け取ってくれないか」

「……これは」

 

 迅に渡されたものに目を落として三輪が小さく驚く。

 黒トリガー、『風刃』。初めて手にしたそれの意外なほどの軽さにも驚きつつ、胡乱な視線を迅にぶつける。

 

「城戸さんにももう話は通してある。今回の大規模侵攻でそれ(ヽヽ)はおまえが持っているのが一番いいっぽいんだ。ついでに風刃の運用のために秀次の配置が変わるとメガネくんのピンチにも間に合うみたいでさ、一石二鳥っていうか」

「ふん、こんなもの――」

 

 要は己を使うためのダシか。心の中でそう断じた三輪が迅の思惑に乗りたくないがために反射的に押し返そうとしたところを大河が止めた。

 

「いーんじゃねーの、秀次」

「……大河さん」

 

 三輪が振り返り、不思議そうな視線を送ると肩を叩かれる。

 

「風刃の能力は地味だが強力だ。持ってた方が、人型をブッ殺すのに使えるかもしれねーだろ」

「それは、そうですけど……」

 

 物騒な理由だったが三輪は驚くようなこともなく風刃を握り締めた。

 今さら殺しの是非など問うまでもない。無差別に殺戮を繰り返してきた男と、それに憧れる少年。それに元より三輪は近界民を殺すつもりでボーダーに入隊したのだ。仮に大河と出会わなかったとしても近界民は殺す。何がなんでも。

 

「…………」

 

 師匠の形見を地味扱いされた迅は苦笑しつつ黙って成り行きを見つめていた。

 ここは任せた方がいい。サイドエフェクトもそう言っている。

 

「使えるもんは何でも使う。さっきのと組み合わせるのも、けっこう相性がいいと思うぜ」

「なるほど。あとでうちのオペレーターにも言っておきます」

 

 さっきの、とは鳥型のトリオン兵だろうか。

 そう思った迅だが声には出さずに二人を見守る。

 

「おう。……しっかし黒トリガー、か」

「そういえば大河さんは起動できないんですか?」

「一回試させてもらおうとしたけどぽんきちさんに怒られた。『黒トリガーを暴発でもさせたら取り返しがつかん』って」

「……たしかにやめといた方がいいかもしれませんね」

 

 それ一つで戦力差をひっくり返せる存在。そんなものをただの起動実験で破壊してしまったら大変どころではない大問題である。

 鬼怒田が止めたのも当然のこと、大河はけらけらと笑って肩をすくめた。

 

「まあとにかく、パワーアップはできる時にしておけよ。いざ近界民を前にして手も足も出ませんでしたじゃ話にならねーからな」

「わかりました」

 

 素直に頷いた三輪は後ろにいた迅に振り向いて、しかし視線は合わさずに風刃をかざした。

 

「これは受け取っておく。だが三雲が助かるかどうかは保証しない。まあ、戦闘の邪魔になるようなら緊急脱出(ベイルアウト)くらいはさせてやる」

 

 不穏な言いようではあったが、それでも三雲が助かる可能性があるなら、と迅は頷いた。

 

「あー……、それでもいいか。よろしく頼むよ」

 

 要求を飲んでくれた礼にきちんと頭を下げて念を押す。

 そんな迅のつむじに向けて、大河はずっと引っかかっていたのか先の話題を振り返した。

 

「おい迅、三雲を助けないと後悔するってどういう意味だよ」

「まだ確定じゃないからなんとも言えない。けど、メガネくんは今後ボーダーにとっても大事な隊員になる。できるだけ気にかけてあげてほしいんだ」

「……はあ、おまえのサイドエフェクトは破格の割に曖昧だよな」

「あはは、しょうがないでしょ。未来は動き続けてるんだから」

 

 大河の呆れたような声に、迅は笑って同意した。

 『未来視』はたしかに便利で強力で、ボーダーの危機を救ったことも何度かあった。けれども迅だって何かを見落としたこともあるし、読み違えることも多々あるのだ。

 神の御業(みわざ)に連なるような能力でも、使うのはただの、一人の、ふつう(ヽヽヽ)の人間。迅はたびたび己をエリートと自称しているが、それはサイドエフェクトがあろうと個人の能力が人の範疇に納まっていることを表わしている。

 

「話は終わりか? だったらとっとと帰れ」

「相変わらずつれないな、秀次は。んじゃ、よろしく~」

 

 二人に背を向けながら、迅は胸の内に燻る焦燥のようなものに違和感を覚えた。

 サイドエフェクトが発動してもよくわからない。先ほど頼んだ三雲のピンチは消えないまでも、燻っているのはそのことについてではないと感覚でわかる。

 大規模侵攻よりもっと遠い未来……果てしなく広がるその流れの(いち)結末に、とてつもなく残酷な破滅が待ち受けているような、不確かな不安。

 しかし自分でもわからないことを言語化できるはずもなく、迅は来たるべき近界民侵攻にのみ気を向けることにした。

 

 

 そして数日後。

 三門市の空を、暗雲が覆い尽くした。

 

 

 

 


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