黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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大規模侵攻編
第十七話


 

 翌年、一月某日。ボーダーが新入隊員を迎えてしばらくたったある日、大河は小会議室に呼び出されていた。

 幹部からは城戸司令、忍田本部長、玉狛の林藤支部長が列席。隊員からは大河の他に風間、三輪が招集されており、そしてA級となった迅悠一がこれから来ることになっている。

 この小会議室はふだん使っているものとは違い、主に()に出せない議題や秘密裏に会合するときに使われるもの。かつては大河の遠征計画を立てた際にも使用された。

 とはいえ今日は特に機密に関して話すわけではない。まあ、公式発表する内容でもないのだが本来使用すべき大会議室で鬼怒田が今回の議題についての準備をしてくれているため、完了するまではここで話し合うのである。

 

 迅の到着を待つあいだ、城戸はモニターに今期入隊した近界民(ネイバー)、空閑遊真のランク戦の様子を映し出して観察していた。

 

「……空閑の息子、か」

「そ、なかなかの腕だろ」

 

 何か含ませるような言い方をした城戸に軽いトーンの言葉がかかる。

 最高司令官に気安い口を利くのはレンズの反射が強すぎる眼鏡とくわえ煙草の男、林藤匠。玉狛の支部長である。彼は城戸とは現ボーダー設立前からの付き合いだ。

 知らぬ仲ではないがゆえに許される緩さ。迅も大河も緩さでいえば似たようなものだが、林藤にはそれ以上の、どこか言い表わせない深みがある。

 そんなかつての同輩の言葉を無視して城戸は対面に座る大河に声をかけた。

 

「木場、おまえの目から見てやつはどうだ?」

「んえ? あー……」

 

 頭の後ろで手を組んでいた大河は突然向けられた話に「強いんじゃねっすかねー」とてきとう極まる答えを返した。これにはさすがの城戸も呆れて言葉もない。

 しかしランク戦に参加していない大河には荷が重い質問であったのもたしかだ。忍田や林藤の前で「いつでも殺せます」なんて言わせるのもあまりよろしくないため、深くは追及しなかった。代わりにこの場でもっとも客観的に見れるであろう風間の名を呼ぶ。

 

「……風間」

「まだC級なので確実なことは言えませんが、明らかに戦い慣れた動きです。戦闘用トリガーを使えばおそらくマスターレベル……、8000(ポイント)以上の実力はあるでしょう」

 

 椅子に座らず立っていた彼が自分の考察を語ると、忍田が驚きの声を上げる。

 

「8000……! ならば一般のC級と一緒にさせたのはまずかったかもしれんな。はじめから3000点くらいにして、早めにB級に上げるべきだった」

「そうしたかったけど、城戸さんに文句言われそうだったからなー」

「…………」

 

 大人たちのやり取りに挟まれつつ、しかし大河はなんの興味もなさそうにそれを聞き流していた。

 近界民がいても、そいつが強かろうが弱かろうがボーダーに入隊した以上殺せないので意味がない。しかも元より死にかけの空閑に対し、大河はもはや一欠けらの価値も感じないのである。

 同じように隣の三輪もかつて憎悪を映し出していた目つきを潜ませ、無言で正面だけを見つめている。

 

「……先日、訓練場の壁にひびを入れた(ヽヽヽヽヽヽ)のも玉狛の新人だそうだな、『雨取千佳』だったか」

「あの子はちょっとトリオンが強すぎてね。いずれ必ず戦力になるから大目に見てやってよ」

 

 最古参二人の会話に大河がぴくりと反応する。

 ボーダー基地の壁はトリオンでできている。そのため通常兵器がいくら攻撃しようとびくともしない。そして大河の莫大なトリオン能力の恩恵に与っている現在では、トリガーだろうと並のトリオン能力者では傷一つ付けられない要塞と化しているのである。

 それに、ひびを入れた?

 静まっていたはずの猛獣の鼻が鳴る。危険な興味が生まれつつあった。

 

「黒トリガーの近界民にトリオン怪獣(モンスター)、そいつらを組ませてどうするつもりだ」

「別にどうもしやしないよ。っていうか千佳が怪獣(モンスター)なら木場はどうなっちゃうんだよ」

「さあ、○ジラかなんかじゃないっすか」

 

 水を向けられた大河がへらりと笑って躱す。幹部たちの回りくどい話に参加するつもりは毛頭なかった。が、そのトリオン怪獣とやらには少しばかり関心がある。

 

「どんなやつなんですか、そいつ?」

「千佳か? 見た目はふつうのちっちゃい女の子だよ。兄さんと友達が近界民にさらわれてて、二人を取り戻したくて遠征部隊選抜を目指してる」

「……ふーん」

 

 林藤に尋ねてみたものの、空閑からすでにその話を聞いている大河にとっては新たに得られた情報が見た目しかなかった。

 

「遊真ともう一人の隊員(チームメイト)の修は、それに力を貸してるんだ」

 

 それも知ってる。そう心の中で呟いた大河はこれ以上意味がないとして再び無気力になり、後頭部で組んだ手に重心をずらした。

 

「近界民にさらわれた人間を近界民が奪還する、か。馬鹿げた話だ。近界(ネイバーフッド)には無数の国がある。独自の調査(ヽヽヽヽヽ)によって国の情報は集めたが、それでもなお被害者は見つかっていない」

 

 例の極秘遠征計画を誤魔化すため、その内容は厳重に隠し通されているが、それでも忍田のような幹部に察知された時のために最終的には『長期の近界調査』という情報だけが見つかるようになっている。忍田や林藤はそれを偽の情報だと薄々感づいていながらも口に出すことはなかった。

 

「まぁ、なんでも目的があった方がやる気が出るってもんでしょ。復讐でも救出でも。なぁ蒼也?」

「……自分は別に兄の復讐をしたいとは思っていません」

 

 林藤に呼ばれた風間は無表情のまま返す。近界民に兄を殺された過去を持つ風間は三輪と違い、その身を復讐に燃やすようなことはなかったらしい。

 

「お? 遠征で少し価値観変わった?」

「自分は今までと何も変わりません。ボーダーの指令に従って近界民を排除するのみです。……変わったと言うのなら」

 

 淡々とした言葉を連ねつつ、風間が三輪を見やる。

 ふだん通りであればこの話し合いに口を挟んでいてもおかしくない三輪が、ずっと黙って聞き入っていたのを不審に思ったのだろう。

 視線を感じ取った彼は風間の方を向き、静かに答えた。

 

「俺も何も変わってはいません。近界民は排除する、それだけです」

「……空閑が近界民であることはもういいのか?」

「司令の決定であれば従います。やつの持っている情報を使えると判断したのなら、俺から言うことは何もありません」

「……そうか」

 

 自分と同じように淡々と答えた三輪から視線を切り、風間は彼の変化にひっそりと眉をひそめた。

 あれだけ復讐に固執していたのにこの落ち着き様。本人が何も変わらないと言ったところでその変化は顕著に過ぎる。三輪にいったい何があったというのか。

 

「…………」

 

 三輪の隣では大河が誰にも聞こえない小ささで口笛を吹いていた。

 ()は深く知らなくとも大河にとって三輪はボーダーで初めてできた弟分のようなもの、先の物言いの言葉に含まれていない部分もきちんと聞き取っている。

 『やつの持っている情報を――近界民を殺すために――使えると判断したのなら』

 三輪は何も変わっていない。ただより効率をとっただけだ。近界民を殺すために必要な情報は、近界民から聞き出すのが一番手っ取り早い、ただそれだけのこと。

 

 にわかに無言が広がった小会議室。しばらくして入口の扉が開いて新たな入室者を迎え入れた。

 

「どもども遅くなりました。実力派エリートです!」

 

 指で空を切りながら席に着く迅。それを認めた忍田が頷き、「本題に入ろう」と両手を机に乗せて立ち上がる。

 

「今回の議題は、近く起こると予測される……近界民の大規模侵攻についてだ」

「大規模侵攻……!」

 

 その剣呑なワードには落ち着き払っていた三輪もさすがに瞠目せざるを得ない。

 今までもトリオン兵は絶えることなく送り込まれてきていたが、大規模と銘打ったからにはそれとは比較にならない戦力が送り込まれてくるのだろう。かつての悲劇のように――

 そこまで考えて三輪は頭を振った。

 ――違う、これから起きるのは悲劇ではない、反撃だ。

 大規模となれば人型もやってくる可能性も高い。その時こそ、研鑽を積み続けてきた己の牙を解き放つ絶好の機会。彼は議題に集中するべく前のめりな姿勢をとった。

 

「まずは事の発端なのだが、……迅」

「はいはい。なんか嫌な未来が視えてね。街を歩いてみたんだけど、どうにも街の人が何かに殺されたりさらわれたりする未来が視えたんだ。ボーダー隊員も何かと戦っている未来が確定してるやつが何人もいる。しかも激しい戦闘だ。つまりこれまでにない規模の侵攻が起きる可能性が高い」

「…………」

 

 説明を受けた風間が無言で頷く。

 迅の持つサイドエフェクトは未来視の力。Sランクの希少度を誇る超感覚である。

 人間に対して発動するためには実際に顔を見なければならず、襲われる者は特定できても襲ってくる者は読み取った情報から類推するほかない。しかしボーダーが激しい戦闘を繰り広げるような相手といえば近界民しかいない、つまりこの組織が手こずるようなトリオン兵の群れか人型近界民、もしくはその両方が侵攻してくることが高確率で予測されたのだ。

 

「襲ってくる国については――木場」

「はい?」

 

 呼ばれると思っていなかった大河が素っ頓狂な声音で反応した。

 

「おまえのサイドエフェクトは強化嗅覚だったな。これ(ヽヽ)から、何か読み取れないか?」

「なんすか、それ」

 

 忍田が取り出したのは小型トリオン兵『ラッド』の残骸。一カ月前、市街地にイレギュラーゲートが開かれた原因である。当時遠征に出ていた大河は後に聞かされたが、これを駆除するのにC級を含む全隊員が駆り出されるという大騒動が起きたのだ。

 

「この偵察用トリオン兵を送り込んできた国が攻めてくる可能性がもっとも高い。どこか(ヽヽヽ)で同じか、もしくは似たような匂いを感じたことはなかったか確かめてほしい」

 

 忍田は偽りの遠征内容を偽りのままに、今現在の議題のために曖昧な表現で追及を避けて尋ねた。ここで藪をつつく意味はない。防衛重視の派閥を形成している彼にとっては大規模侵攻に対する情報はなんであれ欲しい。

 

「ああなるほど」

 

 無意味と知りつつ大河がラッドを受け取った。

 彼が遠征先に選ぶのは広大な近界のうちでも玄界(ミデン)から遠く離れた国々。これから襲ってくるだろう国はおそらくそのどれでもない。

 もしかしたら大河の正体に気付いた国が報復だの考え、惑星の軌道すら無視して無理矢理遠征艇を飛ばして来た、なんてこともあるかもしれないが、その場合はどうやっても持ちこめる戦力が限られるだろう。それこそ「大規模」なんて言えはしない程度に。

 

「ん~……」

 

 一応嗅いでみても、やはり記憶にない匂いがした。

 あの太陽の国製トリオン兵のように外部エネルギーの受給機能など特徴あるものであればすぐにわかるが、市民から徴収・貯蓄されるトリオンによって製造される人形は国によってもそこまでの違いはない。

 だが、このラッドから読み取れる情報は他にあった。

 

()の匂いがするな」

「……! そのトリオン兵は周辺の人間のトリオンを吸収して(ゲート)を開く能力を持っている。それの可能性は?」

「いや、これを構成してるトリオンの匂いっす」

 

 大河のサイドエフェクトのもっとも奇異な部分は、エネルギーであるトリオンを嗅ぎ分けることにある。このラッドからは物理的な匂いはほぼ喪失しており、代わりに吸収されたという多人数のトリオンの匂い、そしてラッド自体を構成するトリオンの匂いがそれぞれ存在していた。

 

「ちっとこれ割りますね」

 

 許可も得ずにトリガーを起動した大河は素手のままラッドを引き千切るようにして割り、その断面に鼻を近づけた。

 やはり人の匂いがする。

 卵状態で持ち運ぶトリオン兵を孵化させるためのトリオン、それを注入するのが遠征に赴いた近界民の役割だ。ラッドにはその匂いの残滓が残っているのである。

 だがそれはふだん防衛任務で倒すバムスターやらも同じ。これだけでは何もわからないに等しい。

 

「これ、他にもあります?」

 

 ゆえに大河は量を求めた。多ければ多いほど情報も増えていく。聞けばこの小型トリオン兵は大量に放たれたとのこと。それならばあるいは――

 

「ほとんどが分解されたはずだが……待ってくれ、今確認する」

 

 大河の要求に忍田が開発室に連絡を入れた。

 ボーダーの貯蓄トリオンには構成員たちのトリオンの他、討伐したトリオン兵を分解したものが含まれている。いわばリサイクルだ。一か月前に駆逐したトリオン兵が残っているとは思えなかったが、通信の繋がった開発室は予想外にもそれを保管していると答えた。

 しばらくすると残っていたラッドの残骸が山のように運ばれてくる。

 

「貯蓄トリオンに余裕があったんで、小さいコレは後回しにしてたんですよ」とは、開発室の職員の言。その膨大なトリオンを供給していた本人である大河は受け取った残骸の山を崩して確認していった。

 

「んー、違うな。これと、これと……あとこれも」

 

 嗅いでは投げ捨て、あるいは机に並べ、大河が小型トリオン兵を分別していく。

 見た目の違いが全くわからない他のメンバーは黙ってその様子を眺めていた。

 

「うん、だいたいこんな感じだな」

「……これは、どういう違いで分けられているんだ?」

 

 ひとしきり終えたらしいところで忍田が問うと、すんと鼻を鳴らした大河は分別した六つのラッドを順番に指さした。

 

「男、男、男、女、男、男。それぞれ違う人間の匂いがします。男のうち一人は若くって、もう一人は爺さんって感じ」

「なるほど……」

 

 城戸が唸るように低く呟く。

 通常、近界民の遠征は玄界とは違ってごく少人数で行われる。でなければ消費トリオンが大きく、帰りには人数が増えている(ヽヽヽヽヽヽヽヽ)ことが前提とされている玄界(こちら)への攻撃が成り立ちにくいためだ。

 このラッドを放った遠征艇に六人もの近界民が搭乗しているとなれば、その攻撃はかなりの規模が予想される。一時期トリオン兵の開発にも着手していたボーダー研究開発室では卵化と孵化の技術もデータに残っていた。いつも防衛任務で討伐している程度の数であれば、一人か二人の人員で充分に賄えることが既に判明している。

 ……それが、六人。

 

「この人数、もしくはさらに多い可能性もあるがこの場合、人型近界民も攻撃に参加してくる見込みが高い。偵察用トリオン兵を送り込んできたとあればやはり大規模侵攻は間違いなく起きると見ていいだろう」

「おそらく爆撃型トリオン兵も同じ近界民が放ったと考えられる。これらを前触れとして対策を講じていこう」

 

 城戸の推察を総括して忍田が言い、会議に参加していた面々はそれぞれ頷いた。

 その中で大河がぴっと手を挙げる。

 

「近界民の情報なら、このために入隊させたやつがいるじゃないですか。こんな時こそ役立てなきゃ」

「……、空閑か……」

「そうそ。あいつまだランク戦ブースにいます?」

 

 渋い顔をした城戸を気にも留めずに聞くと、代わりに風間がモニターを見てふと片眉を跳ね上げた。

 気付いた忍田が顔を向ける。

 

「どうした、風間」

「いえ、その空閑がC級のブースで緑川を圧倒しているようです」

「何……?」

 

 緑川駿。A級では三人しかいない中学生隊員の一人である。

 まだまだ発展途上でありながら高いセンスを持ち、上位部隊に属するだけの実力を兼ね備えている期待の新鋭だ。それを圧倒するとは、空閑の能力の高さも垣間見えるというもの。

 

「……、そろそろ鬼怒田開発室長の作業も終了しただろう。木場、三輪、大会議室に空閑を連れてこい」

 

 小さく嘆息した城戸が二人にそう命じる。

 元より空閑が問題を起こした場合、彼らに一任すると明言していた。別に正隊員との戦闘訓練が隊務規定に違反している訳ではないが、かのブースでは要らぬ騒ぎの一つも起きていることだろう。

 頭の痛くなる話だが、これから役に立つのであれば目の一つも瞑ろう。

 そんな思いが滲み出る声色の命令を受けた二人が立ち上がる。

 

「ういーっす」

「了解しました」

「もし三雲くんが一緒にいたら彼も連れて来てくれ。爆撃型と偵察型、両方の件を体験している彼の意見も聞きたい」

「了解っす」

 

 忍田の追加にも頷いて、大河と三輪は揃って小会議室を後にした。

 

 

 

 


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