黄金の虎   作:ぴよぴよひよこ

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第十六話

 

 

 

「――と、こんなとこか」

 

 

 時おり休憩を挟み、三輪の質問にも答えながら大河が語り終えると既に日が落ちる時刻となっていた。開発室に三輪が来たのは午前のこと。ゆうに六時間以上も話し込んでいたらしい。

 長きに渡る冒険譚を聞き終えた三輪は感心したように息をついてその活劇に思いを馳せた。多少の誇張・脚色があるとしても、事実として大河は近界(ネイバーフッド)の国々のうち少なくとも一つをほぼ壊滅させてきたことになる。

 本当に、殺してきたんだ――

 三輪は(おそ)れより先に敬服の念が生まれた。人として本来ならば忌避すべきこと。認めてはならない最後の一線。なのに心の内に湧いてくるのは胸がすくような感覚。

 

 言葉にすれば……そう――ざまあみろ、と。

 

 近界民に対して怒り、嫌悪する彼はたとえ罪なき民だとしてももはやその命になんの価値も見いだせなかった。姉を奪った次元の向こうを一括りにして絶滅を願う三輪は大河の行いに目を輝かせて息を飲んだのだった。

 

「すごい……ですね。月並みな感想で申し訳ないですが」

「まあしょうがねーよ。俺もちょっとうろ覚えな部分もあったし、最後は結局自爆だったしな」

「木場さんほどの力があっても(ブラック)トリガーは危険な相手なんですね」

「あー……あれはなー」

 

 大河が思い出したように苦い顔になる。

 雷の力を持つ黒トリガー。あれは本当に厄介な相手だった。もし最初からあれが属する陣営に攻め込んでいたとしたら、太陽の国での戦果はもう少し控えめになっていたことだろう。

 

「ありゃ他の国の黒トリガーを含めた中でも一等やばいやつだったからなあ」

「なるほど……他にはどんな黒トリガーがあったんですか?」

 

 興味の湧いた三輪がそう尋ねると、大河は顎に手をやってしばし唸った。

 

「そうだな、基本的に出てきたらすぐ撤退になるから詳細はわからないのが多いんだが……覚えてる限りだと、当たるまで追いかけてくる弓とか、空間を作り変えるトリガーとか……、あとは――」

 

 まるで矢に意識があるかのような軌道で何度でも襲い掛かってくる超追尾の矢。自分に優位な状況を強制的に作り上げるトリガー。

 つらつらと出てくる妙ちきりんな黒トリガーの数々に、三輪は想像すら追いつかず気の抜けたような声をもらしてしまう。

 

「へぇ……」

「あ、おまえ今『なんかショボいな』とか思っただろ」

「い、いえ、そんなことは」

「たしかに中にはショッボいのもあるけど、それでも黒トリガーだぞ。空間を作り変えるっつーのも仮想空間とは違って――」

 

 大河が経験したその性能を語り始めようとした時、二人がいる部屋に通信が届いた。

 

『木場、トリオンの供給が終わった。ご苦労だったな』

「はーい、りょーかいっす鬼怒田さん。……今日はこのくらいにしておくか」

「あ……はい、ありがとうございました」

 

 鬼怒田が告げた終了の通知に大河が立ち上がり、三輪も続いて腰を上げてからぺこりと頭を下げた。

 

「また、木場さんの時間があるときにでもお話、聞かせてください」

「おーいいぞ。俺もボーダーに話し相手いなくってなー。トリガー開発のことは鬼怒田さんとミサキに任せてるし、城戸さんはずーっと無表情で聞いてんのか聞いてないのかわかんないし……」

「ま、まぁ城戸司令はお忙しいですから」

 

 城戸司令が大河の長話に付き合っている様子はどうにもイメージできず、三輪は曖昧にフォローした。

 ボーダー最高司令官たる城戸は各部署の報告をまとめ、時には会議を開き裁可の是非を問われたり、外部組織との折衝や支部とのバランス調整など、さまざまな仕事をこなしている。直属隊員としてその一端に触れた三輪も司令の忙しさを知っていた。

 しかし城戸の冷めた顔に延々と話しかける大河を想像して、彼は少し可笑しく思うのだった。

 

「そうだな。俺は次の遠征が決まるまでは暇だし、おまえの時間が空いたらいつでも連絡してこい」

「はい、ありがとうございます!」

 

 隊員用の端末に個人的な連絡先を登録し合いながらトリオン供給フロアから出る。開発室の最奥にあたるその扉をくぐると、二人の視界の端に青白い光が瞬いた。

 

「あれは……」

「お、さすが鬼怒田さん。もう研究始めてんのか」

 

 大河が感心したように言う。

 おそらく話に聞いた電気とトリオンを融合させるトリガーの実験だろう、と三輪はあたりをつけた。武器に留まらないその有用性はやはり他のトリガーの研究・解析よりも優先度が高いらしい。

 

「どーっすか、そのトリガーは」

 

 ずかずかと近づいた大河が尋ねると、鬼怒田は消えない隈の上で目玉をぎょろりと動かした。

 

「どうも何もありゃせんわい」

 

 睡眠不足からくる血走った眼球と気難しそうな語調が合わさった雰囲気はおどろおどろしく、さすがの三輪も少し怯んでしまう。

 だが鬼怒田が続けた言葉は不機嫌さなど全く感じさせない興奮したそれだった。

 

「これは素晴らしい! 電気と組み合わせるっちゅう発想はわしにもあったんだがな、こいつの完成度は想定以上だ! 加えて外部からのトリオン供給機能、こいつから得られる技術と情報は頭一つ抜けてるどころじゃないぞ」

「そいつはよかった。苦労した甲斐があったってもんすわ」

 

 ギラギラと目を輝かせる鬼怒田に大河がへらへらと笑って返す。

 技術的な話は大河にはわからない。が、己の目的に付随した戦果だろうと褒められれば気分がいいもの。上機嫌そうに手を振って続きを促した。

 

「発電システムはトリガーに組み込むのが難しいんでな、武器としての実装はすぐにとはいかんが……他の草案はもうできとる。配備されればボーダーの防衛体制に革命が起きるぞ」

「へえ……」

 

 やはりあまり理解していない大河の隣で三輪が興味を持ったのか鬼怒田に尋ねる。

 

「隊員にはどのような恩恵があるのですか?」

「うん? そうだな……」

 

 顎に手をやった鬼怒田は己の脳内で思い描いている研究内容の一端を騙り出した。

 

「まず継戦能力が大きく上がる。戦闘体をハイブリッドエネルギーで動かせられれば消費トリオンを大きく削減できるからな。それに今はまだこいつの特殊な波長(ヽヽ)がようわからんからなんとも言えんが、戦闘中にトリオンをチャージすることもできるようになるかもしれん」

「……!」

 

 その話に三輪の眉が上がる。

 彼も防衛隊員として合格するほどのトリオン能力は持っている。しかしそれでも戦いが長引けばやはり心許ないと感じる時もあった。特に鉛弾(レッドバレット)などは消費が激しく、八時間もの防衛シフトでは乱射もできない。

 最初から制限時間のあるランク戦などにはあまり恩恵はないかもしれないが、防衛任務や……いつか訪れるであろう人型近界民と戦うことも視野に入れればこの研究にはぜひとも力を入れてほしいと思ったのだ。

 

「それはすごいですね」

「だろう! まだ計画段階だがボーダー本部基地の発電量を上げることで防衛施設の増強も考えとる。警戒区域外縁に電気柵のようなトリガーを張り巡らせれば大規模な侵攻も抑えられるかもしれんしな。まあその場合電磁波の影響が大きいのと一般人が近づいた時に少し――――」

「あー鬼怒田さん、抑えて抑えて」

 

 滔々(とうとう)と語り始めた鬼怒田の肩に手を置いて大河が興奮を落ち着かせる。止められた鬼怒田はつまらなさそうに鼻を鳴らしたが、技術者が持つある種の性癖のようなもののスイッチを踏んでしまった三輪は心の中でこっそりと礼を言った。

 

「なんじゃここからが面白いところだと言うのに」

「鬼怒田さん熱心なのはいいけど、俺たちにわかんない話も延々とするからさあ……」

「おまえは逆にトリガーへの理解が浅すぎるわい。おまえ専用の武装もいつまでも妹に頼りっきりにするわけにもいかんだろう、少しはだな……」

「はーいはい、わかりましたわかりました」

「おいこら待たんか!」

 

 突如始まった説教から逃れるように早足で歩きだす。大河は後ろに続いた三輪とともに鬼怒田の怒声を背中に浴びながらドアをくぐって廊下に出た。

 

「鬼怒田さんいっつも話長いんだよなー」

「あ、あはは……」

 

 どういう顔をしていいかわからず、三輪は誤魔化すように苦笑を浮かべた。そんな彼へ、どうにか気を取り直した大河は「ともあれ」と歩きながら話しかけた。

 

「あれが実戦配備されれば他の隊員の戦力も上がる。そうすりゃ防衛任務に出る部隊も増えてA級の仕事も少しは減るだろ。したら……おまえもいつか遠征に出られるといいな?」

 

 軽く笑った大河に三輪が頷いて返す。

 元よりA級の三輪隊は遠征の選抜試験に参加する権利を有しているが、彼らはそれに臨んだことはなかった。隊長である三輪が近界民(ネイバー)と交渉するような旅には魅力を感じず、また司令直属である彼にはそれなりに重要な任務が任されることが多かったためだ。

 だが木場隊のような特殊な遠征であれば三輪も興味がそそられる。近界民を虐殺、蹂躙するさまを間近で見れば、己の内に燻る何かも晴れるのではないかと彼は考えていた。

 

「そうですね。……その時は、できれば木場さんの部隊について行きたいですが」

「そりゃどうだろうな。個人ならともかく部隊ごとってのは、情報統制も厳しいし難しいんじゃないか?」

「かもしれません」

 

 木場隊の遠征に一般隊員が続くとなると、それはむしろ足手まといに近い存在となる。大河の話を聞き、実力の一端も垣間見た三輪は無情な現実を見据えつつも、かの冒険活劇に参加してみたいと願ったのだった。

 

 

 

 この日から、三輪は大河を兄のように慕うようになった。

 幾度かの対談を経て名前で呼び合うようにもなり、迷いが吹っ切れた様子の三輪に彼の隊の仲間たちは首を傾げたが、やや雰囲気が柔らかくなった隊長を歓迎してそっと見守るだけに留めた。

 

 二人の出会いが良いものであったかどうかはまだわからない。復讐に燃える少年は虐殺を繰り広げる男に憧れ、その身を戦禍に飛び込ませることになるのかもしれない。

 

 界境防衛機関ボーダーにとっては近界民と戦うための意思であればことさら問題にはしないだろう。たとえそれが市民に公表できないほど後ろ暗き憎悪であったとしても……。

 うら若き少年少女を中心とするこの組織は世間の評判と異なる面も持ち合わせている。

 限りなく低い可能性とはいえ死と隣り合わせの戦場。かつて空閑を発見し敗北を喫した時に米屋が言った「殺そうとしたのだから殺されても文句は言えない」とは、冗談でもなんでもないただの事実だ。……いや、多くの隊員はそこまでの覚悟を決めてはいないのだが。

 

 しかし、とにもかくにも、近界民にとってははた迷惑な邂逅になるであろうことは言うまでもなかった。

 

 

 

 




 


悪の道に身を落とすシスコン(シリアス)。

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