Fate/insect's reborn   作:みらわか

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アルトリア顔担当の登場です。


Ⅶ 剣兵

「やった…… やったぞ」

メンフィス郊外の古代遺跡。この地の大聖杯・"(ネグル)"にほど近いこの場所。今、スティーブン・N・ノースハイドは、この戦いに参加する最後のサーヴァントを召喚した。

巻き起こる土煙の向こうに見えるシルエットは些か小柄ではあるが、中国の高官風の衣装から、目当てのサーヴァントは間違いなく呼び寄せることが出来たと見ていい。

この日この時まで、どれほどの苦しみを味わってきたことか。曾々祖父がエジプトを出奔して時計塔に至ってより五世代、今やノースハイド家の末裔は彼一人となってしまった。

魔術的な実力に問題があった訳ではない。ただ、彼らの魔術は、協会の魔術師とは反りが合わなかったのだ。

エジプトの神官魔術を起源とする彼らの魔導は、呪術的な要素が強い。それを快く思わない魔術師たちがノースハイド家に嫁や婿を寄越すことなどほぼ皆無。加えて劣悪な胎盤による遺伝的な劣化も始まり、最早この家に微塵の救いの道もなかった。

実験中の事故で左目と左腕も失い、絶望し、酒に溺れていたスティーブン。だが、希望は突然にして訪れた。

いつも通り、散らかった洋館の中で、二日酔いの頭痛に悩まされながら迎える朝、彼の右手に現れた紋章は、彼の遠い日の記憶を思い起こした。

『スティーブン。私たちの家柄はな、誇り高い神官の出なのだーー』

病床にあった曽祖父が語り聞かせてくれた、エジプトの秘儀についての伝説。勝者は永遠の命を手にする、8人の神官たちの戦い。その参加者の証ーー『令章(れいしょう)』に、その血の塊は酷似していたのだ。

しかし、貧しい身でどうやってエジプトへ行こうかと悩んでいた矢先、またしても救いの手は差し伸べられる。アトラス院が旅費と滞在費を全額負担してくれるというのだ。これは渡りに船、と意気揚々とエジプトに降り立ち、そして今、館の倉庫をひっくり返して見つけ出した古い剣を用いて、ついに彼は戦いの準備を整えた。

この英霊が味方になるなら、そうそう負けることはないと見ていい。かつて漢の高租・劉邦と中華の覇権を争った武将、項羽。他の神官どもを見渡しても、これほど戦いに向いた英霊を呼び寄せた者はいまい。

ほら、もう煙が晴れる。我が家門の希望よ、そして私の希望よ、その姿を拝ませてくれ。一刻も早く、私の勝利を確実なものとしてくれーー

しかし。

「…………は?」

煙の先に立っていた人影に、その容貌に、彼は唖然とした。

「問おう。貴様が、俺のマスターか?」

そう不遜に言い放ったのは、小柄な若い女性だった。確かに、漢王朝の役人らしき衣装を纏ってはいるが、それを大胆に着崩して、豊満な肢体をこぼれんばかりに主張している。

髪の色は金。顔は東洋系とは程遠く、むしろスティーブンのような西欧系民族の、美人である。ただし、常に浮かべるいやらしい笑みが、その美貌を台無しにしているが。

「お、お前は……本当に、項羽、なのか……?」

あまりに予想外の事態に戸惑いを隠しきれないスティーブン。それだけのことしか言えず、立ちつくす彼に、女は口の端をさらに上げる。

「ああ、そうだとも。何だぁ? 中華稀代の名将が、実は女だったことが、そんなに意外かぁ?

……まあ、無理もねえか。それより、質問してるのはこっちだぜ。てめえが俺のマスターかって聞いてんだ」

「あ、ああ……」

「フン、気の抜けた返事しやがって。それがこれから殺し合いする奴の態度かねえ」

ぼりぼりと頭を掻いて、項羽(?)はその場にしゃがみこむ。

「お前、名前はなんと言う?」

「ス……スティーブン。スティーブン・ナイゼル・ノースハイドだ」

「ほーう。俺は項羽。職種は『剣兵』……いわゆる『セイバー』だな。よし、これで契約成立だ。これからよろしくな、スティーブン」

「う、うむ。よろしく」

ようやく心の整理がついて、まだまともな返事を返せるようにはなった。

しかし驚いた。あの勇猛果敢な武の人とされた西楚の覇王が女だったことももちろんだが、なんというか、内面もあまりにイメージと違いすぎる。覇王と名乗るのだからもう少し威厳のある人物かと思っていたが……こんなにも脚を開いて……着物の前がはだけて、見えてる。黒いきわどいのが。むしろ見せにきている、これは。

「おい」

「……む、何だね?」

「てめえが俺の胸だの股だのをエロい目で見てたのは置いておくとして」

「……」

完全にお見通しだった。さすがは英霊。

だが、そんな彼の動揺を全く気にもせず。セイバーは、戦士の目つきで、キッ、とスティーブンの目を見据えた。

「てめえは、不死になって、いったい何をしようと思ってる?」

それは自分の主を見定める目だった。これから共に戦う、自らを扱う者が、いかなる器を持っているものか、と。

少しの恐怖がスティーブンを取り込みかける。だが、己が家の誇り、そして己の誇りである理想を思い出し、彼はセイバーを視界のある右目で睨み返した。

「もちろん、『根源』への到達を目指す」

「は? 根源?」

「ああ……根源というのはまあ、魔術の力の源みたいなものさ。神官はどうか知らないが、魔術師は皆、それを目指している」

冬木の聖杯戦争と違い、(ディアハ)は根源に至るためのものものではない。勝利した神官には永遠を、英霊には受肉を。それだけのエンターテインメントだ。

しかし。

「私は永遠を手にすることで、そこに至るための時間を得たいんだ。眼球ひとつ、腕一本を代償に、私は根源への微かな道筋らしきものを手にした。だが、その実現には途方もない時間が必要になる。私一人の代では当然不可能、十代先でも危ういくらいのな。

だが、それほど待っていられるか。達成される頃には私はあの世だ。そんなことが許せるか? 方法を発見したのは私だというのに、私に栄光が与えられずなんとする」

自分の代で行えないことを子々孫々と受け継ぎ、後の世代に任せてゆくのが魔術師としての常道。しかし、彼は違った。

功名心。認められたいという欲望。五代に渡って地の底を這ってきたノースハイドの家の出だからこそ、彼は人一倍その欲求が強かった。

無論、彼の代で家が終わってしまうかもしれないという焦りもあったが。

「なるほど。野心のために、か」

セイバーは、人を嘲るような笑みに、少し、ほんの少し感心(・・)の色を含ませた。

「気に入ったぜ。いつの時代も、人類を成長させるのはてめえみてえな奴だ。野心ってなぁ人を食い潰すこともあるが、挑まなけりゃあ夢は叶わねえ。てめえの『欲望のエナジー』、確かに感じたぜ」

「おお……そうか」

それほど高く評価されるとは思わず、スティーブンは、にわかに気持ちが浮き立つ。

「まあ、俺には敵わねえだろうがな」

「なんだそりゃ……」

上げて落としてきたセイバーに少し幻滅して、ため息をつく。久々の他人からの高評価にせっかく心が躍っていたというのに、なんなんだこいつは。

「そういうお前は、受肉していったい何をしたいんだ」

投げやり気味に問うと、相手は、「くっくっく」と不気味に嗤う。

「くくく……俺の野望か? 聞いて驚け。それはな……

『世界征服』だ」

「……はあ……」

スティーブンは、ため息の色をさらに濃くした。

「あァ!? てめえ、何がくだらねえってんだ! 理由によっちゃあブッ殺すぞ」

「いやそれは困るが……なんだか、よくあるヴィランのようだと思ってな。ありきたり、というか……」

「ンだとコノヤロウ!?」

アメコミやジャパニーズ・ヒーローで耳にタコができるほど聞いてきたワードだった。

「だいたい、世界を自分のモノにしてどうするっていうんだ」

蔑みの視線を送るスティーブン。しかし、次の瞬間、彼の背筋に悪寒が走った。

「分かってねえなぁ……ソレ以上、満足なことなんてねえじゃねえか」

セイバーは今までのように嗤っていた。だが、眼光が違う。飢えた獣のように凶暴で、近づく者みな喰らい尽くすような『闇』を、彼女の瞳が(たた)えていた。

「この世界全て、俺のものになるんだぜ? 人も、建物も、自然も、全てが俺の所有物。時にとろけるように愛でて、時にめちゃくちゃに蹂躙して、飽きたならポイと捨てて。それが世界のすべてに対して自由なんだ。それが『俺のモノ』ってことだ」

自らの欲望に、セイバーはぞくぞくと震え始める。

「ああ……想像しただけで、滾ってくるぜ。どんな美しい女も、荘厳な神殿も、流麗な滝だって。征服して、犯して、壊すんだ。それがどれほど愉しいだろうよ……」

ペロリ、と舌なめずりをするセイバーに、スティーブンが一抹の恐怖と後悔をおぼえはじめた矢先。

「……あっと、悪い悪い。トリップすると止まらねえタチでよ……まあ、そういうわけだ」

セイバーは、唐突に平静に戻ったのだった。

「改めて、よろしくな。互いの野望の第一歩のため。共に戦う仲間として、貴様を認めよう」

「…………」

すっ、と差し出された右手に、スティーブンは戸惑う。

「どうした? 現代人は協力の証に、こうするんじゃあねえのかい?」

彼女の手を取ってしまったなら、自分はもう、平穏な生活には至れなくなるのではないか。そんな確かな予感があった。ただ修羅の、外道の道を歩んでゆくしかなくなるのだ、と。

理性と本能の両方が、その手を取るなと囁いている。その先に進めば、待つのは地獄だけだと。

ーーけれど。

「ああ、いや。こちらこそ、よろしく頼む」

そうまでしても、遂げたい理想が、否、野望がある。誰にも渡したくない栄光もまた、きっとその先に。

がしり、と、二人の野心家は互いに手を握りあった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

彼が見せた素顔の片鱗に、彼はまだ気づかない。


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