世界_version_艦これ   作:神納 一哉

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簡易コンテナ:鎮守府間で少量の資材等をやりとりしたりする際に使用する、手漕ぎボートに小型コンテナを載せた曳航用コンテナボート。

艦娘寮:基本的に一人部屋です。姉妹艦で隣接した部屋を使う場合、申請すれば部屋の間の壁を取り払うことも可能です。(洗濯事情から各部屋の扉はそのままです)

各鎮守府の隣(実際には敷地内の隅の方)には憲兵隊が常駐しています。(憲兵隊内では地名+分隊と呼ばれます。一分隊は三小隊から成り、一小隊は十人編成なので三十人が常駐しています。この世界では女性の憲兵も多いです)鎮守府の門衛や軍紀違反の取り締まりなどをしています。(第一話でとある鎮守府の大淀が電話していたのはとある分隊)慣例として鎮守府の門衛は女性の憲兵が行っています。


8 比叡

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壱百弐拾八日前 一〇:〇〇 パラオ鎮守府 司令室

 

「司令、お呼びですか?」

 

「比叡。かねてよりお前から進言のあった大型艦建造についてだが、場合によってはラバウルから資材を回してもらえそうだ」

 

「本当ですか?」

 

「そのためには、お前の献身が必要になるのだが」

 

小さな笑みを浮かべ、パラオ鎮守府の提督は比叡を見る。

 

「献身、と言いますと?」

 

「文字通りの意味だよ。大型艦建造のために協力してくれるラバウル鎮守府に異動だ」

 

「転属ですか?」

 

「そういうことだ」

 

「私がラバウルに転属するのに大型艦建造はパラオで行うのですか?」

 

「お前にとって悪くない話だと思うぞ。ラバウルには金剛がいるみたいだからな」

 

「ラバウルには金剛お姉さまがいらっしゃるのに、私も呼ばれたのですか?」

 

「ラバウルの提督は大艦巨砲主義者だからな。俺は機動艦隊を持ちたいのだがここには正規空母がいない。あちらが欲しいのは戦艦で、こちらが欲しいのは正規空母。ここまで言えば理解できるか?」

 

「わかりました」(私は厄介払いされたというわけですね)

 

比叡はパラオ鎮守府に着任してから、まだ一度も出撃したことがなかった。今までその理由はわからなかったが、パラオ提督にとって戦艦である比叡は戦力外だったのである。

 

「では比叡、ラバウル鎮守府への異動を命ずる。準備が整い次第、ラバウルへ向いたまえ」

 

「了解しました。簡易コンテナを一ついただいてもよろしいでしょうか?」

 

「ああ、構わない」

 

「では、失礼します」

 

敬礼をして司令室を出る。それが比叡とパラオ提督との最後の会話だった。

 

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壱百弐拾七日前 一四:〇〇 ラバウル鎮守府 司令室

 

「金剛型戦艦二番艦比叡、着任しました」

 

「ご苦労。私がラバウル鎮守府の司令官だ。秘書艦に鎮守府を案内させる。じきに来るから比叡はソファーに座って待て」

 

「はい。では失礼します」

 

促されるまま、扉に背を向けてソファーに座る。

 

「私は少し席を外す。秘書艦が来たら鎮守府の案内をしてもらってくれ。新人が来るとは伝えてあるから」

 

「はい。わかりました」

 

ラバウル提督が部屋から出て行くと、比叡は小さく首を傾げた。

 

(なんだか変な感じです。パラオの司令は戦艦が必要とされているようなことを言っていましたが、歓迎されているようではありませんでしたし)

 

コンコン

 

「テイトク。失礼するネー」ガチャ

 

扉がノックされ、間を開けずに誰かが部屋に入ってくる。比叡は立ち上がって振り向くと、相手を見ずに敬礼をしながら自己紹介をした。

 

「本日付でラバウル鎮守府に着任しました、金剛型戦艦二番艦比叡です。よろしくお願いします!」

 

「……嘘」

 

相手の呟きを聞いて視線を向け、それから比叡も同じように呟いた。

 

「……お姉さま?その恰好はいったい?」

 

「比叡。ここに着任したって本当?」

 

「はい。パラオ鎮守府から異動になりました。それよりもお姉さま、その恰好はいったい?寝坊でもしたのですか?」

 

答えながら、比叡は目の前にいる自分の姉の格好について質問した。下着が透けて見える薄紅色のネグリジェ姿というのは、この場所には相応しくないと思ったからだ。

 

「ここでは、海上に出るとき以外はこれが制服デース。だからみんな、普段はなるべく自分の部屋に籠ってるネー」

 

「はい?それが普段の制服?」

 

「比叡も自分の部屋に行けば制服が置いてあるからそれに着替えるのデース。さあ、行きますヨー」

 

「ちょ、ちょっとお姉さま!?」

 

有無を言わさず金剛は比叡の背中を押して司令室を出る。そして寮の方に向かいながらそっと囁いた。

 

「とりあえず部屋で詳しい話をするネ」

 

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壱百弐拾七日前 一四:三〇 ラバウル鎮守府 比叡私室

 

「靴は、サンダルですか…」

 

身に纏っていた艦娘の制服を脱ぎ、金剛と同じ薄紅色のネグリジェを着た比叡は、ベッドサイドに置かれていたサンダルを見て呟いた。

 

「お姉さまと同じ格好とはいえ、恥ずかしいですね」

 

サンダルを履いて小さくため息をつき、それから扉の外に声をかける。

 

「お姉さま。着替えました」

 

「お邪魔するネー。オー、比叡。とっても可愛いネー」ガチャ

 

「あ、ありがとうございます」

 

後ろ手で鍵を閉め、金剛は比叡の側へと真っ直ぐに歩いてくる。そして耳元で囁くように言った。

 

「比叡。アナタ、前の鎮守府で夜伽はしたことある?」

 

「は?何ですって?」

 

「テイトクに抱かれたことがある?」

 

「お姉さま、いったい何を言っているんですか?」

 

「比叡。真面目に答えるネ。抱かれたことはあるの?」

 

「………そういった経験はありませんけど」

 

「オーマイゴッド」

 

頭を押さえて首を振りそう言うと、金剛は比叡を正面から抱きしめた。

 

「比叡。私たち艦娘は基本的にテイトクの命令には従わなくてはイケマセン。そして、このラバウルでは夜伽も基本的な業務デス」

 

「だから普段このような服を着ているのですか」

 

「普段はこっちの制服を着ていないと、食堂も、大浴場も使用できないのデス」

 

「徹底しているんですね」

 

「比叡、アナタやけに落ち着いてるネ」

 

「まあ、司令ってどこも同じみたいですから。ここの司令は全員に手を出すタイプなのですね」(パラオの司令は初期艦の子に夢中でしたし)

 

「比叡、落ち着いて聞いてクダサイ。最初は確かにテイトクに抱かれていたけど、最近はスポンサーに夜伽をするのデス。そして艦娘のバージンはスポンサーの皆さんでオークションにかけられるのデス。これも立派な仕事デス。そう思わないとやってイケマセン」

 

比叡の頭を撫でながら震える声で金剛は囁く。

 

「夜伽は仕事と割り切ってしなければいけないけど、バージンを売るのが嫌なら、ワタシがここでアナタのバージンを奪ってアゲル。ワタシにはそのくらいしかできないから…」

 

「お姉さま…」

 

「時間がアリマセン。どうする?比叡」

 

「…お姉さま、ありがとうございます。でもパラオの司令から私は処女だって連絡が来ているでしょうから、お姉さまのお気持ちだけいただいておきます」ニコ

 

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七拾八日前 二三:〇〇 ラバウル鎮守府 艦娘寮 来賓室

 

ラバウル鎮守府の艦娘寮の一階にある一部屋。その部屋の中央で、素っ裸の中年の男が憲兵に取り囲まれ、その背中に銃口を突き付けられていた。

 

「どういうことだ!?儂は客だぞ!」

 

「客、ですか。そもそも一般人が軍事施設にいること自体おかしいのですが」

 

「儂はここに多額の寄付をしておるのだぞ」

 

「…それでは罪状に贈賄も追加ですね」

 

「なんだと!?」

 

「鎮守府ってのは機密事項の塊でしてね…」

 

パン、パン

 

憲兵の声を遮るように乾いた発砲音が聞こえてくる。

 

「とまあ、お聞きの通りたった今、ラバウル提督は軍規違反・機密漏洩・収賄の罪でグラウンドで処刑されました。貴方も機密漏洩・贈賄の罪で同じことになりますが、目隠ししますか?」

 

「ちょ、ちょっと待ってくれ!冗談だろ!」

 

「目隠しは必要ないですか。では速やかに刑を執行。連れていけ!」

 

「儂だけじゃない、儂だけじゃないのに!!」

 

「貴方のお仲間は既に捕縛済だから、一足先に地獄で待っていますよ」

 

「いやだああああああああああああああああああああああああああ」

 

泣き叫ぶ裸の男を無表情で引きずっていく仲間の憲兵を見送ってから部屋の扉を閉めると、憲兵はベッドに視線を向け、自分のことを相手に知らせるために帽子を取って長い髪を外に晒して声をかけた。

 

「海軍省軍令部からの通報で憲兵本部から派遣された中尉です。貴女はラバウル所属の艦娘で合ってるかしら?」

 

「……お客様。なにか不手際でもございましたか?」

 

一糸纏わぬ姿の艦娘らしき女性は、虚ろな眼差しで男との行為の残滓で汚れたままの身体を隠そうともせず呟いた。

 

「いえ、貴女の名前を聞いているのだけれども」

 

「私?私は金剛型戦艦二番艦、比叡です。気合、入れて、ご奉仕します」

 

「いや私、女だし。っていうかそんなことに気合入れなくていいから。ちょっとやめて、ベルトに手をかけないで!うひゃあああ、これは一時撤退!!」

 

中尉は一目散に扉に向かって逃げ出し、振り返って比叡を見ると彼女は床にへたり込んで嗚咽を漏らしていた。

 

「私、駄目な子です……」

 

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七拾八日前 二三:三五 ラバウル鎮守府 司令室

 

「それでは、本日フタサンサンマルをもってラバウル鎮守府の提督代理に金剛を任命する」

 

「拝命シマシタ」

 

海軍省軍令部との通信を終え受話器を置くと、金剛は机の上にあるマイクのスイッチを押す。

 

「業務連絡ネー。本日フタサンサンマルをもってワタシ金剛がテイトク代理になったネ。ということで最初の命令ネ。今までの制服は廃止。みんなすぐに艦娘の制服に着替えるネー。でも時間が時間だからパジャマでもOKネ」

 

「今までの制服って?」

 

憲兵の中尉が尋ねると、金剛は薄紅色のネグリジェを摘んで片目を閉じた。

 

「コレ。ワタシも着替えてきたいところだけど、それよりも今は大切な話があるネー」

 

「いえ、着替えてきても大丈夫だけど」

 

金剛は小さく首を振って真っ直ぐに中尉を見る。

 

「憲兵本部のアナタに頼みたいことがアリマス。憲兵本部に帰る前に、海軍省軍令部にワタシの妹を連れて行ってクダサイ」

 

「貴女の妹?」

 

「アナタが踏み込んだ部屋にいた比叡デス」

 

「ああ、金剛型戦艦二番艦って言っていたわね。でもどうして?貴女、妹が可愛くないの?」

 

「可愛いに決まってイマス。だからこそあの子を軍令部に連れて行って欲しいのデス」

 

「どういうこと?」

 

怪訝そうな眼差しで金剛を見る中尉に、金剛は静かに口を開く。

 

「比叡はもともとパラオ鎮守府の艦娘デシタ。それを前のテイトクとパラオのテイトクとのトレードでココに配属されマシタ。比叡が配属されたとき、ココは既にコレを制服として、スポンサーに夜伽をするお仕事が一般的になってイマシタ。そして、比叡はバージンだったため、比叡のバージンはスポンサーのオークションにかけられマシタ」

 

「ちょっと待って。そんなこと容認したの?」

 

「ワタシたち艦娘は、基本的にテイトクの命令には絶対服従デス。それはアナタもよく知っているはずデス」

 

「確かにそうなんだけど、なぜそこまで…」

 

艦娘の盲信ともいえる提督への服従は、他の鎮守府でもよく見てきた。中尉が言葉を継げずにいると、それを察してか金剛が続ける。

 

「ワタシたちは兵器デス。アナタの腰にある銃と一緒デス。艦艇として指揮官に従うのは義務であり艦娘の基本行動デス。テイトクが司令官として行動している間は、女扱いされても、鎮守府の維持のための交渉の材料に利用されても文句はイエマセン」

 

「娼婦のようなことをさせられた時点で軍隊からは逸脱していると思わなかった?」

 

「艦娘が女の姿なのは男に抱かれるのも立派な仕事だからだ。そう言われて納得してたネ」

 

「質が悪いわ」

 

「適度に遠征や哨戒任務も行われていたから、近海に敵は来なかったし、司令官としては落ち度がなかったデス。だから制服や夜伽に関しては仕方のないことだとみんなは思っていたネ。比叡にも説明したらどこの鎮守府も同じようなものって言ってマシタ。それでも初めてがオークションなんて嫌だろうから、そうなる前にワタシがバージンを奪ってアゲルって言ったんだけど、比叡はパラオのテイトクからバージンって連絡が来てると思うから気持ちだけ受け取っておきますなんて言って覚悟を決めたようデシタ」

 

まるで告解をするかのように、金剛は続ける。

 

「比叡はワタシが思っていたよりもずっと純粋で真面目デシタ。オークションにかけられてロストバージンした次の日、比叡は屈託のない笑顔で言いマシタ。『お姉さま。私、やっと艦娘のお仕事が出来ました』と。それを聞いたときワタシは後悔したネ。比叡は前の鎮守府でも艦娘として任務をしたことがなく、ラバウルでスポンサー相手に夜伽をすることを、初めて艦娘としての仕事を全うしたと思ってしまったのダカラ」

 

金剛の頬を涙が伝い落ちる。

 

「夜伽も立派な仕事だと、ワタシは比叡に言いマシタ。そう思わなければやっていけないからネ。でも純粋だった比叡はそれを真面目に受け取ってしまいマシタ。ワタシは比叡を、可愛い妹を壊してしまいマシタ」

 

涙を拭おうともせず、金剛は中尉を真っ直ぐに見つめて言葉を続ける。

 

「ワタシやラバウル鎮守府の罪は消えないネ。でも、元々ラバウル所属の艦娘は新しいテイトクの元でやり直すことができるはずデス。比叡は本来ココの所属ではなかった艦娘だから、一度ラバウルから離してあげたいし、軍令部にも環境によっては艦娘がこんな風に壊れてしまうということを知ってもらいたいネ」

 

「わかりました。比叡は海軍省軍令部に連れて行きます。比叡の荷物は憲兵本部の96式に積んでください。準備ができ次第すぐ海軍省軍令部に戻りますので比叡にはC-2に乗ってもらいます」

 

「比叡を、よろしくお願いシマス」

 

金剛は頭を下げると、秘書艦の机へと歩いて行きその上にあるマイクのスイッチを押した。

 

「戦艦比叡は司令室に来てクダサイ」

 

館内放送で比叡を呼び出してからハンカチを取り出し、自分の顔を拭いて目を閉じ、小さく呟いた。

 

「ワタシはラバウルのテイトク代理として、比叡を海軍省軍令部に異動させマス。ダメな姉だけど、比叡に安息が訪れることを心から祈ってイマス」




スポンサーの男は個人所有のクルーザーを埠頭に着岸させて、そこから鎮守府に入っています。基本的に陸側は憲兵隊が見張っているため、正門からは関係者しか訪れません。

96式:96式装輪装甲車(現代の装備の年式は英数字表記します)陸軍や憲兵隊が使用しています。

C-2:C-2輸送機 憲兵本部で使用しているものには96式が一台積まれています。海軍で使用しているものには入渠ドックが積まれているものもあります。

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