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参拾弐日前 一一:〇〇 幌筵鎮守府 懲罰房
大勢が階段を降りてくる足音と、扉が開かれる音。
(……誰か来た。提督?)
天井のフックに掛けられた鎖。その先にある足枷と、それに戒められた逆さ吊りの全裸の少女。アッシュブロンドの長い髪は筆のように床に向かって垂れ下がり、薄汚れた顔のその瞳は閉ざされている。
身体の至る所に青黒い打撲痕や、首や腕、胸や太腿には強く締め付けられたり握られたりしたのであろう、手形状の痣が付いてる。
肢体に残る体液の混合液の残滓が、彼女に行われたであろう暴虐行為の酷さを物語っていた。
「うわ……。酷い」
「明石、ワイヤーカッター!早く!!」
「あ、はい!!」
「島風!おい、島風!」
いきなり上半身を起こされ、身体を揺さぶられる。だが、島風は反応を返さなかった。
(また苛められるのなら起きたくない。耐えられなくなるまで目を開けないでおこう)
「摩耶さん、鎖を切りますので島風ちゃんを支えてください」
明石に言われ、摩耶は島風の首の後ろに右腕を入れて抱き上げ、左腕を膝裏に添える。
「OK。いいぞ」
ガシャン
「…っと。よし、息はあるからこのままドックに連れていくぞ。枷は工廠妖精さんに外してももらう」
「高速修復材使っていいからね」
「そんなの当たり前だ!」
(あれ?抱っこされて、階段を上っている?地下室から出られるの?)
薄く目を開けると、太陽の光が眩しくてすぐに目を閉じた。
「……ま、ぶ、しい」
聞こえてきたのは自分のものとは思えないしゃがれた声。
「わた、し、どう、し、ちゃ、たの?」
「島風、今は喋るな。すぐ入渠できるからな。そうすれば治るから……」グスッ
島風の頬で温かな滴が弾ける。
「ま、や、さん」
「喋らなくていい…。すまねえ、島風、ホント、すまねえ…」グスッ
そんな摩耶の涙声の謝罪を聞いているうちに、島風の意識は薄れていった。
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参拾弐日前 一一:三〇 幌筵鎮守府 入渠ドック
扉から外に出て、手を握ったり開いたりしてから、屈伸運動をしてみる。
「うん。どこも痛くないし、声もおかしくないね。高速修復材って凄い」
大きな伸びをひとつしてから工廠へ向かって歩き始めた。潮風が心地よく感じられる。
(私、何日ぶりに歩いてるんだろう?お腹も空いているなあ。…とりあえず連装砲ちゃんを迎えに行って、それから食堂に行ってご飯を食べようかな)
そんなことを考えながら歩いていると、工廠からこちらに向かって歩いてくる人物と目が合った。
「よお、島風。もういいのか?」
「摩耶さん。おかげさまでこの通り」
「ほら、お前たち、ご主人様だぞ」
「しまかぜふっかつ」キュイ
「ボクたちごうりゅう」キュイ
連装砲ちゃんたちが摩耶さんの両手から飛び降りて島風の頭と腕に飛びつく。
「島風なら迎えに行くと思ったからな。ドックまで連れて行ってやろうと思ったんだが、島風の方が早かったな」
「うん。ありがとう、摩耶さん」
「いいっていいって」
「私お腹空いたから食堂に行くけど、摩耶さんも行く?」
「ん?じゃあ付き合うか」
行き先を食堂へと変更して並んで歩き出す二人。暫くの間は無言だったが、島風が小さく尋ねる。
「今、提督は誰?」
「大井鎮守府から来た少佐殿が提督代理をしているけど、多分このままここの提督になるんじゃないか?」
「代理が来てるってことは、提督は逮捕されたってことだよね」
「ああ。憲兵がしょっ引いていった。今度はアイツが軍令部の懲罰房行きだな。…と、すまねえ、変なこと言った」
「ううん。大丈夫」
島風がそう答えた後、どことなく気まずい雰囲気のまま、二人は食堂へと辿り着いた。
「あ…」
食堂には、大淀や赤城、叢雲といった幌筵鎮守府の古参艦娘達とともに、海軍の白軍服を着た青年―大井鎮守府から来た少佐―の姿があった。
「摩耶さん、島風ちゃん」
赤城が二人に声をかけると、赤城の隣にいた大淀、叢雲、少佐が一斉に二人の方へと顔を向ける。
「やあ摩耶。…島風はもう大丈夫かな?」
「アタシに聞くことじゃないと思うけど…。島風と話すならもう少し時間を空けてからの方がいいと思うぜ」
「手厳しいね。じゃあ、とりあえず私の方から挨拶だけ。幌筵鎮守府提督代理の少佐だ。よろしく、島風」
そう言って少佐は島風に右手を差し出す。差し出された手を見て、島風の表情が恐怖で歪む。
「いや、いやだああああああああああああああああああああああああああ!!」
「「「島風(ちゃん)!!」」」
摩耶、大淀、赤城が少佐を隠すように駆け寄るが、島風はその場に蹲り、頭を抱えて震えていた。
「痛いのイヤ、痛いのイヤ、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい………」
「……悪い、少佐殿は外してくれ」
「あ、ああ。わかった」
「島風ちゃん。赤城です。大丈夫だから、ね?」ギュッ
「あか、ぎ、さん?」
「大丈夫よ。大丈夫」ギュッ
「私、私、提督が怖くて、私……」
「大丈夫だ、今はアタシ達しかいない。悪い、島風。少佐がいるとは思わなかったんだ」
「…私、提督が怖い、怖いよぅ。うわああああああん」
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壱拾八日前 一四:〇〇 海軍省軍令部 元帥執務室
「高雄型重巡洋艦三番艦摩耶。軍令部作戦本部に着任しました」
「島風型駆逐艦島風。軍令部作戦本部に着任しました」
「ご苦労。作戦本部長の元帥だ。ただいまヒトヨンマルマルをもって摩耶と島風は私の麾下に入る。ここは他の鎮守府と違い、後方支援、査察、連絡、輸送が艦娘の主な業務となることを伝えておく」
「「了解」」
二人の返答を聞いてから元帥は立ち上がり、ゆっくりと二人の前へと歩み寄る。
「幌筵での話は聞いている。気休めかもしれないが約束する。私は麾下の艦娘に対して行為を強制をしたり、暴力は振るわない」
「………本当に?」
「ああ、本当じゃとも。それ以前に私はもう枯れているからの」
「その表現もセクハラになるんじゃないか?提督」
「それはすまなんだ。まあ、痛いことはしないから安心したまえ」
そう言ってからゆっくりとした動作で右手をポケットに入れて白手袋を取り出し、二人に見えるように装着する。
「爺の手だとざらついておるから手袋を嵌めさせてもらうぞ。良いか、この手袋をした手は、絶対に痛いことはしない」
「……うん」
「それでな、頑張った島風の頭を撫でてやりたいのじゃが、撫でさせてもらえるか?」
「………」コクン
「よしよし、よく頑張ったな」ナデナデ
「っ!!」ビクッ
頭を撫でられた瞬間、島風は身体を縮ませたが、恐怖に染まることはなかった。その様子を見て、摩耶はホッとする。
「摩耶も、よく頑張ったな」ナデナデ
「なっ!?子ども扱いするな!」///
「はっはっは。私から見れば艦娘はみな娘や孫みたいなものだ。おとなしく撫でられておけ」ナデナデ
「……しょーがねーな」///
「…てーとく」
「ん?どうした、島風」ナデナデ
「ビクッてなっちゃうかもしれないけど、こうやって撫でてくれると、私、怖くなくなるかもしれない」
「うむ。わかった」ナデナデ
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一日目 一五:四〇 とある鎮守府 司令室
「どうしたも何も、何なんですかこのウサ耳、白手袋、おへそ丸出し、パンツ丸見え、スーパーハイソックスな女の子!!露出狂?痴女なの!?」
(……………は?)
――提督に横に行くように言われた相手からいきなりそんなことを言われて、私は頭が真っ白になった。
「「………ぶふっ」」
――大淀さんと山城さんがほぼ同時に噴き出すのが聞こえた。二人の制服は普通だからって、それはちょっとひどいんじゃない?
「……私、痴女じゃないもん!!」
――頭にきた私が叫ぶと、連装砲ちゃんたちが次々と飛び降りてその人に狙いを定めた。だけど次の瞬間、私はその人に羽交い絞めにされていた。
「卑怯者ーっ!!」
「卑怯で結構!上条さんまだ死にたくありませんことよ!?」
「演習弾だからちょっとカラフルになるだけだよー!」
「演習弾ってのがペイント弾だったとしても、当たれば痛いんだよこの露出狂!」
「露出狂じゃないもん!」
「何処から見ても露出狂だ、おバカ」
「ぅ…ひっく。おバカじゃないもん!制服だからしょうがないんだもん!うわああああああん!!」
――露出狂って言われているうちにだんだんと悲しくなってきて、気が付くと私は大声で泣いていた。
「……………制服なの?それ」
「ぐすん。島風の制服だもん」
「……………ゴメン。制服じゃ仕方ないよな」
――制服であることを主張するとその人は素直に謝ってきた。
「………うん」
「って、何考えてんだよ日本海軍!!」
「おぅっ!?言われてみれば」
――冷静に考えてみれば確かにそうだ。意見が一致した私たちは、和解して提督に詰め寄った。
「「なんでこんな制服なんですか(なの?)」」
「…島風型駆逐艦は速度重視のためなるべく空気抵抗のない形状の制服になっている。――というのが開発部の言い分じゃが…」
「肩と腋を出したり、お腹丸出しにしたり、腹巻にもならないパンツ丸出しのスカートって意味ないと思いますけどねえ」
――改めて言われるとすごい恰好のような気がしてきた。でも、履いてるのは水着なんだから。
「おにーさん、穿いているのはパンツじゃなくて水着なんだからねっ!」
「ブーメランパンツは行き過ぎだと思うわけであります」
「それがしまかぜクオリティ」キュイ
「ウサミミはいちおうアンテナ」キュイ
「砲門が喋った!」
「おにーさん、連装砲ちゃんたちの声、聞こえるの?」
「…ブーメランパンツは島風クオリティで、ウサ耳は一応アンテナって、ホント?」
「おぅっ!」///
――連装砲ちゃんのバカ。島風クオリティってなんなのよ!
「ブーメランパンツなのも制服だから!島風の趣味じゃないんだからね!!」
「でも、島風クオリティって…」
「それは連装砲ちゃんが勝手に言ってるだけ!」
「わかった!悪かった!!よしよーし」ナデナデ
「っ!!」///
――あれ?いきなり撫でられたのに嫌じゃ、ない?