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一日目 一五:〇〇 とある鎮守府 司令室
入渠後に迎えに来た山城と、入口まで迎えに来た大淀に連れられて司令室に通された上条は、促されてソファーに腰を下ろす。その横に上条同様に促されて山城が座り、大淀が二人の対面に座ると、居住まいを正して口を開いた。
「とある鎮守府提督の大淀と申します。報告によりますと、山城率いる我が第一艦隊が戦闘海域にて貴方を保護したということですが、貴方はなぜ、そのようなところに居たのですか?」
「あー、えっと、何と言いましょうか…」
(オティヌスと戦っていたら飛ばされました――って言っても通じねえだろうし)
どう説明したらいいか悩みつつも、上条は自分の疑問を口にした。
「そもそも、鎮守府って何?第一艦隊とか、まるで軍隊みたいだけど…」
「軍隊みたい、ではなく正規の軍隊です。鎮守府とは海軍提督府、海軍の軍事拠点として所轄海域の防備及び所属艦娘の統率、補給、出撃、訓練を統括し、施設の維持、運営を行う場所です。そして提督はそれらすべての責任者、司令官です」
「ここは日本?」
「はい」
「東京の西側に学園都市ってあります?あと、超能力って知ってます?」
「東京に西側に学園都市ですか?…いえ、聞いたことありません。それと超能力…ですか?艦娘の能力はある意味で超能力と言えるかもしれませんが、そういったことを指しているわけではないですよね?」
「えーっと。艦娘さん達の能力は、超能力よりも魔法や魔術に近いと思う。妖精さんは超常的な存在だと思うし」
(学園都市も超能力も知らないとなると、ここは俺の居た世界とは完全に違う世界ってことか。…素直に別世界から来たって言うのが得策か?とりあえず、この世界の情報を集めないといけないことは確かだな)
「…ここは日本にある海軍の施設で、艦娘さん達が深海棲艦と戦うための拠点ということでOK?」
「はい。大まかにその認識で大丈夫です」
「…信じられないかもしれないけど、ここは俺の知ってる世界じゃない」
上条がそう言うと、隣に座っていた山城が呟く。
「…別の世界の人間ということならば、艦娘も深海棲艦も知らないのも納得です。深海棲艦を消してしまうような不思議な力も持っていますし」
「山城、その不思議な力とは?詳しく教えてください」
「私と蒼龍が大破、川内と電が中破、榛名と電が小破の段階で、相手は戦艦タ級2隻と重巡ル級1隻がほぼ無傷で残っていたの。撤退しようかと思っていた時にタ級のすぐそばに水柱が上がったかと思うと、しばらくしてタ級が消えて、それからすぐもう1隻のタ級が消えて、ル級も消えたの。正直何が起こっているかわからなかったけど、ル級が消えた場所のすぐ側に彼が顔を出しているのが見えたので、そのまま近づいて回収したわ。そして帰還後、彼の右手が触れたら、浮力がなくなって海にドボン。電と雷に助けてもらったけど確かその時に『幻想殺し』とか言ったかしら?異能の力を消す能力とか」
「ああ、俺の右手には『幻想殺し』が宿ってる」
「説明の途中で貴方、妖精さんに夢中になっちゃったから話が終わってしまったけど、多分、その幻想殺しで深海棲艦を倒したのでしょう?」
「倒すというか、深海棲艦とかいう奴らは、右手で触れたら消えちまったんだけどな。奴らは多分、生物じゃなくて思念体とか霊体みたいなものなんじゃないか?」
「確かに、深海棲艦からは強い負の念のようなものを感じるけれど…」
「…戦艦タ級2隻と重巡ル級1隻を消し去ったってこと?右手で触れただけで?」
「ええ」
「それで、山城は触られたら浮力がなくなって海に沈んだ、と」
「はぁ。不幸だわ」
「すみませんでした」
「…ちょっと私たちだけでは判断できる問題ではなさそうです。幸いこの後、作戦本部長がお見えになりますので、その時にまたお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」
そこまで言って大淀はあることに気が付いた。それから申し訳なさそうに上条を見る。ちなみに元帥がたまたまこちらに来るというのは嘘である。
「貴方のお名前を伺ってもよろしいでしょうか?」
「あ、上条当麻と申します。しがない普通の高校生です」
「そんな右手を持っていて、普通の高校生というのは無理がありすぎだと思うけど…」
「ですよねー。わかってますよ畜生」
「畜生呼ばわりされるなんて。…不幸だわ」
「…やだ、この娘、親近感を感じるわ」
なぜかオネエ言葉で上条は山城に共感する。
「あら?貴方も不幸なの?」
「上条さんの口癖は『不幸だー』だったりしますことよ」
「あら。不幸仲間かしら。うふふ」
「ふふふ」
(山城さんが嬉しそうに笑っているの初めて見たわ…)
密かに大淀が驚いていると、司令室内に短いアラーム音が鳴り、続いて女性の声が聞こえてくる。
「索敵機より入電。所属不明の駆逐艦島風が曳航ボートとともに鎮守府に接近中」
大淀はすぐに立ち上がって秘書艦の机まで歩み寄り、机の上にあるマイクのスイッチを押しながら口を開く。
「そちらは作戦本部長ですので失礼のないようにお迎えしてください。私も埠頭までお迎えにあがります」
「了解。明石、これより第一階段下で待機、目視後、発火信号による誘導を開始します」
「それでは私は作戦本部長をお迎えに行ってきます。上条さんはそのままお待ちください。山城は…」
「僭越ながら、作戦本部長が確認をされると思いますので、私もこのままこちらに待機するのが得策かと」
「…では山城もこのまま待機で」
「ありがとうございます」
廊下に出て埠頭へと向かう廊下を進みつつ、大淀は思案を巡らせる。
(山城さんが自分から意見を述べるなんて初めてだわ。いつものような『了解』ではなく『ありがとうございます』だったし。…上条さんに心を許しはじめているってことよね)
「まあ、上条さんがこの鎮守府の提督になってくれたとしても、問題は山積みですけれどね」
そう呟いて、大きなため息を一つ付いた。
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一日目 一五:四〇 とある鎮守府 司令室
「君が上条君かね。私は海軍省軍令部作戦本部長…と、分かりやすく言えば海軍のトップ3くらいの地位にある者だ。ここに来るまでに大淀から話を聞いたが、なんでも君はこの世界の人間ではないということだが?」
「ええ、まあ。艦娘とか深海棲艦とかは山城さんに聞くまで聞いたことなかったし」
(ふむ。艦娘を『さん』付けで呼ぶか)
「深海棲艦を消し去る力もあるとか?」
「俺の右手には『幻想殺し』っていう異能の力を消し去る能力があって、この世界に来て最初に会った奴らが深海棲艦の奴らで、右手で触れたら消えちまった」
「その力は艦娘にも効くのかね?」
「あ、私、港で上条さんの右手が触れた瞬間に浮力を失って水中に沈みました」
「我々も触れられると艤装が動かせなくなるのです?」
「でも、ナデナデは気持ちいいのです?」
山城の肩の上に妖精さんが現れてそう言うものの、元帥には人型の光にしか見えない。
「妖精はなんと?」
「…妖精さんも触られると艤装が動かせなくなるそうです」(ナデナデの件は触れないでおきましょう)
「…ふむ、島風」
「はい」
司令室の扉付近に待機していた島風に声をかける。
「彼の横に立ちなさい」
「了解」
上条が座っているソファーの横に島風が近づいていくと、上条は急に落着きがなくなり、近づいてくる島風から視線を逸らす。
「…どうしたね?上条君」
「どうしたも何も、何なんですかこのウサ耳、白手袋、おへそ丸出し、パンツ丸見え、スーパーハイソックスな女の子!!露出狂?痴女なの!?」
「「………ぶふっ」」
大淀と山城がほぼ同時に噴き出す。元帥は辛うじて堪えて島風を見ると、島風は掌を握り締め、小刻みに震えていた。
「……私、痴女じゃないもん!!」
ガシャン ガシャン
島風が叫ぶと、島風の背中の艤装に乗っていた連装砲ちゃん、抱いていた連装砲ちゃんが次々と飛び降りて上条に砲を向ける。
「ちょっ、なんだそれ、反則じゃね!?」
上条が慌てて立ち上がり、島風を後ろから羽交い絞めにしてじりじりと後ずさる。連装砲ちゃんたちは島風の足元でオロオロしていた。
「卑怯者ーっ!!」
「卑怯で結構!上条さんまだ死にたくありませんことよ!?」
「演習弾だからちょっとカラフルになるだけだよー!」
「演習弾ってのがペイント弾だったとしても、当たれば痛いんだよこの露出狂!」
「露出狂じゃないもん!」
「何処から見ても露出狂だ、おバカ」
「ぅ…ひっく。おバカじゃないもん!制服だからしょうがないんだもん!うわああああああん!!」
「……………制服なの?それ」
「ぐすん。島風の制服だもん」
「……………ゴメン。制服じゃ仕方ないよな」
「………うん」
「って、何考えてんだよ日本海軍!!」
「おぅっ!?言われてみれば」
ハッとして島風が元帥を見る。それから上条と視線を合わせて頷くと、上条は島風の戒めを解き、島風は連装砲ちゃんたちを呼び戻して、ふたりで元帥に詰め寄った。
「「なんでこんな制服なんですか(なの?)」」
「…島風型駆逐艦は速度重視のためなるべく空気抵抗のない形状の制服になっている。――というのが開発部の言い分じゃが…」
「肩と腋を出したり、お腹丸出しにしたり、腹巻にもならないパンツ丸出しのスカートって意味ないと思いますけどねえ」
「おにーさん、穿いているのはパンツじゃなくて水着なんだからねっ!」
「ブーメランパンツは行き過ぎだと思うわけであります」
「それがしまかぜクオリティ」キュイ
「ウサミミはいちおうアンテナ」キュイ
「砲門が喋った!」
「おにーさん、連装砲ちゃんたちの声、聞こえるの?」
「…ブーメランパンツは島風クオリティで、ウサ耳は一応アンテナって、ホント?」
「おぅっ!」///
ギャーギャーと言い合っている上条と島風を見て、元帥は目を細めた。
(なんとまあ、島風が元気に話しておるわ。上条君に触られても平気なようだし、良い兆候かの)
「…山城さん、連装砲ちゃんの声、聞こえました?」
「『キュイ』くらいしか聞こえませんでしたが」
「私もです。…上条さん、予想以上に凄い人かもしれませんね」
(妖精だけはなく連装砲たちの声も聞こえるとは、いやはや想像以上じゃな)
元帥は小さく微笑むと、それから小さく咳払いをして自身に注目を集める。
「上条君。海軍省軍令部作戦本部長として君を招聘したい。私と一緒に海軍省軍令部に来てもらえるかな」