世界_version_艦これ   作:神納 一哉

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2 邂逅前

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一日目 一三:一五 とある鎮守府 司令室  

 

 

「索敵機より入電。鎮守府正面海域に深海棲艦艦隊出現。構成は戦艦タ級2、重巡ル級2、軽巡ホ級2」

 

「第一艦隊は直ちにこれを迎撃」

 

「提督、第一艦隊はまだ金剛と赤城が大破したままです」

 

「ちっ、使えねえな。旗艦を山城、空母を蒼龍に変えて出撃させろ」

 

「了解」

 

無表情のまま、大淀は電話の横にある館内放送のマイクの側にあるスイッチを押し、口を開く。

 

「鎮守府正面海域に深海棲艦艦隊が確認されました。これより第一艦隊として山城、榛名、蒼龍、川内、電、雷の6名は直ちに出撃してください。旗艦、山城。敵の構成は戦艦タ級2、重巡ル級2、軽巡ホ級2」

 

「…艦隊指揮は大淀に任せる」

 

「了解。これより大淀が艦隊指揮を引き継ぎます」

 

「俺は大本営へ行く。…やってられっかこんなの」

 

吐き捨てるように言うと椅子を蹴倒し、扉を開けて司令室を飛び出した。そこに残された眼鏡をかけた女性は小さくため息をつくと、机の上にあった電話の受話器を取る。

 

「大淀です。提督が敵前逃亡を図りました。速やかに対処願いします」

 

「了解。対象を捕捉」ガシャ

 

パンパンパン ドサッ

 

乾いた複数の銃声と何かが倒れるような音が受話器から聞こえてくるのを無表情のまま聞き、大淀は相手の言葉を待つ。

 

「処置完了」

 

「了解。処理班を向かわせますので場所を教えてください」

 

「鎮守府正門詰所前です」

 

「あら、堂々と正門から出ようとしていたのですか」

 

「敵前逃亡になると思っていなかったようですね。まあ我々としては楽でしたが」

 

「お勤めご苦労様です」

 

「では、通常業務に移行します」

 

「はい。よろしくお願いします」

 

受話器を一度置き、別のところに電話をかける。

 

「大淀です。敵前逃亡を図った提督の処置完了。鎮守府正門詰所前に処理班をお願いします」

 

「了解。直ちに派遣します」

 

「よろしくお願いします」

 

再び受話器を置き、さらに別のところに電話をかける。

 

「とある鎮守府の大淀です。先ほど提督が敵前逃亡を図ったため処置致しました。軍令に基づき、ただいまヒトサンフタマルを持ちましてこの大淀が提督代理を務めさせていただきます」

 

「了解。ヒトサンフタマルよりとある鎮守府の提督代理として大淀を任命する」

 

「拝命いたします」

 

「大淀提督代理に命ずる。全修理ドック解放し、大破・中破艦を速やかに入渠させよ。高速修復材の使用を認める」

 

「ありがとうございます」

 

「修復にかかった資材・高速修復材はリスト化して海軍省軍令部に送りなさい。補填させてもらう」

 

「ありがとう、ございます」グスッ

 

「さしあたっての急務としては懲罰房の確認じゃ。あそこはそれぞれの鎮守府の提督しか開けられないようになっておるからな」

 

「…はい」

 

「よし、とある鎮守府の提督の登録は完了したぞ。辛いかもしれぬが、頼むぞ。大淀」

 

「了解しました。では、失礼いたします」

 

大淀は受話器を置き、目を閉じる。それから館内放送のマイクに近づき、スイッチを押した。

 

「本日ヒトサンフタマルをもって私、大淀が提督代理となりました。大破・中破の艦娘は直ちに入渠。高速修復材の使用を許可します。その後、小破・軽傷の艦娘も順次入渠してください。入渠時間が5時間を超える場合は高速修復材を使用してください。第一艦隊も帰還次第入渠してもらいます。それから間宮、夕張は直ちに司令室に来てください。間宮は担架と毛布、夕張は工具箱を持参してください」

 

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一日目 一三:三五 海軍省軍令部 元帥執務室

 

受話器を置き小さなため息をつくと、初老の男―海軍省軍令部作戦本部長―は呟いた。

 

「…しかし提督資格者というのはなぜ、あんな奴らばかりなのか」

 

深海棲艦との戦闘を行える唯一の存在として艦娘がいる。そしてそれらを指揮することができるのが提督である。

 

提督には普通の人間は就くことができない。妖精を見ることができるものだけが提督の資格者であり提督となれるのだ。

 

元帥もぼんやりと人型の小さな灯りのようなものを見ることができるため、一応は提督の資格者たりうるのだが、あくまでぼんやりとしか見えないため、最前線での提督職に就くのは無理と判断した。

 

革張りの椅子に腰を下ろし、背もたれに寄りかかって目を閉じる。

 

「見目麗しい艦娘たちが従順に自分の命令だけを聞くわけだから、若い奴らが勘違いするのも無理はないとは思うが…」

 

眉間を抑え、軽く首を振りながら元帥は続ける。

 

「艦娘への虐待や強制、入渠させずに放置や、果ては大破進軍、結果、轟沈。そんなことをやっていては、いつまでたっても制海権を取り戻すことはできぬというのに」

 

艦娘が提督を妄信するのは何故なのか、元帥には理解できなかった。そして彼は何度目になるかわからない質問を自分の秘書艦に聞く。

 

「…なあ、大淀」

 

「はい」

 

「艦娘は何故、理不尽な命令でも提督に従うのだ?」

 

「武器、艦としては提督の命令は絶対ですので」

 

「では女として弄ばれることも命令であれば受け入れると?」

 

「はい。提督の命令は絶対ですので。…提督、大淀をお望みですか?」

 

「いや、私はもう枯れているよ。ではなくて、お前たちにも感情はあるだろうに…」

 

「個の感情より命令が優先される。それが軍属というものですが?」

 

幾度となく繰り返した問答に辟易しながら、それでも元帥は同じ答えを返す。

 

「確かにそうではあるが、それではあまりにも寂しいではないか」

 

「寂しい、ですか?」

 

「ああ。艦娘たちにはもっと自分を大切にして欲しい。私はそう思っているよ」

 

秘書艦の大淀を真っすぐに見つめながら、元帥は小さく寂しそうに微笑んだ。

 

「少しはまともな提督資格者がいればよいのだが…」

 

そんな願いを口にして、元帥は視線を窓の外へと向けた。

 

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一日目 一三:四〇 とある鎮守府 司令室

 

「間宮、参りました」

 

「夕張、参りました」

 

「ご苦労様。二人には悪いけどこれから懲罰房を開けるのに付き合ってもらいます」

 

「了解しました」

 

「急ぎましょう」

 

司令室を出て廊下を進み、廊下の突き当りにある扉のタッチパネルを大淀が操作する。しばらくしてからロックが解除されて扉が開くと、そこには地下に続く階段が現れた。

 

地下から小さな呻き声が漏れてくるのを聞いて、3人は陰鬱な表情で顔を見合わせ、頷いた。大淀を先頭に階段を下りていく。鼻をつく異臭と大きくなっていく呻き声。

 

「んんぅ………んんあああああぁぁああ………んぁあぁあああ……」

 

階段のすぐ下の鉄格子の部屋には、両手を拘束され、目隠しをされて玉口枷を嚙まされた少女が、一糸纏わぬ姿で三角木馬に跨らされていた。両足首には鉄の枷が留められ、枷から伸びた鎖にその少女の艤装が縛り付けられている。

 

全身は至る所に蚯蚓腫れができ、乾いた血がこびりついている。

 

「雁字搦めになってるわね。夕張、鎖を切って」

 

「了解」

 

ガシャン、ガシャンと重たいものが床に落ちると、少女の身体が小さく揺れ、呻き声が止まる。

 

部屋の隅にあった鍵で手枷を外すと、間宮は少女を抱き上げ、担架に敷いた毛布の上に少女を横たえて毛布で包み、玉口枷と目隠しを外す。

 

「……あぁぅ?……うぁ…、ま、みや…さん?」

 

「もう大丈夫よ。暁ちゃん。すぐに入渠しましょう」グス

 

「……う、うわあああああああああああああん!!」

 

堰を切ったように嗚咽する暁の頭を、間宮は優しく撫でる。

 

「とりあえず、とっととこんなところからは出ましょう。夕張、そっちを持ってくれる」

 

「了解、カウント、3、2、1」

 

カウントとともに大淀と夕張が担架を持ち上げると、そのまま鉄格子の扉へと向かう。

 

「あ、間宮さん、工具箱お願いしてもいいですか?」

 

「あ、はい。わかりました」

 

「ぐすっ、……響は?無事?」

 

暁の問いに大淀は間宮と視線を交わすと、小さく頷き、担架の担ぎ手を変わる。

 

「大丈夫よ。先に入渠してますからね」

 

「よか…った」

 

「では急ぎましょう、夕張さん」

 

「了解」

 

階段を上がっていく二人を見送り、足元にあった夕張の工具箱を手に持つと、大淀は向かいの鉄格子部屋に視線を送り、そこに人がいないことを確認すると廊下を奥へと進む。

 

右側の鉄格子部屋は先ほどの部屋のように誰もいない。そして左側の部屋へと視線を移し、大淀は我が目を疑った。

 

天井に取り付けられた大きなフック。そこに銀髪の少女の左手首と右足首、右手首と左足首を縛り付けたロープが十字状になるよう引っかけられている。

 

身体の前面を下にして吊り下げられている全裸の少女は、項垂れて身じろぎ一つせず、ただ吊るされていた。

 

「……響、ちゃん」

 

掠れた声が大淀の口から洩れる。すると、吊るされている少女の目が静かに開いた。

 

「…大淀さん。ってことは、提督は処置されたのかな?」

 

「はい、そうです。今、ロープを切りますね」

 

「それは、助かるよ」

 

ワイヤーカッターで右手首のロープを切ると、反動で左足が下に下がる。

 

「反対側を切る前に肩を貸してくれると助かる」

 

「どうぞ」

 

響の右手が左肩に置かれるのを確認して、大淀は左手首のロープを切った。

 

「っと、ありがとう。大淀さん」

 

「すぐ入渠しましょう。高速修復材を使用してください」

 

「ハラショー」

 

「入渠すれば、服も新しく作ってもらえるからね」

 

「…助かるよ。一つ、お願いがあるのだけれど」

 

「何?」

 

「ドックまで、運んでもらってもいいだろうか?歩けそうにない」

 

「いいわ。ちょっと待ってね」

 

そう言うと大淀は自分のセーラー服を脱いで響に渡し、それから響を両腕で抱き上げた。

 

「セーラー服はお腹の上に敷いて、そこに工具箱を置いてもらってもいい?」

 

「了解だ。よっと、結構重いな」

 

「じゃあ、行きましょうか」

 

「お願いする」


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