世界_version_艦これ   作:神納 一哉

18 / 22
17 妖精さんの本気

――――――――――

一七日目 一一:〇〇 とある鎮守府 工廠

 

「普通の長さのセーラー服で、そうそう、そんな感じ」

 

「はい。では夕張の制服はこれで」

 

「あれ?本人確認無し?」

 

「ああ、夕張。こんな感じでいいかな?」

 

「あ、はい。ありがとうございます」

 

「じゃあデータベース変更に十分ほどかかりますけど」

 

「うん。よろしく」

 

明石に夕張の制服の改造を頼むと、上条は工廠内をきょろきょろと見まわしてから、大きめの声で尋ねる。

 

「妖精さん。この鎮守府の司令室がある建物の見取り図って見れるかな?」

 

「見取り図なのです?」

 

「この机に広げるのです?」

 

「おお、ありがとう」ナデナデ

 

「このナデナデはヤバいのです?」フニョ

 

「神の手なのです?」フニャ

 

両手で妖精さんの頭を撫でながら、上条は作業机に広げられた見取り図に視線を落とす。

 

「提督、見取り図なんて見てどうするのですか?」

 

「んー。ちょっとな。建物に手を加えるときは妖精さんがやってくれるのか?」

 

「既存の建物を弄るのであれば、大がかりな変更でなければすぐやってくれますけれども。とりあえず話すだけ話してみたらどうですか」

 

「そうだな。妖精さん、ここなんだけども、この一階の出てるところと地下、全部取っ払うのにはどれ位かかる?」

 

そう言って上条が示したのは司令室の先に延びている廊下と、地下にある懲罰房であった。後ろから覗き込んでいた明石、夕張、大淀は口元をおさえて感極まったような表情で上条の背中を見つめる。

 

「そういうことなら早急に更地にするのです?」

 

「貴方みたいな人を待っていたのです?」

 

「突き当りは扉にするのです?」

 

「あー、そうだな。扉があると助かるな」

 

「合点承知なのです?」

 

「早速作業に入るのです?」

 

「しばらくお待ちくださいなのです?」

 

「よろしくな。終わったら報告に来てくれると嬉しい」

 

「了解です?」

 

そう言って妖精さんの一人が姿を消したので、上条は後ろを振り返った。

 

「お前らなんで泣きそうな顔してるの?」

 

「提督のせいですよ」

 

「本当に艦娘を大切にしてくれる人が目の前にいるからです」

 

「ただ感無量なだけです」

 

「いやさ、艦娘って俺らの代わりに戦ってくれる存在じゃん?それなのに提督専用区画とか懲罰房とかって、元帥に話を聞いたときに何様だよって思ってさ。俺はそんな専用区画とか懲罰房なんていらないし、絶対使わねえから更地にした方がいいかな、なんて思ったりしただけでだな、そんな大したことじゃない」

 

「取り払ってしまおうなんて考える人は初めてですよ」

 

「わ、私、感動しちゃいました。提督の麾下になれて嬉しいです!」

 

「あそこには嫌な思い出しかないから、無くしてくれて本当に感謝しています」

 

「いや、そんなすぐには無くならないと思うけど」

 

「ふふふ。提督、甘いですね。工廠妖精さんたちが本気だったから、そろそろ終わると思いますよ」

 

明石がそう言って笑うと、まるでタイミングを計ったかのように工廠妖精の一人が作業机の上に姿を現した。

 

「終わったのです?」

 

「早いな!じゃあちょっと見に行くか。妖精さんは俺の肩に乗ってくれ。他の妖精さんは現場に居るの?」

 

「配線とかの微調整してるのです?」

 

「じゃあ現場で会えるかな。…っと、夕張はヒトヒトヒトゴーになったら入渠してきて」

 

「夕張、了解しました」

 

「じゃ、確認する前に司令室に寄って…工廠妖精さんって何人?」

 

「我々は五人なのです?」

 

「了解っと」

 

――――――――――

一七日目 一一:二〇 とある鎮守府 司令室前廊下

 

「司令室入る前にも見たけど、見事なものだなあ」

 

司令室から出てきた上条は、少し前まで薄暗い廊下が続いていた場所を見て感嘆の声を上げた。

 

司令室分の長さまで廊下があり、その先は壁となっていて、その中央に両開きの擦りガラスの扉が設けられていた。その扉を押し開くとスロープが伸びていて、その先には更地が広がっている。スロープを下って建物の方に振り返ると、三階まで真っ直ぐに壁がそびえ立っていた。

 

「違和感ないし、改築時間僅か一〇分ちょっとってデータベース更新と変わらねえじゃん」

 

「みんなのためになる改修だからがんばったのです?」

 

「一刻も早くぶち壊したかったのです?」

 

「まあ、悪意の塊みたいな場所なんて無くしちまった方がいいからな。というわけで妖精さん。任務遂行お疲れ様。これで五人で甘いものを食べてくれ」

 

上条はそう言うと、ポケットから間宮券を五枚取り出して目の前の工廠妖精に手渡した。

 

「間宮券です?」

 

「我々が使ってもいいのです?」

 

「ああ、間宮には連絡しておいたからいつでも行ってもらって構わないよ」

 

「早速行くのです?」

 

「パフェなるものを食べるのです?」

 

きゃいきゃいと話す妖精さんを見送ってから、上条は扉に鍵をかけてから司令室へと戻るのであった。

 

――――――――――

一七日目 一四:〇〇 とある鎮守府 司令室

 

「第一艦隊が帰港しました」

 

定刻通りに第一艦隊帰港の連絡が司令室にもたらされる。

 

「第一艦隊は艤装を外した後、全員司令室に来るように連絡」

 

「了解。第一艦隊は装備解除後、司令室へ集合してください」

 

「呼びつけちゃったけどよかったかな?」

 

「哨戒任務の報告もありますし、提督が着任するという情報は入っていますから大丈夫だと思いますよ」

 

「それならいいけど。……で、だ。お前たちはいつまでここに居座るつもりだ?」

 

執務机の上で腕を組んで、上条は応接ソファーの方へと視線を向ける。そこには六人の艦娘がソファーに座って寛いでいた。

 

「暁は電と雷のお姉さんだから、あの子たちを安心させるためにここに居るのよ」

 

「私も暁と同じ理由と、司令官への感謝の気持ちだよ」

 

「私も暁が妹を安心させるために居るのと同じように神通の姉だからかな」

 

「あたしたちは第一艦隊のみんなに挨拶するためだよ。なあ比叡、島風」

 

「そ、そうなんだ」

 

響の真っ直ぐな眼差しに動揺しつつも来客の予定もないし、仕事の邪魔をするわけでもないので、上条はこの六人を放置しておくことにした。島風と摩耶は取り決め事の一つ目の説明をするのにも都合がいい。

 

そのうちの鎮守府組の三人は特に話をするでもなく、時折、上条を見つめては視線を逸らすといった不可解な行動を繰り返していた。

 

(上条さん、監視されてるのかね?まあ初日だしなあ)

 

見当違いなことを考えている上条。実際には工廠経由で懲罰房取り壊しの経緯が鎮守府内に流布され、取り決め事の件もあってか艦娘たちの上条への信頼度が鰻登りに上昇していたのである。とある鎮守府の三人は姉妹艦が哨戒任務に出ていることにかこつけて司令室を訪れ、上条麾下の三人はただ単に上条の傍に居たかっただけである。

 

そうこうしているうちに扉がノックされ、声がかけられる。

 

「第一艦隊、参りました」

 

「お入りください」

 

「失礼します」

 

室内に六人の艦娘が入ってきて、それぞれ緊張した面持ちで執務机の前に横一列に並んだ。

 

「哨戒任務お疲れ様。大淀、まずは報告を聞いた方がいいのかな?」

 

「そうですね。神通、まずは報告をお願いします」

 

「了解。第一艦隊は本日マルハチマルマルより鎮守府近海の哨戒任務を遂行。敵影、漂流物無し。近接海域境界にも異常無し。以上」

 

「了解。ご苦労様でした。では提督、どうぞ」

 

大淀が報告を聞いた後で上条に話を振る。

 

「本日ヒトマルマルマルよりとある鎮守府の司令官を務めることになった上条特務少佐です。ここには麾下の戦艦比叡、重巡洋艦摩耶、駆逐艦島風とともに着任しました。併せてよろしくお願いします」

 

そう言って上条が頭を下げると、第一艦隊の六人は他の艦娘たちと同様に驚いたような表情を浮かべた。

 

「それでは上条さんの取り決め事を連絡します。一つ目。制服は基本的に建造時のものと同等の物を着用すること。ただし、露出が激しいものはこちらの摩耶や島風みたいに露出を控えた制服に改造することも可能だ。今着ている制服になにか文句があったら言ってくれ。なるべく期待にはこたえるようにするから。次に、二つ目。鎮守府の施設利用の基準は大井鎮守府に準ずるものとする。三つ目。過去の提督からの命令は現時刻をもってすべて破棄する」

 

その言葉を聞いた瞬間、神通が視線を姉である川内へと向け、同じように電・雷が暁・響に視線を向けた。

 

「……姉さん」

 

「神通。大丈夫。この提督は信用できる」

 

「電、雷。川内さんの言う通りだよ」

 

「響ちゃん」

 

「あー、その、悪い」

 

そう言って上条が頭を下げると、神通が驚きの声を上げる。

 

「ど、どうして提督が頭を下げるのですか?」

 

「前の提督とはいえ、提督って奴がしでかしたことだから、同じ提督としてはけじめとして謝っておきたい」

 

「ふふ、この司令官は私たちの時も同じことを言っていたよ」

 

「いや、だってさ、代わりに戦ってくれる相手に変な命令するのって駄目じゃね?」

 

「ははっ。そんな風に考えてくれるからさ、信用してもいいかなって思わせてくれるんだよ」

 

川内が親指を立てて言うと、上条は照れ臭そうに頭を掻いた。

 

「期待に応えられるよう努力するよ。あー、それで、四つ目。これは三つ目で過去の提督の命令を破棄したのと矛盾するんだけど、最重要事項として覚えておいて欲しい。もしも俺が居なくなって新しい提督の麾下になっても、三つ目のように過去の提督の命令を破棄されない限りは守ってくれ。まあ俺みたいに過去の提督の命令を破棄する奴は出てこないと思うから、今後の生き方の基本としてくれると嬉しいかな。と、まあ前置きが長くなったが、四つ目。提督からの性的ハラスメントな命令や理不尽な命令は拒絶すること。また、そういった命令をされたときは、速やかに憲兵隊へ報告すること。以上!」

 

上条がそう締めくくると、第一艦隊の六人は暫くの間無言で仲間や姉妹と視線を交わしていたが、やがて神通が一歩前に出て口を開く。

 

「第一艦隊旗艦、川内型軽巡洋艦二番艦、神通。提督、よろしくお願いします」

 

「私は長良型軽巡洋艦一番艦、長良です。司令官、よろしくね」

 

「ボクは睦月型駆逐艦五番艦、皐月だよ。司令官、よろしく」

 

「吹雪型駆逐艦二番艦、白雪。司令官、よろしくお願いします」

 

「暁型駆逐艦三番艦、雷よ。司令官。よろしくね」

 

「暁型駆逐艦四番艦、電なのです。司令官さん。よろしくお願いします」

 

「ああ。よろしく。この後、ちょっと遅い時間だけど、間宮には連絡してあるから昼食を取ってくれ。その後は自由行動でいいけど、旗艦経験者は後で集合をかけるからそのつもりで」

 

「了解しました」

 

神通が代表して返事をした後、司令室から退室するのを確認すると、上条は大淀に声をかけた。

 

「簡易コンテナに軍令部からの資材があったと思うけど、どのくらいくれたのかな?」

 

「各一五〇〇〇づつとの報告が上がっております」

 

「結構奮発してもらっちゃったな。じゃあ、ちょっくら建造してみようか」




妖精さんは本気を出すと凄いのです。

上条さんは元帥の授業の中で懲罰房の存在を知り、それをぶち壊したい感情を抱いていました。

妖精さんたちは基本的に艦娘を大切に思っているのでとても協力的でした。

▲ページの一番上に飛ぶ
X(Twitter)で読了報告
感想を書く ※感想一覧 ※ログインせずに感想を書き込みたい場合はこちら
内容
0文字 10~5000文字
感想を書き込む前に 感想を投稿する際のガイドライン に違反していないか確認して下さい。
※展開予想はネタ潰しになるだけですので、感想欄ではご遠慮ください。