君の名は、白き望み。 作:氷桜
<7:白望>
多分、あの時が切っ掛けで。
私は、迷い始めてしまったのだと思う。
あの雨の日、傘の下。
何の会話も無かったけれど。
だからこそ、自分の中の迷いを実感してしまったのだから。
「…………。」
「……またですか。」
「……ん。」
離れたい。
離れたくない。
私から離れて欲しい。
私と一緒に――――。
そんな、相反する感情がぐるぐる回る。
何故。
何故、なんだろう。
答えは、出ずに。
「シロー、次アンタだよー。」
「…………動きたくない。」 ダル
「動きたくない、じゃないよ! ごめんね、京太郎くん。」
「ああいえ、それは別にいいです。」
そんな考えをずっと続けていても。
彼は、普段と変わらないように見える。
そんな彼に憤って、悲しんで。
私は、こんなに悩んでいるのに。
私は、こんなに考えているのに。
私は、こんなに――――。
「ほーらー、シロー!」
「相変わらず仲がいいねえ、京太郎にシロは。」
トシさんの言葉に、何かが引っかかった。
仲がいい?
誰が?
私と、京太郎が?
「……そう?」
「そうだよ。 ねえ?塞。」
「お腹いっぱいなくらいには、ですね。」
……何処が?
こんな、何も出来ない私と。
あんなに、なんでも出来る京太郎。
何処を見たら、仲が良く見えるんだろう。
無理に引っ張られ、席に座らされて。
サイコロが回り始めるのを感じながら。
それでも、私の思考はずっと其処で迷い続けていた。
迷路のように。
答えのない、迷家のように。
<7:京太郎>
多分、あの時が切っ掛けで。
俺は、気付き始めてしまったのだと思う。
あの雨の日、傘の下。
何の会話も無かったけれど。
だからこそ、自分の中の想いを実感してしまったのだから。
「…………。」
「……またですか。」
「……ん。」
俺の上、寄り掛かるように座るシロさん。
気付けば、これも日常の風景の一つになっていた。
膝の上、背中を押し付けてくる。
男には無い柔らかさ、適度な重量。
そして、胸の辺りで頭を付けて此方を時折見上げてくる姿勢。
俺の心音が伝わるんじゃないか、と毎度恐れてしまう態勢。
「シロー、次アンタだよー。」
「…………動きたくない。」 ダル
「動きたくない、じゃないよ! ごめんね、京太郎くん。」
「ああいえ、それは別にいいです。」
こうしているのが、幸せですから。
努めて、顔には出さずに。
感じさせない程度に、苦笑いで誤魔化す。
関係を変えたくない。
気付いてしまいたくない。
それが、逃げだと分かっていても。
「ほーらー、シロー!」
「相変わらず仲がいいねえ、京太郎にシロは。」
仲がいい。
それは、嬉しいことなのだろうか。
或いは、そう見られているだけに悲しむべきなのだろうか。
「……そう?」
「そうだよ。 ねえ?塞。」
「お腹いっぱいなくらいには、ですね。」
只々考え、感じ続ける日常。
膝の上からいなくなった重み。
離したくない、という独占欲。
――――多分。
俺は。
シロさんに。
小瀬川白望という一人の先輩/少女に、恋をしていた。