君の名は、白き望み。 作:氷桜
段々と、街の人の服が変わっていく。
薄着、羽織、厚着。
寒さに耐えるために、人が培った技術。
そんなものを見ながら、駅前のベンチに腰掛ける。
雑踏は、嫌いだ。
もう少し踏み込んでしまうなら。
「他人」は、嫌いだ。
心を理解せずに。
自分の利益を求め。
最後には、襤褸雑巾のように放り捨てる。
そんな、人の群れは嫌いだ。
だから、私は境界の内側にいた。
境界を通して。
冷めた目で見たつもりになって。
時折、踏み込んでくる人を友人として扱って。
それでも、私はたった一人。
古びた、迷宮の中で彷徨っていた。
「……っと、おはようございます、シロさん。」
「……ん。」
厚着というか、薄着というか。
襟から見るに、中に一枚。
薄手の長袖を羽織るようにした、青年。
須賀、京太郎。
そんな、私から変わったのは。
間違いなく、彼の影響だろう。
私に近づいて来て。
迷いを深め。
そして、迷いから解き放った本人。
「こっちの方は寒いですねー……。」
「前の場所……は?」
「長野ですか? 似た感じでは有りましたけども。」
「……そうなの?」
「向こうは寒い、と言うよりは涼しい、といった感じで。」
岩手と、長野。
地図上で見れば、距離など殆ど無いのに。
実際の距離、時間はやはり掛かる。
それだけ、本来なら離れていた筈なのに。
こうして、巡り合った。
「……ん。」
「……今日は何です?」
「良いから。」
有無を言わせず、前から抱き締めた。
熱が伝わる。
少しだけ寒かった身体が、熱を増していく。
ただ、それは。
表面からのものだけじゃなく。
多分に、私の身体の中から産まれるものもあったと思う。
「……恥ずかしいんですけど。」
「……私も。」
「……なら、何で?」
「……なんで、だろうね?」
寒かったから、だけじゃない。
多分。
なんとなく、だけど。
寂しかったから、だろうか。
昔を、思い出して。
今を、憂いて。
未来を、想って。
「……なら、やめません?」
「……じゃ、運んで?」
「今からですか!?」
冗談、だよ。
まだ、運んで貰わなくても大丈夫。
本当に疲れた時は、分からないけど。
ただ、今は。
「……じゃ、手。」
「それ代わりになるんですか……?」
一緒に、歩きたい。
顔を見ながら。
手を、握って。
たった、二人で。
言葉には、出さないけれど。
「……分かりました。」
「……ありがと。」
京太郎には、伝わっていると信じて。
差し出された手を、握って。
指を、絡めた。
たった、それだけなのに。
なんだか、気恥ずかしかった。
「……何処行きます?」
「……いつも通り。」
「また俺任せですか。」
「……嫌?」
「いいえ。」
これでも、彼氏ですから。
そう呟いた囁きに。
……私も、彼女だから。
そう、答えを返すのをやめたのは。
言わなくても、通じることだったから。