魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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今回はオリキャラが登場するぽん。でもってそうちゃんのモテ力が性別の壁を突破するぽん。つまりホモォが苦手な人は注意するぽん。




鳩田亜子の秘密

 ◇岸辺颯太

 

 

 たまとの特訓を終えた翌日、自室で迎えた二日目の朝はあいにくの曇り空だった。

 窓から差す朝の光を浴びながら、僕はベッドから身を起こして体の調子を確かめる。

 ……うん。昨日はまだクラムベリーとの戦いで受けたダメージによる痛みと疲労が節々に残っていたけれど、今はそれもほとんど無い。無論万全とはいえないが、これなら細かい動きや逆に激しい立ち回り――そして魔法少女相手の戦闘も十分にこなせるだろう。

 

「いよいよ明日か……」

 

 スイムスイムが返事を待つといった三日間。最後となる明日がタイムリミットだ。明日の夜、僕はスイムスイムの仲間になるか否かを問われる。もちろん、仲間になるつもりなんてない。スイムスイムは目的のためなら手段を選ばない。手を組めばきっとろくでもない事をやらされるだろう。……それこそ、誰かを殺すことを。

 

 それはスノーホワイトの相棒として、清く正しい魔法少女であるためには決して選んではならない選択肢。越えてはならない最後の一線だ。……なによりも、僕が剣を捧げるのはスノーホワイトだけだから。

 

 だからそれまでにマジカルフォンを奪い、スノーホワイトが僕のために稼いでくれているというマジカルキャンディーを受け取らなくてはならない。

 そのためには、まず

 

「どうにかして、マジカルフォンがどこにあるかを突き止めないとな」

 

 残り時間は少ない。だからこそ、今日中に切っ掛けだけでも掴むんだ。僕が生きて、あの子の隣に戻るために。

 決意を新たに、僕はベッドから立ち上がった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 制服に着替えてから簡単な朝食を済ませ、家を出る。

 そうしていつも通りの通学路をいつも通りに歩く。以前ならば退屈に感じたこんな時間でも、魔法少女の時間が殺伐としてしまった今となっては心休まる貴重な一時だ。

 

 周りには、同じように中学校へ向かう生徒達がいる。男子は友人と肩を並べて他愛もない話題で盛り上がり、その隣では女子達が姦しく笑い合っている。

 

「あれは……」

 

 そんな思い思いの登校風景を過ごす生徒達の中に、ふと見覚えのある華奢な背中を見つけた。

 

「亜子ちゃん」

 

 声をかけてその隣に並ぶと、物静かな雰囲気の少女――一年の鳩田亜子ちゃんは驚いたようにほんの僅かに目を見開いた後、ぺこりとお辞儀した。

 

「おはようございます。岸辺先輩」

 

 うん、相変わらず礼儀正しい子だ。親御さんの教育が良かったのかそれとも性格か、たぶ

 んどちらもだろうな。

 

「うん。おはよう。……ごめん、いきなり声をかけたから驚かせちゃったね」

 

 そんな後輩の微笑ましい姿に苦笑しつつ謝ると、

 

「いえ、誰かに声を掛けられるとは思っていなかっただけなので……。気にしないでください」

 

 亜子ちゃんはそう返して、そのまま僕らは一緒に歩き出した。

 中学までの道を、昨日と同じように二人並んで歩く。口数の少ない亜子ちゃんと僕の間には相変わらずあまり会話は無かったけれど、それは気まずい沈黙ではなく、きっと彼女の持つ雰囲気がそう思わせるのだろう、静かに寄り添うような穏やかな心地だった。

 ふと亜子ちゃんは、灰色がかった瞳に僅かに疑問の色を浮かべる。

 

「先輩は、いつもこの時間に?」

「え?」

「今まで、登校中に姿を見かけた事が無かったので」

 

 ああ、そういうことか。

 

「いつもは部活の朝練があるからもう少し早く登校するけど、今は休んでるからね」

「朝練……。運動部なんですね」

「サッカー部だよ。放課後はいつもグラウンドで練習してるんだけど……見た事無いかな?」

「学校が終わったら、すぐに帰っているので」

 

 なるほど。僕達には見事に時間的な接点が無いようだ。

 

「部活してないんだ」

「はい。今は、それよりもやらなければならない事があるので……」

 

 そう語る彼女の声には、静かだが強い想いが込められている。

 それがどういう物かは窺い知ることは出来ない。でも、必ず成し遂げようという決意は伝わってきた。

 

 やっぱり、どこか小雪に似てるな……。

 一見して大人しいのに、時にはハッとするような意志の強さを見せる所とか。

 そういえば、背丈も同じくらいだ。幼げな顔立ちから何となく小雪より低そうに感じていたけれど、並んでみればちょうど小雪の頭がくる高さに亜子ちゃんの頭がある。

 

 それは亜子ちゃんが歩く度にひょこひょこと上下して、つられてどこか日本人形を思わせる黒髪もふわりと揺れる。……撫でてみたいな。

 ハッ!?――危ない危ない。微笑まし過ぎて理性が揺らぎ危うくセクハラをする所だった。

 

「あ……」

 

 ふと、亜子ちゃんが立ち止まった。

 一瞬すわ煩悩がばれたのかと冷や汗をかいたが、その瞳は僕ではなく道路を挟んだ向かいの歩道の方を向いている。つられて僕もその視線の先を見ると、そこには一組の男女がいた。

 

 横断歩道の手前で自転車に跨ったまま立ち止まっている二十代半ばくらいの気真面目そうな眼鏡の男性と、その傍らで彼にお弁当が入っているのだろう包みを手渡す大学生くらいの快活そうな女性。一瞬兄妹かなと思ったけど、二人の雰囲気で違うと知る。甘くこそばゆくて、そして遠くから見ていても互いを想い合っていると分かる二人の優しい笑顔は、愛し合う男女の顏だ。

 おそらく、お弁当を忘れて出勤した旦那を追いかけてきた幼妻という所か。仲睦まじいその姿に、つい口から羨望の溜息が漏れてしまう。

 

 いいな……あれ……。

 僕もいつか、小雪とあんな風に愛妻弁当を手渡しで……あれ? なんだ? いつかどこかでスノーホワイトに変身した小雪に同じような事をされた気がするぞ? たしかあれは……うぅ……上手く思い出せない。でもたしかに僕は……普段のスノーホワイトよりあざと可愛くて胸もお尻もちょっと増量してる、正に僕の理想のスノーホワイトとイチャイチャして――

 

『 そ う ち ゃ ん ? 』

 

「ひいっ!?」

「!? ど、どうしました岸辺先輩?」

「い、いや、なんでもないよ……は、はは……」

 

な、何だ今のは……。なんだかわからないけれど……でも、これ以上思い出すのはやめよう……うん。

 

 突然悲鳴を上げた僕に驚いてビクッとした亜子ちゃんに、引き攣った笑みを返し誤魔化すも、脳裏には不意に浮かんだ狩人の如き無表情で業務用消火器を振り上げるスノーホワイトのイメージが恐怖と共に刻まれていた。

  気を取り直し、僕は仲睦まじい二人の姿をじっと見つめる亜子ちゃんの横顔に目をやった。

 

「亜子ちゃんも、やっぱりああいうのに憧れるの……?」

「はい……」

 

 眩しい物を見る様に僅かに細めたその瞳は、深い羨望と憧憬、そしてけして手の届かないもう喪われた何かを見るような、そんな色に染まっている。

 何故そんな瞳をするのか。その瞳の奥に在る心を窺い知ることは出来ない。でも僕は、それがひどく哀し気に思えて

 

「え」

 

 ふいに亜子ちゃんの目と口が僅かに見開かれた。何事かとその眼差しが向かう先を見れば――

 

「え」

 

 夫婦がキスしていた。

 キスしていた。

 人目もはばからず奥さんの方から大胆に、すがすがしいほど堂々と――ってえええええええ!!

 いや、えっ!? 何してんの何やっちゃってんの!? 今は朝だよ。そして公衆の面前だよ! 周りには通学通勤途中の人がたくさんいるし、ああほら傍でランドセル背負った女の子もじっと見てるじゃんなのになに二人の世界を作ってるのさ! 

 

 突然のキスシーンに顏と頭が火照って思考がまとまらない。というか人生で一番性に多感な中学生の前でやる事じゃないよね。見てるこっちが恥ずかしいよ!

 堪らず顔を逸らせば、全く同じタイミングで同じように顔を逸らした亜子ちゃんと目が合う。互いの眼差しが、紅潮した頬、そして相手の唇へと自然と目がいって

 

「「――ッ!!」」

 

 二人、顔を真っ赤にして逆方向に顔を逸らせてしまった。

 

「「…………」」

 

 面はゆいような、何とも言い難い沈黙が下りる。

 暫く二人、火照る顔で無言で立ち尽くしていたけど

 

「行こっか……」

「はい……」

 

 僕がぽつりと促し、亜子ちゃんが小さく頷いて、僕らは再び歩き出した。

 でも今度は、互いに目を合わせること無く黙々と。湧き上がる恥ずかしさを押し殺すように。

 やがて前方に中学校の正門が見えてくる。そこを抜けた先で僕らは別れ、それぞれの教室に向かう事になった。別れ際、亜子ちゃんはふと僕の顔を円らな瞳でじっと見て

 

「顔色、良くなりましたね……」

 

 その表情に微かな安堵を浮かべた。

 

「良かったです……。元気になって」

 

 それは小さな、でも温かな微笑。

 昨日までの精神的に追い詰められていた僕の事を案じてくれていたんだろう。まだ友達とも言えない知り合ったばかりの関係なのに、それでも心配してくれて、そして僕が少しは立ち直れた事を喜んでくれる。

 ……うん、やっぱり優しい子だ。

 

「亜子ちゃんのおかげだよ」

 

 僕は微笑みを返して、絶望に押しつぶされかけていた僕に最初に元気をくれた子に感謝を伝えた。

 

 

 この時、僕は気付かなかった。

 二人で微笑を交わし合う僕らを見詰める、歪んだ眼差しがある事を。

 亜子ちゃんが、この優しい子が、その小さな背中に何を背負っているのかを。

 僕は気付けなかった。

 この日の昼休み、あの屋上に行くその時までは――

 

 

 ◇◇◇

 

 

 昼休みのチャイムが鳴り、購買でパンを買った後、僕は屋上へと向かった。

 朝に亜子ちゃんの蕾の様な唇を見つめてしまって気恥ずかしい思いをさせてしまったのを改めて謝りたかったというのもあるけれど、亜子ちゃんと一緒に昼食をとるのは穏やかで心和む一時だった。生きるか死ぬかの殺伐とした現状の中、もう一度あの雰囲気を味わい癒されたかったから、僕は足を進め屋上への階段を上る。

 そして扉に手を掛け、開こうとした時

 

「いい気になってんじゃねーぞ!」

 

 苛立ち交じりの怒声とフェンスに何かが当たって軋む音が響いた。

 不穏なそれに何事かと扉を開け、僕が目にしたのは

 

「そんなつもりは……」

「はあっ!? 岸辺先輩の前でヘラヘラ笑ってたくせに何言ってんのよ! 誤魔化してんじゃねーっての!」

「……ごめんなさい。不快に思われたのなら、謝ります……」

「オメーに謝られてもキモいだけなんだよ!」

「謝れば済むとか思ってんの? あたしらナメてんの?」

「そんなことは……」

「その態度がナメてるって言ってんだよ!」

 

 三人の女子に囲まれるようにして、屋上のフェンスに背中を押し付ける亜子ちゃんの姿だった。

 亜子ちゃんと同じ一年らしき女子たちは、皆一様に苛立ちと嘲りを込めた眼差しを向け口々に罵倒している。それを一身に受ける亜子ちゃんは口ごたえも逃げ出すこともせず、ただただ浴びせられる悪意に対して申し訳なさそうに目を伏せてじっと耐えていた。

 

「何してるんだ!!」

 

 それを見た瞬間、僕は声を張り上げていた。

 鋭く響くそれに、亜子ちゃんと女生徒達はハッと顔を向けてきて、駆け寄る僕に気が付いた。

 険しい表情を浮かべる僕の姿に、女生徒のうち二人は舌打ちして気まずそうに黙り込む。だが残る子一人、おそらくはリーダー格だろう着崩した制服と派手な髪留めが印象的な女生徒だけは、悪びれることなく余裕の笑みを浮かべ

 

「べっつに~アタシ達はただみんなで楽しくおしゃべりしてただけですよ~」

「おしゃべりって……そんなわけないだろ! 今のはどう見ても――」

「だよね~鳩田?」

 

 怒りを滲ませる僕の言葉になど構わず、髪留めの子は亜子ちゃんに笑いながら問い掛ける。吊り上がった唇、甘い毒の様な猫なで声、その表情だけは笑顔の形をしているが、だがその悪意を湛えた瞳だけは笑っていなかった。

 そして獲物をいたぶる悪猫を思わせるその眼差しを向けられた亜子ちゃんは、

 

「……はい。そうです……」

 

 小さく、頷いた。

 

「なっ……!? 何を言ってるんだ亜子ちゃん!?」

 

 想いもよらぬその返答。思わず困惑する僕に、髪留めの子は

 

「ま、そういう訳なんで。アタシらはこれで失礼しますね~」

 

 ヘラヘラと笑って、屋上の扉へと歩き出す。二人の取り巻きもそれに続き、扉に手を掛けた時――髪留めの子はふいに振り返り、僕へと粘つくような眼差しを向けた。

 

「……あ、そうだ岸辺先輩。よかったら今度一緒にお茶しません? アタシこれでも岸辺先輩のファンなんですよ~」

 

 僕は答えず、ただ険しい眼差しを向ける。

 だが彼女はまったく意に介す事無く「フラれちった」と軽く舌を出し、開いた扉の向こうへと去っていった。

 最後までヘラヘラと、悪びれる事も謝る事も無く。

 何故だ。何でそんな顔をしていられる。亜子ちゃんを罵倒して、罵って、悪意をぶつけておきながら――ッ。

 体の奥底からふつふつと、言い様の無い怒りが湧き上がる。

 ふざけるな。我慢できない。僕は追いかけようと一歩を踏み出し

 

「いいんです」

 

 制服の袖を掴む小さな手と声に、引き止められた。

 

「ッでも――」

 

 振り返り、その腕を振り解こうとして――出来なかった。

 僕を引き止める亜子ちゃんの顔が

 

「いいんです……。ぜんぶ――」

 

 あまりにも、儚く哀し気だったから。

 あれほどの仕打ちを受けておきながら、その表情に怒りも憎悪も無く。ただ底知れぬ諦念と絶望に沈むその顔は、まるで

 

「ぜんぶ、私が悪いのですから」

 

 見えざる十字架を背負う、罪人のようだった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 結局、僕は何も出来なかった。

 亜子ちゃんの手を振り払う事も、あの女子達を糾弾することも出来ずに、ただ哀しげな瞳に見つめられるままに足を止め、立ち尽くすしかなかった。

 それからは重苦しい沈黙の中、一言も発する事無く無言で昼食を摂り、それが終わった後に亜子ちゃんは何処かへと去っていった。

 去り際に申し訳なさそうに一礼して、屋上の扉の向こうに消えるその背中を、僕はただ見送るのみ。どう声をかけるべきか、そもそも声をかけていいものかも分からずに。誰もいなくなった屋上に一人、立ち尽くしていた。

 

 それから午後の授業を受けたけど、先生が話す言葉も黒板の文字もほとんど頭に入らなかった。脳裏にこびり付いた亜子ちゃんと女子達の姿に、怒りと困惑とやるせない無力感が渦巻いて気分を陰鬱にさせたから。

 結局内容が碌に頭に入る事無く、僕はそのまま放課後を迎えた。

 チャイムが鳴り、一日の授業を終えた事からの解放感に自然と賑やかになるクラスメイト達から逃れる様に、鞄を手に教室から出る。

 皮肉にも昨日と同じように足取りは重く、廊下を歩く僕の背に――その時、張りのある声が掛けられた。

 

「よう岸辺」

 

 親し気に僕の名を呼ぶその声に振り向くと、

 

「部長……」

 

 体格の良い精悍な男子生徒――僕の所属するサッカー部の部長が爽やかな笑みを浮かべていた。

 

「あ……すいません。今日もその、部活をやれなくて」

 

 サッカーはチーム競技、そして僕は一時期、溢れる煩悩を解消するため地獄の様な自主練打ち込んだ甲斐あってレギュラーに選ばれている。それがやむをえない事とはいえ長期にわたって部活を休むのはチーム全体にとって紛れも無いマイナスだ。

 迷惑をかけてしまっている申し訳なさに、副部長に向かって頭を下げると

 

「気にするなよ。体調が悪いって奴を無理に参加させられるか。それにお前は頑張りすぎるくらいに頑張ってたから、少し休むくらい丁度いいだろ」

 

 そう、爽やかに笑って許してくれた。

 

「だから岸辺は気にせず体を休めてろ。なに、もしそれで文句を言う奴がいたら、部長権限で地獄の特訓をさせて岸辺の代わりを務めてもらうさ」

 

 ……相変わらず、凄い人だ。

 この部長は県内でもトップクラスの実力を持ち、だけど威張ることも無く後輩にも補欠メンバーにも分け隔てなく気さくに接してくれる、優れたリーダーシップと天性のカリスマでチームを強豪に押し上げた人だ。

 加えて学業優秀でスポーティなイケメンだから当然女子にもモテモテ。校内どころか他校の女子からもひっきりなしに告白されているらしい。

 

 なのに何故か今だに彼女がいないらしい。謎だ。告白は全部断っているそうだけど、他に好きな人でもいるのかな?

 不可解さに内心首を傾げていると、部長はふと僕の顔を見て眉を寄せた。

 

「顔色が悪いな? そんなに体調が悪いのか?」

 

 その心配げな声に、僕は「そんな事は無いですよ」と返そうと思った。思っていた。でも、僕の唇から実際に洩れたのは違うものだった。

 

「ちょっと、気になる事があって……」

 

 聞いて欲しかったのかもしれない。吐き出したかったのかもしれない。誰でもいいから僕のこの胸の中に渦巻く、どうしようもない感情を。

 

「知り合いの後輩の子が、絡まれているのを見たんです……」

 

 思い出すあの光景、あの瞳。何も出来なかった後悔を滲ませながら、僕は亜子ちゃんの名前を伏せた上で、屋上での出来事をぽつりぽつりと話した。それを聞いた部長は表情を硬くし、考え込むように暫し黙した後、静かに口を開いた。

 

「それ、鳩田か?」

 

 思わず部長を見る。その顔は気難し気に眉根を寄せていた。

 

「知ってるんですか?」

「直接の知り合いじゃないが、噂だけは聞いてるよ」

「噂……?」

 

 語られた不穏な言葉。それがどういう物かはわからない。けど、嫌な予感がする。

 まるで開けてはならないパンドラの箱を開けるような。おぞましい何かが埋められた墓穴を覗き込むような、そんな不安に苛まれながら問い掛ける僕に、だが部長は

 

「そうか……。いや、知らないならいい。軽々しく言っていいことじゃないからな」

 

 答えず

 

「鳩田は今、ある理由からクラスで敬遠され腫物の様に扱われているらしい」

 

 かわりに僕の瞳をその強い眼差して貫いて、言った。

 

「お前、鳩田とは距離を置いた方がいいぞ」

「なッ――!?」

 

 一瞬、頭が真っ白になった。そして思考を取り戻した時、理不尽すぎるその台詞に敬うべき先輩という事も忘れて思わず怒鳴りつけようとして――寸でで止めた。

 そう語った部長の瞳に在ったのは、悪意では無く、他者を気遣い諭そうとする意志だったから。

 

「鳩田が敬遠される理由は彼女に非がある訳じゃない。時間がたてば、無くなりはしないだろうがある程度は沈静化するだろうな」

 

 

 それは……よかった。

 でも、亜子ちゃんに絡んでいた子はとても遠巻きにしているという風ではなかった。むしろ自ら進んで何も抵抗しない亜子ちゃん罵倒し迫害していたような……――ッ!!

 

 そう、考えた瞬間。

 ようやく至った一つの答えに、僕は全身に氷水を浴びたような悪寒に襲われた。

 

「それが今悪化したのは……」

 

 そんな。まさか……信じたくない。嘘だと思いたい。……けど、僕の唇は震えながら、その答えを紡ぐ。

 

「……僕が、会っていたから?」

 

 部長は、頷いた。

 

「気に入らなかった奴らが目を付けたんだろうな」

 

 頭を見えない鈍器で殴られたような気がした。全身から力が抜け、地面が揺らぐ。暫し平衡感覚を失った僕は、壁に背中を着けて寄りかかり、ともすれば崩れ落ちる体を何とか抑える。

 

『はあっ!? 岸辺先輩の前でヘラヘラ笑ってたくせに何言ってんのよ! 誤魔化してんじゃねーっての!』

 

 脳裏に蘇るのは、屋上で聞いた女子達の罵倒。

 僕と亜子ちゃんが一緒に登校していたのは、同じく登校中だった沢山の生徒達に見られてる。別に隠していたわけではないし、隠さなければいけないとも思わなかった。けど、それがあの女子達の怒りを買っていたらしい。

 

「でも、なんで僕なんかで……?」

 

 そこまで分かっていても、腑に落ちない。

 僕は魔法少女に変身できること以外はごく平凡な男子中学生だ。女の子から告白された事だってほとんど無いし、バレンタインデーに貰うのも女子からの義理チョコよりむしろ同じ男からの友チョコが圧倒的に多かった。

 

『最近では同性への友チョコが流行っているんだぜ』とクラス中の男子から渡されたけど、あれはきっと新手の嫌がらせだったに違いない。お返しにホワイトデーに手作りチョコを渡したら全員号泣していた。

 

中にはたぶん怒りのあまりか突然獣のような叫び声をあげて僕を押し倒そうとしてきた奴もいたけど、すぐに周りの男子達に取り押さえられ事無きを得た。あの時はさすがにやりすぎたかなと反省したものだ。

 

 閑話休題。

 困惑している僕に、部長はまるで出来の悪い生徒を持った教師の様にやれやれと肩をすくめ

 

「お前自身は気付いてないだろうがな……」

 

 僕の顏のすぐ横の壁に右手をドンと叩きつけ、突然の行動に目を丸くする僕にその顔を近づけた。逃れる間もなく残る左手に顎を軽くつかまれ、そのままクイッと上げられて、僕より頭ひとつ分背の高い部長の目線に合わせられる。

 そして鼻と鼻が触れあいそうな、それこそ部長の熱い吐息のかかる距離で

 

 

 

「お前を狙ってる奴――結構いるんだぜ」

 

 

 

 見た事が無いような雄の瞳で、囁かれた。

 

 …………え?

 いや、なに………これ?

 

「ぶちょ…う……?」

 

 訳が分からない。いきなりの事態についていけない頭はパニックになって、思考が千々に乱れ四肢は硬直する。そんな僕に構わず、部長はその唇をぽかんと半開きになった僕のそれにゆっくりと近づけてきて――ってうわああああ!? 近い近い近い止めてとめて!? このままじゃホントにくっついちゃ……嗚呼……さよなら僕の初めて……。

 

そして二人の唇が触れ合う、寸前――部長はひょいと体を離した。

 

「だから下手に関わり続ければ更に悪化することになりかねん。鳩田の事を思うなら、悪い事は言わんから距離を置くんだな」

 

 僕から離れた後、そんなまるで何も無かったかのような態度でそう言ってから、部長は踵を返し背を向ける。

 

「……お前のせいじゃねえよ。気に病むな」

 

 最後にそう言って、部長はいつの間にやら出来ていたギャラリー達を押しのけるようにして去っていった。

 その背中を、僕は暫し呆然と見送る。廊下はそんな僕たちのやり取りを見て顔を真っ赤にした女子達と、何故か血の涙を流し慟哭する男子達で埋め尽くされていた。

 そして次の瞬間、男子達は獣の如き声を上げて「許さねえ!」「よくも俺達のそうちゃんを!」「ぶっ殺してやる!」と目を血走らせ部長が去っていった方向に突撃していった。

 

「はっ……!? もしかして部長……」

 

 その光景に、僕はようやく部長の考えを悟る。

 

「亜子ちゃんの代わりに、自分が嫉妬される対象になろうとして……!」

 

 何てことだ。……そして、僕はなんて情けないんだ。

 部長は、たとえ自分が嫌われる事になろうとも僕と亜子ちゃんのためにその身を顧みず行動している。

 なのに、僕は何もできない。してはいけないんだ。

 僕が亜子ちゃんに関わる、それこそが亜子ちゃんを傷つける事になってしまうのだから。

 

 哀しい程に優しくて、そして絶望に捕らわれるあの子を助ける事の出来ない苦しみに苛まれながら、僕はどうする事も出来なかった。

 魔法少女ラ・ピュセルではなく、ただの人間の岸辺颯太である僕には。

 

 

 ◇リップル

 

 

 そして、夜が来る。

 生と死が交わる、魔法少女の時間が。

 

 

「……チッ」

 

 夕日が沈み、夜闇に染まりゆく名深市の空に不機嫌そうな舌打ちが響いた。

 それを鳴らした者、ビキニを思わせる露出度の高い忍び装束を纏う忍者――魔法少女リップルは、相棒であるつばの広い尖がり帽子にマント姿という魔女の様な魔法少女――トップスピードと共に箒に乗りながら、不機嫌さを隠そうともせずに呟く。

 

「今日もボランティア?」

 

 そんな相棒に、トップスピードは大きな三つ編みを風に靡かせながら苦笑した。

 

「そう不機嫌そうにすんなよ。人助けは魔法少女の仕事だろ?」

「昨日は道路標識の撤去。おとといは放置自転車の移動。その前は不法投棄されたゴミを纏めてゴミ捨て場へ……。魔法少女というよりむしろ市役所の仕事を手伝ってる気分なんだけど」

「ギクッ!?……な、なーに言ってんだよリップルさん。市役所と魔法少女、同じ人助けをする者同士なんだから仕事内容が重なるなんて良くある事だろ~……それにあいつの仕事が減れば、帰りも早くなってそのぶん夫婦の時間が増えるし……」

「なにブツブツ言ってるの?」

「なっ、なんでもねーよ!?」

 

 刀の如き鋭い瞳でジトーっと見つめてくるリップルに引き攣った笑みでそう言って、トップスピードは何かを誤魔化すように固有アイテムである魔法の箒『ラピッドスワロー』のスピードを上げた。

 

「つー訳でさっさと仕事にとりかかろうぜ! 今日は悪ガキに剥がされた選挙ポスターの貼り直しだ!」

「それは明らかに役所の仕事だろ!」

「どっこいポスターはもう用意してあるんだな!」

「なんでそんな物を持っている!?」

 

 じゃじゃーんと相棒がマントの内側から取り出した選挙ポスターの束からは、脂ぎったおっさんが怒鳴るリップルに政治家スマイルを向けている。もし自分に選挙権があってもこいつには絶対に投票しない事をリップルは誓った。

 

「細かい事は気にすんな! じゃ、一気に行っくぜーー!!」

 

 リップルの次なる怒鳴り声はラピッドスワローが更にスピードアップした事で風を切る音にかき消される。

 

「……チッ」

 

 何だかどっと疲れた。

 キャンディー集め前だというのに余計な疲労感を感じながら盛大に舌打ちするリップル。その瞳が、ふと眼下の街並み――ビルの屋上から屋上を人ならざる跳躍力で移動する人影を捉えた。

 

「あれは……」

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

 たとえどれほど悩みに捕らわれ苦しもうとも、時間は止められない。

 だからこそ、やらなければならない事があるのならば、それをあえて一時は胸の内にしまい込んででも、強引に気を引き締めて立ち向かわなければならないのだ。

 

 そして僕は今夜も、魔法騎士ラ・ピュセルとなってスイム達の待つ王結寺にやって来た。

 本堂の扉の前に立ち、それを開く前に深く息を吸い、ゆっくりと吐く。全ての雑念を吐き出すように、身の内に渦巻く憂鬱を抑え込むように。

精神を研ぎ澄ませ、心を落ち着ける。

切り替えるんだ。未熟な中学生男子から、高潔な女騎士へと。

 

「……よし」

 

 そして静かにそれを終えた僕は、扉を開き中に入った。

 瞬間、

 

「ラ・ピュセル~~!」

 

 まるで主人の帰りを待つ子犬の様に床にちょこんと座ってソワソワしていたたまが、僕の姿を見るとパッと顔を輝かせ飛びついてきた。

 

「うわっと!?」

 

 昨日までオドオドしていたたまのアグレッシブすぎる姿に驚きつつ、僕はたまを胸元で受け止める。

 たまは僕の腰に手を回し、胸の谷間に柔らな両頬をぴったりと着け尻尾をフリフリと振りながら

 

「こんばんはラ・ピュセル。いつ来るかずっと待ってたにゃ」

 

 嬉しくてたまらないといった満面の笑顔で僕の顔を見上げた。

 そんなたまの姿に、ユナエルとミナエル――ピーキーエンジェルズがいつもの如く宙に浮きながら揃って呆れた眼差しを向けていた。

 

「あの遅刻魔のたまがアタシたちより先に来てるとかマジ驚いたわ」

「発情期のワンコが行動的になるって本当だったんだねお姉ちゃん」

「むしろあの甘えっぷりはニャンコだけど」

「キャラ振れまくりやね」

「そしてもし二人の間に子供が出来たら犬と猫とドラゴンが合わさったクリーチャーが生まれるんだよ」

「お姉ちゃんそれマジキメラ」

 

 相も変わらず好き勝手言っている。

 口の悪い性悪天使たちに文句の一つも言ってやりたいところだが、その前にこの無防備に抱き着いて全身を擦り付けてくるワンコをどうにかしなければ。いくら精神的ショックが抑制される魔法少女とは言え女の子と密着するのは流石にドキドキするよ。

 

「たま……」

 

 困ったように眉を下げ、苦笑しつつ声をかけると

 

「あ……っ。ご、ごめんねっ。私、つい嬉しくて……わにゃっ!?」

 

 たまは慌てて謝り僕から体を離して、そのままバランスを崩し尻もちをついた。

「いたた……」と呟くたまの姿勢はいわゆるM字開脚で……たまのコスチュームがスカートでなくて本当に良かった。

 内心安堵しつつ。たまに手を差し伸べ立たせてあげる。

 

「あ、ありがとう」

 

その手をとったたまは、ちょっと恥ずかしそうに顔を赤らめ

 

「……やっぱりラ・ピュセルはやさしいにゃ」

 

 そうお礼を言った後、再び声を弾ませた。

 

「ねえねえラ・ピュセル。今日はどんな特訓をするの?」

「今日、か……」

 

 考え込むそぶりを見せつつ、僕はさりげなく堂内を見渡す。

 柱の陰、床の端、そして四隅、それらに注意深く目をやるも、やはりマジカルフォンが隠してありそうな箱や壺などは見当たらない。

 勿論簡単にわかる場所になどあるはずはないだろうが、タイムリミット前日である今日は何としてもその場所だけでも突き止めなければならない。

 だから今日は、なるべくならその捜索のために使いたい。しかし、それはたまと一緒では出来ない相談だ。……ワクワクと期待の眼差しを向けてくれるたまには悪いけど、ここはどうにか言いくるめて――

 

 

 

「――駄目。今夜の特訓は私としてもらう」

 

 

 

 大気を静かに揺らす、凪いだ水面のような声が、動こうとしていた僕の唇を止めた。

 思わずその声の主へと目を向ければ、一段高い上座の中心、この王結寺の魔法少女全てを統べる者の位置に立つ少女の瞳とぶつかった。

 何度見ても底知れぬ、澄んではいるがどこか茫洋としたその瞳の主――白いスクール水着の魔法少女スイムスイムは、立ち尽くす僕を見詰め、再び淡い唇を開く。

 

「今夜は、私としよう。ラ・ピュセル」

 

 僕をこの状況に追い込み、そして今この瞬間も僕の命を握っている、ある意味ではあのクラムベリーと同じ諸悪の根源たる少女の言葉には、応じる以外の選択肢などあるはずが無かった。

 

 

 




お読みいただきありがとうございます。
レーテ様最高と叫ぶオスク派とプク様万歳と讃えるプク派のファン同士の争いを高みの見物するカスパ派の作者です。ラツム様はいいぞぉ……。

解説の前にまずはお礼から。
読者様のおかげで評価バーに色が付きました。こんなほぼ原作レイプ設定捻じ曲げまくりの地雷だらけの作品を評価して頂きありがとうございます。みんな優しいなあ。これからも読者の皆様に楽しんでいただけるよう頑張りますね。

さて、今回出したオリキャラの『部長』氏ですが、原作には地の文でしか登場しないながらも薄い本やエロSSや例のキャラスレでは大抵そうちゃんの竿役を務めておられる方です。
やっぱりそうちゃんを主役にするなら彼に出てもらわないとという事で登場させました。今作の彼の性格は爽やかなホモですが、他の方々が描く『部長』も鬼畜あり純愛ありと様々な性格で描かれているのでそれらと比べてみるのも面白いのかもしれませんね。

あともしかしたら、この作品はそうちゃん生存ルートの考察作品と思われているかもしれませんが、捏造設定過去改変ありきのストーリーなので『考察』ではなくあくまで完全に単なる『妄想』作品です。そこのところはくれぐれも注意してくださいね。

ではまた次回で

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