魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~ 作:どるふべるぐ
◇岸辺颯太
――小雪へ。
――ちょっと体調が悪くて、魔法少女活動がしばらく出来そうにないんだ。こんな時なのに、本当にごめん。
一文字打つごとに重くなっていく気分を感じながら、僕は完成したメールをスマートフォンで送信した。
朝の光が差し込む自室のベッドに座り、一人憂鬱な溜息を吐く。朝目覚めてから、気分は最悪だった。
思い出したくも無い昨日の夜。
クラムベリーに殺されかけて、スイムスイムに助け出された後「騎士になって」と脅された夜。『どんなものにでも水みたいにもぐれる』魔法を前に成す術も無く負けた僕を、スイムスイムは解放した。
『三日待つ。三日目、順位発表の夜にあなたの答えを聞かせて』
そう、あの感情の見えない凪いだ水面のような瞳で言って。
その後、変身を解除したものの体力を消耗して動けなくなった僕は、スイムスイムに背負われて帰宅した。内心複雑だけど、家までわざわざ送ってもらった事に一応礼を言うと「気にしなくていい。どのみちいざという時のために家の場所を押さえておく必要があったから」と返された。礼を言ったことを後悔した。そして自分の部屋に入りベッドに倒れ込んで、その後の記憶はほとんど無い。僅かに覚えているのは、泥の様な疲労感の中で、どこまでも深い水底に沈んでいくような感覚だけ。
それから一晩眠って、身体の疲労や痛みはだいぶ和らいだ。けど、心はそうもいかない。
クラムベリーとスイムスイム、魔法少女とはとても認めたくない二人に負けてしまった屈辱。スイムスイムに責められ、涙を流してしまった悔しさ。情けなさ。そして、絶望的な理不尽への怒りと恐怖。色々な嫌な感情がぐちゃぐちゃになって、今も僕の中で渦巻いている。
「はぁ……」
気が重い。本当なら学校に行くのも億劫だけど、かといってこのまま部屋に籠っていてはよけい欝々とするだけだ。だるい体を引きずるように自室を出て、洗面台の前に立つ。
鏡に映った僕の顔は、見た事も無いほど酷い顔だった。
「こんな顔、小雪には見せられないな……」
口元が自嘲に歪む。酷い顔が、もっと酷くなった。
☆ ☆ ☆
僕の家には今、僕一人しかいない。
結婚記念日を迎えた両親は夫婦水入らずで一週間の旅行に行っていて、来週にならないと帰ってこないからだ。そんな一人きりの家の中はがらんとして、いつもよりどこか寒々しかった。
そんな空気から早く抜け出したくて、僕は中学の学生服に着替えてから簡単な食事をすませ、それから家を出た。
中学校までのいつもの道を、いつもとは違う重い足どりで歩く僕の顔は俯きがちだ。ちゃんと前を見ないと危ないとは思うものの、気が付けば地面ばかりを見ている。ため息が漏れた。僕はどこまで落ち込んでいるのだろうと。
そんな僕の視界に、ふとある物が映った。アスファルトの黒の中で、朝の日差しを反射して銀色に光る小さなそれ――誰かの落とし物だろうか?――を拾った時、道の前方の植え込みの中に腰から上を突っ込んでいる女の子の姿が目に入った。
屈めた上半身は植え込みの背の高い植物の間に隠れて見えないが、唯一見える学生服のスカートの柄からして同じ中学の娘だろう。その子は緑の葉っぱの中に深く体を突っ込んで、何やらガサゴソやっている。その度にスカートに包まれた小さなお尻がふりふりと揺れていた。……可愛いな。――はっ!? 危ない危ない。どうやら僕は思った以上に精神がまいっているようだ。
「ねえ、君……」
危ない煩悩にとらわれかけた思考を振り払い声をかける。すると揺れるお尻がビクッと震え、慌てて上半身を引きぬいた。そして現れたその子の姿を見た瞬間、ドキッとした。
「小雪……」
いや、違う。背丈こそ似ているが、違う子だ。
日本人形を思わせるおかっぱの黒髪。あまり陽にあたっていなさそうな色白の肌。まだ幼さを残したあどけない顔立ちだが、表情が乏しいからかどこか儚げな感じのする、そんな子だった。……同い年には見えない。一年の子かな。
いきなり知らない名前を呟かれたその子は、キョトンとして
「え?」
「いや、ごめん。なんでもないから。……その、君は」
苦笑して誤魔化し、問いかけると、その子は申し訳なさそうに声――抑揚は薄いが、綺麗な声だ――を落し暗い表情で
「落した物を探していて……。驚かせてしまいましたよね。ごめんなさい」
そう言って頭を下げようとするのを僕は止めて、小さな顔の前に拾ったものを差し出した。
「それってこれのこと?」
僕の掌の上でちゃりんと鳴る小さなそれ――一本の『鍵』を見た彼女の瞳が、大きく開かれて
「!! はい……っ。そうです。あなたが見つけてくれたんですか?」
「うん。ついさっき拾ったんだ。そのあと何かを探してる君の姿を見つけたから、もしかしたらって」
「ありがとうございます……っ」
細い腰を折って深々と礼をする。あまり表情は変化しないけど礼儀正しい子だな。
どこか微笑ましいその姿に小さく微笑んで、僕は鍵を手渡す。それを柔らかな掌で受け取った彼女は、大事そうに両手で握りしめて、ぎゅっと自らの胸に押し当てた。
「よかった……」
瞳を閉じて、心の底から安堵の呟きを漏らす。その姿はまるで祈りを捧げる敬虔な信徒のようで、ただ失くした鍵を見つけたにしては大きな反応だった。
「もしかして、そんなに大切な物だった? なにか思い出の品とか……」
「はい……。とても、とても大切な……ある人との思い出の鍵なんです」
その人の事を思い出しているのだろうか。そう語る彼女の瞳は、敬慕と憧れの混じった、どこか夢見るような眼差しで
「そっか……じゃあ、見つかってよかったね」
「はい。本当にありがとうございます。……えっと」
小さな眉が困ったように下がる。そういえばまだ名乗っていなかったな。
「僕は二年の岸辺颯太。君は?」
「私は一年の鳩田――
名乗り返し、また礼儀正しくぺこりと頭を下げる彼女――亜子ちゃん。
ふわりと揺れるその髪に、その時僕はある物を見つけて
「ちょっとごめん」
「えっ……!?」
不意に腕を伸ばして髪に触れた僕に、亜子ちゃんは思わず後退る。これ以上離れられると困るので咄嗟に腕を回し、逃げる背中を掌で軽く押さえるとビクッと身を固くされた。まるで人形のように華奢な身体が、緊張に小さく震えている。
「……よし、取れた。ごめんね。驚かせちゃって」
「あ……」
謝りつつ、髪に引っ掛かっていた一枚の葉っぱを指で摘んで見せると、亜子ちゃんは安心したのかほっと息を吐く。よほど驚かせてしまったのか、白い頬がほんのり赤く染まっていた。
「ぁ……すみません。わざわざ取ってくれようとしてたのに。私ってば逃げようとして……」
「いや、それはこっちが突然だったし……。ごめん。先に説明するべきだったね」
「いえ、謝らないでください。気が付かなかった私が悪いんです」
「いや僕が」「いえ私が」
綺麗に声が重なる。それがあまりにピッタリ揃ったものだからお互いきょとんとして、思わず二人で小さく笑ってしまった。
「じゃあ、二人とも悪いってことで。……僕は亜子ちゃんを許すから、亜子ちゃんも僕を許してくれるかな?」
「はい……私は先輩を許します。だから先輩も、私を許してくれますか?」
「もちろん」と、僕は答えた。
それから僕と亜子ちゃんは、学校までの道を一緒に歩いた。
亜子ちゃんは口数の多い方ではなかったけど、話しかければちゃんと答えてくれるし、それにほんの少しではあるけれど微笑んでくれる。きっと顏に出にくいだけで、心の中は感情豊かな子なのだろう。小さな表情の変化を見るのは微笑ましい。そんな亜子ちゃんと歩いていると、ふと懐かしい気持ちになった。
そういえば………昔もよく、小雪とこうしていたっけ。二人並んで学校に行って、途中で色々な話をして、笑って……。
「懐かしいな……」
「懐かしい……?」
「あ、いや、なんでもないよ。ちょっと……幼馴染の子を思い出してさ」
「さっき先輩が私を見て言っていた、小雪……さんですか?」
頷くと、亜子ちゃんは小さく首を傾げて
「その人、私に似ているんですか……?」
「……かも、しれないね」
最初は気のせいかとも思ったけど、やっぱり亜子ちゃんはどこか小雪に似ている。具体的にどこがとは言えないけれど……。
それから僕らは暫く二人で歩いて、学校の玄関で別れた。
「先輩、改めてありがとうございます。鍵を見つけてくれて」
「気にしないでいいよ。僕は当たり前のことをしただけだから」
別れ際、亜子ちゃんは改めてお礼を言ってくれて、僕も微笑んで返し、それぞれの教室へ向かう。重かった足取りは、ほんの少しだけ軽くなっていた。
それにしても、学校に来てから周りの生徒達―特に一年生―が僕たちを、というより亜子ちゃんをやたらと見てきたけどなんだったんだ? なんか、嫌な視線だったな……。
☆☆☆
それから自分の教室に入った僕は、午前の授業を終えるまでなんとか何事も無く過ごせた。
先生や友達からは顔色が悪いけど大丈夫かと心配されたし、正直授業にもあまり身が入っていなかったけど、まだ痛みの残るだるい体で倒れることも無く乗り切ることが出来たのは、日頃サッカー部で体力作りをしていたからかもしれない。
でも、さすがにしばらく部活はやめておこう。怒られるかなと思いつつ部活動をしばらく休む事を部長に連絡すると、怒られるどころか心配された。『ちょっと前まで何かを振り払うかのように地獄の様な自主トレを鬼のようにこなしていたんだから、むしろ休んで体を落ち着かせとけ』とまで言われてしまったのは申し訳なかったな。あの時はとにかく湧き上がる煩悩を何かで発散させるのに必死だったんです部長。
そして昼休み。
いつもならクラスの友達と一緒に昼食をとるのだけど、今の僕はそんな気分にはなれなかった。というより、クラスメイト達の無邪気な明るさが、昨夜の陰惨な殺し合いをまだ引き摺る僕には辛かったんだ。
そんな教室から逃げる様に廊下へ出て、でも同じように人のいる食堂にも行く気になれず、自然と僕の足は人のいない方へと向かっていき――最後に、屋上の扉の前へと辿り着いた。
僕の学校の屋上は何年か前に飛び下り自殺があったとかで、気味悪がって利用する人はあまりいない。くわえて自殺した生徒の幽霊が出るという噂も立っているから、近づく事すら嫌がる人もいるというくらいだ。だからこそ、誰もいないここは今の僕にはうってつけだった。
扉に手をかけ――開く。
「先輩……?」
誰もいないと思っていた孤独な屋上には、もう先客がいた。
蒼く、だけど飛ぶ鳥もいないうら寂しい空の下で、一人佇む少女。
「亜子ちゃん……」
朝に出会った一年の女の子――鳩田亜子ちゃんが、意外そうな眼差しで僕を見つめていた。
フェンスを背に女の子座りしている亜子ちゃんの膝には、可愛らしい二段タイプのお弁当箱が乗っている。
思わぬ再会に僕はしばし立ち尽くして、けどいつまでもそうしているわけにもいかないので亜子ちゃんの横側、会話するには支障のないだろう少し離れた位置に腰を下ろした。
「朝ぶりだね」
「はい。そのせつはどうも」
「お昼はいつもここで?」
「はい。ここは静かで……誰もいませんから」
どうやら僕と同じような理由か。
たしかに、ここは静かで喧噪からも離れている。穏やかな日差しの中、ゆったりと吹くそよ風が頬を静かに撫でていく、そんな場所だ。
うん、今の僕には教室よりもよほど居心地がいい。といっても先に亜子ちゃんがいたわけだけど。……まあ、落ち着いた雰囲気のこの子ならいいか。
そしてフェンスに寄りかかり、僕はやっと一息つけた。ああ、なんか精神的にどっと疲れた気がするな。でも、それもこうして瞼を閉じれば、穏やかな風の音が僕の心を癒してくれるようで
――しゃきしゃきしゃき。
そうしゃきしゃきと歯ごたえの良い新鮮な音が
「……ん?」
「あ……、気になりましたか?」
屋上に響く謎の音に思わず首を傾げると、亜子ちゃんの申し訳なさそうな声が聞こえてきた。見れば、亜子ちゃんが膝に乗せたお弁当箱の中身を困ったように見つめている。二段タイプのお弁当箱の二段目らしいそれには、瑞々しい緑色が見るも鮮やかな新鮮刻みキャベツがこれでもかと詰められていた。しゃくしゃくというあの音はそれを噛む音だったらしい。
「気に障ったのなら、食べるのをやめますけど……」
「えっ、いやいいよ。ただ何の音かなと思っただけだから」
「はい。刻みキャベツです」
「好きなの? キャベツ」
割と結構な量だったのでつい聞いてみると、亜子ちゃんはこくんと頷いて
「私が好きだから、伯母さんが必ずお弁当に入れてくれるんです」
伯母さん……? お母さんじゃなくて?
内心首を傾げるが、人の家の事情を詮索するのは褒められた事ではないので黙っておく。けど顔には出ていたようで
「伯父さんの家に住まわせてもらっているんです」
「そう……なんだ」
「はい」
何故とは聞かない。きっとそれは亜子ちゃんが自分で言ってくれない限り、聞いちゃいけない事だろうから。
だから僕は、ただフェンスに背を預け休むことにした。
しゃきしゃきしゃき
僕ら以外は誰もいない二人きりの屋上に、キャベツを噛む歯応えの良い音だけが流れていく。亜子ちゃんが無表情に奏でるそれは、淀みないリズムを刻んでいて……なんだかだんだんリラックスしてきたぞ。一定のリズムの音には神経を鎮める作用があるとは何かで聞いた事があるけど、亜子ちゃんにも癒し効果があるのかな。
そんな事を思って亜子ちゃんを見る。
ちょこんと女の子座りで、柔らかな頬を膨らませてもぐもぐしていた。……可愛い。お持ち帰りしたい。
――はっ!? いやいや落ち着け僕。それは魔法少女として以前に人として駄目だろ! ……やばい。心が疲れているせいか、上手く煩悩を抑えきれなくなってる。
「先輩……」
「な、なにかなっ!?」
「あの、何か悩み事でもあるんですか?」
「え……?」
「顔色が悪いですし、その……ここに入ってきた時、思い詰めたような顔をしていたので」
「そう、なんだ……」
自覚はしていたつもりだったけど、こんな子にまで心配されるほど顔に出ているのか……。
「うん。悩みっていうか……ちょっと嫌な事があってね」
気付けば、ぽつりと、言葉が漏れていた。
「そのショックをずっと引きずってて……。何とか振り払おうとはしているんだけど、なかなかね……。はは、情けないな……」
今日会ったばかりの年下の女の子に弱音を漏らす。そんな情けない自分を自嘲する僕を、でも亜子ちゃんは嗤いもせず真っ直ぐな瞳で
「いいえ。……誰にでも、嫌な事はあります。自分では、どうにも出来ない事があります」
抑揚は少ないけど、でも、強い意志のこもった言葉で
「でも、助けてくれる人は、必ずいます」
「亜子ちゃん……?」
「だからきっと、先輩の悩みも……誰かが助けてくれるはずです」
そう、言ってくれた。
亜子ちゃんの言う『誰か』。言葉だけならそんな人がいればいいという根拠の無い他力本願と思えるそれは、でも不思議と、確かに存在する『誰か』の事だと思った。同時に、もしかしたら彼女にもそんな人がいたのだろうかと……。
でも、たしかにそうかもしれない。ちょっと前まで、僕は別な悩みにとらわれていた。一時は魔法少女をやめようかとまで思い詰めたそれから解放してくれたのは、誰よりも大切なあの子――小雪だった。どうにも出来ない事で苦しむ誰かが居れば、笑顔で助けてくれる。そんな子だからこそ、僕は……。
「……ありがとう。こんな僕を元気づけようとしてくれて」
「お互い様です。私も……先輩に助けてもらいましたから」
「…………」
「先輩……?」
こうして亜子ちゃんの言葉を聞いて、改めて思った。
ごく自然に、困っている誰かを助けようとしてくれる。そんな亜子ちゃんは、やっぱり……
「……やっぱり君は、小雪に似てるね」
きょとんとする亜子ちゃんに、僕は小さく微笑んだ。
☆☆☆
やがて昼休みが終わり、亜子ちゃんと別れた僕はそのまま午後の授業を受けた。けど午前中ほどには辛くなくて、ほんの少しだけ気分も軽くなっていたのは、きっと亜子ちゃんとの一時があったからだと思う。お礼にいつか刻みキャベツをお腹いっぱい奢ってあげよう。
そして全ての授業が終わった放課後、部活に遊びに思い思いの時間を楽しもうとするクラスメイトたちをよそに、部活を休む僕は真っ直ぐ家に帰ることにした。
「……はぁ」
夕暮れの家路を、歩く。
独りで。ゆっくりと。いつのまにか、ため息が漏れていた。
「寒いな……」
もうそんな季節じゃない筈なのに。一人きりの帰り道が、なんだかひどく肌寒い。
「早く、帰りたいな……」
けど、誰もいない家もまた、寒々しくて。
温もりが、欲しかった。
温かで、傷ついた心を癒してくれる。そんな、温もりが――
「――そうちゃん」
とても温かな、声を聴いた。
優しくて、温かくて、僕にとってはどんな美声よりも心地良く感じる、その声は――
「こゆ、き……?」
たどり着いた僕の家。その玄関の前で。
誰よりも大切で、誰よりも会いたくて――でも、『今だけは決して会ってはいけない』僕の幼馴染が
「そうちゃん。――来ちゃった」
その時、僕の胸に湧きあがった感情が、驚愕だったか、歓喜だったか、それとも……恐怖だったか。頭が真っ白になった僕には、分からなかった。
お読みいただきありがとうございます。
何とか年内に投稿完了しました。やったね。後半の小雪編をぶった切っただけのことはあったぜハハハ。
…………はいごめんなさい。小雪好きの皆様方に置かれましては次回たっぷりと絡ませますので許してください。
あ、颯太と亜子が同中というのは妄想設定です。そうちゃんの制服姿がアニメには出なかったので捏造しました。
おまけ
『もしあの時、亜子ちゃんが変身してたら』
だからこそ、誰もいないだろうここは今の僕にはうってつけだった。……それに仮に幽霊がいたって、魔法少女の僕が怖がるわけないじゃないか。
苦笑しつつ、扉に手をかけ――開く。
血の気の失せた青白い肌の少女が、黒髪を靡かせ虚ろな瞳で立っていた。
無言で閉めた。
その場で静かに深呼吸。すーはーすーはー落ち着け落ち着けうん無理だ。
やばいヤバイやばい見たマジあれガチのやつだ見ちゃったよ。だって生気とかぜんぜん感じなかったし真っ黒な喪服みたいなの着てたしッ。あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ落ち着け心臓治まれ震えッ。僕は男だけど魔法少女だ。悪の魔法少女に負けて更に幽霊にも負けるなんてそんなの駄目だ! 逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ逃げちゃだめだ「逃げちゃだめですよ♪」クラムベリー!? い、いや幻聴だ。恐怖が僕にありえない幻聴を聞かせているんだッ。立ち向かわなければ……この恐怖に、魔法少女として!
そして僕は勢いよく扉に手を掛け
「だぁれ……?」
その隙間から僕を覗く少女の瞳と目が合い気絶した。