魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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今回のエピソードにはオリキャラが登場するぽん。
ほぼ一発のちょい役で終わらせるので許してぽん。
あと世界観にたいする独自解釈というか設定改変もあるのでどうか広い心でご覧くださいぽん。


三角形の此方

窓から差し込む夕陽が壁に付けられたランプの灯と混じり合って、喫茶店の落ち着いた内装を温かな色合いで照らしている。

 

カウンターの上で回るレコード盤から流れる軽やかな音楽はジャズだろうか。それが初老のマスターが熟練の手つきで珈琲を淹れる音とデュエットしているようで面白い。

古く有る店なのだろう。木目調のカウンターも、僕たちが座っている窓際の席の椅子やテーブルも長く使い込まれたせいか僅かに黒ずんでおり、だがよく磨き上げられているので不潔ではなく、むしろ新品には無い長い年月を経たゆえの味わいがあった。

 

それは他の調度品も同じ。全体的に古びているがそこがまた趣があり、古い時代の温かさを感じさせる、僕たちがいるのはそんな場所だった。

 

が、生憎と今の僕には、そんな雰囲気を味わう余裕なんて無かった。

感じているのは、迷惑をかけてしまった人物と向かい合う緊張とどうしようもない気まずさ。身体は強張り、どうにも落ち着かない。

それはその原因――僕の向かいの席に座る黒髪の女子高生もまた同じであるらしく、整った顔の眉間に皺を寄せ、硬い表情でどうしたものか視線をさ迷わせている。

そんな中でただ一人、小学生の女の子だけが、お人形のように静かな表情で僕の隣に座っていた。まだほんの子供だというのに背筋がピンと伸びていて実に御行儀が良い。

それは普通なら大変結構な事だけど、今だけは子供らしく笑うなりはしゃぐなりしていいんだよ。お願いだからこの空気を変えてっ。

 

半ば不可抗力でパンツを見てしまった自分と、見ず知らずの少年を蹴り飛ばしてしまった女子高生、そしてその義父にあやうくハ●エースされかけた小学生。なんだこのカオス。

 

「………………っ」

「………………」

「………………(ぼー)」

 

女三人寄れば姦しいとは言うけれど、生憎ここには女二人と男一人。会話なんて無い。あるのはぎこちない沈黙だけ。

いいかげん何でもいいから話しかけようとは思うのだけど、さりとてどう声を掛ければいいのか分からず、出来ない。ゆえに終わらぬ無言の無限ループ。

おかしいなぁ……。近距離で美少女と向かい合っているという全男子が夢見るシチュエーションなのに、ちっともときめかないや。むしろ今すぐ逃げ出したいなあははははー……はは……。

 

カチ、カチ、カチ、カチ…………。

 

時計が我関せずとばかりに無機質に時を刻む音と、こちらの気も知らずに能天気に歌うレコード盤のデュエットが虚しく響く。

心地好い音楽と珈琲の香りを楽しむ癒しの空間のなかで、まるでここだけが異空間となってしまったかのごとく、何とも言えない空気に包まれていた。

 

なんでこうなったのかなーー……。

 

途方にくれながら、僕は半ば現実逃避でこれまでの事を思い出す。

 

不幸な事故からこの女子高生のパンツを見てしまった僕は、それはもう見事なキックを側頭部に受け気絶してしまった。

そして次に目覚めた時、僕はこの喫茶店のソファの上に寝かされていた。そして目の前でここのマスターを名乗る壮年の男性が真っ青な顔で頭を下げていたのだ。なんでも気絶した僕をここへ運び解放してくれたらしい。

 

うちのバイトがとんでもない事をしてしまったとダラダラと冷や汗をかきながら謝るマスターは続いて『お詫びにどうか当店のメニューをご馳走させてください。好きなだけ飲み食いしていただいて構いません。だからどうかこの件は警察にだけは……』後半は小声だったがしっかりと聞こえた。食べ物で子供を釣ろうとか大人って汚い。

 

特に体に異常は感じなかったこともあり僕は断ろうとしたが、『ここで不祥事がばれて警察沙汰になったらただでさえ遠のいている客足が完全に消えるんですよおおおお!! そしたらせっかく脱サラして起ち上げたうちの店はもうお終いなんですううううう! 何でもしますから警察だけはやめてえええええ!』と号泣しながら足に縋り付いてくる店長。見苦しいとは思うなかれ、生きるか死ぬかの人生をかけた戦いがそこに在った。

結果、その断ろうものなら切腹すら辞さないのではないかという鬼気迫る迫力に負けて僕は頷いてしまい、今に至る。ちなみに何故か小学生もついてきた。

そして三人でテーブルに着いてからもうすぐ10分程。その間一切会話無し。

 

「はぁ……」

 

いい加減らちが明かないなぁ。

そう、自分の不甲斐なさに溜息を吐いたところで、

 

「……身体は、平気?」

 

それまで沈黙していた女子高生がすっと顔を上げ、僕の目を見て口を開いた。

 

「身体ですか?」

「その、思い切り蹴ったから……」

 

いきなりの質問に内心驚きながらも問い返すと、返ってくるのは気まずそうな答え。

 

「ライダーに蹴られた怪人みたいに飛んでた」

 

横から小学生も補足し――って僕はそんな状態だったのか……。

まあ確かに蹴られた瞬間、衝撃と一緒に両足が地面から離れる浮遊感がしたし、路面に激突したからか背中や腰が痛いけど……あれもしかして割と地味に大ダメージ負ってないか僕?

でもまあ……とりあえずはこうして生きてるんだし、僕は責めるつもりはない。

 

「えっと……大丈夫ですよ。それはまあ蹴られた時は衝撃が凄くて、正直首が飛んだかと思いましたけど、幸い痛みを感じるより先に意識の方が飛びましたから、体の方は何とも……」

「それは本当に大丈夫なの?」

 

うん自分で言っててだんだん不安になってきた。けど、これ以上心配を掛けたくない。

ここは安心させるように頷いておこう。……後で一応病院で検査してもらうとして。

 

「だ、大丈夫ですって。ほんと何ともないですから」

「本当……?」

「本当ですっ」

 

精一杯頷くと、女子高生は納得したのか小さく安堵の息をもらし、そして背筋をすっと伸ばしてばして居住まいを正す。真剣なその様子に、僕もまた姿勢を直し、真っ直ぐにこちらを見る瞳を見つめ返した。そして艶やかな黒髪がさらりと揺れて、彼女の頭が深く下げられた。

 

「ごめんなさい。あの時は頭に血が上ってて……、蹴って悪かった」

「そんな、謝らないでくださいよ。別に怒ってませんし、あれは仕方のない事ですから」

 

これは本当だ。あれは実際事故のようなものだし、だいたい見知らぬ異性にラッキースケベもとい(偶然ながら)痴漢行為をされて冷静でいられる女子なんていないだろう。……いや、約一名ほど胸を揉まれても眉一つ動かさなかった白スク魔法少女がいたけどあれは例外だ。

ゆえに本心からそう言うも、女子高生はその頭を上げなかった。

 

「たとえそうだとしても謝らせて。これはケジメだから」

 

答える迷い無き声に宿るのは、己が筋を通すという確かな意志。

一匹狼然とした近寄りがたい雰囲気から粗暴な人物かと思っていたが、その真摯な姿にそれが間違いだったと僕は知る。

世の中には例え自分が悪いと分っていても素直に認める事の出来ない者がいる。保身のためだったり高すぎるプライドを守るためなどその理由は様々だが、いずれにせよそういう者達は自分のために他者に迷惑をかけることを厭わぬ卑劣漢だ。

そんな輩に比べれば、彼女の自分の非を認める潔さと、その一本気な姿勢は好感が持てた。そして、年上とはいえ女の子にこんな姿を見せられては、男として責める気になどなれる筈もない。

 

「――分かりました。でも、謝るなら僕の方こそですよ」

「え?」

 

だから僕もまたしっかりと言葉にして、その謝罪を受け入れる。

そして、その瞳に戸惑いを浮かべた彼女へと頭を下げ

 

「僕もごめんなさい。わざとではないにせよ、恥ずかしい思いをさせてしまいました」

「別に、あなたは謝らなくても……」

「いいえ。男として女の方にだけ謝らせるなんて出来ません。――これが、僕のケジメですから」

 

先程言われたものと同じ言葉を、今度は僕が言う。

そんな事を言われるとは思っていなかったのだろう。彼女は暫しぽかんと僕を見つめ――ふっ……と、その表情を微かに和らげた。

 

「わかった。じゃあ、許す」

「ありがとうございます」

 

互いに謝り、そして僕たちはそれぞれを許した。

すると自然と張り詰めていた雰囲気も緩み、僕らの間に流れる空気が穏やかなものとなる。

永遠に続くのではないかとも思えた緊張が、あっけないほどにあっさりと消えて。こんなに簡単な事だったのに、ここまで来るのにあれほどギクシャクしていたのが我ながら可笑しくなってきた。

内心で苦笑しつつ、ふうっと息を吐き、知らず緊張していた肩の力を抜く僕。すると

 

「なら、それでいい」

 

何故か妙にどっしりとした口調で口を開いたのは、それまで声を発することなく円らな瞳で僕らのやり取りを眺めていた小学生。

 

「部下の屈辱は主の屈辱。相手には三倍返しで思い知らせるべしと言われたけど、ラ……あなたがそれでいいなら私も許す」

「え? いつから僕は君の部下になったの?」

 

唐突に明かされた衝撃の事実。僕はいつの間にやら幼女の手下になっていたらしい。

 

いやいやそんなわけはないって。

いきなり何を言い出すのかと戸惑っていると

 

「小学生に部下って呼ばせてるの……?」

「いや違うよ!? 誤解だからそんな目で見ないで!」

 

ヤバイ。向かい側に座った女子高生の目が、完全に変態ペド野郎を見る目に逆戻りしてる。

再び蹴り飛ばされる前に誤解を解かねばっ。

 

「というか僕とこの子は初対面だから」

「知り合いじゃないの?」

「ええ。さっき初めて会ったばかりですよ」

「それなのに助けたの……?」

 

意外そうに問う声。

そう思われるのも仕方のないことかもしれない。

確かに、見ず知らずの子供のためとはいえ性犯罪者に正面から挑むというのは危険だ。もし逆上されれば何をされるか分からないし、万が一凶器など持っていたのならば命の危険すらありうる。それでなくとも厄介事には関わりたくないものだ。事実、あの時周りにいた通行人たちは皆助けに入らず遠巻きに見るのみだった。

 

それを全面的に肯定するつもりは無いが、かといって罪とは思わない。誰だって自分の命は大事だし、大人ならば養うべき家族が、子供なら悲しませてはいけない親がいる。困っている他人を助けようという正義感は大事だが、自分が傷つくことで大事な誰か――親、兄弟、友達、あるいは愛しい人――の心も傷付けてしまうのなら、それを厭う心もまた正しいと僕は思う。

 

だからもし僕が魔法少女ではなく、只の普通の中学生だったのなら、他の皆と同じように見捨てていたのかもしれない。

けど、僕は魔法少女なのだ。だから――その問いに、僕は頷きで答えた。

すると女子高生は僅かにその切れ長の瞳を見開き、

 

「そう……」

 

柔らかく、呟く。

それが感心ゆえか、それとも単に呆れているからかは分からない。

けど、僕を見る眼差しが僅かに和らいだように思えるので、そう悪い物ではないだろう。

 

「細波さん」

 

ようやく見る彼女の顰め面以外の表情を眺めていると、それまでカウンターの向こうで珈琲を入れていた初老の店長が声をかけてきた。『細波』というのは女子高生の名前らしい。名前を呼ばれた彼女――細波さんは席から立ち、カウンターへと向かう。

僕らのやり取りが平穏無事に終わった事に、胸を撫で下ろして安堵の笑みを浮かべる店長と一言二言会話した後で戻って来た彼女の手には、温かな湯気を上らせる二つのカップが載せられたトレイがあった。

 

「はい。どうぞ」

 

かちゃりと、軽やかな音を鳴らして目の前のテーブルにカップが置かれる。

ふわりと香る、仄かに苦く、だが心地良い珈琲豆の香り。

 

「おぉ……」

 

その香りに、思わず声を漏らす。僕はコーヒーに詳しいわけでは無いけれど、これは味わう前でも香りだけで良いコーヒーだと分かった。椅子に腰かけつつ、鼻腔をくすぐる芳香を味わっていると、

 

「苦いのは苦手……」

 

 

目を向ければ、女の子が横から僕のカップを満たす濃い黒を見つめていた。ただし形の良い眉を僅かに下げ、くりくりとした丸い瞳にげんなりと不満を浮かべて。

 

「あなたにはこっち」

 

そんな彼女に、コーヒーを持ってきた細波さんがトレイに載っていたもう一つのカップを取り出して、女の子の前に置く。

そこに注がれていたのは、子供が好みそうな茶色いカフェラテ。しかもその表面には、ラテで描かれた子猫が可愛らしく浮いていた。

 

「わぁ……っ」

 

何とも愛らしいラテアートに、曇っていた女の子の顔が和らぐ。

小さな蕾が綻ぶような微笑。これまで落ち着き払った表情しか見ていなかったためか、そんな年相応の反応はなんとも微笑ましい。

ほんわかとした気分になりつつ、僕はカップに口を付ける。一口飲めば、口の中に広がる仄かな酸味と深い苦み。うん、やっぱり美味しい。

 

「でも本当にいいんですか? こんな美味しい珈琲をただで頂いて」

「気にしないで。これはお詫びだから。……えっと……」

 

ふと困ったように眉を寄せて、言葉を詰まらせる細波さん。

そういえば、まだ名乗っていなかったか。

この場で何を話すべきか考えるあまり、そんな本当ならば一番最初に行うべき事を忘れていたとは。自分が恥ずかしい。

 

「岸辺。岸辺颯太です」

 

あらためて名乗ると、彼女もまた口を開き

 

細波華乃(さざなみかの)

 

涼やかなその美貌に良く似合う、綺麗な名を言った。

 

「――それと、敬語は使わなくていいから。別に同じ学校の先輩後輩じゃないし、堅苦しい」

「わかりま……うん、わかったよ。細波さん」

 

続いて最後の一人――小学生の女の子は空気を読んでくれたのだろう、カップに浮かぶラテの猫から目を離して

 

「―─坂凪綾名(さかなぎあやな)

 

鈴のような声で、そう名乗ったのだった。

 

「よろしく。綾名ちゃん」

 

これが細波さんと綾名ちゃんとの――今日初めて会ったはずなのに、何故かずっと前から知っていたような気がする、不思議な二人との出会いだった。

 

 

◇◇◇

 

 

こうしてそれぞれが名乗り合った所で、細波さんは小学生――綾名ちゃんにも頭を下げた。

 

「あなたもごめん。うちの義父(クズ)が迷惑かけて」

 

クズって……。まあ確かに見た目がダメ人間っぽかったけど。

でも、考えてみれば、こんな子供があんな変質者に目を付けられ絡まれて、あやうくその毒牙にかかる寸前だったのだ。結果的に何事も無く澄んだとはいえ、トラウマになっていてもおかしくは無い。

大人しく椅子に座っているその表情こそ平然としていても、心には深い傷と恐怖を負ってているかもしれないのだ。――クラムベリーの恐怖に心が折れかけていた、かつての僕のように。

そう思った時、いてもたってもいられず僕は話しかけていた。

 

「気分は大丈夫? 怖かったよね」

「別に問題ない」

「……ごめん。僕がもう少しでも早く駆けつけていれば、君に怖い思いをさせずすんだのに……ッ」

「怖い思いなんてしてないけど」

「もし君が僕に怒ってるのなら、罵倒してくれて構わないよ。それで君の気が少しでも済むのなら、僕は……ッ」

「? なんで怒るの?」

 

あ、あれぇ……?

僕の言葉に淡々と答える綾名ちゃん。それに戸惑いつつ改めて見れば、きょとんと小さく首を傾げる愛らしい仕草に、強がっている様子は一切無かった。

くわえてなんだろう、なにやらこの会話が根本から噛み合っていない気がする。

 

「えーと、ほんとに怖がってないの……? まだショックが残ってたりは……」

「全然」

「べつに強がらなくてもいいんだよ。嫌な気持ちになったら素直に泣いたっていいんだ。君はまだ子供なんだから――」

「子供だけどそれがなに?」

「…………」

 

すがすがしい程の連続即答。

うん。なるほどようやく理解した。

これは素だ。あんな事があったというのに本気でこの子は平然としているんだ。

度胸があると誉めるべきなのかもしれない。もしくは、小さいのに凄いねと言ってあげるのが正しいの対応なのだろうか。

……けど、僕にはそうは思えなかった。むしろ

 

「度胸があるのね」

 

小学生とは思えない肝の座った態度に細波さんは感心したように呟き、だが「けど」と続けて

 

「あのろくでなしの関係者である私がこんな事を言う資格は無いかもしれないけど、妖しい大人には関わっちゃ駄目。絡まれたら直ぐ周りに助けを求めたほうがいい」

「学校でもそう習った」

 

「でも」と、綾名ちゃんは返す。

 

「助けを呼ぶのは弱い人のする事。私は強くなりたいから、一人で何とかしなくちゃならない」

 

はっきりと、そう語る。

幼い声に確固たる信念を宿して。ただ静かに、だが熱く、どこまでも真っ直ぐに。

 

「もし襲われそうになったらやっつける。どんな敵にも怖がらないで、戦って勝つ。それが私のなりたい……だから。強くなるために、私は逃げない」

 

後半はよく聞き取れなかったが、強くなりたいと、そう語る声は決して冗談や格好つけではなく、それがこの幼い少女が心の底から望み叶えようとしている『夢』なのだと伝えていた。

けれど、

 

「それは強さじゃなくて無謀だよ」

 

それはとてもキラキラとして、美しくて――そして、危うい。

 

「君の夢を否定はしないし、むしろ応援したいと思うよ。けど、だからこそ、今の自分の『弱さ』を自覚しなくちゃ駄目だ」

「弱さ?」

「うん。君は大人びてて、きっと頭も良いんだろうけど、単純な力はまだ子供のままだよね」

「それでも男子よりは強い。クラスの田中くんを叩いてやっつけた。あなたも蹴って膝をつかせた」

「うんクラスメイトに暴力はやめようか。あと硬い革靴は凶器だから二度と武器利用しないでね。──けど、それは相手が同じ子供だからだよ。今回のように大人相手なら力じゃ敵わないんだ」

「……………」

 

『強くなりたい』とは、たまも語っていた願いだ。

だがこの少女が語るそれは、違う。たまはあくまで大切な者達を守るため、他者のための力を求めていた。対してこの少女が抱く夢は己が身を省みず高みに至らんとする物。誰かの為ではなく――己のための強さだ。

この危うさを、僕は知っている。かつて、全く同じ熱に浮かされていたのだから。

だから僕は、語りかけていた。

 

「僕もついこの間までは、君と同じように思っていたよ」

 

かつての自分の愚かしさを。『夢』を見て、その眩い輝きに盲いて現実を見ることが出来なかった愚者の末路を。

 

「一人で何でもやろうとして、自分の強さを過信して、あげく相手の強さも分からずに無謀に挑んで負けて――大切な物を失った」

 

沸き上がる羞恥と痛み、そして理想を喪い虚ろな穴の開いた胸の痛みを感じながら、

 

「あの時、僕が自分の力では何ができて何が出来ないかを知っていれば、きっと何も失わずにすんだと思う。けど僕は、自分がまだ未熟者でしかないという現実から目を背けていたんだ」

 

もしあの時、僕が自分の実力を自覚し、クラムベリーとの力の差を悟れていたのなら、戦わず退いて、戦うとしてもウィンタープリズンに協力を仰ぎ殺さず勝つことを選んだはずだ。そしてきっと、今でも正しい魔法少女でいられたのだろう。

だが、そうはならなかった。

僕はあまりにも無知で、己の弱さを認められなかったのだから。

 

現実を見ろと、かつての僕に言ったマジカロイドの言葉は、ああ正しかったのだと思う。すくなくともあの時の僕は、今の己に信念を貫くだけの『力』が無いと悟れなかった。

けれど、だから諦めろという言葉は否定しよう。現実を見る事と夢を諦める事は、それでも違うと思うのだ。

 

「夢を見るのなら、だからこそ現実から目を背けてはいけない。そうして地に足をつけて進んで行かないと、きっとどこかで躓いて大切なものを失ってしまう」

 

静かに語る僕を、幼い瞳が見つめている。

その無垢で、ひたむきで、狂おしい程の想いを宿した夢見る瞳が──ある魔法少女のものと重なった。

……ああ、どうりで初めて会った気がしなかった訳だ。この子はよく似ているんだ。かつての僕に、そして──スイムスイムに。

 

 

 

『お姫様はルーラ。私がなりたいお姫様はルーラだけ。でもルーラがいたんじゃ、ルーラになれない。それでも、私はルーラになりたいから――』

 

 

 

彼女と戦ったあの夜、二人きりの部屋で、己の夢を語るスイムスイムに――僕は何も言えなかった。

 

 

 

『私は、ルーラを殺したの。私がお姫様(ルーラ)になるために』

 

 

 

彼女が味わった絶望と、それでもなお諦めきれない渇望に共感し、そして狂的なまでの覚悟に打ちのめされて。僕は、何を言うべきかも分からなかったのだ。

そして、僕は全てを失い此処にいて、スイムスイムは今も己が手を血に染めて進み続けている。全てはもはや手遅れとなったのだ。

 

だからせめて、僕はこの子にだけは言わなければならない。あの時に言うべきだった言葉を。伝えられなかったものを。スイムスイムと同じ危うさを抱えたこの子に

 

「僕と同じ絶望を、君に味わってほしくないんだよ」

 

もう手遅れとなった僕のかわりに、自分の夢を叶えてほしいと思ったから。

 

「…………」

「…………」

 

伝えるべきことの全てを語り終え、僕は口を閉じる。下りる沈黙。

 

ふぅ……。

 

そうして、無意識に肩にこもっていた力を抜き、息を吐いた。

喋り続けたからか、何だか疲れたな。

気だるい疲労感を感じていると、ふと細波さんと目があった。クールな表情だった彼女が今、呆気にとられたような目で僕を見ているのは、いきなり柄にもなく熱弁をふるってしまったからか。

急に恥ずかしくなって、僕は熱くなった頬を隠すようにうつむき

 

「ま、まあ……その……そんなわけで、悪い大人に会ったら戦わないで逃げたほうがいいと……思うん……だよね……」

 

最後の方はほとんど消え入るように、呟いたのだった。

 

さて、言うべき事は全部言った。

細波さんとは対照的に、綾名ちゃんはただ静かに、瞬きひとつせず僕を見つめている。

僕の言葉は、果たしてその淡い胸の奥に届いたのか。

綾名ちゃんの小さな唇が動く。

そして、そこから答えが紡がれる──前に、僕のスマートフォンが突如震え、着信を知らせた。

液晶画面に表示された送り主の名は

 

「亜子ちゃん……?」

 

何かあった時のためにと番号を交換していた後輩からだった。それを見た瞬間、何だろう……胸騒ぎがする。

不吉な予感を覚えつつ、僕は細波さんと綾名ちゃんに一言断ってから通話ボタンを押した。

そして───告げられた言葉に、スマートフォンを取り落とした。

 

 

 

◇カラミティ・メアリ

 

 

寄せては返す波の音と共に、吹き抜ける海風がカラミティ・メアリの金の髪を撫でる。

手下を引き連れ訪れた港の倉庫街は、波音のみが流れていた。

常ならば聞こえる筈の作業員たちの声も、船舶から届けられた荷物を運ぶ運搬車の走行音も、ここには無い。一ブロック隣では彼らが忙しなく行き交い作業しているというのに、この箇所だけはまるでそんな日常の空間から切り離されたかのように、人影は殆ど無く、不気味な静寂のみが支配していた。

 

明らかに空気が違う。そも光景からして異様。

近くに建つ倉庫の壁はひび割れ、足元のコンクリートには深く亀裂が走っている。すぐ横の壁面などは何かが激突したかの如く陥没して、あらゆる場所が崩れ壊れている。経年劣化ではありえない剣呑なそれらは、圧倒的な暴力による破壊の爪痕に他ならない。ここはまさしく戦場跡なのだ。

いったいどれほどの力の激突がこの光景を生み出したというのか、ただの人では想像もできないだろう。だがそれでも、この場に今も残る死闘の残滓は、それだけで生存本能に警鐘を鳴らし、言い知れぬ怖気として人々をこの場から遠ざけていた。

 

そんな、ある種ひとつの異界と言ってもいい場所で――その少女は待ち受けていた。

 

「ウェルカム。お客さん」

 

おそらくは十代の後半頃だろう。スレンダーな肢体に纏うのは、だらしなく、というよりは柄が悪く着崩したビジネスマン風の衣装。左手には重厚なアタッシュケース。小さな頭にかぶった帽子からは癖の強いくすんだ金髪が飛び出し、黄昏の光を浴びて鈍く光っている。

そのどこかネコ科の獣を思わせる野性味のある美貌は、だが唇や瞼の上に付けられた刺々しいピアスのせいで見る者に可憐さよりも危険な香りを感じさせた。

日本人ではないのだろう。その人懐こそうな笑みを湛えた唇を開いた彼女は、外国語圏の人間が日本語を話す際の独特の訛りのある声で

 

「久しぶりぃメアリの姉御。相変わらず良~い硝煙の匂いをさせてんなア。死んでなくて安心したゼ」

「あんたこそしぶとく生きてるようじゃないか。てっきりどこかでくたばってるんじゃないかと思ってたよ」

 

明らかに堅気ではない。極道として鉄火場に慣れている筈の手下達ですら顔を強張らせ冷たい汗を流すこの異様な場に、この少女――いや、少女達は実に馴染んでいた。それはこの少女の形をしたものが『そちら側』という証。

 

「なあに。世の中ってのは憎まれっ子がはばかるように出来てんダヨ」

 

外人特有のオーバーな仕草で肩をすくめ、飄々と笑う少女。。

 

「まあもっとも、中東のアホな国で政府と反乱軍の両方に武器売ってたら憎まれ過ぎて危うく殺されそうになったからトンズラしてきたんだけどなァ!」

「はっ、相変わらずだねえ。相変わらずの愉快なろくでなしだ」

 

HAHAHA! と陽気な声を上げるその姿に、カラミティ・メアリもまた艶めく唇を愉快気に吊り上げる。

依頼があれば何処にだろうと向かい、あるいは自ら血の臭いを嗅ぎつけて現れ殺しの道具を売る死の商人――そしてフリーランスの魔法少女。ありていに言えば、女はそういう物だった。

 

名深市を根城とする暴力団『鉄輪会(てつわかい)』に用心棒として雇われているカラミティ・メアリは、自分の武器を主に彼らから調達している。同じく名深市で活動する上海系チャイニーズマフィア『金幇梅(きんほうばい)』と骨肉の争いを繰り広げる『鉄輪会』にとって、事実上の最強戦力である魔法少女(カラミティ・メアリ)は手放し難く、その機嫌を取るためとあってか注文すれば大抵の武器は与えられるのだ。が、それでも日本のヤクザが手に入れる事の出来る武器の種類には限界があり、仮に調達できたとしても何日もかかる品物も多い。

そんな時、メアリが利用するのがこの武器商人だった。

 

「取引先が無くなったってのに随分と楽しそうじゃないか」

「なに、両方にありったけバラ蒔いてやったからあと10年はドンパチしてるだろうヨ。そんで良い感じに弾が無くなったらまた売り付けに行くサ。問題はそれまでどこと商売するかだったんだが、タイミング良く姉御から連絡を貰えて助かったぜ。まったく持つべきものは金払いの良いお得意様ダナ。――んじゃ、さっそくビジネスといこうカ」

 

そして武器商人は物騒な商談の始まりを楽しげに告げ

 

「ではではお客様。銃か刃物かそれとも鈍器か。お望みは何だイ。好きなモノをくれてやる。お代が釣り合うなら核爆弾だって用意してやるよ」

 

飄々としたお調子者から貪欲な商売人の顔になった少女に、メアリは腰に提げた四次元袋の中から分厚い札束を取り出し、投げ渡そうとして――自らに向けられる剣呑な眼差しに気付いた。

恨み、妬み、そしてなによりも強烈な殺意が籠ったそれに反射的に銃を握り、その眼差しの主へと目を向ける。

 

向かい合う自分達のすぐ近く、10メートルと離れていない場所に――その異様な老人はいた。中国映画でしかお目にかかれないような古めかしい導師服に身を包んだ老体。腰は曲がり、長い髭の生えた顔中には深い皺が刻まれて、まさに枯れ木のようなという言葉がぴったりだというのに、その白い眉の下で爛々と光る瞳だけは、凄まじいを殺意を宿して二人の魔法少女を睨みつけているのだ。

 

そんな老人の傍らには、老人を守るように無言で立つ二人の男の姿が。揃ってダークスーツを着たこちらは、老人のように睨み付けてはこない。否、むしろその瞳には一切の意識が宿っていなかった。まるで人形のような虚ろな瞳と青白い肌、そして額に貼られた紋様の書かれた札が醸し出す不気味な雰囲気に、手下達は息を飲む。

 

いったい何時からそこにいたのだろうか。突如現れたとしか思えない乱入者に、メアリの眼差しが鋭さを増す。

 

「爺さん。どこの誰だか知らないけど、こっちは大事な商談の最中でねえ。用があるなら終わるまで待って、用がないなら今すぐ消えな」

 

自信と余裕を崩さす、だが銃の劇鉄をカチッと落として。

返ってきた返答の声は、しわがれていた。

 

「──ごく初歩の隠形ですら見破れんかったとは、魔法少女なぞといきがっていたとて所詮は素人か。それで魔道の者とは片腹痛い」

「言うじゃないか。面白い。名前を聞いてやるよ」

 

歯が何本か抜け落ちた口腔が紡ぐは侮蔑の言葉。暴力の化身と言ってもいいメアリを前に臆することなく、老人は問う。

 

「そのガンマン染みたふざけた格好。魔法少女カラミティ・メアリとお見受けするが如何に?」

「『カラミティ・メアリに逆らうな』」

 

轟音と共に放たれた弾丸が、老人のこめかみを掠めて髪を数本吹き飛ばした。

 

「聞いてるのはあたしだ。次は殺すよ。オーケイ?」

 

目にも止まらぬ早撃ちに手下達が目を見張り、武器商人が口笛を吹く。

対して当の老人は悲鳴すら上げず、僅かに不快げに眉を潜めるのみ。まるでただの鉛の玉など恐れるに値しないとばかりに

 

「図に乗るなよ日本鬼子が。お主などより遥かに長く魔道の奥義を修めた儂を鉛玉なぞで殺すじゃとぉ? 戯れ言もここまでくるとむしろ笑えぬな。……死ぬのはお主よ魔法少女。『金幇梅』の命により、その命頂戴する」

 

『金幇梅』。仇敵の名を聞き、それまで空気に飲まれ固まっていた『鉄輪会』の者達はハッと我に返った。

 

「テメエ『金幇梅』の刺客か!?」

 

叫び、それぞれに身構えいきり立つ。彼らとて暴力に生きる者。逆らう奴には目に者見せんとする気概なくば極道は名乗れない。

そしてその中の一人が肩を怒らせ老人へと迫り、その胸ぐらを掴もうと太い腕を伸ばして、

 

「何のつもりか知らねえがタダですむと思──うぎゃああああ!?」

 

老人の左側に立つ男に腕を掴まれ、引きちぎられた。

力ずくで腕を千切られる痛みによる絶叫と、傷口から吹き出す血が周囲に撒き散らされる。

 

「痛ええええ! 俺のッ、俺の腕があああああ!?」

 

叫ぶ男の声は、だがすぐさま今度は右側の男がその絶叫する頭部を掴み、握りつぶしたことで潰えた。

ぐしゃり、砕けた骨の欠片と脳漿を飛び散らせ呆気ないほど簡単に崩れ落ちる手下──だった、血塗れの骸。

思わね展開に言葉を無くす手下達。一方、容易く人体を破壊した男らは、やはり静かに佇んでいる。まるで殺すことしか出来ない人形のごとく。何事も無かったかのように全身を血で染めて立つその姿に、手下達の背筋が凍りついた。

 

立ち向かえば、自分達も殺される……!!

 

人間を素手で破壊する異形。死の恐怖に、何人かが耐えきれずこの場から逃げ出そうと後ろを振り返り──自分達を囲む幾人もの人影を見、絶句した。

 

「ひい!? いつの間にこいつら!」

「逃げ場がねえだど……畜生、いったいいつからいやがったんだッ!?」

 

夕日を影に浮かび上がるその数は優に30を超え、しかも一様に額に札を貼っていることから、こいつらがあの恐るべき二人の男と同種の存在であることを知り、恐怖が更に膨れ上がる。

理解を絶する敵、迫る死の予感に誰もが戦き震える中、流れるは老人の死神めいた声。

 

「魔法少女は通常の手段では殺せぬ。ゆえに儂が──同じ魔の術で相手をしよう」

 

魔をもって魔を滅する。そう語る老人は、確かにメアリ達と同じ魔法の使い手であった。……だが、それは起源を共にするという意味ではない。

 

「お主たち魔法少女どもは知らぬじゃろう。自分達以外の魔法の徒を。忌々しき『魔法の国』が接触する遥か昔より、この世界には魔の術が在ることを」

 

この世界には二つの魔法がある。

一つは、異世界である『魔法の国』が外部よりもたらした異界の魔法。

そしてもう一つは、人類史が始まった遥か昔より発生し、原始を超え中世に飛躍し現代に至るまで連面と紡がれてきた『この世界』の魔法。 

そしてこの妖しき老人こそは、古代中華にて発祥し、人を導き時には国すらも動かしてきた導術を現代にて受け継ぐ者。

 

「偉大なる中華が誇る四千年の魔法。屍を御し屍を生む霊幻導師の術。とくと味わいそして死ね」

 

己が魔法への誇りを。四千年の歴史を背負う覚悟を。その瞳に燃やし、老人──老練なる霊幻導師(れいげんどうし)は討つべき魔法少女らを睨み、告げた。

 

「もはや魔法の国の時代は終わる。お主らを殺し証明しよう。我らの世界の魔法は既に魔法の国を超えたこ── 

 

ガンッ

 

──!?」

 

その言葉を遮るは再びの銃声。

傍若無人で一切の遠慮のない弾丸は、だが今度はこめかみではなく頬を掠めて傷をつけた。

僅かに割けた頬から血を垂れ流し、霊幻導師の顔が驚愕に歪む。

 

「くう……ッ!? 貴様ぁ!!」

 

対してそれを成した魔法少女──硝煙立ち上る銃を構えたカラミティ・メアリは、憎々しげに睨むその眼差しに怯むことなく、否、むしろ愉快げに唇をつり上げて

 

「『カラミティ・メアリを煩わせるな』話が長いし下らないねえ。要するにあたしと闘りたいんだろ? だったらとっととかかってきな。ダラダラ前置き垂れ流すなんざ白けるだけだよ」

 

ばかりか、傍らの武器商人ですらやれやれと肩をすくめ

 

「ヘイヘイ爺さん。いくらなんでも女の誘い方がヘタ過ぎダロ。チェリーボーイだってもうちょい上手くやれるゼェ。姉御口説き落としたきゃ流行りの壁ドンの一つでもやってみナ。きっと感激して熱くて硬いのを額にブチこんでくれるだろうヨ」

 

あまりにも余裕。恐るべき霊幻導師への恐怖に支配された手下達に比べて、場違いなほどに自然体。

だが、そんなことは当然だ。

 

「まあいいさ。闘りたいのなら闘ってやる。ちょうど試し撃ち用の的が欲しかったから大歓迎だよ」

 

恐れる? 何を馬鹿な。

殺すだと? いいぞ上等だ。

 

「オーケイ姉御。ジャンジャンやろうぜガンガンいこうぜェ。マネーさえ払ってくれんならどんな武器でも用意するから心ゆくまでブッ放っしてくれヤ」

 

我らは魔法少女。夢と希望と──暴力の化身。

ならば、命を奪い合い殺し合う修羅場こそが真骨頂(ホームグラウンド)

 

「『カラミティ・メアリをムカつかせるな』これ以上白けさせんじゃないよ。せいぜい血反吐はいて内臓ぶちまけ死に花咲かせて、ちっとはあたしを楽しませな!」

「調子にのるなよ。この魔法少女風情がああああ!」

 

霊幻導師の怒号と皆殺しの命を受けて、一斉に地を蹴りメアリ達へと殺到する周囲の男──中華においては最も有名であろう屍の怪異『キョンシー』達。

対するメアリの銃はそれを楽しげに捉え、爆笑するように火を噴いたのだった。

 

日が沈む。黄昏が終わる。

愛する人の平穏を願う一人の少年の思いなど嘲笑うかのように、愉快痛快残虐無比な夜の宴が幕を開けようとしていた。

 

 

◇岸辺颯太

 

 

亜子ちゃんとの通話を終えた瞬間、僕は駆け出していた。突然席から立った僕に何事かと思ったであろう細波さんと綾名ちゃんに事情を説明する間すら惜しく、店の外に飛び出した後は夕闇に沈み行く街の中をひた走りそして──目的地の病院にたどり着く。

 

喉が痛い。肺が軋むようだ。ここまでの全力疾走でとうに息は上がり、視界すらも霞みかけていたが、そんな疲労感をもねじ伏せる焦燥感にせき立てられて、僕は正面玄関を潜り階段を昇って駆け続けた。

 

速く。早く。蛍光灯の冷たい光が照す、壁も天井も無機質な白に彩られた廊下を。

早く、ああくそまだ着かないのか。そう焦り、逸りながら。

やがて僕は集中治療室の扉の前へと辿り着き、扉を──開く。

 

 

 

 

そこには、美しい絶望があった。

 

 

 

 

その空間を染めるのは、窓から降り注ぐ黄昏の光。

消えゆく夕陽が壁を天井を、そして中心に置かれたベッドとその周辺の医療機器が鮮やかに照らす光景は、幻想的でありながらも無機質で、奇妙に現実感が無かった。

そこに響くのは、心電図モニターが鳴らす電子音と、それに混じり、ともすれば掻き消されてしまいそうなほどに微かな寝息のみ。

その寝息を漏らす者を見た瞬間、僕の全身から力が抜け落ちた。

崩れ落ちそうになるのをこらえ、見る。

静かに瞼を閉じて、身じろぎ一つすらせずに眠る、誰よりも愛しいその顔を。

 

「小雪……」

 

震える声で、呼ぶ。

けれど、淡い唇は返事を返す事も無く静かに閉ざされて、僕の声は空しく虚空に溶ける。

縋り付くように見つめる僕の目の前で、まるで童話の白雪姫のように横たわる少女は――姫川小雪は、眠り続けていた。

 




お読みいただきありがとうございます。
ロシアで雷帝殴ったり20万年後の地球でメカゴジラさんのイメチェン振りに衝撃を受けたりナチの集まりに参加してギロチンを讃えてたりしたらいつの間にか二ヶ月近く経っていた作者です。どうかノロマな亀と罵って下さい(ただし幼女に限る)。

自分の中では一週間くらいで書き上げるはずだったのに気がついたら二ヶ月ですよ。笑っちまいますねアハハハハー………うん死んだ方がいいですね。ちょっくらギロチンに飲み物を注いできます。ちっちっちっー

あさて、今話では地味にオリ魔法少女が出てきましたが前書きでも言った通り今話と次話限りの登場となります。この物語のオリキャラはあくまでサブであって、メインストーリーは原作キャラのみで進めていくスタイルでいきますからね。ではまた次回で。

おまけ『作者的には割と似た者同士だと思う』

そうちゃん「でも本当に暴力はだめだよ。暴力じゃなにも解決しないからね」
あやな「え?」
そうちゃん「いやそんな何を言ってるのか分からないみたいな顔しないでよ」
かの「え?」
そうちゃん「いやなんで君までそんな顔するのさ!?」
かの「話して分からない奴には殴って分からせるしかないでしょ」
そうちゃん「そしてまさかの暴力言語派!?」
あやな「お姫様は言ってた。この世界の共通言語は笑顔じゃなく拳だと思う」
そうちゃん「何で君たち揃って世紀末思考なのさ!?」

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