魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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次はオリジナルほいくやるとか言ったな。あれは嘘ぽん!
……何故かこっちのほうが先に完成しちゃったぽん

訂正・ユナエルをミナエルと間違えてたから訂正したぽん。あいつら見分けつかなすぎぽん(泣)


第二章 狂獣絶望要塞プリーステス
プロローグ


 逸る心臓の鼓動を感じながら、僕――魔法少女ラ・ピュセル――は廊下を駆ける。

 緊張の滲む険しい表情で、どこからか血の香りが漂う中を急ぎ、だが決して警戒を怠らず。

 曲がり角の向こうから、壁に等間隔で並ぶいくつもの扉から、いつ敵が現れようとも迎え討てるよう剣を手に周囲に鋭い眼差しを走らせ、僕は同時に、共にここに来た仲間達の姿を探した。

 

 どこにいる? 彼女たちは無事なのか? 急いで見つけなくちゃ。

 だが焦るな。今の僕は仲間たちとはぐれて一人きり、だからこそ慎重に行動しろ。――ここでは、少しの判断ミスが命を落とす。

 

 そう己に言い聞かせ動揺と焦燥感を圧し殺そうとするも、つい剣を握る手に力が籠り、足は自然と速くなってしまう。そして脳裏に蘇るのは、仲間達とバラバラになった時の記憶。あの強大にして凶暴、生物どころか魔法少女としての常識すらも超えた『あいつ』の圧倒的暴力によって床が崩れ、瓦礫と共に階下へと落ちてゆくスイムスイムとたま、そしてミナエル達の光景が何度もフラッシュバックして心をかき乱されてしまう。

 

「駄目だ。落ち着け僕…っ!」

 

 ここはもうただのホテルじゃないんだ。ここはあいつ、カラミティ・メアリの手によって造られた戦場――最強の生命体である魔法少女を狩るための最凶の狩場なのだから。

 

 僕の前に広がるのは、鏡の如く磨き上げられた床、絵画や壺などの調度品が華やかに飾られた壁、そして煌びやかな照明がそれらを輝かせている光景。だが、もはやそれは見せかけだ。

 名深市の中でも一二を争うだろう豪華ホテル《ホテル・プリーステス》の内部は今、その豪奢さとは裏腹に恐るべき要塞と化していた。

 張り巡らされた幾重ものトラップ。弾ければ無数の鉄球が人体を破壊するクレイモア地雷。肉を貫き骨にすら食い込むトラバサミ。どこからでも飛び出し突き刺さる仕掛けナイフ。エトセトラエトセトラ……。壁に、床に、あるいは天井に仕掛けられたそれらが、それを仕掛けた主と同様に囚われた哀れな獲物がかかるのを虎視眈々と待っているのだ。

 

 ゆえに絶対に嵌るわけにはいかない。ああこんな所で死んでなるものか。たとえこの身が堕ちようともあの子を、スノーホワイトを救うと誓ったんだ。だからこそ僕はスイムスイムの騎士となり、ここにいるんだ。

 

「生き残ってやる。絶対に……ッ」

 

 この狂った殺し合いが終わりスノーホワイトが真に助かる、その時まで。

 決意を新たに、まずは落ち着くべく僕はいったん立ち止まり、深く息を吸おうとした、その時―─

 

あ゛あ゛あ゛あああああああああああ!!

「なっ――!?」

 

 真横のドアを突き破り、目を見開いた男が掴みかかってきた。

 どこにでもいるようなサラリーマン風の中年男性だが、その目は血走り獣じみた呻きを上げて。

 驚愕しつつ咄嗟に剣を掲げ盾にしようとするも、それよりも先に男に肩を掴まれ、凄まじい力で押し倒されてしまう。

 硬い床に背中がぶつかる衝撃に一瞬息が詰まり、剣を取り落とす。そんな僕の喉元に向けて、男は歯をむき出しにして齧りつこうとしてきた。ヤバい。僕は咄嗟に右手で男の額を、左手で肩を掴みそれを間一髪で押さえつける。

 

「ぐぁうっ!? う゛あ゛おおおおおおおお!」

「くっ……なんだこの力は……!?」

 

 なんとか喉を食いちぎられる事は防げたものの、なおも執拗に齧りつこうと暴れる男。

 まるで狙ったようなタイミングの襲撃だったが、濁り切って焦点の合っていない瞳には一片の理性も無い。正気を失い意思を壊され、そこに在るのは殺意と暴力衝動のみ。限界まで開かれた口から涎と絶叫を撒き散らすその姿は怖気がはしるほど悍ましく――そしてどこか憐れだ。

 だが憐れんで加減する余裕などありはしない。こいつの外見は只の人間だが、そのパワーは魔法少女であるはずの僕が力を込めてようやく抗えるほど。到底常人のそれではない。これもまた己と同じ、条理から外れた異常の存在なのだ。

 

「くうぅっ……離せえっ!!」

 

 このままではまずい。そう判断し腹を蹴り飛ばして離れさせる。その勢いで背中から壁に激突した男は衝撃で内臓が傷ついたのか大量の血を吐いて倒れ、だがすぐさま起き上がってきた。

 

「あ゛……ぉあ゛あ゛・・・・・・」

 

 ぼとぼとと垂落ちた血が床を濡らす。

 両目両耳そして鼻と口から血を流し、全身を己が血で赤黒く染めながらもぎこちない足どりで近づいてくるその様にゾっと鳥肌が立つのを感じた時、

 

 

 

「「「 あ゛あ゛あ゛゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛あ゛ 」」」

 

 

 

 地獄から響くかのような幾重もの唸り声。振り向けば、廊下の向こう側から群れを成して迫る者達の姿が。

 蠢きひしめき合いながら、奴らは一様にこの血まみれの男と同じように理性無き瞳を殺意で濁し、それを満たすための血肉を求めて指を広げ両手を前に突き出しやって来る。

 

「僕たちが争う音を聴いて集まって来たのか……っ?」

 

 なんにせよ、不味い。

 目の前の男一人でも厄介だというのに、それ以上の数を相手にしては――殺しでもしない限りは――到底抗えない。

 僕は舌打ちしつつも急いで立上がり、奴らが来るのとは反対側の廊下へと逃れようと足を向けて――そこからも現れた新たな集団を目にした。

 

「嘘……だろ……」

 

 更なる危機に、背筋が凍る。

 

 何てことだ。これでは逃げる事も出来ない。ならば戦うか……殺すのか? 魔法少女でもないただの人間を。彼らは、メアリによって正気を奪われた被害者なのに……ッ。でも、このままでは僕は……――

 

 退路をも防がれ、それでも絶望的な状況を打開する方法は何かないかと逡巡するも焦りと葛藤で思考が纏まらず――答えを出すより先に、二つの群れが僕の下へと到達した。

 怒涛となって廊下を進み、視界を埋め尽くす奴らに一斉に圧し掛かられ、再び床に倒される。伸ばされた無数の手に四肢を掴まれる痛み。重なり合う不気味な呻き声の恐怖。そして押さえつけられ死の予感に戦慄する僕の血を肉を骨を喰い千切るべく、歯を剥き出しにした無数の口が殺到し――どこかでかちりと音が鳴り、直後、轟音と衝撃が炸裂した。

 呻き声の大合唱をもかき消す爆発音。そして床も壁も男たちも何もかもが激震する衝撃が襲い掛かり、僕は成す術も無く吹き飛ばされた。

 僕の身体は爆風で宙を舞い、床に叩きつけられる。

 

「がっ!? ……ぐ、うぁ……一体、何が……――ッ!?」

 

 その衝撃に呻きつつも、何とか震える足で立ち上がった時、目の前には地獄絵図が広がっていた。

 穴が開き黒く焼け焦げた天井。凄まじい衝撃にひび割れ、一部が崩れ落ちた壁。そして、その全てに飛び散り、赤黒く濡らして染め上げる、血と肉片とそして千切れた臓物をぶちまける無数の屍。そのいずれもが衝撃でひしゃげ、手足があらぬ方向にねじ曲がるか千切れている。中には完全にミンチとなっている者もいて、それらは赤いクヂャグチャの塊となって壁に天井にこびり付き、ぼたぼたと床に血肉を滴らせていた。

 

「酷いな……。でも、そうか……」

 

 咽かえるような濃密な血と臓物の臭いに込み上げる吐き気を堪え、その惨状を観察し何があったのかを理解する。

 あの時『かちり』と鳴ったのはおそらく、この廊下に仕掛けられたトラップの作動音だったのだろう。それが地雷なのか何なのかは想像するしかないが、それを男達のうち誰かが偶然作動させてしまい、爆発した。

 その衝撃をまともに受けた男たちはこうして正真正銘の屍となったが、僕は頑強な魔法少女であったことに加えて、圧し掛かっていた男達が偶然にも盾となったから助かったのだ。

 

 故意でないにせよ罪も無い人を犠牲にして生き延びてしまった。その事実に罪悪感の混じる複雑な想いが湧き上がるも、

 

「ぅ、ぁ……あ゛あ゛……」

 

 再び聞こえた呻き声にハッと息を飲む。

 見れば、血に染まる床に折り重なった屍の中から何人かがもぞりと立ち上がっていた。

 おそらくは辛うじて生き残った者達だろうが、そのいずれもが肌が傷つき肉が見え、中には破れた腹から内臓を垂らしつつも歩いてくるその姿は、まるでウィンタープリズンと見たZ級ホラー映画に出てくるゾンビそのもの。

 くわえて、奴らような者達はまだこの館内に無数にいる。また囲まれる前に直ぐにここから離れなければ。僕は床を蹴り、その場から逃げ出した。

 

 そしてしばらく廊下を走るも、やはりどこもかしこも奴らが彷徨っている。このままではいけない。一端はどこかに身を潜め対策を考えるべきか。とりあえず僕は見つけた大きな扉を開けて中に飛び込み、素早く扉を閉めた。そして取っ手の間に閂代わりの鞘をねじ込み完全に封鎖してようやく、安堵の息を吐く。

 

「ふぅ……これでひとまずは……――ッ!?」

 

 ふと、背後から聞こえる何者かが駆け寄って来る足音。

 手元に剣を出現させると同時に、僕は振り返り斬りかかろうとして

 

「ラ・ピュセル~~!」

「たまっ!?」

 

 大きな瞳に安堵の涙を浮かべて飛び付いて来ようとする犬耳の魔法少女――たまの姿に、慌てて剣を止めた。

 

「わにゃあ!?」

 

 刃は何とかたまの喉を切り裂く寸前で停止したものの、喉元に突き付けられた刃に驚いて飛び退こうとするもすってんころりんと尻餅をつくたま。

 

「うぅ……お尻が痛いにゃ」

「ご、ごめんっ……!」

 

 まさしく犬の『おすわり』のように、ぺたんと小さなお尻を床に付けて呻くたまに僕は手を差し伸べ、立たせてあげた。

 

「でも、よかった。たまが無事で……」

「うん。私もラ・ピュセルが死んじゃったらどうしようと思ってて、心配で……心配で……っうあああああああああああ無事でよかったおおおおラ・ピュセルうううう!!」

 

 大声で抱き着いてくるたま。はぐれてからきっと今まで不安でたまらなかったのだろう。濡れた瞳から大粒の涙をボロボロとこぼして「よかった……ひっく……よかったよぉ……」と僕の胸に顔を埋めて泣くその頭を、労りを込めて優しく撫でる。

 

「ありがとう……たま。それとごめんね。心配かけて」

「うぅ、別にいいよぉ……ラピュセルが元気なら、それで……。ってうにゃあ!?  ラ・ピュセルの身体血がべったりだよっ!?  だっ、大丈夫なの!?」

 

 顔を真っ青にして叫ぶたま。僕の姿はさっきの爆発で吹き飛んだ奴らの血をもろに浴びてしまったため酷い有様だった。

 

「大丈夫だよ。これは全部返り血だから。たまの方こそ怪我とかしてない?」

「私は大丈夫だよ。……っでも、スイムちゃんが……」

「っ。スイムスイムも一緒なのかい?」

 

 たまは頷くと、僕の手を引いてそこに案内する。

 おそらくセレモニーや宴会用の大部屋なのだろう広い室内の一角、床に敷かれたカーペットの上に――力無く横たわるスイムスイムがいた。

 だがその白砂のような肌は血の気を失って青白く、なのに不吉な汗が絶えず吹き出てじっとりと全身を濡らしている。淡い唇からは苦し気な吐息が漏れて、薄く開かれた瞳は焦点が合わず霞んでいた。見るからに危険なその状態に、思わず駆け寄り呼びかける。

 

「スイムスイム!」

 

 生気を失いつつあるその顔を覗き込み名を呼ぶも、スイムスイムは答えを返さない。いや、返せないのだ。

 原因は今も彼女の体を蝕み、意識を混濁させ、命を奪わんとする物。それは

 

「メアリから受けた毒か……ッ」

 

 床が崩れ全員がバラバラに落ちる前に、彼女はメアリによる攻撃を受けていた。通常の毒物ならばよほどの物でもない限り魔法少女に効果は無いのだろうが、この状態を見る限りあれはメアリの魔法によって強化されたものだったのか。

 

「皆とはぐれたすぐ後、私は倒れてるスイムちゃんを見つけたの。その時にはもうこうなってて、とりあえず動けないスイムちゃんを背負ってここまで逃げてきたんだけど。でもそれからどうしていいかわからなくて……ッ」

「いや、たまは良くやったよ。奴らで一杯のこのホテルの中を一人で、スイムスイムをここまで運んできてくれたんだから」

「ラ・ピュセルぅ……」

 

 実際、行動不能となったスイムスイム一人ではすぐに殺されていただろう。そう感謝を伝えたその時、スイムスイムが苦し気な咳を漏らし、震えていた肢体から力が抜ける。

 見れば、その瞼が徐々に落ちようとしていた。

 

「いけない……っ!?」

 

 このまま意識を失わせては絶対に不味い!

 不吉な直感につき動かされ僕は咄嗟に、以前に一粒だけ手渡されていたカラフルな丸薬――魔法のアイテム《元気の出る薬》をスイムスイムの血の気を失った唇に押入れた。飲んだ者のテンションをマックスにするというこの薬ならば、薄れゆく意識を覚醒させることが出来るかもしれない。一縷の望みをかけて口に含ませた薬を、

 

「ぅっ……けほッ!」

 

 だがスイムスイムは上手く呑み込めずに咳込み吐き出してしまう。

 しかしこの薬を飲ませなければスイムスイムは……ッ。だから僕は

 

「……っごめん!」

 

 薬を自らの口に含んでガリガリと噛み砕き、そのままスイムスイムに口づけした。柔らかな唇を濡れた舌で無理やり押し開き、熱い咥内にねじ込む。冷たくも甘いスイムスイムの香りを感じながら、僕は唾液ごと口移しで薬を流し込んだ。

 

「んくっ…!? ちゅ……やぁ……っ」

 

 スイムスイムは無意識にか嫌々するように顔を動かし唇を離そうとするも、僕はその火照った頬を両手で抑え無理やりにでも飲ませ続ける。細い喉がこくんこくんと動き、やがて薬を全て飲ませ終えた時、スイムスイムの身体がビクンと震えて、今にも落ちようとしていた瞼がはっきりと開かれた。

 焦点を結んだ赤紫の瞳が、僕を見る。

 

「ラ・ピュセル……?」

 

 呟く、小さく、殆ど囁くような、でも確かに意思のある声。

 僕とたまは安堵の息を漏らした。

 

「気がついたんだね。スイムスイム」

「よかったぁ……。スイムちゃん大丈夫? 痛い所は無い?」

「たま……?」

 

 自分の顔を覗き込む僕達に、スイムスイムはぼうっとした表情にかすかな困惑を浮かべて

 

「ここは……? わたしは……なんで……」

 

 朦朧としていた間の記憶が曖昧なのか、状況を把握できずにいるスイムスイムに、僕は今までの――皆がバラバラになり僕とたまが合流するまでの――経緯を伝えた。

 

「そう……ありがとう二人とも。……ぅうっ!!」

「スイムちゃん……!?」

 

 全てを聞き終えたスイムスイムは体を起こそうと身じろぎするも、苦し気に呻く。

 無理も無い。意識が覚醒したことで生気は多少戻ってきたが、今だに全身の汗は止まらず呼吸は苦し気で、その身体は毒に蝕まれ続けているのだ。

 

「動かないで。無理はしない方がいい」

「はぁ……はぁ……うん」

 

 こくんと頷くスイムスイム。

 その動作すらも緩慢で、もはや自分で立ち上がる力すらも無いのは明白だった。

 これではもう戦えないだろう。本当なら絶対に動かさず安静にしているべきなのだろうが……状況がそれを許さない。

 今は安全とはいえ、あのメアリが相手である以上、何が起こるか分からない。この部屋に実は時限爆弾が仕掛けられていたくらいならまだしも、下手に籠城戦などすればそれこそ痺れを切らして僕達ごとビルを爆破すらしかねない。カラミティ・メアリとはそういう魔法少女なのだ。

 

 それに残りの仲間の行方も気になる。

 腐っても魔法少女、簡単には死なないとは思うが、それでも安否が心配だ。

 なにより戦うにしても僕一人ではメアリならともかく――『あいつ』には絶対に勝てない。

 ゆえに一刻も早く合流しなければ。

 

「スイムスイム。とりあえず、これからどうするかを――」

 

 考えよう、そう言おうとした時

 

 

 

 ああ嗚呼ああああアアアあああああアあああああ嗚呼あああああ!!

 

 

 

 凄まじい獣の咆哮が轟き、全ての音を掻き消した。

 それは痛みと悲しみと絶望に震える――慟哭。大気を震わせ、このホテルの全部屋全階層にまで鳴り響き、聴いた者の背筋を凍らせ本能的恐怖を掻き立てる狂気に満ちたそれ。

 そして同時に、ドンという振動が床を震わせた。

 地震などではない。ドン! ドン! と鳴り続き、むしろ段々と強く、近づいてくるこれは――足音だ。

 あいつが――あの獣がやって来る音だ!

 

「ひっ……この声って……まさか……ッ」

 

 顔を青ざめ恐れを浮かべて、慄く唇から悲鳴を漏らしたたまを臆病とは思わない。

 だって僕は知っているから。あの絶対的な力を。絶望的な狂気を。戦う魔法少女であるはずの僕達全てを相手にしてなお圧倒せしめる、その恐怖を。

 

 勝てない。僕一人では、いや、仮にたまと二人がかりだろうとも絶対に。

 ならばどうする? 逃げるか? いや、逃げられるのか?

 一人では立つことすらも出来ないスイムスイムを抱えながら、奴らで一杯の廊下を駆けて? 

 ……駄目だ。どてもじゃないが奴らに対処しながらでは、追いかけてくるあいつを振り払えない。いずれは追いつかれ、殺される。

 

 なら、今ここですべきは

 

「――たま。今すぐスイムスイムを抱えて逃げてくれ」

「え……?」

「あいつは廊下を通ってあの扉から来るだろうから、君は壁に穴を開けて隣の部屋か別の通路へと逃れてくれ」

「でも、ラ・ピュセルはどうするの?」

 

 僕は、答える。

 

「――僕はここで、あいつを足止めするよ」

 

 たまの瞳が大きく開かれた。

 

「そんなっ!? 危険すぎるよっ!」

「でも、遠くまで逃げるまでの時間を誰かが稼がなくちゃならないんだ。……それが出来るのは、僕だけから」

 

 目を向ければ、スイムスイムは依然として力無く横たわっている。

 蒼褪めた唇は言葉を紡ぐこと無く苦し気な吐息を漏らし続けて、もしかしたら再び意識が朦朧とし出しているのかもしれない。ならばやはり、このまま戦いに巻き込む事など出来ない。

 

「でも、そんな……っ」

 

 それしかない。それが生き延びるための最善手だ。

 そう分かってもなお、僕の身を案じて目尻に涙を浮かべるたまを少しでも安心させたくて、僕は微笑んだ。

 

「別に倒そうと言う訳じゃないよ。ただしばらくの間――そうだな、五分間だけ足止めするだけだ。五分経ったら僕も隙を見て逃げ出すよ。……大丈夫。僕は死なない。死んでなんていられないから」

 

 スノーホワイトの為に、絶対に。生きてやる。何が相手でも。

 

「うん……わかったよ」

 

 決意を込めた僕の言葉に、たまもまた覚悟を決めたようだ。

 己の涙を肉球の付いたグローブで拭うと、潤んでいた瞳に力を込めて

 

「私が絶対にスイムちゃんを守るから、ラ・ピュセルも……ううん、()()()()絶対に死なないでね」

「ああ、約束しよう」

 

「絶対だよ」たまはそう念押しすると、素早く、だが丁寧にスイムスイムを背負った。そして近くの壁に爪を一閃させて穴を開け、最後にもう一度だけ僕に目を向けた後、その中へと迷い無く飛び込んで行った。

 穴の中へと消えるたまの背中を見送った僕は、剣を構えて扉へと向き直る。いずれあいつが現れるだろうそこが、地獄の門に見えた。

 

 足音はどんどん近づいてくる。

 大きく、激しく。床を揺らして大気を震わせ、轟く慟哭がやって来る。

 

 

 

 どこおおぉぉおおどこにいるのおオオおおおおおおおおおお!

 

 

 

 足音に混じってぐしゃりと鳴るのは、廊下にいた奴らが撥ね飛ばされあるいは踏み躙られる音か。たとえ奴らがどれほどいようとも、あいつを止める事など出来ないだろう。あれにはもはや正気は無く、目に付く全てを壊し砕き殺し尽すモノだ。

 

 

 

 頭が痛いいぃぃいいいいイイイい怖い怖いよおおおおオオお!

 

 

 

 泣き叫ぶ、殺戮の行進(マーチ)が聞こえる。

 たまには五分足止めするだけとは言ったが、その五分がなんと長く困難な地獄であることか。足止めだけだから安心しろとは我ながら酷い冗談だ。

 あいつを正面から相手する。その時点で十分すぎるほどの自殺行為だろうに。

 だけど、

 

 

 

 たあアあすけてえェェええエエえええええエえええええ!

 

 

 

「ああ、助けるさ」

 

 

 轟く慟哭と破砕音。目の前の扉が凄まじい力で周囲の壁ごと粉砕され、粉塵が舞い上がる。衝撃で配線が切れたか大部屋の照明が消える。そして崩れ落ちた壁の大穴から差し込む逆光の中に――一匹の獣がいた。

 

 視界を覆い尽くすほどの巨体。それを覆う、これまでの犠牲者の物とおぼしき血と肉片がべったりとこびりついた剛毛。もうもうたる粉塵に映し出されるそのシルエットは、奇怪な事に絶えず蠢き変化している。うねる頭足類の触手が見えた。爬虫類の尻尾がしなり偶蹄類の蹄が床を叩く。そして爛々と光り、眼前の獲物である僕を見下ろす魚の犬のトカゲの鳥のあらゆる動物の瞳。

 それはまるで、この地球上に存在する全ての獣を滅茶苦茶に混ぜて形としたかのような異形。

 恐るべき狂える獣。

 

 だが、僕は殺されるわけにはいかない。そしてこいつを殺しもしない。

 なぜならば

 

「僕は、君の姉とも約束したんだ」

 

 

 

 たすけてよぉォオ! おねえぢゃあああぁぁああああアアあああああああんッッッ

 

 

 

 

「絶対に、君を救うのだと――ユナエル」

 

 

 僕の誓いと狂獣の慟哭が、絶望の要塞に鳴り響いた。

 

 

 

 

 

 魔法少女育成計画routeS&S

 

 第二章

 

 

『狂獣絶望要塞プリーステス』

 

 

 開幕

 




なぜか新章タイトルがFGO っぽくなってしまった。ソシャゲのやりすぎかしら( ´-ω-)
ともあれお読みいただきありがとうございます。この物語を書きはじめた頃にジャンヌが来たと思ったらラピュの闇落ちENDを書き終えたらジャンヌオルタが来た作者です。これが書けば出るというやつか……。

第二章では一章で出番の少なかったキャラ達にもスポットライトがあたる予定なのでお楽しみに。

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