魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~ 作:どるふべるぐ
◇ラ・ピュセル
何を言われたのか、分からなかった。
それこそ、混乱していた頭が真っ白になるくらいに。
クラムベリーに殺されかけて意識を失って、気が付いたら荒れ寺の中にいて、目の前にはスイムスイムがいる。そんな異常な状況にいる事の緊張も混乱も文字通り吹き飛ぶかのような。それほど、目の前の白いスクール水着を纏う魔法少女――スイムスイムの言葉は、意味が分からなかったんだ。
「……え、と……何を言って……」
「騎士になってと、言った」
困惑に揺れる僕の声とは対照的に、スイムスイムの声には一切の乱れも迷いも無い。それは自分の考えが当然の事であると信じている者だけが出せる声音で、だからこそ彼女の言葉が冗談でも何でもないと分かった。
「その、騎士っていうのは……?」
「ラ・ピュセル、あなたのこと」
「たしかに僕……ラ・ピュセルは魔法騎士だけど……」
「うん。だから私の騎士になって」
「君の……? って、えっと……ごめん。意味がよく分からないよ」
返ってくるのは、キッパリと迷いのない返答。……けど、やっぱり意味が分からない。
茫洋としたスイムスイムの瞳は感情が読めなくて、何を考えているか全く読めない。それがまるで理解不能の生き物と対峙しているようで、ひどく不気味だった。
けど――
「お姫様には、騎士が仕えているものだから」
その言葉を聞いた瞬間、僕の中の困惑が別の感情に変わった。
「――ッ! ……それは、仲間になれっていう事か?」
「うん」
頭の中が真っ赤になった。胸の奥底から熱いものが溢れて、怒声となって爆発した。
「ふ ざ け る な !」
「? ふざけてなんてない。私は真面目」
子供のようにキョトンと首を小さく傾げるスイムスイム。何を言われているのか本気で分かっていない。そんな仕草が、僕の怒りにさらに火をつけて
「冗談じゃない……ッ。君は、君たちが僕たちに何をしたか覚えていないのか!?」
忘れたくても忘れられない。いや、忘れてなんてやるものか。
ルーラがまだ生きていた時、小雪のキャンディーを狙って襲いかかってきた事を。
「あの子が、スノーホワイトがどんなに怖かったか……ッ。どんなに怯えていたか……ッ」
今でも瞼に焼き付いて、離れない。
誰よりも笑っていてほしかった彼女の、涙を浮かべたその瞳を。キャンディーを奪われたと語る絶望の声を。そして、奪い返そうとする僕の背中に抱き着き、震えながら引き止める、その小さな体のぬくもりを。
思い出すその度に、胸が苦しくなって、後悔が押し寄せる。
僕がもっとしっかりしていれば、こいつらの陽動なんかに引っかからなければ――好きな子を泣かせることはなかったのにと。
「君には分からないだろうな。自分の目的のために、誰かを救うための力で誰かを傷つける意識の低い魔法少女には……ッ。でも、僕は覚えているし、絶対に許さない」
叫ぶ声が、その振動が、傷ついた体に痛みとなって響く。
息が苦しい。喋るごとに荒くなる。でも、言わなくちゃならなかった。
「だから……ッ」
だって僕は約束したから、スノーホワイトを守る剣になると。僕の剣は、あの子のためだけに在るのだから。
「だから、あの子を泣かせた奴の仲間になんかなれない!」
「…………」
ありったけの声を張り上げて、僕は僕の想いをぶつけた。
スイムスイムは、答えない。落胆しているのか、怒っているのか、あるいは失望しているのか、何も読み取れない瞳で、荒く息を吐き睨みつける僕を静かに見つめている。
くそっ。本当になんなんだこいつは……。
僕はさらに口を開こうとして、横から響いた甲高い声に止められた。
「ちょっとちょっとー。せっかく助けてやったのにその言いぐさは無いんじゃないのー?」「そーだそーだ!」
我儘な子供を思わせる声。全く同じ声音、声量、その声だけで双子だと分かるそれを発したのは、小さな頭の上に蛍光灯の輪っかを浮かべた片翼の双子天使――ピーキーエンジェルズだ。
姉のミナエルと妹のユナエルは(どっちがどっちかは見分けがつかないが)中空にふわふわ浮きながら揃って眉を吊り上げていた。
「助けた……って、君達が僕をクラムベリーから助けてくれたのか……?」
「あったりまえじゃん! じゃなかったらあんたとっくに死んでるし。っていうか消火器なんかに変身したせいで今も口の中がなんか粉っぽいし」「私なんてイルカになって下水に入ったし。もう臭いし汚いし最悪だったし」
「とにかく命を助けてやったんだから身体でお礼くらいしたらどーなのよ!」「お姉ちゃんマジ正論」
にわかには信じられないその言葉に、思わずスイムスイムに困惑の目を向ける。彼女は小さく頷いて
「たまも頑張って穴を掘った」
呟き、床に空いた穴から恐る恐るといった表情で顔を出すいかにも臆病そうな犬耳の魔法少女――たまを見た。僕もつられて目を向けると、目が合った瞬間たまは何故か「にゃっ!?」と悲鳴を上げて穴に隠れてしまった。
「みんな頑張った。あなたを助けるために」
本当に、僕はスイムスイム達に助けられたのか……。でも確かにそれなら、生きている事にも納得できる。でも、何で? 自分たちが助かるためにスノーホワイトを殺そうとした、そんな奴らがただの善意で動くとはとてもじゃないが思えない。
「あなたが必要だから。私がお姫様になるために」
相変わらず訳の分からない言葉。けど本当なら、なんであれスイムスイム達は命の恩人だ。もし彼女たちが助けてくれなかったら、僕はあの恐ろしいクラムベリーに殺されていただろう。
……だけど、けれでも
「……ごめん。やっぱりそれはできないよ。僕の剣は、スノーホワイトに捧げたから」
あの子を守ると誓ったから。盟友として――一人の男として。
……それにクラムベリー。あんなカラミティメアリ以上に危険な奴がいるのに、彼女を一人にはしておけない。離れるわけにはいかないんだ。
「だから、ごめん。……助けられたことには感謝するよ。でも――」
「ラ・ピュセル、死んじゃうよ」
「え?」
突然告げられた不吉な言葉。
その意味が分からず、呆然とする僕へ、スイムスイムは一つのマジカルフォンを掲げ、その丸い画面を見せる。瞬間、僕の全身の血が凍りついた。
そこに、表示されていたのは――
《ユーザー名》ラ・ピュセル。
《マジカルキャンディー数》 0 。
「―――――は?」
意味が、分からない。いや、分かりたくない。
だって………これじゃあ……僕が………
「あなたのマジカルフォンとキャンディーは私が預かった。断るのなら、今週の脱落者は――あなた」
淡々と告げる、声がする。
足元が崩れ落ちていくかのような感覚に陥る。どこまでも深い闇の底に落ちていく、そんな感覚に。
「ルーラの時なんかすごかったよねー」「そうそう。全身から血がブワーって出てさー」
「……ッ」
楽し気にはしゃぐ双子の声。何かに耐えるように眉を伏せたたまがぎゅっと拳を握る音。でも今の僕には、それがまるで遠い世界の音であるかのように思えて……。
「死にたくなければ、私の騎士になって」
「――――ッッッ!!!!」
瞬間、真っ白な頭の中で一つの激情が――怒りが爆発した。
スイムスイムの非情な言葉が、無慈悲な瞳が、何よりもその悪辣な行いが許せない。目的のためならば他者を容赦無く追い詰めるそれが、まるであのクラムベリーを思わせて――気が付けば、僕は怒りのままスイムスイムへと掴みかかっていた。
「スイムスイム!」
叫び、白いスクール水着の胸倉を片手で掴む。
「お前はッ! お前はそこまでするのか!」
「する。あなたが欲しいから」
「ふざけるな!」
唾がかかりそうな至近距離から怒鳴られているというのに、眉一つ歪めず返すスイムスイム。それがまるで馬鹿にされているようでたまらなく癪に触って、僕は残る手でスイムスイムが右手に持つマジカルフォンを奪うべく手を伸ばした。けど、それに指が触れる前に、スイムスイムの左手が先に動いた。僕の胸に当たった軽い掌は、だが魔法少女の力が加われば人一人の身体なんて簡単に突き飛ばす。
「がッ!? くうぅ……ッ!」
胸が爆発したかのような衝撃。口から血の混じった酸素と苦悶を吐いて、僕は床に叩きつけられた。
全身に響く激痛に意識が遠のくが、力の限り歯を噛みしめ耐えた。駄目だ。ここで意識を失う訳にはいかない。ここで倒れたら……僕は今度こそ終わりだ!
痛みの中、意識を集中させる。そして思い描くのは弱く傷ついた人の身体ではなく、僕の
途端全身を貫く、それまでと比べ物にならない程の激痛。
「痛あああああああ!?」
変身したラ・ピュセルの姿は、満身創痍だった。
破れた衣装。ひび割れた鎧。柔肌には痛々しい無数の傷が刻まれ、止めどなく流れる血が纏う衣装を赤く濡らす。見るも無残なこれは、クラムベリーによって殺されかけた時のままで
「ルーラが言ってた」
苦しみもがく僕の耳に、無感動に眺めるスイムスイムの声が響く。
「『魔法少女時に負った傷は、一度変身を解いてまた変身すれば全てが即座にリセットされるわけではない。特に重傷ともなれば傷跡が残るし、手足の欠損は治らない。つまり調子に乗って大怪我なんてしたら洒落にならないから肝に銘じておけ阿保共』……死にたくなければ、変身を解いた方がいい」
……ッ! 冗談じゃない。
僕は騎士だ。魔法少女だ。
どれだけ傷ついたとしても、クラムベリーやお前のような
「ああああああああ!!」
他者を平気で踏み躙るような魔法少女に、二度も負けられるか!
魔法の剣を握りしめ、スイムスイムへと斬りかかる。力の限り振り下ろした刃は、だがスイムスイムが僅かに後ろに下がったことで避けられた。
「まだまだあああああ!」
叫び、再び剣を振るう。何度も。何度でも。体力はとうに尽きかけて、気合だけで振るう刃は遅く大振り。最小限の動きで悉く避けられる。
魔法で剣を大きくするべきか。いや駄目だ。これ以上重くしたら今の体力じゃ握っていられなくなる。小細工は出来ない。今はただ、剣を振る事だけを考えろッ。
スイムスイムが下がる。僕は震える足で前へと踏み出す。
剣を振り上げるたびに、傷口から血が飛び散る。振り下ろすたびに、骨が軋み激痛が走る。それでも僕は、振るい続ける!
「痛くないの?」
痛い。痛いさ。でも、
「死ぬよりは……ましだ!」
僕が死んだら、誰が小雪を守るんだ。
この狂った殺し合いの中に、あの子一人を残すだなんてそんな事できない。だから、絶対に
「帰るんだ……!」
「…………」
「あの子の隣に」
「…………」
「スノーホワイトの隣に……僕は」
『――そうちゃん』
「帰らなくちゃならないんだ!」
後退し続けていたスイムスイムの背中が、壁に当たった。すかさず僕は、その細い首に刃を突き付ける。
「ハァ、ハァッ……だから、マジカルフォンを渡せスイムスイム。でないと……ッ」
「…………」
ぶつかり合う、荒い息を吐きながら睨みつける僕の瞳と、スイムスイムのどこまでも無機質な瞳。喉元に光る刃も、僕の叫びにも一切揺らぐことの無いそれが、僅かに細められて
「それはできない」
「なら――ッ」
「でも、あなたも私を傷つけることは出来ない」
呟き、スイムスイムが前に踏み出す。すると当然その首が剣に当たり、ずぶりと刃が柔肌に沈んで――通り抜けた。血の一滴も出ることなく。スイムスイムの白い首には傷一つ無く。
「な!?」
「全てを透り抜ける私を、あなたは倒せない」
目を見開き驚愕する僕の身体にスイムスイムが圧し掛かり、そのまま僕は床に押し倒された。
「ぅあ……ッ!?」
その動きで生じた痛みに悲鳴を漏らした隙に両手首を握られ、剣を取り落とす。そのまま両腕を頭の上で交差するように上げさせられ、その両手首をスイムスイムの右手一本で纏めて抑え込まれた。
「ゃっ、離…せぇ……っ!」
完全に動きを封じられた。やばい。逃げたくても、身体の上にスイムスイムが圧し掛かってきて碌な身動きすらできない。
それでも何とか振り解こうともがく僕に、スイムスイムの豊満な肢体が容赦無く絡み付く。合わさる肌と肌。交じりあう二人の熱。何とか蹴り上げようとした足には、すかさず足を絡められ。もがく度に揺れる胸元には、同じくその胸を押し付けられた。圧し掛かる圧倒的な乳房の重みに、僕の胸が歪み、圧迫される。息が苦しい。視界がかすむ。
「そして、クラムベリーにも勝てない」
涙で滲む視界は、吐息のかかるほど近づいたスイムスイムの顏に埋め尽くされて、その淡い唇が紡ぐ言葉が、なによりも容赦なく僕を苦しめる。
「あなた達の戦いを見た。彼女は強すぎる。だから私も彼女からあなたを奪うには奇襲しかないと考えた。まず地下を通って近づき、イルカに変身したユナエルが地上の音を『聴』いてあなたの位置を特定した。そしてたまがクラムベリーの真下に穴を掘って、消火器に変身したミナエルが視界を塞いでいる隙に私が直接奪う。そしてたしかに不意を打つことには成功した。……でも、クラムベリーはすぐに対応して私を攻撃した。もし私でなければ死んでいた」
静かに語り、ふと自らの胸元に目を向けた瞳に、その時僅かに恐怖らしき色が宿ったのは気のせいだろうか。
「クラムベリーは強い。あなたでは手も足も出ないほど。たとえあなたがスノーホワイトの元に戻ったとしても、あれが襲ってきたら何もできない。二人とも――殺される」
その言葉に思い出す、クラムベリーの絶望的な強さ。剣も拳も届かず、総てをねじ伏せるその力。恐怖が蘇る。体の芯が凍える。痛みが、恐怖が、どの傷よりも深く僕の中に刻みつけられていた。
でも、駄目だ。諦めちゃだめだ。たとえ勝てないのだとしても、あの子を守る方法はまだある。
「だったら……二人で逃げてやる。名深市の外に。それなら――」
「それは無理ぽん」
言い返そうとした僕を止めたのは、マジカルフォンの画面から現れたファブだった。ファブは唖然とする僕へと、軽快な、いっそのことお気楽な調子で最悪の事実を告げる。
「魔法少女の魔法はこの土地の魔力に依存していると言ったはずぽん。これが以前のように土地に魔力が十分にあった時ならともかく、今の魔力が不足した状態で名深市の外に出たら魔法が使えなくなるぽん。魔法少女が魔法を使えなくなったら、それは資格をはく奪された時と同じように生き物としての本質を失うってことぽん。つまりは――死んじゃうぽん」
「そ……んな……嘘だ……」
「嘘じゃないぽん。こうして教えてあげたのもラ・ピュセルに死んでほしくないからだぽん。ファブを信じるぽん。死にたくないのならよぉ……ぽん」
逃げ道が塞がれていく。縋ろうとしていた希望が一つ一つ潰されていく状況が、まるでお前には何もできないのだと嘲笑われているように思えて。
押し潰されるような絶望感に言葉を無くす僕の太ももに、スイムスイムの白い手がそっと触れた。
「ぁ……っ」
華奢な左手の指先が、震える柔肌の上を滑り、つぅ……と上っていく。
「あなたには、クラムベリーを倒せない」
触れられた場所から甘く広がる、痺れるような熱。僕の肌をその指先が撫でていくゾワっという刺激に、思わず声が震えた。
「ぁ…ぁあ……っ」
艶やかな太ももから、足の付け根のラインをなぞって汗の浮かんだお腹へ。そして衣装の破れ目から覗く臍に、指先が引っかかった。
「ひんっ……!?」
甘く弾けるようなその刺激に、上ずった悲鳴が漏れて
「あなたには、スノーホワイトを守れない」
声が告げる。僕の無力を。成す術も無く弄ばれる屈辱を。
「ゃ、めろぉ……ッ」
「やだ。やめない。ルーラが言ってた。『部下が欲しいなら己の強さを示して屈服させればいい』って」
最後に、スイムスイムの手は僕の胸へと辿り着き、その掌を乳房へと押し付けた。一切の手加減が無いその力に、柔らかな乳肉が歪み息もできない程の痛みが走る。
「痛、いぃッ……ゃ、だめだ…ッ…押し付け、ないでぇ……!」
懇願しても、涙の滲む瞳で訴えても、スイムスイムは許してくれず、容赦なく押し付けられた掌が――ずぶりと沈んだ。
「ーーーーーーーッッッ!!!!」
入って来る。僕の中に、スイムスイムが。他者が体の中に侵入するという未知の衝撃に悲鳴すらも上げられない僕の『中』へと、『どんなものでも水のように潜る』魔法で自らの一部を沈めるスイムスイムはそして――僕の体の『中心』を、握った。
極大の圧迫感とそして激痛。声も出せず戦慄く唇を開けて全身を震えさせる僕へと、スイムスイムは静かに命じた。
「そんなあなたでも、私はほしい。お姫様の隣には騎士がいるものと『教わった』から。だから――」
その無垢な手で――僕の心臓を握りながら。
「私の騎士になって。ラ・ピュセル」
僕は、答えない。もう答える力すらも、無い。
ただ何もできない絶望を感じながら、光を失った瞳で……あの子を想う。
「こ……ゆきぃ……」
答えてくれる声は、無かった。
◇スイムスイム
坂凪綾名《さかなぎあやな》が《騎士》という存在を初めて知ったのは、あるよく晴れたお正月の朝だった。
その日、地元の名家である坂凪家には新年の挨拶に沢山のお客様が来ていた。大人たちは皆その対応に追われて忙しく、その時風邪をひいていた綾名はお客様にうつしては大変だからと言われ、人相がほとんど分からなくなるほど大きなマスクを付けて独り、離れの縁側に何をするわけでもなくぼうっと腰かけていた。
するとそこに、大学生くらいのお姉さんが現れた。ここに挨拶に来た父について来たものの退屈だからブラブラしていたというお姉さんはほんわかとした笑みを浮かべて「何してるの?」「へ~退屈なんだ。奇遇だね。わたしもそうなんだよ」「じゃあ退屈同士、お姉さんとお話ししよっか」と言ってきた。知らない人とは喋っちゃいけませんと心配性の母親から教えられている綾名だったが、不思議とこの人ならいいかと思った。何となく見ているだけで安心して癒されるような雰囲気があったのだ。
それから、お姉さんと色々な話をした。綾名は決して口数の多い方ではなかったが、お姉さんは聞き上手で、どんな話でも心底楽しそうに聞いてくれた。
やがて綾名はお姫様が好きという事を知ると、お姉さんは「よーし、じゃあ今度は私が楽しませてあげるね」とお姫様の物語を聞かせてくれた。
趣味がゲームと読書というお姉さんが話してくれる物語は、そのどれもが聞いたことの無い物ばかりで綾名は目を輝かせ聞き入った。でもある時、物語の中に聞き慣れない言葉が出てきた。
「《きし》って……なに?」
「騎士っていうのはね。お姫様に仕える人だよ」
「つかえる……?」
「えーっと、まあつまりお姫様を守ったり助けたりする人だね」
「お姫様を……」
「じゃあ今度は騎士が活躍するお話をしてあげるね」
そしてお姉さんが話してくれたのは、お姫様とそれに仕える騎士が二人で様々な困難に立ち向かう物語だった。始めはオーソドックスなお子様向けの物語だったが「うーんちょっとインパクトが足りないな。じゃあすこしアレンジしちゃおうか」いつまにか二転三転し権謀術数渦巻く宮廷劇となり「やっぱり騎士と言えばバトル展開は欠かせないよね。でも守られるだけのお姫様もつまらないよね」ついには封印から目覚めた魔王との血で血を洗うバトルストーリーとなって、純粋無垢な綾名はたちまち惹き込まれた。
トレードマークである白いドレスを纏い、無数の敵をちぎっては投げちぎっては投げるお姫様の雄姿に歓声を上げ。そのお姫様の隣でどんな攻撃からも彼女を守り、忠誠を捧げる騎士に感動し。クライマックスである真のラスボス究極将軍との最終決戦では、光り輝く六枚の羽を背負うお姫様の隣で根源的邪悪を従え共に戦う騎士の姿に胸を打たれた。
そして思った。お姫様になるのは無理かもしれないけど、私もいつか騎士のようにお姫様に仕える人になりたいと。
その願いは綾名が魔法少女スイムスイムになってからも変わらなかった。自分はかわいくて偉大な
でも、今は自分がお姫様だ。だったら騎士になる人がいなくなってしまう。たまは駄目だせいぜいペットだ。でもそれはそれで必要なポジションだから頑張って愛嬌を振りまいて欲しい。ピーキーエンジェルズはそもそもそんなキャラじゃない。弱くて小物で格好良くないよくてピエロだ。
でも、大丈夫。スイムスイムは知っていた。同じ魔法少女の中に、《騎士》がいることを。
お姉さんとはあの日以来会っていないが、それでもあの人が綾名の『理想のお姫様像』を作った事は確かだ。だからその言葉は、今でも綾名の胸の奥に残っている。
「お姫様の隣にはかっこいい騎士がいるものなのさ。だってどんな物語の中でも、好きな女の子を守る男の子と、そんな子に愛し愛される女の子のお話が一番素敵なんだからねー」
お姉さん――
今回の総括・ねむりん「全部私のせいだーーーーwwww」
お読みいただきありがとうございます。作者です。
あ、エロ要素ありって書いたけど改めて見ればそんなことも無かったですね。実質スイムがラ・ピュセル押し倒してハートキャッチ(物理)しただけですし。うんセーフセーフ問題無し。だから運営に通報しないでくださいねマヂで!
あさて、ではではちと解説という名の言い訳を少々。
魔法少女の怪我がすぐには回復しない云々は捏造です。原作では特に明言されていませんから適当書きました。なんでルーラがそれを知っていたかは、魔法少女になってからすぐに『魔法少女』と言う存在についての説明をファブに根掘り葉掘り聞いたからです。まず自分がどういう物かを把握してこそ最大限の力を発揮できると考えたルーラ様は偉大ですね。さすルラ。
そして綾名の過去も捏造ですよ。とりあえずスイムがやらかす陰にはルーラとねむりんありって事にしとけば謎の説得力が出る不思議。ちなみにねむりんが最後に入った夢で綾名が昔会った子だと気付かなかったのは、当時はマスクで顔がほとんど隠されていたからです。
名深市から出たら死ぬ発言に関してはファブ氏が物真似で教えてくれるそうです。
ファブ「うううううそおおおおおおおでえええええええすッwwwぽん」
あさて、次回からはバトルとエロからいったん離れた日常回です。謎に包まれた颯太の私生活を捏造設定バリバリでお送りします。あとまだ登場してない『あの子』も出るよ。そうちゃんとがっつり絡ませますのでお楽しみに。