魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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本当にごめんぽん。
投稿まで長くなったあげく例によって前中後編になったぽん。
後編は来月中には上げるのでそれまで待っていてほしいぽん。



ぼくの誓った魔法少女(中編)

 ◇マジカロイド555

 

 別に、安藤真琴は魔法少女になりたかったわけじゃない。

 そりゃ自分だって女だ。昔は同年代の女子達の間で流行っていた魔法少女アニメを見て無邪気に「大きくなったら魔法少女になりたい」なんて思っていたけど、それも幼稚園くらいまでの話で、中学を卒業するころには「大きくなっても好きな事だけして生きてきたい」になっていた。

 

 まあその事については特に未練も後悔も無いのだ。当時にしたって単に思い入れも無く流行りに流されていただけだし。だいたい魔法少女なんて子供っぽいものに無邪気に憧れるのが許されるのは精々幼稚園か小学生まで、中学生にもなって魔法少女になりたいなんて思っている奴がいたら失笑者だろう。

 

 なのに、なのに、自分は魔法少女になった。……なってしまった。

 それが運命の悪戯かはたまた神の気まぐれかは分からないが、なってみて改めて思う。――やはり魔法少女になりたいなんて言う奴は馬鹿じゃなかろうかと。

 仕事は人助けという名の無賃労働(ボランティア)。元来利己的な性格の自分としては、赤の他人の世話を焼く時間があるならその分をバイトに使って金を稼ぎたい。ぶっちゃけ割に合わない。むしろ珍妙な外見で助けた相手からすらドン引かれる精神的ダメージを考えたらマイナスではなかろうか。まったくもってやってられない。嗚呼金にならない商売さ。儲かる魔法なんてありはしない。

 

 だから、ぶっちゃければ今まで魔法少女を続けていたのは渋々だった。

 もしかしたら、いつか何百万分の一くらいの確率で奇跡的に《金の成る木》や《石ころを黄金に変える機械》なんて一攫千金な金儲けアイテムを引けるかもしれないという、か細い希望を胸に魔法を使い(ガチャを引き)、「ガチャ依存症ってこんな感じなんデスかね~」なんて自嘲しながら。

 

 だが、今は違う。

 

 マジカロイドはショットガンの引き金を引き、己が正面にうず高く積もった瓦礫の山を撃つ。腹に響く反動と共に放たれた弾丸はバリケード状にそびえるそれに着弾。その衝撃はバリケードを崩さぬまでも、表面の瓦礫のいくつかをを粉砕し破片を撒き散らした。

 

 素晴らしい威力だ。さすが外見は同じでも現代のショットガンとは桁違いの未来武器。

 取り出せる道具が四億四千四百四十万四千四百四十四から五百五十五万五千五百五十五兆五千五百五十五億五千五百五十五万五千五百五十五種類に増えた事で新たにラインナップに加わったこれは、かつてならば絶対に手に出来なかった純粋凶器(レアアイテム)だ。

 

「ふ、ふふふふふ……」

 

 指一本、引き金一回でいっそ冒涜的なまでにあっさりと命を奪う凶器を、まるで玩具のように扱い撃ち続けるマジカロイド。

 

「良い。実に良いデスね」

 

 身体の奥から溢れ出て全身を駆け巡る(エネルギー)を感じる。

 視覚聴覚触覚各種センサーは最高精度に研ぎ澄まされ、動力炉(しんぞう)の稼働率は今までに無い最高潮。これが以前までの脆弱な――そう、今になってみれば何と脆弱だったのだろうか――ボディならば強大過ぎる力に耐えられず自壊していたかもしれないが、この555(からだ)は違う。

 

「ああ。ようやくわかりましたデス……」

 

 そう今なら分かる。魔法少女に憧れる者を小馬鹿にしていたが、間違っていた。

 憧れるのは当たり前だ。もし最初からこれほどのモノだと知っていたなら、どんなものを差し出してもなろうとしただろう。

 魔法少女とはただの物好きなお人よしではなく、その本質は最高の肉体に最強の力を備えた――人を超えた存在(バケモノ)なのだから!

 

「これが、これこそが魔法少女デスか!」

 

 思わず吊り上がった口元が歪み、醜悪な笑みを描く。

 人ならざる魔法少女の力に酔いしれ、狂い、飲み込まれた笑みを。

 

「さあどうデスどうなるどうしますかラ・ピュセル! この力を前に! このワタシを前に! ビビッて隠れてガタガタ震えてるだけですかあ? ほらほら早く何とかしないとワタシがバリケードを壊してしまいますよー! それが嫌ならやってくださいよ悪足掻きを! 嗤いながら叩き潰してやるデスから! さあどうするのデ――」

「黙れマジカロイド!」

 

 溢れ昂る無敵感のまま挑発するマジカロイドの狂笑。

 それを拒むように、瓦礫のバリケードの陰から一人の魔法少女が躍り出た。

 その姿はしなやかで美しい少女の肢体にだが人ならざる竜の角と尾を持つ鎧の騎士。――古の聖女の名を冠する魔法少女ラ・ピュセルが、崩落した天井から降り注ぐ月光のスポットライトに照らされながら雄々しい竜の瞳に戦意を燃やして床を蹴り、マジカロイドへと向かってくる。

 その手に剣は無い。少しでも身軽になるためか、……それともまたぞろ小賢しい策でも練っているのか。

 

「ま、どっちでも構わないのデスが」

 

 単なる特攻だろうが策を秘めた奇手だろうが、それがどうした。

 自分には力がある。かつてとは比べ物にならない無敵の力が。ならば何が来ようとも

 

「策ごと正面から押し潰してやるデスよ」

 

 硝子の赤眼を殺意に光らせ、視覚センサー(しかい)に捉えたラ・ピュセルの眼前に転移魔法陣を展開。その疾走を阻み思惑ごと撃ち砕くべく鉄柱を射出した。

 だがラ・ピュセルは迫るその軌道を冷静に見極め回避。その勢いをほとんど衰えさせる事無く駆け続ける。続けざまに新たな魔法陣から射ち出す瓦礫も同様に最小限の動きで避けられ、躱された瓦礫は床に当たり悔し気に砕けた。

 

「やるじゃないデスか」

 

 今度は三つ同時に展開させ攻撃。三方向から狙うそれにさすがのラ・ピュセルも足を止め――鋭い眼差しで三つの魔法陣をさっと一瞥すると体を捻り、直後、射出された三つの鉄柱は鎧に包まれた身体を絶妙な間隔で掠め、かすり傷すらもつけられず外れて終わった。

 全弾命中とはいかずとも一つは当たるだろうと思っていた攻撃を紙一重で避けられたマジカロイドは目を見張る。

避けた? 今のを避けられただと? いや違う。射出の直前で体を捻り回避行動をとっていたラ・ピュセルの一連の動きは見てから避けたというよりも、むしろ

 

「あらかじめどこに攻撃が来るのかを分かっていた……?」

 

 馬鹿な。その事実を否定するべく、更なる魔法陣を展開。視界に映る様々な角度から攻撃するも、やはりラ・ピュセルはその全てを躱す。顔を逸らして顔面を串刺しにせんとする鉄パイプを避け、ならば頭上から押し潰さんとした瓦礫は飛び退き逃れ、あらゆる角度からの全ての攻撃を防ぎ躱しやり過ごす。そして少しずつ、だが確実に進み、迫って来るのだ。

 

「ちいぃ……ッ」

 

 驚愕が苛立ちとなり、焦りに変わっていく。

 おかしい。つい先程まではラ・ピュセルとて掠り傷をいくつも受けていたはずだ。避けたとしてもそれはギリギリで、事実盾にして防ぐも受け止めきれず吹き飛ばされたではないか。

 なのに今、目の前のラ・ピュセルはその全てを落ち着いて、まるで激しいディフェンスを避けゴールへとひた走るサッカー選手のような足さばきで魔法陣の連続射撃を躱している。

 

「なぜ当たらない……なんで防げるデスか……ッ!」

 

 いっそのこと超多数同時展開による避けようの無い一斉掃射を――いや、だめだ。残弾が足りない。

 この物質転移マシンは取り込んだ物質を異空間にストックできるが、その量も有限。物量で押し潰すとなればアリスの時に天井を破壊したように大量に調達しなければならないのだが、それを行う隙をラ・ピュセルは逃さないだろう。一気に接近され最悪、脳髄を破壊されては555といえども助かるかどうかは分からない。

 マジカロイドの無敵感に高揚していた胸に、初めて冷たい死の予感が走った。

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

『――これが私の作戦だ。アリス』

『分かりました。確かに、これならあの魔法少女を倒せるかもしれません。ですが、そのためには……』

『ああ。まず私がマジカロイドに接近し、動きを止めるよ』

『……危険すぎます。あの転移魔法の弾幕を無傷で突破するのは無理です。やはりラ・ピュセルの安全を考えるなら、もう少し安全性も確保できるよう複雑に練り直した方が……』

『いや、これでもぎりぎりで可能な手なんだ。出会ったばかりの私達ではまだ複雑な連携は出来ないから、単純でリスクも高いがこれしかない。――それにさっきも言ったけど、あの転移魔法の性質と対処法がある程度は分かってきた。だから私の分析が正しければ、あれをやり過ごしつつマジカロイドの下に辿り着くのは不可能じゃない』

『……分かりました。その言葉を信じます。――どうかご武運を。ラ・ピュセル』

 

 

 床を蹴り、駆ける僕の目の前に魔法陣が出現。

 僕の疾走を阻まんと現れたそれをまず視界で捉え、今までで見てきたこの魔法に関する記憶をもとに分析を開始する。

 まずこの武器は展開から攻撃まで約一秒のタイムラグがあるので、その間に位置と角度から射線を計算。完了と同時に割り出した射線から身を退くことで射出されたバールのようなものを回避した。

 

 続いて現れた魔法陣の狙いは胴体か。一瞬後、予想通りに瓦礫が放たれるもあいにくと飛翔体の軌道を読むのは得意なんだ。時にフェイント交じりに放たれ曲線を描いて飛ぶボールを捉え、未来位置を予測してキャッチするサッカーに比べれば、いくら速かろうとも単純な直線軌道の攻撃などタイミングさえ読めれば――避けるのはそう難しくない。

 さっきはスノーホワイトを守らんと心が逸るあまり冷静な思考ができなかった。けど、少しは落ち着きを取り戻せた今なら対処できる。

 ゆえに迫る鉄塊を余裕をもってサイドステップで躱し――その先で待ち受ける新たな魔法陣が放ったコンクリート片を殴って粉砕。砕け散る粉塵の灰色が夜の黒を穢した。

 

 ……なるほど、避けようの無いタイミングで仕留めようという訳か。ああ、まあ悪くないというか当然の考えだろう。

 が、お前は分かっていないぞマジカロイド。

 魔法陣の展開から発射までの一秒と言えば確かに人間にとってはほんの一瞬だろう。だが、瞬き一つの間に人を殺せる魔法少女にとっては、視認し行動(アクション)するのに十分な時間だと。

 発射は必ず中央部分からで展開後に角度調整は出来ないゆえに、射線さえ読めれば一定速度で放たれる攻撃を迎撃するのは容易いという事を。

 

 確信した僕を試すように、眼前に新たな魔法陣が出現。落ち着いて頭を少し下げて射線を避けると、読み通りに頭上を鉄筋が通過。続いて真横に新たな魔法陣が現れるが、このまま前に進めば問題無い!

 その後も次々と現れる魔法陣の攻撃をサッカーで鍛えたテクニカルな足運び(ステップ)で避け続けながら、僕は徐々にマジカロイドへと接近し、

 

「いい加減に――当たれデス!」

 

 焦りと苛立ちを込めた叫びと共に繰り出された魔法陣の射線は丁度いい高さ。そして放たれたのはお誂え向きの鉄球。良い選択だマジカロイド――僕にとってのな!

 

「あいにくボールは友達なんだ!」

 

 猛る笑みを浮かべ僕は跳躍し、サッカーで何度も繰り返してきた動作――オーバーヘッドキックで鉄球をマジカロイドめがけ蹴り飛ばした。

 

「んなっ!?」

 

 鋼鉄の砲弾と化して迫るそれをマジカロイドは慌ててショットガンで迎撃し、あわや直撃するかというタイミングで何とか撃ち落とす。

 その間――一秒。すなわち、魔法少女がアクションを一つ起こすのに十分な時間だ!

 

「うおおおおッ!」

 

 千載一遇の今こそ好機。僕は全力で床を蹴り陥没させ、一気に駆けて今だショットガンを構えたまま硬直するマジカロイドに飛びついた。

 

「ようやく捕まえたぞ……ッ」

 

 そのまま手足を機械仕掛けのボディーに絡め、その動きを全身で封じる。

 その際に暫しもみ合ったためマジカロイドの手から零れ、足元に落ちるショットガン。触れるマジカロイドの白い体はプラスチックのような感触で、硬く冷たく、だがしがみつく僕を振り解こうと凄まじい力で抵抗した。

 

「なっ、一体何のつもりデスか!?  くっ……離れろデス!」

 

 驚き混乱し、滅茶苦茶に振り回される拳が肘が僕を殴りつけてくる。碌に勢いが付けられないほぼゼロ距離であるにもかかわらず、機械仕掛けの拳はまるでハンマーで叩かれるかのような凄まじい硬さと衝撃だ。当たる度に肌が痛み骨が震え内臓が破裂しそうなほどのそれを受けながら、叫ぶ。

 起死回生の一手。共にスノーホワイトを救うと誓った仲間の名を。

 

「アリス!」

「――はい。ラ・ピュセル」

 

 それに力強く応じる様に、瓦礫のバリケードを突き破り黒いアリスのごとき魔法少女――ハードゴア・アリスが現れ、身を包むドレスの裾を靡かせ床を蹴る。そして僕に拘束されたマジカロイドへと背筋をピンと伸ばしたやたらと良いフォームで突撃。

 

「この声はまさか……ッ!? もう復活したというのデスか!?」

 

 驚愕するマジカロイドが振り向こうとするも、僕はその顔を掴み絶対にアリスに目を向けさせないよう妨害した。

 ぐぐぐ……と動こうとする顔を全力で抑えつけつつアリスに目を向ければ、あれほど展開していた魔法陣は一つたりとも現れず、阻む物の無い黒い魔法少女は全速力で迫って来る。

 

 やはりそうか。

 バリケードに隠れている間は魔法陣による攻撃を受けなかったのでそんな気はしていたがこれで確信した。――この魔法の発動範囲はマジカロイドの視界だ。視認している場所にのみ展開でき、それが出来ない場所には何もできないのだ。

 

「ぐぐぐっ……この手を、離せえ!」

「絶対に……ッ、離すものかぁ!」

 

 刻一刻と迫るアリスを何とか捉えんとするマジカロイドが必死に抵抗し、しがみつく僕を殴りつけてくる。何度も何度も。繰り返される衝撃と痛み。だが僕は耐え続け、そして

 

「いいから離っ――ふごぁっ!!」

 

 鬼気迫る形相で叫ぶ顔面を、突撃の勢いを乗せたアリスの拳が殴りつけた。

 まるでトラックが激突したかのごとき衝撃。しがみつく僕が危うく引き剥がされそうな程のそれをまともに受けたマジカロイドは苦悶の声を上げ、だが追撃の拳が次々とめり込み悲鳴すらも潰される。

 

「ッごは……ぐぼ…ッ……やめ……ッ!?」

 

 殴る。僕に拘束され避蹴る事の出来ないマジカロイドの顔面を、アリスは殴り続ける。

 絶え間ない打撃音。ひび割れた顔面から飛び散る血が僕の髪に降り注いだ。

 

「ぐはっ……がっ……離、せえええ!!」

 

 その時、絶叫と共に繰り出された強烈な膝蹴りが腹部にめり込んだ。腹を守る鎧が砕け、体の中で何かが潰れる感覚。激痛に呻けば唇からドス黒い血が溢れ床を染めた。

 

「ラ・ピュセル!?」

 

 激痛で一瞬遠のきかけた意識が、名を叫ぶアリスの声で引き戻される。

 見れば、アリスは紫の目を大きく見開き動揺して、攻撃の手を止め――いけないッ。

 

「攻撃を止めるなアリス!」

 

 血を吐きながら叱咤し、しがみ付く腕に力を籠める。

 それだけで体内に激痛が走り口から血が溢れ出るが、叫んだ。

 

「ぐぅ……ッこれが最後のチャンスなんだッ。私になんか構うな……」

 

 これが、僕がこのマジカロイド555を倒すために考えた作戦――いや実際はお世辞にも策とは呼べないだろう単純極まる力技。僕がこいつの動きを封じ、意識を失い変身が解除されるまでアリスが殴るというだけの、泥臭く暴力的で魔法少女のキラキラとした綺麗なイメージなど無い、でも僕らが出来るたった一つの勝ち方だ。

 だから、だからこそ

 

「たとえ死んでもこいつにしがみ付くから…ッ……君は意識を飛ばすまで殴り続けろ!」

 

 血に染まり叫ぶ僕の言葉で、アリスは再び拳を握った。

 

「……はい。殴ります」

 

 ギュッと、硬く握ったそれを振り上げ再びマジカロイドの頬へと打ち込む。

 先程よりも強く、一刻も早くその意識ごと殴り飛ばすため、血に染まる拳がマジカリウム合金の肌へと降り注いだ。

 

 

 ◇クラムベリー

 

 

「おーこれはそろそろ決着かぽん」

 

 眼下で繰り広げられる一方的なタコ殴りを前に、呑気に呟くファブ。

 絶対安全圏鷹から高みの見物を決め込む者ゆえの余裕と傲慢さの滲む声で、

 

「ま、中々に楽しめたし今夜は満足ぽん。後はマジカロイドの死に様でもせいぜい拝むとするぽん」

 

 満足げに呟く。

 だが、ともに眺めるパートナー――森の音楽家クラムベリーだけは、真意の読めぬ妖しい微笑を浮かべた。

 

「さて、それはどうでしょうね」

「クラムベリーはマジカロイドが勝つと思ってるぽん?」

「そうですね………。確かに今、ラ・ピュセル――颯太さんとハードゴア・アリスが優勢ですが、このままでは絶対に勝てません」

 

 優雅で麗しくも、冷徹な確信をもって魔法騎士の敗北を断じるその声に、ファブは内心で首を傾げる。

 

「うーん……そうは思えないぽんが……?」

 

 一方、クラムベリーは血に塗れたような赤い瞳で、観賞する。憐れむように、愛おしむように。

 かつて自らが死の寸前まで痛めつけ、そして最後まで彼女を■そうとしなかったラ・ピュセルの姿を。

 

「だって、颯太さんは――」

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

 全ては、一瞬で崩れ去った。

 アリスは更なる激しさでマジカロイドを殴り、僕は必死にしがみ付きその動きを封じた。

 けして完璧ではないが、それでも僕らが勝てるただ一つの戦法だから。たとえ振り解こうとマジカロイドがもがき暴れ、それを抑え付けるため力を籠める度に激痛が走り血を吐いても、耐える。勝つために。スノーホワイトを守るために。痛みと衝撃と疲労に耐えて耐えて耐え続けて、そしてこのままいけば勝てると確信した時――限界が、来た。

 

 ぶつり……と、体の中で見えない糸が切れるように、力が抜け落ちる。

 絶対にしがみ付いていなきゃいけない。そう思っているのに、意思に反して指が剥がれ、腕が離れ、木偶人形のように何も出来ず床に倒れる身体。

 

「ぐっ……あぁ……っ!」

 

 血を失い過ぎたか、体力が限界に達したのか。だが駄目だ。早く立たなくちゃ。立ってしがみ付かなくちゃ……マジカロイドが……ッ

 

「ッあああああああ!」

 

 そう思った時には、もう何もかもが遅かった。

 霞む視界に映るのは、解き放たれたマジカロイドが獣めいた叫びを上げてアリスを殴る光景。怒りと憎悪を込めた拳は頬にめり込み、頬骨の砕ける音を響かせアリスを床へと殴り倒す。

 

 まずい。まずいまずいまずい!

 

 全てが崩れ落ちていく。掴みかけたはずの勝利が、零れ落ちようとしている。

 絶望的な焦燥感が心を覆い尽くす中、同じ物を感じたのだろう仰向けに倒れていたアリスが上体を起こし――床に落ちていたショットガンを手に取った。

 その銃口をマジカロイドの頭に向け、細い指が引き金に掛かり――

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は、分かっていた。

 アリスがその引き金を引けば、弾丸がマジカロイドを撃ち、その脳髄を破壊することも。

 マジカロイドを殺し、この戦いが終わる事も。

 その引き金さえ引けば、スノーホワイトを救えることも。

 僕は、分かっていた。

 

 だから――

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「やめるんだアリス!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 僕は、止めた。

 

「……っ!?」

 

 その叫びに、アリスの指が止まる。止まった。

 それは時間にして、僅か一秒ほどの停止。

 

 

 

 

 

「リミッター解除――全機関解放」

 

 

 

 

 

 

 だがそれは、魔法少女が行動を起こすには十分な時間で

 

 

 

「視覚聴覚触覚及び各センサー精度上昇――動力部稼働率100……500……1000%突破――クロックアップ開始――」

 

 

 

 最後の勝機が潰える。

 希望が砕かれ、絶望が始まる。

 

 

 

「《アクセル装置》――起動!」

 

 

 

 音速の暴力が、全てを蹂躙した。

 

 マジカロイドの瞳が赤く太陽の如く輝き、一瞬でその姿がかき消える。

 次の瞬間、顎先を蹴り上げられる感覚。うつ伏せに倒れていた僕の身体はその衝撃で宙を舞い、中空で驚愕を浮かべた顔面に更なる一撃を受けた。

 今、殴られたのか? 何に?

 強烈かつ不可解な痛みと衝撃に慄きながら考えるも、分からない。――僕の瞳は何も捉えなかったのだから。

 

 困惑する僕を嘲うかのように、不意に赤い光が宙を奔る。同時にアリスの銃を握っていた右手が手首の先から消失。まるで無理矢理もぎ取られたかのような折れた骨と千切れた血管が残された切断面から血が噴き出す――間も無く、尻餅をついていたアリスの身体が僕と同じように見えざる何かによって中空に蹴り上げられた。

 その周りを再び奔る赤光。光が高速で飛び交う度にアリスの身体に衝撃と共に拳の形が刻まれ、足形が付き、伸ばした細腕が叩き折られ脚がもがれて腹を貫かれ柔肌が抉り裂かれ瞬く間に壊されていく。

 

「ま……さか……っ!」

 

 絶え間無く衝撃を与える続ける事で落下すら許さず宙に拘束する、余りに一方的な蹂躙劇。悪夢的なその光景を前に、ようやく理解した、

 霞む僕の視界に、マジカロイドの姿は無い。ただ、赤き閃光が闇に超高速の軌跡を描き乱舞するのみ。いや、それすらもおそらく残光に過ぎないのだろう――マジカロイドは、奴はその先にいるのだから。

 

 超高速移動。

 

 古今、古典SFから映画や漫画アニメそして特撮まであらゆる物語において登場し、そのシンプルながら強力な性能で時間停止に次ぐ最強格とされる能力。

 それこそが今の光景。不可視の――否、動体視力すら超える暴力の正体だ。

 だが、それが分かったとしても何ができるのか。おそらくは対策を思い付くまでの思考速度よりも早く僕たちを殺せるだろう、この超速の殺人機械に。

 

 そして実質十秒ほどでありながら永遠にも思えた蹂躙劇は、砂時計の砂が落ち切るようにあっさりと終わった。

 疾走する赤がふっとその速度を落とし、像を結ぶ。夜闇に現れるは――マジカロイド555。

 荒い息を吐き、空気抵抗によるものか本来は白いはずの全身が赤熱している。夜の闇に赤く浮かび上がるその背後ではほぼ肉塊と化したアリスがようやく落下し、遅れて全身から噴き出した血が装甲に当たり蒸発した。

 

「ハァッ……ハァ……ハッ…ハハハッ!」

 

 全身から血の蒸気を噴き上げ哂うその姿、まさに白い悪魔。

 

「ハァ……危なかった……ッ。ええまったく本当に死ぬかと思いましたよ! デスが、デスがッ――ワタシの、勝ちデス!」

 

 血塗れの笑顔で勝ち誇る。

 そして足を振り上げ、横たわるアリスを踏んだ。踏んだ。踏んで踏みつけ踏みにじった。

 肉を潰し骨を砕き、内臓をぐりぐりと執拗に。何度も何度も。

 

「死ににくいだけの雑魚が調子に乗ってえ! よくも好き勝手してくれましたねよくもよくもよくもぉッ! でも、でもねぇ、ワタシの方が強いんだよおお!」

 

 血と肉片をまき散らして狂笑するマジカロイド。

 その強大な能力よりも、悍ましい行為よりも、その己が力に飲まれた醜悪な笑みが、僕には最も恐ろしい。

 

「ゃ…めろ……マジカロイドぉ……!」

 

 余りにも凄惨なその光景が見ていられなくて、喉奥からこみ上げる血を吐き痛みに震える足で立ち上がる。

 マジカロイドの赤い瞳が、僕を見た。

 

「ふぅ……おやぁラ・ピュセル。止めるのデスかぁ…ハハッ…アナタが?」

 

 嘲りを含んだ粘つく声で

 

「よりにもよってアナタが、ねぇ……」

「なん、だと……どういう……意味だ?」

 

 問い掛けるもマジカロイドは答えず、ただ口元を吊り上げ――嘲う。

 そして溢れ出る、殺気。

 

 ――キィィィイイイイ……

 

 熱で赤く染まったボディ、その内部から甲高い音が鳴る。それは戦いを前にあらゆる機関と全システムが猛る唸り。再び蹂躙せんとする超速の殺戮装置の起動音。

 

「まあいいデスよ。止めたいというのならば止めてください。――この最後の秘密道具《アクセル装置》の超加速を」

 

 甲高いそれが最高潮に達した瞬間――

 

  ヒュンッ――

 

再びその姿がかき消え、音速へ至る。そして赤光と化し突っ込んできた。

 

「く――ッ!?」

 

 避けなければ。そう思った瞬間には衝撃が右頬に炸裂。回避する間もなくおそらくは殴られ、たたらを踏んで堪えようとするも、すぐさますれ違った赤光がターンを描き戻って来る。

 避けられぬならせめて迎撃しようと手元に出現させた剣を振るうが、刃が斬るのは虚空に残された残光のみ。赤熱する本体は僕が刃を振り切るよりも先に左頬を殴りつけていた。

 

「がっ…くそっ…速すぎる!? 赤いのは伊達じゃないか……ッ」

「遅い鈍いとろ過ぎます! その角は飾りデスか? ワタシを捉えたくばせめて三倍速く動きなさい!」

 

 嘲笑を撒き散らし赤光が躍る。翻弄しながら背中を蹴られ、仰け反る腹に打ち込まれる拳の感触。赤光が飛び交うその度に、体中に襲い掛かる目にも止まらぬ連続攻撃。

 それでさえ、痛みと衝撃でようやく攻撃を受けた事を知るのだ。

 横から迫るそれをせめて回避しようと飛び退けば、即座に軌道を変えた赤光が追撃し今だ滞空中の身体を攻撃される始末。

 

「どうしましたラ・ピュセル止まって見えるデスよ! まあワタシが速すぎるんデスがね!」

 

 避ける事も、捉える事すら出来はしない。

 高速のビジョン。超えていくスピード。全てが違い過ぎる。

 

「ハハッこればかりは使うのを躊躇ってましたが、こんなことなら最初から使っておけばよかったデス。手こずらされたあなた達をこれほど圧倒できるのデスから」

 

 勝ち誇る声すらも置き去りにして加速し続ける暴力の嵐。

 避けようとしても追いつかれる。まぐれでもいいから当たってくれと願い振り回す抵抗の刃は掠りもしない。頬を殴られ腹を蹴られただただ一方的に嬲られてしまう。

 くッ……駄目だ。このまま闇雲に剣を振り回してもいずれ――いや、すぐにやられてしまう。考えろ考えろ考えろ! どうすれば勝てるかどうすれば倒せるのか早く早く早く考え――

 

「だから遅いのデスよ!」

 

 殴られる。音速の痛みと衝撃に思考が飛びかけ駄目だ持ちこたえろじゃなきゃ

 

「おやおやそのままじゃすぐにやられてしまうデスよ!」

 

 すれ違いざまに蹴られバランスが崩れていくけど勝たなきゃ負けない負けちゃいけないんだじゃないとあの子があの子がスノーホワイトが

 

「手も足も出ない何もできないのなら――」

 

 勝ちたい。守りたいとそう思う。思うのに、逸る思考とは裏腹にこの肉体はあまりにも鈍重で音速の猛威を捉える事すらできず

 

「これで終わりデスねえ!」

 

 腹部を撃ち抜かれたかのような衝撃。思考速度よりも速く拳が鳩尾を直撃し、僕は吹き飛ばされた。

 口から悲鳴と鮮血を撒き散らし、何も出来ず、虚空を舞う。そしてこれまでの戦闘によって幾つも出来ていた瓦礫の山の一つに激突。

 無数の鉄とコンクリートを粉砕する痛みと衝撃に、僕の意識は闇に途絶えた。

 

 

 ◇スノーホワイト

 

 

 姫川小雪スノーホワイトは、岸辺颯太――ラ・ピュセルが好きだ。

 今までも、これからも、ずっと一緒にいたいと思っていた。

 友人として一緒にいてくれたから。相棒として助けてくれたから。そして男として、恋ををしたから。

 

 彼はいつも一緒にいてくれる。笑いかけてくれる。語り合ってくれる。守ってくれる。

 だから自分も、彼にそうしたいと思った。

 彼の助けになりたい、支えとなってあげたいと。けど……今の自分はどうだ。

 己を守るラ・ピュセルの鞘――その内部に満ちる闇の中で、スノーホワイトは涙を流す。

 

「……わたしの、せいだ……」

 

 その唇から漏れるは、悲しみに染まり後悔に震える嗚咽。

 鞘に隔ていられようと聞こえる、ラ・ピュセルの心の声への懺悔だ。

 光無き闇に響く声が、教える――

 彼がこれまで味わってきた恐怖を。スノーホワイトを守るためにその心を利用し欺いてきた事への自己嫌悪を。その苦しみを。その痛みを。

 

 己を殺しかけたクラムベリーを恐れていた。スイムスイムに命を握られ従わざる負えなかったことを嘆いていた。愚かな自分への憤りがあった。スイムスイムへの選ぶ道は違えど同じ夢を見る共感があった。逃がしてくれたたまへの感謝があった。そして、そのどれに比べても強く大きな――想いがあった。

 

 傷付けられて痛いと、戦いは怖いと、ラ・ピュセルの心が苦しんでいる。けど、それでも戦意だけは変わらない。負けたら困る。勝てなきゃ困ると言って、何度苦しみ痛めつけられようとも立ち上がるのだ。痛いのに、苦しいのに、怖いのにそれでも戦っている理由を、スノーホワイトは分かっていた。

 彼を死地に駆り立てているのは――私だ。

 死にたくなくて、でもそれ以上に、私を失いたくないから戦っているのだ。

 

 それなのに、私は――

 

 ――ごめんね。スノーホワイト。

 

「ぅ……ぅ……違うよぉ……」

 

 ――騙してごめん。嘘をついてごめん。君の優しさにつけ込んでごめん。

 

「ごめんって言うのは……わたし、だよ……」

 

 ――君を傷つけさせてごめん。怖がらせてごめん。泣かせてごめん。

 

「そうちゃんが、こんなに苦しんでいるのに、わたし、何も知らないで……っ」

 

 ――こんなことになったのは、きっと僕のせいだ。

 

「私のせいだよぉ……」

 

 そうだ。自分のせいだ。

 彼が秘めた苦しみに気付いてあげられれば、運命は変わったのかもしれない。

 自分は戦えないし、泣き虫で臆病だけど、それでも彼の傷つく背中を支えて、一緒に立ち向かえたなら希望は在ったのかもしれないのだ。

 

「助けられたかもしれないのに……力になれたはずなのに……ッ」

 

 なのに自分は、気付けなかった。

 連絡のつかなくなった颯太を心配して会いに行ってその憔悴した姿を見ておきながら。

 料理を作って話して、それで少しでも助けになれたなどと思っていたのだ。

 彼の笑顔の裏に隠された苦悩も知らずに……ッ。

 

 挙句、それを知ってもなお、己の中に彼への心配や懺悔とは別の想いがあるのだ。

 颯太に無邪気に懐くたまを羨ましがっている。

 颯太の唇を奪ったスイムスイムに嫉妬している。

 颯太に優しくされる亜子と言う子を疎ましく思っている。

 それは魔法少女のように清く正しくなんてない、女のあさましく醜い感情で

 

「わたし……最低だ……ッ」

 

 闇に木霊する、全てを知ってしまった少女の嘆き。

 すすり泣き、金の瞳から溢れ白雪の頬を濡らす涙の雫がいくつもいくつも地に落ちて。

 

 ふっと、闇に覆われていた視界が開けた。

 突如消失する鞘。硬く大きく堅牢なそれが幻であったかの様に消えた事で、破れた天蓋より降る月明かりがスノーホワイトを照らす。何事かと困惑するその金の瞳に飛び込んできたのは

 

「そうちゃん……!?」

 

 血に濡れた瓦礫の上に立つマジカロイド。そのマジカリウム合金の手に首を掴まれ吊り上げられた――『()()()()』の姿だった。

 




お読みいただきありがとうございます。
週末には上げると3週間前に言っていた作者ことのろまな亀です。はいごめんなさい。遅れに遅れたあげく例によって一万字超えたので中編として投稿する事となりました。
続きは年内には投稿できるようにしますのでお待ちください。


『ほんとのほんとに最終回予告』



地獄の門に曰く――この門を潜る者、全ての希望を捨てよ。



『――もしあの時に戻れたのだとしても、僕は同じ選択をする。勝ちたい。死にたくない。生きたい。でも、それ以上に僕は――僕たちは魔法少女でありたいんだ』

少年は戦う。理想を掲げて、己が夢見た魔法少女で在るために。

「ありがとうございますスノーホワイト。……あなたのおかげで私は、穢れた血でも生きていいのだと思えた。だからあなたのためなら、私は死んでもいいと思えるのです」

自分を穢れた血と呼ぶ少女は捧げる。その全てである恩人のために。

「ごめんね……そうちゃん……私……なんにもできなかったよ……」

二人に想われ、守られる少女は己が無力を嘆きそして――

「夢を見れば叶うとでも? 理想を語れば実るとでも? アナタ馬鹿ぁデスか現実見ましょうよ。今日日ガキでも知ってますよ。何かを成すために必要なのは夢でも理想でもなくただ一つ――『力』なのデスよ」

嘲笑うは力に溺れた少女。その音速の暴力は儚き夢を蹂躙し、現実を突きつける。

「しかし無慈悲な現実の中では、絶望的な力を前にしては、貴方の理想は所詮、儚く幼稚で現実性のない夢物語」

高みから全てを鑑賞する音楽家が目にするのは、果たして全てが救われる大団円か。

「や、やだよ……そん……なんで、こんな………ッ」

それとも何もかもが死に絶える惨劇か。

「スノーホワイトおおおおおおおおおおおおおおお!!」

魔法少女育成計画routeS&S

「ああ颯太さん貴方こそは正しく――《殉教の聖処女(ラ・ピュセル)》の名に相応しいですね」

次回 最終回

嘘じゃないよ! byうるる

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