魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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前の話で次が最終回と言ったけど、文字数が膨れ上がって大変なことになりそうなので前後編にするぽん。後編は今週末に投稿するのでしばしお待ちくださいぽん。


ぼくの誓った魔法少女(前編)

 ◇たま

 

 魔法のアイテムの代償は、死の危険(キャンディー)だった。

 他の魔法少女と戦うための力が手に入る代わりに、キャンディー数が最下位で死ぬ危険が高まる悪魔の取引。はじめはそれがよく分かってなかったけど、スイムスイムからそう教えられ理解した時、たまは全身から血の気が引く思いがした。

 

 このままじゃ自分が、みんなが死んじゃう。

 だから、スノーホワイトを襲う事に賛成した。

 今でも人を殺すなんてゾッとするしルーラを死なせた事を後悔しているけど、それでもみんなに死んでほしくないから……。なのに、それなのに……。

 

 ああ……まただ……。

 また……大切な人が、大切な人を殺そうとしている。

 

「行かなくちゃいけないんだ! 僕があの子を守らな――」

「行かせない」

 

 王結寺の薄暗い堂内に、ラ・ピュセルの凛々しくも焦燥の滲む声と、その細首に魔法武器ルーラの刃を突き付けるスイムスイムの美しいが冷たい声が響く。

 ほぼ同時に発されようとも決してまじり合わぬそれは、そのまま二人の主張が決して相容れぬ事を示していた。

 

「それがたとえ本当でも、行かせるわけにはいかない。ラ・ピュセルの答えを、まだ聞いていないから」

「――ッ!」

 

 案の定、ラ・ピュセルの必死の訴えは非情の拒否で切り捨てられる。

 重く張りつめる空気の中、それぞれの想いゆえに対峙する二人を前に、たまは動く事も止める事も出来ず、無力な子犬のようにただ震えて立ちつくしていた。

 

 ラ・ピュセルを冷たく見つめる絶対零度の瞳を、たまは知っていた。あれはあの時と同じ瞳だ。思い出すだけでも胸が苦しくなって後悔と悲しみに押し潰されそうになる、ルーラを殺したあの夜と同じ――叶えたい夢の為なら全てを殺し尽す瞳だ。

 本気でスイムスイムは、ラ・ピュセルを殺そうとしている。

 

「後で必ず答えを出すから、頼む、今は行かせてくれ……ッ」

「――駄目」

 

 お願いだから、諦めて。そう願うが、ラ・ピュセルはきっと諦めないだろう。

 だって、そういう人だ。強くて、格好良くて……優しい人なんだ。たとえ自分が死ぬかもしれなくても、大事な人を……スノーホワイトを見捨てられる人なんかじゃないんだっ。

 

 でもそれじゃ死んじゃう。このままじゃ、ラ・ピュセルは――また、私の大切な人が死んでしまう。

 嫌だ。そんなのは嫌だ。もうあんな思いは、嫌だ。

 そう思う。思うのに……自分は、怖くて、震えて……また、それを見ている事しかできなくて……っ。

 

 あの時と同じように。

 

 

 

『なんで…なの……? たまぁ………』

 

 

 

 ルーラが死んだ時と、同じように。

 

 脳裏に蘇る倒れるルーラ苦しみもがいて血を流して赤黒く染まる衣装あんなに苦しそうに顔を歪め嫌だ怖い何で何でと呟いてもがき苦しみ絶望してごめんごめんなさい何もできなくてごめんなさい私はやっぱり弱くて臆病で何もでき

 

 

 

『できるよ』

 

 

 

 絶望に覆われていく心の中で、声が響いた。

 それはかつて、今と同じように己の弱さに絶望した時、涙する自分に彼がくれた(ことば)

 

『それにたまは弱くなんて無い。臆病で力が足りないかもしれないけど、優しくて強い心を持ってる魔法少女だ』

 

 

 思い出す。そう言ってくれたラ・ピュセルの、温かさ。優しい笑顔。そしてこんなに弱い自分の『強さ』を信じてくれた――瞳。

 

「――――っ!」

 

 気が付けば、たまの体は動いていた。

 震える手足に力を込め、己を縛る見えざる鎖を引き千切るかのように床を蹴り、恐怖も弱さも振り払い駆けだして――スイムスイムへと飛びつき床に押し倒した。

 思わぬ相手からの予想外の奇襲に魔法を使う間すらなく倒されたスイムスイムの肢体の上で、必死に圧し掛かりその動きを抑えるたまは、突然の事態に唖然としているラ・ピュセルに――叫んだ。

 

「行ってええええ! ラ・ピュセル!」

 

 

 ◇スイムスイム

 

 

 たまの叫びを聞いたラ・ピュセルが、ハッと我を取り戻す。そして刹那たまを一瞥した後、床を蹴り外へと飛び出していった。地面に深々と足跡を刻むほどの激走で瞬く間に遠ざかるその背中を、たまに押し倒されたスイムスイムは成す術も無く見つめる。

 速い。もうこうなっては敏捷性に劣る自分達ではラ・ピュセルの全速力には追いつけないだろう。

 

 逃がしてしまったか……。

 スイムスイムは、その事実を落胆と共に受け止める。

 ……まあ、いい。ラ・ピュセルのマジカルフォンはこちらにある。そしてキャンディーは未だゼロのまま。自分が手を下さずとも、どのみち彼は今夜最下位となり命を落とす。ならば、今すべき事は……。

 スイムスイムは、顔を伏せ震えながら自分にしがみ付くたまへと赤紫の瞳を向け

 

「たま。なんで邪魔したの?」

 

 問い掛けると、たまはびくんと震えた後、顔を上げる。

 震える瞳、真っ赤な目元、嗚咽を漏らす唇、魔法少女特有の可憐な美貌は、涙と鼻水でぐしゃぐしゃだった。

 

「嫌……だよぉ……っ。もう、友達が死ぬのは……嫌だよぅ……!」

 

 頬を伝いぼたぼた落ちると涙がスクール水着の白い生地を濡らす。

 

「誰にも死んでほしくないよ……っ。殺してほしくないよぅ……っ! うっ…っひぐっ……ごめん…っ…ごめんねスイムぢゃん。スイムぢゃんは私たぢのだめを思ってくれただけなのに、でもっ……ラ・ピュセルが死ぬのは…っ…ルーラみだいに死んじゃうのだげは嫌なのっ! だから…っ…だがら……っ……うあああああああああああああんっ!」

 

 たまの言葉は最後にはほとんど涙声になって聞き取れなかった。

 その泣き声は、スイムスイムもピーキーエンジェルズも誰も言葉も発せず沈黙する堂内に響く。

 それを聞きながら、スイムスイムは静かに目を閉じ、去っていった騎士に想いを馳せる。

 

 残念だ。本当に残念だ。ラ・ピュセルとなら、自分はルーラになれると思ったのに。ルーラを超えられると思っていたのに。彼は去ってしまった。……自分より、スノーホワイトを選んで。

 ずきん……と、豊かな胸の奥が小さく痛んだ。失意や落胆とも違うその痛みに眉を顰めるも、スイムスイムにはそれが何の痛みかは分からなかった。

 

 

 ◇◇◇

 

 

 王結寺を飛び出したラ・ピュセルは、駆ける。

 時折聞こえるスノーホワイトの『声』を頼りに。

 誰よりも愛しい少女の悲鳴に心が焦り危機感に突き動かされ、早く速くと足を動かし道路を駆け坂を上りビルを飛び越えそして――

 

「そしてようやく、貴方は来た。スノーホワイトのために、マジカロイドの前へ――この私の下へ」

 

 夜天に座す月の下、大部分が崩れ落ちた天井の(ふち)に優雅に腰かけ、森の音楽家は高みより眺める。

 傷つき縛められたスノーホワイトを背にマジカロイドへと対峙する騎士の姿を。

 己の命が今夜まさに潰えようとしているにも関わらず、守ると誓った少女のために戦う魔法少女のその顔を。

 赤く血塗られた瞳を細め、美しくも妖しい微笑を浮かべながら

 

「果たして貴方が弱者(ドンキホーテ)として終わるのか、それとも私の求める強者(クリスティーヌ)と成るのか……。今から結末がとても楽しみです」

 

 艶めく唇が紡ぐ美声の調べが、歌の様に闇に響く。

 それは愛しい者への恋歌か。それとも死に逝く者への鎮魂歌か。

 

「では見せてもらいますよ颯太さん。これから貴方が、何を選び、何を失うのか……」

 

 戦に狂った音楽家が観賞する中、魔法少女を愛し、夢見て、そして魔法少女となった一人の少年――岸辺颯太(ラ・ピュセル)の運命が決まる時が来た。

 

「――貴方の征く(Route)の、選択(Select)犠牲(Sacrifice)を」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 魔法少女育成計画Route S&S

 

 最終話『ぼくの誓った魔法少女』

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

 今夜、僕は死ぬ。

 

 結局マジカルフォンを取り戻すことは出来ず、キャンディーは未だゼロのまま。

 そしてスイムスイムは、スノーホワイトを選んだ僕をきっと許さないだろう。

 スイムスイムがどれほど強く『理想(ルーラ)』に憧れ、それを叶えようとしているのかを僕は痛いほどに知っている。最愛の人をその手で殺し、その痛みを胸にそれでも突き進もうとするその狂的な想いは決して止まらない事も。だからこそ、スイムスイムを選ばず自らの障害となるだろう僕を生かす理由は無い。

 だから、僕の命はここまでだ。

 たとえこの戦いを乗り越えられたとしても、キャンディーの数で死ぬのだ。一度投げられた賽は戻らず……僕の『(けつまつ)』は変わらない、

 

「なに……それ……?」

 

 呆然とした声が、背後から聴こえる。

 振り返らなくとも分かる。可憐で優しいその声に、僕はいつも密かに胸をときめかせていたから。

 目をやれば、やはり極細の糸の様なもので拘束されたスノーホワイトが震える瞳を見開き僕を見ていた。

 

「死ぬって……何で……そうちゃんが……」

 

 青ざめた唇が呆然と呟くその問いに、けど僕は答えられない。

 君のためにスイムスイムを振り切り、君のためにここに来て、君のために死にに征くなんて、この優しい幼馴染に言えるわけ

 

「スイムスイムがなんなの……? それに私のためって……どういう……――っ!?」

 

 困惑していたスノーホワイトが、ハッと息を呑む。その顔から血の気が引き、瞳が震えた。まるで聞きたくも無い声を聴いてしまったかのように、知らない方が良かった真実を知ってしまったかのように。

 ……ああ、僕は本当に馬鹿だ。こんなにも『困っている』のに、スノーホワイトに『心の声』を隠せるはずなんてないじゃないか。

 

「そんな……嘘…っ…嘘だよねそうちゃん……っ!」

 

 問い掛けるその瞳。驚愕と絶望に染まる悲痛な眼差しに、

 

「……ごめんね。スノーホワイト」

 

 そんな顔をさせてしまう申し訳なさを感じながら謝罪して、僕は前へと向き直る。そして眼前に対峙するもう一人の白い魔法少女――マジカロイドを睨みつけた。

 大事な女の子を傷つけられた。その煮え滾る怒りを込めて叩きつけた眼差しは

 

「やはり来ましたかラ・ピュセル。まったく、お邪魔虫がこうも次々と……やってられませんね」

 

 飄々とした態度で受け止められ、マジカロイドは肩をすくめる。その余裕が不気味でならない。

 .僕の知るマジカロイドは様々な未来の道具を操るが、けして戦えるような魔法少女じゃない。カラミティ・メアリやウィンタープリズンは勿論、意外と力が強いシスターナナにだって正面からでは勝てないだろう。

 その、はずだ……。だが今、こいつは

 

「まあ、湧き出てくるなら端から全て潰すまでデスが」

 

 ――あまりも余裕過ぎる。

 どころか、威圧感がまるで桁違いだ。以前はせいぜい猫型ロボットくらいだったが、今はまるで、全てを押し潰す巨大戦車の前にいるかのような……。

 

「――ッ」

 

 知らず気圧されかけていた心を引き締め、構えた大剣の柄に力を込める。

 

「とはいえ実際は面倒なので、アナタが大人しく退いてくれるのでしたら見逃すデスよ」

「戯れ言を。私は騎士だ。守るべき者を背にして逃げる事などしない」

 

 はっきりと言う。愛しい物の笑顔を守るために戦う高潔な魔法騎士がぼくの理想、僕の魔法少女としての在り方(ロールプレイ)だ。

 たとえ今宵限りの命だとしても、いやだからこそ――最期まで理想の魔法少女として在り、胸を張って死のう。

 魔法騎士ラ・ピュセルは気高く、愛しい人を守り切って死んだのだと。

 だから

 

「マジカロイド44、お前を倒し、スノーホワイトも守ってみせる!」

 

 覚悟と誇りを込めた、決意の叫び。

 

「そうちゃん……」

 

 高らかに響き夜気を雄々しく震わせるそれに、スノーホワイトは涙を浮かべた悲痛な表情で呟き、マジカロイドは苦笑した。

 その赤く冷たい瞳に殺意が宿り、レーザーサイトめいた眼差しが僕を照準(ロックオン)

 

「威勢だけは大したものデスが、その言葉には間違いが二つありますね」

 

 ざわりと、肌が粟立つ。首筋に冷たく走るは、生存本能が告げる危機感か。

 

「まずはワタシを倒すという出来もしない戯れ言。そしてもう一つは――」

 

 来る。奴の攻撃が。未来の凶器が。

 

「私の名はマジカロイド555デス」

 

 その言葉と共に目の前に淡く光る魔法陣が出現、中央部から鉄柱が飛び出してきた。

 僕を貫かんと迫るそれを素早く剣で打ち払うも、直後に左横から新たに出現した魔法陣から放たれる第二の鉄柱。迎撃による隙を狙ういやらしいそれを、思い切り腰を捻り返す刀でなんとか切り捨てる。

 が、それすらも予想していたのだろうマジカロイドがすかさずショットガンを構え発砲。剣を振り切った体勢のまま立て直せぬ僕の瞳――魔法少女の人を超えた動体視力が、猛烈な勢いで迫る弾丸を捉えた。

 ショットガンの弾というと『散弾銃』という和訳通り散弾を思い浮かべてしまうが、今まさに迫り来るそれは無数の鉄球ではなく一粒だけの、しかし遥かに巨大で剣呑な弾丸。ゲームや漫画からの拙い知識だが、いわゆるスラッグ弾というやつだろうか。なら――ッ

 

「ふんッ!」

 

 そして響く、弾丸が硬い物に直撃する音。

 骨の芯まで震わす衝撃が尾骨から全身に走るが――大丈夫。体には傷一つない。間に合った。

 僕の腰から生える太く力強い黄金の尻尾――それが巻き付いた魔法の鞘から、ひしゃげた弾丸が床に落ち無念そうに音を鳴らす。

 鎧を貫き柔肌を穿つはずだった弾丸は間一髪、腕も足も動かせない僕が唯一動かせる尻尾で掴み盾にした『鞘』で防がれたのだ。

 

「なんとまあ、尻尾なんて飾りデスかと思ってましたよ」

 

 硝子の目を丸くするマジカロイド。僕は素早く体勢を立て直し、再び剣を向ける。

 

「スノーホワイトを守るためならなんだってするさ。お前のような意識の低い魔法少女にはそれが分からないだろうな」

「なるほど『なんだって』デスか……では、こうすれば何をしてくれますか?」

 

 ニヤリと口元を吊り上げると同時、ゾワッと怖気を感じて振り返る。瞬間、いきなり振り向いた僕に驚いたのか小さく震えるスノーホワイト――その頭上に、魔法陣が出現した。

 

「!? スノーホワイト!」

 

 鋭く叫ぶ。そのただならぬ声で異常を察したスノーホワイトも魔法陣に気が付き――だが、糸で拘束された彼女は動けない……ッ。そして魔法陣から今まさに己を串刺しにせんと鉄筋の先端が現れ、金色の瞳が絶望に染まった時――僕は全力で剣の鞘をスノーホワイト目掛け投げつけた。 

 凄まじい速度で飛ぶ鞘を視界に捉えながらすぐさま『剣の大きさを自由にできる』魔法を発動。何倍にも拡大したそれでスノーホワイトをすっぽりと覆い、落ちてきた鉄筋を紙一重のタイミングで防いだ。

 

 あ、危なかった。もしあと0.5秒でも遅ければ、今頃スノーホワイトは……。

 僕は安堵の息をつき、すぐさま怒りを込めてマジカロイドを睨みつける。

 

「貴様、よくもスノーホワイトを……ッ」

「殺そうとしたなデスか? やれやれ、これは殺し合いデスよ。油断する方が悪いのデス」

 

 対して、マジカロイドは悪びれもせず肩をすくめ

 

「とはいえ、まさか鞘まで大きくできるとは思いませんでしたよ」

「……鞘だって『剣』の一部だからな」

 

 僕の魔法は固有武器である魔法の剣の『全て』に適応される。刀身と柄だけでなくそれを納める鞘もセットで『剣』なのだ。

 

「なんというか屁理屈じみた話ですね。もしかして他にも何かできるのデスか?」

「身を以って確かめてみるか?」

 

 ちゃき、構えた大剣が好戦的に音を鳴らし

 

「ならばワタシも秘密道具最後の一つ、アナタで試してあげるデス」

 

 がしゃ、ショットガンの冷たく剣呑な銃口が僕を捉え

 

「何っ、これ……いきなり暗く……そうちゃん! どうなってるの!?」

 

 僕の背後、シェルターの如く立つ巨大化した鞘の中から、空洞部分にいるスノーホワイトの悲鳴のような声が響いた。

 突然の暗闇に戸惑い混乱する彼女を安心させるべく、なるべく穏やかに声をかける。

 

「怖がらせてごめんスノーホワイト。でもその中にいれば安全だから、少しの間だけ我慢して」

 

 そう、少しの間だ。君はこんな所にいてはいけない。君の様な『正しい魔法少女』はこんな戦い――いや、殺し合いなんかに巻き込まれていい人じゃないんだ。それに、一分一秒たりとも、大切なスノーホワイトに辛い想いなんてさせたくないから。だから

 

「すぐにこいつを倒して――君を助け出すから!」

 

 決意を叫び、床を蹴る。

 駆けながら柄を握る手に力を込め、倒すべき敵――マジカロイドへと大剣を振り下ろした。

 

「見えたデス!」

 

 だがマジカロイドは赤瞳を不気味に光らせ見切り、ずんぐりむっくりした体型には似合わぬ素早さで刃を回避。お返しとばかりにショットガンを発砲し、その銃撃を僕は剣の腹を盾にして防御。マジカロイドはなおも続けざまに撃ち、連続で放たれる弾丸の衝撃は受ける剣を震わせ腕の芯にまで響く程。

 さすがに銃器の中でも特に強力な威力を持つだけはある。刀身が砕ける事は無いにしても、これ以上受け続けるのはマズイか……ッ。

 

「ふっ……」

 

 剣を盾に踏ん張りながらも考えを巡らせていたその時、マジカロイドがニヤリと口元を歪めた。その笑みは、まるでカモを上手く嵌めた詐欺師のような――ヤバいッ!?

 脳裏に走る本能的な危機感。僕は咄嗟に飛び退き――その鼻先を、いつの間にか頭上に出現していた魔法陣から落ちた鉄筋が掠めた。

 

「ちっ……やはり戦う魔法少女。戦闘勘は良いようデスね。ですが――いつまで避けられますか?」

 

 言葉と共に更なる魔法陣が次々と現れ、砲火の如く輝き攻撃を放つ。

 間断無く様々な角度から飛来する凶器群。その全てを迎撃することは出来ない。僕は舌打ちしつつすぐさま床を蹴り、降り注ぐ鉄の豪雨から逃れようと駆ける。が、幾多の鉄筋がコンクリートがガラス片が肌に掠り痛みと傷を付けていく。

 くわえて廃工場の中はただでさえ重機や整備道具がそこら中にあるのに、放たれ床に落ちた凶器はそのまま障害物となって動きを邪魔するのだ。このままじゃ不味い。いずれは逃げられなくなる。だったら……ッ――。

 

 避けたそれらが床を砕く音と振動を背中に感じながら走り続ける僕は、目の前にあった大きめの瓦礫に剣を突き刺す。そして思いっきり腰を捻りそれをスイング。同時に剣を『消し』、遠心力を乗せマジカロイド目掛け投げつけた。

 己を貫く刃から解き放たれた瓦礫が人間など容易に押し潰す重量と勢いで迫るのを前に、だがマジカロイドはやれやれと肩をすくめ

 

「何をするかと思えばこんなもの……」

 

 呆れ交じりの笑みと共に構えたショットガンで瓦礫を撃ち砕いた。

 

「ワタシには牽制にもなりはしないデスよ」

 

 轟音と共に瓦礫の破片が飛び散り、響く嘲笑。

 ああ、そうだろうな……。僕だってこれでお前を倒せるだなんて思っていない。――でも

 

「目くらましにはなったぞ!」

「なっ――ぶはっ!?」

 

 瓦礫を迎撃する一瞬の隙、そこを突いて一気に接近した僕は手元に『出し』た大剣を振りかぶり、硬い剣の腹を驚愕するマジカロイドの顔面に叩き込んだ。

 それは紛うこと無き直撃(クリティカルヒット)。感じる芯を捉えた確かな手応え。殺さずに意識を飛ばすつもりの渾身の一撃に――だが、マジカロイドは小さな悲鳴を上げるも耐えきった。

 ぐらりと揺らぐ体をたたらを踏んで持ちこたえ、殺意に輝く赤い眼差しで僕を貫く。

 

「……これは、一本取られたデスねぇ」

 

 憎々し気呟く顔に走る、蜘蛛の巣のようなひび割れ。だがそれはパキパキと音を立てて消えていき、その傷を付けた僕を嘲笑うように完全修復される。

 恐るべき回復……いや自己修復力だ。そしてその装甲もまた叩きつけた剣を握る手が軽く痺れるほどの硬さ。その全てが人はもちろん尋常の魔法少女すらも超えている。

 なるほど、これが……555か。

 

「積み重ねた戦いの経験から思いつく小細工。性能差を埋めるための策デスか。なるほどアナタが複雑怪奇な搦め手でくるならば、こちらは単純明快な力押しといきましょう」

 

 言葉と同時に目の前に魔法陣が現れ、咄嗟に横幅を拡大した剣を盾にし放たれた瓦礫を防いだ。だが第二第三第四の――幾多の魔法陣が一斉に輝き中身を射出する。

 殺到する凶器の弾幕。それらが盾にした剣の腹にぶつかり砕ける凄まじい衝撃が柄を握る腕から全身に走り、僕は歯を食いしばり足を踏ん張ってそれに耐える。

 

「くッ…おお……ッ」

 

 間断無きそれはまさに機関銃の一斉射撃の如く、一瞬でも気を抜けば剣ごと身体を持っていかれる。ゆえに必死に受け止め耐え続ける僕に、無情なショットガンの銃口が向けられた。

 

「どうデス。力押しというのも悪くないでしょう?」

 

 そして撃ち放たれた弾丸が剣に激突。すでに限界近くだった防御への、それが止めの一撃だった。ついに耐えきれず、僕は剣を掲げたまま衝撃で弾き飛ばされてしまう。

 着弾の瞬間少しでも衝撃を和らげるべく咄嗟に飛び退くように床を蹴ったが、そのせいで僕の身体は後方に10メートル以上も宙を舞う。幾つもの棚や重機に衝突しそれを倒しつつ、最後に十個近くの鉄筋が鉄の林のごとく床につき立った場所へと突っ込んだ。

 

「がっ……くそ……っ」

 

 人間ならまず間違いなく粉砕骨折するか内臓破裂で死亡するだろう勢いで鉄筋に激突し、それをなぎ倒しつつようやく停止。仰向けに倒れ、痛みに呻く唇の端から血が漏れる。

 けど、呑気に倒れてはいられない。さっき倒した機械類や棚が積み重なり偶然にもバリケードとなっているから、マジカロイドはその陰にいる僕の姿を見ることが出来ないだろう。が、あの魔法陣はどこにでも現れる。追撃される前に、早く移動しなければ……っ。

 

 そうして立ち上がろうと床に伸ばした手が――何か柔らかい物を噛む。

 それはひんやりとしているのに柔らかく、軽く力を込めればふにゅんと指が沈む。小ぶりのおもちのような……。なんだ、これ……?

 

 弾雨吹き荒ぶこの修羅場においてなんとも場違いな心地良さに戸惑いつつも僕は目を向け、悲鳴を上げそうになった。

 そこには体中を鉄骨に貫かれ、血塗れになった少女の亡骸があったのだ。

 見知らぬ少女だ。華奢な肢体を包む黒いドレスも青白い肌も血に塗れ、凄惨な傷口からは骨どころか内臓まで零れている。ちなみに僕の手はドレスが破れてむき出しになった小ぶりな胸を掴んでいた。柔らか冷た気持ちいい――ってそんな場合じゃない。

 

「まさか、マジカロイドに……」

 

 あいつの攻撃に巻き込まれたのか、それともたまたまスノーホワイトを襲う現場を見てしまい、口封じのために殺されたか。

 いずれにせよ、僕がもっと早くここに来ていれば防げたかもしれない事態だ。僕が遅かったばかりに、何も関係のない一般人が死んでしまった……ッ。

 

「ごめん……ッ」

 

 僕は魔法少女なのに、君を救えなかった。

 どうしようもない後悔に胸が締め付けられる。声を震わせながら謝りつつ、僕はせめて虚空を眺める彼女の瞼を閉じさせてあげようと手を伸ばし

 

「――安心してください。生きてます」

「ぎゃああああああああああっ!?」

 

 死んでいるはずの少女の紫瞳にギョロっと見られ、今度こそ盛大な悲鳴を上げてしまった。

 って、え、いや、ちょっ、何でこの子生きてるの!?

 驚愕のあまり尻餅をついてしまった僕に対して、黒い不思議の国のアリスみたいなその子は顔色一つ変えず

 

「申し訳ありませんが、鉄骨を抜くのを手伝っていただけますか」

 

 と言うので、僕はまだ驚きから立ち直ってない頭ながらとりあえず頷き、全身を貫く鉄骨の一つを掴む。血と骨の欠片と何であるかあまり知りたくもない肉片がこびりついたそれらを全て引き抜くと、解き放たれた黒いアリスの体中に刻まれていた痛々しい傷口の周りの肉がぶくぶくと盛り上がり、徐々に傷口を覆い尽くしていった。

 

「これは……魔法? 君も魔法少女なのか?」

「はい。私は16番目の魔法少女――ハードゴア・アリスです」

 

 淡々と名乗る黒いアリス――ハードゴア・アリス。

 その間にも出血が止まり抉られていた肉は増えて新たな皮膚が傷を塞いでいく。なんと破れていた衣装までひとりでに修復され、見る間に暗い色遣いだがメルヘンチックな傷一つ無いドレスと、それを纏う青白い肌に黒い髪の少女の姿が完全に再生した。

 凄い魔法だ……。感心しつつ僕も名乗り返す。

 

「私はラ・ピュセル。君と同じ魔法少女で――」

「知っています。白い魔法少女――スノーホワイトの……相棒ですね」

 

 烏の濡羽を思わせる艶めく黒髪がふわりと揺れて、アリスは深く頭を下げた。

 

「助けていただき、ありがとうございます」

 

 淡々としているが、確かな感謝のこめられた声。その律儀な態度と礼儀正しさは、どこかあの子を――亜子ちゃんを思い出させる。

 

「礼はいらない。私がしたのはただ鉄骨を抜いただけだよ」

「いいえ。私もそうですが、スノーホワイトの窮地を救っていただいたことです。……あのままでは、スノーホワイトは殺されていました」

 

 紫の瞳が、自分の不甲斐なさを悔いるように揺れる。そしてまた、さっきよりもさらに深く頭を下げた。

 

「本当に、ありがとうございます」

 

 そんな彼女の真摯な態度に、だが僕は首を横に振る。

 

「……なら、やっぱり礼は言わなくていいよ。まだマジカロイドはスノーホワイトを狙っていて、私は窮地を救いきってないのだから」

 

 言うと同時に、重い銃声が轟き眼前に積み重なった瓦礫のバリケードが揺れる。

 その向こう側から死神めいた甲高い嘲笑が響いた。

 

「どうしましたラピュセルー? 勇ましいセリフを言っていましたがビビッてかくれんぼデスか? それともまさか死んじゃったデスか? ま、どっちだろうがすぐに瓦礫を吹き飛ばして確かめてあげますがね」

 

 再びの銃撃。更なる振動と瓦礫の一部が砕ける音が、スノーホワイトを救いたければ早く戦えと急き立てている。

 

「――ああ、戦ってやるさ」

「私も戦います」

「君も……?」

 

 目を向けると、アリスは切なる決意を宿した瞳で

 

「私も、スノーホワイトを助けたいんです」

 

 静かながら毅然としたその言葉に、ようやく気付いた。

 何故、さっきアリスがあれほどの傷を負っていたのか、何故スノーホワイトが僕が来るまで無事だったのかを。

 

「……っ! まさか、さっきの怪我はスノーホワイトを守るために戦ってたからなのか……?」

 

 アリスは頷いた。

 やはりこの子が僕の代わりにスノーホワイトのために戦って、あんな姿になるまで守っていたんだ。そうして時間を稼いでくれていたからこそ、僕は間に合ったのだ。

 

「なら、礼を言うのは私の方だ。ありがとう。スノーホワイトを守ってくれて」

 

 湧き上がる感謝をこめて、アリスがしたよりも深く頭を下げる。

 

「いいえ。あたりまえの事です。あの人を死なせることだけは、できませんから」

「――ああ、そうだな。早くマジカロイドをどうにかして、スノーホワイトを助けなくてはね」

 

 こうしている間にも銃撃は鳴り続けている。飛来する弾丸が瓦礫を砕き、やがてこのバリケードも完全に破壊されるだろう。猶予は無い、早く打って出るべきだ。が、果たして二対一になった所であの魔法陣とショットガンによる死の弾幕を突破できるか……?

 

「囮でも盾にでも好きにしてください。私はあなたの命令を何でも聞きますから」

 

 眉を寄せて考え込む僕にアリスが提案する。その気持ちは嬉しいが、女の子を盾にするのは魔法少女以前に男としてしたくない。だから、

 

「……かなりギリギリだけど、一つ作戦がある」

「それは、どのような……?」

「あの厄介な転移魔法がどういうものか、朧げだけど分かって来た。とはいえ正直まだ確証は無いから博打みたいなものだ。……それに、一歩間違えばそこで終わるし、最悪死ぬかもしれない。君はそれでも――」

 

 やるかい? という問いかけは、言い終える前に毅然とした声に断ち切られた。

 

「それでも、スノーホワイトを助けられるのなら――やります」

 

 一切の迷いも一片の躊躇も無く、力強く答える黒い魔法少女。静かながらも頼もしいその姿に、思わず温かな苦笑が漏れてしまう。

 ああ、僕はやっぱり馬鹿だな……。

 わざわざ聞かなくとも、この瞳を見ればわかるじゃないか。

 この子もまた僕と同じ――命に代えてでもスノーホワイトを守ると誓った同志なのだと。

 

 希望が見えた。小さく微かにだけど、この絶体絶命の窮地をひっくり返せる確かな可能性が。なら、あとはそれを現実にするだけだ。

 

「征こうアリス。――スノーホワイトを救うために」

「はい。必ず助け出しましょうラ・ピュセル。――あなたと一緒なら、きっと出来ます」

 

 同じ魔法少女を想い、同じ誓いを胸に燃やして、僕たちは頷き合い――反撃への一歩を踏み出した。

 




お読みいただきありがとうございます。
最終回と言ったけど文字数が膨れ上がったあげく今月中には間に合いそうにないので前後編にした計画性皆無の作者です。後編はただいま死ぬ気で書いている最中なのでしばしお待ちください。

あさて、作者は実は一つの字を打つのにキーを二つ押すのがめんどくさいという理由で日本語入力を使っているのですが、そのせいでたまにひどい打ち間違いをしてしまいます。なのでもし誤字がありましたら遠慮なく指摘してくださいすぐに直しますから。
そしていつも誤字報告してくださる方々は本当にありがとうございます。この作品のクオリティが保たれているのはあなた方のおかげですこれからもどしどしお願いしますね。ではまた次回で。

ちなみに具体的にはこんなのです。

『主な誤字の例』

正・魔法少女
誤・魔法処女

たまにタイトルが魔法処女育成計画になってます。あらやだエロス。でも主人公は処女ではなく童貞なので明らかな間違いです。

正・ルーラ
誤・ルーラー

ルーラ様はサーヴァントではありません。たとえそうだとしてもキャスターです。でも原作では巻を追うごとに英雄化が進んでるので英霊の座にいける可能性は無きにしも非ずかも。

正・クラムベリー
誤・クランベリー

アニメを何度見返しても『クランベリー』にしか聞こえないためよく間違えます。正確に聞き分けるためクラムベリーの聴覚が欲しいです。

正・たま
誤・ぽち

アニメスタッフですらも間違えたくらいなので作者もよく間違えます。たぶんきっと原作で『ぽち』なるキャラが出たら猫耳猫尻尾の魔法少女でしょうね。

正・亜子
誤・アコ

ネトゲの嫁は魔法少女ではありません。

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