魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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今回はマヂに9割方ネタとオマージュと悪ノリで出来てるぽん。
勢いでやっちゃった系パロディーやノリでキャラ崩壊が許せないという方はホントに引き返した方がいいぽん。いやマジで

さあ警告はしたぽん。それでも読みたいという方のみどうぞご覧くださいぽん。


ショットガンロボ対チェーンソーゾンビ

◇ハードゴアアリス

 

 魔法少女ハードゴア・アリス――鳩田亜子にとって、自分は生きる価値の無い存在だった。

 

 がん。

 

 誰もいない廃工場の一室。埃っぽい据えた空気と鉄臭い香りが混じり合う夜闇の中、ハードゴア・アリスは手に持ったハンマーを振り上げ、下ろす。テーブルの上に広げた左手の小指へと打ちつけたものの、硬い音はすれどその青白い肌には傷一つ無い。そのまま何度か繰り返してようやく、鉄のハンマーが変形する頃に五本の指が潰せた。

 

 アリスは折れ曲がり肉が裂け骨が飛び出た指をじっと見る。それがものの数秒で元通りに治ったのを確認した後、続いてテーブルの上や部屋のあちこちに置かれている刃物や鈍器――その多くがひしゃげ、血塗られている――の中から出刃包丁を手に取り自らの胸に突き立てた。

 

 ぐ、ぐぐ……

 

 切っ先を阻むのは、人肌とは思えぬ硬いゴムの様な抵抗。魔法少女の身体は魔法の影響が無い物質では傷つきにくく、渾身の力を込めてなんとか貫く。その傷もまたすぐに再生し、アリスは新たな凶器を手に取った。

 

 念願の魔法少女となってからずっと続けている、自分の『どんな傷でもすぐに治る』という魔法の性能を把握するための実験。己の身体を傷つけ破壊するという、常人ならば精神を病むような行為ですら、百に届く数をこなした彼女には手慣れた作業だ。

 だが今、その手つきこそ淀み無いものの、蝋人形めいた美貌はどこか暗く、心ここに在らずだった。

 

「岸辺、先輩……」

 

 沈んだ声と共に思い出すのは、あの人の顏。

 白い魔法少女との思い出の品である鍵を無くし絶望する自分の前に、まるであの人のように現れて助けてくれた人。こんな自分を気にかけ、笑いかけてくれた優しい先輩。

 良い人だった。優しい人だった。……一緒にいるだけで、胸が温かくなるような、そんな人だった。

 

 でも、自分はそんな人に迷惑をかけてしまった。

 自分と先輩の前に現れた女の人。先輩が『小雪』と呼んでいた、野に咲く素朴な花を思わせるその人は、自分たちを目にして恋仲とでも誤解したのだろう、先輩を拒絶し逃げてしまった。先輩は幼馴染だと言っていたけれど、小雪さんを見るその瞳はただの幼馴染に向ける物なんかじゃない。心から相手を大切にして……想っている瞳だった。そしてそれは、小雪さんも同じ。

 見ただけで互いが互いを大切に想い合っていると分かる、二人並ぶ姿が目に浮かぶようなお似合いの二人。

 

 ……なのに、自分がそれを引き裂いてしまった。

 関わるべきなんかじゃなかった。先輩の優しさに、甘えてはいけなかったんだ。

 先輩は優しい。だからこそ、そんな人に自分のせいでこれ以上迷惑を掛けてはいけない。――だから、自分は彼の下から去ったのだ。

 きっと自分がいなくなれば、いずれ誤解も解けて二人はまた元通りになれるはずだから。

 

 ……やっぱり、自分は迷惑をかけ続けるだけの存在なのだ。

 あの人の役に立ちたくて、魔法少女になった。

 けど、こんな自分が果たしてあの人の――スノーホワイトの助けになれるのだろうか……。

 

 血に塗れた闇の中で、独り思い悩むハードゴア・アリス。

 そんな彼女の、迷いも苦悩も何もかもを嘲笑うかのように――

 

 

 

「ワタシはマジカロイド44改め――《マジカロイド555》デス」

 

 

 

 運命はいつだって、最悪のタイミングでやって来た。

 

 

 

 ◇◇◇

 

 

 全ては一瞬だった。

 背後から突然胸を貫かれ、自らの血だまりにハードゴア・アリスは倒れた。

 ささやかな胸に穿たれた大穴からはどくどくと血が溢れ、不思議の国のアリスをモチーフとした黒いドレスを赤黒く染める。血流が途絶えたことで四肢に力が入らない。

 だが、いつまでもこうしているわけにはいかない。アリスをこうした相手はまだいる。恐怖するスノーホワイトの眼前に立ちはだかり、今まさに害を成そうとしているのだ。

 ゆえに心臓が再生し四肢に力が戻った瞬間、アリスはぎこちない動きながら立ち上がり、そしてスノーホワイトを背後に庇いながら己が敵――マジカロイド555に対峙する。

 

「おや、まだ生きていたデスか」

 

 黒髪やドレスからぼたぼたと血を滴らせるその凄絶な姿に、マジカロイドは己がきっちり破壊したはずの魔法少女を上から下へと硝子の瞳で見、呆れとも感嘆ともつかない溜息を漏らした。

 

「二度目は念入りに殺したのですが……。首を飛ばしても心臓を貫いても生きているとは、面白い魔法もあるものデスね」

 

 興味深そうに見るその瞳を見据えて、アリスは初めてこの異様な魔法少女に対して口を開く。

 

「私の魔法は全ての傷を治します。何をしようと私は死なないし、誰も私を殺せません」

 

 だから去れ。私がお前を殺さぬうちに。

 人形めいた無表情ながら、黒々とした隈の浮かぶ瞳に殺意を込め言外にそう語るアリスに、だがマジカロイドが返したのは不敵な笑み。

 

「死なない、ですか………。それは良いデスねえ」

 

 その声は、どろりとした殺意を孕み、

 

「実に丁度いい――サンドバックなのデス」

 

 その瞳は、冷酷な光を宿しアリスを貫く。

 

「ワタシは今日この身体になったばかりなので、まだ全ての性能を把握している訳ではないのデスよ。――不死身というのなら丁度いいデス。そんなアナタを使って性能テストといきましょうか」

 

 軽い調子で語られた血生臭いその台詞に、アリスは紫の瞳に宿る剣呑な色を強め、対する硝子の赤眼は余裕をもって受け止める。

 

「そのテストをすれば、帰ってもらえますか……?」

「まさか。本来の目的はあくまで魔法少女を殺すことデスので、テストが終わった後できっちりスノーホワイトを殺しますよ」

 

 殺す。冷たい響きと確かな意思を以て語られたその言葉に、スノーホワイトはビクッと怯え、アリスの殺意が跳ね上がった。

 

「させません。スノーホワイトは私が守ります」

「なら、そんなアナタを殺してからスノーホワイトを殺すことにしましょう」

 

 言の葉を以て交わされる殺意の応酬は五分と五分。もはや戦いは避けられぬ。殺し合いのカウントダウンはすでに始まっているのだ。

 二人の魔法少女が放つ人ならざる殺気に空気が張りつめ、今だ床にへたり込んだままのスノーホワイトの肌が粟立ち、そして――

 

「では、試させてもらうデスよ――555の力は、不死すらも殺せるのかを」

 

 マジカロイド555が拳を握り、アリスが細腕を振り上げ、

 

「まず最初は身体能力からデス」

 

 二人の魔法少女の拳が互いの頬に直撃した。

 硬い拳が肉を打つ衝突音が大気を揺らす。人を超えた暴力の激突にマジカロイドの頬には亀裂が走り、アリスの頬骨は砕け散った。マジカロイドの血が口から虚空に散るが、そこに悲鳴は無い。むしろ拳の跡が刻まれた頬を歪めて

 

「なるほどたいした力デス。以前のワタシならこれだけで首が千切れていたでしょうね。デスが――」

 

 不敵な笑みを浮かべ強烈なアッパーを放つ。

 

「今のワタシは、こんなものでは壊せませんよ!」

 

 言葉と共に繰り出された鉄の拳はアリスの下顎をかち上げ、その力で胴から千切り飛ばした。

 生首は血の尾を描き天井に激突した後、そのまま背後にへたり込むスノーホワイトの手もとに落下。思わずそれをキャッチしたものの、顎が砕け飛び出しかけた眼球と目が合い悲鳴を上げる。

 

「わざわざ……びろってぃただぎ……あぃがどうございます」

 

 顎を再生させつつ律儀に礼を言う生首に、スノーホワイトはつい「ど、どうも……」と返し、恐る恐る

 

「だ、大丈夫……?」

「はい。ちょっと首が千切れただけですから」

「そ、そうなんだ……」

「そうです」

「いや二度も首飛ばされるのは大丈夫じゃないでしょう」

 

 そんな二人のやり取りに暢気に呆れるマジカロイド。殺し合いの最中でありながらふてぶてしいまでの余裕を崩さぬ彼女に、だがアリスはギョロリと目を向け

 

「いいえ。問題ありません」

「文字通り手も足も出ない様で何を――ッが!?」

 

 瞬間、マジカロイドは腹部に強烈なパンチを受けた。殴りつけたのは首を失ったアリスの体。その拳はマジカリウム合金の塊であるボディーを凹ませ後方に吹き飛ばす。

 殴った拳が文字通り砕けるほどの威力にマジカロイドは壁に激突、それを粉砕し向こう側に消えていった。

 そして崩れた壁の破片が飛び散り粉塵が舞う中に悠然と立つアリスの胴体は、唖然とするスノーホワイトに歩み寄るとその手を伸ばし、自分の生首をむんずと掴む。そして先ほどのように頭を胴体にくっ付けた。その仕草にまるで電球の付け替えみたいだなと内心思ってしまうスノーホワイト。

 

「私は死にません。たとえこの身が何度殺されても、スノーホワイトを守ります」

「――っ!」

 

 息を飲む。その言葉に込められた揺ぎ無い決意と、恐怖に怯える自分へのいたわり。

 それはかつて、ラ・ピュセル――岸辺颯太がスノーホワイトの剣となると誓ってくれた時と同じものだったから。

 

「だから、今のうちに逃げてください」

「え?」

 

 アリスは心なしか厳しい眼差しを、崩れた壁の穴の向こうにわだかまるマジカロイドが消えていった闇に向けて

 

「この程度であの魔法少女が止まるとは思えません。殺しきれるかもわかりません。だからスノーホワイト、あなたは私があれを引き付けている間に逃げてください」

「……わ、わかった」

 

 暫し逡巡して、スノーホワイトは頷いた。

 腰が抜けて立てなかった脚に力を込めてみる――動いた。大丈夫、回復して力が入る。これなら逃げられると立ち上がろうとした――その時

 

「――逃がさないデスよ」

 

 穴の向こう側から放たれ宙を躍り、スノーホワイトの体に巻き付く極細の糸。幾重にもなるそれが、華奢な肢体を拘束しその動きを封じる。

 思わず振り解こうとするが、その動きで鋭い糸が肌に食い込み、白雪の様な肌に血が滲んだ。

 

「痛たぁ……っ!?」

「スノーホワイト……っ!」

 

 痛と恐怖に涙を浮かべ苦悶を漏らすスノーホワイトと動揺するアリス。

 

「あまり抵抗はお勧めしないデスよ。糸が肉に食い込んでズタズタになってしまいますからね」

 

 そんな彼女らを、闇の中から一対の赤い瞳が眺めていた。

 

「この真っ黒さんを殺した後であなたも殺すデスから、そこでおとなしく順番を待っていてください。」

 

 その苦しみを嘲いながら、眼差しで誘う。

 

 来い。早く来い。こっちで早く壊し合おう――と。

 

「…………ッ」

 

 

 愉悦を滲ませたそれ。アリスの噛みしめた奥歯がギリリと唸る。

 痛みに呻くスノーホワイトへと、激情を押し殺したような声で、

 

「辛いでしょうが、待っていてください。すぐに、あなたを解放しますから」

 

 そう告げて、恩人を傷つける許されざる敵を倒すべく向かおうとしたその背中を、震える声が引き止めた。

 

「ま、待って……。それって、マジカロイドを……」

「はい。――殺してです」

 

 当然だ。あいつは、あの魔法少女はスノーホワイトを傷つけ、殺すと言った。大切な恩人を。こんな自分が生きているその意味を――殺すと言ったのだ。許せるはずがない。生かしておいていいはずなど無い。

 唇から漏れた声は殺意に染まり、黒い総身から炎のような怒気が溢れ出す。

 鬼気迫るその声に戦慄しながらも、だがスノーホワイトはそれを止めた。

 

「だ、駄目!」

「……なぜですか? あれをどうにかしなければ、あなたは死んでしまいます」

「っ……たしかに、そうだけど……でも、それでも殺しちゃだめだよっ」

 

 血の気の引いた顔で葛藤し、それでも否定する彼女に首を傾げるアリス。痛みと恐怖に震えながらも、淡い唇が紡いだ答えは

 

「それ、でも……人を殺しちゃだめだよ。だって……わたしたちは魔法少女なんだよ。魔法少女は……困っている人を助けるものでしょ? 人を殺すものじゃないでしょ」

 

 清く正しく美しく。人を助け、夢を与え、笑顔にするのが魔法少女だ。

 そうであれ。そうであってほしいというその言葉に籠められたものは、単純な倫理観や道徳などではない。この恐ろしく狂った殺し合いの中で幾度も傷つき踏みにじられそれでも抱き続けた、もっと幼くてだからこそ純粋な

 

「だから……駄目だよ。どんなに死にたくなくても、生き残るためでも、魔法少女は人を殺しちゃ駄目なんだよ……ッ!」

 

 切なる信仰にも似た、魔法少女への『(おもい)』だった。

 

「スノーホワイト……」

 

 そう語るスノーホワイトの姿を、アリスは眩しい物を見る瞳で見詰める。

 嗚呼、美しい。穢れを知らないその瞳。無垢なるその柔らかな心。

 それでこそあなただ。あの夜、生きる意味を無くした私を救ってくれた、白い魔法少女だ。

 でも、だからこそ……

 

「……ごめんなさい」

 

 そんなあなたを、死なせる事なんて出来ない。

 

 彼女の尊き祈り、切なる想いを裏切る事の罪深さに頭を下げ、アリスは再び足を踏み出す。暗き穴の向こう側へ、機械仕掛けの魔法少女が待つ修羅の場へと。

 

「そんな、待って……痛ぁっ!?」

 

 スノーホワイトはなおも引き止めようとして、だが動いたために鋭い糸が柔肌を擦り痛みに呻いた。

 ……本当に、申し訳なく思う。あなたに辛い思いをさせてしまう罪悪感で死にたくなる。できるものならば今すぐ地に伏して謝罪したい。

 だが、アリスは歩みを止めなかった。

 さながらゴルゴダの丘を上る殉教者のごとく。己が信じる者のために迷い無く。一歩一歩を踏みしめ、黒い魔法少女は征く。白い魔法少女を守るために。彼女と出逢って見つけた己が生きる『意味』を果たすために。

 

「駄目……駄目だよぉ……」

 

 遠ざかっていくその背中を、白い魔法少女は涙の滲む瞳で見送る事しかできなかった。

 こんな自分なんかのためにその手を穢そうとする、人を殺すという禁忌を犯そうとするアリスを止める事の出来ない己の無力さを噛み締めて。流した一筋の涙が、血と混じり合って床に落ちた。

 

 

 ◇◇◇

 

 

「やれやれ、待ちくたびれるかと思ったデスよ」

 

 道化師じみて飄々とした声が、殺意を孕み闇に響く。

 穴の向こう側は、朽ちた鋼鉄の園だった。

 

 さっきまでいた部屋がおそらくは事務室ならば、ここは製造区画なのだろう。様々な種類の製造機械が整然と並び、在りし日は存分に稼働していたのだろうが操る者が去った今は埃をかぶり沈黙している。それが割れた窓や高いアーチ型の天井の破れ目から降る月光に照らされて、薄闇にぼんやりと浮かび上がっている光景はどこか墓所を思わせた。

 そんな全てが朽ち果てた場所に機械仕掛けの魔法少女はいた。

 赤い瞳を爛々と光らせ、対峙するハードゴア・アリスを楽しげに眺めて

 

「あまりに遅いものデスから、もしやスノーホワイトを見捨てて逃げるのかとヒヤヒヤしましたが杞憂だったようデスね」

「私は何があってもスノーホワイトを見捨てません」

 

 お前を殺し、必ず助ける。

 静かな怒りと覚悟を燃やしそう語る紫の瞳と、

 

「あんな甘っちょろい雑魚のためにそこまでするとは全くもって理解できませんが、まあ都合がいいので良しとしましょう。それにどのみちスノーホワイトを殺すのには変わりないのデスし」

 

 それはできないどちらもワタシが殺すのだからと嘲笑う赤き瞳がぶつかりあい、虚空に見えざる火花を散らす。

 

「……次に……」

「何デス?」

「次にスノーホワイトを殺すと言ったら、あなたの心が壊れるまで殺し続けます」

「それはそれは……怖いデスね。もっとも――」

 

 BONN!

 

 言うと同時、背中のランドセル型ブースターが火を噴き、マジカロイドが突っ込んできた。

 

「できるものならデスが!」

 

 突き出したその右掌は、中指と薬指の間を開いた三本爪の如き構え。

 アリスが反応する間もなく、未来のオーバーテクノロジーが生み出す爆発的推進力を乗せた鋼鉄の貫手がその胸の中心にめり込み貫いた。

 骨を砕き肉を穿ち、噴き出た鮮血が夜闇に散る。

 

「おやおや。大口を叩いた割にどうということは無いデ―――っ!?」

 

 勝ち誇った笑みを浮かべるマジカロイド。だがその表情は、アリスがその両手で自らの胸元を貫く腕を掴んだ事で凍り付く。アリスはそのまま装甲に指が食い込むほど力を込め、両手と腹で腕を固定しマジカロイドを強引に振り回した。そしてコンクリートの床や機械に力の限り叩きつける。

 

「な、んデスとぉ!?」

 

 床を陥没させ、重厚な機械を壊すほどの勢いで叩きつけられながら、その衝撃よりもそんな事をする事実に驚愕するマジカロイド。

 体内に異物を抱えたまま相手を振り回せば当然はらわたは傷つく。事実、マジカロイドは自らの腕が少女の骨を削り肉を潰す感触を感じていた。なのにこいつはデスマスクじみた表情を一切歪める事無く自分を振り回す。滅茶苦茶だ。こいつに痛覚は無いのか。

 

 戦慄するマジカロイドを二・三度床に叩きつけた後、アリスは床を踏みしめマジカロイドを捕らえたままぐるりと横回転(スイング)し、十分な勢いを乗せて手を放す。結果、マジカロイドはハンマー投げの要領で投げ飛ばされ重機に激突した。

 金属が砕ける音が響き、飛び散る破片。だがそれは衝撃で破壊された重機のものであり、そこに半ばめり込んでいるマジカロイドは装甲にヒビこそ走っているものの健在。ゆえに追撃をかけるべく、アリスは床を蹴り突進。華奢な身体に似合わぬ豪快なショルダータックルを決めようと突撃して

 

「――ッ冗談ではないデスよッッッ!」

 

 顎にカウンターのアッパーカットをブチ込まれた。

 怒りの拳は顎裏へと突き刺さり、三度その頭を千切り飛ばす。が、今度ばかりは鮮血噴き出すそれをアリスは両手でキャッチし、拳を振り上げたまま静止するマジカロイドの顔面へと叩きつけた。

 

 人体で最も硬い部分をぶつけられた衝撃に、頭が一瞬真っ白になりふらつくマジカロイド。その隙を逃さずアリスは北海のけものラッコが貝殻を割るがごとく、自らの生首で殴る殴る殴るぶん殴る!

 生首ハンマーと化したアリスの額が割れて血が噴き出す。マジカロイドの顔面がひしゃげ破片が散る。顎が砕け赤瞳にヒビが入り紫の目玉は飛び出て眼窩からピンクの脳漿が溢れた。

 

「調子にッ、のるなあああああああ!!」

 

 自らの頭部を破壊しながらの猛烈な頭突きラッシュにさらされたマジカロイドは、だが僅かな隙を突いて体当たりしアリスを吹き飛ばす。そして今度は自分が倒れたアリスへと突進し殴りかかった。

 二人の魔法少女はもつれあい、ほぼゼロ距離での壮絶な肉弾戦が始まった。

 互いの拳を振るって殴り合い、爪を剥がして引っ掻き蹴りつけなおも殴る。その度に赤黒い血肉が床に天井にとぶちまけられ、むせ返るような血と臓物の臭いが周囲を満たした。

 

 マジカロイド555とハードゴア・アリス、二人の魔法少女に格闘術の心得は無い。ゆえに肉を抉られれば骨をへし折り己が拳を砕きながら相手を殴りつけるそれは、技術も何もない再生力と自己修復システムでゴリ押す削り合い。避けず防がず己が身体を壊してでも相手を破壊する原始的暴力戦。

 

「死ね! 死ね死ね死になさいよ! ああもう十回以上も殺してるんだからいい加減死なないデスか!」

「いいえ。私は死にません。そもそも私自身も自分がどうやれば死ぬのか分かりません」

「バーサーカーだって十二回殺されたら潔く死ぬデスのにアナタには慎ましさってものが無いのデスね!」

「はい。ありません」

 

 言葉による応酬の間も攻撃の手は止めずに互いを壊し続ける戦いは、だが徐々にアリスが優勢となっていった。マジカロイドの傷が修復される前に、砕けた拳を再生させてその傷を殴りつけ広げる。それを繰り返し修復を妨害することで確実に破壊していくのだ。

 

 マジカリウム合金の装甲ゆえに表面強度こそマジカロイドが上だが、アリスの不死性及び再生力はそれをも上回る。加えて、明らかにいつもより再生速度が早い。それが魔法に慣れてきたためか、それともスノーホワイトを守ろうという想いが力となっているのか、アリスには分からない。それでも、このまま力でゴリ押せば勝てると確信した――瞬間、

 

 BAN!

 

 夜気を震わす突然の銃声。着弾の衝撃にアリスは仰け反った。

 血と肉片をまき散らすアリスが見たものは、己の胴体に大穴を穿った凶器――ハリウッド映画にでも出てくるようなショットガンの銃口。

 

「ふぅ……どうやらワタシとしたことが油断が過ぎたようデス。さすがのワタシも脳髄を破壊されてはどうなるか分かりませんからね。いやはや危ないところでした」

 

 硝煙を昇らせるそれを構え、マジカロイドは安堵の息を漏らす。

 

「だからここからは、『魔法能力』のテストに移しましょう。――以前のワタシは一日一つの秘密道具しか使えませんでしたが、今のワタシならば五つもの秘密道具を使用できます。たとえばこのショットガン……」

 

 がちゃりと、握ったショットガンをトリガー部分を軸に一回転させることで新たな弾丸をリロード。

 

「リロードの必要こそあれ無限に弾丸が尽きない、本日三つ目の秘密道具『無限ウィンチェスター1887』デス。果たして威力のほどはいかがなものかと思いましたが、なるほど素晴らしい威力デスね。……ではパワーアップした魔法で出した他の道具はどれほどか。アナタで確かめさせてもらいますよ」

 

 そして銃器としては最大級の威力を誇る弾丸を放つ銃口を、対峙するアリスへと向けて

 

「『弁当』と『糸』と『銃』は既に使ったので残りは二つ、全てテストするまで壊れないでください――デス!」

 

 BAN! BAN! BAN!

 

 闇を裂くマズルフラッシュ。轟音と共に放たれた弾丸は狙いたがわずアリスへと着弾、黒い衣装を引き裂き柔肌を穿つ。

 身体を持っていかれそうなその衝撃にたたらを踏んで耐えるも、続く二発目三発目が次々と襲い掛かり、抑えきれず後退するアリス。そして四発目で遂にその体は後方に吹き飛んだ。

 そのまま床に積まれたガラクタ類の山に激突したアリスを、マジカロイドはさらに撃ち続ける。

 胸を撃ちリロード。腹を撃ちリロード。頭を撃ってとにかくリロードし目につく全身を撃って撃って撃ちまくる!

 そしてアリスが半ば血と肉片と臓物をまき散らす人型の肉塊と化した所で、仕上げとばかりにその頭上へと銃口を向け、

 

「『Hasta la vista, Baby!(地獄で会おうぜベイビー)』デス」

 

 撃った。

 轟く砕ける鉄骨の断末魔。ハッと頭上を仰いだアリスが見たものは、弾丸に破壊され崩れ落ちる天井――視界を埋め尽くす無数の瓦礫だった。

 

 

 ◇ファブ

 

 

 電子妖精ファブの性格を一言で言うならば《鬼畜のクズ》だ。

 常に飄々とした軽薄な顔の下に吐き気を催す邪悪な性根を隠し、悲劇を導き殺戮を起こす。

 もしも迷える子羊がいれば助言を装い唆し、血に飢えた狼は言葉巧みにけしかけ、それぞれが破滅する様をせせら笑う外道。法を破り倫理を無視し人道からは余裕で外れ、ただただ己が愉悦と享楽のためにのみ生きる真性の鬼畜生、それがファブである。

 16の欲望と絶望が交差するこの殺し合いですら、単なる『刺激的なショーが見たい』という欲求のためにのみ行われているのだ。

 そんな彼にとって、ハードゴア・アリスとマジカロイド555が繰り広げる戦いは

 

「やっべえぽん! パネエぽん! 最っ高ぽんっ!」

 

 まさに最高のショーだった。

 

「可憐な魔法少女共がドロドロぐちゃぐちゃ血みどろバトル! 刺激満載楽しさいっぱい! これぞまさしく最高のエンターテイメント! 嗚呼、苦労した甲斐があったぽん……」

 

 思えば、ここまで来るのは大変な道のりだった。

 気分屋なパートナーの気紛れで本来の予定を盛大にぶっ壊された結果始まった連日連夜のデスマーチ。迫るタイムリミット、ほぼ不眠不休の徹夜作業でガリガリと削られていく気力体力精神力、脳も内臓も無いのに襲いかかる激しい頭痛とキリキリ鳴って止まらない胃、地獄の苦行めいた作業をする一方でその元凶である森の音楽家もとい脳筋ゴリラは気楽に「ファイト」とか言って手伝いもしないしああああもう本ッ当ッにブラック企業の社畜ばりの日々だったのだッ!

 

 ……だが、その苦労は報われた。それもこれ以上ない最高の形、ファブが待ちに待った展開となって。

 すなわち熱望し切望し渇望した待望のショータイム――最恐最悪Z指定魔法少女ブッ殺し合いバトルとして!

 

「うっひゃ首が飛んだのに生きてるぽん! マジ不死身ぽんスゲーぽん! ていうかどっちもチートぽん殺られたら殺りかえす倍返しバトルとかこんなのプロの魔法少女でもできないぽんいいぞもっとやれぽん殺れ殺れ殺っちまええええええぽんっ!」

 

 興奮した子供のような甲高い声で喚き叫び喝采する、極度のストレス状態にあった反動のぶっ壊れ気味ハイテンション。

 だがそれもしかたない。これまで数え切れないほどの殺戮を見てきたファブとしても、目の前の殺し合いはそれだけ規格外だったのだ。

 

 魔法少女の身体は頑丈だ。治癒力や再生力は人をはるかに超え、骨折程度なら一日安静にしてればだいたい治る。が、それでも心臓を潰されれば大抵死ぬ。ましてや首を飛ばされて生きてる者などほとんどいない(まあ気合さえあれば首なしでもちょっとの間なら戦えるが)だが、アリスときたら心臓を潰されようが首を潰されようがグチャミソ半ミンチになろうが死にやしない。

 それにもともと桁違いの再生力だったが、今やその速度すらも上がっているようだ。

 

「やっぱりあれぽん。スノーホワイトがピンチだから気合が入ってるんだろうね~」

 

 気合。すなわち『想い』と言い換えてもいい。

 

 魔法少女は『想い』の生き物だ。

 魔法少女の外見や魔法は、多くが大なり小なり元の人間の性格や個性に影響を受ける。

 たとえば動物に興味があれば『動物に変身できる』魔法が、日本文化が大好きなら純和風の外見になど、まあその程度はそれこそ人それぞれでスノーホワイトのように『人助けがしたい』という願いそのままの魔法を手に入れる者もいれば、全く関係ないような魔法を引いてしまうマジカロイドのような者もいる。

 

 とにかく、魔法少女にとって精神の影響とはかくも大きなものであり、それは魔法能力においてもまた然り。

 ただの人間でも精神力次第で俗に『火事場の馬鹿力』といわれるリミッターの解除ができるが、魔法少女にいたっては強い想いはそのまま時に限界以上の力を引き出す。気休めでも冗談でも無く大真面目に根性論がまかり通り、『勝てると思えば勝つ。魔法少女は思いが全て』と豪語する者もいるほどだ。もっとも、そのせいか断定はできないが実力のある魔法少女にはどこかしら精神のタガが外れた者が多いのだが……。

 

 そしてハードゴア・アリスは、明らかにその状態だった。

 スノーホワイトを助けたいという強い想いによる魔法のブースト。再生速度の一時的上昇。何度殺されようが起き上がり相手を殺すまで五臓六腑を撒き散らそうが戦い続ける魔法ゾンビ。能力はもとより背負うストーリーもまた魔法少女らしくて素晴らしい。うん最高だ。

 

 それに対するマジカロイド44もとい555は何だかわからないが大幅にフォームチェンジして最高クラスの耐久力を手に入れている。それに強力な武器の数々。やはり未来のロボにはショットガンがよく似合う。うん最高だ。

 

 そんな二人が対決するまさに最高のカード。最高の殺し合い。

 ゆえに――ファブはアリスが埋もれているだろう瓦礫の山へと目を向け言う。

 

「何を呑気に休憩してるぽん。さあさっさと早く立ち上がって殺し合うぽん。魔法少女なら欲望と信念と希望と絶望のために戦い戦い戦ったあげくド派手に散ってファブを愉しませるぽん!」

 

 そんな鬼畜の愉悦に応えるかのごとく

 

 GYUOOOOOOOOOOOO!!!!

 

 瓦礫を切断し、血に飢えた獣の如きエンジンの咆哮を上げて回転駆動する刃が突き出した。

 

 

 ◇ハードゴア・アリス

 

 

 私には、穢れた血が流れている。

 父と同じ、人殺しの血が。体ではなく、きっと魂に。

 

 だから、最初にロボットの魔法少女――マジカロイドを殺した時、抱いたのはただただスノーホワイトを守れたことへの達成感だけだった。

 大切な人を助けられたことが嬉しくて、たまらなくて……後悔や罪悪感なんて、欠片も無かった。

 正常な人間なら抱くだろう人を殺すことの忌避や嫌悪感も沸かず、自分でも驚くほど淡々と殺せたのだ。

 ああ、やっぱり私は穢れていた。

 元からそうだったのか、父の事件がもとでそうなったのかは分からないけれど、私の本質は目的の為なら人を殺せる人殺しだった。

 岸辺先輩のような人の傍にいては……いけなかったのだ。

 

 でも、今だけはそれに感謝しよう。

 おかげで、躊躇いや恐れで殺意が鈍る事も無い。

 スノーホワイトを殺そうとする相手を何の迷いも無く全身全霊で殺せるのなら、この『穢れた血』にも意味があるのだから。

 

 

 

 

 瓦礫に埋まった闇の中で、アリスはようやく再生の完了した手を伸ばす。

 吹き飛ばされたのがたまたまこの場所でよかった。もし運命というものがあるなら、自分にスノーホワイトを守れと命じているのかもしれない。ここには確かあるはずだ。再生力をテストするために集めこの工場のいたるところに無造作に置いた凶器の一つが。

 そして砂漠の中から一粒の宝石を探すような気持ちで伸ばした手が――掴んだ。

 

 BALBALBALBAL!

 

 瓦礫を切り裂き、立ち上がる。崩れ落ちた天井から降り注ぐ青白い月光の中に立ったアリスの右手で唸りを上げるのは――血に塗れたかのような深紅のボディーのチェーンソー。

 生理的恐怖を掻き立てる駆動音と共に高速回転する刃が、月光を反射し残忍な光を放っていた。

 

「おお。Groovy(イカしてる)デスね」

 

 紅いチェーンソーを構える黒いアリスの姿はまるでスプラッターホラーから抜け出たかのようにマッチしていて、マジカロイド555は思わず感心の声を漏らす。

 そして再びショットガンをくるりと回し新たな弾丸をリロード。その銃口をアリスに向け、応じてチェーンソーの刃もまたマジカロイドを向いた。

 ショットガンとチェーンソー、ことスプラッター映画において二大巨頭ともいえる二つの凶器が対峙し、殺戮の始まりを待つ。

 

「ではテストを再開しましょうか。それにしてもショットガン対チェーンソーとは、B級映画みたいな組み合わせデスね」

 

 そして軽口まじりにマジカロイドが発砲し、それが再開の号砲となった。

 放たれた弾丸は虚空を貫き、発砲と同時にチェーンソーを振り上げ突撃してきたアリスの脇腹に命中。だがアリスは倒れることなく持ちこたえ、破れた腹から大腸を溢しつつマジカロイドへとチェーンソーを振り下ろす。

 

「おおっと!?」

 

 咄嗟にバックステップしそれをギリギリで避けたものの、その凶悪な咆哮にマジカロイドの背筋に冷たいものが走った。それを振り払う様に再び構え発砲。狙いたがわずアリスの顎から上を消し飛ばすも、直ぐに残った下顎の肉が蠢き再生が始まる。

 だが、それでいい。視力を失い動きが鈍った僅かな隙に背中のブースターを起動し大きく後方に飛び退く事でチェーンソーの間合いから脱出。そしてこの距離はショットガンに最適なリーチ。ゆえにこれを保ちつつ銃撃し続ける!

 

 未来技術によって作られたショットガンは現代のそれよりはるかに強力で威力射程速度ともに上、その性能を最大限に生かした銃撃がアリスに襲い掛かる。無論アリスもまた無抵抗ではなく、チェーンソーとそれを持つ腕の被弾にのみ注意しつつ後はどこを撃たれようとも構わず斬りかかっていた。だがマジカロイドはブースターを用いた機動力で巧みに距離をとり、間合いに捉える事すらできない。

 

「どれほど強力な武器でも、当たらなければどうということはないのデスよ!」

 

 勝ち誇るマジカロイド。このままでは一方的に攻撃を受け続けジリ貧になることを悟るアリス。

 何か打開策は無いものかと焦る紫の瞳が、ふと自分の腹から飛び出たはらわたを見た。

 

「よそ見デスか? 余裕デスね。それとも勝てないと分かって諦めましたか?」

 

 一方、マジカロイドは勝利を確信しつつも注意深く一定の距離を保ち撃ち続ける。

 大丈夫。順調だ。ここならば一方的に攻撃できる。殺しきれるかどうかは微妙だが行動不能には追い込めるかもしれない。いや、きっと出来る。なにせあいつには何もできない。この距離にいる限り決してアリスの攻撃が届くことはな――

 

 

 GYUOOON!

 

 

 ほくそ笑んだその顔を、宙を奔るチェーンソーの刃が斬りつけた。

 

「ひ、ぎゃああああああ!?」

 

 顔面に爆ぜた激痛にマジカロイドは絶叫。傷そのものはそれ程深くなく致命傷には至らなかったが、それでも回転する刃が蹂躙した装甲は醜く罅割れドクドクと血が溢れている。

 

「な、んで……!」

 

 堪らず顔面を抑えた手を鮮血に染めつつ疑問の声を上げるマジカロイドの赤眼は、決して届かない筈の己を傷つけたチェーンソーを捉え、その答えを知る。

 刃を血に濡らして宙を奔るチェーンソーにはあるものが巻きつけられており、それがアリスとチェーンソーを繋いでいた。それはぶよぶよとして、ぬめる粘液に塗れた赤黒い臓器――すなわち魔法少女(アリス)(はらわた)だった。

 アリスは先端をチェーンソーに巻き付けたそれを手に掴み、鎖付き鉄球(モーニングスター)のように振り回していたのだ。

 

「はあああああああああ!?」

 

 滅茶苦茶という表現すらも生ぬるい光景にたまらず叫んだマジカロイドを誰が責められよう。人間の腸の長さは平均5~7メートルでありかつ丈夫で伸縮性もあるから出来ない事は無いのだろうが、実際にやるかというのはまた別だ。

 今彼女は確信した。こいつ頭おかしい。

 

 そんなマジカロイドの驚愕など意に介さず、アリスはチェーンソーを一度手もとに引き戻すと何を思ったのかその回転を停止――そしてすぐさまマジカロイドに向け全力で投げつけた。

 凄まじいスピードで宙を奔り迫るそれを、痛みによって動きの鈍ったマジカロイドは回避できず胸に受け、深々と貫かれる。

 

「がッはぁ……ッ!?」

 

 胸を貫かれるのは二度目だが、チェーンソーの刃は前回とは比較にならぬほど痛い。

 アリスは刃が根元まで埋まったのを確認した後、巻き付けた腸を勢いよく引っ張ると同時に地を蹴り、引く力を利用しての大ジャンプ。一気に飛びかかりマジカロイドの血塗れの顔面に拳をブチ込んだ。

 顔を襲う更なる激痛に声にならぬ悲鳴を上げるマジカロイド。アリスは殴りつけたその反動でチェーンソーを引き抜くと、スターターグリップを口にくわえ引っ張ることで起動。再び獰猛な咆哮を上げて回転する刃で袈裟切りに斬りつけた。

 

「ひぎぃああっ!?」

 

 血を吐く絶叫とデュエットするかの如く更に吠え猛る刃をすぐさま反転し斬り上げ、胸部装甲にV字型の傷を刻む。

 そして猟奇的な連撃の仕上げ、血みどろのマジカロイドを頭頂部から両断して止めを刺すべく、アリスは高々と掲げたチェーンソーで最後の一撃を振り下ろし

 

「転移マシン起動!」

 

 突如、虚空に出現した魔法陣から飛び出た鉄筋によって防がれた。

 太く硬いその鉄筋はマジカロイドの盾となって、チェーンソーの刃をその半ばまで切断された状態で受け止めその体を守っている。

 

「これは……?」

「ギリギリですが、何とか間に合いましたよ」

 

 必殺の一撃を思わぬ方法で防がれ驚愕するアリス。それを前に、寸でで一命をとりとめたマジカロイドは胸をなでおろした。

 

「紹介します。これが四つ目の秘密道具《物質転移マシン》デス」

 

 一転、再び余裕を取り戻した声で紹介する。

 魔法陣は直径1メートルほどの淡く光るサークルで、複雑な文様の描かれた中心部から鉄筋が突き出ている。

 

「いわゆるワームホールのようなものデス。あいにく生物は無理デスが、それ以外の物質ならこのサークルに入るサイズで何でも転送できる優れものデスよ。――こんなふうにね!」

 

 瞬間、アリスの頭上に新たな魔法陣が出現、そこから勢いよく鉄筋が落ちてきた。

 大重量のそれに貫かれては、いかなアリスだろうとたまらない。串刺しにされる直前に飛び退き回避するも、避けた先でも次々と魔法陣が出現し間髪入れぬ鉄筋の雨を降らす。それを走り飛び退き時には転がって何とか躱し続けるアリスだが、避けるほどに床に刺さった幾多の鉄骨が障害物となって空間を塞ぎ、移動を制限されたアリスは徐々に追い詰められていく。

 

「ふむ。このままでもいけそうデスが……」

 

 呟くと、マジカロイドはショットガンの銃口を天井のまだ無事な部分へと向け、

 

「念のため一気に決めさせてもらうデスよ」

 

 それを支える鉄骨や屋根板を撃ちまくった。

 同時に頭上を覆い尽くすほどの数の魔法陣が出現。破壊され轟音と共に崩れ落ちた天井部の瓦礫がその中に次々と吸い込まれていく。

 その光景の意味を、アリスは背筋の凍る戦慄と共に悟った。

 

 これは入り口だ。転移する物体を入れるゲート。ならば、その出口は――ッ!

 

 ハッと息を飲むアリスの目の前に出現する魔法陣。咄嗟に飛び退こうとするも、背後にもまた魔法陣。なら右は――視線を向けた瞬間、嘲笑うように第三の魔法陣が。残る左もまた新たな魔法陣に塞がれ、容赦無く更なる魔法陣群が全方位を覆い尽くすように展開しアリスは十を超える魔法陣によって取り囲まれた。

 四方を囲み八方を塞ぎ、完全に包囲するそれらは銃口だ。弾丸をリロードし獲物に突きつけた――必殺の銃口。それが一斉にマズルフラッシュめいた光を放ち、無数の瓦礫がアリスへと撃ち放たれた!

 

 鉄塊とコンクリートとガラス片が怒涛の散弾となってアリスを襲い、その身体を抉り潰し挟み貫き切り裂き叩き折り粉砕し打ち砕きぶっ壊す。

 ここはマジカロイドが作り出した殺戮の檻の中、逃げる事などできはしない。ゆえに囚われたアリスは抵抗すらできず荒れ狂う破壊の礫に蹂躙される。

 

「これで終わりデス!」

 

 最後に全ての魔法陣から鉄骨が撃ち出され、既に満身創痍となったアリスは全身を貫かれた。

 

「う……ぁ……」

 

 裂けた唇から、力無い呻きが漏れる。腕も足も全身総てが鉄骨によって床に縫い付けられ、身動きがとれない。月光のスポットライトの下、鉄骨に突き刺され血とはらわたを垂れ流すその姿は、まるで狂った芸術家が作り上げた猟奇的なオブジェのようだった。

 それをマジカロイドは満足げに眺める。

 

「うまくいったデスね。といってもまあ、アナタの事だからこの程度では死なないのでしょうけど……」

 

 肩をすくめた後、その赤い瞳をある方向へと向けた。冷たく酷薄なその眼差しが向かった先は、最初の戦いで崩れ落ちた壁の向こう側――そこで今だ糸に拘束された、スノーホワイトだった。

 

「ですが、ワタシがスノーホワイトを殺すまで動きを封じるには十分デス」

 

 にやりと口の端を吊り上げ、言う。

 その言葉で、アリスは全身の血が凍り付いたかのような感覚に襲われた。

 

「わだしは…っ…まだ……死んでまぜん……ッ」

 

 自分が死ぬまでは、テストが終わるまではスノーホワイトには手を出さない。そのはずだ。そう言っていたはずだろう!

 

 傷ついた唇と千切れかけた舌を動かし訴えるも、マジカロイドは返すのはそんな彼女を嘲笑うかのような笑み。

 

「いやいやアナタいつまでたっても死にそうにないデスし、このまま結果発表の時間が来て万が一ワタシが最下位になったらとてもじゃありませんが笑えませんからね。デスから念のため今ここでスノーホワイトのキャンディーを奪った後で殺しておくデス」

「そ……んな……!?」

「悪く思わないでくださいよ。余計なリスクを背負うのはまっぴら御免なのデス。ワタシは小心者デスので」

 

 肩をすくめ悪びれもせず飄々と言った後、マジカロイドは踵を返しゆっくりと歩き出す。身動きのとれぬ弱く哀れな獲物――スノーホワイトの下へと。

 白い悪魔のようなその背中を、アリスは見つめる事しかできない。

 自らに近づいてくるマジカロイドに怯えて逃げ出そうとし、だが動けず痛みに呻くスノーホワイトに対して、何もできないのだ……ッ。

 

「逃げ……て……スノー……ホワイト……ッ!」

「生憎ですが逃げられませんし、逃がさないデスよ。まあせめてもの情けに苦しめず一撃で殺してあげますのでそれで我慢してください」

 

 苦笑交じりに語ったマジカロイドの無慈悲な『慈悲』に、「ひっ」と小さく悲鳴を上げるスノーホワイト。

 死の恐怖に染まった瞳に涙を浮かべガチガチと小さな歯を震わせるその姿に、アリスの胸は痛い程に締め付けられた。

 

 

 死ぬ。このままではスノーホワイトが死ぬ。殺されてしまう。

 助けたい、今すぐ助けに行かなくちゃいけないのに、出来ない。肉体の再生にはまだ時間がかかる。再生を終わらせて鉄筋から脱出するまででは間に合わない。それよりも早くあいつがスノーホワイトの下についてしまう。

 

 

 

 神さま。ああ神様。

 これは罰なのでしょうか。

 穢れた血の流れる私が、あの夜生きる意味を見いだせず死のうとした私がこうして浅ましく生を望んだことの罰なのでしょうか。

 

「やあ、待たせてしまいましたね。気分はどうデスかスノーホワイト?」

「いや……来ないで……ッ」

 

 私は、スノーホワイトを守りたいです。

 私は、スノーホワイトに必要とされたいです。

 私は、スノーホワイトに愛されたいのです。

 

「おやおや随分な怖がりようデスね。まあこれから自分が死ぬわけデスから無理もありませんけど」

 

 神様。これは分不相応な願いなのでしょうか。

 穢れた血の流れる子が願う事は罪なのでしょうか。

 なら、私はもう願いません。

 私は、彼女に愛されなくてもいい。

 ただ、どうかお願いです。せめて彼女の傍に――跪かせて下さい。

 穢れた血でさえも生きていていいと思えた、その理由を喪わせないでください。

 

「まあワタシは鬼ではないので神様にお祈りするくらいならさせてあげるデスよ。もっとも部屋の隅でガタガタ震えて命乞いされても殺すデスが」

「ひっ……いや……殺さないで……っ」

 

 だから神さま――いえ、もう誰でもいい。神でも人でもなんなら悪魔でも、どうかスノーホワイトを助けてください。

 私はどうなっても構いません。

 この祈りを聞き届けてもらえるのなら、私は身も心も私の総てを捧げます。

 だから、誰か――

 

「では、今度こそサヨナラ」

 

 そして慈悲も無く、マジカロイドはショットガンの銃口を向ける。

 スノーホワイト、その小さくか弱い命を殺すためにトリガーにかけた指を――引いた。

 轟音と共に弾丸が放たれ、スノーホワイトへと飛んでいき――

 

 

 二人の少女は、祈った。

 

 

 

「どうか……スノーホワイトを……」

「たすけて……ッ!」

 

 

 助けを、求めた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 ゆえに、『魔法少女』はやって来る。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 まず轟くのは何かが天井を突き破る音。

 そして落ちてきたのは巨大なる刃。

 それが床に突き立ち、スノーホワイトの盾となって弾丸を防いだ。

 弾丸が弾かれる甲高い音が響き、突然の事態にマジカロイドは驚きの声を上げる。

 

「ちょっ!? 今度は一体何デスか」

 

 動揺するその問いに答えたのは、凛々しくも美しき声。

 

「――私は剣だ」

 

 堂々と、気高く、清廉で、そしてなによりも強き『想い』のこもった声が、絶望の闇を斬り裂き光をもたらす。

 

「たとえこの身が滅びようと、我が盟友のための剣となることを誓った騎士だ」

 

 巨大な刃は、大剣の刀身だった。横幅が巨大すぎて最早銀の壁にしか見えなかったそれが輝き、消失する。

 そして現れるは、神でも悪魔でもなく己がただ一人の盟友を救うべく、凛々しくも力強いまさしく竜の如き瞳で恐るべき敵に対峙する魔法少女。

 

「ゆえにマジカロイド。スノーホワイトを泣かせる――お前を倒す!」

 

 ラ・ピュセル。

 聖女の名を冠する竜の騎士が、参上した。

 




お読みいただきありがとうございます。
実は変身前なら真琴ちゃんが外見的に一番好きな作者です。ぐわし

作者は大体いつもノリで書いてますが今回はマジで悪ノリしまくり好き放題しました。ええその結果がこれですとも反省はするが後悔はしません。
ぶっちゃけアリスにチェーンソー振り回させたくて書いただけの戦闘です。ゾンビがチェーンソー使うってあべこべのような気もしますが何分悪ノリなので許してください。マジカロイドはアレです、原作やアニメでも機動戦士ネタで弄られてるのでこっちでもやってみました。まほいく場外乱闘の「ツノの無いモブwww」は笑った。

ちなみに魔法少女は思いがうんぬんでブーストがかかるというのは完全に独自解釈です。もしくは設定改変。少なくともこの物語では『魔法少女は思いが全てブースト』有りでお送りします。

あと魔法少女の外見や魔法には個性が関係するというのは、とらのあなファンブックで人造魔法少女の説明文にあった「通常の魔法少女とは違い変身前の個性は影響しない(うろ覚えでごめんなさい)」とかまあそんな感じの一文を独自解釈した設定です。なので実際の所はどうなのか分かりません。くれぐれも信じないで。

さて、長らく続いたこのシリーズですが次回でいよいよ最終回です。正確にはその後にエピローグが続きますが、まあおそらくは年内には投稿できるでしょう。……そうしたいなあ。うん頑張ろう。
では残りわずかですが次回の投稿をお待ちください。

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