魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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前々話のマジカロイド44のシーンに加筆したぽん。別に読まなくても問題はないけど、マジカロイドが引いた秘密道具を知りたいという方はご覧くださいぽん。
あと今回の話は夜に一人で読んでほしいぽん。



開戦

 

◇カラミティ・メアリ

 

 天井から吊り下がるシャンデリアのきらびやかな輝きに照らされた、とあるクラブのVIPルーム。

 磨き上げられた黒檀の小机、その上で芳醇な酒気を香らせるのは琥珀色の液体で満たされたバカラのグラス。敷かれた絨毯は毛が長く柔らかで、部屋を飾る他の様々な調度品と同様に質と値段の高さが滲み出ている。

 まさに贅をつくした内装は派手で豪奢だが、どこか退廃的だ。

 そしてそれは、この部屋の主にも通じる事だった。

 

 カラミティ・メアリ。マカロニウェスタンの女ガンマンを思わせる露出度の激しいコスチュームを纏う魔法少女。その女豹を思わせる引き締まった肢体は美しくも、拭えぬ血と硝煙の――暴力の臭いが染み付いている。

 名深市で最も危険な魔法少女と恐れられる彼女は、柔らかなソファーに身を横たえルージュの唇に笑みを浮かべた。

 

「あたしは袋を買ったよ」

 

 泣き黒子が色っぽい目元を細めて眺めるのは、片手に持った袋。

 

「自分の持てるサイズの物なら無限に入る四次元袋。支払うキャンディーは1000個」

 

 安い対価ではない。マジカルキャンディーが減るという事はそれだけ死の危険が高まるという事なのだが、彼女の目には新たな玩具を手に入れた子供のような満足感だけがあった。

 

「あんた何買った?」

 

 問われ、傍らに立つロボット型の魔法少女――マジカロイド44は答える。

 

「ワタシは何も買いませんでした。しかし意外デスね。先輩はてっきり武器を買うものかと思ったのデスが」

「あたしに武器は要らないよ。わざわざ買わなくとも、あたしの魔法ならそこらのナイフでも魔法少女殺しの凶器にできるからねぇ。むしろ、あたしはあんたが何も買わなかったのが意外だよ」

「ワタシは小心者デスので。余計なリスクを背負い込むなんて真似はまっぴらごめんなのデスよ」

「小心者ねえ……」

 

 くっくと愉快気に喉を鳴らすカラミティ・メアリ。

 相も変わらず食えない奴だ。小賢しくて飄々として、表向きは媚びへつらおうとも本心では己の欲望にしか従わない。だが、そこが好い。

 

「あんたの良い所はさ。いつか寝首を掻いてくれそうなところ」

「先輩の寝首を掻くなんてムリゲーデスね」

「今日が駄目なら明日。明日が駄目なら明後日ならって思ってそうなところが好きだねぇ」

 

 それはまぎれもない本心だったが、マジカロイド44はヘラヘラ笑って首を振る。

 

「勘弁デス。手下には信用第一でお願いします」

「信用ねぇ。ならテストに合格したら背中預けてやる」

「テスト?」

 

 カラミティ・メアリはにやりと口元を歪める。

 その気配だけで肌がひりつくような、血に飢えた肉食獣の笑みで

 

「一人、殺ってこい」

 

 そう命じた。

 清く正しくあるべき魔法少女にはあるまじきその命令(オーダー)に、マジカロイド44はしばし沈黙し、呟く。

 

「殺す、デスか……」

「おや。ビビッてんのかい?」

「いえ。殺すこと自体は別にいいのデスが、ただ魔法少女を殺しては運営から何らかのペナルティがあるのではないかと」

 

 なんとも小心者らしい慎重さを見せるマジカロイド44。その不安をだがカラミティ・メアリは笑い飛ばす。

 

「はっ。なら問題ないねぇ。――安心しな。たとえどいつを殺そうがどれだけ殺しまくろうがあの白黒饅頭は何も言わないよ」

 

 

 目を見ればわかる。あのマスコットキャラクターの目は人間のそれとは異なるものの、その奥に在る物は同じだ。倫理も道徳も無く、ただ己が愉しむためだけに他者を虐げ絶望させる――自分と同じくそったれの目だ。

 確信が込もったその言葉に、マジカロイド44は半信半疑ながらも頷いた。

 

「分かりました」

 

 腹は決まったらしい。

 ならそのまま出て行くのかと思いきや、彼女はその場に止まり

 

「先輩。殺しに行く前に、一つ頼みがあるのデスが……」

「あん?」

 

 その申し出に、カラミティ・メアリは眉を寄せてマジカロイド44を見る。

 訝し気な眼差しの先では、人ならざる赤いガラスの瞳が不気味に光っていた。

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

 この日の夜は、不気味なほどに静かな夜だった。

 風は無く、木々はそよがず、月は音も無く地を照らす。

 穏やかな静寂というよりは、まるで迫る嵐の気配に世界そのものが息を呑み沈黙しているかのような――夜。

 癒えぬ胸の痛みと記憶を抱えながら、魔法少女ラ・ピュセルへと変身した僕は夜闇に佇む王結寺の門をくぐった。

 

 

 小雪に逃げられ亜子ちゃんに拒絶された僕はその後、失意の中で家に戻った。戻るまでの道中は正直よく覚えていない。気付いたら自室のベッドの上に倒れ込んでいた。

 涙を浮かべた小雪の瞳と、自身を卑下する亜子ちゃんの昏い瞳が頭から離れない。亜子ちゃんに何もできなかった。小雪を泣かせてしまった。二人の姿と交わした言葉が何度も脳裏に蘇り、やるせない感情と共にぐちゃぐちゃに渦巻いている。

 

 生き残るためとはいえ、僕は確かに小雪を騙していた。

 しかたがなかった。そうしなければどうしようもなかったのだけどそれでも、それは清く正しい魔法少女としてはあってはならないことで、どう言い繕おうとも小雪の優しさにつけこみ利用したのは――紛れも無い事実だ。

 これじゃ、嫌われて当然だな……。

 

 でも、それでも、僕は――あの子の隣にいたい。

 感情的な意味でも、彼女自身の身の安全のためにも。

 この狂った状況で、彼女を一人にしてはおけない。そして守れるのは僕だけだから、僕が守りながら戦わなくちゃいけないんだ。

 戦う事の出来ない君の剣になろうと誓ったから、そうなりたいと願ったから。

 ……たとえ、土下座して謝ったのだとしても元の様な関係にはもう戻れないのかもしれない。あさましいかもしれない。女々しくて無様なのは分かっている。それでも僕は――小雪が好きなんだ。好きだから守りたいんだ。

 だから僕は、緊張を感じながら本殿の扉に手をかけ開き、選択の場へと足を踏み入れた。

 

 

「待ってた。ラ・ピュセル」

 

 そこは人ならざる気配に満ちた、ある種の魔境ともいえる堂内。燭台の火が妖しく揺れて、この場に集う魔法少女達の姿を照らす。僕を迎え入れたスイムスイムの手には見慣れない槍とも薙刀ともつかない武器が握られていた。

 見れば、床でどんよりと気落ちした様子で膝を抱えるユナエルを慰めているミナエルの手にも、カラフルな丸薬のようなものが詰め込まれたガラス瓶がある。

 

「それは……?」

 

 眉を寄せ、疑問の声を漏らす。と

 

「ラ・ピュセル。なんだか元気ないように見えるけど、大丈夫……?」

 

 突然誰もいない筈の耳元でかけられた声。驚いて声の方に目を向けるが、やはりそこには誰の姿も無い。

 

「え……っ!?」

 

 虚空に生じた不可視の声に目を丸くする僕の前で

 

「あっ、ごっごめん!? 外套を被ったまんまだったにゃ……っ!」

 

 そんな慌てた声がしたと同時、衣擦れの音と共に風景がぐにゃりと歪み、まるで見えざるベールを取り去ったかのようにたまの姿が現れた。

 彼女もまた、見知らぬ道具――華奢な肢体をすっぽりと包む赤い外套を着ている。

 

「たま? その外套は………?」

「あ、ラ・ピュセルはマジカルフォンが無いから知らないよね」

「マジカルフォンと何か関係があるのかい?」

 

 たまの言葉にますます困惑する僕に、スイムスイムが説明した。

 

「昼間にマジカルフォンがバージョンアップされてアイテムを購入できるようになった」

「それが、その武器か」

「うん。早い者勝ちだったけど買うことが出来た。私は『透明外套』を。ユナエルは『元気が出る薬』を。そしてたまがこの――」

 

 すっ……と、自らが持つ武器に目を向ける。その眼差しはただの道具に向ける物ではなく、まるで敬虔な信徒が聖なる遺物を見るかのように

 

「魔法の武器――『ルーラ』を」

「ルーラ……?」

「私が名付けた」

 

 そう語る声に抑揚こそ少ないが、その赤紫の瞳にはどことなく誇らしげな色があった。

 しかし、それはすぐ物憂げかつ鋭いものへと変わる。

 

「けど、アイテムを購入するために大量のキャンディーを失った。だから、直ぐに新たにキャンディーを手に入れなきゃならない」

 

 淡い唇が紡ぐ剣呑な響きは、それが人助けによってではない事を示して。

 僕の脳裏に戦慄が走った。

 

 まずい……っ。

 ここまで追いつめられ、僕は最悪、マジカルフォンを返してもらうために一時的にでもスイムスイムの仲間になり、その後は密かに離脱する機を伺うつもりでいた。

 だが、これでは仲間になってすぐさま罪も無い誰かのキャンディーを奪うことに――殺すことになってしまう。

 駄目だ。それだけは駄目だ。たとえ自分が生き残るためでも、誰かをを殺すなんて正しい魔法少女が――スノーホワイトの騎士がしていいことじゃない。

 現実は僕の思惑など嘲笑う様に超えて、スノーホワイトの騎士であるために考えた、せめてもの策が瓦解していく。

 

 僕は、甘かった。

 この時点でもまだ、自分には選ぶまで時間があるなどと思っていたのだ。

 だがこの残酷な現実は、最悪の選択を突き付ける。

 

 

                                                                           「ラ・ピュセルが私の騎士になったら、すぐにスノーホワイトのキャンディーを奪いに行く」

 

 

 

 

「なっ!?」

 

 耳を、疑った。

 思わず見返したスイムスイムの瞳にはだが偽りは無く、底光りする殺意がそれが本気であると伝えている。

 

「スノーホワイトを……殺すっていうのかッ!」

 

 叫ぶように叩きつけた問いにスイムスイムは

 

「もし私の騎士にならないのなら、死ぬのはキャンディーの無いラ・ピュセル。でも、ラ・ピュセルが騎士になったのならその代わりに誰かが死ななければならない。なら一番狙いやすいのは、今まで守っていたラ・ピュセルがいなくなったスノーホワイト」

 

 どこまでも冷徹に、一片の情も躊躇いも無い、深海の底から響くような声で

 

「ルーラは言っていた。倒しやすい奴から倒せって」

 

 

 そう、言った。

 

「そんな……っ!」

 

 慄く唇から愕然とした声が漏れて、薄暗い堂内に空しく響く。

 動揺する僕をスイムスイムは静かに見詰め、ピーキーエンジェルズは揃いの笑みを浮かべて見物し、そしてたまは――小さな体をこわばらせ、ただ辛そうに顔を伏せていた。

 ……すでに僕以外の意思は統一済みか。くそっ。これじゃたとえ力ずくで止めようとしても、一斉に襲われれば成す術も無く潰される……ッ。そして何もできずに、スノーホワイトが死ぬ!

 

「くっ…ぅぅ…ッ!」

 

 スイムスイムの騎士になればスノーホワイトは死に、ならなければ僕が死ぬ。僕が死ねば守る者のいなくなったスノーホワイトはきっと生き残れない。

 どうする。

 どうするどうするどうすればいいッ!?

 呻り、必死に考えるも起死回生の一手など浮かばず、心は焦り、動揺が汗となって床に落ちる。

 そんな僕に、スイムスイムは問う。

 逃げる事など許さず、いかなる嘘もあらゆる偽りをも見破らんとする瞳で。

 

「聞かせてラ・ピュセル。あなたの選択(こたえ)を」

 

 どちらを選び、どちらを犠牲とするか。その、選択を。

 

「っ………――――」

 

 そして、僕は―――――

 

 

 

 

 

 

 ――いやああああああああッッッ!!

 

 

 

 

「――――ッ!?」

 

 ありえない声を、『聴』いた。

 ここにいるはずの無い、けして聞こえるはずの無いその悲鳴は

 

「小雪……?」

 

 

 ◇スノーホワイト

 

 

 時はしばし遡る。

 

 夜の街を、スノーホワイトはキャンディーを集めるために駆けていた。

 どんなに辛くても、悲しくても、死なないためにはキャンディーを集めなければいけないから。

 ……いや、本当はただの逃避だ。カーテンを閉め切った薄暗い部屋に籠って何もしていないでいると、昼間見た記憶が、見知らぬ少女と共にいた颯太の事が蘇って胸が苦しくなるから。その苦しみから逃れたくて、スノーホワイトは闇の中を彷徨う。

 

 だが、それは叶わなかった。

 ラ・ピュセルとの待ち合わせ場所だった電波塔。共に語り合った砂浜。並んで歩いた道。二人で守ってきた街並み。自分達の担当地区には、どこも彼との思い出が染み付いている。

 どこに行ってもラ・ピュセルとの記憶が蘇り、胸の痛みとなってスノーホワイトをさらに苦しめるのだ。

 

 その足はいつのまにか、人気の無い所へと向かっていた。独りになりたかった。ラ・ピュセルとの思い出のない場所に行きたかった。

 だから、スノーホワイトは人のいるだろう場所から離れ、逃げ続けて、木挽町(こびきちょう)の廃工場に辿り着く。

 周囲には民家が無く、夜闇にぼうっと浮かび上がる不気味な外観。

 かつては高度経済成長の波に乗って昼夜を問わず稼働し賑わったものの、社長一家が夜逃げしてからは寂れ廃れてうち棄てられたそこは、どこよりも今の自分には相応しいと思えた。

 月明かりだけが照らす廃墟の中に降り立ったスノーホワイトの胸に、どうしようもない想いが湧き上がる。

 

 颯太が知らない女の子と一緒にいた。

 儚げで、可愛い子だった。思わず守ってあげたくなるような、そんな子だった。

 ただの友達、ではないと思う。あの子を見る颯太の瞳は、目の前の女の子を心から守りたいと思っている瞳だった。

 今までキャンディー集めに来なかったのも、嘘をついていたのも全部あの子に会うためだったのだろう。いつ命を落とすともしれないこんな状況なら、自分なんかといるより、好きな子と少しでも多く一緒に過ごしたいはずだ。

 当り前だ。そう、当り前のことだ。

 奥手だと思っていた幼馴染にようやく春が来たのだ。黙っていたのは水臭いけど、むしろそれ自体は喜んであげるべきなのに、なのにッ……哀しくて、辛くて、苦しくて、胸がこんなにも――痛い。

 

 嘘をつかれていたから? 違う。

 相棒がいなくなって、一人でやっていかなくちゃならなくなったから? 近いけど、そうじゃない。

 

 颯太は今もあの子の所にいるのだろうか。笑いかけて。語り合って。抱きしめて。キスをして。自分じゃない女の子の隣に、いるのだ。

 

 やだ。嫌だよ……ッ!

 

 そんな事は無いって、ただの幼馴染だと思っていたのに。なのに。

 失って初めて分かった。全てが手遅れになってからようやく、気付いてしまった。

 この気持ちに、ずっと胸に抱き続けた彼への――このどうしようもない想いに。

 

「わたし、そうちゃんが好きなんだ……っ」

 

 震える両手で顔を覆う。その指の隙間からは、嗚咽と涙の雫が漏れて地に墜ちた。

 誰もいない朽ち果てた廃墟、一人ぼっちの闇の中で、スノーホワイトは立ちつくし涙を流す。喉を震わせ、悲しみと後悔と絶望を響かせて……。

 

 そんな彼女の震える耳が、ふと小さな音を聴いた。

 

「え……?」

 

 それは遠く、微かで、今にも消え入りそうでありながらでも確かに夜気を揺らして響く――音。

 

「なに……?」

 

 誰かが中にいるのだろうか。

 こんな所に? わざわざ一体誰が?

 肝試しに来た物好きか。あるいはひそかに不良がたまり場にしているのか。それとも……酔っ払いでも迷い込んだのか。

 だとしたら、不味い。泥酔した人をこんな所に放置してはおけない。風邪をひくかもしれないし、無いとは思うがここを溜まり場にしている不良なりと鉢合わせすればどんな目にあうかは想像するまでも無い。ならば魔法少女として放っておくわけにはいかないだろう。

 

 ……本当ならこのまま蹲って泣き続けていたいくらいだけど、自分は魔法少女だ。だったら、どんなに辛くても――人を助けなくちゃならない。

 頬を濡らす涙を拭い、スノーホワイトはその音が鳴る方へと足を踏み出した。

 

 闇の奥から響くそれに誘われるように、打ち付けられた封印の板が朽ちて割れている入り口を潜り、暗い室内へ。埃っぽくてぬめるような空気が纏わりつく中、一歩進むごとに、それは聞こえてくる――

 

 がんっ……がんっ……

 

 硬い何かを打ち付ける音。

 

 ごり……ごりり……っ…

 

 柔らかい物を磨り潰す音。

 

 ぐちゃ……ぐちゅ……ずる……

 

 薄暗い通路の向こう側で、怪しげな音を出すナニカが、何かを刺して、抉り、引き摺り出している。

 

 ごくっ……。

 

 おもわず、スノーホワイトは固い唾を飲み込んだ。言い知れぬ緊張と怖気にどくどくと震える胸の鼓動に同調するように、音は次第に鮮明に、段々はっきりと、そして生々しく響く。そしてそれに(いざな)われた先に――一人の少女が、いた。

 

 その少女はこちらに背中を向け、天井の破れた亀裂から降る月明かりの中にぼうっと佇んでいる。

 背はスノーホワイトと同じくらいだろうか。両脇がフリルで飾られたカチューシャを付けた小さな頭から太ももまで流れ落ちる波打つ黒髪で上半身はほとんど覆われて、その姿はよく分からない。

 まるでマネキンの様に生気が無く、だが同時に生々しい存在感を放つその威容にスノーホワイトは息を呑み、だがそれでも声を掛けようとした時――その細い右手が握るナイフに気付いた。

 月明かりを反射する剣呑な刃の輝きに、顔が強張る。その目の前で――少女はナイフを自らに突き刺した。

 

「――――ッッッ!?」

 

 漆黒の髪に遮られ、どこに刺したのかは見えない。だが刺した腕の高さからすればおそらくは首。鳴り響いたのは肉を裂く音ではなくガンと硬い物を打ちつける音だったが、赤黒い血しぶきがシャワーの如く噴き出した。

 月明かりに赤い飛沫が飛び散って、びしゃびしゃと床を濡らす音。むせかえるような血の臭い。悲鳴をかみ殺して後ずさったスノーホワイトは、足元に転がっていた鉄パイプを踏んでバランスを崩し尻もちをついてしまう。

 

「きゃっ……!?」

 

 思わず漏れてしまった小さな声。

 それに気づいたのか、少女の動きがぴたっと止まる。

 そして――

 

 ぎぎぎ……

 

 と、まるで壊れたからくり人形のような不気味な動きで、少女が振り向いた。

 可憐だが、一切の表情が抜け落ちたデスマスクめいた美貌。血の気の失せた病的な肌。黒い不思議の国のアリスを思わせるドレスは、だが赤黒く濡れて。その、細い首には……ひしゃげたナイフが突き刺さっていた。

 

「いやああああああああッッッ!!」

 

 恐怖に顔を歪め絶叫するスノーホワイト。そんな彼女を、血まみれの黒いアリスはじっと見下ろす。その紫の瞳は、驚きとそして歓喜に限界まで見開かれて、端から一筋の血を垂らした唇が――吊り上がった。

 

 

 

 

 

「やっど、みづげ…だぁ……」

 

 

 

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

 今聞こえたのは、小雪の声か……?

 困惑し、慌てて周りを見回すが、もちろんその姿は無い。目に映るのは僕の突然の行動に戸惑う魔法少女達の顔だけ。……気のせいか?

 

 ――たすけて……そうちゃん……ッ。

 

 ッ違う!? 気のせいなんかじゃない!

 

 ――嫌! 死にたくない!

 

 頭に直接響くような彼女の悲鳴。恐怖と絶望に染まったそれは、ただ事じゃない。

 

「スノーホワイト!」

 

 今すぐ行かなければとても悪い事が、なにか取り返しのつかない事が起こる。不吉な胸騒ぎと危機感を感じ、僕は外へと通じる扉へと向かおうとして

 

「逃げるつもり?」

 

 首元に突き付けられた、鋭い刃に止められた。

 返答次第では細首を掻き切らんとするスイムスイムが構える、ルーラの冷たい輝き。背筋が凍るのを感じながら、逸る硬い声で答える。

 

「っ……違う。スノーホワイトの所に行くんだ……っ」

「なんで?」

「お前も聞いたろ! スノーホワイトの悲鳴を!」

 

 焦燥感と苛立ち交じりの台詞に、だがスイムスイムは氷像めいた美貌に困惑を浮かべ、ピーキーエンジェルズも顔を見合わせ首を傾げる。

 

「え? そんな声した?」

「いや全然聞こえなかったし」

 

 たまもまたきょとんとして、僕以外の皆が一様に困惑していた。

 僕だけなのか? あの子の声が聞こえたのは……。

 

「そんな声なんて無かった。嘘をつかないでラ・ピュセル」

「嘘じゃない! 僕は確かに聴いたんだ。あの子の……スノーホワイトの悲鳴を!」

 

 嫌だと言っていた。死にたくないと叫んでいた。恐怖に震えて泣き出しそうな声で、たすけてと僕を呼んでいたんだ……ッ!

 

 焦燥。動揺。激情。荒ぶる想いを眼差しに込めて、突きつける刃よりも鋭いスイムスイムの瞳にぶつける。

 

 だから行かせてくれ。いや

 

「行かなくちゃいけないんだ! 僕があの子を守らな――」

「行かせない」

 

 ちゃきっ……と、ルーラが更に押し付けられて、僅かに切れた肌から流れた一筋の血が刃を濡らす。痛々しい光景に、たまがひっと悲鳴を漏らした。

 一気に張りつめる空気の中、対峙するスイムスイムは凍り付くような瞳で

 

「それがたとえ本当でも、行かせるわけにはいかない。ラ・ピュセルの答えを、まだ聞いていないから」

「――ッ!」

 

 スイムスイムを選べば、スノーホワイトを助けるどころか殺しに行かされる。

 でもスノーホワイトを選ぶなら、きっとここで殺される。

 どっちを選んでも、スノーホワイトは助けられない。だったら――

 

「後で必ず答えを出すから、頼む、今は行かせてくれ……ッ」

 

 絞り出すように訴えた、この状況で僕が出来る唯一の懇願は、

 

「――駄目」

 

 血に塗れた刃よりも鋭く無慈悲な声で、切り捨てられた。

 

 

 ◇スノーホワイト

 

 

 ひたひたと、血まみれの黒いアリスが近寄って来る。

 嬉しそうに、まるで想い焦がれた人をようやく見つけたかのような笑みで。

 ひしゃげたナイフの刺さった首からどくどくと血が溢れて黒いドレスを濡らし。一歩、二歩、三歩。赤い足跡を付けながら。怯えた瞳で床にへたり込むスノーホワイトの下に――来る。

 

「ひっ……!」

 

 ガチガチと歯を鳴らす唇から、漏れる悲鳴。

 逃げ出したいけど、出来ない。あまりの恐怖に腰が抜けて、足に力が全く入らないのだ。

 

「い、嫌……来ないでぇ……っ」

 

 震える声で懇願しても、黒いアリスは止まらない。

 

 ひた……ひた……

 

 嬉しそうに。

 

 ひた…ひた……

 

 血まみれで。

 

 ひた……ひた……ひたり

 

 スノーホワイトの目の前に――来た。

 目を見開きじいっと見下ろす紫の瞳が、恐怖に震える金の瞳を捉える。

 手を伸ばせば届く距離。黒いアリスの首から溢れる血の音すらも聞こえるほどの。

 ……もう駄目だ。逃げられない。助けてっ。助けて! 誰か――

 

「たすけて……そうちゃん……ッ」

 

 思わず呟くのは、愛しい、けど、もう自分の隣にはいない想い人の名前。

 女々しい。格好悪い。こんな自分だからそうちゃんに捨てられるのも無理はないな……。

 そう恐怖に呑まれながらも心の片隅で自嘲するスノーホワイトへと、黒いアリスがすう……っと右手を伸ばす。

 

「――ッ!?」

 

 いよいよかとギュッと目を閉じるスノーホワイト。ここで死んじゃうんだなと瞼の下の闇の中で絶望するも……何も起きない。

 戸惑いながらも恐る恐る瞼を開けると、黒いアリスの骨のように白い手が持つ――白い毛に覆われた《兎の足》を見た。

 

「ごれ……を……」

 

 喉が潰れているため聞き取りずらく、喋るたびに血が溢れる唇が紡いだ声には、だが敵意は無かった。

 

「え……?」

 

 その意外な態度に思わず少女の顔へと目を向けると、黒いアリスはスノーホワイトをまるで神に出会った敬虔な信者のような眼差しで見つめながら

 

「あな……たに……」

「私に……?」

 

 恐る恐る問いかけると、黒いアリスは頷くように首を前へと傾けて――ごとんと、その首が落ちた。

 赤黒い血管とぽっかりと空いた気道、そして骨の白までがグロテスクなまでに鮮やかな切断面から激しく血が噴き出し、一面に血の雨を降らせる。首を無くした黒いアリスが膝をつき血だまりに倒れ込むのを、スノーホワイトは何が起こったのかも理解できずに呆然と眺めていた。

 

「やあ、助けてしまった形になったデスね」

 

 倒れた黒いアリスの背後には、魔法仕掛けのロボットがいた。

 人ならざる白い金属の肌。薄暗い夜闇の中で爛々と光る赤いガラスの瞳。人間としてのぬくもりも、血の通った生物としての情も感じない。多くが奇妙な姿をした魔法少女の中でなお隔絶したその姿を、スノーホワイトは知っていた。

 

「これがどこの誰さんかはしりませんけど。チャットでは何度かお会いしたデスね」

 

 ――マジカロイド44。

 名深市の魔法少女の中でも特に掴み所の無い性格と異様な姿をした彼女は、返り血を浴びてへたり込むスノーホワイトに向かって右手を前に突き出し

 

「今日の秘密道具はとても使える物でよかったデス」

 

 それを振るうと、指の先から月の光を反射して極小の糸のようなものがキラキラと光り、スノーホワイトの頭上のコンクリ壁に五筋の切れ込みが入った。見えざる凶器の威力に、背筋が凍り付く。

 

「他の魔法少女を殺めるのは初めてデスが、案外あっさりと殺せるものデスね。簡単にあの殺人狂のテストをクリアできたのは良い事デスが、これではワタシ個人がしたかった性能テストにはならないデス」

 

 やれやれと肩をすくめるその姿は、たった今人一人を殺したとは思えないほど自然で、ゆえにおぞましい。

 そしてマジカロイドは、夕飯の買い物でついでにこれも買っちゃおうかなとでも言うような調子で

 

「運の良いことにラ・ピュセルはいないようですし、なら最初の予定通りアナタもやっちゃいましょう」

 

 その右手を振り上げた。

 襲いかかる死の気配。スノーホワイトは五筋の糸が己を惨殺する様を幻視する。

 死ぬ? 死ぬの、私? ここで、こんなところで、ひとりぼっちで……。

 

「嫌! 死にたくない!」

 

 嫌だ。いやだいやだいやだ!

 死ぬのは嫌だ。一人ぼっちは嫌だ!

 そうちゃん。たすけてそうちゃん!

 

「では、サヨナラ」

 

 眼前の少女の絶望など意にも介さず、マジカロイドは見えざる糸を振るおうとして

 

 

 ぐしゃ

 

 

 同時に響く、金属が打ち付けられる大きな音と、肉を突き破る生々しい音。マジカロイドは己の胸を見下ろし、そこから生える白い手を目にした。

 背後から何者かに腕で貫かれた。驚愕するガラスの瞳でそう理解した時、その身体は何者かに持ち上げられ、血溜まりに無造作に叩きつけられた。

 スノーホワイトはそれを成した者を、もはや驚き過ぎて呆然とした頭で見る。

 眼前に立つのは、首を失った黒いアリスだった。マジカロイドに殺され、首の無いまま殺し返した黒いアリスは、足元に転がった自らの頭を手に取り、首の切断面に合わせる。あまり聞きたくない類の音が響き、ほんの十秒にも満たぬ後に手を放すとその首は胴体にくっついていた。

 趣味の悪い手品めいたその光景にぽかんとしているスノーホワイトに、黒いアリスは問いかける。

 

「怪我は、ありませんか……?」

 

 はっと我に返るスノーホワイト。

 

「わたしを、助けてくれたの……?」

 

 ぎこちなく問い返すと、頷く黒いアリス。

 

「あ、ありがとう。でも、なんで……」

 

 その問いに、黒いアリスは暫し湧き上がる想いを堪えるかのように押し黙ったのち、

 

「わたしは、あなたに――」

 

 僅かに震える声で、そう、言おうとして――自らの胸から生えた、機械仕掛けの腕に止められた。

 

「――ッ!?」

「え……ッ!?」

 

 あり得ない事態に、二人は目を見開く。だって血に塗れたその手は、白い金属質の見間違えようの無い装甲は、たった今殺したはずの

 

 

 

 

 

「まったく、いきなりなにするんデスか」

 

 

 

 

 背後から、声がする。聞き覚えのある、甲高いがどこか無機質な声が。

 そして黒いアリスは、そのまま自分がしたように体を持ち上げられ、血だまりにたたきつけられた。そこに転がっていたはずの先客の姿はない。なぜならばそいつは、ついさっき黒いアリス自らが確かに殺したはずのそいつは

 

「お互いさまとはいえ。胸に大穴を開けてくれるなんて、以前のワタシでしたら死んでいたデスよ」

 

 胸に大穴を開けたまま、黒いアリスを殺し返し立っているのだから!

 

 常人ならば、否、魔法少女であっても生きている筈の無いその様に、スノーホワイトは恐怖する。

 

「な、なに……なんなの、あなたは……ッ!?」

 

 マジカロイドの魔法はたしか未来の便利な道具を使えるというものだった。

 だが、それは一日1つだけで、あの糸がそうだったのだろう。ならばこれは道具によるものではない。なら、一体何なのだ。目の前のコレは、何だ――ッ!

 

「では聞かれたのならば、あらためて名乗らせてもらうデス。ワタシはマジカロイド44改め――」

 

 マジカロイド44は、否、かつてそうだった者は――答えた。

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

 寒気がする。嫌な予感が止まらない。胸の鼓動はどんどん激しくなって、立ちつくす僕を急き立てる。

 スノーホワイトに危機が迫っている。恐怖に怯え死が迫っている。早く、速く、早く行かなくては。そう思うのに、目の前でスイムスイムがどんな壁よりも越え難く立ちはだかっている。

 焦り、だが何も出来ずにいる僕に、スイムスイムの赤紫の深淵が問う。

 ルーラの刃を、僕の首に添えながら

 

「私とスノーホワイト。どっちを選ぶのか――答えて。ラ・ピュセル」

 

 どう答えれば、スノーホワイトを救えるのか。

 こうしている間にも、スノーホワイトの身に危機が迫っている。

 死が、彼女を殺す最悪のナニかがいるというのに、この場を切り抜け彼女を救える答えを――僕は、思つけない……ッ。

 

 

 ◇マジカロイド■■■

 

 

 ――頼みというのは、ちょっとした実験ですよ。

 ――先輩の魔法は、『武器を強化する』というものデスよね。しかもそれは、本来は武器で無い物でも先輩が『武器と認識』していれば強化できると以前先輩は言ってました。

 ――そして先輩、こう考えてみてください。私は先輩の手駒、人ではなくただの『道具(ぶき)』デスと。

 ――ならば、人を人と思わない先輩がワタシを心からそう思ったのなら、このワタシも強化できるのではないデスか?

 

 それは一種の賭けだった。

 そして自分はその賭けに、勝った。

 いや、勝つと分かっていた。今日の秘密道具で手に入れた魔法は、そういうモノだったから。

 

 バキバキと、音を立てて胸の大穴が修復されていく。

 素晴らしい。なんと素晴らしい自己修復能力。そして身の内から溢れ出る無限にも思えるこの力。

 カラミティ・メアリの魔法によって、更なる高みへと昇った己はもはやかつてのマジカロイド44ではない。そう、ワタシこそは――

 

 

 

 

 

 

 

 

「――《マジカロイド555》デス」

 

 

 

 

 

 

 

 捻じ曲げられた運命が産み落とした最悪の奇跡の名が夜闇に響き、そしてこの激動の七日間――最後の戦い(クライマックス)の幕が、開いた。

 

 

 




おまけ『次回予告(地味にQUEENSまでのネタバレ有り)』

-open your eyes. for the next MAGIKAROIDO555!-

『ズイムズイムオンドゥルギッタンデスカー!』

ついにメンタルがぶっ壊れたラ・ピュセルの前に、スイムスイムが立ちはだかる!

『ルーラが言っていた。私は、お姫様の道を行き総てを司る魔法少女……』

出番がない事にイラつくアラフォーガンマン(でも中身は永遠の16歳)!。

『イライラするんだよ……』

謎が謎を呼ぶ展開に時系列を無視して二人の迷探偵が立ち上がる!

『私がしたかったのはこんな探偵じゃない!』
『なに言ってるっすかベルっち。さあいつまでもイジけてないで、息を合わせて決め台詞を言うっすよ。せーのっ――』
『『さあ、お前の罪を数えろ(っす)!』』

ついでに謎の転校生!

『プクの名はプク・プック。全ての魔法少女とお友達になる女だよ!』

鏡の中で暗躍する黒幕!

『戦えぽん……』

崩壊する平和。世界の危機とお金のために、戦えマジカロイド!

『ワタシには夢が無いデス……デスが、夢を壊すことはできる。――変身!』

お楽しみに!

『遊園地でワタシと握手!(もち有料デス)』


※実際の内容は作者の都合により予告なく変更する場合がございますのでご了承ください。




お読みいただきありがとうございます。
これでようやく血沸き肉飛び散るバトルが書けるぜヒャッハーと叫ぶ血に飢えた作者です。
いやーようやくここまで来た。ぶっちゃけ恋だの嬉し恥ずかしラキスケだのは全部の血の戦いを盛り上げるためのスパイスよくて前菜なのですよ。そして作者はついにこの最後の戦いまでたどり着いた。気分はロンドンに殴り込みかける少佐と愉快な仲間達。よろしいならば戦争だ。一心不乱の大戦争を!ジークハイル・ヴィクトーリア(←違う)!
という訳で次回からは、不意打ちさんが仕事しないまほいくにあるまじき戦闘シーンが続くので、原作の淡々とした描写を期待しているのならごめんなさい。魔法少女がド正面からぶつかり合うグッチャグチャバトルにします。それでもいいという方はどうぞついてきて来てください。楽しませられるよう作者頑張ります。

ちなみに今回出てきた555(読み方は『ファイブハンドレットフィフティーファイブ』ですよ。それ以外に読み方なんてありませんともええホント)は原作の『マジカロイド555アルティメットバースト』の下位互換というオリジナル設定です。メアリの強化魔法は機械専門のシャドウゲールとは違うのでこのレベルとなりました。
なお今回マジカロイドが手に入れた『魔法』は原作に登場するとある魔法少女の物です。それが誰かは……うんヒントばらまいてるからもう勘のいい人は気がついてるよね(苦笑)。ぶっちゃけ、ここまでの強引な展開もその魔法あってこそのものですよ。

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