魔法少女育成計画routeS&S~もしものそうちゃんルート~    作:どるふべるぐ

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この物語は基本作者の趣味とノリで出来ているけど、バトルでは特にそれが爆発するぽん。そうちゃんが主役だから原作のマジカル忍法帳ノリではなく少年漫画のノリでバトルをお送りするぽん。ある意味一番原作レイプなのがバトルシーンなので、原作遵守派の人は見ないでほしいぽん。それでもいいという読者様だけお楽しみくださいぽん。


朧月夜の魔法少女達(前編)

 私が最初に《夢》を見た時のことを、私は今でも覚えている。

 

「お姫様。きれい……」

 

 きっと大人になっても、おばあちゃんになって天国へ行くその瞬間にも、忘れない。

 

「おかあさん。私、お姫様になりたい」

 

 僕が最初に《夢》を見た時のことを、僕は今でも覚えている。

 

「魔法少女ってかっこいいなぁ……」

 

 きっと大人になっても、お爺さんになって寿命を迎えるその瞬間にも、忘れない。

 

「こゆき、ぼく大人になったら魔法少女になるよ。こゆきといっしょに、キューティーヒーラーみたいにふたりで魔法少女になろう」

 

 僕は忘れない。あの胸の高鳴りを。

 私は忘れない。あの湧き上がる興奮を。

 だからこそ――

 

 

「うん、わたしもそうちゃんといっしょに魔法少女をしたいよ。……でもね、そうちゃん――」

 

「そうね。綾名は可愛いから、きっと大人になったらお姫様みたいに素敵な女の子になれるわ。……でもね、綾名――」

 

 

 

 忘れられない。《夢》を見たその瞬間、それを打ち砕かれた絶望を。

 

 

 ◇岸辺颯太

 

 

 僕が初めてスイムスイムという魔法少女に出逢ったのは、僕が人助けのためにルーラ達の担当地区である門前町にやむを得ず入ってしまった時だった。

 当然の如く僕は見つかり、お叱りを受けた。そして目を吊り上げて僕を叱りつけるルーラの傍らで、彼女は静かに佇んでいたのだ。

 自らの縄張りを侵された怒りをあらわにする主とは対照的に、氷の彫像の如く佇むスイムスイム。その澄んだ赤紫の瞳には怒りも嫌悪も無い。ぼうっとして、凪いだ水面の様なそれで、ただじっとルーラを見つめていた。

 

 不思議な少女だと思った。

 何を考えているのか分からない。何を想うのかも知りえない。その水面の底にある心を、僕には決して覗かせない。

 くわえて大人びた容姿なのにどこか雰囲気が幼くて、女の艶やかさと幼女の無垢さが混在するかのようなアンバランスさが在る。

 そんな彼女から、僕は目を離せなかった。どうしようもなく、引きつけられたのだ。

 その不思議な眼差しに、浮世離れした佇まいに、そして何よりも彼女の豊満な――いや、やめよう。今は目の前の現実に集中するんだ。

 僕が二番目に印象に残ったその瞳でこちらを見詰めている、スイムスイムに。

 

 涼やかな夜風に吹かれて流れる雲が月にかかる朧月夜、王結寺の石畳の上で、魔法少女ラ・ピュセルに変身した僕とスイムスイムは距離を取り対峙していた。

 

『今夜は、私と組み手をして』

 

 数刻前、突然の命令に困惑する僕にスイムスイムはそう言った。

 

『組み手を? でも、君の魔法なら……』

『うん。私の『どんなものにでも潜れる』魔法なら誰にも負けない。けど、それで倒せるわけでもない』

『……たしかに。防御としては最強だけど、直接的な攻撃力は無いな』

『敵を倒すには私自身の力が必要。だから、私はもっと経験を積んで鍛えなくちゃいけない。確実に攻撃を当てて、絶対に倒せるように』

 

 その静かな瞳に、だが今度は明確な意志の色を宿して。

 

『――そのためにラ・ピュセル、私の特訓相手になって』

 

 かくして今、僕はスイムスイムに向かい合っている。

 強者を前にする緊張を感じながら。肌が粟立つ、その殺気を浴びて。

 スイムスイムの総身からじわりと立ち昇るそれは、僕が今まで浴びてきたそのどれとも異なる殺気だ。クラムベリーが全てを蹂躙する荒れ狂う嵐ならば、スイムスイムは底無し沼。荒れず暴れず、ただ相手を静かに呑み込み、沈めて殺す底の無い深淵。

 

 初めて戦った時はただ無我夢中だったから気付かなかった。けど、今ならわかる。

 こいつは異質だ。具体的に何がとは言えないけど、僕がこれまで出会ってきたどのタイプとも異なる、何かが決定的に『外れた』存在だ。

 そんな彼女は、緊張を孕む眼差しを向ける僕に対して、常と変わらぬ茫洋として捉え所の無い瞳のままその唇を開いた。

 敵と対峙する緊張も、戦いへの高揚も無く、ただただ淡々と

 

「今夜の特訓は実戦形式でやる。けど、私は武器を使わない」

 

 不可解なその言葉に、僕は思わず少し離れた場所で遠巻きに見物している三人に目をやる。

 そわそわと心配そうに僕を見詰るたま。大してニヤニヤと気楽に笑い合いながら見物しているユナエルと、そしてミナエル。

『生き物以外の好きなものに変身できる』ミナエルならば、複雑な造りの銃器は無理でもシンプルな刀剣くらいになら変身できるだろう。固有アイテムの無いスイムスイムもそれを装備すれば、僕と斬り合えるだろうに。

 

「それは構わないけど……いいのか?」

 

 その真意が読めず問いかけると、スイムスイムは

 

「間違って殺したら大変だから」

「――ッ!?」

 

 あっけらかんと、言った。無造作に、嘲りも侮りも無く、ただ当然の事実を言っただけという……口調で…ッ。

 

「でも、ラ・ピュセルは剣を使っていい。どのみち、私を傷つける事は出来ないから」

 

 カチンと、頭の中で音が鳴った。

 体の奥がふつふつと煮え滾っていく。

 クラムベリーとの戦いで僕は自分の力の無さを知った。だからこそ、戦いにおいては決して冷静さを失ってはならないと思う。思っている。……けど、これは駄目だ。ここまで言われてハイそうですかと従えるほど、僕は大人じゃない。

 

「……いいや。私も素手でやらせてもらおう」

「いいの?」

 

 小さく首をかしげるスイムスイムに、言ってやる。

 プライドを傷つけられた怒りと、

 

「私は騎士だ。実戦ならばいざ知らず、丸腰の相手に剣を向ける気はない。それに――」

 

 僕を見くびった、その事を必ず後悔させてやるという、意思を込めて。

 

「私もまた、勝てないまでも負けるつもりはないからな」

 

 対峙するスイムスイムを力を込めた眼差しで見据え、堂々と言った僕を、スイムスイムはやはり茫洋とした瞳でしばし眺めていた。

 やがてその淡い唇が、開く。

 

「わかった。じゃあ……」

 

 空気が、変わる。

 引き絞られた弓の如く張り詰め、刃の如く鋭く肌を突き刺すように。

 静かに、だが確かに高まる緊張感。それを感じながら、僕は精神を研ぎ澄ませ、全ての神経を目の前の敵に集中させる。目で耳で肌でその全ての動きを感じ取るべく。拳を握り腰を落とす、片足を引き、身体は僅かに前傾姿勢に。そして地を踏みしめる足に力を込めて、開戦の時を待つ。

 

 対するスイムスイムは、何もしない。

 変わらぬ表情。薄い月明かりの中で白く佇むその肢体に緊張は無く、たおやかな細腕はだらりと下がり、いかなる構えもとっていない。どこまでも自然体で、今まさに戦いに臨む者とは思えないほどに冷たく、静かだ。だが、その瞳は確かに僕を捉えていた。ぼうとして感情の読めぬそれが、水底から獲物を狙う鮫の如く僕を捉えて逃さない。それはまさしく、狩人の瞳だった。

 僕とスイムスイム、二人の身体から人を超えた魔法少女の闘気が溢れ、この場に満ちていく。

 嵐の前を思わせる静寂の中、唯一響くは見守るたまが緊張に耐えかね固唾を飲む音。

 空気が変わる――戦いの空気へと。

 そして彼女の唇が――今夜の戦い、僕とスイムスイムの二度目の対決の始まりを告げた。

 

 

 

「――やろう。ラ・ピュセル」

 

 

 

 瞬間、僕は全ての力を前に出した軸足に込め――地を蹴った。

 踏み込んだ足裏が地面を砕き、この身は一陣の風となる。

 加速する風景。大気を貫き一蹴りでスイムスイムの懐に入った僕は、その胴体目掛け拳を放った。

 確かに、物理攻撃しかできない僕はスイムスイムの魔法能力である物質透過の前で無力だ。だったら――その魔法を発動する前に、反応できない速攻の一撃を叩き込む!

 そして放った渾身の拳は――狙い違わずスイムスイムの鳩尾にめり込んだ。

 

 水飛沫を散らし、何の手ごたえも無く。

 

「くそっ……!」

 

 それは、僕の拳が透過された証。

 スイムスイムの意識の外からの奇襲、必中を狙った一撃を魔法で無効化されたと悟った瞬間、僕は怖気を感じて咄嗟に顔を逸らせた。

 刹那、スイムスイムが放った右手の一撃が僕の鼻先を掠める。シュッ、と大気を裂いて数本の前髪を宙に散らせたそれは、指を軽く曲げた掌――掌底だ。

 それを間一髪で避けた僕の眼前でスイムスイムがくびれた腰を捻り、白いスクール水着を押し上げる豊満な胸を揺らしながら今度は左の掌底を放った。頭部を狙うそれを再び避けるも、完全には避けきれず右耳を僅かに掠める。

 

「……ッ!」

 

 耳に走る鈍い痛み。

 小さく眉を顰めるも、悪態をつく暇などありはしない。

 今まさにスイムスイムが腰だめに構えた右の掌底。それが狙うは――僕の顎先か!

 僕は全力で地を蹴り背後へと飛び退いて、下から打ち上げる様な三撃目を回避した。

 

「ハァ……ハァ……ッ」

 

 おそらく時間的には僕の初撃から三秒にも満たない攻防。

 だが、スイムスイムの間合いの外に着地し、強引なバックステップで崩れかけた体勢を整える僕の心臓はバクバクと震え、額からは一筋の冷たい汗が流れている。

 ……危なかった。あと一瞬でも遅れていれば、僕はまともに顎を打ち抜かれて下手をすれば意識を失っていたかもしれない。――いや、あのスピードと正確さならきっとそうなっていただろう。

 初戦は結果的には互いに有効打が無く終わったものの、僕かスイムスイムのいずれかが倒れてもおかしく無い内容だった。

 強敵への畏怖の念を込めて、改めてスイムスイムを見る。

 

「表情こそぼんやりしていても、やはり魔法少女という訳か……」

 

 腐っても一つのチームを率いるリーダー。甘く見ていたわけではない。だけど、ここまでやるとは思わなかった。

 

「まさか、私の策を見破っていたとはな」

 

 おそらく、開始前からあらかじめ物質透過の魔法を発動していたのだろう。

 僕はまんまとそれに乗せられ、返り討ちにされかけたわけか。

 自分の不甲斐無さに、苦い溜息が漏れる――前に、きょとんと首を傾げたスイムスイムの一言が開きかけた唇を凍り付かせた。

 

「違う。ラ・ピュセルの策なんて読んでない」

 

 何を……言っているのか、分からなかった……。

 

「目の前にいきなりラ・ピュセルが飛び込んで来たから咄嗟に魔法を使っただけ。あと少しでも遅れていたらやられてた」

 

「びっくりした」と語りながらも、息切れどころか汗一つ流さず悠然と立つスイムスイムの言葉に、背筋に冷たい戦慄が走る。

 

「なん……だと……」

 

 それが真実だとすれば、策を見破っていたなんて生易しいものなんかじゃない。

 予想などしていなかった。罠すらも張っていなかった。なのにこいつは、この今も己が成した事の異常性に何ら気付いていない魔法少女は――完全に予想外の攻撃を、ゼロコンマ以下で完璧に対応しきったというのか!?

 

 何だそれは。つまり見てから対応したと? それこそ冗談じゃない。

 魔法を使うのにも精神の集中が必要だ。それを僕の拳が当たるまでのゼロコンマ以下の時間で、奇襲の認識と状況判断そして魔法発動をほぼ同時に行うなど、どんな反射神経と思考速度をもっていればそんな事が出来るというんだ!?

 

「馬鹿な……ッ」

 

 目の前で起こったはずの現実が信じられない。いや、信じたくない。

 愕然とする僕に、スイムスイムは

 

「馬鹿じゃない。馬鹿と言う方が馬鹿」

 

 グラマラスなその外見には不釣り合いな、まるで小学生のような台詞を言ってから、

 

「……来ないの?」

 

 そう、落ち着いてはいるがどこかあどけない声音で問いかけてきた。

 まるで、遊び相手を待つ子供の様なその瞳に、僕は――答えられなかった。

 開こうとしても唇が強張り、舌は言葉を紡ぐことなく動きを止める。

 躊躇ってしまったのだ。だって、もし答えてしまったら……動くかもしれないから。

 この状況が。嵐の中でふと訪れた凪のような、この束の間の静寂が終わって、

 

「分かった。じゃあ――」

 

 来る。無敵の魔法を操る彼女を打倒しうる唯一の突破口《魔法発動前の速攻撃破》が破られた僕に、今度は奴が――自ら動く。

 

「今度は、私から征く。ラ・ピュセル」

 

 スイムスイムが、静かな足取りで──歩き出した。

 何の迷いも無く真っ直ぐ僕へと迫るその様は、まるで鮫だ。スイムスイムは深き水底から迫り獲物に喰らいつく鮫の如く、僕の間合いに入りそして――再びの掌底を放った。

 

「――ッ!?」

 

 速い!?

 顔面を狙うその一撃は先ほどの三連撃よりも明らかに速く、そして正確。

 瞠目しつつ顔を逸らして躱すも、爪が当たり右頬に一筋の傷を受ける。

 

「くっ……!」

 

 鋭い痛みに顔をしかめるも、すぐさま続く左の掌底が襲いかかった。狙いはやはり同じ頭部、だがその速度は――さらに上がっているだと!?

 そこから始まるは流れるような連撃。爪が掠め千切れた髪が舞う。更なる三撃目が左頬を擦り、間髪入れぬ四撃目はもはや避けられず掲げた腕で受けた。

 腕の肉を掌底が打つ音が響き、骨の芯まで震える衝撃が走る。

 だが幸いにも腕力自体はそれ程無いらしく、ガードが崩されることは無かった。しかし僕の心中に安堵は無く、むしろ冷たい恐怖が徐々に侵食していく。

 

 何だこれは。何なんだこれは。この戦いでスイムスイムが最初に放った一撃は大振りで隙が多い素人らしいものだった。だからこそ避ける事が出来た。

 だが今は違う。スイムスイムが繰り出すのは速くかつ精確な連打。一撃ごとにその速度は上がり、正確さが増していく。より精密に、より剣呑に。時が経つごとに隙が消え、躊躇いなど元から無く、粗削りな暴力が研ぎ澄まされた殺人技術となっていくのだ。

 

 なんだ、これ。何なんだコイツは……ッ。

 それはクラムベリーの様な完成した強者とは異なる、未熟な素人から恐るべき速度で成長していく敵。

 今まで戦ったどのタイプとも異なる全く未知の存在に慄く僕の瞳を、スイムスイムの瞳が静かに貫く。決して逃がさぬと狙い定めて。クラムベリーの血に飢えた獣のそれとは異なる――冷徹なる殺人機械の瞳が。

 

「う…ッ…うわあああああああ!!」

 

 叫び、僕は拳を放った。

 狙いなどあったものではない。ただ不気味で、恐ろしくて、お化けに怯えて泣きわめく子供の様に無我夢中で殴りかかっていた。

 そうして繰り出した拳は、だがやはり魔法によって透過され、虚しく水飛沫だけを散らして終る。

 結果、生まれた隙をスイムスイムは逃さない。

 鋭い掌底がガードする間もなく、僕の顔面を直撃した。

 鼻が潰れ、脳が揺れる衝撃。掌の最も硬い部分で強打されたことによる痛みと、なによりも衝撃で視界が白熱する。

 まるでサッカーの試合でボールを頭に受けた時のようだ。痛みよりも衝撃の方が強く、ぐらりと視界が揺れる。そのまま全身から力が抜け、崩れ落ちる様に膝をついてしまった。

 鼻が熱い。焼けるように痛む。思わず顔にやった僕の掌は、赤黒く染まっていた。

 

「ぁ……」

 

 霞む視界が、赤くなっていく。ぼたぼたと赤い雫が、僕の顏から……滴り落ちて……

 

「ぅあ……ああ……ッ」

 

 

 

 

 ――より強い者をこの手で殺したいだけなんですよ。

 

 

 

 

「ひ……ッ!?」

 

 ドクンと、絶叫するように心臓が鳴った。

 

 ――や……やだ……。

 ――おやおや。もう降参ですか?

 

 記憶の底から、赤い恐怖が蘇る。

 決して思い出さぬように押し込め、奥底に封じてきたはずのものが、癒えぬ傷痕からどくどくと血のように溢れて止まらない。

 身体が震える。歯がガチガチと怯えを鳴らす。

 刻まれた痛みが、拭えぬ恐怖が、フラッシュバックして僕の戦意も闘志も何もかもを呑み込んでいく。

 

「立って。ラ・ピュセル」

 

 震える僕を、スイムスイムは悠然と見下ろしていた。

 どうしようもなく震え、膝をつき恐怖に呑まれた僕を、蔑むでも嘲るでもなく、ただその無慈悲な瞳で――促す。

 

「もっとしよう」

 

 立って戦えと。もっと抗い足掻き糧となれと。

 

「ゃ……だ……」

 

 怖い。怖いよ。

 何をしても魔法で無効化される。絶対に傷つけられない。どんなに力を振り絞ってもどんなに策を練っても成す術も無く捻じ伏せられて、どうしたって勝てない。勝てるはずがないんだ……ッ!

 

「立てないの?」

 

 問いかけられても、もう答える事すらできはしない。

 戦意も闘志も恐怖に呑まれ潰えてしまった僕には、ただただ震える瞳でスイムスイムを見上げる事しか

 

「………そう。なら、もう『いらない』」

 

 スイムスイムの眼差しが、すうっと変わった。

 もとより温度を感じさせぬ水面が凍えて。冷たく氷りつく。何の価値もない塵芥を見るようなその瞳が湛えるものは――失望だ。

 

「あなたが欲しかった。けど――強くない騎士なら、必要ない」

 

 その瞳を、僕は知っていた。

 だってそれはあの血塗られた夜に向けられた、あいつの瞳と同じ――

 

 ――あなたには幻滅しました。死んでください。

 

 涙がにじむ視界の中、朧月を背に白い死神の如く佇むスイムスイムに、あいつの姿が重なる。あの恐ろしい──森の音楽家クラムベリーの姿が。

 

「来ない……でぇ……」

 

 もう戦う事なんて考えられなかった。ただ恐くて、目の前の恐怖からから逃れたくて、無力に怯える子供のように、僕は後退ろうと――

 

 

 

「ラ・ピュセルーーーーー!」

 

 

 

 声が、聞こえた。

 僕の名を叫ぶ、精一杯に張り上げた声が。

 呆然と振り向いた視界に、僕を見詰めるたまの姿が映った。

 

 

 ◇たま

 

 

 ラ・ピュセルは強い人だと、そう思っていた。

 いつでも凛々しくて、強い魔法と力があって、でもけして威張らず優しくしてくれる。その綺麗だけど力強い手で頭を撫でてもらうだけで幸せな気分になって、心がぽかぽかする。

 強くて綺麗で、誰よりも優しい―――たまの憧れの人だ。

 クラムベリーやスイムスイムといった強敵達にも正面から立ち向かい、たとえ負けたのだとしてもその恐怖と絶望を克服して立ち直った、どんな敵もどんな苦難も恐れぬヒーローなのだと、そう思っていた。

 でも――

 

「ゃ……だ……」

 

 それは、間違いだった。

 確かにラ・ピュセルは強い人だ。でも、アニメや映画に出てくるような何も怖がらないヒーローじゃない。

 ちゃんと『弱さ』もあったんだ。痛いのが嫌で死ぬのが怖くて、怯えて涙を流すような――自分と同じ普通の子供なんだ。

 怖くなかった訳じゃない。恐怖も絶望も無力感も、克服しきってなんかなかったんだ。ただその全てを抱えながら、歯を食いしばって必死に戦っていたんだ!

 

「来ない……でぇ……」

 

 そんなラ・ピュセルが今、たまの目の前でその『弱さ』を曝している。

 無敵の魔法を持つスイムスイムを前に、もはや立ち上がる事すらできず膝をついて、無力で幼い少女のように涙を流しながら震えている。怯えている。恐怖に呑まれてしまっている。

 必死に保ってきた心が、耐えていた恐怖と抑え込んできたトラウマに折られ押し潰されようとしている。

 そんなの、嫌だ。あの優しくてあったかい彼に……そんな顔をしてほしくない!

 だから、気が付けば唇を開いていた。か弱くて華奢なその身体に詰まった彼への想い全てを込めるように、叫んでいた。

 

「ラ・ピュセルーーーー!」

 

 亜麻色の髪を揺らしラ・ピュセルが振り向く。

 恐怖に染まり怯えるその瞳に、たまの胸がぎゅっと痛んだ。

 やめて。泣かないで。怖がらないで。お願いだからそんな顔をしないで。

 元気をあげたい。その涙を拭いたい。笑顔にしてあげたい。

 

 ――あなたが私に、してくれたように。

 

 だから伝えよう。私は頭が良くないから難しいことは言えないけど、それでも精一杯の想いを込めて。

 

 

 

「 が ん ば っ て !」

 

 

 

 少女の声は、夜の闇の中で真っ直ぐにラ・ピュセルへと向かっていった。

 

 

 ◇ラ・ピュセル

 

 

 たまの叫びは、僕の耳にしっかりと届いた。

 たまは目を潤ませ真っ直ぐに僕を見詰めて、小さな唇でありったけの声を張り上げていた。

『頑張って』と。たったそれだけの言葉にとてつもない想いを込めて。たまが、臆病で気が弱いけど誰よりも自分の『弱さ』と戦ってきた少女が、僕のために――

 

「うおおおおおおおおおおおッッッ!」

 

 腹の底から湧き上がる激情が、咆哮となって口から溢れ出た。

 そして僕は音が鳴る程に拳を握り、自らの顔面に叩き込んだ。

 轟く爆発のような衝撃音。大気が震え、座る地面すらも僅かに陥没する衝撃と痛みが僕の顔面で炸裂する。鼻がひしゃげ再び噴き出した赤黒い血が拳を赤く染めた。

 死ぬほど痛い。だが、これでいい。……いや、こんなものではまだ足りないぐらいだ。

 

「どう……したの…?」

 

 突然自らを殴りつけた僕に、スイムスイムは僅かに目を見開いた。いつもは無感情なその瞳も戸惑いと驚きの色を浮かべている。

 彼女の目にはよっぽど突拍子もない行動に映ったのかも知れないが、なんてことはない。

 ただよりにもよって、一人で恐怖に耐えて戦いそれに打ち克った女の子の前で、恥知らずにも恐怖に屈しようとしていたヘタレ野郎をぶん殴っただけだ。

 

「………すまない。たま。スイムスイム。情けない姿を見せてしまった」

 

 だから、もうこれ以上そんな姿は見せないよ。たま、君に恥じないように。こんな僕に憧れてくれた君を、二度と裏切らないために。

 すっと瞼を閉じ、恐怖と怯えに支配されかけた精神を……ゆっくり……鎮め……研ぎ澄ませた後、静かに開く。そして僕は腕で鼻血を拭い、カチカチと鳴ろうとする歯を噛みしめ、今だ震える足に力を込めて立ち上がった。

 

「ここからは、もう逃げない」

「……ほんとうに?」

「ああ。本当だ」

 

 どんなに恐ろしい敵を前にしても、どれほどの痛みに苛まれようと、たとえ絶望の中で倒れても、歯を食いしばって立ち上がり戦うのが――魔法少女だから。

 ゆえに僕はしかと大地を踏みしめ、見守るたまに、そして眼前に立つスイムスイムと――僕がいつか立ち向かうべき恐怖(あいつ)へと、誓う。

 

 

 

「私はもう、『恐怖(おまえたち)』から逃げない」

 

 

 

 一度は失った戦意を蘇らせ、そして今だ心を支配しようとする恐怖を抑えつけながらぶつけた眼差しを、スイムスイムは赤紫の瞳で静かに受け止め、そして

 

「うん……よかった。じゃあ――」

 

 すっと、その手を再び掌底に構える。

 

「ああ。仕切り直しといこうか」

 

 ぎゅっと、僕もまた拳を握り

 

「――やるぞ。スイムスイム」

 

 その言葉を合図に、僕らは同時に動く。

 あらん限りの力を込めて、己が出せる全速を以て、互いの瞳をしかと見詰めながら――二人の魔法少女の拳と掌底が、放たれた。

 

 

◇◇◇

 

 

そんな彼の姿を、『彼女』はその美貌に美しくもおぞましい笑みを湛えて見詰めていた。

人を超えた感覚を持つ魔法少女達の誰にも気付かれる事無く、夜風にそよぐ木々の枝の一つに優雅に腰かけて。

教え子の成長を見守る教師のように微笑ましく、だが情の深い妖婦のように狂おしい熱を宿した赤い瞳で彼を見る。

そして、その誓いの言葉を聞いた時、

 

「それは嬉しいですね……。でも──」

 

血に染まったかのような赤い唇が、愉し気に歪んだ。

 

「私はもとより貴方を逃がす気なんて無いのですよ。――颯太さん」

 

歌うように紡がれた呟きが、夜の闇に流れた。

 




お読みいただきありがとうございます。
フレイム・フレイミィとプリンセス・フレイミィとの関係が気になる作者です。まさかフレイミィの正体は美少女じゃあるまいな……。

あさて、今回は久々のバトルですが、書いてくうちに文字数が多くなったので前後編に分割することにしました。なので次でしっかり決着しますよ。投稿は水曜日の夜あたりになると思うのでそれまでお待ちください。

おまけ

『スイムちゃんなんで掌底なのん?』

例のお正月のある日、綾名ちゃんからお姫様について意見の合わなかったクラスメイトをポッコボコにした事を聞いた三条さんちの合歓さんがこう言いました。

「喧嘩は駄目だよ~。いい? 殴られた人は痛いけど殴った人の手も痛いんだよってこの前テレビで言ってたよ~」

その言葉に衝撃を受けた綾名ちゃん。
何を隠そう、実はクラスメイトをボコッたはいいものの指を痛めてしまって大変な思いをしたのだ。
だからこそ合歓の言葉は衝撃的で、かつ思いつきもしなかったコロンブスの卵だった。

「そっか……だったら手が痛くならないように殴ればいいんだ」

かくして綾名ちゃんは手をあまり傷めない掌底に目覚めたのでした。めでたしめでたし。

……本当の理由は作者の掌底使いは腹黒キャラというイメージからです。あとステータス的に破壊力2とかで普通に拳でパンチしてもダメージなんか碌に与えられないだろうから、当たり方次第では一撃KO狙える衝撃力重視の掌底のがまだ使えるからね。




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