生き残った少年
『桐ヶ谷直葉』は悩んでいた。
「―――なあ、ちょっとやってみないか?」
まだ日が昇って間もない肌寒い真冬、広々としたのどかな自宅の軒下。もはや習慣となっている素振りの稽古の最中に、兄『桐ヶ谷和人』から突然の提案をされた。なかなかに重いはずの真竹の竹刀を手に取りながら、何かを確かめるように。
「やるって……、試合を?」
「おう」
当然とばかりに頷かれた。
当惑してしまうもそれは、直葉にとって嬉しい提案でもあった。
兄の背を追って始めた剣道だが、その兄は自分が剣を握るとすぐにやめてしまった。そして、コンピューターを溺愛し始めた。
母親の指南を仰ぎながらその道にのめり込み続けると、いつの間にか彼の話す言葉が異国語のように聴こえてくるようになった。学校の授業で習うような知識だけじゃなく、専門性まで帯びているのは素人目でもわかった。その後をついていこうにも、チンプンカンプン過ぎて分からない、楽しさもイマイチわからない。何より、自分の目と耳と手で触れられない相手と楽しく遊ぶというネットワークゲームなど、直葉には理解できなかった。
その穴を埋めるかのように剣道に打ち込み続けること今まで、全国中学ベスト8にまで上り詰めた。本当はもうワンランク上は取れていたが、足の皮がズル剥けてしまったのが痛かった。毎日の鍛錬の賜物だったが、そのときは不運でしかなかった。痛みと血をどうにも無視することができず、気を取られて一本取られた。
日本全国の中学生女子の中で、8本の指に入る強者、今後はさらに頂点を目指すつもりでもある。でも、そうであればあるほど兄との差は広がるばかり。同じ屋根の下一緒にご飯を食べてもそれは埋まらない、広がっていることを常に確かめさせられているかのような疎外感があった。
このままじゃいけない……。そう思って、今度剣道の試合を見に来てくれないかと言ってみた。
大事な試合だった。相手は強豪校の難敵、自分のその時の実力では勝てるかどうかわからない、分が悪いとも思っていた相手だった。だから、兄に来て欲しかった。いつも来てくれない彼が応援に来てくれたのなら、勝てるかも知れない。気持ちの問題でしかないけど、勝負の最後は大概ソレの多寡で決まる。……そのことを機に、もう一度仲良くしたいと思っていた。
そんな矢先、あのデス・ゲームが引き起こされた。
「別にいいけど……、体の方は大丈夫なの? 無茶しないほうがいいんじゃ……」
心配そうに兄を見た。
そこにいた彼には、改めて見ても驚く程、3ヶ月ほど前の衰弱はなかった。健康そのものであって衰弱の色は微塵もない、眠っていた前よりも良くなっているのではないかと思う。……不思議だ。
ただそれでも、今の自分と比べると一回りは小さい。ずっと剣道で鍛えてきた自分とは違って、死の淵から生還して回復したばかりの兄、そうなっているのは当たり前だ。
体つきを無視すれば男の子のようにも見られてしまう自分。そんな自分とは違って、中性的で線の細い顔つきの兄。幼い頃、自分は弟と呼ばれ兄は姉と呼ばれた、今の自分はちゃんと妹しているが兄の方はまだ姉で通せてしまえる。2か月前まで病室で眠っているその姿は、まさに眠り姫とでも呼べるようなものだったから。儚い/美しい/綺麗という形容詞が似合う姿だった。
今はその状態から抜け出して男性的なものを取り戻してはいるものの、服装を変えて遠目から見れば女の子のように見えてしまうことだろう。髪を伸ばしたらクールな美少女間違いなしだ。逆に自分の方は、男の子のように見えてしまうことも……。ないと思いたい。
「ふふん。毎日ジムでリハビリしまくってる成果、見せてやるさ」
にやっとイタズラっ子のように笑うと、そのまま奥の道場へと歩いて行った。
心配はしているものの、嬉しさを隠せなかった。その提案に頬が緩むのは抑えられなかった。こんな時をずっと待ち望んでいた。どんな理由であれ、また剣をとってくれたことには心躍るものがある。……負けるつもりはサラサラなかったけど。
慌ててその後について行った。
無駄に広い桐ヶ谷家の母屋、その奥にあるのは祖父が残した小さな道場。
遺言で壊さずに今まで残していた道場は、鍛錬の際には使わせてもらっている場所でもある。直葉だけで使っていた。……兄が断念してしまったので。
小さいとはいえ、道場である以上かなりの広さがある。でもここは、いつも綺麗で掃除が行き届いている。埃一つないほど、ではないが、麗らかな昼下がりでは大の字でスヤスヤと寝そべられるほどには綺麗だ。汗まみれの臭さもなく檜のいい香りがほんのりとする。祖父の言いつけ通り、毎朝の鍛錬の前に私が掃除しているからだ。
神棚のホコリを落とし窓を水ぶきで拭き床をモップで磨く、そして防具や竹刀・木刀を掃除した。はじめこそブゥたれながらやってきたが、もはや習慣となってしまったがために苦にはならない。病気で寝込んでしまった時以外は、雨の日も風の日も台風の日も試験間近の日も必ず掃除してきた。祖父が言ったように、心身が清らかになるのかどうかはまだわからないが、気分が晴れやかになるのは確かだ。掃除が終わると心が落ち着く、日常とは違う場所に来たことが肌でわかる。でもそれは、嫌だったり緊張させるものではなかった。
そんな神聖な道場に入る際には、軽く一礼してしまう。気負うことなく習慣として。自分に倣うわけではなく、兄もまた自然とそうしていた。
壁に立ておいていた道着と防具を取ると、身につけ始めた。兄が使うモノは祖父が残していたものだが、現在の兄の背丈と過去の祖父のものはそう変わらないものになっていた。ので支障はない、私のもの貸さなくても良くなった……。
いらぬ妄想を頭の中から振り払うと、自前の防具を身につけていた。
互いに準備が整えられると、中央で竹刀を構えた。
直葉の方はぴたりと中段に、だけど兄の方は……奇妙な構えを向けてきた。下段の構えにも似ているが少し、いやかなり風変わりな構えだった。
左足を前に出して折り曲げ前かがみになり、深く腰を落とす。右手一本で支えられている竹刀は、後ろにおいてその剣身と鋒を見えなくさせていた。そして残った左手は、ブランとそのまま体の前に添えていた。
一見すると、歌舞伎役者が見栄を切る時のポーズに似ている。
「……それなぁに、お兄ちゃん。審判がいたらめちゃくちゃ怒られるよ~」
「いいんだよ。俺流剣術だ」
小馬鹿にしながら煽ってみるも、気にせずそのままの構えを続けた。
ヤレヤレとの心境のもと構え直して対峙した。―――すると奇妙なことに、隙が見当たらないことに気づいた。
訝しりながらも、ジリジリと間合いを詰める、プレッシャーをかけて揺さぶってもみた。
それでも、兄に揺らぎは見いだせない。泰然と、こちらの出方を冷静に見つめているだけ。腰がしっかりと座っている、重心が絶妙は具合で落とされていた。
(あれ? なんだか妙に……、様になってる?)
目の前にいるのは、基本は知ってはいるものの素人同然。おまけに、3か月前までずっと眠り続けていた病人。そのはずだったが……、歴戦の直葉にも負けないほどの落ち着きがあった。いや、もしかするとそれ以上だ。まるで、生まれてからこの方剣一つで生き抜いてきたと言わんばかりの落ち着き様、達人と対峙しているかのような巨大で重厚な気が立ち上っている。
侮りは一瞬で消えた/消さざるを得なかった。今まで培ってきた戦いの直感が、目の前の相手が対等以上の敵であると告げていた。
そんな兄の豹変に訝しんでいると、不用意にも間合いに入りすぎてしまった/引き寄せられた。プレッシャーをかけるだけの前足が、少しばかり前に出しすぎた。足が伸びて急には動けない、体が居着く。
(しまった―――)
そう思うまもなく、その隙を一気に攻めてきた。
貯めや予備動作がほとんど見えなかった。床を滑るような踏み込みともに、ブゥンと唸りをあげながらの鋭い面の一撃が繰り出された。
重さと鋭さを両立させた一撃。それを目で確認するより先に、反射で身を躱していた。
目の前に竹刀が通り過ぎるのを、冷や汗を流しながら見送った。防ぐ間もない鋭い一撃、素人が放てる面では絶対になかった。……ギリギリだった。
ぞわりと、体中に緊張が走り抜けた。
「くっ……、てやぁぁっ!!」
息を呑む暇もなく、反撃の面を繰り出した。
手加減など考えられなかった。すでに初撃で、ビビらされた/心理的な主導権を取られていた。平衡を保つためにも、取り戻さなくてはならない。
だが―――避けられた。紙一重ではあったが危なげなく、剣撃の外へ一歩離れた。まるで、こちらの反撃を予想していたかのようだった。私の面は空を切った。
そして、追撃の銅の横薙ぎ。ソレが横切る前には、すでに間合いの外に退避していた。
また間合いの読み合いに入る……のが定番だが、先ほどの衝撃が抜けていなかった。混乱が収まらない、背筋からの震えを止められない。
それを振り切らんと、強引にも攻勢に移った。得意の小手胴を放って、どんな相手であっても勝利をもぎってきた技をもって、勝負を決めに行った―――
だけど……、それも躱された。完全に見切られてた。
(……うそ。小手胴をよけられた!)
防がれるということはあっても、躱されるというのはありえなかった。ましてや、見切られるなど……。
そうされないために日々、練習を重ねてきた。これを繰り出すスピードを鍛えてきた。学校や市内では、防がれることもなかった。先生や師範相手でも時々一本取れるほどの必殺技だった。だから、初心者ごときには、防ぐことすら不可能な一撃だったはず。
しかし小手胴は、虚しく空を切っていた。道着を掠めもしない。
再び間合いの取り合い。首筋の産毛が逆立ちつづける。これからどうすればいいのか、わからない……。
その時、気づいた/気づかされた。兄はなぜ反撃してこなかったのか? 先の私はあまりにも考えなし/無防備だった、面を打たれたらよけられなかったかもしれない。それなのに―――生かされている。対峙
更なる衝撃、顔から血の気が引いた。侮っていたしっぺ返しを食らった。恥辱感を越えて戦慄させられた。
目の前の相手は、今までにない難敵である。そのことを認めた。……信じきれないが、認めるしかない。
へその下あたり、丹田にぐっと力を込めなおす。固くなっていた柄の握りを最適な掴みに整えて、手首を柔らかくする。そしてキッと、視線を鋭く研ぎ澄ます。……意識を完全に本気モードにかえた。
もはやプライド云々など、言ってられなくなった。そんなものを背負いながら、勝てる相手ではない。
全てを整えると、踏み込んでいった。
ブンブンと、互の竹刀が唸りを上げた。互の必殺が繰り広げられる、道場中に戦意が充満し張り詰めていく。
だけど……、その一本も兄の体を打ち据えることはなかった。
互いに攻撃を繰り広げては躱し、その度に反撃と追撃で追い詰めようとした。おもに私が重い攻撃を叩きつけ続けたが、兄はそれを紙一重で躱す/躱し続ける。そして、隙を見抜くと鋭い反撃を刺してきた。
その動きはまるで、こちらの攻撃をすべて読んでいるようなだった。全てが絶妙なタイミングだ。反撃を受けるたびに冷や汗を流す。そうしながら躱す/防ぐ/また打ち出す。攻勢を保たなければ、やられる。そう思わせるほど、兄のスピードと瞬発力は私を上回っていた。
しかし/だからこそ、拮抗状態に陥っていた。互いに力を尽くしているのに、だからこそ保たれてしまう境地。勝負が決まらず、一進一退が続けられた。
だけど、ある一手が流れを変えた。
突進からの鋭い面を繰り出してきた兄だったが、残心に失敗したのか、私に躱された際に足がもつれた。日々精進してきた私と違って、激しい打ち合いで体力が尽きかけたのかもしれない。戦いの疲労が足にきていた
。
その怯みを見逃さず、竹刀を振り上げた。返し小手を放った。
すると、叩きつけられる寸前、兄が鍔迫り合いを仕掛けてきた。私の懐に踏み込んできた。もはや躱すことができない以上、そうするしかなかったのだろう。懐に入って次の攻撃を防ぐ、体力が回復するまで。
ガチリと、竹刀と竹刀が打ち鳴らされた。
(でも、それは―――)
間違えだ……。ニヤリと笑みを浮かべた。
互の竹刀を交差させながらの鍔迫り合いは、呼吸を整える場じゃない。神経と体力をしのぎ削り合う最悪な地獄だ。少しでも気を緩めれば勝負が決まってしまう崖っぷち。そしてここでモノを言うのは、先からさんざん苦しめられてきた反射神経じゃなく―――、腕力だ。
兄を強引に、後ろへと押し込んだ。
力負けしてどんどん兄が押されていく。そうされんと背中を反る、重心が乱れる。その結果……ぐらりと、体勢が崩れた。
勝機が見えた。
機を逃さず竹刀を頭上に振り上げた。ガラ空きの面に勝利の一撃を叩き込もうとした。
だけどその瞬間、竹刀と両手をあげて鋒を当てるために距離をとったことで、兄の姿がはっきりと見えた。……両手で握り締めていた竹刀の柄から、左手が抜けていたのを。
右手一本で持ち直していて、残る左手は腰だめに構えていた。熊手で掌をこちらに向けている、まるで西部劇のガンマンのような構え。いつでもそこから発射できるように、撓めた腕に力を込めていた。そして今にもそれは、発射されようとしていた。
距離をあけようと後ろに下がる私、面を打ち下ろそうと竹刀を上げている=
手掌が放たれた、限界まで伸ばされたゴムが解き放たれたように、今まで見たことのなかった神速で。
狙いはガラ空きになった胴、自ら晒してしまった隙だらけの場所。面を打ち出そうとしているため、もはや躱すことも防ぐこともできない……。
その瞬間、敗北を悟った。
―――やられた……。
突き倒された敗北のイメージが脳裏を占領した。
手掌に叩かれ地面に転がされている自分の姿、完璧に隙を突かれたがために呻きながら悶絶している姿。そして、倒れた私に終撃を打ち下ろす兄の姿。目に浮かんできた。
まだ襲ってきていないはずの激痛が、全身を走り抜けた。
勝機だと思っていた先ほどの感覚は、罠だったのだ。
持久戦では私の方に分がある。だから、勝負を長引かせては負けるのは必定。剣の実力はほぼ互角、短期決戦でなければ勝利できない。
疑われず錯覚させられる、尚且つ自分の体力がまだ残っているギリギリの境界を待っていた。あえて激しい打ち合いをすることで私の理性を麻痺させた、残心も取れないほど力が尽きかけていると
続く私の行動は限られている。力押しで無理やり体勢を崩させて、その隙を一気に攻めきることだ。それは定石であって堅実な攻め手でもある。それこそ私が兄に優っている点、使わずにはいられない、この
でも、そうであるがゆえに先んじて読むことができる。最後の締めとしてソレを演じれば、もはや隠し玉に気づくことはできない。……気づいてももはや、すべてが遅い。
瞬きもできない刹那。繰り出されている致命の一手に、敗北を悟らされてしまった。
しかしその手掌は、寸止めされた。
(―――なッ!? なんで?)
防具に触れるか触れないかのギリギリの空で、止められた。
無理やりの急制止で、全身が強ばった。その場で固まらざるを得なくなっている。
でも、そのことに訝しる暇はなかった。
勝利を確信して振り上げた竹刀が、兄の面に思い切り振り下ろされていたから―――。
―――スパコーンッ!!
小気味いい音が鳴り響いた。……面一本が、決まってしまった。
振り下ろした竹刀の切っ先が、兄の面に叩きつけられていた。
「―――あ」
いつもなら叫んでいたところ、気の抜けた声が出てきてしまった。
強烈な一本を受けた兄は、その場でバタリと倒れた。
◆ ◆ ◆
2024年11月7日。史上初のVRMMORPG『ソードアートオンライン』は、クリアされた。
そして約二年間、ナーヴギアと呼ばれるヘルメット型のゲームハード機を被ったまま眠り続けていた兄が、目を覚ました。
その日、ずっと状況をモニターし続けていたSAO対策員会の人達と病院の医師・看護師さん諸々が、異変に気づいた。眠り続けていた患者が目を覚まし病室から抜け出し、点滴台を杖にしながら廊下を引きずるように歩いていたのを見た。
その姿を目にした看護婦さんは、文字どおり開いた口が塞がらず腰を抜かしたらしい。死んだ患者の幽霊を見たかのように、実際そんなものと区別がつかないような有様だった兄の姿。真昼間でなかったら看護婦さんの方が心臓をやられていたはず。
そして急遽、学校に直接連絡が来た。兄の目覚めを伝えてきた。
なりふり構わず母親とともに病室に駆け込むと、そこには、眠っていたはずの兄の姿があった。目を覚まし、急いでやってきた私たちに力なく笑った。
初めの第一声は、ずっと考えてきた。なにを言おうか/なにを言えば一番いいのか考えてきた……はずだった。恥ずかしながら自室で練習までした。
でも、いざ面と向かったら、用意した全ての言葉が出なかった。目の前の出来事が本当のことなのか、夢じゃないのかわからなかった。テレビ番組のドッキリ、良くて出来た偽物を使ったイタズラじゃないかとも思った。何もかもわからなかった。
声をかけて触れてみればわかるだろう、すぐに確かめられる。そんなことはわかっていた。だけど、もし本当に夢だったら……辛すぎる。もう希望なんてないと思っていたのだ、こんな押し殺したと思ったときにやって来るなんて……。母親ともども、何も言えず無言のまま見つめ合ってしまった。
それではまずいと気遣ったのか、兄の方から目覚めの第一声を告げた。
“えっと…………、ただいま”
躊躇いがちな、恥ずかしそうな声。それでもって弱々しい声。2年間使われずにいたからだろう。急に使われたそれは、ひどくかすれた小さな声だった。
でもそれで、そこに兄がちゃんといることがわかった。
こみ上げてくるものを抑えるために、口元を抑えた。
“―――お帰りなさい”
だから、母さんの返事も決まっていた。声を震わしながら涙で目がうるませながら、長く行方不明だった息子の帰宅を歓迎した。
それで堰が切れた。
兄を抱きしめ、その胸の中でワンワン泣いた。涙も鼻水も出るがままに、なりふり構わず泣いた。触れたその体があまりにも細すぎることに一瞬怯えてしまったが、それでも兄の息づきと鼓動がそこにはあった。確かに兄は生きていて、私たちの元に戻ってきてくれていた。
訳もわからず叫びつづけた、何を言ったのかは覚えていない。ただ、後で思い出すと赤面ものの醜態ではあることはわかっている。
その時はただただ嬉しかった。仏様とか神様とかアッラーとかいうものを信じてもいいと思えていた。ありがとうございます、ありがとうございます。本当に、ありがとうございました―――。ただただ、感謝を捧げた。
そんな、わんわんと喚き泣き続けている妹に兄は、優しくその頭をなでた。あやすように、あるいは兄に方も現実の感触を確かめるようにか。
ただ静かに、そうしていた。
そうやって私たち家族は、再会した。再会することができた。
だけど兄の心は、未だこちらに戻ってこれては……いなかった。
囚われた仮想世界から現実へと生還を果たしたのプレイヤー、私たちの大事な家族/大好きなお兄ちゃん。
215名の死者と、未だナーヴギアを外すことができない
その時はまだ、その事実は知らされていなかった。
長々とご視聴、ありがとうございました。
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