Re:SAO √R   作:ツルギ剣

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 バカに爆弾を持たせてはいけない、絶対に


人質交渉

 

 追尾……。初めて聞く単語だが、意味はなんとなくわかる。

 追跡/尾行。つまり、襲撃者二人を泳がせていた。

 発見しプレッシャーをかけて追いかけたふりをしながら、見逃す。見失ったと誤認させる。そうして警戒心を解いたあと、完全に気配を消してその背後に従う。二人が行くであろう雇い主の下まで、その姿・居場所をその目でしっかり捉えるために。襲撃者ともども、一網打尽にするために―――。

 ゾクリと、背筋が泡立った。

 

(全部榊さんの……誘導、だった?)

 

 彼が的を絞ってくれなければ、人ごみの中見失ったことだろう。彼がそうしてくれたから俺はたどり着き、追い詰めることができた。そして彼もまた、自分の存在をかき消すことができた。目的を果たすために……

 舌打ちがこぼれそうになった。……俺は、手のひらの上で踊っていただけだったのか。

 

「動くな、二人共」

 

 静かながらよく通る命令にピクリと、敵の相方の男が反応した。隙を突いて落とした銃を拾おうとしたが、見破られてしまった。

 男は舌打ちすると、すぐに不敵な笑みを浮かべ挑発してきた。

 

「撃てるのかジャップ、こんな場所で?」

「そういう権限が与えられている。それに、話を聞くのは一人だけでもいい」

 

 チラリと、俺を拘束している敵に視線を送った。生かすとしたらお前だけだと、暗に含ませて。

 ソレを見ると男は、笑い顔を引きつらせた。現状と榊さんの本気度に、自身の分の悪さが読み取れて焦る。

 

「……俺を殺せば、ボスのことはわからなくなるぜ」

「彼女は知らないと?」

「ああ、そいつは囮だ。一段落したら処分するつもりだった」

 

 相方からの切り捨てるかのようなセリフにしかし、敵は微動だにせず睨みつけもしなかった。ただ現状を把握しようと、この危地から脱出する術を模索している。

 榊さんは男の言葉をしばし吟味した。嘘か真か、何が狙いなのか……。全く揺らぎそうにない瞳で男を見据え、確かめた。男もじっと、その詮索に耐える。

 やがて何かを掴んだのか、おもむろに言った。男へ銃を突き出すようにして。

 

「なら尚更、お前に用はなくなったな」

「はぁ!? ……ちゃんと話聞いてくれてたか、ボスのこと知りたいんだろ? だったら俺を―――」

「お前の死体から、聞き出せばいいことだ」

 

 死刑宣告、だけどその声と顔はいたって平静。およそそんな物騒なものが飛び出してくるとは思えない。

 そうであるが故にか、男は黙った/黙らされた。困惑ではなかった、叩きつけられたソレで気づかされたように凍りついていた。死体から聞き出す、そのおよそ理解不能な言動の意味を悟らされて。

 これ以上の抵抗は自分たちの、特に自分の不利になる……。それを腹の奥底で理解させられたのか、ただ睨みつけるだけ。先まで浮かべていた笑は欠片もない、その形の良いヒスパニック系の顔を敵意と焦燥感で歪ませながら。

 

「理解が早くて助かる。……それでは質問だ、簡潔に正確に答えろ。

 お前たちのボスは誰だ?」

 

 短く簡単な命令。それを突きつけると同時に、俺のポケットから振動と音が鳴り響いてきた。

 

 トゥルルゥー、トゥルルゥー。トゥルルゥー、トゥルルゥー……。

 

 携帯のバイブレーションと着信音。

 現実に戻ってきたから買って、監視されているとわかってからほぼ放置していた携帯。そのため初期設定のまま、味気ない着信音。その音だけなら榊さんのモノかなとも思えたが、太ももに響くバイブは間違いくな俺のモノのものだと訴えている。

 友人のほぼ全てが未だ仮想世界に囚われた今では、それと繋がっているのは家族ぐらいしかいない。あと監視者たち。彼らは今ゴタゴタして電話なんてかけられそうにないから、残りは家族だけだが……

 

「……聞こえなかったようだからもう一度だけ言ってやる。コレをやれと命じた奴はどこの誰だ?」

 

 響く着信音を無視してもう一度。だけど携帯の方も、己を主張し続ける。

 

 トゥルルゥー、トゥルルゥー。トゥルルゥー、トゥルルゥー……。

 

 この場において不協和音なそれは、いやまして全員の耳に届く。榊さんが作った緊迫した空気が濁らされる。さすがの彼も眉をひそめ、訝しがり始めた。

 注目が俺に集まっていくと、

 

「―――出た方がいいぜ、ガキ。きっと大事な電話だ」

 

 含みを持った言い回し、先までの焦りは既に消えていた。この中で唯一、ニヤニヤと余裕をかました表情を見せている。

 時間稼ぎか注意を逸らすためか……。警戒したが違った。その顔に含まれているであろう余裕は、安堵の弛緩だったから。今にも撃ち殺されるかもしれない危険が目の前にあるのに、自分の命が他人に握られているというのに、安心している。勝ち誇った顔つきだ。立場が逆転したと、確信している。

 訝しがりながら/それでも緩めない敵の羽交い締めの中、ポケットからそれを引き出した。

 その液晶画面に映っていた着信者の名前を確認すると、通話。耳に当てその懐かしい声を聞こうとした。

 

「……もしもし、母さん?」

 

 

 

『はじめまして、【キリト】君』

 

 

 

 低くよく通る声、発音は正しいがどこかぎこちない日本語、知らない男の声。

 携帯から響いてきたのはそんな、予想外の声だった。

 

「―――誰だあんた? なんで母さんの携帯を持ってるんだよ?」

『貸してもらった。紳士的とは言えない方法では、あるがな』

 

 色のない静かな声が、淡々と事実を告げてきた。

 榊さんによく似ているが違う、それに相手は日本人じゃない。よく練習してよどみはないが、どうしても現れてしまう不自然さがその調子と日本語にはあった。そして、外人の知り合いなど、俺にも母さんにもいない。少なくとも、自分の携帯を貸すほど深い仲の人はいないはず。

 不吉な予感が、お腹の底をキュッと固く握りつぶしてきた……。タイミングが悪すぎる、この場所この時この状況でかけてきたソレが、無関係だとはとても言えない。

 どうして今、そんな名も知れぬ男が母さんの携帯で、俺に話しかけてくるのか……。しかも、事件の関係者しか知らないはずの、俺のもう一つの名前/あの世界での名前を知っている人物。先のヒスパニック系の男が見せた安堵、このタイミングで電話をかけてくる意味は―――。

 語気を荒げながら、問い詰めた。

 

「お前は誰だ? 母さんに何をしたッ!?」

『そのことで君たちに話がある。少し落ち着いて欲しい』

「母さんをどうした、て聞いてるんだよッ!!」

 

 落ち着かなければならないとは、わかっていた。この手の最悪な状況は初めてでもない、こんな時こそ感情を殺さないといけない。でも……、体が言うことを聞いてくれなかった。

 相手の言葉なんて聞いてられない、聞けるほど冷静になんかいられない。殴りつける勢いで喚いていた。

 その怒鳴り声に電話の男は、閉口した。いや、先からずっとそうだった。嫌味なぐらいに何の感情もこもっていない声、沈黙してもさほどに変わらない/掴みどころがない。俺の怒鳴り声はそんな、底の見えない井戸に向かって投げ落としたかのように、虚しく響くだけ。

 まるでわからない、何も読み取れない/考えられない。焦燥感だけが胸を焼き続ける。

 さらに怒鳴り散らそうとするのを見越してか、ソレとわかるよう、ため息混じりに言った。

 

『……そちらの捜査官殿に代わってくれないか? あるいは、スピーカーモードにしてくれても構わない』

「こっちの質問が先だ! さっさと答えろよッ!!」

「桐ヶ谷!」

 

 名前を呼ばれて、ハッと目を覚まされた。

 顔を上げた先には、冷静さの塊のような男=榊さんが、俺を見据えていた。

 

「……状況は大まか理解した。スピーカーにしてくれ」

 

 そう言うと、耳を掻くようなさりげない動作。ほんの少し耳の奥に、そこに嵌っているであろう何かに触れる。

 沸騰していた頭は、その冷静でほんの少し静まった。呼吸すらままならない、そのことに気づけた。それでもまだ、腹の奥底はグツグツと煮えたぎったまま。

 この会話は全て、仲間にも伝わっている……。片耳にはめたイヤーピース。こちらにも後方支援があると伝えてきた/伝わった。

 人質交渉。誘拐犯との取引……。交渉人が必要だ。

 冷静になれ怒りは抑えろ操作されるな、できるだけ情報を嗅ぎ取れ。でも相手に最後の一歩は踏み出させるな、主導権を握り返せ。こんなことを二度とさせないように立場を逆転させろ。母さんが無事なのかどうか、確かめなくてはならない。この手に取り戻さなくてはならない。必ず、必ず―――。

 でも、俺にはできない。今この頭は活火山だ。冷静なんてのぞめやしない。でもそうしなければならないことは、わかっていた。できなければ最悪なことが起きてしまう/起こされる。言いなりにされた上に母さんまで助けられなくなる。そんなことは絶対、あってはならないことだ。……それだけはギリギリ、わかった。

 震える指先で、スピーカーのスイッチを押した。ソレを確認すると、慎重に榊さんが訊ねた。

 

「―――何者だ?」

『その二人の保護者だ。連れ帰りたい』

「だったら直接会わないか? 二人共怪我をしているようだしな」

『その程度なら構わない。邪魔さえなければ自力で帰って来れる』

 

 電話の男がそう言うと、肝が一気に冷えた。すぐさま周囲を見回す。

 どうやってこの男は、状況を把握しているのか? リアルタイムで/直接見なければわからないような二人の現状をどうやって……。目に止まったのは、天井に備え付けられている監視カメラ。それと、敵の相方が胸ポケットに忍ばせている携帯。

 監視されていた、何処かでココのライブ中継を聞いている/見ている……。俺が思い至った考えに、榊さんもたどり着いていた。そしてその事実に、険しい表情を浮かべた。

 苦味は隠しきれずしかし舌打ちは噛み殺して、必要な問いかけを言った。

 

「……彼の母親は無事か?」

『随分と疲れているようで、眠っているよ。これといった傷は付いていない。……これからどうなるかは、わからないが』

 

 ピッ、ピッ―――。

 キャッチ音、携帯上部のランプの点滅、メールが届いた合図。何も操作していないというのに、勝手にメールが開いた。

 写真、メールに添付されていたもの。恐ろしい予感がする……。見たくないが、無視できない/見なければならない。

 意を決して、覗き込んだ―――

 

 瞬間、頭が真っ白になった……。

 

 予感は、最悪な形で実現していた。

 そこに映っていたのは、どこともしれない倉庫。貨物コンテナか大型トラックの荷台の中、めぼしい家具や荷物は置かれていない無骨な金属の白い壁だけ。一見だけでは居場所の把握ができない。

 しかし、状況は明確だった。その密室で手足を縛られ目隠しをされた母さんと、銃。手前に置かれたその銃口が、奥で拘束されている母さんに向けられている形で置かれていた。

 いつでも撃ち殺せる、こちらの都合で簡単に……。あからさまに示されたメッセージ/脅迫に、心臓が握りつぶされた。 

 

「母さん? そんな……なんで? 何でこんな―――」

『ちなみにそこは冷凍車の中だ。この電話をかけた直前、スイッチを押した』

 

 衝撃、動転、世界がガラガラと崩れ落ちた。

 呼吸もできない。今にも気絶しそうなほど、血管が凍りついた。奥歯もガタガタと音を立てる。痴呆にでもなってしまったかのように、繰り言が口からこぼれ出るだけ。

 

「なんで、なんで母さんに? こんなことを―――」

「何が目的だ? 何故彼を殺そうとしたんだ?」

 

 懇願するように訴える俺を遮り、問い詰めた。

 

『彼を……?』

 

 男が黙り、電話越しに何かを考え込んだ。意味のわからない疑問を吟味するかのように。

 榊さんがその様子を訝し始めると、遅滞などなかったかのように、

 

『お前たちと同じだ。彼は重要なピースだったから』

「『だった』? ……もう違うという意味か?」

『ああ。お前たちのテリトリーで誘拐殺人のリスクを犯すほどでは、なくなった。……場合にもよるがな』

 

 そんな俺を置き去りにして、二人の交渉は続く。冷静に淡々と、互いに慣れていると言わんばかりに。

 まるでゲームをしているみたいだ……。互いに真剣で、榊さんは冷静ながらも憤ってくれていることはわかる。だけど、ソレを現実とは受け入れられない/おもいたくない。ゲームであった方が何か、救いがあるように思える/崩れた現状認識を拾い留めてくれる。

 だからか、次に言わんとする要求も察せられた。

 

「こちらは二人、そっちは一人。割に合わないと思わないか?」

『いいや、計算は合っている。彼の妹も手中に収めている』

 

 瞠目。心臓が一瞬、止まった。耳に入ってきたその言葉が、俺の正気をまたぶん殴ってきた。榊さんの顔にも、不愉快と疑問符が浮かんでいた。

 

(そんな、スグまでも……。でも―――)

 

 そんなことあるわけない……。僅かに残っていた理性が、そう断言した。

 菊岡たちがどうにかしてくれているはず、仮にもプロで俺たちを巻き込んだのだから絶対に助けてくれる。電話の男だって手出しできないはず……、と。 

 それが支えになってギリギリ、視界の暗転は防がれた。

 

「ジョークならもっとまともなものにしろ。ハッタリにもなっていないぞ。彼女はこちらでちゃんと保護している、これ以上お前らに指一本触れさせはしない」

『なぜ、セーフハウスがバレたのか。気にならないか?』

 

 だけど、またもや打ち砕かれた。

 なんだって……。俺の驚愕に榊さんも共鳴した。そしてなんとか、動揺を押し隠しながら確認した。

 

「……内通者がいるとでも言いたいのか?」

『犯人は意外な人物だ。誰も、君ですら疑いの目を向けないような人物。「彼」の協力があったからこんなことをができた。……これ以上は、君自身で探したほうがいいだろう』

 

 そう告げられると、榊さんの顔に初めて感情らしいものが見えた。小さく僅かなものだが……怒りを、そして焦りを。

 

『時間はこちらに有利だぞ。彼の妹は今、生死の境をさまよっているのだろ?』

「お前が指示をおくれば、すぐに殺せるとでも?」

『私としては、そんなことはしたくないのだが……、君ら次第だ』

 

 こちらの要求をのむのなら、ことは丸く収まる。痛み分けで穏便に済まそう、お互いプロのなのだから……。到底理解できない/拒絶したい世界観を、押し付けてきた。その何の疑問も挟んでいないであろう横暴に、憤慨するよりも無力感に打ちのめされた。

 

(何なんだよ、これは? 何なんだよ、コイツらは? 何で俺に、こんな―――)

 

 奥歯を噛み潰しながら涙を堪えていると、代わりに榊さんが返した。

 

「話にならん、割に合わないな」

『……話のわかる人間だと思っていたが?』

「そっちは瀕死になるまで痛めつけた。ならば、こちらも相応のことをしなければ、公平じゃないだろ?」

 

 そう脅すとギラリと、敵二人に目を送った。

 突然向けられた害意に二人は、緩みかけていた顔を引きつらせた。

 

『見たところ、キリト君の命は危ういようだが……、見当違いかな?』

「こちらには一匹、獰猛な狂犬がいるんでね。危ういのはそちらのお嬢さんだけだ」

「ちょっとオジさん! 狂犬ってボクのこと?」

 

 張り詰めていた空気の中、何事でもないように侍少女は非難してきた。

 そんな彼女を無視して、さらにダメ押ししてきた。

 

「彼女のスペックは、ここにいる二人よりも高い。それに二人とも、少なからず傷を負っているようだから……、まず勝てないだろう」

 

 榊さんの脅しに、今度は電話の男のほうが黙った。しばし考え込むと、

 

『……私としては、これ以上犠牲が出るのは避けたかったのだが……、仕方がない』

 

 何かを諦めるように/切り捨てるように、そう告げた。

 その返答に敵の相方が、慌てた。

 

「お、おいおい兄弟! そりゃないぜぇ……。俺を切るつもりか?」

『仕方がないさ。現状は想定を大きく超えてしまった、私の手が届かないほどにな』

 

 運が悪かっただけ、諦めろ……。敵の相方は、その拒絶に絶句した。今度こそ顔を真っ青にした。

 

「……感心しないな、そう易々と部下を切り捨てるとは」

『ソレは君にも言えることだな。キリト君の家族を見殺しにするとは』

「そうは言っていないだろう? 少しばかり条件を改めたいと、提案しただけだ」

『こちらとしては、最初に出した条件を曲げるつもりはないんだが?』

「ココではお前の目があるようだが、一歩外に出たらそうとは限らない。……お前の元に帰るまで、我々が何もしないと考えられるか?」

『ソレができるからこそ取引しようとしたのだが……。まぁ、もうどうでもいいことだな』

 

 そう言ってひとつ、嘆息のような吐息を漏らすと、

 

『取引は成立、ということでいいかな?』

「……お前が本物のプロであるのなら、な」

 

 急に、二人は合意に達していた。

 俺も敵も、その跳躍に目を丸くしていると、

 

『ところで、もうそろそろこの携帯の位置情報が掴めていると思うんだが、その場所にはいない。でもヒントは残しておこう。……残り時間は僅かだから、早く行ってあげたほうがいい』

 

 ブツリ、話はこれで終わり。そう言うかのように、通話が切れた。

 

 ざわざわガヤガヤ……。火災警報器を鳴らされて避難する人々の騒音。ワラワラと誘導に従う人々の群れも。

 静まり返ったこの場所に、無視していたその音が流れ込んできた。その群れが、この異常空間にも迫ってこようとしていた。

 

「―――帰ってボスに伝えろ。この借りは必ず返す」

「あんたにできるのなら。きっと喜んでくれると思うぜ」

 

 俺が噛み付いた足を引きずり/榊さんに撃たれた手を抱えながら、背中を見せずに後ずさりしていく。その先、スタッフ用の非常扉へと向かって。

 そんな相棒に手を貸すことなく、少女/スグを撃った敵も後退していく。俺を無理やり引きずりながら、侍少女の間合いを警戒しながら慎重に。

 そして、その手からこぼれ落ちた銃を拾わんと近寄ると、

 

「そいつは置いていけ」

 

 ピクリと、拾い上げようとする手が止まった。敵は榊さんを睨みつける。

 そんな視線をものともせず、逆に銃口を向けると、

 

「見逃すのは、お前たちの命だけだ」

「……それが俺たちの命に、関わることだとしても?」

「それなら保護者殿に頼んでみろ」

 

 榊さんが制すると、男の顔に焦りの色が浮かんだ。少女の顔を見る。

 少女も焦燥感をにじませるも、向けられた視線に自分の手のひらを見せた。何も持っていないが、そこにあるであろう何かを見せる。

 それを見ると男の顔から、焦りが消えた。ホッと安堵の吐息を漏らした。そして、驚いたような目にニヤリとした口元が戻る。

 

「……わかった。そいつは駄賃だ、くれてやるよ」

 

 そう言うと、なおも渋る少女に目配せし後ろに下がっていく。足を引きずりながらも、離れていく。

 背中越しで非常扉を/両開きのスイングドアを開け、その奥へと消えた。敵も俺も、それに続いていく。

 そして、扉の前まで後退仕切ると敵は、俺の耳元にそっと唇を寄せ、

 

 

 

「―――次はちゃんと、仕留めてやるから」

 

 

 

 囁くように/俺にだけ聞こえるように、死の宣告を吹き込んできた。

 その声にゾワリと、首筋の毛が逆だった。これで解放されるのか/命の危機は脱したのかと油断していたのが、一気に握りつぶされた。……敵が何をするつもりなのか、察してしまった。

 横目でその凄絶に嗤う顔を確認すると、確信した/してしまった。首筋に沿わせていたナイフを握る手に、力がこもる。

 

 ―――俺を、切るのか。

 

 首を切って血を流させる、おそらくは頚動脈に近い重要な血管を。その致命傷で動けなくなる俺と、助けようと追跡できない榊さん、おそらくは侍少女も追えないだろう。それで逃げる時間を稼ぐ、彼らはまんまと逃げおおせる。

 その直感は、榊さんたちも貫いたのだろう。絶句しながらも即座に、侍少女は俺の元に飛び出してきた。やられる前に敵を斬るために、針の穴を通すような達人の技。榊さんも銃を構えた、僅かに晒されている少女の腕を撃ち抜くために、アリの額狙いの精密射撃―――。

 しかし、そのどちらも間に合わなかった。―――第3の敵が背後から乱入してきたのが、見えた。

 

 

 

 

 

「吹っ飛べ、クソ野郎どもがぁーーーッ!!」

 

 

 

 

 

 大型の/子供の腕ほどの大口径の銃を腰だめに構えた男は、そう雄叫びを上げると、引き金を引いた。

 

 ボシュリと、気の抜けような発砲音の直後、拳大の塊が飛んできた。

 真っ直ぐ俺たちのいる出入り口まで飛んでくる。空気抵抗か狙いが甘かったためか、少し上向きの放物線を描きながら、天井へ―――

 ソレが天井にぶつかった直後、凄まじい爆音と爆光の洪水が、迸った。

 

 

 

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 今の時代、「死人に口なし」という機密保持は難しいのかもしれない。VR技術が発達し死人の脳から情報を再生することは、夢物語ではないのかも。むしろ、この世の柵から解き放たれている分、生きている人間に口を割らせるよりも簡単なのかもしれない。
 死人は語る、節操なく喋る、生者よりも雄弁に。誰もがソレを真実だと言う、生者よりも確かだと。……怖い時代だ。

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