目の前の異常にただ、あんぐりと口を開けていた。
「―――あ、ありえねぇ……」
自分の横を抜け疾走していくターゲット、その背を見送ってしまった。やり遂げたことも周囲のざわめきも無視して、何処かへ猛然と駆ていく。
すぐさま追いかけ、その背に不意打つ、仲間ができなかったことをやり遂げる。ソレがベストな/やらねばならないことだったのだろうが、できなかった。隠れることもせずただ、野次馬に紛れ/見逃されるがままに突っ立っているだけ。
この即席のチームを仕切るため、かってでたリーダーだった。
全員が全員、名が知れ渡っているプレイヤーだ。器でないことは承知していたが、困難を要求されるほどの仕事でもない。一応はまとめ役の経験があるので名乗り出てなった、だから各人の連絡係に徹するだけで事足りた。事実、ソレだけでちゃんと機能していた。あとは『運営』の連絡待ちだけで、このミッションはクリアできる。肩すかしとまでは言わないが、脳髄が痺れるほどの歯ごたえはない。無難なミッションの……はずだった。
アレほどの戦闘力を、ターゲットが持っていなければ。
(一体、何なん……だ? あいつは?)
遠ざかり、その背が人ごみで見えなく/こちらの姿が隠れてようやく、疑問が沸いてきた。自分たちは一体、誰と戦っていたのかと。遅れて腹の奥底から震えが、染み渡ってくる。
精鋭の4人が、ほぼ一瞬で倒された。その残骸は今も、歩道に横たわっている……。
狙撃手の不始末をつけようといさみ敵陣に乗り込んでいった4人、遅れて自分も。護衛だらけの中で仕留めるのは危険極まりない無謀だが、不可能ではなかった。ソレを成し遂げるだけの力が、自分たちには備わっていた。常人を遥かに超える運動性能。護衛はこの手のプロだろうが関係ない、自分たちは人であって人ではないのだから奇襲になる、手早くやれば確実に仕留められる。元々そういう予定でもあった。しかし……、返り討ちに遭った。
皆ほぼ一撃で、気絶させられていた。ターゲットが逆に迎え撃ってきたから、守られていただけ/ただの一般人だと高をくくっていたから、その隙を突かれたから……。そんな言い訳など効かない。こちらは身体能力を強化され対人戦の心得もあり4人組、さらには武器も持っていた、それなのにアッサリと地に叩き伏せられしまった。
(危なかった……。俺もあと少し早かったら、あんな目に―――)
常人とはとてもじゃないが思えない/思いたくない。悪夢だ……。震えがガチガチと歯を鳴らし、思わず体を抱いた。もう何もかも終わりだと、逃げ腰になる。
(もうダメだ、ズラかるしかねぇ……。このままじゃ俺まで終わっちまう。こんなのやってられるか―――)
即座に撤退する/仲間を置いて逃げる……。およそ最低な選択だが仕方がない。想定は崩れ相手が悪すぎた、他に確実に仕留める方法などない。だから、逃げる以外にやらねばならないことなどない。誰だってそうする、もう自分一人しかいないのだから―――。
そこまで考えふと、気づいた。まだもう一人、残っていた。
携帯を取り出し番号を押した。
「―――クソッ、あのアマ! 電源切ってやがんのか?」
こちらに応じず、虚しく呼び出し音が聞こえてくるだけ。繋がらない。
こちとら親切でかけてやってるんだ、さっさと出ろよ……。苛立ちのまま、呼び出し続けた。繰り返される電子音が、焦りを募らせる。
(シノンのことだろうから、もう逃げてるんだろうが……、アイツはやべぇ。ヤバ過ぎる。ここまでやべぇ奴だったなんてこと、シノンは知らねぇ。だから―――)
伝えなければならない……。
万が一シノンまでやられたら、もう勝ち目がない。少なくとも自分が功績をあげる/挽回するチャンスは無くなる。逆に『廃棄処分』され『欠陥品』の烙印を押される可能性がでてきてしまうだろう。これから捕まるだろう4人が自分のことをバラせば、きっとそうなる/そうならないはずがない。
ゾワリと、背筋が凍りついた。改めて思い起こすと、その最悪が現前してしまったかのように錯覚してしまう。ただ逃げるだけのつい先ほどまでではそうなっていただろうが、今はまだほんの少しだけ首は繋がっている……。
「早く出ろよシノン、シノン……。出てくれよ、シノンよぉ―――」
祈りながら待つも、帰ってくるのは変わらない電子音。
全くの無反応にようやく諦めがつくと、携帯を切った。乱暴に、思わず叩き割るのをこらえながら。……ギリギリ冷静さを保つと、震えながら携帯をポケットにしまった。
そして今度こそ、頭を抱えた。
「もう本当に俺ぁ、終わりだぁ……」
考えが浮かばない/考えられない、どん詰まりだ……。絶望で血の気が失せた。雑踏のざわめきが耳だに響く。
ぼんやりと頭を上げると、集まっていた野次馬たちが、何が起きたのか騒ぎ立てていた、倒れている仲間に恐る恐るも近づき無事を確かめようともしている。その脇に落ちているL字型の金属の塊をみて、息を飲んでいた。
それを眺めているとハッと、思い至った。
街中でのミッションになるため強力な重火器は使わず、接近戦用の武器のみで対処しようと決めたことを、ナイフと拳銃だけでやろうと。皆ソレらしか持ってきていなかったが、自分はもしもの為にともう一つ持ち込んできた。すべてを/標的も証拠も残らず吹き飛ばす爆弾が詰め込まれている、グレネードランチャーだ。今は路地裏のゴミ箱に隠してある―――
―――アレで何もかも、ぶっ飛ばせば……いいんじゃないか?
およそ、平時では考えつかない発想だった。理性がちゃんと抑制してきた。持ってきてはいたが、使うつもりなどサラサラなかった。
しかしその時、何かが、吹っ切れていた。ヤケクソだったのだろうが、晴れやかな気分だ。唯一無二な宇宙の真理を引き当てた気分だった。
思いつくと即、行動に移した。迷いなく駆け出した。隠していたソレの元まで走り、掴み懐の中に隠しながら、ターゲットを追いかけていった。
だいぶ出遅れ引き離されてしまったが、構わない。どこに向かったかどうかは、雑踏が教えてくれる。自分の身体能力なら追いつけないわけもない。何より、何処に行こうがやることは同じ。爆弾を叩き込み、ぶっ飛ばすだけ―――
「……何もかんも邪魔な奴は、ぶっ殺す―――」
呪詛をつぶやくと、ニンマリと哂った。自分が浮かべたとは思えないほど、酷薄な笑み。
見逃してもらったとの弱気など、なくなっていた。標的へと近づくごとに変わっていく。……獲物を追い詰めこの手で仕留める、ハンターになっていた。
◆ ◆ ◆
突如現れた侍少女(年格好的には幼女とも言えてしまう)にただ、呆然と口を開いていた。
「―――助けに来たよ、お兄ぃさん。感動した?」
その悪ふざけのようなセリフが、この上なく決まっていた。決まって聞こえた。向けてきた笑は、少女が出せるものとは思えないほど、ハスキーなカッコよさを醸し出している。実年齢の倍はありそうな重みを感じさせてくる。
感動以上に呆然自失とさせられた俺は、何も答えられずただただ見上げるだけ。つい先まで滾らせていた殺意も凍えるような諦念も祓い飛ばされていた。つまり―――、致命的な隙を見せてしまった。
その細首にナイフを突き立てようと止まった俺、転がってきたチャンス。その機に窮地を脱しようと敵が思い切り、頭突きを叩き込んできた。
ゴチンと鈍い音が打ち鳴らされると、頭蓋の中を内から割らんばかりに暴れまわる。
「ぐぅがぁッ!」
たまらず仰け反り、そのまま尻餅をついた。目をつむってしまう/ぶつけられた額に手を当てる、敵の姿が見えなくなった。一瞬意識も奪われたのだろう、握り締めていたナイフがポロリとこぼしてしまった。
その間隙で即座に、敵は半身を起こした。そして倒れた俺の脇を抜け背後に回ると、蛇のように手足を絡めつけ羽交い締めにした。同時に、いつの間にか拾われていたナイフを逆手に、刃を首筋に這わせる。
一瞬の早業だった……。気づいた時/視界が元に戻った時にはもう、締め上げられていた。刃の冷たい感触が、無理やり晒された首筋から染み込んでくる。
「―――動くな」
敵の静かな、しかしハッキリと聞こえるだろう脅迫が、耳元近くから放たれた。第一印象通り、声にまで冷たさが染み付いている。
引き剥がそうと動こうとした闖入者の少女はしかし、その場に固められた。小さく舌打ちがこぼす。そして、もう一人への警戒はそのまま、敵を睨みつけた。
形勢逆転……。いや、元の鞘に戻っただけなのかもしれない。俺が撃たれて殺されてしまう分、少女が負担していた。ギリギリの瀬戸際、ナイフの刃の上にある俺の命。……状況はほとんど変わっていない、もっと最悪になった。
喉を無理に締め付けられ苦しくなるも、再熱した怒りで歯噛みした。今すぐ「逃げろ!」と叫びたかったが、声すら上げられない。もがいて振りほどこうとするもできない、より食い込んで苦しくなる。俺よりも細腕ながらビクともしない。
(なん……だ、こいつ? 何で、こんなに……力、あるん……だ?)
体格は俺の方が上。2年間あまり昏睡していてつい3ヶ月ほどまえに目覚めたばかりだが、ソレから一日も一時間すらたゆまずにリハビリしてきた。痛めつけてもきたので、元以上に筋肉がついているはずだった。同年代の女子に、ソレも文化系であろう柔な女子に力負けするなどありえなかった。現状は、幾らなんでもおかしい。
苦しすぎて呻き声を漏らした。しかしソレすらも、微かな隙間からしか出せない。頭に血が上っているのか、破裂しそうなほど痛い。視界もパチパチと明滅し、いくつも小さな光球が泳いでいる。……いつでも気絶させられるのに、その直前で止められていた。
「へい、侍ガール! そんな物騒なモノ下げなよ」
「イヤだよ。そんなことしたらお兄ぃさん、殺されちゃうでしょ?」
「……LA(ラストアタック)ポイント取られるのが嫌なのか? それなら俺が『運営』に掛け合ってやるよ、ここで争っても意味ないぜ」
「LA? ……一体何のこと?」
キョトンと、首をかしげた。何を言ってるんだコイツと、話が通じていない。
その様子に初めて、敵の男は訝しりをみせた。
「おいおい……、本当にイカレちまったのか? お前も【プレイヤー】だろ? てか、そもそも何だってこんなマネしてくれたんだ?」
問いかけながら、困惑していた。何か根本的なことを間違えているんじゃないかと、不安を隠しきれない。ソレは少なからず、俺を拘束していた敵をも揺らしてきた。
少女は一瞬、不愉快を露わに眉を顰めると、すぐに何かを理解したのか解いた。自分の中で合点が付くと、可愛らしい無邪気な笑顔を浮かべ直し答えた
「ボクはアナタ達と違って、
その返答に男は、そして敵すらも、驚愕で言葉を失った。
「……ジョークは大概にしなガキ。
ALOに【プレイヤー】はいねぇ。あっちじゃ誰も【不可侵領域】を越えてねぇからな。そもそも見つけた奴すらいない」
「アナタが知らないだけだ。ボクが……ボク
張り合うでもなく自慢するでもなく淡々と、ただ起きた事実として。それゆえにか、誇り高く胸を張っているように聞こえた。
再び、男は黙らされた。息までのまされていた。
「……それこそ、ありえねぇだろうがよ。アレは誰にも、どれだけレベルも装備を上げようがクリアできないように設定してるんだからな」
「当然。ボクだけじゃ絶対無理だったよ。……みんなの犠牲があったから、できたことだ」
最後に呟くように付け足すと、沈んだその顔に暗い影が差した。怒りも悲しみも虚しさも嬉しさも、すべて混ぜ合わせた重い黒……。
だけどソレも一瞬、すぐに顔を上げると、屹然と見据えてきた。
「ボクが何のなのか、信じる信じないはアナタ達次第だ。今はそんなことを確かめるよりももっと……、すべきことがあるんじゃない?」
「俺たちじゃない、お前がやるべきだろうが。
全く、弾が斬れても頭が悪いんじゃ、年食っても俺の好みには―――ッ!?」
男の言葉は突如、放たれた発砲音でかき消された。
俺に向けられたのと同じ、だけど正反対の射手へ/男へと弾き飛ばしたもの。誤たずまっすぐと―――、男の二の腕を貫いた。
小さな穴が打ち抜かれるとそこから、噴水のように鮮血が噴き出した。
「ヴッ……、いぐぅがぁぁーーーっ!?」
傷口を押さえながら、悲鳴を叫び散らした。それでも止まらず、ドボドボと指の隙間から溢れ出ていく。
大粒の脂汗を額から流していると、耐え切れずにか、男の手から拳銃がこぼれた。ゴトリと足元に落ちた。
動揺、混乱、しかし頭はクラクラとしたままで……。新たに現れた脅威への対処か、敵は無理やり俺を動かし、警戒できる立ち位置へと構え直した。
一気に不利になったためか、締めつけ越しにも焦りが伝わってくる。皮肉の一つでもぶつけてやろうとかと口を開くも、まだそこまでは緩んではいなかった。ただ視線だけは、ざまぁみろと嗤う。
そして見た、混濁した視界の中、映ったのは黒のスーツ。喉元までちゃんと締められたネクタイにしっかりとノリがかかったYシャツ、端々までアイロンが行き届き洗いたてのように漂白が効いている。それを着こなしているのは、長身の中年公務員。190センチはあるであろう長身であるにもかかわず、威圧感というものを感じさせない。静かな巨木。通勤ラッシュの電車内で見かけ、それでいて紛れて見えなくなってしまいそうな不思議な空気感を持つ男。
「……榊さん? どうしてここに―――」
「オジさん、遅いよぉ!」
俺の疑問に被さりながら、少女はふくれっ面にして言った。命のやり取りをしているこの場には相応しくない、年頃そのものの少女の仕草で。
そんな彼女の非難に構うことなく/敵へと視線を外すことなく、拳銃をしっかりと構えながら近づいてきた。
「……世話のかかるガキだ。こっちの思惑が台無しじゃないか」
無味乾燥ないつもとは違って、少し刺が含まれているセリフ/調子。ただ、常人からそうとは思われないであろう叱り声。
俺を監視していたニヤけメガネ(菊岡)の部下=榊さんが、乱入してきた。
「いいことを教えてやろう。追尾というのはな、相手に巻かれたと思わせたら勝ちなんだ」
小さくニヤリと口元を歪める。答えを告げた。その間も視線は、襲撃者に油断なく向けられている。その手に握った銃を、敵へと向けながら。
長々とご視聴、ありがとうございました。
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