―――撃たれる。
奇妙に引き伸ばされた刹那、向かい合う妹の敵。その細腕に握られる暗い銃口が向けられた時/一歩踏み込んだ瞬間、悟ってしまった。
―――ここまでか? 俺は……、ここまでなのか?
脳裏を占領した最悪なビジョンに、血管が凍りついた。沸騰し爆発していたソレは凍らされ、握りつぶされた。
死ぬのも殺されるの殺すのも、誰が正義で悪党で黒幕で傍観者で、自分がやっていることは本当に正しかったもっと上手い方法があったんじゃないかどうかまでも、どうでもよかった。よかった……はずだった。思い上がりだった。
―――俺はここで、撃たれて……死ぬ。
その単語に心臓が、握りつぶされた。頭に上っていた血も腹の底からこみ上げてくる怒りも何もかも、かき消されていた。
まっさらな/無力な/何処にでもいるただのガキ一人が、そこに投げ出された。
怖い、怖くて、俺はもう……。それでも視線は、敵を見据えている。
―――アイツがそこに、手が届くソコにいるのに……。届かないなんて……。
腰だめに握り締めたナイフ、空気を押しのけて突進。目の前の敵を突き殺すためだけの一撃。だけど痺れが全身に、伝染していく。気持ちだけが先走り、体を置き去りにした。
今まで抑え込んでいものが、剥ぎ取られていた。声を上げずに絶叫していた。奮い立たせる雄叫び/迫り来る死の顎への悲鳴、どちらともつかずゴチャゴチャのまま迸らせる、原始の咆哮―――
柔らかな床、踏み込んだ一歩。重さと力の全てがその足に集中させられた、処刑台への一歩。自らそこに踏み込んだ/踏み込まされてしまった。絶望で真っ黒になった。
殺される寸前何かが、今まで/ここまで支えてくれていた大切なモノが、抜け出してしまった。限界を超えた負荷が、支えを焼き尽くす……
するとガクンッと、体が沈んだ。視界が急に、一段下がった。
「―――ッ!?」
奇妙な浮遊感、体が傾いでいく。足がグニャリと曲がった。その突進の勢いのまま床へ倒れた。
足が体重を支えることを投げ捨てたことでの、転倒。敵前での大失態、前のめり突っ伏しながら倒れていく―――
でも、今はそれが功をなした。
敵が差し向ける死線から、外れた。同時に弾丸が、放たれた。
破裂音、閃光―――、ジリリと焦げる髪の毛。
本来眉間があったその場所を、弾丸が穿った/素通りした。過たず正確に二発、ダンッダンッと腹に響くような轟音とともに。でもそこには今、俺はいない。何も貫かずに飛び去っていく。
全身が総毛立った、ブワリと冷や汗が吹き出した。鼓膜はキーンと痺れ、鼓動はかき消されていた。何が起きたのか分からず、驚愕に打ち慄えていた。
ソレは、転倒間近に見えた敵の顔も同じだった。引き裂かんばかりに瞠目していた、アリエナイと、決め手から逃れた俺を見下ろす。
床にぶつかる、受身も取れずに倒れた。頭からの衝突で平衡感覚が崩れる、上下左右がわからなくなった。その勢いのまま、
「うぐぅぉお―――ッ!?」
「―――キャァッ!?」
互いに悲鳴を漏らした。
柔らかな低反発とともに止まる、背中から敵にぶつかった。はんば頭突きのような形で巻き込んでいた。
俺も敵もそのまま、床に体を投げ飛ばされた/倒される。
クラクラする頭、意識が酩酊したように定まらない。はんばうつ伏せのような形で倒されていると、体の奥底から忘れていた痛みと疲労が吹き出してきた/呻く。限界をふた回りは越えていた歪を、ここにきて一気に取立てに来ていた。
だけど、それでも立った/立ち上がる。
即座に半身を起こして見据えた敵は、背中から倒れて無防備。いきなりの奇襲に全く対応できなかったのか、痛みと混乱で顔を歪めていた。俺に反撃するゆとりなどなく、その手からは銃もこぼれていた。倒された衝撃で手から、剥がれてしまったらしい。
形勢は、逆転していた―――
こちらは掴み続けていたナイフ、一手先んじれる。それを逆手に握り締めなおしながら近づいた。
目と鼻の先、そこまで接敵されてようやく脅威に気づくと、防御しようと/逃れようと身構えた。しかしさせず/その前に、再びその細首を殴りつけながら鷲掴んだ、そのまま壁に叩きつける。
後頭部が強打されたから視線が彷徨う、グェッと悲鳴が嘔吐いた。最後の抵抗力が失われた。……やっと到達した瞬間。
ナイフを振り下ろす、少女のさらけ出された細い首筋に。致命の一撃を突きつける。真っ赤な血液を噴水のように撒き散らす。一滴残らず絞り尽くして、自分の血の海で溺れさせる、必ずそうする―――。スグがやられたように。
(思い知れ―――ッ!)
無言のまま、しかしおそらくは鬼の形相で、ただ復讐を果たし切るだけに集中していた―――。
だから、なのだろう……。もう一人の存在を忘れていた。
わずかに目の端で捉えた、俺に銃を向けている男を、忘れていた―――
「――――――ッ!!」
その罵倒は聞き取れず、惨残に歪んだ顔/憎悪に染まった瞳だけが目に飛び込んできた。
膝立ちで差し向けてきた銃口は、まっすぐ俺へと向いている。その指はしっかりと引き金にかかり、力を込めた。
カチリ……。金属同士が噛み合った音/撃鉄が鳴り響く。引き金が引かれる―――
次の瞬間、もう聞きなれた爆裂音が鳴り響いた。銃の発砲音。撒き散らされる硝煙と閃光。暗い銃口から弾丸が、飛び出した。
その延長線にいる俺の元まで、弾け飛んでくる―――
息を呑む/目を見開く、全身が固まって指一本動かせない。頭の中では、チカチカと走馬灯が回っていた。
―――ここで終わりか。もう偶然は……、起きない。
この弾丸は回避できない。衝突して貫かれて、致命傷を負う。たぶん命に関わるであろう一撃が、間違いなく/確実に起こる、あと数秒も経たないうちに。瞬きすらできない刹那、圧縮された瞬間―――
―――怒りに駆られて一人、突っ込んだ結果だった。ざまぁない……。
何も考えずただ逃げようとする敵を追って、手が届くまで近づいた。スグと同じような目に遭わせてやれる、はずだった。
でも、成し得なかった。悔しさが滲む/染み渡っていった。
(ゴメンなスグ。お前の仇……、とれなかったよ)
胸の内で嘆息すると、瞑目した。固く、口の中に広がっていた苦味を噛み締めながら。何もかも中途半端で終わらされる終りを/理不尽を、受け入れて。
俺を撃ち殺す弾丸。ソレを避ける術はもう、どこにもないから……。
―――……死神の不吉な足音が、高速で近づいて来る……
――……まるで滑るよう/跳ぶように、宙を穿って……
―……背後から俺を抜ける紺色が、瞬間移動のように……
……痛みも血腥さも吹き飛ばす黒髪の疾風を纏い、前へ前へ……
…目の前へ。弾丸の前で立ちふさがり、同時に抜き放つ―――
鈍色の鎌が、閃いた。
神様という奴は、やたらと俺にちょっかいを出したがるらしい―――
まさしく、一瞬の出来事だった……。呆然と、ただ目に映ったソレを流し見るしかなかった。
俺の頭か額を撃ち抜くはずだった弾丸、ソレが発射される直前、背後から猛然と誰かが駆け込んできた。引き金が引かれた、圧縮された時間の中で見えた旋回し穿孔せんとする弾丸、加速された刹那では指先一つ動かせない/回避不能。コンマ一秒後には到達し、さらに一秒後に俺の頭から真っ赤な曼珠沙華が咲き誇る……はずだった。同時に俺の横を、その誰かが駆け抜けていなかったのなら、立ち塞がってくれていなかったら。
腰まで届く艶やかな黒髪を流した、華奢な少女、おそらくはスグよりも年下。およそこんな修羅場には似つかわしくない、来ても足でまといにしかならない少女、身を挺してくれても時間稼ぎにしかならない。まして銃弾の前では、タダの無駄死にだ、その掛け値なしの勇敢さはまた俺の罪を重くするだけ。でも、その腰に日本刀を佩いていたのなら別だ。
まるで奇跡のように現れたその少女は、音速の中、すぐさま抜刀した。飛んでくる弾丸の軌道に、刃を合わせる/交差させる―――。その閃きが網膜を焼いた時にはもう、決着はついていた。
振り抜かれた少女の刀、薄暗がりの中では月光のように清冽な瞬きを放って。ソレに目を奪われる直前見えた、弾丸が二つに割れ互いにあさっての方向へ飛び去った軌跡が、確かに見えた。遅れて甲高い金属の音色が鳴り響き、耳朶を越え脳髄まで突き刺さってきた……。
目の前のアリエナイ出来事に俺は、敵の相方も同じく、慄然と目を見開かされた。何が起きたのか、本当にここは現実なのか夢ではないのか、斬鉄剣って実在していたのか……。頭の中が真っ白になっていた。
そんな俺たちに構わず紺色の少女は、残心をとると、敵の相方を警戒するようにその穂先を向けた。そして、視界に収めながらも俺の方へと振り返ると、その細面の横顔にニィと朗らかな笑顔を浮かべて、
「―――助けに来たよ、お兄ぃさん。感動した?」
まるで遅れてきたヒーローのように/イタズラを成功させた悪ガキのように、そんなセリフを決めてきた。
短かったですがご視聴、ありがとうございました。
感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。