Re:SAO √R   作:ツルギ剣

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 シノンは、マッド・デイモンが好きなんだろうか?


その心臓にナイフを

 

 くだらないこと、だけど私にとっては重要なことがある。儀式といってもいいだろう。

 

 重要な戦いに向かう朝、迷いを振り切るため/験担ぎとして、平日の朝6時55分と土曜日の7時25分に民放で放送しているニュースの星座占い『今日の運勢』。それを確認するようにしている。

 どれだけ訓練して、どれだけ装備と人員を整えて、どれだけ計画を緻密にかつ柔軟に対応できるものに組み立てても、運がなければ全てが台無しだ。ひどく腹立たしいことだけど、それは恐ろしいほど重要で、勝利間近の戦局を敗北必至に暗転させる力をも持っている。それがないことが分かったのなら、さっさと逃げないと全てを失う。

 でもそれは、人にはコントロール不可能で誰にもわからないもの。必勝法というものがあるとすれば、そもそも戦わないこと/戦い自体を起こさせないことになるだろう。―――それでも戦って、かつ勝たなければならない時が人にはある。

 だからこそ『今日の運勢』、仕組みは全くわからないけど『今日の運勢』、意味わかんないほど当たるので『今日の運勢』。それがないので日曜は避けなければならない。

 見逃したのならネットで再配信されたものを見ればいい、そう考えたこともあった。けど何故かソレは当たらない、生で見なければダメなのだ。なので、低血圧で/深夜型の不衛生な生活スタイルで/二度寝大好きで朝に弱かろうと、早起きしなければならない。泣きたいほど辛いが仕方がない、重要で確度の高い未来の情報なのだ。無理を押し通してでも獲得しなければならない。

 そして/だから見た『今日の運勢』は―――、2位!? しかも、仕事運と恋愛運が星5にくわえて「待ち人絶対来ちゃうヨ♪」とのお墨付きも! ……1位でないのは少々気がかりだけど、今日はいい一日であることが約束されたようなものだ。狩りには打ってつけの日。

 

 だから、なんの心配もない。準備は万端でやる気は十分。獲物は何処ぞのウサギでしかない、徹甲弾すら通さない硬皮に包まれた巨獣でも空を音速で飛び回る猛禽でも光学迷彩を纏った同類でもないのだ。気を使いすぎているぐらいだ。

 だから、今日はゴキゲンな一日になるはず……だった。

 

 

 

 

 

 ◆   ◆   ◆

 

 

 

 銃にセーフティーをかけ、脇腹に吊るしたホルスターに戻した。危険が完全に去ると、私の獲物を横から掻っ攫った不届き者=ヴァサゴは、ビビらされた分を倍するような悪態をついてきた。

 付き合うのも面倒なので無視すると、ちょうどいい具合に携帯が鳴った。携帯の着信音/映画ボーンアイデンティティの主題歌『Extreme Ways』が鳴り響く。

 すぐさまポケットから取り出すと、電話に出た。

 

『―――ヘッド、もう着きました。今どこにいます?』

 

 もしもしを言う前に答えてきたのは、逃走経路に予約しておいた足、同学年の同じクラスの/なぜか私に絶対忠誠を誓ってくれている女子高校生の一人=日笠陽子だ。

 答える声はちゃんと抑制されているが、嬉しそうな高揚感がにじみ出ている。千切れんばかりに尻尾を振り回している子犬の姿が、電話越しに見えた。

 

「あと5分以内で着くから、そこで待ってて」

『了解です。5分と言わず5時間だって待ちますよ!』

「あぁごめん。アナタは待たなくていいわ、バイクだけ置いていってくれればいい。後で必ず返す」

 

 チラリと、事の成り行きを見守っているヴァサゴを見た。

 本来の予定では、彼女とともにココから逃げるつもりだった、凶器の狙撃銃を処分できるところまで。今後の身の安全を考えれば処分よりも保管した方がいいのだが、このゲームを取り仕切っている『運営』の規模と正体を把握してきれていない今は、従順でいるべきだ。有能で尚且つ忠誠心もあることを証明しないといけない。

 しかし今、ここにはヴァサゴがいる。車かタクシーを用意できたのなら問題はなかったが、金も時間も足りなかった。何より、これ以上部外者を巻き込むわけにはいかない/詮索されるのは面倒だ。

 

『別に構いませんけど……。ヘッド、これマニュアルですよ?』

「問題ないわ。無傷で返す保証はできないけど」

 

 無感情ではんば本気の冗談を言うと、「えッ!?」と素の驚き。そして、ひきつった笑いが漏れ聞こえた。

 

『そ、そ、それなら別に……問題なしです! ぶっ壊してくれたって構いやしません。ヘッドのお力になれると思えば、全然減っちゃらですよ!』

「冗談よ。ちゃんと無事に返すわ」

 

 そう約束すると、明らかにホッと安堵の吐息を漏らした。

 かのVRゲームの中でも、マニュアルのバイクは乗り回したことがある。数十年か100年ほどの未来の話なのに、自動運転でもなくオートマティックですらないのは不思議だったが、設計者の趣味といったところだろう。今この時は助かっているので問題ない。乗りこなしているわけではないが、運転するのには支障はないはず。ただ現実では運転したことがないので、無傷というわけにはいかない……かもしれない。

 そんな不安はおくびにも出さず知らんぷりを決め込むと、日笠さんは了解の意を伝えてきた。

 

『……ご無事をお祈りしてます、ヘッド』

「ありがとう、日笠さん。

 ところで前にも言ったけど、その『ヘッド』とかいうの止めてくれる? ソレはアナタの役目で私のじゃないわ、他の人に聞かれたら困るでしょ?」

『あ……。す、すいません! ついいつもの癖で……』

「次からは止めてね」

 

 恐縮しきって何か言い募ろうとするのを、ソレで切った、二度目はないと。……何度注意してもできないので、ここでしっかりとネジを巻いておかないといけない。

 携帯をポケットにしまいなおすと、ドタンと音を立てながら個室の扉を蹴り開けた。ベニヤ板にしては重く、体重を込めた蹴りの勢いほど開かない。

 ソレもそのはずだ。半開きになった扉の外、男子トイレの便器が並んでいるタイル張りの床、二人ほどの男が鼻と額を押さえながら尻餅をついていたからだ。その横手や後ろにも数人、オドオドと目を泳がしている男たちの姿も見えた。……私たちの様子を覗き見していた助平たちだ。

 そんな野次馬たちへ冷たく/無感情に、凄みを利かせると、我さきにと慌てて逃げ出していった。「蜘蛛の子を散らすように」という言葉そのままに、狭い出入り口でもみくちゃになりながらも、全員退散していく。

 まるで、即興のコントでも見ているかのようなだった。目撃者の口は封じなければいけない、などの用心もバカらしくなってしまった。ただ溜息をつきながら見送った。

 そんな私をニヤついた顔で見上げているヴァサゴに向き直ると、言った。

 

「アナタ、足の用意はある?」

「この二本以外の予備はねぇよ」

「……どうやってここから抜けるつもりだったの?」

「俺の本職はスナイパーじゃなくてアタッカーなんでね。駆け足には自信があるんだ」

 

 自信満々に、気負いもみせずに言いのけた。

 常識的に考えれば、脳タリンと言わざるを得ない不手際だ。かりにも人ひとりを/ソレも何人も手ごわい警護がついている人物を暗殺するのなら、速攻で犯行現場から立ち去らなくてはならない。そのためにはどうしても車が必要だ。近くに安全が確保されているセーフハウスがあれば別だが、ここは敵地のど真ん中だ。さっさと退散するしかない、できなければ檻の中だ、芋づる式で私までそうなるかもしれない。

 でも今、私たちならソレも可能だ。私の場合はギリギリ常人の枠内にあるけど、パラメーター構成と肉体への浸透率が高ければ、車など必要じゃなくなる。映画『マトリックス』みたいなことができるプレイヤーも、いないわけではないだろう。……ただし、大衆の面前でその身体能力を見せたら/カメラに撮られでもしたら、アウトだけど。加えて、ここは大都会の真っ只中で、今は真昼間で空は晴れ渡っている。

 なので、眉をひそめて呆れながらヴァサゴを見下した。

 そんな私のダメ出しを気にもとめず、ただ肩をすくめると続けた。

 

「ただ、想定していたよりもトレイサーの食いつきが早え。ポリスが駆けつけるのはまだだろうが、振り切るのは面倒だろうな。できれば跡も残したくねぇ。

 てことで、相乗りさせてもらいたいだが……、いいかなヘッド?」

 

 わざとらしい言い回しにイラッと、青筋が立ちそうになったが……堪えた。こんなことでいちいち目くじら立てては、この先身が持たない。

 胸の内で溜息を漏らすと、スッパリと切り替え言った。

 

「マニュアルの中型バイク、運転できる?」

「オフコース! どんな暴れ馬だろうが乗りこなせるぜ」

 

 そう言うと、ウインクまで付けてきた。

 下卑たセリフ、だけどカラッとした人懐っこさがこもってもいる言い回しだった。彼にとっては挨拶みたいなものなのだろう、顔の良さと相まって言葉ほど下半身の情熱は伝わってこない。ソレはわかるのだが、再びため息を漏らしそうになった。……この男とは、どうしようもなく相性が悪いのかもしれない。

 

「ついてきて」

 

 直視するとイライラが募るだけなので、顔を背け先を急いだ。男子トイレから抜け出る。

 

 再び廊下に出て目的の非常口に向かうと、振り向かずにヴァサゴに尋ねた。

 

「アナタの上司の場所まで案内してもらうことになるけど、構わないわね?」

「いいぜ、こっちもそのつもりだった。ただし、会うかどうかはボスが決めることだ」

「ソレ、アナタの紹介だけじゃ役に立たない、てこと?」

「ほんの少しテストするだけだ。お前の実力と根性が本物なら、ノープロブレムさ」

 

 意外な抵抗のなさに、目を丸くしてしまった。もう少し渋るものだと思っていたけど、存外に簡単だった。

 これで一歩、『運営』に近づけた……。このミッションの健闘賞よりも実りがあった。アクシデントは逆にチャンスへと変わった。

 溢れそうになる笑みを隠しながら続けると、

 

「もう一つ。

 なんでわざと、ターゲット以外を撃った―――」

 

 

 

「―――見つけたぞ! この人殺しがッ!!」

 

 

 

 廊下すべてを揺るがすような怒声が、背中から叩きつけられた。

 反射的に、振り返ってしまった―――

 

 いつもならこんな時、そんな本能は押しつぶせた。

 反射的に反射しない、ソレは大抵最悪なことしか引き寄せないから。熱くて火傷しようが沸騰しているヤカンに触れ続けなければならない、戦いの渦中ならばなおさらだ。人間の身体と心には、予めプログラミングされた行動規範がある。それは強く明確に意識していなければ、絶対に避けられず従ってしまう強制力を持っている。スナイパーとして標的を撃つときの大半は、相手のソレを捉え切った瞬間だ。だから、そうでない人間よりもソレに注意を向けていた、ソレの恐ろしさを熟知していた。

 だけどその時、ソレができなかった。叩きつけられたセリフが、私にとってのタブーだったから。私が今の私になった原点を、呼び起こすものでもあったから……。

 振り返り、その少年を見た。

 

 

 

 瞬間、全てが瓦解した。

 

 

 

 悪魔に魅入られてしまったかのように体が、思考までも凍りついた。

 なんでココに、彼がいるの……?

 

 眼前のあり得ない現実を受け入れる、その前に、鈍色の光が煌めいた。硬直したままの私に向かって真っ直ぐ、飛んでくる―――

 ソレがナイフだとわかった時には右肩から、鋭い痛みが走った。電撃を浴びたように、焼かれながら痺れていく。……右肩から溢れてくる激痛は、ナイフがはんば突き刺さっていたから。

 ソレが視界に映ると、焼けるような痛みが全身に燃え広がった。冷静であった今までが一気に、吹き飛ばされた。

 

 

 

 

 

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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