Re:SAO √R   作:ツルギ剣

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衝突

 

 

 息せき喘ぎながらも走る、走る、走る―――

 急な激しい運動で心臓がバクバクとがなり立てていた、足の筋肉が焼かれているように痛い。逆に右手は、ちょうどいい温もりに覆われて激痛が紛れていた。足を止めたらすぐに、ソレが再発するのかもしれない。

 たった3ヶ月……。骨と皮だけだった死体一歩手前から直葉となんとか張り合える今日まで鍛えてきた。だけど足りない、それでも足りない、全然微塵も悲しくなるほど足りなかった。たったそれだけでは、かつての超人的な運動能力は再現できなかった。たったの1割ほども引き出せない、この程度のダッシュで息切れを起こすことなんてありえなかった、音速ぐらいださないと走った気にもならなかった。

 でも、ここは現実だ/ここが現実だ。厳密な物理法則と人体構造の限界で雁字搦めに抑え付けられている世界だ。無理に引き出そうとすればすぐに悲鳴を上げる、そもそも体がついてきてくれない。

 

(……クソッ! なんて重い、なんでこんなに……遅いんだよ!)

 

 イラつかされる。心は、あの頃/あの世界でならとっくに目的地へたどり着いているのに体はまだはるか手前、追いかけている最中だった。気を抜けばすぐにでも倒れてしまいそうなほど弱ってもいた。

 わかっていたことだった/つもりだった。あれは仮想現実、ありえないはずの世界でしかないと、ここにはそんな奇跡も魔法もないと。今の自分に与えられているのは、あの世界では初期レベルほどのパラメーターでしかないとも。わかっちゃいた。

 でも―――

 

(早く……、早くしないと見失う。見失っちまう! アイツが、アイツを―――)

 

 だから走る、弱気になる暇も燃料にして、走った。腹の奥底から噴き上がり続ける怒りが、体の悲鳴を凌駕していた。限界も痛みも無視して、燃やし続ける。

 だからか、もはやまともに呼吸できているのかもわからない。鼓動すら鳴らされ続けて聞こえない。体や周囲は騒々しいほど変わり続けているが、心の中は冷えて穏やかなまでに……静まっていった。

 颶風のごとく、雑踏を最速で駆けていく。その度に誰かの悲鳴じみた声が聞こえてくるが、耳には残らずすぐに霧散した。もう弱すぎる体を罵倒することもない、ただ走るために走った、一分一秒も刹那も無駄にできない。全てを置き去りにしてただ、目的だけを見据えて。

 走る、走る、走る。駆け抜ける―――

 

「―――絶対に、逃がさない!」

 

 胸の内で煮えたぎっているモノが、言葉としてこぼれた。

 体中疲労と痛みでオーバーヒートし、溶解しはじめてもいた。所々から力が抜け落ちていくのがわかる、足からも抜け落ちて走っているのかどうかすらわからなくなっていく。現実感覚が消えかけていた。気絶一歩手前、指先でほんの少し背中を押すだけで倒れてしまうのが分かる。ソレを思うと怖い、何もできないまま閉ざされる……。あの【You Dead】の再来だった、全てが凍りつく。

 だけどそれ以上に、胸が熱かった。燃えていた/今にも弾けそうだった。そこがまるで、焼けた金属をたっぷりと詰め込んだ溶鉱炉になって煮え滾っていたから。その炎熱と爆裂の予感に、もう一秒だって耐えられないから―――

 口元が自然と、笑っていた。嗤いが抑えようもなく、漏れ出てきた。

 

(もう雌伏の時は終わった、敵の姿はこの目にハッキリと焼き付けた。なら、やるべきことは一つだけ、迷わなくていい―――)

 

 いつの間にか、目的の場所に到達していた。

 

 

 

 この過密で地価が高すぎる都市部にあるとは思えないほど、巨大な建造物。―――渋谷コンサートホール。

 人気歌手のライブでもやるのか有名な奏者の演奏でもやるのか、思い思いの格好をした観客で混み合っていた。ワイワイがやがやと人の熱で溢れている。

 

(ココにいるはず。だけど……、人が多い)

 

 人ごみの大きさに二の足を踏みそうになったが、すぐに意を決した。迷いなく足を踏み入れる。

 俺の有様を見てか、外以上に騒がれたが無視。ソレが波のように伝播し、俺の周囲に間を作るよう露払いをしてくれた。キチガイか犯罪者だと思われたのだろうが気にせず、あたりを見渡すと―――。一人の人物が目に留まった。

 ピシリと黒のスーツで決めていた男の背中、どこにでもいるようではあるもののそれゆえに特異な人物。はしゃいだり騒ぐ他と違って静かだ。荒立っている人ごみの中、そこだけが凪いだように鎮まっている。

 それが誰であったのかすぐさま思い至ると、理解した。

 

(榊さんがココにいるってことは……、やっぱりここだ。この中の誰かだ!)

 

 彼がすでにココに目星をつけていたことには、驚かない。彼ならそんなこともできるだろう。あの世界で獲得した第六感ともいえる超感覚での索敵を誤魔化してみせた彼ならば、堂々と監視し続けてきた彼ならば、俺と違って銃と現代戦に詳しいであろう彼ならば、もう犯人すら割り当てているかもしれない。この雑踏の中にいる誰かからアイツを。……希望的すぎる予測だが直感に従った。

 彼の注意の先だけに集中した。微かな糸を手繰り寄せていく―――

 目に留まったのは、二人の男女。

 一人は、二枚目の俳優みたいな美形で尚且つ日本人離れした外見の男。もう一人は、縦長のケース/バイオリンを入れるような高級そうなケースを肩に背負った少女、メガネをかけた大人しそうな少女だ。陽気にしゃべりかけている男と違って物静かに黙ったままの少女、その全く正反対の雰囲気そのままに、戸惑っているように見えた。

 一見すると共通点がないようなちぐはぐな二人、どうして一緒にいるのかわからない。近くにいる以上、友人かそれ以上の恋人同士なのかもしれないが、見た目から雰囲気まで真逆すぎる。親しいのなら外面の反りは合わなくても、それなりに波長だけは噛み合い収まりがつくはずだが……、ソレを感じ取れなかった。

 顔の強張り、肩の緊張、慎重な歩の進め方……。追われているもの特有のハッキリした所作はなかった。背中をしきりと気にして振り返りビクビクと目を泳がしているなど、残念ながらない。周りにいる幾人にもそれが見て取れるように、微かな強張りでは犯人たりうる証拠にはならない。

 だけど、続いて起こった緩み、集中していなければ見逃してしまうほどの些細な変化は違う。どういうわけか不意に、追跡者たる榊さんが警戒を逸した。あさっての方向へ行ってしまう。そのことで起こった気の緩み。それが美形の男の顔と背に映っていたからだ。注意が逸れて安堵したのだろう、張っていた肩の力が抜けホッと僅かに安堵の吐息が漏らしていた。

 

(……コイツらか?)

 

 遠目で捉えていた不確かな黒の犯人に、彼らの姿が重なった。目に映っている男の姿と犯人の姿が―――。

 はっきりとした答えを得て心臓が跳ね上がった。ブルブルと震えてくると、握っていたナイフが掌に食い込んできた。

 ひんやりとした金属の冷たさと硬さが、ボコボコと煮立っていた胸の内を一時鎮めた。冷静さを取り戻す。

 

(まだ早い、まだ堪えろ、あともう少しだ―――)

 

 二人は会場へと進んで、榊さんは彼らから離れていった。何とか気持ちを鎮めると、人を掻き分け二人のあとを追う。

 会場の中。入った瞬間、エントランスよりも一段と騒がしくなった。俺を見て息を飲む者/ブルブルと震えながらも悲鳴を上げる者。だけど無視、気にしていられない、目的だけを見据える。客席すべてを俯瞰し、二人組の男女を捜す。

 特徴的な外見であったことが幸いした。彼らはすぐに見つかった。入ってきた大きな正面の出入り口とは別の、側面の小さな出入り口から外に出るのが見えた。

 急いであとを追う。観客を押しのけ、縫うようにして駆ける。その度に何やら叫ばれるが、無視し続ける。

 そして思い切り、体当たりするようにして扉をくぐり抜けた。

 抜けた通路で、罵倒を漏らした。二人の姿を見失ってしまった。

 

「……クソッ! どっちに行った」

 

 二手に分かれた道、どちらに向かったのかわからない。

 一方はエントランスへの道で、もう一方は建物の奥に続く道。前者に向かったのであれば直ぐに逃走できるが、そこにはまだ榊さんがいるかもしれない。あるいは、援護の別の追手が。もう一度そこに姿を現してしまえば警戒されるのは必定。後者に向かったのであれば袋小路の恐れはあるが、そこに追手はいない。この建物の見取り図を把握しているのなら、別の出口に向かうこともできる。追手を完全にまくことができる―――

 考えるまでもなかった。悩む時間すらもったいなかった。

 舌打ちと毒づきを吐き出すと、奥へと続く道へ向かった。

 走る、走る、走る―――。またもや二人を追って、走り続けた。

 だけど、彼らの姿はない。見渡しても、耳を澄ましてみてもわからない。屋上に行って犯人の足跡でもわかれば、それを頼りに追跡はできるが今はできない。屋上に行って確かめる暇はない。監視カメラの映像をのぞき見できれば直ぐにわかるが、一人ではそれもできない。この目と耳だけが頼りだ。

 焦りながらも慎重に探り続ける。まだ遠くに逃げてしまったわけではない、近くにいるはず。現実世界には【転移結晶】なんて便利な緊急脱出手段がなければ、こちらの感覚をごまかす透明化アイテムも存在していないはず。俺は奴を、追い詰めているはずだ……。

 

(ここで逃すな。ここで見逃せば、次はない―――)

 

 挫けそうになる心を奮起させた。約2年間で培ってきた戦いの勘が、ここが正念場だと告げていた。

 焦燥感に駆られながらも冷静さは残して、慎重に【索敵】を続ける。どんな些細なことも漏らさないように、感覚を尖らせ周囲全土に広げる。集中し続ける。脳と全身の神経が今までにないフル回転で軋みをあげていた。全身の毛穴が一気に広がり、そこにめいっぱい針が突き込まれていくような、焼けるように寒い/凍りつくほど熱い。

 熱く、冷たく、痛く、息が詰まる。すぐにも破裂しそうな拡張感、見えていた現実の風景がガラリと変わった。今にも意識が消し飛びそうになる、急激な情報の洪水に脳がフリーズする/弾ける―――…… 。

 意識が途切れそうになる寸前、見つけた。

 視界の中に入ってきた。美形の男とケースを肩に背負った少女。通り過ぎようとしていたトイレから、その姿を現してきた。

 現れた二人は、こちらに気づいていない。背を向けてどこか、この建物から見つからずに脱出できる道へと進もうとしていた。

 ニヤリと、口元が歪んだ。待ちに待った好機が到来してきた。彼に近づき、今まで抑えに抑えてきた激情を爆発させよう手に力を込める。

 だけどふと、違和感を感じた。【索敵】で捉えた犯人の姿と、目の前の美形の男がどうにも一致しなくなった。近くで見れば見るほど、彼の体格と犯人の体格が違っているように見えてならない。犯人はもっと、細身であるはずだから。そう、隣にいる少女のような……。

 

(……どっちだ? どっちがアイツだ?)

 

 足が止まってしまった。どちらなのか判別がつかない。どちらかは無罪なはずだ、人質にされているのかもしれない。それがもし男の方でなかったとしたら、あんなこと可能なのか? できるようには見えない……。

 湧き上がってしまった疑問。確認しなければならない。本当に彼なのか、あるいは彼女の方なのか。もしくは二人共違うのか? 

 初エンカウントで奇襲という好機、二人が共犯だったのならなおさら。千載一遇のチャンスであるが同時にやらねばこちらが不利になる。だけど台無しにしても、ソレは確かめなければならない。

 でもどうやって? ……。すぐにも爆発したがっている手を抑え込んだ。高ぶった気持ちを鎮め直し、落ち着かせた。幸い、確かめる術は知っている。あちらの世界で何度か試し、効果があることは知っていた。

 方法自体はいたって単純。重要なのはこちらの態度で、見破られなければいい。今回のものは一瞬だけでいいのだから、そのような胆力もあまり必要じゃない。【索敵】で捉えた体格以上に印象に残ったモノを確認できれば、もう我慢する必要はない。

 息を思いきり吸って止める。気合が全身に充満すると一気に……、吼えた。

 

 

 

「―――見つけたぞ! この人殺しがぁッ!!」

 

 

 

 大音量の咆哮が、通路いったいを戦慄かせた。

 何事かと注目が集まる、コチラに振り返ってくる。―――その顔を見た。

 少女と、目があった。

 

 

 

 瞬間、全てが一致した。

 

 

 

 向けられた瞳と、かつて見た瞳が一致した。その視線に含まれる凍えるような冷気は……、見間違いようがない。

 振り返ったその顔は俺を見て、驚愕に染まっていた。

 理解と同時に/すでに、腕が動いていた。

 大きく回転させながら、振りかぶっていく。その手に握っていたナイフを構えて―――、【投剣】の初動モーションをとっていた。

 

 あちらで【投剣】スキルは、スキルスロットルの埋め草的に入れているだけのもの。熟達させたほど使いこなしてはいない。ただ、必中の魔法攻撃や遠距離攻撃のたぐいが存在しないあちらにおいて、唯一と言ってもいい遠距離攻撃スキルだ。戦術の幅を広げるためにも重宝はしていた。飛行タイプや森や建物の中で立体機動をするモンスターと戦うときには、大いに役に立つ。ソロプレイヤーであったために数こそ少ないが、誰かとパーティーを組んだ時には敵の攻撃を牽制しキャンセルさせることもできる。だから、一通りの使い方以上のことは身につけていた。回避率の高いすばしっこいS級食材でなければ、ただ呆然と立っているだけのカカシなら、外すことなど有り得ない。

 でもソレは、あちらでの話だ。ココは違う。ココではソードスキルは……、使えない。

 だからコレはただの、勘違いでしかない。まだあちらでついた癖が抜けきれていないだけ、残響に従ってしまっただけ、今の自分があの頃と同じだと錯覚しているだけ。だから、すぐに修正される/ただの妄想だと露わになるだけ……、そのはずだった。

 ナイフを包み込むように握り、その刃の上にまっすぐ伸ばした人差し指と中指を沿わせる。半月を描くように振りかぶり回しながら、遠心力でエネルギーを貯めていく。その鋒に、全身・全ての力を集約していく。腕も伸びて力が鋒へと高まめられた最高潮、最後に手首のスナップを効かせて捻りながら切り離す。……【投剣】スキルの基本技【シングルショット】の動きを、完全にトレースしていた。

 

 シュッと空を裂く音が、遅れて耳に突き刺さった。振り下ろした感覚がない/覚えてない、腕の筋肉の限界も邪魔する空気の摩擦もなかった。気づいたときにはもう、手からナイフは離れていた。そして、空中を真っ直ぐに飛ぶ。

 俺の大事な者を傷つけた敵にようやく、喰らいつけた。

 

 




 長々とご視聴、ありがとうございました。

 感想・批評・誤字脱字のしてき、お待ちしております。

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