トン、トンと靴が鉄の地面を鳴らす音が聞こえた。
聴覚が良いガジルだからこそ聞き取れた音だろう。距離にして30メートル。
ゆっくりと探るように近くのが分かる。
「来たか...」
ニヤリと笑う。
ガジルは妖精の尻尾に攻め込むという話を聞いた時点で来ると予想していた。
いや、来ないはずがない。
渡り廊下を歩くのは桜色の髪をした一人の女。
右腰には白の鞘に収められた刀があり、服は至って軽装。
「何だあいつ?」
「知らねぇな。けどえらいペッピンなお嬢ちゃんじゃねぇか」
「それはいい!それじゃあ──」
幽鬼の支配者の女に飢えた悲しい3人の男が女に向かって飛びかかった。
「──邪魔です」
伸びて来た手の関節を極め、鳩尾と膝にそれぞれ一撃。流れるような手つきで投げ飛ばし2人目の顎に掌底を叩き込み沈めた。
3人目は鞘から刀を抜刀し、逆刃を頭に叩きつけた。
時間にして僅か2秒。
「──次は貴方です」
「──ほざくなよ女」
サクラ・アガートラムは静かに刀を構えた。
アリアが目隠しを外した途端部屋の空気が変わった。
部屋一室が魔力で覆われるような感覚。
「私は普段目を隠すことで力を抑えているのですよ。あまりにも強大な力なのでね」
「・・・」
エルザは話を聞きながらも周囲に目を配らせていた。
ジョニィが残した紙にアリアのことも書いていたからだ。透明化の魔法は書いてはいなかったが。
それ故に驚かず冷静に対応出来る。
周囲には無数の木。この一室だけか森の中にいるような錯覚を覚えさせる。
「では改めて死んでもらいましょう」
途端エルザの乗っていた木から枝が現れた。
エルザは宙に飛び上がり剣を構える。それと同時に100を越える枝が飛来する。
「換装!飛翔の鎧!」
ヒュンと音を散らし枝を避ける。
木を伝い加速しながら落ち、そのまま走り続ける。
その間も枝は飛んで来たが体は捻りひたすらに躱す。
「──種子砲」
ニョキッ、と可愛らしい植物の芽が湧いた。
エルザはそれを目で見つつなお走る。
「ハァァァァ!!」
双剣がアリアを捉えるまで50cm。
エルザの左腕に穴が空いた。
「ぐっ...!」
「空域 滅」
空気の衝撃が襲いかかり、大きく吹き飛ばされ木に背中から直撃した。
更に一瞬の隙をついて木の枝がエルザの体に突き刺さる。
「ッ...!」
大雑把に枝を抜き、すぐに立ち上がる。
傷は思ったよりも酷く、血が漏れ出した。
だが倒れるほどではないと思った時だった。
腕から木が生えた。
「は?」
「言い忘れていましたがユグドラシルは相手に傷を与えた時に傷口を媒介として相手の魔力を全て木に変換させます」
全身の脱力感が増えると同時に木がますますと大きくなり自分を飲み込もうとした。
エルザはとっさに腕を動かし傷口を大きく抉り出した。
そのおかげで木に呑まれることはなかったが出血が激しくなった。
「くっ...」
袖を千切り傷口に巻きつける。
血の出る勢いは収まったが次に喰らえば後がない。
だがダメージを受けずに勝つことなんて出来るだろうか?
力の差では勝っているが数の差が激しい。
流石に枝と種を全て叩ききれるかと言われると答えは曖昧になってしまう。
「・・・」
全ての鎧を頭に思い浮かべる。
妖精の鎧、煉獄の鎧も魔力が尽きかけのため換装は不可。天一神の鎧はもっとダメだ。
飛翔の鎧でも間に合わない。
「さぁ、抗いなさい!」
撃たれる。
その度に腕に痺れが走る。
どうする⁉︎どうする⁉︎
エルザはひたすら自分の中で勝てる手段を考える。
(今の私では捌き切れない...もっと早く、強く...!)
太ももに枝が突き刺さる。
自分の刃を太ももに突き立て枝ごと抉り取ると太ももから足先にかけて血が垂れた。
集中力はすでに限界を越しているのか少しづつ反応が遅れ始めた。
視界はすでに歪んでおり立っているのが不思議なぐらいだった。
「これで最後です!
木々がうねり一匹の龍と化した。
空間を震わせながら周りにそびえ立つ木々をなぎ倒し、エルザへと突き進む。
意識を無理やり覚醒させ回避しつつ龍の上に登りアリアに近づこうとするがその間も枝は飛んで来る。
「うぉ...おぉぉぉぉぉ!!」
直撃を避けながらも必死に迫る。
刃が届くまで残り一歩。
「案外つまらなかったですね」
下から突き上げるように出て来た樹木はエルザの腹を勢いよく叩きつけた。
そのまま上へ上へ伸び続け天井を破り、さらにその上の階の天井を突き破る。
更に突き破り続けギルドを突き抜けた。
体の中にダメージが与えられたのではないので体は木にはならないがダメージは計り知れない。鎧を着ていたとしても肋骨はいくつか折れ、更には出血多々。まだ生きてるのが奇跡。
アリアは樹木を伸ばしエルザと同じ高さまで近づくとおもむろに両手を開け、妖精の尻尾がある方向に向かい叫んだ。
「妖精女王は私が打ち取った!」
その後に高らかに笑う。
耳にこびりつく嫌な笑い声だ。
エルザはなんとか顔を動かして下を見るとギルドの仲間がザワザワと声を立てていた。
マカロフがいない時の最終兵器とも言えるエルザがやられた。
つまりは敗北。
「.......だ...」
それは違う。
手も足もまだ動く。負けていたのは自分の心だ。
ギルドのため、この戦いだけは負けられない。
「──まだ、戦える....!」
エルザを突き上げていた木がバキィ!と純粋な握力で粉砕された。
言っておくが握力で木を潰すなんてことはほとんど不可能である。
「な...貴女まだ動けるというのですか⁉︎」
木で作られた龍が再び舞い上がりエルザに迫る。
「邪魔だ!」
銀閃が光った次の瞬間には龍は10当分にされていた。
アリアとしては心底驚愕しているだろう。
先程まで死にかけだった人間が明らかに強くなっているのだ。
「私はまだ戦えるぞ...!」
「よろしい。ならば戦争と行こう」
木が舞うと、剣が舞う。
剣が舞うと、木が舞う。
一種の美しさを持った戦いは更に激闘を繰り広げていた。
アリアは以前変わらない魔力で木々と空気を操り、エルザは手に持った剣を修羅の如く振るう。
「何故動ける...!」
「仲間のためだ!」
背後からの枝もまるで見えてるのかのように対処する。
「仲間のためだと⁉︎なんと見苦しい!」
「ぐっ...」
木の龍が同時に3体。
防御でダメージを防ぐが受けた傷が開き血が漏れ出す。
「仲間なんていても何も変わらない!」
「違う!仲間がいるから強くなるんだ!」
木をかいくぐり拳をアリアへと叩きつけた。
「私に傷を!...ユグドラシル!」
アリアの魔力を通して木々が──
「確か、これだったか?」
生えなかった。
ユグドラシルを使うのに絶対必須のダークブリングがエルザの手の中に収まっていた。
「貴様アアアアアァァァァァァァァァ!!!」
ダークブリングに固執した故に、自身が魔法を使えることを忘れてしまった。
過ぎた欲は身を滅ぼすというべきか。
エルザはただ走ってくるアリアに拳を構える。
「返せェェェェェェ!!」
弓を引くように大きく腕を引き、足を強く踏み出す。
緋色の髪が宙になびき、拳は真っ直ぐと伸びアリアの顔を直撃した。
「これが家族の力だ」
会心のドヤ顔で気絶したアリアに言うのだった。
NEW SKILL!
ユグドラシル...六星ダークブリングの一つ。木々を操る力を持っており、そこから放たれた木や種に当たると相手の魔力を暴発させることで木にさせる。一発当たったらほぼ即死である。
アズマの能力に近いけど違うよ。
次回はサクラとガジルの戦い。
エルザとアリアの戦いはもっと熱くしたかったけど作者の力じゃこれが限界だった。