東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第七十話 いつ戻った、の答えなんて聞くだけ野暮

 

 呆然とする二人を放って村紗が橙矢に駆け寄る。

「橙矢、待ってたよ」

「なに、お前がいつまで経っても戻ってこないから来てやったんだ」

「相変わらず優しいね、橙矢は」

「当たり前だ。俺にはお前しかいないからな」

「橙矢……」

 村紗が橙矢の胸元にすり寄り、橙矢はそれを甘んじて受け入れる。

「で、そこの水蓮と天子はなんなんだ?」

「ッ!………ボク達のこと、覚えてたんだね」

「忘れるわけないだろ?………んなことどうだっていい。問題はどうしてここには必ずいないはずのお前達がいるかって話だ」

「…………確かにボクは白狼天狗の身でありながら無断でここまで来た。そして天人様も天人という立場でありながら地下に来た。……正気じゃやらないよこんな馬鹿げたこと。けど、原因は君にあるんだな、東雲君」

「へぇ、俺が?」

「君、何処で油を売ってる」

 突如、橙矢が吹っ飛んだ。

「ッ!」

 水蓮はいつの間にか弓を展開して矢を放った体勢になっていた。

「戻ってこい東雲橙矢!」

「待ちなさい白狼天狗!狙うならあの舟幽霊を狙いなさい!」

「チッ!分かってらァ!」

「キャラ変わってる……!?」

「村紗!」

 狙いを村紗に向けて放つと直撃する直前で橙矢が割って入り、弾いた。

「村紗、無事か」

「うん、橙矢が護ってくれたから平気だよ」

「ならいい。お前は下がってろ。俺が片を付ける」

「大丈夫だよ。……一緒に戦お?」

「…………いいのかお前は」

「橙矢と一緒なら、何処でだって」

「そうか、なら行こうか」

 橙矢の隣に村紗が立つとそれぞれの武器を二人に向ける。

「本気……だね、東雲君」

「参ったわね。東雲だけならまだ二人がかりで抑えられると思ったんだけど……」

「ともあれ、ボクじゃ東雲君の相手は荷が重そうだ。さっさと村紗水蜜を倒してそっちに行くよ」

「なるべく早くしなさい。……三分持つか……いや、もっと早くよ」

「厳しい注文してくる、ねッ!」

 屈むとその力を解放して村紗に迫る。

「ッ!」

 勢いに任せた蹴りを錨で受け止められるが後方に吹き飛ばした。

「村紗!」

「余所見とはいい度胸ね!」

「テメェ………!」

 振り下ろされる剣を刀で受け止め、押し返す。

「全人類の緋想天!」

「ッ!」

 後退しながら剣を構えて紅い閃光が走り、橙矢に直撃した。

「しゃらくせぇ!!」

 刀を振り上げて閃光を弾き飛ばすと天子に迫る。

「始めましょうか!私と貴方だけの戦いを!」

 振り下ろした刀を剣で受け止めるが、あまりの重さに天子の足元にある地が耐えきれずひび割れる。

「……………!」

「お前なんざと遊んでる暇ねぇよ!」

 腰を捻り、蹴り飛ばすと追撃をかけるために接近して回転しながら斬りつける。

 剣戟が響き、その衝撃で血の池の血が弾け飛ぶ。

「東雲……!アンタどうしちゃったのよ!あの舟幽霊のせいで……」

「お前こそ何を言ってる。俺と村紗は昔からずっと一緒にいた仲だ。それを今更引き裂こうなんざ!」

「噂には聞いていたけどここまで洗脳されてるなんてね……!つくづく救いようのない馬鹿が!!」

 渾身の力で振り上げると刀を弾きあげ、目の前に剣を構えて再び叫んだ。

「全人類の緋想天────!!」

「小賢しい!」

 手を翳すと紅い閃光を受け止め、握り潰した。

「う、そ………」

「万策尽きたか?天子」

「何してるんだ───!!」

 振り抜こうとした腕に妖気で生成された矢が突き刺さり、止まった。

 その隙に距離を取って構える。

「…………邪魔が入ったか」

 水蓮の方を一瞥した、時に天子が一気に接近して腹を蹴りつけた。

「馬鹿が……!そんなもの!」

 返ってくる血を腕を振り上げて天子に浴びせ、視界を防いでさらに斬撃を放って天子の左腕に直撃させた。

「………!腐っても東雲というだけあるわね!」

「消えろ!村紗に仇なす下郎は、俺が殺してやる……!」

 何度も各々の得物を弾き合いながら、天子が使えない左腕を、橙矢は鞘を突き出した。

「全人類の緋想天!」

「猪口才な………!」

 緋想天と鞘が激突して互いに吹き飛んで橙矢が血の池に落ちた。

「橙矢!」

「君の相手はボクだ!」

 橙矢のもとへ行こうとする村紗を背後から掴むと手前に引き倒し、跳び上がって刀を振り下ろす。

「っとうしぃ!」

 腕で地を押して跳ねるとそのまま水蓮の腹を繰り上げた。しかしあらかじめ予測していたのか掌で受け止められていた。

「掴まえた………!」

「ッ!」

 刀を振り上げて逃げられない村紗の足に突き刺した。

「ッアアアァァァァ!」

 苦痛に村紗が叫び声を上げると同時に水蓮目掛けて血の池から斬撃が飛び出してきた。

「チッ!東雲君か……!」

 悪態をつくと村紗を突き飛ばして斬撃をやり過ごす。

「オオオオオォォォォォォォォ!!」

 血塗れになりながらも咆哮を上げ、橙矢が水蓮を吹き飛ばして村紗の前に立つ。

「村紗!お前は下がってろ!後は俺がやる……!」

「……うん、頼んだよ」

「逃がすかッ!」

「いいや、させてもらうぞ」

 一瞬で水蓮の目の前に行くと腕を掴んで知らず知らずのうちに迫っていた天子に向けて振り抜いた。

「ガッ!?」

「今のうちだ。さっさと行け」

 すると村紗の身体が液状化して地に消えていく。

 それを確認すると橙矢が刀を鞘に収めて構えを解いた。

「…………?」

「……………東雲?」

「お前ら、何しに来た」

「何しにって………」

「まさか俺を助けに?………馬鹿かお前らは」

「………どういうことよ」

「俺は俺の意思でしていることだ。……あいつは全てを敵に回した。周りには敵だらけ。……そんな奴を放ってはおけない」

「けど村紗水蜜は!君を無理矢理……」

「だから何だ、俺があいつを護るのを止める理由にはならないッ」

 急に口調が強くなり、二人を睨み付ける。

「俺はあいつの盾だ。村紗を殺りたいならまずは俺を殺しな」

「………なら、早く貴方をやりましょうか」

 天子が緋想の剣で橙矢を指すと冷ややかな目で見下した。

「どうしてもやる気か」

「アンタが戻る気がないのならね」

「────ほざけ。お前ら程度で俺を殺ると?ずいぶんと大物になったものだな天子」

「それはこっちの台詞よ橙矢。………アンタはそこまで馬鹿じゃなかったはずよ」

「………なら見せてもらおうか。お前らが本当に俺を殺せるのか」

「アンタって奴は………!後悔しても知らないわよ!」

 一気に橙矢の懐に潜ると死角から剣を振り上げる。しかしそれを橙矢は視界にいれるよりも早く刀を立てて受け止めた。

「狙いはいいが、まだ甘いな」

 剣先を掴むと自身の首に突き付けた。

「ここを狙えよ。まっすぐな」

「………!」

「天人様!どいて!」

 水蓮の声に反応すると掌を斬りつけながら橙矢から離れる。合間なく橙矢の顔面に矢が突き刺さる。

「…………妖気は喰えねぇよ」

 噛み砕いていた。

「相変わらず滅茶苦茶な……!」

「いつも通りだろ。…………さて」

 砕けた妖気の破片を掴むとそこから矢の型を取った。

「トレース………!?」

「撃ち破れ」

 橙矢の一言と共に撃ち出された矢は水蓮に向かって飛んでいく。

「そんな紛い物で……!」

 懐刀を逆手に掴んで矢を弾き飛ばすと橙矢へと走り出した。

「そんなもので!ボクを止められるわけないだろ!」

「いい加減大人しくしなさい!」

 左右から振り抜かれる刀と緋想の剣を見ると橙矢が鞘を刀の柄にくっつけ、それぞれを受け止めた。

「…………!?」

「随分と好き勝手言ってくれるな。紛い物?ハッ、上等じゃないか。俺は今までどうやって来たと思ってる?言うなればただのできの悪い鏡だ」

「ふざけるなッ!」

 水蓮が刀を蹴り上げて橙矢の上体を仰け反らせると懐刀を両手で掴み、振り下ろす。

 身体をくの字に折り曲げ、避けると不安定な体勢のまま水蓮を蹴り飛ばした。

「…………ッ」

「力量は歴然だ。諦めろ。村紗は傷つけさせない。そもそも二人で俺に挑もうなんてこと自体が馬鹿なんだよ」

「─────では我等も混ぜてもらおうかの」

 瞬間、橙矢が強風により打ち上げられ、そこから一匹の龍に吹き飛ばされて岩石に激突した。

「………………………………………」

 煩わしげに顔を上げると物部布都と東風谷早苗が上空に漂って橙矢を見下ろしていた。

「………物部、それに……東風谷」

「これは驚いた。お主が反旗を翻すなんてな」

「驚いたのはこっちの台詞だ皿仙。……まさかここを知ってるなんざ」

「我とて単独で来たわけではない。早苗殿に急遽呼び出しがあってだな。…だがまぁ、お主が地底にいること自体は知っていた」

「何があったかは分からないけど……なにがともあれ詰みよ東雲。大人しく投降しなさい」

「………ハッ、おいおい、まさかこれだけで俺を追い詰めたと?甘すぎんだよお前ら」

 一歩踏み出すと妖気を全開にして睨み付ける。

「東雲君…………それはもしかして隊長を連れてこいと、いうことかな」

「…………………………」

「────橙矢!」

「ッ!もう戻ってきたか……!」

 血の池からひとつの影が飛び出ると橙矢の隣に着地した。

「………村紗、もういいのか」

「うん、刺されただけだったからね」

「ならいい」

「それより橙矢、もう帰ろうよ。私疲れちゃった」

「お前がそういうなら俺はそれに従うだけだ。好きにしろ」

「じゃあこんな奴等ほっといて行こう」

「………あぁ」

「ッ待て東雲!お主逃げる気か!」

「あ?…………………お前らとはくだらない時間を過ごした。それだけだ」

「ふざけるな東雲君!なら、犬走椛と過ごした時間も、くだらないと言うのか!!」

「ッ」

「…………橙矢?」

「……………椛………」

「そうだ!君を最も理解している、君を愛している白狼天狗!君もよく知っているはずだ!!」

「……もみ………じ……………」

「橙矢、早く行こう?あんな白狼天狗ほっといて」

「東雲君!よく思い出せ!そこの舟幽霊は君の記憶を変えているだけに過ぎない!いいように使われているだけなんだよ!!」

「橙矢!あんな奴の言うことなんか聞かないで!私とずっと一緒だって……言ったじゃん!」

「いいから離れろ!………無理矢理でもね」

 弓を構えると矢をつがえた。

「消えろ」

 放たれる矢。一直線に村紗に向かって翔んでいく。

「────────村紗!」

 橙矢が村紗を抱き寄せてその矢を身に付けた。

「東雲君…………」

「………言ったはずだ。村紗は傷付けさせないと」

「橙矢……傷が………」

「お前は気にするな村紗。俺はお前の剣だ。お前さえ傷つかなければ俺は折れない」

「くっそ………!」

 水蓮が二人に向けて駆け出すと手に矢を生成して投げ付けた。

 左右から迫る矢を刀一振りで破壊し、水蓮を迎撃する。

「東雲君……!君の隣にいるべきはそいつじゃない!!」

「知ったことか!いい加減ここから消えろ!でないと……本気で殺しにかかるぞ!」

「君が戻るまでボクはここを去る気はない!」

 懐刀と刀が火花を散らして激突し、鍔迫り合う。

「………!」

「馬鹿が………大人しくしていろ!」

 橙矢が力で押し飛ばそうとして、水蓮が受け流すと体勢が崩れた橙矢に下から懐刀を投げ付けて脇腹に突き刺さった。

「テメ…………!」

「オオオオォォォォォォォ!!」

 怯んだ隙に胸ぐらを掴んで引き寄せると橙矢の頬を殴り飛ばす。

「橙矢!貴様白狼天狗!!」

 橙矢に村紗が加勢しようとするがその前に天子と布都が現れる。

「ゥ!」

「アンタはここで仕留める!」

「邪魔すんじゃねぇ!!」

 転がりながらも橙矢が刀を振り抜いて斬撃を村紗と二人のあいだに飛ばすと姿を眩ませる。

「邪魔してるのはどっちよ……!」

 斬撃が晴れるとそこに村紗の姿は見えなかった。

「逃げられた………」

「─────余所見すんな」

「東雲!?」

 いつの間にか天子の背後に接近していた橙矢が腕を振り上げ、振り抜いたそれを布都が受け止める。

「物部テメェ……!」

「東雲…………お主は誰にも手出しはさせん」

「何勝手なこと……!」

「全人類の──────」

「ッ!?」

 首に突き付けられるは緋想の剣。避けられない直撃。

「────緋想天!!」

 緋色の光線が膨張し、そこから閃光が放たれて橙矢を飲み込んだ。

「喝ッ!」

 一喝。それだけで吹き飛ばすと一気に距離を取った。

「……………東雲、大人しく殺られなさいっての!!」

「私の橙矢がそんな簡単に殺れるとでも?」

 いつの間にか橙矢の背後にいたのか村紗が姿を現した。

「橙矢、後は私に任せて。下がっててもいいよ」

「…………村紗」

「無理をさせたから。………もう橙矢は傷付けさせない」

「…………そうか、なら任せる」

「………………東雲君?」

 橙矢にしては珍しく素直に下がり、刀を鞘に収めた。

「うん、じゃあ始めようか。…………橙矢は誰にも渡さない」

 村紗の妖気が上昇していき、背後に影が現れる。

「こんなところで出すか……!?あの馬鹿は!」

「アンタ等が悪いのさ。橙矢を幸せに出来るのは私だけなのに、私には橙矢しかもういないのに。……その橙矢を盗ろうとするなんて、万死に値するッ!!来い………八尺さ───」

「────ようやくお出ましだな」

 村紗の背後から声がするとその場にいた者全員が目を見開いた。……ただ一人除いて。

「その首、貰い受ける」

 橙矢が刀を振り抜いて村紗と八尺様を斬り裂いた。

 

 

 

 


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