ではではどうぞ。
翌日、橙矢は再び玄武の沢へと赴いていた。なんてことはない、椛に誘われたのだ。
玄武の沢に着くなりにとりにある一戸建てに連れていかれた。
「………で、俺を連れてきた意図は?」
まだ寝癖が直ってない髪を整えながら前に座る二人に不機嫌そうに言う。
「まぁまぁ、東雲だって暇なんだろ今日は。だったらいいじゃないか」
「………朝早くから叩き起こしておいてそれはねぇだろ」
「…………………」
「とりあえずね。ちょいと昔から頼まれていた物が出来たものでね。椛を呼んだんだよ」
「そのついでに俺が呼ばれたと」
「………君にも必要だと思ったから呼んだのさ。いいから黙ってこれでも見てみな」
にとりがそう言って取り出したのは外の世界でいうパソコンだった。
「ん、これ……パソコンだな。なんでこんなものが?」
「およ、東雲は知ってるのかいこれを」
「知ってるもなにも外の世界にあるんだよ。それがな」
「まぁそりゃあそうだろうね。なんせ幻想郷は外の世界で忘れ去られたものが行き着くところだ。だからこれも………君も、同じなんだよ」
「にとり、それは……………」
かつて世界に忘れ去られた橙矢を目の前にして言うことではない、そう思ったのだろう。
「あぁ、お前の言う通りだ河童。それよりそれ、ちゃんと動くのか?」
「もちろんさ。河童の技術は幻想郷一だよ。嘗めてもらっちゃ困る」
「……あっそ。じゃあ電源いれるぞ」
電源を入れると画面に何処かの地図が映し出された。そのなかで無数の赤い点が忙しなく動いていた。いや、何処かというのは些か変か。図形からして………妖怪の山のようだ。
「……これ、妖怪の山だよな」
「あぁそうだよ。所謂熱探知機だ。熱源を感知して地図に映す。椛の能力を機械的にしたものだね」
「いやあのさ、それ必要ないじゃん」
「何言ってんだい。能力は使わないに越したことはない。それに、これを見れば一発で分かる」
「………仮に侵入者が現れたとしよう。そしたら他の奴等と区別が付かないんじゃないのかい?」
「そこのところは大丈夫さ。もしそうだとしたら画面に赤とは別の黒の表示が出る。天狗と河童、妖怪の山に住む者達以外はそう出るんだ」
「……なるほどねぇ。確かにそれは使えるな。それで、これを俺達に?」
「あぁ、なるべく楽にしてあげたいからね。いちいち椛の千里眼を使わずに済む」
「それなら歓迎だが……」
「じゃあ決まりだね。故障とかしたりしたらいつでも私に言ってくれればいいよ。それはタダでやってあげるから」
「それは気前がいいな。…………あれ、おいちょっと待て。……故障はタダで?……じゃあ何かに金をかけなきゃいけないのか?」
「え、これ以外に何があるの?」
パソコンを持ち上げながら何言ってるのこいつ、みたいな顔で見てくる。
「……………お前のことだから薄々気付いていたけど……」
「橙矢さん。………こういう河童ですにとりは」
「金がかかるくらいならいらねぇよ。だったら椛に頼る。ハッキリ言えばそんなポンコツより椛の方がはるかに確実だからな」
「なっ……」
「だからいらねぇよ。……けどお前の発明はすごいと思うぞ。外の科学力を越えてる」
じゃあな、と片手を上げて出ていった。
「………椛、なんだいあれ。何か不機嫌そうだったけど」
「さ、さぁ………」
「金欠なのかな。とりあえず……尻拭い頼んでもいい?」
「………仕方ないですね」
椛が立ち上がり、玄関へと向かう。
「椛、なんやかんやで君達はよくやってるじゃないか」
「…………何の話ですか」
「東雲と君のことだよ。………けどさ、なーんか微妙な距離があるんだよな」
「……………………」
「なにかあったのかい?私で良ければ聞くけど?」
「…………大丈夫ですよ」
「そう?ならいいけど。何かあったらいつでも相談に乗るから」
「…………はい。ありがとうございます。では」
そう言い残すと外へ出ていった。
「………………やれやれ、君達は……正直に言えばいいものを。どうせ互いに想いあっているんだから出来ちゃえばいいのに」
呆れたようにため息を吐くとパソコンの電源を落とした。
「まぁこれは私が使うとしようかね。どうせあの二人と蔓以外の白狼天狗とは関わりがないからね」
にとりは頬をつきながら次の発明のことを考えていた。
▼
椛は玄武の沢から本陣へと戻る道を一人で歩いていた。
「……ようやく来たか。遅かったな椛」
ふいに声がして、そちらに顔を向けると橙矢が木にもたれかかっていた。
「あぁ橙矢さんここにいたんですね。何処にいったのかと思いましたよ」
「悪い悪い。俺も一度本陣に戻ろうと思ってな。けど椛もきっとそうするかと思って待ってたんだよ」
「……そうですか。ありがとうございます」
「礼なんていらねぇよ。勝手に俺が待ってただけだからな」
「…………それより橙矢さん。先程はどうして……あんな風に?」
「……そんなこと聞いて何になる?答える理由がないな」
「い、いえ……ただ気になったので」
「そうか。……別にお前が気にすることじゃない」
橙矢が歩き出すと隣に椛が並ぶ。
「それで、今日はこのまま本陣に戻るつもりですか?」
「一応はな。仕事とはいえ何もないから、本陣に何かないか探してみる」
「………何もな――――」
椛が口を開いた瞬間―――――
「っとここにいたかお前ら!」
二人の前に一匹の白狼天狗が落ち葉を舞い散らせながら着地した。
「…………………」
「………………あ?」
「よぉ、久し振りだな椛。それと、はじめてだな、会いたかったぞ東雲橙矢」
男の白狼天狗は二匹の前まで来ると口の端を吊り上げた。
「………貴方は………」
椛が目を見開いて言葉を失う。
「………誰だアンタ」
橙矢は不快感を全身から醸し出しながら目を細めた。
「あれ、俺のこと知らないのか?白狼天狗のくせに。あ、あー、そうか、そういえばお前ついこの間白狼天狗になったばっかだったな」
「…………それより俺の質問に答えてくれるか?」
するとそこで男の白狼天狗の後ろに水蓮が着地した。
「やっと追い付きましたよ!」
どうやらこの白狼天狗のことを探していたようだった。
「水蓮さん?どうしてここに……?」
「あ、隊長……。この方が貴女に会いたいって聞かないもんですから………」
「………なぁ、俺だけが話についていけないんだけど………」
「あ、そういえば東雲橙矢もいたんだ。じゃあ紹介しとくね。この方は件の総隊長だよ」
「………ふーん、アンタ……いや、貴方が総隊長でしたか。……先程の無礼をお許しください」
さっきとは打ってかわって態度を一変させた橙矢は頭を垂れた。その光景に椛は尚更驚いた。
「橙矢さん……!?」
「ん?なんだ、思ったよりも冷静じゃないか。聞いたのとは全然違うな」
「…………………」
「椛、お前が管理者らしいな?」
「………はい」
「まさかその管理者に歯向かう馬鹿をした奴が、こんなに早く頭を垂れるなんて、いやはや、軟弱者だな」
「………………ッ」
「お兄様!そう言うのはやめてください!」
「は?お兄様?」
椛の一言に素っ頓狂な声をあげてしまう。
「あれ、言ってなかった?総隊長は隊長のお兄さん。つまり血を分けた兄妹なんだよ」
「………………はぁ!?」
「なんだ、話してなかったのか椛」
「え、えぇ……まさかお兄様に会うことはないだろうと………」
「万が一のことも考えとけよな。こんなこともあるんだからよ」
「そうですね………」
「………まぁんなことはいい、今は……」
と、不意に橙矢の顔面を蹴り飛ばした。
「ッ………!」
「東雲橙矢!」
「橙矢さん!」
自分の名を呼ぶ声が酷く遠く感じた。
今日は大晦日、ということで。
よいお年を。
感想、評価お待ちしております。
ではでは次回までバイバイです。