リアルで忙しく、これからも更新ペースが遅れるときもありますがどうかお付き合いください。
「ァァァァァァァァアアアアアアアア!!」
絶叫と共に轟音が響いて妖怪の山が震え上がる。その音を聞きつけて水蓮は音源の元に駆け出していた。
「くっそ……何なんだよ……!」
回転しながら白狼に成り、地に着くと同時に蹴って木々の間をすり抜けていく。
(昨日東雲君と隊長が命蓮寺に向かってかなり時間が経った。……もう嫌な予感しかしないね)
音源が近くなると足を止める。
どうにも先程から聞こえる絶叫が聞いたことある声だったから。
(………頼むから最悪な結果だけはやめてほしい……!)
突如、目の前から巨大な斬撃が翔んできた。
(─────ッ!)
紙一重で避けながら人型に戻り、背にかけてある弓矢を取って構える。
「まさか………」
視界が開けるとそこには一帯が更地になっており、その中心で狂乱した椛が底辺の妖怪を周りに同僚の白狼天狗を殴り続けていた。
「アァ!ゥァアァアア!!」
「隊長!?何しているんだ!!」
矢を引き絞り、椛の真横を狙って放つ。当てない、牽制程度のそれを椛が一見もせず殴り付けている手で掴んだ。
「………」
椛の顔が跳ね上がり、視界に水蓮を入れた。
「ッ!」
身構えるよりも早く椛が目の前に現れて拳を振り上げた。
「冗談……!」
手の甲で拳に当てると受け流し、通り過ぎる際に背を蹴り飛ばした。
しかし椛が無理矢理勢いを止めると体勢が不安定なまま水蓮の腹を蹴り上げた。
「………ったいなこの野郎……!」
寸前に手で押さえて衝撃を最小限に抑えるがそれでも嘔吐感が込み上げてくる。
転がりながら距離を取ると懐刀を取り出した。
「ァ……ァァアアア!」
「………なんだい隊長。自分の隊の者も分からないほど混乱したのか」
「ゥ………ぅや……さん……」
「…………東雲君がどうかしたのかい?………まさか」
「ッ!」
地を蹴り、椛が水蓮を殴り飛ばす。
「…………村紗水蜜に盗られてご乱心ってところか。………あの白狼は………まぁけどひとまずは」
「橙矢さんを………返せェェェェェ!」
「君が我に返りな」
振り下ろされる刀を最小限の動きで避けると腕を殴り付けて刀を落とし、その勢いで回し蹴りを決めた。
「…………!?」
「悪いね。けどこれ以上荒れる隊長を見たくはないから………本気で潰しに行かせてもらうよ」
水蓮が弓を構えると矢をつがえた。
「………それでも来るかい?」
挑発混じりの笑みを浮かべると椛が濃い弾幕を放つ。それと同時に水蓮も矢を放った。
「安心しな。殺したりはしない」
弾幕の中をすり抜けていき、椛の肩に突き刺さる。
「…………ッ!」
怯んでいる隙に全方向に矢をつがえて放つ。しかしそれは弧を描いて椛に迫る。
「ボクの能力を忘れたとは言わせないよ!ボクと弓の相性は良すぎる。それは隊長が誰よりも知ってるはずだ!」
迫る矢を刀を一閃して吹き飛ばした。
「………ッ」
「橙矢さん………ッ!橙矢さんを……!」
「くそ………」
水蓮の能力である命中率を操る程度の能力。確かにそれはパッと見はかなり強力な能力であるが、反対からしてみればこれほど分かりやすい能力はない。命中率を高くすれば高くするほど自らに命中する確率が高くなる。つまり命中させたいとき、必ず自分に向かってくる。さらに命中すると言っても必ずしも痛手を負わせられる、というわけではない。避けられることはなくとも弾かれたりしてもそれも命中した、ということになる。
「手厳しいね……!」
弾幕を避けながら三つの矢をつがえて同時に放つ。
「これなら……!」
放ったうちのひとつに必中をかけてあとは適度の命中率を定め、それが曲がって椛に迫り、外れた。
そこに本命である矢が真っ直ぐ椛に向かっていく。
「ァァァァアアアアア!!」
素早く反応した椛が刀を振り抜いて斬り裂く。しかしそれだけではとどまらず振り抜いた線上に斬撃が翔んでいく。
(この威力ならボクでも……!)
再び懐刀を取り出して迫り来る斬撃に踏み出して僅かに身体を横に逸らすと懐刀で斬撃を切り裂いた。
そのまま椛に駆け出す。
「オオオオォォォォォォォォォ────!!」
弓を上空に放り、懐刀で斬りつけるが弾かれた。
「想定内………!」
弾かれながら矢を掴んで投げつける。だがそれも真っ二つに裂かれて無効化された。
「村紗水蜜め……余計なことをしやがって……」
「オアァ!」
腹を殴り飛ばされて地を転がる。
「いい加減にしろ!」
振り抜かれる刀を懐刀で受け流し、腹を蹴り、それを受け止められた。
カウンターにとくり出された蹴りを後ろに飛びながら先程放り投げた弓が落ちてきて掴むと矢をつがえて放つ。
「ッ!」
不安定な状態で放たれたのにも関わらず真っ直ぐ椛に向かって矢が翔んでいく。
「行け……ッ!」
椛も蹴り抜いた後で体勢を崩しており、避けられることは不可能だった。
「隊長!君はボクが……止める!」
叫ぶと椛の顔面に矢が直撃し、何かがへし折れる音が響いた。
「……………」
椛の足元に折れた矢がこぼれ落ちる。
避けられないことを察するやいなや矢を歯で噛み砕いたのだ。
「簡単にはいかないか………!」
懐刀を構えると椛に向かって駆け出した。
▼
「おい、総隊長様々」
足元で寝転がっている白狼天狗を蹴りつけると気だるそうに起き上がった。
「………なんですか天魔様」
「こんなところで何をしている」
「何って………やることがないから寝てるんですよ」
「それは見れば分かる。……まぁよい。それよりもお主に言っておくことがある」
「大天狗様々が直々に言ってくるなんて余程のことだろうな」
「………東雲橙矢が戻ってきたらしい」
「……………なんだと?」
総隊長の双眸が鋭くなり、天魔を睨み付けた。
「どうやら賢者が関与しているらしい。……まさか我の知らぬところでやられるなんてな」
「……どんな理由であれあいつの居場所はこの幻想郷にはない」
「それはどうかな。東雲橙矢には多くの知り合いがいる。数々の困難を共に乗り越えてきた、な。戦いの中でしかそれを見付けられなかったお主とは真逆だ」
「…………仕方ないだろ。俺はそうでないと奴等と向き合うことが出来ないんだ」
「それと悲報だ。お主が愚妹という奴が暴走している。山の一帯を更地にしてな」
「椛が?……どうしてだ」
「どうやら東雲橙矢が村紗水蜜に拉致られたようでな。それでご乱心ってわけだ」
「……………馬鹿が。余計な情を持ちやがって」
「………ひとまず犬走椛を止めろ。暴走しているとはいえまず他の白狼ではとめられまい。辛うじて今は蔓が押さえている頃だろう」
「水蓮が?何故それを早く言わない!」
「…………なんだ、お主まだ後ろめたさを感じておるのか?」
「…………いや、別にそんなことは……」
「まぁどちらにしろ早く行くがよい。これ以上ただでさえ少ない白狼を消されては困る」
「はいはい、とっととこの騒動を止めてやるさ」
総隊長が立ち上がって少し屈んだ。
「そうそう、もし東雲橙矢の見かけたら我の前に来るよう言っておいてくれ」
「…………奴を?」
「あぁそうだ。あやつとは一度も顔を合わせたことがなかったからな。話をしてみたい」
「まだ奴が妖怪の山にいたら、の話だけどな」
「期待はしないでおく」
「分かってるじゃないですか」
そう捨て台詞を吐くとその場から消えた。
「………………総隊長よ。お主の時はいつまで百年前の時のままなのだ。………そろそろ自分自身を許したらどうなのだ?」
扇を仕舞うと先程総隊長が寝転がっていたところに重なるように寝転がる。
「…………総隊長、どうして蔓をあやつと重ねる。……見ているものは違うということに気が付かない?」
今の総隊長は蔓水蓮ではなくその先にいる誰かを見ている。まぁ誰か、というのは分かっているのだが。
「過去を捨てろ、とは言わない。ただ……今のお主は…………」
▼
刀が地に叩きつけられて煙幕が張られてそのなかから水蓮が飛び出て転がった。
「カハ……ッ。さすがに……隊長の相手は……キツいね」
血を拭いながらそこらに散らばっている矢の残骸を一瞥した。
「君は白狼天狗の頂点に立つ者…………。普通考えれば分かるよね。………けど今の隊長を放っておくわけにはいかないんだ!」
振り上げられる刀を防ぐが同時に水蓮の身体も吹き飛ばされる。
「隊長………。ボクは確かに馬鹿だ、君が言うようにろくに信じることも出来ない。……あれだけボクを信じてくれた東雲君ですらね。でもこれだけは言えるよ」
弓を掴むと矢、ではなく懐刀をつがえた。
「今の君じゃ東雲君は救えない。………ボクが東雲君を連れ戻してくる。だから寝ていろ、犬走椛ッ!」
限界まで引き絞ると椛に向けて放った。
矢も尽きた、策なんて元々ない。その上体力もすでに限界に来ている。それでも全力の一撃。
「隊長、君に何もかも背負わせるわけにはいかない!」
倒れそうになる身体を無理矢理留めて徒手空拳で椛へと走り出す。
「ッ!」
刀を縦にして懐刀を受け止めた椛だが刀が弾かれて上体が伸びた。
「……少し寝てな」
振り抜かれた拳が鳩尾に深く入り、椛の意識を刈り取る。
「ボクの勝ちだ………!」
さらに突き出して吹き飛ばすと何度も地を跳ねた。水蓮も限界に来ていたのかそのまま倒れた。
「ハ………ァ…………なんとか………大人しく……」
「────っと、ここか」
倒れている水蓮の前に一匹の白狼天狗が現れた。その白狼はよく知った顔だった。
「総……隊長…………?」
「ん?………蔓、無事………じゃないな。椛は何処だ」
「隊長なら……」
水蓮が椛の方に指差してなぞるように総隊長の視線が向いていく。視線の先にはのびている椛が。
「……とりあえず落ち着いたみたいだな。……蔓、よくやった」
「総隊長……」
「あとは俺に任せろ。……馬鹿にはよく聞かせておく」
「待って……ください…………隊長は………」
「分かってる。天魔様から聞いた。東雲橙矢関連だってことはな」
「…………………ッ」
「……そんな目で見るな。東雲橙矢が帰ってきた以上受け入れるしかない。奴をどうこうする気はない」
倒れている椛を担ぎ上げると山の上部への方へと歩んでいく。
「あ、あの総隊長………」
「椛がいない間お前が白狼天狗をまとめていろ、お前でも出来るだろ。……それと万が一東雲橙矢が帰ってきたらその役目は奴に押し付けておけ」
「え、けど東雲君は……」
「だから万が一と言ったはずだ」
「隊長は………どうするんですか?」
「相当混乱しているみたいだしな。また暴れたりしたら余計面倒になる。なら近くに止められる俺がいた方がまだマシだろ。しばらく預かるぞ」
「は、はい…………」
水蓮が了承したことを確認すると総隊長はその場から去っていった。
「……どうして今頃総隊長が………」
「───あっちゃー、これは予想以上にやらかしてくれたね」
「犬走椛が暴れたんだ。許容範囲内のはずだ」
「あんな可愛い娘がこんな………」
「早苗、なにか勘違いしてるようだけど博麗の巫女の方が余程だと思うけどね」
「え……………?」
突然聞こえてきた三つの声に耳を疑いながら振り返る。
そこには守矢神社の風祝とそこの二柱の神様がいた。
「ッ!そこの白狼天狗さん!怪我してるじゃないですか!」
「東風谷……早苗…………」
「こりゃあ酷いね。いつかの東雲橙矢ほどじゃないとはいえ妖怪にとってもかなりの重傷だ」
「では守矢神社……で大丈夫ですか諏訪子様?」
「私に聞かないでくれよ。そういうのは専門外なんだ」
「それじゃあ神奈子様」
「じゃあとはなんだ。まるで私がついでみたいじゃないか」
「いやあの、そういうのいいんで」
「………………」
「守矢神社の三神が……何のようですか」
「なに、妖怪の山で何かが暴れていると感じてね。それで来たらこんなザマさ」
「………すみません。お手数をかけたみたいで」
「気にすることじゃないさ。けど、何があったんだい?あの犬走椛があれだけ正気を失ってるところを見ると……相当なショックを受けていたみたいだけど」
「………はい、あれはすでに正気の沙汰じゃない。普段の隊長からは……想像も出来ないほど狂気に満ちていた」
「ふむ、それは東雲橙矢が関係している……な。それ以外理由がない。………私や諏訪子が知る中でこんなこと今までなかったはずなのだがな………。東雲橙矢の存在はそこまで相当なものとなっていたのか」
「………東雲君がいるときの隊長は本当に幸せそうでした。……ですがその分散り散りになったときの見返りは………」
「言わなくても分かるさ。伊達に祟り神やってるわけじゃない。そんなもの嫌というほど見てきた」
「けどどうしたら……」
「理想は東雲橙矢を連れ戻すことだ。犬走椛の様子からして東雲橙矢は恐らく誰かに拉致された、と考えてもいい」
「村紗……水蜜………!」
「だろうね。十中八九彼女で間違いない。だが分かっての通り奴は今の犬走椛以上に狂ってるはずだ」
「だとしても………東雲君はボクが取り戻してみせる……!」
「悪いけど君だけじゃ無理だよ蔓水蓮。君の技量は相当なものだ。けどそんな程度では敵わない。自殺しにいくようなものさ」
「そんな…………」
「………事態は最悪な方へ着々と進んでいる。だが今はまだ焦る時じゃない」
「けど東雲君を助けないと隊長が………」
「なに、そのうち向こうから出てくるさ。……もちろん犬走椛を始末しにね」
諏訪子の言葉に目を見開いて気力だけで立ち上がる。
「……やめな、五体満足の君が何が出来ると?」
「…………ボクは、ボクが東雲君を追放して隊長の笑顔を奪った。だから……だからせめてその報いを、隊長の元に東雲君を連れ戻すまでは……!」
「………蔓さん…………」
「やれやれ、情というものは面倒なものだね。時には自身の身体なんぞ気にも止めない。いつかの退治屋を見ているようだよ」
「ハッ………隊長が傷ついてきた痛みに比べたらこんなもの……」
「それに君、東雲橙矢が外の世界に行ったとき一番悲しみに暮れたのは犬走椛、と言ったよね。違うね、それは君さ蔓水蓮」
「…………ッ」
「自分に正直になりな。君はいつまでも気張り過ぎだ」
「………………うるさい、どけ」
弓を拾い上げて妖気を込めてそれを地に撃ち、煙幕をあげた。すぐさま白狼に成ると脇を駆け抜ける。
「チッ、分からず屋が………!」
「蔓さん!諏訪子様、神奈子様!追いますよね!?」
「ほっとけ。あんな様子じゃ村紗水蜜と遭遇する前に勝手に力尽きる」
「けどだからって……」
「心配なら早苗一人で行ってきな。あいにく神様は暇じゃなくてね」
「………では行ってきます。彼女を見捨てることは出来ません」
「そう、何かあったらまた戻ってきな」
「そうならないことを祈ります」
「そんな早苗にいいことを教えておこう。地上をいくら探し回ったところで村紗水蜜は見付からないよ。絶対にね」
「地上に………?それは地下にいる、ということですか?」
「地下へと通じる道は三つ。そのすべてが妖怪の山にある。そのうちのひとつに白狼天狗と村紗水蜜が入ったのが微かに見えた」
「水蜜さんが……何故地下に?天狗を近付けさせないためでしょうか?」
「あそこは奴が封印されていたところだ。ある意味故郷と言うべきところ。………そこから先は知らないよ。それと、もし蔓水蓮を地下に連れていくなら霊廟の物部布都も同行させるように」
「布都さんを?」
「恐らく彼女はすでに東雲橙矢が地下に拉致されたことを知っている。………出来ることならあの聖徳太子もどきにも救援を求めたいところだけど……」
「恐らく無関心だろうね、今回のことでは」
「あの太子様々は興味がないことにはほんと無関心だからねぇ、仕方ないといえば仕方ないが」
「それに比べて物部布都は一言で言えば乗せやすい。良くも悪くも、ね」
「………分かりました。その場合、布都さんを連れていきます」
「蔓水蓮が地下に行く場合、だから行かないときは無理して呼ばなくてもいいから」
「はい、では行ってきます」
すでに姿が見えなくなっていた水蓮を探しに、早苗は地を蹴って空に舞った。