東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第六十七話 一度は闇落ちしてみるのもひとつの手

 

 橙矢が気が付いた時には白い装束に包まれていた。

「………橙矢さん」

「………椛?」

 椛が橙矢を庇うようにしながら刀を村紗に向けて牽制していた。

「………無事、ですね」

「なんでお前が……」

「私のおかげですね。東雲さん」

 強い風が吹くと上空から一匹の烏が降りてくる。

「………射命丸さん」

「いやぁ、大変でしたよ。東雲さんは椛を自身から遠ざけるためにやっていると。そしてやはり東雲さんは一人でここに来た。つーまーり、椛を危険な目に遭わせたくなかった。………まったく、面倒くさいですね貴方達は」

「…………………!」

「おっと話は終わってませんよ」

 団扇を振り上げると撃ち出されようとしていた錨を風でひしゃげさせた。

「な………!」

「椛、私が引き付けておきます。東雲さん………と雲居さんを安全な場所へ」

「分かってます」

 刀を仕舞うと橙矢と一輪を掴むと命蓮寺の裏へと連れて行った。

「やめろ……椛!」

 振りほどいて下りると椛から距離を置いた。

「……橙矢さん、貴方は怪我をしているのですよ。それに加えあの船長さん………。いくら貴方でも無理です」

「あいつは俺が助ける!だからそれまでは……!」

「許容範囲を越えてます。あれは危険すぎる」

「俺はもうあいつを裏切ったりしない!今度こそ俺があいつを助けるんだ……!!」

「………橙矢さん、貴方は優しすぎます」

 途端、椛が橙矢の腹を殴り上げた。

「カァ……!?も…もみ……じ………」

「寝ててください」

 次いで肘で背を打つと橙矢の意識を刈り取った。

「……貴方は来るべき時まで休んでいてください」

「東雲さん!」

 一輪が橙矢に駆け寄って揺するが起きる気配がなかった。

「貴女!どうして東雲さんを!」

「……分かりませんか?……橙矢さんをこのまま放置していたら間違いなく死にます」

「死――――ッ!」

「相対する者を護るのは………大変ですね橙矢さん」

 振り返ると背にかけてある盾を手に取った。

「文さん!後は私が引き受けます!」

 盾を投げ付けて村紗に直撃させるとその盾を掴んで叩き付ける。

「船長さん……決着をつけましょう」

「犬走………椛ィィィィ!!」

 眼を爛々と光らせて錨を手に迫る。振り抜かれる錨を肘と膝で挟んで受け止めるとそのままへし折る。

「甘いですね。……貴女程度、私に敵うとでも?」

「殺すッ!」

「無理ですよ」

 首を掴んで蹴りを入れ、怯んだところで駆け出して壁に叩き付け、さらに腹を殴り付けた。

 村紗を通して背後の壁に皹が入ると崩れ落ちる。それを粉々に砕いてさらに追撃をしようと村紗に手を伸ばして頭を掴むと地に落として踏みつけた。

「…………少し大人してくれませんか。………止めるのにも一苦労するのです」

「嘗めた口利くなよ……!」

「…………ふむ、話を出来ないほど堕ちてましたか。これは……橙矢さんには悪いですが痛い目を見てもらいましょう」

「誰が痛い目を見るだって!?」

 足を殴り付けて逸らすと足を振り上げて蹴りつけた。

「私は本当の橙矢を取り戻す……!今の橙矢は偽者だ!」

「……急になんですか。………だがまぁ」

 急に椛の纏う雰囲気が変わり、殺気が村紗を貫く。それは橙矢が外の世界に行ったときに椛と対峙したときと同じ雰囲気だった。

「橙矢さんには手出しはさせない。………お前なんぞに彼は任せられないからな。私は彼に認められた。………ずっと一緒にいると約束もした。……ポッと出のお前が邪魔をするな!!」

 刀を振り上げて村紗が錨を構えて止めると拳を握り締める。

「この駄け―――――」

「吹っ飛べ」

 殴り付ける前に椛が頭を横から殴り付けた。

「…………!」

 脳が揺れて一瞬判断が遅れてその時弾幕を捩じ込んだ。

「ァ……………!」

「終わらせるか」

 刀を納めると首を掴み、再び拳を握り締めた。

「お前はもう………堕ちた妖怪だ。助けが来るまでもう一度地下にでも封印されたらどうだ?」

「黙れ……!お前には……言われたくない……!」

「話す価値なしか」

 腕を振りかぶり、そこから拳が振り抜かれる。それを村紗の目には酷くスローモーションに見えた。

 すると村紗の奥底から何かが競り上がってくる感じがする。それが何かすぐに見当がついて、何処か心地よいものに包容された気分になる。

(そっか、貴方も……許せないんだよねあの犬が。……だったら……そんな奴を許容する世界、全部壊れてしまえばいいのに。………世界には、私と、橙矢、そして貴方だけいればいい)

 自身の妖気がとどまるところを知らずに上昇し、異変に気が付いたのか椛が村紗を手放す。

「…………何だ……それ………」

「……さぁ、全部、壊しちゃおうか」

 恍惚の表情を浮かべる村紗の背後に、大柄の女性が現れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

「ハァ……!ハァ……!大人しくせい……!」

 妹紅の両腕を押さえながら布都が叫ぶ。先程互いが衝突し合い、その時互いに大幅に削られた。飛ぶ気力もなくした二人は地を這いずりながら弾幕を放ち、つい先程布都が接近戦に持ち込んで妹紅を押し倒すことに成功した。

「物部……!」

「いい加減にしろ藤原妹紅!!あやつが、東雲がそう簡単に命を奪ってたまるか!どれだけあやつが優しいか、それはお主らが一番分かっておろう!!」

「橙矢が………。で、でもあいつは……」

「まだ信じられんのか!確かにあやつの口の利き方には目に余るところもある!だがそれはすべて他の者のことを考えてのことだ!あやつが何も考えてないわけなかろう!!」

「お前に…………あいつの何が分かるんだよ!」

「今までの東雲の行動を見てみろ!あやつが今まで自分を大切にしてくれた者を殺したことがあるか!?なんで我が気付けてお主が気付けない!もっと周りを見ろ!!」

「知った口をを……………!」

「この阿呆が……」

 呆れながら龍を顕現させた。

「一度、死んでもらおうかの」

 妹紅を蹴って後退すると龍の口が開かれた。

「先程はお主のことを思って加減したが………今度はそうはいかん。殺す気でいく」

「くそ……!」

 核のある炎球を放つ。寸前に先から感じた妖気に止めざるをえなかった。

「………なんだ、今のは」

「まさか……村紗水蜜……!?」

「東雲……!何をしておるか!」

「まッゥ………!」

 龍を霧散させると妹紅を放って駆け出す。すぐ妹紅も追おうとするが先程の痛手が響いたのかその場に踞った。

「待ちやがれ……!」

 手を伸ばすが当然届きもしない。先程まで近くにいた布都の背中が徐々に遠ざかる。

「く……っそ…………」

 薄れゆく意識の中でもがくが抗うことは出来ずその場に伏した。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 突然出てきた大柄の女性に椛と文は目を疑っていた。

「…………嘘……な、なんなのよそれ………村紗!!」

 一輪が悲痛の声を上げるが村紗はより恍惚の表情を深くする。

「一輪………紹介するよ、彼女は八尺様。……伝説級の妖怪だ!」

 村紗の背後に立つ八尺様がおもむろに両手をあげて、椛が駆け出した。

「椛!いけません下がりなさい!」

「伝説級だろうが知ったことか……!早いとこ潰す!」

「犬ごときが、調子に乗るなよ!!」

『ポッ………ポッ………ポッ………』

 村紗が叫び、それに呼応するように八尺様が謳うように声を上げた。

 錨と刀が激突して弾き合い、火花を散らす。八尺様が手を伸ばして椛の首を掴んだ。

「………!」

 刀で斬りつけようと試みるが斬ったはずなのに空を切った。

「え………?」

「アハハハハハハ!!甘いってぇの!!」

 唖然とする椛の横から殴りつける。

「八尺様は神格化した妖怪!ただの白狼天狗のお前が敵うはずがない!」

「お前……!そんな奴に乗っ取られてでも橙矢さんを取るつもりか!?」

「当たり前!橙矢を幸せにするなら……この身体、くれてやる………!」

「馬鹿が……!お前は橙矢さんが大切に思っている者の一人なんだ!そんなことしたら……橙矢さんが哀しむだろッ!」

「説教する気か偽善者!……もういい、殺してやる」

 村紗がさらに殴りつけようとし、それを受け止めて拘束を解くと蹴り飛ばした。転がりながら立ち上がって刀を構える。

「頼むからやめろ……!私はお前のためを思って言ってるんだぞ!!」

「誰が私のためを思ってだ……!」

「神格化した妖怪に取り憑かれてなんともないわけないだろ!代償は過大だ!今すぐそいつを手放せ!」

「愚弄する気かお前……!八尺様は私の願いを叶えてくれるため私に憑いた!そして私は受け入れた!」

「何を言っても無駄なようだな。なら、力尽くでもッ!」

 地が砕けるほどの勢いで駆け出して一瞬で懐に潜り込んだ。

「………!」

 拳を胸に打ち付けるとそこから捻り込む。追撃に顔面向けて足を振り抜く、がその前に避けられる。

「鬱陶しい!」

 避けた体勢のまま村紗が錨を顕現させ、大きく振りかぶる。さらにそこに妖気が込められた。

 明らかに殺しにきた一撃、だから敢えて

「真っ正面から、叩くッ!」

 対抗するように天叢雲剣を掴んで振りかぶる。

「椛!やめなさい!それ以上は……!」

 文が叫ぶが今の椛には聞こえるはずない。互いに妖気が双方の得物に集中していく。

「まだ足りない……!八尺様、力を………!」

 村紗が妖気を込めながら言うと背後に立つ八尺様が心配そうに村紗を見下ろす。まるで我が子を見守る母のように。

「私のことは心配ない!!いいから!」

『………………』

 次の瞬間村紗を中心にどす黒い妖気が村紗を包み、それと同時に村紗に激痛が走る。それでも構えを解かずに椛を見据えた。

 その空気に耐えきれなかったのか空間が悲鳴を上げるように揺らぎ始める。それでも止めることはなかった。

 急いで文は一輪の元へと翔ぶ。

「一輪さん!白蓮さんはどちらに!?」

「い、今は里に……」

「チッ!タイミングが悪い……!このままだと……」

「………俺が行けばいい話だろ」

 ふと背後から声がして影が疾走する。

 それと同時に互いの得物が振り抜かれた。

「―――アアアアアアアァァァァァァァァ!!」

 ひとつの影が割り込んで椛を突き飛ばすと村紗の一撃を受け止める。

「……ッ橙矢さん!」

「勝手なことすんじゃねぇよ馬鹿共……!」

 しかし完全には受け止めきることが出来ず膝が崩れ落ちる。

「ッ………!重い……!」

 腕を強化したまま押し返して、そこでようやく拮抗した。

「なにしてんだ椛…………!村紗を傷つけたら本末転倒だろうが!村紗、お前も大概にしろよ!」

「橙矢………。もうやめてよ………私は橙矢を傷つけたくない!」

「なら早々にそいつを除かせるこった!」

「駄目だよ……この力がないと……橙矢に害虫がまとわりつく!」

「テメェ………!」

 片手を放すと錨を掴んだ。

 指を強化させて握ると錨に皹が入りはじめる。

「俺の周りに害虫なんざいない!村紗………本当にどうしたんだよ!お前はそんな奴じゃなかっただろ!それともあれか!?俺を大切なものをぶち壊す気か!?」

「違う……違う違う違う!私は………私はただ橙矢を幸せにしようと……」

「そんな力でか!?これは借り物の力の他ならない!やるならお前自身の力でやりやがれ!」

「―――――うるさいッ!!」

 押し込む力がより増し、橙矢の足元の地がひび割れ始めた。次いで錨を掴んでいた手も限界にきたのか血が吹き出る。

「ッ!」

 思わず手を引いて、当然村紗の一振りは片手で押さえきれるものでない。弾かれて身体が伸びきった。

「しま…………」

 すると村紗の手が伸びて橙矢の装束を掴んで引き寄せた。

「え―――――」

「……橙矢、大好き」

 橙矢が反応するよりも早く唇を重ねた。と同時に膨大な妖気が流れ込んで橙矢の意識を飲み込まんとする。

「―――――橙矢さんッ!」

「………ッ!」

 椛の声に目を開くと村紗を突き飛ばした。

「ッたた……乱暴だね橙矢」

「お前……何しやが………ァ!?」

 急に橙矢が胸元を押さえて膝が崩れる。村紗を睨み付けるが目の前の化物は微笑んだだけだった。

「何って……橙矢が元に戻るための薬だよ」

「ふざけやがって……!」

 眩んでくる視界の中で刀を手にして振り回すがすべて空振りに終わる。

「やめろ……!俺は……ァ……!」

 遂には倒れ込んで悶えはじめた。

 そんな橙矢の前に村紗が腰を下ろす。

「橙矢、苦しいよね。けど大丈夫だよ。私がそばにいるから。苦しいときも、辛いときも、ずっと……」

 言葉を投げ掛けながら橙矢に手を伸ばす。しかしその手は橙矢に届く前に素早く退いて退却した。

 一拍置いて村紗がいたところに龍が突撃し、蜷局を巻くと村紗を追撃に向かった。

「東雲!何をしておる!それに……なんだその妖気は!?」

 村紗を横目に布都が橙矢に駆け寄る。抱き起こすがすぐ布都を突き飛ばす。

「しの……のめ……?」

「俺に近付くな物部!」

「だがお主を放っておいたら……」

「死ねッ!」

 錨を振り抜いて龍が霧散された。そしてそのまま布都に駆け出してくる。

「クッ……やるしかないのか……!」

「橙矢から離れろォォォ!!」

 村紗が振りかぶり、そこに妖気が込められる。それを視界に入れるなり、

「どけ物部ェェェ!!」

 僅かに残る理性を振り絞って布都の腕を掴むと村紗に背を向けるように抱き締めた。

「ゥ!…………」

 直撃する寸前に背を強化させるがそれでも防ぎきれずに橙矢の背に深く突き刺さる。

「………し、東雲………?」

「ものの……べ………無事……だよな………」

 その言葉を言い終えると布都にもたれかかる。

「……お、おい東雲、何を………東雲……?……はよどかんか………」

 錨が抜かれて橙矢の身体がずれて倒れ込んだ。

「…………東雲………。……東雲!?」

 背中から滲み出る血が白狼天狗の装束を真っ赤に染めていく。

 ようやく現状を理解した布都が我に帰ると橙矢を抱き起こした。

「東雲!東雲橙矢!何故……何故我を庇った!」

「…………………」

「しっかりせんか……お主にはやることがあるであろう!」

「そこまでだよ。橙矢をこっちに渡してもらうよ」

 村紗が手を伸ばすと橙矢の身体が液体化して地に消えていく。

「ッ!東雲!待たんか!東雲!」

「橙矢さん!」

 椛も駆け出して橙矢を掴もうとするが椛が触れた先からも液体化が始まる。

「ァ……ァア……………!」

 顔を上げて村紗を睨み付けると刀を手に皹が入るほどの威力で村紗に突撃した。

「村紗ァァァァァァァァアアアアアアアア!!」

 胸ぐらを掴み上げて足を払うと地に叩き付ける。次いで刀を構えると村紗目掛けて振り下ろした。

「暴れないでよ」

 冷静に腹を蹴り飛ばして悠然と立ち上がる。椛は宙で体勢を整えて目眩ましと弾幕を放ち、その中を突っ込んでいく。

「橙矢さんを!返せ!」

 刀と錨が振り抜いて互いに弾き合う。

 椛と村紗の距離が僅かに離れた時に横から龍が尾で村紗を吹き飛ばした。

「ッ!」

「………貴様……東雲を何処へやった……!返答次第ではただではおかん……!」

 布都も椛同様睨み付けて村紗に歩み寄る。

「………どうして怒ってるの?橙矢を幸せにするだけだよ?」

「貴様がしていることはただ東雲を苦しめているだけだ!」

「……尸解仙ごときが知った口で言うな!橙矢はいつだって不幸になってきた!どれもこれもその犬のせいなんだ!」

 錨で椛を指す。

「もうそいつには任せられない……!だから今度は私が橙矢の幸せを築く!」

「お前が橙矢さんの幸せを決めるなッ!」

 妖気を放って刀を捨てると拳を振り上げる。

「個人の幸せは他人が決めていいものじゃない!それをお前は踏みにじった。………その者への冒涜だ」

「……………何だって?……もう一度言ってみろ。…………橙矢を裏切ったくせに何をほざいている!」

 村紗も対抗するように拳を振り上げて同時に放たれた拳は互いの胸部に突き刺さり、吹っ飛んで壁にぶち当たった。

「犬走椛!」

「私は大事ない。………村紗水蜜は」

「分からん………」

 瓦礫をどかしながら村紗を見つめる。向こうも瓦礫を蹴り飛ばして立ち上がる。

「………分が悪い。今回は引かせてもらうよ。……だが犬走椛、次会ったときは………必ず殺す」

 不敵に笑むと自身の姿を八尺様ごと液体化して地に吸い込まれていった。

「待て!………くそ」

 布都が弾幕を放つが着弾する前にその姿は消えていた。

「………橙矢さん………橙矢さん……!」

 怒り任せに地を殴り付けて叫ぶ。それを痛々しく見えて布都は視線を逸らした。

「村紗水蜜!私はお前を……赦さない!!」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 目を開けると少女の顔があった。

「………村紗」

「橙矢、おはよ」

「あぁおはよう」

 微笑む村紗に手を伸ばして頭を撫でる。

「…………村紗、俺どれくらい寝てたんだ?」

「少しだけだよ。最近何か疲れてるみたいにだったけど?」

「……………何でだろうな。長い夢を見ていた気がする。…………妖怪の山にいたような」

「何言ってるの?昨日もその前も、ずっと私といたじゃん。……覚えてないの?」

「もちろん覚えているよ。俺とお前はこれまでも、これからも一緒なんだから」

「……うん、ずっと、ずっと一緒だよ、橙矢」

 

 

 

 

 

 


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