東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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今回は少し短いです




第六十五話 立場が急に変化するのには大概理由がある

 

 

 椛と橙矢が去った後、村紗は聖に拘束され、再び船の一室に閉じ込められていた。

「…………………橙矢」

 膝を抱え込みながら少年の名前を呼ぶ。

「なんで………逃げたの……?私はこんなに橙矢のこと想ってるのに………」

 ギリッ、と歯が擦れて脳裏に憎い白狼天狗の顔が映る。

「あの白狼がいなければ………!」

 立ち上がり、壁を殴り付ける。

「出せ!ここから!私は……こんなところで寝ている暇はないんだ!」

 叫びながら何度も何度も壁を殴り続ける。それでも皹が入るだけで壊れるまではいかない。

「橙矢に会わせろ!橙矢は………私がいないと……!」

 殴り付ける拳から血が吹き出るがそれでもやめずに叩き付ける。

「助けてよ………!助けてよ橙矢!私は橙矢がいないと………もう駄目なのに………」

 可視化するほど妖気を放って錨を虚空から取り出すと振り抜いた。

 さすがの壁も吹き飛んで村紗を外に出した。

「ハ……ハハ……橙矢………今行くから………」

「今の音は!?」

 音を聞き付けて来たのかナズーリンと一輪が来て村紗を発見した。

「村紗!?馬鹿な……あの部屋は聖とご主人が張った結界があるというのに!?」

「一輪、ナズーリン。………橙矢は……何処……?」

「……さぁ、知らないね。ただ、知ってても教えるつもりはないよ。今の君を見てるとね」

「村紗………!」

 ナズーリンがダウンジングロッドを、一輪が構えると雲山が出てくる。それを視界に入れると錨を取り出して投げ付けた。

「ッ!」

 雲山が錨を止めてその影からナズーリンが飛び出して弾幕を放ち、一輪が一気に接近する。

「もう一度眠ってもらうよ!」

 弾幕を避けることに意識を取られていた村紗の腹を殴り上げると村紗の身体が天井にぶち当たり、落ちた。

「カハ………!?」

「悪いね村紗。私にも譲れないものもあるんだよ」

「分かったならさっさと落ちな。これ以上手間をかけさせるわけにはいかないんでね」

「ふざ……けるな………」

 よろめきながら足を立て、顔を上げるとカードを突き付ける。

「転覆……〈撃沈ア――――」

「抵抗もやめな」

 ナズーリンのダウンジングロッドがもろに腹に入り、吹っ飛んだ。

「ガ………ァ………」

「いい加減にしてくれ村紗。別に橙矢を諦めろだなんて一言も言ってない。ただ趣向を変えてみろと言いたいんだ」

「ふざけるな!私と橙矢を離させておいてよくそんなことが言えるな!………もう、誰も信頼しない」

 するとナズーリンが心底呆れたようにため息をついた。

「馬鹿が。なら本気で潰しにかかった方がよさそうだ、一輪」

「……………村紗、貴女を正気に戻すため、ここで止める」

 一輪とナズーリンが駆け出して――――しかしその前に何者かに吹き飛ばされて壁に叩き付けられた。

「…………………」

 唖然としている村紗の目の前にひとつの人影が。

「あ…………貴方は…………」

 その人影は屈むと村紗に向けて手を伸ばした。

 無意識に村紗はその手を掴んでいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 命蓮寺から逃れてから数日後

 

 

『おい、聞いたか……また例の命蓮寺んとこの船長が暴れたらしいぞ……』

「ここでもくだらねぇ噂が流れてるな」

 天狗の里で椛と歩いているとそんな言葉が聞こえて足を止めるがすぐに歩を進める。

「橙矢さん………」

「分かってる。すぐに止めに行くさ。あいつを止められるのは俺だけらしいからな」

「そうですね。貴方だけです」

「……………にしてもどうあいつを説得するか。そこが問題なんだよな」

「彼女は酷く貴方を自身に縛り付けようとしている。最悪一生あのままの彼女のものとなります」

「…………………今のあいつに限っては嫌だな。正直今のあいつは嫌いだ。そんなやつのものになってたまるか」

「……くれぐれもそれは村紗さんの前では言わないでください」

「あぁ、もしそうなったら本当にあいつは自我を失う。……………そういうのは見たくない」

「慎重に行きましょう。……それに彼女のことです。もはや手段を選ぶ余裕などないでしょう。常日頃から警戒しててくだい」

「言われなくても。………奴がお前を襲ったと自白したときから警戒してるさ」

「橙矢さん………」

「心配するな。俺は誰のものにもなる気はない」

 一切椛のことを見ずに歩き続ける。その横顔を椛が覗き込む。

「………ん?どうかしたか椛」

「いえ………橙矢さんがなんか……こう言うのは失礼かもしれないですけど………村紗さんのこと、半分諦めてません?」

「……………………何を証拠に」

「あれから貴方の様子を見てましたが……何も考えてる様子もなくただ途方に暮れる日々。そんな時間があるなら何故早く村紗さんを助けに行かないのです?」

「……………………」

「橙矢さん。どうなんですか」

「…………今のあいつをどうこうできるほど俺は有能じゃなくてな」

「だから放っておくと?」

「そうは言ってない」

「橙矢さん、さすがに彼女を助ける気がないのなら貴方の肩は持てません」

「…………………………」

「橙矢さん」

「……………勝手にしろ」

 橙矢が踵を返して足早に去っていく。

「あ、ちょっ…………」

 椛が掴もうとすると急に強化させて駆け出した。

「………………橙矢さん」

「―――あややや、これはこれは椛。珍しいですね一人でこんなころにいるなんて。いつも彼がいたはずじゃ?」

「…………文さん、橙矢さんなら知りませんよ」

「そうなのですか?……喧嘩とか?」

「貴女には関係のないことです。それでは、私はやることがありますので」

 文から視線を外して橙矢とは反対方向へ歩いていこうとする。が、文に手を取られた。

「まぁ待ってくださいな椛。どうせ行く宛なんかないのでしょう?だったら少し付き合ってください」

「………………あ?」

 急な誘いに椛は不快感を隠すことなく文に視線を向けた。

 

 

 

 

 

 

 

 橙矢は妖怪の山を後にし、人里へと下りていた。

「………」

 特に来た意味はないのだが、とりあえず村紗の様子を慧音に報告でもと寺子屋に向かっていた。

「椛の野郎好き勝手言いやがって………」

 先ほどは多少の事実が含まれていたため言い返せなかったがある程度のねつ造もあった。それに対し軽い憤りを感じていた。その熱を冷ますために下りてきた、といっても過言ではない。

「まったく………いや、俺も俺か……」

 頭を押さえながら寺子屋の前まで来ると人だかりが出来ていた。

「…………なんだ」

 少し離れて見ているとその中心にはやはり慧音がいて何やら困惑した様子でなにかを説明していた。

「………何かあったのか」

「失踪したんだよ」

 いつの間にか、隣に妹紅が立っていた。

「妹紅、いつの間に」

「今来たとこさ」

「……それよりなんだ?失踪?」

「あぁ、つい数日前からだ。若い男が一人二人と消えていくんだ。夜のうちにな」

「若い男だけが?」

「そうだ、夜な夜な友人に呼ばれて外に出ていったきり、帰ってこないそうだ。しかもそのその男を呼ぶ声はその前日に消えた者の声なんだと」

「それはまた…………。粗方声真似の上手い妖怪に取って喰われてんだろ」

「神隠し、という噂も出てるがな。天狗の」

「は?天狗が神隠しだと?」

「大抵こういうのは天狗の神隠しってのが定番でね。なんか仲間の天狗から聞いてないか?」

「聞いてるわけないだろ。悪いが力にはなれない。今はこっちもこっちで手がいっぱいなんだ」

「そっか………………」

「まあなんだ、暇だったら手伝ってやるから」

「頼むよ」

「金さえ出してくれればその分ちゃんと仕事するぞ?」

「……………皮肉はやめてくれ」

「悪かったよ。次からは気を付ける」

「それで、何の妖怪か分かったのか?」

「あ?」

「黒幕だよ。この事件についての」

「若い衆の失踪のことか?」

「それ以外に何がある」

「あのなぁ………お前の口から聞いただけで分かったら今頃潰しに行ってるだろうが。まったく見当もつかない」

「うーん、橙矢でも無理か……」

「そういうのは霊夢に頼みな。俺は異変解決のスペシャリストじゃない」

「けどお前はいくつもの異変を解決してきただろ?」

「………解決したのは俺じゃない。俺は偶然その場に居合わせただけだ」

「偶然にしては出来すぎているな」

「あーもういいから、とにかく今回は俺達天狗の仕業じゃない。それだけは覚えておいてくれ」

「はいはい分かった。……にしてもあれだな、なんで若い男ばかり狙うんだろうな。まるでそういうシステムにされてるかのように」

「ハッ、そんなの何処ぞの欲求不満の雌妖怪が取って喰って……………。ん?……女?声真似、失踪、さらには若い男………………………ッ」

 ふと、橙矢の脳裏にひとつの妖怪が浮かび上がる。

「………橙矢?」

「…………………」

 妹紅が橙矢の顔を覗き込むと驚愕した。橙矢の顔から汗が滝のように流れていたのだから。

「橙矢!どうしたんだよ!」

「ッ………あ、あぁ悪い………」

「その様子……何か知っているようだけど……」

「………何でもない」

「お、おい………」

「…………知らない。これ以上聞くな」

 妹紅を視線で黙らせる。

「それと先生にこのことを伝えておいてくれ。村紗は貴女の言う通りだったって」

「………やっぱりか」

「それに奴の力もかなり増していた。けど妹紅含め手を出させるなってな」

「……私も?」

「あぁ、お前もだ。汚れ役は一人だけで充分」

「橙矢、まさかお前あいつを………」

「………そういうことだ。じゃ、先生に伝えてくれよ」

「待てよ橙矢……!」

 去ろうとする橙矢の背後から焔を纏った拳で殴り付けるが掌で受け止められた。

「なんだ妹紅。俺が何か変なこと言ったか?」

「変なこと、だと!?お前頭沸いたのか!何が村紗水蜜を殺すだ……!」

「殺すだなんて俺は言った覚えないんだが」

「ふざけるな!」

 振り上げられる足を避けると残った足を払い、転ばせると顔の真横に刀を突き刺した。

「里中で暴れるな。お前のためにならない」

「橙矢ァ……!」

「ったく、お前の相手をしてる暇なんてないんだよ」

「お前の相手は村紗水蜜だけだと?行かせるか!」

「物分かりが悪い奴め……!」

 胸ぐらを掴むと持ち上げて腹を蹴り上げる。身体が浮いたところで家屋に投げ付けた。

「…………寝てろ」

 崩れ落ちる家屋を一瞥してその場から去った。一拍置いて異変に気付いたのか慧音にたむろっていた人々が駆け寄ってくる。

「…………あいつは俺が止める」

 気配を遮断した橙矢に誰一人気付くことなく、橙矢は里から消えた。

 

 

 

 


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