東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第六十四話 ゾンビゲームは体術を使うに限る

 

 

 

 

 

 

 

「ぅ……ぁ……ぁ………!」

 星輦船の中でゾンビのように地を這いずりながら少女は外へ出ようともがく。

「村紗………!」

 その村紗に立ち塞がるように入道使いが構えていた。

「なん……で………ぃつも………じゃ……ぁ……ばかり…………!」

「落ち着きな村紗!」

「ゎたし……は……………殺す…………橙矢を……追放……した……ぁの白狼天狗を……!」

 手に錨を顕現させると掴んだ。

「ぁ……ぁ………ああぁぁぁぁぁ!!」

 絶叫を上げると振り上げて投げ飛ばす。それが天井にぶち当たると落ちてくる。

「雲山!」

 一輪の真上に雲が出てきてそれが人の形となす。

「私が村紗を押さえるからアンカーは任せたわ!」

 村紗に駆けるとすぐに組伏せた。

「これで何回目よ……!いい加減あの白狼天狗のことは諦めな!」

「一輪…………貴女……いや、お前まで邪魔をするのかッ!」

 ゴキッと嫌な音がしてから一輪が放された。

「村紗…………貴女まさか………」

「――――――――」

 立ち上がった村紗の姿に一輪が目を見開く。その姿はまだ村紗が地下に封印されていた時の薄汚い姿に戻っていた。

「……………すべて、沈めて……やる………」

「チッ、雲山!押さえなさい!」

 輪を掴んだ手を突き出すとそれに応じるように雲山が村紗に向かっていく。

「―――――消えろ」

 その姿が錨によって撃ち抜かれた。

「………これは本気でいかないと逆にやられそうだね」

「とう……や…………」

「この期に及んでまだ………東雲さんの名を呼ぶのか………」

「橙矢…………橙矢……橙矢橙矢橙矢橙矢橙矢橙矢橙矢とうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやとうやァァァァァァァァァアアアアアア!!」

 村紗が頭を抱えて悶えると妖気を放ち出す。

「…………!」

 足に力を入れて後ろに飛ぶと弾幕を放つ。

「あんなの村紗なんかじゃない…!」

「…………一輪?何言ってるの?…………私は私だよ。………そんなことも分からなくなっちゃったの?……………そんなの、一輪なんかじゃない!!」

 村紗の周りの空間から錨が出てくると一気に一輪に向かって発射される。

「やば………!」

 雲山を呼び出して防ぐが勢いは止められなかったのか壁が吹き飛んで星輦船から飛び出た。

「カ……ァ………」

 浮遊する余裕もなく落ちていく身体。迫る地、免れぬ直撃。覚悟して目を強く瞑った。

「雲居さん――――――!」

 しかしその前に誰かに受け止められた。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

「比較的落ち着いてるじゃないか。ここは」

 命蓮寺の寺をくぐると山彦がとてとてと駆けてきた。

「こんにちは椛さん!何かご用ですか?」

「えぇまぁ………それより、聖さんはいますか?」

「はい、呼んで来ますのでちょっと待っててください!」

 走り去っていく山彦を見送りながら辺りを見渡す。

「…………」

「橙矢さん?」

「なぁ椛、静かすぎないか?……確かにここは落ち着いているところだ。けど物音ひとつ聞こえないのはおかしい。………村紗や雲居さん、ましてや封獣ぬえが俺がいるのに絡んでこないのが……違和感でな」

「聖さんに聞けばいいでしょう。何も心配することはありません」

「…………だといいんだがな」

 と、そこで先程の山彦が尼を連れて戻ってきた。

「……ん、聖さん」

「東雲さん、それに犬走さんこんにちは。お久し振りですね。お二人とも……この一ヶ月間とてもお辛かったでしょう。特に犬走さん、貴女にはうちの村紗が度々………」

「………聖さん。そんな過ぎたこといくら言ったって無駄です。とりあえず、村紗が何処にいるか、分かりますよね?案内してください」

「…………船の中で安静にさせてます」

「………………させている、だと?じゃあ無理矢理………?」

「……………えぇ」

 橙矢から気まずそうに視線を外すと橙矢が詰め寄った。

「なんでだ。……あいつがそこまで追い詰められていたのか………?」

「異常、という他ない。あんなに人を恨む村紗は地底に封印されていた時以来です」

「………まずは俺から会わせてくれませんか。文字通り、俺だけです」

「あ、あの橙矢さん。私は」

「来るな。俺がいいと言うまではな」

「…………東雲さん。今の村紗は私でも止められない」

「いやけど聖さん、貴女の能力で押さえ付けることは」

「物理的には、押さえ付けることは出来ます。けどその心を救うことは出来ない」

「………………」

「私からお願いします東雲さん、あの子を、村紗を助けてあげてください」

「何言ってんですか。当たり前なこと言わないでください。俺は誰も見捨てたりなんかしません」

「………そうですか。なら村紗は貴方に任せます」

 と、言った時だった。突然寺から轟音と共に何かが宙に舞う。

「……………まさか」

 宙に舞っていたのは一輪だった。

「雲居さん!」

 舌打ちすると足を強化させて一輪目掛けて跳んだ。

「―――――よしッ」

 一輪を受け止めると着地した。

「……………これを村紗が?」

「……しの……のめさん………」

「大丈夫ですか、雲居さん。………とりあえず話は後です。俺が奴を止める」

「橙矢!」

 この空気に合わないほど明るい声が響いてその主が橙矢の前に現れた。

「…………村紗」

「橙矢!やっと帰ってきたんだね!」

「………………」

「橙矢?どうしたの?」

「…………村紗、ひとつ聞かせろ」

「何?橙矢の質問ならなんでも答えるよ!」

「ならちょうどいい。……一ヶ月前、俺がここを去る前のことだ。その時に椛が誰かにやられたみたいでな。………お前なんだろ村紗」

「うん、私だよ」

 躊躇いなく村紗が言うと次の瞬間橙矢が村紗の首を掴んで倒す。

「……答えろ……なんでそんな馬鹿な真似をしたッ!」

「橙矢さん!」

「テメェは黙ってろ椛!今はコイツと話してるんだ!」

 しかし村紗は苦しむどころか恍惚な表情を浮かべて橙矢を撫でる。

「ふふ、橙矢。そこまでして私と二人きりがいいの?」

「ほざけ、いいから答えろ……!」

「せっかちだなぁ橙矢は、いいよ、答えてあげる。橙矢はあの白狼天狗といたって幸せにはなれない。けど橙矢はあの女が枷で自由になれない。……だから私が救ってあげるんだよ!橙矢を!」

「お前……!そんな糞みたいな理由で椛を!」

「橙矢?何言ってるの?………そんな事橙矢は言わないでしょ?」

「ふざ、けるなッ!」

 腕を強化すると身体を捻り、回転するとその勢いで村紗を命蓮寺を囲う壁に投げ付け、叩き付けた。

「………村紗、話は聞いていたがここまで腐ったやつだとは思わなかった。儚い希望を持った俺が馬鹿だった」

 刀の柄を砕けるほど強く握り締めて鞘から抜いた。

「お前は俺が出会ってきた奴の中で一番の屑だ。お前ほど腐りきった奴はいない。………覚悟は出来てんだろうな」

「橙矢さん!」

 椛は橙矢の前に立って腕を掴んで止めた。

「やめてください橙矢さん!相手は村紗さんですよ!?」

「どけ、俺が対峙してるのは村紗なんかじゃねぇ。ただのゴミ以下の存在だ」

「そんな………」

「……………………許せ」

 椛をどかせると一歩一歩村紗に近付いていく。対峙する村紗は両手を広げて待ち構えた。

「いいよ橙矢。橙矢のすべて、受け止めてあげるから」

「ほぉ?それはいいことを聞いた。………なら、今このある怒り、受け止めてもらおうか」

 殺気を放ち、目を凝らしてその中央に村紗を映すと目を見開く。

「―――――――死ね」

 足の筋肉を強化して一気に接近すると刀を突き出した。

「待ちな、退治屋」

 しかしそれは三又の槍によって止められていた。

「蛮行はここまでだ東雲橙矢。村紗を消させはしない」

「テメェ…………!」

 三又の槍を持つ妖怪、ぬえは弾くと柄で腹を突き上げた。

「チッ!」

 それを足の裏で受け止めるとそのまま後ろに跳んで距離を置いた。

「……………鵺、邪魔をするな」

「それは無理な話だ。村紗を失うわけにはいかないんでね」

「なら話が早い。お前もまとめて殺ってやる」

 三又の槍を蹴りあげるとその勢いで腹を蹴り飛ばし、村紗に激突させた。

「ガ……!?」

「何匹来ようが関係ないんだよ妖怪共。そんな不利な状況どれだけくぐってきたと思ってる」

「ク………!」

「甘かったな、鵺」

 刀を振り上げて腕を強化させて振り抜く。すると直線上から斬撃が二人目掛けて飛んでいく。

「冗談ッ!?」

 地を蹴って避けると弾幕を放つ。

「テメェらみたいな妖怪共の遊びなんかに付き合ってられるかよ!!」

 一振りでかき消した。

「……う、嘘…………」

「まだ夢を見てるのか?いい加減覚まさせてやるよ」

 目の前まで迫ると刀を振り抜いて裂く、前に橙矢の横から聖が割り込むと回転しながら橙矢を上空に蹴りあげてぬえを押さえ込んだ。

「ひ、聖………」

「………誰も傷付けさせません。双方、落ち着きなさい」

「聖……!どうして私の邪魔をするの!?せっかく橙矢と私の時間だったのに!」

「…………………村紗」

「聖さん………なんの真似だ……!」

 着地した橙矢が駆け出して聖に迫る。

「東雲さん、落ち着いてください。村紗を救えるのは貴方だけなのですよ!」

 受け流しながら襟元を掴むと回転して壁に叩き付けた。

「……………!」

「………お引き取り願います」

 頭から血を流しながら聖を睨み付ける。だがその前に村紗が立ち塞がった。

「むら―――――」

「橙矢さん!!」

「ッ!」

 椛の声に反応すると横に跳ぶと橙矢がいた場所に弾幕が撃ち込まれた。

「くそ………!村紗!?」

「あーあ、惜しかった。……もう少しで橙矢と一緒になれたのにね」

「村紗ァ………!テメェ中々どうして糞野郎になりやがって!」

「橙矢!そんな天狗捨てて私と一生一緒にいようよ!私はあの女みたいに捨てたりしないから!!」

「何勝手なこと言ってやがる……」

「橙矢さん!逃げてください!」

「村紗、貴女も落ち着きなさい!」

「橙矢!私と一緒に!」

「断るに決まってんだろ!!」

 振り抜かれる錨を避けて滑り込みながら足を蹴り、体勢を崩したところで村紗を振り切り、距離を離した。

「……………橙矢?…橙矢?なんで、なんで逃げるの?私はこんなに橙矢を想ってるのに。どうして私を避けるの?」

「……誰であろうと椛を傷付けた奴は許さない。それだけだ」

「だから!なんで自分を追放した奴の肩なんか持つの!?」

「………お前、まだ分からないのか?たかが一度追放された程度で俺は引き下がらないさ」

「ぅ……ァァァァああああああああああ!!」

 村紗が急に狂ったように吠えて錨を振り回し始めた。

「……!村紗やめろ!」

 迫る錨を刀で受け止めるがあまりの強さに吹っ飛ばされた。

「この野郎……!」

「橙矢さん!もう駄目です!退きましょう!」

 橙矢のそばに椛が駆け寄ってきて手を引く。

「橙矢を、返せェェェェ!!」

「ッ!椛どけッ!」

 椛を突き飛ばした瞬間橙矢の身体に横から強すぎる衝撃が走り、ピンポン球みたく地を跳ねて転がる。

「カ……ァ……!」

「橙矢さん!」

「平気だ………!」

「橙矢、橙矢橙矢橙矢ぁ!」

 追撃とばかりに橙矢に迫り、絡み付いた。

「村紗!?」

「橙矢……ようやく観念してくれた?」

「はな……せよッ!」

 力任せに振りほどくと腕を掴んで組伏せる。

「大概にしろよ村紗……!それ以上やると折るぞ……!」

「…………嬉しいな、橙矢に傷つけられるなんて」

「――――――!?」

 背筋が凍り、思考が停止した。その時を狙ったかのように椛が横から橙矢を村紗から引き剥がした。

「逃げますよ橙矢さん!」

「ッ!逃がすか!」

  ぬえが立ち塞がるがすぐ椛によって吹っ飛ばされた。

「まさかあそこまで狂ってるなんて……!」

「橙矢ァ!!」

「待ちな村紗!」

 どす黒い妖気を放ちながら迫る村紗を後ろから一輪が羽交い締めにし、押さえ込む。

「今のうちに逃げてください!」

「雲居さん……」

「ただひとつ約束しなさい!村紗を必ずすく――――」

 言い終える前に村紗の逆に押さえ込まれて地に転がった。

「行きます……!橙矢さん!」

「おい待て!雲居さんが……!」

「つべこべ言わないでください!今は無理です!船長さんの意識が雲居さんに向いてる今しかないんです!」

 白狼に成ると橙矢を乗せて駆け出す。その速度は聖の目でも追えないほどだった。

「一輪……!」

「村紗!いい加減落ち着きなさい!」

「橙矢が……橙矢が………!」

「この………目を覚ませ!」

 腕を振りかぶると殴りつけた。

「…………」

 一輪を睨み付けて首を掴むと締め付ける。

「村紗………!」

「今の私は一輪じゃ止められないよ。………絶対に」

「ならば、私が止めましょう。東雲さんが戻る前にね」

 聖が腕を振りかぶり、拳を握り締める。それだけで何をしようとするか、想像がついた。

「姐さん!?さすがにそれは………!」

「一輪、村紗の保護を頼みます」

 懐に潜り込むと魔法で肉体を強化させ、殴り飛ばした。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 妖怪の山に戻ると椛がようやく橙矢を放した。

「なんだよ椛!どうして戻ったんだ!」

「橙矢さん貴方!何故船長さんを殺そうとしたんですか!」

 椛が橙矢の胸ぐらを掴み上げて目の前で叫ぶ。その勢いに負けて橙矢にしては珍しくたじろいだ。

「そ、それは………」

「本来の目的を忘れたとは言わせませんよ!私達の目的は村紗さんを正気に戻すこと……!唯一彼女を止められる貴方があんな真似してどうするんですか!」

「………!」

「………もう、貴方一人の問題ではないのですから。………だからその怒りは胸に沈めてください」

「…………………悪い椛」

「お願いですから、この手を血で染めず解決してください」

 椛が橙矢の手を掴むと両手で包み込む。

「……ですが覚えておいてください。貴方が血に濡らす事態になっても……私は貴方の味方ですから」

「………………椛」

「貴方のような人、私くらいしか面倒を見られる者はいませんから」

「皮肉どうも。一気に頭が冷めた」

「遠回しに頭を冷ませ、と言ってるんですよ」

「ハッ……………」

 鼻で笑うと頭を撫でた。

「わふぅ………」

「お前にはいつも助けられてるな。……礼は……今更だな」

「橙矢さん………」

「これからも迷惑をかけると思うが………よろしくな」

「はいッ」

 椛が微笑んで橙矢の胸に顔をうずめた。

「ずっと……ずっと一緒ですから」

 

 

 

 

 

 


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