東方空雲華~白狼天狗の頁~   作:船長は活動停止

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第六十話 多少の無理も目は瞑れない

 

 

 

 

 

 橙を喰い千切るはずの口が橙矢の片腕により防がれていた。

「………ロリコンにしてはキツすぎるな。なぁ?」

「し、東雲さん………」

 押し返すと腕を強化して顔面を殴り飛ばした。

 すぐに橙矢はない左腕を突き出すと苦痛に顔を歪めた。再生能力を強化し、左腕の再生を図る。

「―――――!!」

 グチャッ、などと生々しい音がして左腕がまるで一匹の生物かのように橙矢の腕から生えてくる。

「ヒッ……!」

「………やっぱ久々にやるとキツいもんだな」

「東雲さん……能力が………」

「……………橙」

「は、はい」

「ありがとう。助かった」

 橙の頭に手を乗せると撫でる。

「お前のおかげで俺は能力が使えるようになった」

「……………」

「後は休んでな。お前の頑張りを無駄にはしない。八雲さん」

「………あらあらまぁまぁ、随分と勇ましくなっちゃって。心配した私が馬鹿みたいじゃないの」

「そういうのはここら一帯が片付いてからにしてくれませんかね」

「相変わらず冷たいわねぇ」

「それよりも橙を頼みます。俺はもう大丈夫ですから」

「貴方のそんな姿をまた見れるなんてね。分かったわ、ここは貴方に任せるわ」

 スキマを開けてそこに橙を入れた。

「……ここからはあいつには見せられないからな」

 すると橙矢の身体から蒸気が吹き出てきた。

「東雲さんそれは……」

「………多少の無理は目を瞑っててください」

 一瞬全身の血の循環を常時の数倍に跳ね上げ、その後にすぐ全身をひとつの固形物として強化させることによって血の循環に耐えきった。

「…………………貴方も相当な馬鹿ね」

 さっきとはうって変わって紫がため息をついた。

「尤も、この状態を保てるのは長くて一分です。……お前ら、長い一分間にしようかッ!」

 橙矢の身体が沈み込むと姿を眩ませた。即座に一匹の妖怪の身体が真っ二つに裂かれた。

『な………ぁ…………』

「ほら次はこっちだ!」

 影が通り過ぎてその直線上にいた妖怪が先程と同じように上半身と下半身が分かれ、地に落ちた。

 それを横目で確認した橙矢は上空へ跳ぶと刀を下に構えて落下を始める。

「悪く思うなよ妖怪共。こっちに出てきたお前らが悪いんだからな」

 腕を強化させると限界まで刀を振り上げる。

「―――――散れ」

 勢いのまま刀を振り下ろして一匹の妖怪を叩き付けるとそこから衝撃波が広がり、辺りにいた妖怪を吹き飛ばす。

「ちょっと東雲さん!私もい――――」

 巻き込まれる寸前に紫がスキマへと逃げ込んで難を逃れた。

 粉塵が舞い、橙矢の視界が塞がれる。鬱陶しく思い、刀を振って散らせた。

 

 

 

 

 

 しばらく経ってから粉塵が収まり、視界が良好になってきた。その時に何処からか鞘が飛んできてそれを掴むと刀を納めた。

 妖怪達の屍に近付くと一瞥した。

「………同情はしてやる。……俺からの同情だ。せいぜい冥土の土産にでもしろ」

 刀を下に向けると顔面に突き刺す。

「………儚い夢にすがりついたばかりに命を無駄にして。…昔の俺を見てるようだよ」

「………東雲さん」

「これでここ付近は終わりました。後は各地に散らばった妖怪を潰していけば」

「まだまだ終わらないってことね面倒だこと」

「移動手段として八雲さん。手伝ってもらいますよ」

「私は貴方の足じゃあないだけれど。まあいいわ、もののついでというものもあるからね」

 呆れ半分の笑みを浮かべて扇子を取り出した。

「では早速行きましょう。いつまでもここにいては警察やらに見付かって面倒ごとになるわ。妖怪共の死体は………まぁいいでしょう。東雲さん、スキマに入りなさい」

「……はい」

 紫が開いたスキマに足を踏み入れると何もない空間に出た。

「…………少しここでたまった疲労を取りなさい」

「い、いえ俺なら大丈夫ですから」

「貴方あんな無茶したばかりじゃない。全身の血の循環を促進させるなんていくら能力が解放されたからといったって………」

「………心配してくれてたんですね。ありがとうございます」

「貴方に死なれちゃ困るのよ。それに、私がいた方が心強いでしょう?」

「あー、そうですね」

 苦笑いしてから腰を下ろした。

「橙はどうしました?」

「幻想郷に戻したわ。さすがにこれからの戦いには私達だけで事足りるでしょう」

「それを聞いて安心しました」

「…………そうね、貴方も頑張ったことだし、ひとつご褒美をあげなくちゃね」

「褒美、ですか?」

「えぇ、しばらく声、聞いてなかったでしょう?」

 紫の手から何か放られてそれを受け取る。

「………あの、八雲さん。これは………」

 橙矢の手には旧式の折り畳みが可能な携帯電話が。

「見て分からない?」

「いや、分かりますけど」

 一応開いてみると急に電話帳が勝手に開かれた。

「………………………」

 紫を横目で見ると微笑んでいた。

「じゃあ、私は少しやることがあるからまた後で」

 スキマが開いて紫がその中へと消えていく。

「…………なるようになれ、か」

 連絡先がひとつしかなく、そこに電話をいれることしか今出来ることがなかった。

「……宇佐見さんかマエリベリーさんのどちらかか?」

 通話ボタンを押して耳に押し当てる。数回のコールの後に誰かが電話に出た音がした。

「あのですね宇佐見さんかマエリベリーさん。八雲さんと連絡先交換するのはやめておいた方が―――」

『…………橙矢、さん……?』

 電話越しに聞こえたのは蓮子でもメリーの声でもなく電波が届くはずのない幻想郷にいる椛の声だった。

 

 

 

 

 

 

 

 

「………ねぇ、そろそろ警戒は解いた方が気張らなくて済むわよ」

「……………無理ですね。つい先日まで襲撃に遭ってましたから」

 刀を傍らに置いた椛と相対するように座っているのは紅魔館のメイドの十六夜咲夜。そして二人から少し離れたところに水蓮が。

 三人がいるのは詰所の奥。それ以外誰もいなかった。

「メイドさん、来た日が悪かったね。帰りな、ボクも隊長も暇じゃないんだ」

「そうはいかないわ。………それに貴女達が襲撃に遭っているのも知っていた」

「……………話は終わりました。帰ってください。結局、橙矢さんが去ってからの話を聞きに来ただけですか」

「……………橙矢は私達の家族よ。その橙矢がその身を妖怪に成ってまでも護りたい人。それは紅魔館にとっても大切な人に変わりはないわ」

「………だから襲撃には加担しなかったんですね」

「えぇ、とりあえず押さえられる人達は私達が押さえておいたわ。これ以上馬鹿をしないためにもね」

「……………ご協力感謝します」

「気にしないで。私達紅魔館は自らの意思で動いているもの。それにそうしろと仰ったのは他でもないレミリアお嬢様と妹様なのだから」

「………あの姉妹が?」

「えぇ。………………それと犬走椛、今更な話だけどお嬢様と妹様含め私達は橙矢を外へ行かせても良かったと思ってるの」

「…………何だと?」

 一瞬で鞘から刀が振り抜かれて、しかしそれを涼しげな顔をしながらナイフで受け止めた。

「話を最後まで聞きなさい。橙矢は聞くところによると能力も使えず自身の存在の維持もままならない状態だった。……妖怪が精神的な生き物だってことは分かるでしょう?それに橙矢は………何より私達家族よりも貴女達のことを信頼していた。………そこからは言わなくても分かるわよね?」

「…………………」

 顔を伏せて力なく刀を落とした。

「だから一旦安全な外の世界へ返した。ある程度橙矢が精神的にも肉体的にも快復するまでね」

「え…………?」

「メ、メイドさん。それって…………」

 椛と水蓮が目を見開いて咲夜を凝視した時、部屋の隅に何かが落ちた音がした。

「…………………何だ?」

 水蓮が歩み寄り、音がしたものを拾い上げる。

「……何だこれ。………機械?隊長」

 ホラ、と椛に放る。

 それを受け取りながら苦い顔をする。

「私に渡されても………」

 椛の手には何か箱形の機械があった。

「これ………何ですか」

「……それ、携帯電話じゃない?」

 咲夜が指を指しながら呟いた。

「携帯電話?……それって」

「――――そう、そこのメイドさんの言う通り携帯電話よ」

 急にスキマが開いて紫が上半身を出した。

「……八雲さん?」

「それは貴女にあげるわ」

「い、いやけど私……この使い方分からないですし…………」

「直にそれが鳴り出すわ。その時にそのボタンを押しなさい」

「これ……ですか?」

「そうそうそれそれ。じゃあ私はこれで、それだけを伝えに来ただけよ」

「ちょ、ちょっと待ってください。……何処に行くのですか?」

「…………何故今それを聞くのかしら?」

「……橙矢さんについて知ってると思いまして」

「そんなくだらないこと考えるのはよしなさい。ホラ、来るわよ」

 と、携帯電話が軽快な音を立てた。

「さっき言った通りにしなさい」

「……………分かりました」

 諦めがついたのか携帯電話を開くと恐る恐るボタンを押した。

「……」

「次に先端を耳に当てなさい」

「こ、こう……?」

「そうそう。後は待ってなさい」

『あのですね宇佐見さんかマエリベリーさん。八雲さんと連絡先交換するのはやめておいた方が――』

 聞こえてきたのはもうこの世界にいるはずのない人物の声。

「と……橙矢……さん…………?」

『………椛?』

「ッ!隊長!東雲君だって!?」

「橙矢さん!無事ですか!?」

『落ち着けよ。俺は無事だ。さっきまで結界の外に出てきた妖怪の駆除をしてただけで何も問題ない』

「よ、妖怪の!?貴方妖怪の力だけじゃなくて能力すら使えないのでしょう!?」

『なぁに、能力ならついさっき使えるようになったさ』

「だとしても………」

『悪いな。けどこっちの世界に護らなきゃいけない人がいたからな。妖怪を手放しにするわけにはいかないんだ』

「怪我は……怪我はしてないですよね……!」

『………当たり前だろ。八雲さんも橙もいたんだ。怪我するわけない』

「紫さんと橙ちゃんが………?」

『……手伝ってもらったんだよ。互いの利が一致したからな。……それに椛、こっちの妖怪の駆除と条件に幻想郷に帰してもらえることになった』

「ぇ………?それって………ほんと……ですか?」

『あぁ』

「…………………橙矢さん………ほんと…………本当に……よかったです………」

『なんだ、泣いてるのか』

「泣いてるわけないじゃないですか!」

『ふっ、それは悪かったな。…………それと……なんと言うか………今言うタイミングじゃないんだけど。………なんか何処か遠くに行った奴等もいるからそいつらの駆除もしないといけないから少なくとも一ヶ月くらいは帰れない』

「一ヶ月………?ちょ、ちょっと待ってください!」

『あん?何だよ』

「幻想郷は貴方がいなくなってからなんか……その……とにかくおかしくなってるんです!幽香さんや天子さんが襲撃してきて………」

『………そうか、それは大変だったな。けど分かってくれ。そっちにはお前がいるだろ?心配ないさ』

「で、でも………私………橙矢さんがいないと………」

『………………頼む、待っててくれ』

「嫌です!お願いします………今すぐに帰ってきてください………」

「代わりなさい。話が進まないわ」

 横から咲夜が携帯電話を引ったくる。

「橙矢、私よ」

『………咲夜さん?』

「久し振りね橙矢」

『どうも、いつかぶりですね』

「……さっきから貴方達の会話を聞いていたのだけれど。彼女の反応からするに貴方、まだ帰らないのでしょう?」

『よく分かりましたね。そうです』

「ちょっと咲夜さん!橙矢さんは私と話しているんです!」

「貴女は落ち着いてなさい。それで橙矢、どれくらいで帰るの?」

『はい、なるべく早く片付けるので一月くらいですかね』

「そう、ならそれまで犬走椛は私達紅魔館が守るわ」

『………そこまで酷かったのですか?』

「まぁね。……狂ってる、と言えばいいのかしら。とにかく、早く帰ってきなさい。私も、お嬢様も待ってるから」

『…………お嬢様、ですか。分かりました。じゃあ俺が帰るまで椛のことよろしくお願いします』

「任せなさい。その代わり、一日でも早く帰るよう努力はしなさい」

『はいはい。じゃあすみません、椛に代わってもらっても?』

「えぇもちろん。……ほら、犬走椛」

 耳から離して椛に差し出した。

「あ………はい、お電話代わりました……」

『まぁそういうことだ。お前のことは紅魔館がある程度サポートしてくれるらしい。だから俺が帰るまでは………耐えてくれ』

「……………………分かりました」

『……ありがとう。分かってくれて。それと………お前の近くに水蓮はいるか?』

「水蓮さんですか?いますけど」

『………一言言っておいてくれ。お前のおかげで自分を見直すことが出来たってな。……誰も水蓮のせいだなんて思ってない』

「一字一句違わず伝えます」

『頼む。………あいつのことだ。よほど気にしてると思って………』

「橙矢さん………」

『そろそろ時間だ。………じゃあな』

「…………………………はい、待ってますから」

 すると携帯電話からブツッという音がしてから何も聞こえなくなる。

「……………………………」

 携帯電話を持つ手を下ろした。

「…………切れたのね」

「それで隊長………東雲君はなんだって……?」

「…………水蓮さん。貴女にありがとう、と言ってました」

「…………は?」

「自分を見直すことが出来た、と」

「………何言ってるんだよあの……馬鹿………」

 呆れたようにため息を吐いたが何処か嬉しそうにしていた。

「…………結局、橙矢さんは何も変わっていなかった、ということですか」

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 椛との通話を切ると携帯電話をポケットにしまう。

「まさか電波を向こうまで飛ばすなんて。なかなか粋なことしてくれますね」

 橙矢の視線の先には紫がいた。

「久し振りの会話にしてはかなり冷めていたけれど?」

「………普通に嬉しいですよ。ただ……」

「何かしら?」

「ただ、向こうが色々と大変なことになってるらしくて」

「まぁ確かに、それは私も思ってたけど」

「……それはいつからですか?」

「貴方が去ってからすぐ」

「………なんで教えてくれなかったんですか」

「貴方が聞いてこなかったから。それ以外何があるって言うの?」

「……………そうですね」

「さ、早く帰りたいのなら今すぐにでも行きましょう」

「はい、じゃあ移動はよろしくお願いしますよ」

 ごく当たり前のように言って紫を促す。それに対して紫は微笑を浮かべただけだった。

「えぇ、任せなさい。……それじゃあ行きましょうか。私達の世界に戻るために」

 紫がスキマを開くと二人を呑み込んで、はじめからそこに誰もいなかったかのように風が吹いていた。

 

 

 

 

 

 

 

 


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